虚白の太陽   作:柴猫侍

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*16 群狼と孤狼

「誰だこの霊圧は……!?」

 

 探査神経(ぺスキス)で仲間の霊圧を探っていたハリベル。そんな彼女が探知したのは、味方の誰とも思えぬ不可思議な霊圧。死神でも虚でもなく、それでいて強大な霊圧だ。

 何者の霊圧かと思案するハリベルに対し、朱蓮も不測の事態に仮面の奥で怪訝な表情を浮かべていた。

 

「まさか……!」

「邪、魔ぁぁぁあああ!」

「フンッ!」

 

 視線を逸らした一瞬の隙を突き、虚白が肉迫した。

 振り下ろされる鎖を炎で受け止める朱蓮。

 

「朱蓮様!」

 

 咄嗟に群青が応援に駆け付ける。

 武器たる触腕を伸ばし、虚白を串刺しにせんと試みた。が、如何せん片腕だけでは数が少ない。寸前で回避されたかと思えば、触腕を掴まれ、そのまま巨大な円を描くように振り回された挙句、地面に叩きつけられた。

 

「がっ……!?」

「このまま……!」

「待て、虚白! お前は二人の下に行け」

 

 群青にトドメを刺そうとした虚白であったが、ハリベルに止められた。

 今は一刻も争う状況。トドメに費やす時間さえ惜しい。

 敵は自分に任せ、仲間の救援へ赴け―――ハリベルが言わんとしていることを理解し、虚白は力強く頷いた。

 

「うん! ありがとう、ハリベルさん!」

「往かせはせん!」

 

 しかし、それを許す程相手も甘くはない。

 背を向ける虚白目掛け、朱蓮は無数の火球を乱れ撃つ。

 そんな虚白と火球の間に割って入ったハリベルはと言えば、

 

「……“断瀑(カスケーダ)”!」

 

 視界を埋め尽くす大瀑布にて迎え撃った。

 周囲への被害を考慮した上での技であったが、足止め目的に乱発された火球を打ち消すには十分な威力。寧ろ火球を押し返し、朱蓮らの下へ突き進んでいく水勢だ。

 

 そうこうしている間にも、虚白はクールホーンとワンダーワイスの下へ疾走する。

 どちらも付き合いとしては短い。命を掛ける程に深い仲であるとは言い難い。

しかしながら、ここで見捨てれば自分が自分である為に必要な大切なものを零れ落としそうな予感がしていた。

 

「間に合えぇぇぇえええ!!!」

 

 喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。

 だからといって間に合うか否かは別だ。しかしながら、魂の底から迸った声と共に溢れ出る霊圧は、確かに彼女の背中を押すように、地面を弾く霊圧に勢いをつけた。

 地面が陥没させての跳躍。瞬く間に目的地にたどり着いた虚白が目の当たりにしたのは、予想だにしていなかった光景。

 

 見知らぬ男が太金と戦っていた。

 まるで地面に倒れるクールホーンを守るかの如く立ち回る彼は、どうにも朱蓮に与する咎人のようには見えない。

 

 だが、現状それ以上に優先順位が高いのは、太金の腕に抱きかかえられているワンダーワイスだ。地獄の門が開かれている以上、連れ去られるのは時間の問題だ。

 最早一刻の猶予もないのは明白。

 何が何でも取り返さんと奮起する虚白は、勢いよく振り回していた鎖を投擲する。狙いはワンダーワイスただ一人。

 

「届……けぇぇぇえええ!!!」

「あら、もう来ちゃったの? 仕方ないわねン……()()()()()よ!」

「! 避けろ!」

 

 攻撃の構えを取る太金に、見知らぬ咎人が警告する。

 それに構わず吶喊する虚白。

 が、光が視界を埋め尽くした。

 

「は……?」

「チィ!!」

 

 伸ばした鎖は押し寄せる光を前に塵と化す。

 咄嗟の出来事に回避行動にすら移れない。

見かねた咎人が前へ躍り出れば、歪な刀を盾として構えて暴力の奔流から虚白を守る。されど攻撃の余波は想像を遥かに超えた。

 数多くの家屋が、太金の全身に浮かび上がる口から放出された霊圧により薙ぎ倒されていく。

 

「ッ……!!」

 

 暴力が過ぎ去ること数秒。地獄の門は既になく、太金や彼に担がれていたワンダーワイスの姿も無かった。

 残るは、理不尽な暴力に更地と化した、見るも無残な花街の光景。

 絢爛な装飾の建物も、活気溢れる人々の姿も望めない。本当に今居る場所が、数時間前まで色と欲に溺れる男女が行き交っていたとは思えない有様だ。

 

 茫然自失となる虚白。

 だが、そんな彼女の傍らで平静を失う者がもう一人。

 

『あ……あ……』

「……リリネット?」

『今……今の、霊圧』

「霊圧がどうしたの?」

『スタークの……霊圧。間違いない……スタークのだよ……!』

「え……」

 

―――自分が間違える筈ない。

 

 断言するリリネット。

 花街の大部分を消し飛ばした霊圧が、探し求めていた半身の霊圧であることを理解した彼女は、同時に考えないようにしていた最悪の事態が頭に浮かび上がった。

 

「おい、無事か?」

「! ……誰?」

「おいおい、命の恩人に随分な物言いだなァ」

 

 フランクに話しかけてきたのは、たった今身を挺して虚白を守った男であった。

 

「俺の名は黒刀(コクトー)。まあ、見ての通り咎人だ」

 

 ニヒルに笑う男、黒刀。

 彼は手枷からぶら下がる赤黒い鎖を、これ見よがしに見せつける。

 

「そっか! 咎人かぁ……じゃあ」

 

 からりと笑う虚白。

 笑顔の次に彼へ向けるのは―――銃口。

 

「地獄の門、開けられるよね?」

「ちょ、ちょっと待てよ! そんな物騒なもん向けるな!」

「―――そうだ、男の言う通りだ」

 

 滅多な真似に出た虚白を制止したのは、響転で背後に現れたハリベルであった。

 見知った霊圧の到着。一方で朱蓮を含む咎人の霊圧が消えていることを探知する。どうやらハリベル達が相手していた咎人にも逃げられたようだ。

 認めたくない事実に拳を握り、思わず霊圧を高める。

 しかし、不意に肩へ手を置いたハリベル。無言で首を横に振る彼女に、虚白は泣き出しそうな顔を浮かべる。

 

「ハリベルさん……」

「心が波立つのも仕方がない。だが、礼節を欠いて他人に当たるのは間違っているのは分かるな?」

「……ごめんなさい」

「それでいい」

 

 やっと落ち着いた虚白は帰刃を解き、一人その場に座り込む。

 平静で居られないのは誰もが同じ。しかしながら、友達の痛ましい姿を前にしたリリネットは、自身の涙を堪えて身を寄り添わせる。

 

「虚白……」

「リリネット、私達は余りにも敵を知らなさ過ぎた。それが今日の敗因だ」

 

 感傷的になる少女二人に大人として諭すハリベルは、流れるように黒刀へ視線を移した。

 

「お前は……敵の正体を知っているという訳か」

「あー、まあな」

 

 「あんたらよりはな」と付け足す黒刀。

 それと時を同じくし、遅れてやってきた従者三人とルピが合流し、彼を取り囲む。

 未だ涙が拭いきれぬ虚白もまた、一縷の望みを託すような視線を遣った。

 

 瞬く間に注目の的となる黒刀は、居心地が悪そうな面持ちを浮かべる。

それから意味もない唸り声をあげること数秒。

 

「……で? 熱烈な視線を送ってくれんのは有り難いが、あんたら何がお望みだ?」

「決まってるよ」

 

 声を上げたのは虚白。

 

「―――地獄に往く方法」

 

 迷いなく言い切る。

 罪人の流刑地。屑の掃き溜めに等しい地へ自ら赴こうなど、狂気の沙汰に他ならない。

 しかし、狂気を宿さなければ自我を保てぬのも地獄。

 

 狂気と怨念が渦巻く地獄―――虚白は自らそこへ片足を入れんと、目の前の咎人に縋り付く。

 地獄に縋り付くとは、これまた可笑しな話。

 

「……っは! いいのか? ()()()()()()?」

 

 

 

 ***

 

 

 

 閑散とした森の奥。

 花街から逃げ果せた者達も、流石にここまで人気のない場所にまでやって来ることはない。

 

「さ・て・と! 何から話そうか?」

 

 仰々しく声を張り、手を叩く男―――黒刀。

 助太刀された事実こそ覆らないが、自身を咎人と公言した以上、その咎人に仲間を拉致された事実もまた真実。警戒する虚白達の瞳には、眼前の男に対する不信感がありありと浮かび上がっていた。

 そのような視線に晒される黒刀はと言えば、居心地の悪さを訴えるかの如く、わざとらしいため息を零す。

 

「おいおい、全員が黙りこくるこたぁないだろ。ま、俺も逆の立場になりゃあ同じようなことになるか……だがよ、こうも悠長にしてる時間はないだろ?」

「……そうだね」

 

 口火を切ったのは虚白であった。

 普段のおどけた様子も息を潜め、真摯な面持ちを湛えている彼女は、深刻そうな声音で語を継いだ。

 

「コクトーさん……だったっけ? キミって本当に咎人?」

「ああ、そうだ。見えるだろ、この鎖」

 

 そう言って掲げる鎖は、確かに朱蓮達の体にあった鎖に酷似している。

 

「そっか。それじゃあ地獄に行く方法も知ってるの?」

「勿論」

 

 単刀直入に訊けば、打てば響くように黒刀が即答した。

 今、虚白が何より追い求めているのは地獄へ赴く方法―――延いては、囚われている仲間の下まで向かう道筋だ。

 仲間が連れ去られた最悪の事態、こうして別の咎人が現れた巡り合わせは僥倖に他ならない。

 此度を逃せば、いつ地獄への足掛かりを掴めるかもしれない。

 朱蓮らに迎合すれば容易いだろうが、それは彼らへの屈服を意味する。

 真に地獄へ赴くには、どうしてもこの機会を逃す訳にはいかない。それを理解しているからこそ、虚白も血走った眼で黒刀へ詰め寄る。

 

「じゃあ連れてって。友達が捕まってる。早く助けに行きたいんだ」

「そうか、俺は別に構わないぜ」

「! やった!」

 

 二つ返事で承諾する黒刀に、虚白の瞳が爛々と輝く。

 だが、当然ハリベルが止めに入る。

 

「待て。そんな(なまぐさ)い輩にホイホイと付いて行こうとするな」

「だって!」

「気持ちは分かる―――が、時期尚早だ。行くかどうかはこの男の素性をはっきりさせてからでも遅くはない」

「そんなこと、言われなくったって分かってる!」

「……なんだと?」

 

 逸る少女を窘めたつもりだったが、予想外の返答に小首を傾げるハリベル。

 自分を見つめる少女の瞳。黄金色に彩られたそれは、けして焦燥に我を失い死に急ぐ者の瞳ではない。

 覚悟を決めた眼。耳を傾けるだけの価値はあるようだ。

 ハリベルは虚白の意思を汲み、続きを促すよう目で訴える。

 

「……なんてことないよ。あの人らが言ったみたいに、ボクが地獄に堕ちてたかもしれないんなら、人助けに地獄に堕ちても変わりないってだけ」

「それで死ぬことになってもか?」

「本望だよ」

 

 死ぬつもりなんてないけどさ、と締めくくる虚白。

 しかし、その言葉を紡いだ瞬間の表情は冗談を言っているそれではなかった。

 

「……お前の覚悟は聞き届けた。だが」

「分かってるよ。この人の話を聞こうってことでしょ?」

「ああ」

 

 ハリベルとて、一度ならず二度も拾った命を捨てるつもりはない。

 地獄に赴くとて、細心の注意を払い、出来得る限りの準備を整えて出立するべきと考えていた。

 

 しかし、地獄は“監視”している死神でさえ仔細を把握していない異次元の世界。

 内情を知るには、他でもない其処に住まう咎人に話を聞くのが一番だ。

 

「さて……待たせてしまったな、黒刀とやら」

「気にすんな。随分とじゃじゃ馬な嬢ちゃんが身内に居て苦労してるみたいだな。同情するぜ」

「気にされる程でもない。それより……そうだな。まずはお前がどうして奴らと敵対しているか、その理由から訊こう」

 

 同じ咎人が敵対する理由。幾らでも考え付く分、本人の口から語られた方が知るには早いだろうと問いかけたハリベルに対し、勿体ぶることなく黒刀は答えた。

 

「別に。大した理由なんざないぜ。まあ、強いて言えばあいつらが好き勝手してんのが気に喰わないだけだ」

「……本当にそれだけか?」

「おいおい、そんな怖い顔で睨むなよ。別嬪が台無しだぜ? っと……今度はそっちが睨むのかよ」

 

 ハリベルの容貌を茶化せば、従属官の三人から殺気立った空気が漂ってくる。

 

「わぁーったわぁーった! 俺ぁ、あいつらが抜け駆けすんのが許せねえだけだ」

「……地獄からの解放、か」

「よくご存じで。あいつらから聞いたか?」

「人伝手だがな」

「そうかい」

 

 咎人である以上、永遠に与え続けられる責め苦は、嫌というほど知っている。

 逃げ出したい気持ちも分かる。が、自分が地獄を見ている一方で、他人だけが自由を勝ち取る姿を想像すれば、嫉妬の炎で発狂してしまいそうだ。だからこそ引き摺り戻したい。ただそれだけ。

 

「どうだ、醜いだろ? だが、これが俺ら咎人だ。手前の為なら他人なんざ平然と踏み潰せる。それはあんたらも良く分かったんじゃねえか?」

 

 自嘲するように黒刀が言い放てば、花街の惨状を思い出したハリベルが沈痛な面持ちを浮かべる。何十年、何百年とかけて築き上げられた暮らしが、たった一夜で灰と化したのだ。長い歴史から見れば刹那に過ぎぬ時だけを経験した身だが、その無念さは痛い程に理解していた。

 やはり許せない。ハリベルの拳が固く握られれば、同様に従属官三人が険しい形相を浮かべる。

 

 自然と非難を帯びる視線。

 無論、黒刀が虚白らに害を加えた訳ではないが、わざわざ己を含めた咎人を侮蔑する物言いをすれば、多少なりともそうなる流れは予想できた筈だ。

 しかし、それを受けても尚、黒刀は紡ぐ。

 

「屑は何処まで行っても屑だ。改心の余地なんざ無え。咎人の良心に賭けようなんて露程でも思ってるならやめとけ」

「……随分と卑下をする」

「自覚の無い屑に比べりゃ可愛いもんだろ? まあ、底辺同士の争いだと思ってくれりゃあいい」

「腑に落ちんな。あの瞬間()()()()()()()()は、それだけで説明がつくか?」

「……目敏いんだな」

 

 太金本人の実力以上の霊圧解放。

 もしも直撃すれば、虚白とリリネットは無事では済まなかっただろう。それが無傷で済んだのは、偏に黒刀が割って入ったが故。

 しかし、あの時互いに事情を知らなかった彼らが、わざわざ攻撃から庇い合う合理的な理由が見当たらない。

 

 その点を指摘するハリベルに、黒刀はやれやれと言わんばかりの態度を見せる。

 

「……屑にも屑なりの信念ってもんがあるのさ」

「……ほう」

「例えばここで罪を犯せば取り返しのつかない屑に落ちぶれる……そう分かっていても、動かずにゃ居られねえ。手前をそうさせる変えようがねえ()()()の部分だ。自分にゃどうしようもできねえんだから、あれこれ言ってくれるなよ」

「……そうか」

 

 数秒交わされた視線のやり取り。

 相手の腹積もりを見透かすべく繰り広げられた()()は、ハリベルの方から一旦幕を下ろす結果となった。

 

 それが彼女にとって納得するに足り得る理由であったかは、当人しか知る由はない。

 だが、彼女なりに落としどころを見つけたようだ。証拠に、当初のように周りを制する動きは見られなくなった。

 黒刀もハリベルの変心を察したのか、わざとらしいあくどい笑みを湛える。

 

「考えはまとまったか? 屑を止めるのに屑を利用するかどうかのな」

 

 

 

 ***

 

 

 

 蒼い炎が空間を裂く。

 奥に広がるおどろおどろしい光景も含め、何度か目の当たりにしたことはあるが、こうして実際に足を踏み入れるのは初めてだ。

 摩天楼の如く、四角柱の建物が無数に並び立つ様を、遥か上空に浮かぶプレートの上から一望する。

 しかし、そこに人の営みのような活気さは微塵もなく、酷烈な殺伐さだけが延々と広がっていた。

 

「ようこそ、地獄へ! 喜べ、手前から地獄にやって来た奴なんざ、先にも後にもあんたらだけだ」

 

 ジャラジャラと鎖の音を響かせる黒刀が、冗談めかして言う。

 彼の言う通り、ここは正真正銘の地獄。

 酸化した血のようなどす黒い赤が広がる空だけを見ても、此処を地獄と認識するには十分すぎる。

 

「へぇ~、これが地獄かぁ」

「チビりそうか?」

「その前にお花を摘みに行ってくるから大丈夫だよ!」

「はっ! 軽口叩けるなら十分だ。とりあえず下りるぞ。()()が待ってるんだろ?」

「……うん!」

 

 力強く頷く虚白は、黒刀の先導に続いて浮遊するプレートへ次々に飛び乗るように下っていく。それは彼女に続く者達も同様。

 

「嫌な空気だ。長居するべきではないな」

 

 軽やかな身のこなしを見せるハリベルは、花魁の衣装から取っておいていた破面時代の白装束に身を包んでいた。

 さらしを巻き、前面のファスナーを全開にしていた彼女であったが、地獄の瘴気から良くないものを感じ取ったのか、マスク代わりにファスナーを閉めた。

 

「それにしても地獄か……なんつーか、実感湧かねえな」

「来るところまで来たって訳だ。ビビッてんじゃないよ」

「あ゛? 誰がビビってるって!?」

「こんなところまで来て喧嘩はお止し! 馬鹿は死んでも直らないと言いますけれど、まさかここまでとは……」

「「勝手に殺してんじゃねえよ!!」」

「一度死んだようなものじゃありませんの?」

「「……確かに」」

 

 と、ハリベルが赴く地ならどこまでもと、従者三人も当然付いて来ている。

 小気味いいやり取りは地獄に来ても変わらない。

一方、げんなりとした面持ちのルピがため息を吐く。

 

「はぁ……ホント、なんでこんなことになったんだか……」

「シャキッとしなさい! そんなんじゃ地獄とヨロシクやっていけないわよ!」

「こっちはヨロシクやるつもりなんて端から無いんだよ」

 

 異様に張り切るクールホーンが横に居るからこそ際立つローテンション。

成り行きで付いてきたルピは、当初孤立しているよりも安全という理由で同行した訳だが、巡り巡って地獄に来るなどとは思いもしなかった。今更になって己の判断が誤っていたと嘆くが、ここまで来てしまった以上引き返す訳にもいかない。

何より咎人に()()()()()という私怨がある。同行する理由はそれで十分か、とルピは己を納得させることにする。

 

 一方、クールホーンがやる気に満ち溢れ過ぎていた。荒々しい鼻息は離れた場所に居ても聞こえてくる。太金との戦い……と呼ぶには一方的な蹂躙により受けた傷も癒えぬままやって来た彼であるが、全身に満ちる霊力は平時よりも漲っているように見えた。

 

 それもこれも全ては己の罪深さ故の憤り。

 

「あたしというものみすみす掌で踊らされるなんて……一生の不覚よ! このミスは取り返してみせるわ!」

 

 留守番とお守りの名目でワンダーワイスと共に居たにも拘わらず、結果的に守り切れず、あまつさえ連れ去られた。

 荷が重すぎた等という慰めは、今のクールホーンにとって侮辱の言葉でしかない。

 美の探究者たる彼は、己の醜態を許せるはずもなかった。自分の尻は自分で拭う。そう意気込んでいる彼の士気は高い。

 

 各々の表情を見渡す黒刀は、ニッと口角を吊り上げる。

 

「思ったよりも余裕そうだな。結構結構。地獄は常人にゃ耐えられねえ場所だ。あんたらみたいなぶっ飛んだ奴らの方が、地獄じゃ上手くやってけるだろうよ!」

「えへへ、そんな褒めても何も出ないよー、って言う気分でもないんだけど……っと!」

 

 かなり下まで来たところで、虚白は地獄の入り口を見上げる。

 既に入り口は遥か上空。ここから戻るとなれば随分と骨が折れる道のりとなろうが、今は帰りを心配している暇はない。

 ある意味感慨深さを覚える虚白は。

だが、此処まで来られたのは偏に地獄へつながる入り口を開いてくれた咎人の助力があってこそ。

 

「ありがとうね、コクトーさん! わざわざ案内してくれて」

「気にするな。俺ァ()()()()が気に喰わないだけだ」

「それでボクらと手を組んだって? 物好きだね」

「そりゃあお互い様だ」

 

 軽口を叩き合う二人。

 時は、地獄へ踏み込む直前まで戻る。

 

 花街での死闘を経た虚白達と黒刀は、騒ぎを聞きつけた死神から身を隠すべく、街の中心から離れた廃屋に場所を移した。

 そこで黒刀から聞いた話は、朱蓮達が地獄の門の破壊を目論んでいること、それを黒刀は阻止したいと考えていること、一人では人手が足りないから同志を探していたこと。ざっと以上があらましだ。

 

『どうだ? 俺と手を組むってんなら、地獄に案内してやってもいいぜ?』

『行く!』

 

 縋り付けるものは他になかった。

 故に二つ返事で黒刀の申し出に承諾した虚白。流石に不用心と考える面々も居たが、ワンダーワイスどころかスタークも敵の手中に収まっていると知った以上、残された猶予が少ないことも明白であった。

 

 太金が繰り出した霊圧。そこには紛れもなくスタークの霊圧が混ざり込んでいた。

 霊圧を吸収・放出する能力。本来接点のない二名。だが、再三告げていたスタークの在り処を示唆する言葉。これだけの条件が揃えば、否が応でも囚われの身となっているスタークを想像せざるを得ない。

 彼は旅の始まり。虚白がリリネットと出会い、彼を追い求めたからこそ、今日まで続いた旅路が存在するのだ。

 彼を取り戻してこそ、この旅路は終わることができる。無論、ワンダーワイスもだ。

 

 数奇な運命を今日こそ終わらせる。

 咎人を倒し、仲間を取り戻す。目指す場所はそこ以外にない。

 

「……それにしても人っ子一人居ないね。ここ、本当に地獄?」

「そりゃあ咎人は()()から隠れてるからな!」

「奴ら?」

「っとォ! 早速お出でなすったぜ!」

「え……?」

 

 連なる建物をすり抜けて現れる巨体。

 狒々を彷彿とさせる体。筋骨隆々な体に対し、頭部と背骨だけが露わになっているという異形の姿は、否応なしに恐怖を呼び起こす意匠を感じさせる。

 すると、骸骨の奥で揺れ動く瞳らしき光がこちらを捉えた

 

「な、何だあいつ!?」

「地獄の番人、クシャナーダだ! 奴らは咎人を見つければ喰い尽くす。それが此処地獄で咎人に与えられる責め苦って訳だ!」

 

 怯えて顔を引きつらせるリリネットのみならず、他の面子に対しても黒刀は告げる。

 

「いいか、地獄で死んだらお前らも地獄の鎖に繋がれる! 折角拾った命だ! 精々死なないよう気をつけろよ!」

「こっちに来てるぞ!? ちょ、あんた! 何とかしてくれよ! めちゃくちゃ強いんだろ!?」

「そいつぁ無理だ! 咎人の力はクシャナーダにゃ効かねえ!」

「はぁ!?」

 

 思いもよらぬ事実にリリネットが驚愕した。

 しかし、構わず黒刀は淡々と続ける。

 

「知ってるかどうか、俺ら咎人は死んで蘇らされる度に力を与えられる! 体も人外染みたものになってな! そうして人を捨ててまで得た力がだ! クシャナーダにゃ無力と知ったら、俺らはどうなると思う?」

「……あー、こりゃダメだーって絶望する?」

「正解だ、白いチビ助! っとォ!」

 

 クシャナーダの剛腕が、虚白達に襲い掛かる。

 寸前で飛び退き躱すも、ここまで辿って来た道が崩れ落ちた。退路を断たれた―――しかし、今更その程度で同様する面々ではない。そのまま黒刀の案内に従い、同じような光景が続く道を突き進んでいく。

 

「手前の命は手前で守るこった! 地獄じゃ他人に縋り付いては生きていけねえぞ!」

「そういうのは先に言えっつーの! ってか、うわあああ!? 前にも居るし!」

 

 喚き立てるリリネットが指差す先には、また別のクシャナーダが道を阻むように待ち構えていた。

 

「真面にやり合うな! いいか!?」

 

 忠告する黒刀が率先してクシャナーダの体を飛び越え、瞬きする間にかなり前へと進んでいった。

 だが、後続の面々が上手くやり過ごせるとは限らない。

 

「ッ……おいおい、やり合うなっつってもよォ!」

「この数は流石に……!」

「無駄口を叩く暇があったら集中なさい、もう!」

 

 文句を垂れるアパッチとミラ・ローズ。

 スンスンに窘められながらも、一体超えた先に屯するクシャナーダの姿を望めば、彼女達が悪態を吐きたくなるのも当然であった。

 最下級大虚(ギリアン)のように鈍重で無知性ならば、やり過ごすのも容易い。

 しかしながら、どうにもクシャナーダの照準はこちらの方へと向いている。誰もが建物の陰で怯えている一方で、彼女達が突き進む様が目立っていたからだろうか。

 どちらにせよ、道に立ちはだかる形でクシャナーダが集ってきている現状は確かだ。

 

 前へ進まなければ届かない。目的地へも、追い求めた者にも。

 

「ならば……押し通る!!」

 

 前へ躍り出たのはハリベルであった。

 爆発的に上昇する霊圧―――虚化したようだ。

 鮫の顎に似た凶悪な外見の仮面を被った彼女は、掌に霊圧を収束させ、眼前に聳え立つ巨体目掛けて解き放った。

 

 黄色い閃光がクシャナーダの体を覆い尽くせば、木っ端微塵に消し飛ばすことさえできないが、勢いで押し倒せはしたようだ。

 後ろのめりに倒れる巨体を架け橋に、各々が向かい側の道へと飛び移っていく。

 

―――その途中の出来事であった。

 

「うわあッ!?」

「リリネット!」

 

 クシャナーダに飛び乗った瞬間、足を滑らせたリリネット。

 真下は底の見えない深淵。落下すればタダでは済まないことは明らかだ。

 

 助けなくては。と、一足先に足場に飛び移っていた虚白が引き返そうと試みる。が、そうするまでもなく、俊敏な黒い影がリリネットを抱きとめ、華麗に足場へと着地したではないか。

 

「―――フゥ……危なかったわね」

「お……おぉ、ありがとな」

「……」

「……な、なんだよ。お礼ならちゃんと言っただろ?」

「ん? ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたものだったから」

 

 リリネットを救出したクールホーンは、何か気になる点があったのか、少しその場で考え込んでいた。

 しかし、そうしている間にもクシャナーダは襲い掛かってくる。

 応戦するは先ほどと同様ハリベルに加え、今度は従属官三人も。応援に加わろうとし、拳を掲げる彼女達は、限界まで凝縮させた破壊の閃光を解き放つ。

 

「「喰らえ!!」」

「喰らいなさい!」

 

 共鳴するように混ざり、膨れ上がる三人の光線は、ハリベルが狙っていた個体とは逆側に居たクシャナーダの体を吹き飛ばしてみせる。

 すると、その光景に驚いたのは他でもない三人自身であった。

 

「っんだ、こりゃあ……!?」

「力が……」

「成程……そういう訳でしたのね」

 

 困惑する前者二人に対し、スンスンは納得するように頷いた。

 それもその筈。たった今繰り出した光線―――否、“虚閃”は自分が想像していたよりも高い威力を発揮していたのだから。ただ威力が上がっただけならば、空間における霊子密度が濃い場所に居ることで、攻撃力が底上げされたものだと考えただけであった。

 けれどもどうだ。これまで虚閃を真似て霊圧を解き放っていた三人が、今になって正真正銘の―――正確に言えば破面時代の感触に似た―――虚閃を繰り出せたのである。

 違和感は当然の如く、三人は一つの可能性を見出したのか、その面には獣染みた凶暴な笑みが浮かび上がった。

 

 

 

―――これなら……。

 

 

 

 逆襲への活路を見出した。

 と、内心浮足立つのも束の間、危害を加えられて明確な敵意を抱くようになったクシャナーダは、虚白達目掛けて一斉に集まってくるではないか。

 

「今度はボクが行くよ!」

 

 迎撃する面々に続いて前へ出る虚白が仮面を出し―――解放。帰刃し、その身に虚の力を宿らせる。

 

()……()ォォォオオオ!!!」

 

 両手に収束させた光弾を混ぜ合わせ、一個の巨大な霊圧の塊を生み出した虚白。

 次の瞬間、限界まで凝縮された虚閃は青白く染まり、進路に立ちはだかる異形の怪物の体を崩壊させながら突き進んでいく。

 “白虚閃(セロ・イリュミナル)”。虚白特有の虚閃であり、敵の硬度に関係なく霊体を崩壊させられる凶悪な技だ。

 これを喰らえば例えクシャナーダとて無事では済まない。

 案の定、白虚閃の直撃を貰った個体は、体の一部分が大きく削れ、真面な歩行が困難な姿と化している。これでかなりの追手は減らせた。

 

今の内に、と全員が歩幅を広くするなりして先を急ぐ。

 しかし、彼女達は数分もしない内にたたらを踏むことになる。

 ある場所を境に途切れる道。真下を覗けば、底が見えない程に深い大穴が広がっている。

 

「はぁ!? 行き止まり!?」

「違ぇよ。奴らのアジトは地獄のもっと下層……ここから降りて下を目指すぜ!」

 

 道が続いている事実を証明せんと、黒刀が一番に深淵へと飛び込んだ。

 その姿を見るまで半信半疑であった面々も、彼に続き、意を決し一歩を踏み出す。余りにも巨大な穴と高さの所為か、息が詰まりそうになりながらも落ちること数分。ようやく下層の地獄が見えてくる。

 

 一言で言えば、そこは水場であった。海か、はたまた湖か。どちらにせよ広大な水域が広がっていることには変わりない。

 所々に浮かぶ蓮の花らしき小島に降り立てば、クシャナーダの亡骸と思しき骸骨が聳えている。地獄にとって絶望を象徴する彼らが、頭部から剣で貫かれて串刺しにされる様は、現在居る場所が上層よりも過酷な場所であると想像させた。

 

「目的地ってここ? それにしても殺風景なところだね……」

「いーや、まだだ」

「えー、まだなの!?」

「もう一個下の階層だ。水ん中に潜って行きゃあ……」

 

 説明する黒刀であったが、近づいてくる気配に勘付いたのか、黒い包帯を靡かせつつ暗雲立ち込める空を見上げた。

 紫紺の雲が漂う空から飛び降りてくる影は三つ。

 

「やっと来たわね~~~ン!」

「首を長くしていましたよ」

「……待チ侘ビタ」

 

 轟音。続いて砂煙が巻き上がる。

 覚えのある霊圧だ。それを間違う筈もなく、彼らの来襲に沸々と湧き上がる感情にも偽りはない。

 嫌悪、憤怒、憎悪―――あらゆる負の感情を叩きつけるに相応しい宿恨の怨敵。寧ろ「漸く来たか」と待ち侘びていた。

 

「やぁ~っとキミらの面を拝めるんだね?」

「ンッフフ♡ そうよ、やっとこの不自由なマントを脱げるわぁ~~~ン!」

 

 神経を逆撫でする抑揚。

すると、三つの影が正体を覆い隠していたマントと仮面を投げ捨てた。

 白日に晒される正体を垣間見ようと、虚白達の目がスッと細められる。

 

「ふぅ……予想の範疇を出ない醜さね」

 

 そう吐き捨てたのはクールホーン。

 誰も彼も美的センスにそぐわない醜悪な外見だ。そう言わんばかりの彼であったが、他の面々の意見もかねがね同じ。

 

 外套越しのシルエットに違わぬ肥満体系の太金。

 両腕が触腕と化し、胸からも数本の触手が蠢く群青。

 上半身と下半身でバランスが歪な我緑涯。

 

 総じて異形な姿を前に、反応は十人十色。

 予想に違わぬ見た目に納得するか、あるいはこれまでの恨み節も込めて悪態を吐くか。何にせよ、好意的な反応を見せる者など一人としていない。

 クールホーンがその最たる例だが、

 

「あらん? 貴方ったら、アタシに手も足も出ずにやられたおブスちゃんじゃな~い」

 

 煽り返す太金に、ほんの少しクールホーンの眉尻が上がった。

 

「……フン。何とでも言いなさい。で・も……今のあたしが尸魂界のあたしと同じだと思ってるなら痛い目を見るわよ」

「あ~~~ら~~~、口だけは達者ァ~~~♡」

 

 睨み合う両者。傍目からすれば“同族嫌悪”に近しい雰囲気が、そこには漂っていた。

 だがしかし、因縁があるのは彼らだけではない。

 

「よくもやってくれたな、筋肉達磨ァ……この前の借りを百倍にして返してやるよ!!」

「ひき肉にしてやる!!」

「まあ、お下品。発言が低俗過ぎて三下に見られかねませんわ。私はそんなの御免被りますから、ちょっと離れて下さいます?」

 

「「スンスン、てめぇ!!」」

 

「茶番ハ……終ワッタカ?」

「ええ。如何でした? 私の猿回しは」

 

「「ふざけんじゃねえ、誰が猿だ!! ぶっ殺すぞ!!」」

 

 見事なまでに一言一句が重なるアパッチとミラ・ローズ。

 そんな二人を掌の上で弄んでいたスンスンは、そこまでにしておいてやれと窘めるハリベルの言葉を受け、一変して神妙な面持ちを浮かべて我緑涯をねめつけた。

 眼光を閃かせるのは二人も同じ。これまで辛酸を味わった分、胸の中で燻る想いも一入だろう。

 

「―――って、他のみんなはやる気満々みたいだけど、キミはどーするの?」

「フッ、我々がやることは始めから変わりませんよ」

「あっそ」

 

 身構える群青に、あっけらかんと答えたルピの目がジッと細まった。

 

「それだとキミら……ロクな死に方しないよ?」

 

 嘲るように言い放つ。

 嗜虐の色に染まる瞳だが、一度甚振られたことに対する復讐をせんとする意思がありありと見受けられた。

 

 ルピと群青。

 クールホーンと太金。

 アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンと我緑涯。

 

 以上三つの組み合わせが出来上がったと、会話の蚊帳の外に居た面子は思った。そして誰よりも本人が一番よく分かっていただろう。

 

―――自分が誰を相手すべきか、誰に怨みを晴らすべきかを。

 

 己の敵を見据えた三組の内、クールホーンが振り返ることなく言い放つ。

 

「先に行くのよ、虚白ちゃん!」

「え? で、でも皆で戦った方が……」

 

 仲間を置いて行く。そのような選択肢は虚白の中になかった。

 躊躇うように手を伸ばせば、一歩引いた場所に佇んでいた黒刀も前へと躍り出る。

 

「白いチビ助の言う通りだ。マントを脱いだこいつらの強さは尸魂界の比じゃねえ」

「るっせー! 自分の尻は自分で拭うっつってんだよ!」

 

 しかし、忠告を受けても尚、言い返すアパッチのみならず全員の戦意が消えることはなかった。

 

「そうか……それなら精々死なないこった」

「コクトーさん!?」

「逆に考えろ。こいつらが此処で足止めしてくれりゃあ、後はあのすかした野郎一人だ。一番腕が立つのもな。あの三人はお仲間に任せて、俺達が進む……悪くない考えだと思うぜ?」

「ッ……」

 

 確かに理にかなっているようには聞こえる。

 しかしながら、人並みの感情が躊躇いを覚えさせるのも確かだ。尸魂界での戦いを見れば、素の力で劣るのがどちらか―――嫌でも認めざるを得ない。

 それでも、立ち向かおうとする者から勝負に投げ遣りや自暴自棄になった様子は、欠片も見られなかった。

 

 言葉に言い表せない()()()を彼らから感じるのだ。

 

「……信じてもいいんだね?」

「仲間だと思ってくれるのならね」

「それは……ズルいなぁ」

 

 クールホーンの言葉に、虚白は困ったような笑顔を浮かべた。

 ここまで言い切られたのであれば、この場を任せざるを得なくなるではないか。さもなければ、自分が彼らの信頼を裏切ってしまうのだから。

 

「それじゃあ―――任せたよ。“仲間”だからね」

「モチロン♪」

「勝手に仲間に数えられても困るんだけど……」

 

 溌剌と頷くクールホーンに対し、ルピはのらりくらりと直接的な返答を避ける。が、負けるつもりは毛頭ない様子だ。

 それはハリベルの従属官三人も同じ。

 

「ハリベル様! ここはあたし達に任せて下さい!」

「ハリベル様は御心のままに!」

「差し出がましいお言葉ではありましょうが……御武運を」

「お前達……」

 

 敵から目を逸らさず、背を向けまま語る三人。

 単純な霊力では以前よりも衰えている。にも拘わらず、立ち並ぶ光景からは不思議と頼もしさを感じられる。

 何故だろうか。恐らくは自分という主と一時でも離別し、従者同士として互いを見つめ合い、各々の絆を把握したからだろう―――ハリベルはそう考えた。

 

 フッ、と口元に笑みが零れる。

 残念ながらそれを見ることが叶わなかった三人であるが、

 

「―――任せたぞ。()()な仲間としてな」

『ッ……!』

 

 身に余る光栄な言葉に、全身が奮い立つ。

 こうともなれば、直情的なアパッチとミラ・ローズに加え、落ち着いたスンスンでさえ全身に力が漲っていく感覚を覚えた。

 

『はい!』

 

 戦意は十分。

 

「準備……できたようだな。それなら行くぞ」

「……うん!」

「急ぐぞ」

 

 先導役の黒刀が駆け出せば、それに虚白とハリベル、リリネットが続く。

 断崖絶壁を飛び越え、地平線の彼方まで続く水の中―――晦冥の深淵へ。

 三人が居なくなった場には静寂が満ちていた。風が吹くこともなく、ただただ寂寥感を呼び起こす時間が過ぎる。

 

「……追わないのね。もしかして、あたし達をすぐに倒せるから問題なしィ~!―――とでも思っているのかしら?」

「アラ、そう見えちゃったァ!? ごめんなさぁ~い! でも、それも事実よねェ~♡」

 

 疑問を投げかけるクールホーン。

 何かしらアクションを見せると思っていた咎人が一歩も動かぬことから、推測と邪推を織り交ぜた思考を巡らせていたが、未だ彼らの真意を察するには判断材料が足りない。

 しかしながら、クールホーンはそれをおくびにも出さず、気丈に振舞って見せる。

 

「フンッ……まあ、いいわ。華々しい勝利のはあたし達……その結果に変わりはないもの」

「ヤァ~~~ダァ~~~! 負け犬の遠吠えもここまで来たら大したものだわぁ!」

 

 仰々しい身振り手振りを加える太金に続き、群青も同意を示す。

 

「その通りです。我々に地獄で敵う等と思っているならば、考え直した方が賢明ですよ」

 

 触手をしならせる群青。打たれた地面が悲鳴を上げるように乾いた音を響かせる。

 それを合図に、三人の霊圧が轟音を奏で始めた。踏みしめる足元が鳴動する霊圧はかなりのもの。死神で言えば上位席官に匹敵する。

 対してこちら側は斬魄刀といった得物も持っていない状態。格上を相手するには戦力が心許ないことは否定できない。

 

 しかし、自分達を圧迫する霊圧に対し、元破面の軍勢も尸魂界とは比にならない霊圧を放って相殺してみせる。

 その結果に、群青の顔に僅かながら驚きが浮かんだ。

 

「成程……どうやら口だけではないようですね。ですが、どれだけ足掻こうが結果は変わりませんよ」

「いーや、変わるね。キミらがどんな風にぐちゃぐちゃにされるかとか……ね?」

「どれだけ強がろうとも地獄は我らが領分。貴方の勝利は万に一つもありません。それに……」

「?」

 

 意味深に言葉を区切った群青に、ルピは小首に傾げた。

 次の瞬間、身の毛がよだつような悪辣な笑みを湛えた咎人が面を上げる。

 

「彼らでは絶対に()には勝てませんから」

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――んぶはぁ!?」

 

 上層と下層を隔てる水を潜りぬけた先。

 暗褐色の大地が広がり、黄色い酸の池が点々と存在している地獄の深淵へ、虚白達は辿り着いた。

 危なっかしく着地し、土煙を上げる虚白とリリネットに対し、水を滴らせるハリベルは無数に連なって並ぶ物体に目を向ける。

 

「これは……墓?」

「ああ、咎人のな。殺された涯にたどり着くのが墓場。どこまで続いているかなんて考えない方が頭痛くならずに済むぜ?」

 

 暗い空が紅蓮に染め上げられる下に広がる咎人の墓場。

 黒刀の言う通り、確かにどこまで続いているかなど考えない方が徒労を避けられそうだ。

 

「それで奴はどこだ?」

「あっちだ。付いてこい」

 

 黒刀が蜂で指し示す先。

 遠目であるが、何やら煙が上がっているようだ。罠かどうかこそ図り切れない部分が、迷わぬ目印としては役立ちそうだ。

 

「よーし! それじゃあさっさと助けて―――」

「我らに手を貸してもらおうか」

「!」

 

 不意に声が聞こえた方へ、弾かれるように顔が向く。

 マントを脱ぎ、仮面を外しているとは言え、その声を忘れることはない。

 

「ようこそ、地獄へ! まずは歓迎しようか」

「その必要は……ないッ!」

 

 どこからともなく現れた朱蓮を見るや、ハリベルが飛びかかった。

 帰刃し、水を支配下に置く鮫の女王と化した彼女は、握りしめた大剣を振るう。それは容易く炎の槍に防がれこそしたが、地獄に戻り真の力を発揮できるようになった朱蓮とも十分にやり合える―――たったの一合で理解したハリベルは、一旦飛びのき、大剣を構え直した。

 

「こいつは私に任せろ」

「ハリベルさん……お願い! すぐに戻ってくるからね! ダッシュで行くから!」

「ふっ……任された」

 

 藍染とも違う、純真無垢な信頼がにじみ出る声を聞き、悪くないと口角を吊り上げる。

 だが、背を向けて先を急ごうとする虚白の背中を、朱蓮が狙う。

 解き放たれる炎の弾丸。薄暗い闇を切り裂いて疾走する光は、寸分の狂いもなく虚白の下へと向かうが、遅れて迸る水の弾丸に飲まれて爆発を起こす。

 辺りに漂う白い蒸気。それをハリベルは水滴と化し、朱蓮は熾す炎で打ち払い、己の立ち姿を曝け出した。

 

「……この程度か」

「それはこちらの台詞だ、ティア・ハリベル。貴様の底はこの程度か?」

「“底”だと? お前如きに私の底など見せた覚えはないぞ」

 

 安い挑発に構うハリベルではない。

 しかし、どうにも拭えぬ違和感のようなものが、彼女の胸に過っていた。確かに敵に余裕がない姿を見せないことも戦士として必要な技量であるが、それにしても朱蓮の顔には自信が満ち溢れている。余程傲慢な性格をしていない限り、そこまで実力が変わらない相手に、勝利を確信した顔は浮かべられない。

 そうでなければ、何か裏打ちされた事情がある筈だ。

 絶対に己が勝てるという、切り札のようなものが―――。

 

「……ままならんな。だが、私のやる事は変わらない」

「ほう」

「お前を圧倒する。それだけだ」

 

 地獄に居て尚、凛然たる佇まいは崩れる事無く。

 

 洗練された力が辺りを揺蕩う。

 一方で朱蓮は歪に歪んだ瞳を彼方へと遣った。

 その先は―――虚白達が向かう先、延いては自身のアジトだ。

 

「圧倒する……か。だが、果たして間に合うかな?」

「……なんだと?」

「貴様が私に勝とうとも、当の先に往かせた者が斃れれば水泡に帰すと言っている」

「まるで他に仲間が居るとでも言いたげだな」

「仲間ではないさ。ただ、私は()から放った。此処まで迎えに来たのは……そうだ、巻き込まれたくない。その一心だよ」

 

 不敵に笑う。

 その意図を推し量れず、ハリベルの表情に困惑が浮かぶ。

 

 次の瞬間だった。

 背後にて、蒼い爆炎が黒雲を貫いたのは。

 

 

 

 ***

 

 

 

 其処には大釜があった。中ではマグマが煮え滾っている。

 其処には檻があった。中には気を失った幼子が横たわる。

 其処には獣が居た。檻からも枷からも解き放たれた、正真正銘の怪物だ。

 

―――なんだよ、あれ……。

 

 言葉が出ない。

 酷く乾いた喉が、発声を阻んだのだ。もしくは肉体が少しの物音も立ててはいけないと本能で察したのか。

 それでも、それでもだ。

 不気味なくらい静かに佇んでいた()()に、平静を失ったように瞳が揺れ動くリリネットが問いかけた。

 

「……スター……ク?」

「……」

 

 返答はない。

 だが、反応はあった。

 かつての虚の姿。コヨーテ・スタークとリリネット・ジンジャーバックという区別がなく、孤独に飢えていた一体の虚ろな獣。

 全体的に狼を連想させる特徴が現れた仮面の奥には、朧げな光が灯っていた。

 それが三人を射抜く。

 刹那、光が奔る。

 

 虚閃

 

 予兆の無い破壊の閃光。

 蒼く瞬く一条の光は、立ち尽くすリリネット目掛けて放たれたものだった。避ける―――という考えも浮かばぬほどの間。気が付いた時には手遅れであると悟る距離まで迫って来ていた。

 

「あ……」

「う、がああああああ!!!」

 

 だが、間一髪のところで白い影が割って入る。

 鎖を盾として構える虚白。惜しみなく霊圧を放出して守りを固める彼女は、次の瞬間には虚閃の直撃をもらう羽目になった。

 溜め無しだった筈だ。なのに、受け止める虚閃は容易く鎖を焼き溶かし、鋼皮を黒く焦がしてく。

 一瞬ではあったが死を予感する。しかし、全身全霊の防御が功を奏したのか、全身が消し飛ばされることもなく受け切った。それでも代償は大きい。

 

「う……ぐぅ……!」

「虚白!」

 

 激痛と衝撃でわなわなと腕を振るわせる虚白。

 滝のように流れ落ちる汗は、地面に点々とした染みを描いていく。

 ガチガチと歯が擦れる音を鳴らす彼女の瞳に浮かぶは―――恐怖。未知に、怒りに、そして圧倒的な力の差に慄いたが故の感情。

 

「キミ……スタークさんなの?」

「……」

「誰を狙ったのか分からないの? ほら、リリネットだよ! キミの大切な―――」

「ウ……」

「!!?」

 

 光が瞬いた。

 大口を開いたスターク。鋭利な犬歯が生えそろう仮面の前に浮かぶのは、凝縮された霊圧の塊。

 破面時代、無限に等しい虚閃の掃射を可能とした霊圧を、一切の躊躇もなく限界まで押し固めた。

 

 リリネットの瞳が見開かれる。

 不味い、と。このままではアレが来る。それも片割れの人格を失わぬ為、これまで出すことがなかった筈の“全力”で。

 

 

 

 

 

「ウォォォォオオオオオオオオオアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)

 

 

 

 

 

 光の嵐が吹き荒れる。咎人の墓場を更地にする勢いの掃射は、延々と続く。

 しかしながら、辛うじて抜け出した影が飛び出てきた。

 

「生きてるか、チビ共!」

「う゛ッ……なん、とか……!」

「ありゃあ地獄の瘴気に中てられたな……! てめえらと同じなら、秘めた本能に自我を呑み込まれちまったようだ!」

「そんな……!」

 

 所々体が煤けた黒刀の鎖に繋がれた虚白が、咳き込みながら応える。

 秘めた本能―――つまり、内なる虚がスタークを支配した結果が、あの姿。

 ―――完全虚化。虚白のように内なる虚を制御することも、地獄の瘴気に浴び続けた状態では不可能だったようだ。

 

 その強大な霊圧に戦慄する虚白。霊圧知覚に優れている訳でない彼女でさえ、完全虚化したスタークの霊圧が帰刃したハリベルを優に超えると知覚し、嫌な汗が溢れ出してくる。次から次へと脳内に浮かび上がる死のビジョンが拭えない。

 だが一方で、体の傷以上に精神的な傷を負ったリリネットは、茫然自失となりながらぶつぶつと独り言つだけ。

 

「嘘だ、そんな……スタークが……」

「リリネット……? リリネット、しっかり!」

「あたしを……忘れてるなんて……そんな、そんなのっ……!」

「リリネット!」

「へぶんッ!?」

 

 鋭いデコピンが額に炸裂する。

 それで我に返ったリリネットは、ぽっこりとたんこぶが浮かぶ額を押さえ、涙目ながら訴える。

 

「何すんだ、イッテーなァ!!」

「こっちの台詞だよ! こちとら腕が消し炭寸前だよ! こんなエキセントリックな傷跡、刺青と間違われて温泉入れなくなっちゃったらどうするの!?」

「今心配するとこそこじゃねーだろ!!」

「じゃあどうするの!?」

「!」

 

 黄金色の瞳に射貫かれ、自分が平静を失っていた事実を省みるリリネット。

 視線を下に落とす。そこに佇むのは、長年連れ添った相棒さえも忘れてしまった虚だ。

 追い求めた。ずっと、ずっと追い求めた。その成れの果てがあの姿とするならば―――。

 

「殴ってでも……目ェ覚まさせる!!」

「上等!! 行くよ、リリネット!!」

「おう!!」

 

 

 

 飢える孤狼を救うべく、

 

 

 

「蹴散らせ―――

群狼(ロス・ロボス)』!!」

 

 

 

 弱き狼が群れを成し、立ち向かう。

 

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