虚白の太陽   作:柴猫侍

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*2 虚しい町の住民

 前回のあらすじ。

 

 現世の記憶がすっぱ抜けた脳味噌漂白少女・虚白は、現世で魂葬された根無し草のロリコン大歓喜ちっぱい少女のリリネットと出会い、彼女の相棒であるスタークを探す旅に出たのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ひぃ……ひぃ……まだなのかよ、あんたの家ってのは」

「もうちょいもうちょい♪」

 

 息を急き切るリリネットに対し、虚白は浮足立って森の中を突き進む。

 初めての同族(ともだち)を見つけたとあって、浮かれているのだろう。しかしながら、少々その友人とやらに配慮が足らない部分もある。

 

―――いくら拠点となる家に向かうとは言っても、少しばかり遠過ぎやしないか?

 

 ただでさえ破面にしては力が弱かったリリネットにとって、ここまでの移動でもかなり体力を消費する羽目になった。流石に野宿は避けたいところであるが、

 

「ホントさぁ……あとどんくらいなんだよ~」

「ほら、すぐそこ!」

()()?」

 

 虚白が指差す先。

 そこにはただ森が広がっているだけであり、特段家と呼べる代物は見当たらない。

 

「……は? はぁぁぁああ!!? こ、ここまで来て野宿って、あんた……!」

「その反応、待ってたよ」

「親指を立てるなっ!!」

 

 爽やかな笑顔でサムズアップする虚白の親指を引っぱたくリリネット。

 しかし、「イテテ……」と叩かれた親指を擦る虚白は依然ニヨニヨとした笑みを止めない。

 

「まあまあ。怒りっぽいとおっぱい育たないよ」

「余計なお世話だッ!! 明日の飯にもありつけるかどうかなのにおっぱいの成長なんざきにしてられるかッ!!」

「そんなリリネットに朗報です」

「……は?」

 

 げんなりとしているリリネットに背を向け、徐に仮面を被る虚白。

 ゾァ、と霊圧が高まる中、何をするかと怪訝な顔を浮かべるリリネットを前に、彼女は鋭い爪を振り下した。

 刹那、何もなかった―――それこそ森しか広がっていなかった景色に、空間の裂け目が生まれる。

 

「ここって……!」

 

 裂け目から覗く荒廃した都市。

 建物のほとんどが倒壊している酷い有様であるが、流魂街の建物と比べると明らかに近代的な―――それこそ現世の建物であると見て取れる。

 

「凄いでしょ! ボクの秘密の場所なんだ~」

 

 何も知らない様子の虚白が得意げに語るが、リリネットはこの町が何であるかを知っていた。

 

「空座町……!」

 

―――正確には模造品(レプリカ)であるが。

 

「ん? え、もしかして知ってるの!?」

「知ってるも何も、あたしは尸魂界(こっち)に来る前にそこに居たんだよ!!」

「なぁ~んだ、ボクだけの秘密基地だと思ってたのに」

 

 唇を尖らせる虚白が見つけた町は、藍染との決戦にて本物の空座町の代わりに“転界結柱”にて転移され、戦火の中心地となったものだ。

 護廷十三隊と協力者によって終息した決戦だが、お役御免となった模造品の町は、今では流魂街の民に見つからぬよう結界を張られた上で放置されていた。

 結界と言っても軽いものであり、霊覚があるものならば違和感を覚えて見つけ出すことも容易い。しかし、立地が流魂街の外れともあり、普通に暮らして居れば一生赴かない場所に造られたからこそ、虚白以外には見つかっていなかった。

 

「それにしても酷いな、こりゃ……みんな派手にぶっ壊れてらぁ」

「ね。でも、町の端っこの方には壊れてない建物が幾らかあるんだよ」

「そこに住んでんの?」

「いやぁ、現世の建物って快適だよね。これで水道に電気、それにガスも通ってたら最高だったんだけど」

「……偽物の町にある訳ないじゃん」

「ねー。それでもオンボロな平屋よりはずっと過ごしやすいよ」

「まあ……かもなぁ」

 

 ざっと千年単位ほど建築の技術が違うのだ。比べるのは野暮というものだ。

 数字が小さい流魂街に行けば、まだ真面な家で暮らすことが叶うだろうが、それでも模造品の建物が快適なのは事実であった。

 

「という訳で! ようこそ、我が城へ!」

「……住民が一人の町かぁ」

「今日から二人だね!」

「一人も二人も大して変わんないよ……」

 

 虚白しか座す者が居なかった町に、めでたくリリネットが加わる。

 だが、柏手を打ったところで荒地の空に虚しく木霊するだけだ。ただただ住民が少ないのだから、それも仕方のないことなのだが。

 

「それじゃあリリネット! ボクの家に案内するね」

「あぁ……もう足が棒になっちゃってるからさ、早いとこ頼むよ」

「あいあいさー!」

 

 元気に敬礼する虚白に続き、おぼつかない足取りで付いていくリリネット。

普段使われているであろう道は瓦礫が退かれているものの、死闘の余波は凄まじかったようであり、アスファルトの道路のあちこちに亀裂が入っている。

 

(皆、どこに居るんだよ……)

 

 自分は辛うじて尸魂界に来たが、他の破面も同様の結末に至ったとは限らない。

 もしかするとスタークは―――そんな一抹の不安が胸で渦巻く。

 と、思案に集中していれば足下の注意が疎かになるものだ。ガッ、と段差に躓いた瞬間、「あ」と声を上げる間もなく転倒するリリネット。

 

「ぶべッ!?」

「んっ!? ボク、まだ何もボケてないよ!」

「滑った訳じゃないっつーのッ!! ってか、『まだ』ってこれからボケるつもりだったのか!!」

「友達ができたのが嬉しくて、つい」

「頭ごなしにツッコめない返しをするなよな……」

 

 ここ最近生傷の絶えないリリネットが身を起こせば、他の倒壊した、あるいはとてもではないが居住に耐えられない建物と違い、無事に存在している建物が目に入った。

 

「凄いでしょ! ここがボクの家!」

「……家?」

「そう、家!」

 

 えへん! と胸を張る虚白に対し、リリネットは思っていたような()と違う外観の建物を前に訝しそうに眉を顰める。

 だが、彼女の様子に気づかぬ虚白は、得意げに()の案内へと歩を進める。

 

「部屋もたくさん!」

「うん」

「庭も広い!」

「まあ、違いないけどさ」

「しかも広い別館もあってプールもある! すごくない!? 豪邸だよっ!」

「……」

 

 リリネットは現世の知識には疎い。

 だがしかし、視覚から取り入れた情報から、目の前の建物がどういった施設かの見当はつく。

立派な門に掲げられた表札にはこう刻まれていた。

 

―――空座第一高等学校

 

 立派な建物―――校舎だ。

 広大な庭―――校庭だ。

 これまた大きな別館―――体育館だ。

 

(家じゃねぇ……ッ!!)

 

 今にも喉から飛び出そうな言葉を噛み殺すリリネット。

 確かに学校は済む場所ではない。住居ではないのだが―――住めなくはない。実際、避難場所としても指定されるケースも多い学校なのだから、備蓄品としてある程度の物資が揃っている可能性は高い。

 けれども、そこまで知らないリリネットは唖然とするしかなかった。

 

「ほらほら~♪ リリネットもおいでぇ~♪」

 

 陽気に手招く虚白に連れられ建物の中に足を踏み入れる。

 

「ほら見て! こんなに靴を入れられる場所があるんだよ! 皆で住んでも安心だねっ!」

「いや、ただの昇降口だろ」

 

 と、玄関というには広過ぎる昇降口から上がり、向かったのは保健室だった。

 具合の悪い生徒を寝かせる簡素なベッドが二つほど並んでおり、その一方は誰かが使用していた形跡がある。無論、虚白が就寝に用いている方だ。

 

「へー。確かにここなら寝泊まりに困らなさそうだなぁー」

「でしょー。ベッドの寝心地を知ったら、もう流魂街の襤褸雑巾みたいな布団じゃ眠れない我儘ボディになっちゃうよね……」

「もっと言い方あんだろ」

 

 意味深に聞こえなくもない口振りの虚白を軽くあしらい、部屋を歩き回るリリネット。

 虚夜宮にも医務室自体はあった。当初、乱暴な気性の者が多い破面同士の衝突も多かった為、無理やり人型に破面化された破面が看護師として働いていたとのことだ。

 その当時を思い起こす彼女だったが、どうにも違う点が見受けられて首を傾げる。

 

「机とか棚とか家具はあんのに包帯とか薬品はないんだな」

「好きな物入れて使えるね!」

「ポジティブか」

 

 そう、保健室にあるべき救護用品がないのだ。

 包帯や薬品は勿論、絆創膏一つすら見当たらない。いかにも救護用品が収められていそうな箱を開いてみても、中身は空だった。

 

「なんだ、こりゃ……」

 

 期待外れ。リリネットの顔に浮かび上がる感情がそれだった。

 

 と言うのも、この空座町の模造品は、藍染が尸魂界に反旗を翻し、侵攻を始めるまでの期間に完成させられたものだ。その期間は数か月。とても町一つを作るには短すぎる時間だ。

 だが、そこは尸魂界。現世の常軌を逸した霊術を用いて建造された訳だが、全部が全部を模造したはずもなく、ある程度取捨選択されたのであった。

 

 町の外観は変える必要はないのだから、必然的にそれらは家具や小物になってくる。

 早い話、前者を省かず後者を省くという決断に至った。

 その為、ベッドのような家具は残ったものの、薬品のような小物までは模造されなかった訳だ。

 

 ともあれ、ベッドがあるだけ御の字。

 

「はぁ~……! 柔らけぇ~……!」

 

 考えるだけ無駄と判断したリリネット。

 元々足が棒になる思いでやって来たのだ。一刻も早く横になりたかった彼女は、保健室のベッドへ大の字になって飛び込んだ。

 一般家庭に置かれているベッドに比べれば硬いマットレスだが、先日まで地面に寝転び草を枕にすることもざらにあったリリネットには極上の寝床。感動のあまり涙が出そうになるリリネットはベッドと一体化するのではないかと思うほどに身を重力に委ねる。

 

「どう? ボクの家……!」

「最高」

 

 端的に答える。

 最初の印象から掌を返す評価であるが、このベッドの感触を味わっては仕方がない。

 

「これで食い物もあったら最高なんだけどなー……」

「熊とかどう? 干し肉にしたら結構持つよ」

「あたしの安寧に浸っていた余韻を全部吹っ飛ばすな」

「冗談だって~。干し柿ならたくさん作れるよ」

「干し柿かぁ……柿が生ってる場所どこだよ?」

「ん~、ボクが全力で走って30分くらいのところ」

「ふざけんな。あんたの全力疾走って響転みたいな速さだろ」

 

 他人に悟られぬ安住の地ではあるが、夢の桃源郷ではないようだ。

 仮にここを永住の地とするなら、ゆくゆくは食糧を自給できるよう開拓しなくてはならないだろう。

 

(校庭に柿でも埋めれば結構な量になるかな……)

 

 微睡みの中、未来を見据えて計画を練る。

 願わくば、自分の相棒と共に新たにできた仲間と一緒に暮らす―――そんな先の話を。

 

 

 

 ***

 

 

 

『ひっく……ひっく……』

 

 暗闇の中、誰かのすすり泣く声が聞こえる。

 声を頼りに道なき道を進んでいけば、薄ぼんやりとした明りが灯っていた。

 スポットライトというには余りにも仄かな光。だが、確かに膝を着いて泣き崩れていた何物かの姿を、はっきりと、その輪郭だけは捉えられた。

 

―――誰?

 

 ゆっくりと、泣きじゃくる人影に近寄る。

 どうにもほっとけない。頭ではなく、体が勝手に動いてしまっていた。

 やおら手を肩に乗せてみる。

 すると、ようやく気がついた人影は錆び付いた歯車のようにぎこちない動きで振り返った。

 

―――真っ黒な体に白い仮面を被った異形が。

 

「ひっ!?」

『―――!!』

 

 異形が何かを叫んでいる。

 だが、慟哭のような叫びはノイズがかかったように聞き取り辛く、最後まで叫びの意味を理解することは叶わなかった。

 

 ただ―――悲しんでいるように感じた。

 

 表情も分からず、言葉の意味も分からず。

 それでもはっきりと、異形の化け物が抱く想いが何なのかだけは、欠片ほどではあるが理解できたような気がした。

 

 

 

 ***

 

 

 

「んにゅ」

 

 ぱっちりと瞼を開いた虚白。

 変な夢を見た。良いか悪いかで言えば、明らかに悪夢に類される寝覚めの悪いものであったが、そんなこと知ったことかと言わんばかりに朝日が昇り始めた空は澄み渡っていた。

 窓こそ閉めているが、開ければ爽やかな風が部屋を吹き抜けていくだろう。

 だが、どうにもベッドに残る温もりが恋しい。

 覚醒し切っていない意識は、あっという間に夢の世界へ引きずり込まれかけるが、不意に「ふがっ!」と聞こえる声に反応し、途端に目が覚めてきてしまう。

 

 先程の重さが嘘のように軽くなった瞼を開けば、隣のベッドに寝ている少女の姿が目に入った。

 だらしなく腹を出し、涎は口元から伝っている。

 しかも頭部と枕の位置が正反対と来た。かなり豪快な寝相を披露していたのだろう。じっくりと観察しなかったことを後悔したくらいだ。

 

 そんなリリネットにこそこそと忍び寄る虚白。

 悪戯っ子のような笑みを浮かべた彼女は、桜色に彩られた唇を少女の耳元に近づけ、

 

「ふぅ~」

「あひん」

「っ、っ、っ、っ!」

 

 古典的な悪戯を仕掛けた。

 耳元にくすぐったい感覚を覚えたリリネットは、寝言として変な声を漏らすものの、まだまだ意識は夢の中。

 そんな彼女の反応に対し、虚白は抱腹絶倒。呵々と笑い声を上げたいところではあったが、まだまだお楽しみはこれからだと口元を押さえて我慢する。

 

(次は何をしよっかなぁ~)

 

 これから早起きした時が楽しみだ。

 仲間が増え、趣味が一つ増えた虚白は、しみじみと感動に浸りながら悪戯に勤しむのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……」

「どうしたの、リリネット」

「いや、なんか変な夢見てさ。寝覚めが悪かったっていうか……」

「そう、ブフッ、なんだ」

「?」

 

 起きた二人は校長室に居た。

 立派なテーブルやソファがある為、二人で食卓を囲むには都合の良い場所であったからだ。作り置きされていた干し柿を口に運んで英気を養う。真面な食事等久しく摂っていなかったリリネットにとっては、干し柿一つを取ってもどんなデザートよりも甘い甘い甘味であるとさえ感じられた。

 と、朝餉を堪能した二人は今後の動向について相談し始める。

 

「スカンクさんだっけ。リリネットが探してる人」

「ス タ ー ク ! 臭い汁出す動物じゃないっての!」

「そうそう、スタークさん。リリネットの話聞く限り霊圧高いみたいだし、流魂街を虱潰しに渡って霊圧高い人探すしかないよねー」

「……ま、そうなるか」

 

 地道ではあるが、それしか手はない。

 半ば確信していたことだが、いざ言われてみると途方もない旅路にため息が出てくる。

 

「はぁ、死神も融通利かないよな。知り合いぐらい一緒のところに飛ばしてくれりゃいいのに」

「知り合いって言っても、離婚した夫婦とか蒸発した家族とかだったら気まずいじゃん?」

「特殊過ぎるだろ、その例」

 

 ちんちくりんの癖して妙に口に出す内容が現世の娯楽に感化されたものである虚白には、リリネットのツッコミも朝から冴えわたる。

 

「ともかく、準備ができ次第流魂街に繰り出すしかないかぁ……」

「お弁当とおやつはどうする? 干し柿しかないけど」

「遠足気分になってんじゃねえよ」

「実際遠足じゃない? 家に帰るまでが遠足だって先生も……」

「先生って誰だよ」

「ボク、温泉あるとこ行きたいなぁー。できればそこで暮らしてたいし、毎日湯船に浸かってたい!」

「自由かっ、アンタは!!」

 

 会話の主導権を握らせていると、いつまで経っても話が進まないと判断したリリネットが、強引に話を区切った。

 

「目的地は近場の流魂街! 食料準備して門に集合! 霊圧高い奴を片っ端から当たる!これでオッケー!?」

「ねえねえ。出先の安眠を確保するなら、ベッド持ってく?」

「持ってけるかぁ!」

 

 スパコーンッ! と小気味いい音を響かせるように虚白の頭を引っぱたく。

 これに虚白は「えへへっ」と大して堪えた様子も見せず、にやけるばかりだ。

 先が思いやられる―――痛そうに頭を抱えるリリネットは、やれやれと首を振って準備に取り掛かるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「あら? 今日の風はなんだか賑やかだわ……」

 

 同時刻、断崖絶壁の先端に佇む人物が、全身で朝の陽ざしを浴びていた。

 エキゾチックな紫髪を靡かせながら―――。

 

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