虚白の太陽   作:柴猫侍

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*21 鎖と絆

 長い夢を見ていた。

 

 酷い夢だ。黒い帳がかかった空の下、何一つない白い砂漠を延々と歩み続ける―――ただそれだけの内容。

 不思議と寂しいとは感じなかった。

 自分が慣れている所為だろうか。砂の大地に残された足跡が、己が生きていたという証が、振り返ればある筈の過去が、それら全てが風に吹かれて消されようとも、大した感慨は覚えなかった。

 

 だが、一つだけ。一つだけ後ろ髪を引かれることがあった筈だ。

 思い出そうにも思い出せない。振り返れど人影一つも見当たらぬ砂漠を望んだところで、求めていたものは忘却の彼方へ消え失せてしまったようだ。

 

「……なるようになりやがれ」

 

 諦観と怨嗟が入り混じった言葉を吐く。

 それからどれくらいの時間が経っただろう。

 空に昇る月は傾く気配を見せない。暗い感情の掃き溜めと化している暗黒を、只管に淡く照らすだけだった。

 

「……?」

 

 しかし、不意に月光が輝きを増して降り注ぐ。

 驚いて天を仰げば、かつてないほどの光を放つ三日月が煌々と光り輝いている。

 刻一刻と光が満ちていく。白と青が世界を彩っていく一方、自分の体が途轍もない熱に襲われる感覚を覚えた。

 

 これは何だ? ―――痛みだ。

 これは何だ? ―――悲しみだ。

 これは何だ? ―――孤独だ。

 

 疾うの昔に忘れ去っていた感覚が次々に呼び起こされる。

 

 そうだ、自分は心を失ってしまっていた。

 胸が張り裂けんばかりの想いの奔流が、順々に体のあちこちを巡る。次第に体には生気に満たされていき、忘れてはならなかった想いと()()()の存在を思い出す。

 

「……雨?」

 

 天に光が満ちる中、突然降り出してきた雨が体を濡らす。

 

「……(ぬり)ィ」

 

 体を打ち付ける雨は、火照った体を冷ますには温もりに満ち満ちていた。

 思わずもらい泣きしてしまいそうなくらいに熱い雨を浴び、微睡みに苛まれていた体を仕方なく動かす。

 

 向かうは光の先。

 自分を待つ掛け替えのない者の下へ―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ん……」

「スターク?」

「……あ?」

「スターク!! あたしだよ!! リリネット・ジンジャーバック!! 忘れたなんて言わせねえぞ!!」

 

 スタークが目を覚ました途端、彼に膝枕をしていたリリネットがキャンキャンと騒ぎ始める。

 寝起きで状況の飲み込めないスタークではあるが、似たような場面には何度も出くわしたことがある。そのため、自然と反射で答えた。

 

「うるせえな……頭にガンガン声が響くんだよ。もうちょいトーン下げてくれ……」

「スターク……! ―――歯ァ食い縛れェ!!!」

「うごっ!!?」

 

 安堵の表情(かお)を浮かべるや、豹変。

 鬼のような形相へと変貌したリリネットが、あらんばかりの力を込めて拳を振り下し、スタークの顔面へと一発叩き込んだ。

 これには流石のスタークも悲鳴を上げ、垂れてくる鼻血を抑えながら飛び起きた。

 

「おまっ……いつもより当たりがきつくねえか……?」

「うっさい!!」

「……あ? お前、何で泣いて……」

「う゛るっざい!!」

「ぶっ!!?」

 

 二発目。今度はしなやかな細脚から放たれた蹴りが顔面に突き刺さる。

 最早悲鳴にもならぬ呻き声を上げながら悶絶するスタークであったが、痛みのおかげもあってか、次第に自分が置かれている状況に違和感を覚え始めた。

 

「どこだ、ここぁ……?」

「久しぶりだな、スターク」

「……ハリベルか。なんだ、随分と顔がすっきりしちまったように見えるが……」

「色々あってな」

 

 「目が覚めて何よりだ」と続けるハリベルと言葉を交わしてから周りを見渡せば、どうにも奇天烈な面子が自分を囲っている。

 

「こりゃあ……どういう集まりだ?」

「説明すると長くなるんだがな……」

「まあ、多少長くなきゃまとまりがつきそうにねえしな」

「違いない」

 

 フッ、とハリベルが笑みを零す。

 虚夜宮にて十刃として顔を合わせていた時には見たことのない表情に瞠目するスタークであるが、即座に向けられる殺気が込められた視線を受ける羽目に遭う

 怖い怖いと目線を逸らす―――が、どうにも無視できない物体に気が気ではなくなる。

 

「あ~、それとなんだが……そこに居るのはどちらさんだ?」

 

 指さす先に佇む石像―――のように微動だにしない虚染みた異形。

 虚空を彷彿とさせる空洞の眼孔に見つめられ続けていれば、寧ろ触れずにいる方がおかしいのではないだろうかという考えが脳裏を過るままに、スタークは問いかけた。

 それに対し反応したリリネットだ。泣き腫らした目をゴシゴシと擦った後、何故か得意げに胸を張ってみせる。

 

「へっへ~ん! よく聞いたな! こいつはあたしの友達の虚白って奴なんだ!」

 

 と、紹介される虚白であるが、動く気配は微塵も感じられない。

 

「なんだ、その……随分と個性的な……」

「憐れむような目で見るんじゃねえ!」

 

 寂しさの余り人ならざる者まで友達と呼ぶようになったかと懐疑的な視線を向けられるのは居た堪れない。

 思わずリリネットも声を荒げながら虚白に告げる。

 

「っつーか、あんたもいつまでその姿で居んのさ! その所為であたしがあらぬ疑いをかけられてんだろ!」

 

 普段の剽軽な姿と態度ならば―――と思ったはいいものの、尚も虚白は虚の姿から戻る素振りさえ見せない。

 

 それどころか息遣いさえも。

 

「……虚白?」

「―――全員お揃いのようで何よりだ」

『!』

 

 不意に響いた声が全員の視線を集める。

 

「黒刀……! あんた、無事だったのか?!」

「まあな。随分とひでぇ目に遭ったが、ご覧の通り五体満足さ」

 

 驚きと喜びの色が滲むリリネットの声を向けられるのは、スタークの王虚の閃光から虚白を庇った筈の黒刀だった。

 身なりこそボロボロではあるが、これといった致命傷は見受けられない。

 しかし、「見ろ」と彼が掲げる地獄の鎖が訴えるように、攻撃の威力は凄まじかったようであり、彼を地獄に繋ぎ止める鎖もあと一本というところまで千切れていた。

 

「いやー、それにしても良かったぜ。全員無事じゃねーか。大団円ってのはまさにこのことだな」

 

 やけに演技がかった言い回しではあるが、当初からわざとらしい口調や素振りは見受けられた。

 特に気にすることもしないリリネットは「それよりも」と虚白を指さして話を続けようとする。

 

「そのことなんだけどさ、さっきから虚白がうんともすんとも言わなくなって……」

「あー、そのことか」

「何か知ってるのか!?」

「ああ、勿論だ。なんたって―――」

 

 黒刀が言葉を紡ぎかけた瞬間、突拍子もなく耳を劈く金属音が鳴り響いた。

 続いて吹き荒れる突風は、リリネットや他の面々の髪を乱れさせる程の勢いであり、当然砂塵も巻き上がる。

 何が何だかわからずに困惑するリリネットが目の当たりにした光景は、とある急襲者に刀を掲げて攻撃を防いだ黒刀の姿。

 

「なっ……何してんだよ、()()()()!?」

「……」

 

 黒刀に斬りかかったのは、なんとハリベルであった。

 帰刃し、身丈ほどもある大剣を振り翳していることから、彼女の本気度が分かるようだ。

 

「―――()()()()だ?」

()()()()さ」

 

 短く言葉を交わした両者が、互いの刃を弾くようにして距離を取る。

 

「……はっ!! つまり、てめえは端から俺を信用してなかったっていう訳か」

「そう言っている」

「とんだ女狐だな」

「貴様が言った筈だ。屑を討つ為に屑を利用する覚悟を決めろ、とな。私はそれに則って動いていた。貴様が尻尾を出すまでの間な」

「それで返り討ちにされちゃ世話ねえな」

 

 スタークにやられた事実を示唆する黒刀の言葉を受け、ハリベルの眉間に皺が寄る。

 確かに紛れもない事実。だからといって飛びかかるほど彼女も感情的ではない。咄嗟の攻撃にも対応できるよう大剣を構える姿は、完全に黒刀を“敵”とみなした佇まいであった。

 

「な、何がどうなってんだよ……ハリベル! 説明してくれよ!」

黒刀(やつ)は最初から私たちを利用することだけを考えていた……それだけの話だ」

「でも!」

 

 騙されていた。流石のリリネットもここまでくればそれとなく察するが、だからといって全てを理解できるはずもない。

 

「黒刀! あんた、嘘だったのかよ!」

「あ? 何がだ?」

「ッ……妹のことだよッ!! 殺されたって……」

「ああ、それは本当の話だ」

「なっ……!?」

 

 あっけらかんと、そして余りにも淡々と肯定が返されて面食らう。

 だが、だからこそ理解し難いこともあるリリネットは声を荒げる。

 

「じゃあ、なんで……いや、どこまでが嘘なんだ……? あたしはあんたをどこまで信用すりゃあいい?」

「この語のに及んでそれを言うか。呆れるくらい脳みそが蕩けた野郎だぜ」

「っ……!」

 

「おい」

 

 そこまで言われて立ち上がる影。

 それは激しい戦いの記憶を呼び起こさせる襤褸と化した白装束を纏うスタークであった。

 彼は破面時代の仮面の名残がなくなったリリネットの頭に手を置き、彼女の前へと一歩踏み出す。

 

「俺のツレを好き勝手言うのはそんくらいにしてもらえねーか? 自分が馬鹿にされてるようで気分が良かねェしな」

「スターク……」

 

 仮面越しではない手のぬくもりが温かい。

 

 胸にこみ上げてくるものを覚えながら目を潤ませるリリネットであるが、そうしたやり取りを一笑に付す黒刀は、周囲から殺気を向けられても尚、ヘラヘラとした態度を崩さない。

 

 すると黒刀は、足から膝、腰、腹、胸、首、そして顔と順々に睨めつける。

 

()()()()()()()()

「……なんだと?」

「てめえを地獄に連れてきたのは―――俺だ」

 

 息を飲む音が響いた。

 それが誰のものかなど、曝された真実に比べれば些少なもの。

 

 この場に生まれて留まる殺意が膨れ上がる。

 

 リリネットは血走るほどに見開いた瞳で、嘲笑する黒刀を見据えた。

 今度こそ目の前に存在する―――そう、()を見極めんと。

 

「……あ?」

「聞こえなかったか?」

 

―――コヨーテ・スタークを“餌”として拉致したのも。

 

―――それを裏から朱蓮たちに売り渡したのも。

 

―――そいつに釣られてホイホイやって来たお前らを利用しようとしたのも。

 

「全部……俺の計画だ」

「―――っ!!!!!」

 

 激情とは()()を言うのか。

 心の臓から沸き上がる、どうしようもなく熱く、黒く、ドロドロした感情の奔流。

 目から、耳から、鼻から、口から、ありとあらゆる穴から溢れてしまいそうな激情に駆られるリリネットは砕けんばかりに歯を食いしばった。

 それは周りに集う面々も同じ、クールホーンも、ルピも、アパッチも、ミラ・ローズも、スンスンも、ハリベルも―――誰もが自分たちを利用しようとした咎人に対し、明確な敵意を向けていた。言葉をうまく理解できないワンダーワイスでさえ、黒刀の周りに渦巻く怨念を感じ取ってか牙を剥きだしにして威嚇するほどだ。

 

「黒刀……てめえ!!!」

「いやぁ、お陰で随分ととんとん拍子で進んでくれたぜ。見ろよ、俺の鎖を」

 

 そう言って掲げられる一本の鎖を見つめ、恍惚とした表情を黒刀が浮かべる。

 

「こいつが絶たれりゃあ、俺は晴れて自由の身だ。てめえらのどさくさに紛れてあと一本ってとこだが……ほら、因果応報ってやつだ。早いところ頼むぜ」

「寝ぼけたこと抜かしてんじゃねえぞ、クソ野郎が!」

「首根っこを掻っ切られたいのかい?」

 

 ジャラジャラと鎖を揺らす黒刀。

 その様は見返りを求めろと言わんばかりだ。癇に障る態度に青筋を立ててアパッチとミラ・ローズが声を上げる中、ハリベルが一歩前に出る。

 

「……私は受けた恩を返さないほど不義なつもりはないが、貴様のような輩に手を貸すほど愚劣でもない」

「おいおい、ここにきて契約破棄か?」

「契りなど最初から交わしたつもりはない」

「それもそうだ」

 

 はっ! と黒刀が笑い飛ばした瞬間、再び旋風が巻き起こる激突が起こった。

 

「っ―――!!!」

 

 黒刀が振り下した刃を受け止めたハリベル。

 しかし、予想以上の膂力から放たれた一閃に、彼女の体は地面を滑るように押し飛ばされた。地面に刻まれた轍からは白煙の如き砂煙がもうもうと立ち上がる。それが後退の勢いと激しさを如実に表していることは言うまでもない。

 

「ハリベル様!」

「下がれ、お前たち!」

 

 駆け寄る部下を制止するハリベルを前に、刀を肩に担ぐ黒刀が悪辣な笑みを湛えた。

 

「驕ったなァ、女」

「貴様……」

「人の話はよく聞いておくもんだぜ?」

 

 やおら、自身の頭部に巻かれていた包帯を剥ぎ取る黒刀。

 すると露わになるのは、左側とは対照に干乾びた頭髪と皮膚、そして潰れた右目である。他の咎人と共通する人ならざる容貌。彼を睨んでいた者は、その醜悪な外見と共に解放される霊圧を前に、全身の肌が粟立った。

 

「考えてみろ」

 

 そう紡ぐ口が弧を描く。

 

コヨーテ・スターク(そいつ)を連れてきたのは俺と言った筈だぜ?」

「だから私が勝てないとでも? ならば誤算だったな」

 

 大剣を握る手の痺れがなくなったハリベルは、ゆっくりとその切っ先を黒刀の方へと突きつけた。

 

「……なんのつもりだ?」

 

 怪訝に問いかける黒刀の周りには、戦意を露わにする元破面の面々が立ち並ぶ。

 

「あたしも虚仮にされておめおめと逃げるようなタマじゃないのよね……」

「癪だからキミを潰して帰ることにするよ」

「ギッタギタにしてやるよ、ミイラ野郎が!」

「アパッチ、あんた……ギッタギタなんて今日日聞かないね」

「死んでから頭が成長してないんでしょうね」

 

 途中から身内に対し喧嘩を売っていた面々であるが、自分たちを利用しようとした黒刀への敵意は刻一刻と膨れ上がる。

 黒刀の霊圧が十刃級であることは紛れもない事実だ。しかしながら、数ではハリベルたちに軍配が上がる。

 

 一人であれば強大な力を前に屈するだけだったかもしれない。

 だが、“仲間”が居るならば恐怖など些少の問題だ。

 

 力がなんだ。恐怖がなんだ。

 斯様なもの、背中に担うものを想えば、この歩みを止める然したる理由にもなりはしない。

 

 恭順しないが故にバラガンの僕に半殺しにされた時でさえ、命を賭して立ち向かえたのだ。

 それが今はどうだ?

 

 心強い―――力に限った話ではない―――仲間が隣に立っているではないか。

 

「私たちを侮るなよ―――咎人」

「そう調子づくなよ―――破面。塵も積もれば何とやらってか? 莫迦言うな。屑が集まろうが屑にゃ変わりないだろ」

 

 「それに」と続ける黒刀は、とある方向を指差す。

 

「頼みの綱は動いてくれるつもりはなさそうだぜ?」

「……」

 

 頼みの綱と称されたのは、以前完全虚化が解けない虚白である。

 彼の言う通り、スタークのように異形の外殻が崩れる様子は微塵も感じられない。生気を感じさせぬありようは石像そのもの。誰もが違和感を覚えてはいた。

 彼女と全員が融合すれば、この狡猾な咎人にも純粋な力で勝る筈―――にも拘わらず、当の虚白が動かなければ戦いどころではない。

 

 が、そうした一抹の不安を振り払うようにハリベルが紡ぐ。

 

「お前には分かるまい、彼女の心の在り処がな」

 

 絶望と怨嗟の中で満たされていた世界が、突如として溢れ出した光に満たされた瞬間を垣間見た以上、彼女の魂が虚のままであるなど考えられない。

 必ずや元に戻るという確信―――否、これは()()だ。それを抱いているからこそ、傍から見れば楽観とも愚直とも取られようと命を賭けられる。

 

「直に目を覚ます」

「そうかよ。だが……間に合うか?」

「……?」

「見ろよ」

 

 今度は紅蓮に染まる空を仰いでみせる。

 依然として血に染まったような空模様であるが、今の地獄は少々普段と様子が違った。あちこちに生まれた空間の(ひずみ)のようなものが点々と浮かんでいる。

 

「あれは……さっきの虚閃の……」

「そうだ、てめえらの戦いの余波で生まれた“扉”さ。俺の力を借りずに地獄から出るにゃ、あそこから抜けてくしかないだろうな」

 

 スタークの“王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”と虚白の“皇虚の閃光(セロ・エル・マス・グランデ)”。両者の激突は地獄の地に異空間―――正確に言えば黒腔(ガルガンダ)へと繋がる空間の裂け目を生み出したようだ。

 目を細めるハリベルは、今一度視線を黒刀へと戻す。

 

「……何が言いたい」

()()()がぬけぬけとてめえらを見逃すか? って話さ」

 

 黒刀が言うや、地面が小さく震え始めた。

 何事かと探査神経を研ぎ澄ませる面々であったが、震動の原因が近づくにつれ、嫌でもその正体を知ることとなる。

 

 やがて予感は()()の姿が見えたことで確信へと変わったリリネットが叫ぶ。

 

「あれは……クシャナーダ!?」

「ご名答、っと。地獄を荒らす招かれざる客人を排除しに来たってとこだな」

 

 嘲笑う黒刀は飛び退き、身近な岩場の上から物見遊山を決め込む態勢に入った。

 

 四方八方から迫りくるクシャナーダの群衆。脱出が困難を極めるとは容易に想像がつく。

 しかし、困難を極めるだけであって不可能ではない。懸念があるとすれば、今尚動く気配を見せない虚白の存在だ。

 

「あ~、もう!! うんとかすんとか言いなよ!!」

「やめろ。泣き言言ったってなにも始まらねえだろ」

「スターク、でも……!!」

 

 喚き立てるリリネットの頭に、スタークが手を置く。

 いつぞやの光景を彷彿とさせる。騒々しく見上げてくる少女に対し、スタークは口角を吊り上げた。

 

「仲間を失うのがヤなら、俺たちがやるだけだろ」

「っ……スターク!」

 

 涙に潤んだ瞳に光が宿る。

 そして、

 

「蹴散らせ―――『群狼(ロス・ロボス)』」

 

 解放。

 二つが一つへと回帰し膨れ上がる霊圧が、青い閃光と化して辺りを包み込む。

 

「ふぃ~~~っと……」

『へへっ! そうそう、これだよ!』

 

 解放の余波で巻き上がった砂塵の中から歩み出る人影。

 灰色の毛皮をあしらったコートを身に纏うスタークが、二丁の拳銃(リリネット)を携えて歩み出てくる。

 

「悪ィな、黒刀とやら。こいつが俺の真の姿って奴だ」

「はっ!! 俺の目にゃ大した違いは見えないがな」

「そいつは―――やってみてから分かる話だ」

 

 カッと閃く銃光。

 

 無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)

 

 二丁の拳銃から迸る虚閃が黒刀の下へと殺到する。

 直後、岩場の頂上に佇んでいた黒刀が光に呑み込まれ、彼の後方から迫っていたクシャナーダさえも流れ弾によって灼かれていく。

 

「……チッ。流石に口だけじゃねえか」

「おいおい……頼むぜ、そんなんじゃ(これ)は斬れねえぞ?」

「斬ってやるつもりはねえよ」

「だろうな。まあ、嫌でもその気にさせてやる」

 

 暫く発射していた虚閃を止めるスタークであったが、あからさまに地獄の鎖を掲げてみせる黒刀に舌打ちした。体を見ても傷はない。恐らくは王虚の閃光を防いだ時のように霊圧の壁を張ったのだろうが、それだと余程の攻撃でなければ彼に傷を負わせられないこととなる。

 スタークたちに囲まれても尚、余裕を崩さなかっただけのことはあるようだ。

 

『どうすんだよ、スターク!!』

「万事が尽きた訳じゃねえ。泣き喚くにゃ早いだろうが」

『泣いてねえ!! あたしが言いたいのはだな、悠長に構えてる場合じゃないってことで……!!』

「そんなにダチが心配か?」

『!!』

 

 見透かされた一言に、リリネットが口籠る。

 が、返答は早かった。

 

『当たり前だろ!!』

「そうか。それじゃあ気張れよ」

 

 激励を送ると共に拳銃を構えるスタークが笑みを湛えて言う。

 

「俺も……お前のダチの面を拝みてえしな」

『……へっ! 言われなくても拝ませてやるったら!』

 

 刹那、再び拳銃から無数の虚閃が解き放たれた。

 クシャナーダの群れを押し返す様は、まさしく一騎当千。殺戮能力の順に選ばれた十刃において、第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)と呼ばれるに相応しい光景が、目の前には広がっていた。

 

「及第点だ」

「!」

 

 しかし、その圧倒する時間も黒刀の乱入によって終わりを告げる。

 肉迫し、刃を振り下ろす彼に、スタークは咄嗟に“コルミージョ”にて光剣を生み出して受け止める。

 その傍らでリリネットは無数の狼の弾頭と化し、斬りかかった黒刀に齧りついて大爆発を起こす。

 

「―――てめえを白い餓鬼に取りこませりゃ、俺の悲願は成就しそうだぜ。さっさと最後の一本を斬ってくれよ」

 

 大爆発を諸共せずに現れた黒刀。

 一方、爆炎に紛れて後退したスタークは、相手に負傷がないことを一瞥で見極めながら応答する。

 

「気の毒だが、そいつは叶えられねえな。大事に取っといてくれ」

「そうつれないこと言うなよ。俺とてめえの仲だろ」

「記憶にねえな」

「はっ! 同じ穴の貉って意味だ。屑同士仲良くやろうぜ」

「他人様蹴落として助かろうとするほど落ちぶれたつもりもねえ」

「そう善人ぶらなくてもいいんだぜ?」

「わざと悪人を演じる理由もねえ。怠いことこの上ねえしな」

 

 他愛のないやり取りを皮切りに始まるスタークと黒刀の剣戟。

 一方で、ハリベルたちは脱出経路を確保する為にクシャナーダを相手取る流れとなっていた。

 

「必殺! ビューティフル・シャルロッテ・クールホーン's……」

「下らない前口上が要らないんだよっ! 口より手を動かせ、手を!」

「うるさいわね! 言われなくてもやりますゥ~~~!」

 

 帰刃したクールホーンとルピは、虚閃でクシャナーダを迎撃する。

 片や、ハリベルの臣下三人はアヨンを召喚し、クシャナーダの歪な巨体に対抗していた。

 

「オラ、アヨン!! そんな骸骨野郎なんてちゃっちゃとぶっ潰せェ!!」

「あんたも叫ぶだけじゃなくて戦いな」

「とは言いますけれど、霊力がからっけつな私たちではアヨンに任せるのが賢明でしょうが」

 

 ささやかな援護こそすれど、先の戦いで彼女たちの霊力も枯渇しかけていた。

 それはハリベルも同じであるが、十刃と数字持ちではそもそもの霊力に差がある。万全な状態から程遠いが、それでも他の面々よりはクシャナーダ相手に圧倒していた。

 

「―――“断瀑(カスケーダ)”!」

 

 振り下ろされる刃と共に巨体ごと地面を穿つ大瀑布。

 辺り一帯を飲み込む激流は、迫りくるクシャナーダの侵攻さえも押しとどめる。が、しかし、それも永続のものではない。やはり全身を圧砕するなりして無力化しなければ、痛覚があるかどうかさえクシャナーダの動きを止めるには至らなかった。

 

「……まだ来るか」

 

 数で言えば十体屠ったところ。

 それでも湧いて現れるクシャナーダの姿に、ハリベルは殲滅は不可能だと悟る。

 

(隙を見て逃げ出すしかないが……)

 

 今一度虚白を一瞥するが、やはり動く気配は見られない。

 唯一戦えぬワンダーワイスが寄り添っても反応が見られず、魂が抜けたぬけの殻を見ているような気分となった。

 

(私が強引に持って行くか? ルピに運ぶのを任せれば、なんとか―――)

 

 脱出の算段を立てている途中、後方から轟音が鳴り響いた。

 直後、傍を通り過ぎる人影。それは間もなくして地面に墜落し、地表を蜘蛛の巣のような罅を入れて割ってみせた。

 

「スタークか……!」

 

「ツツツッ……ったく、もうちょい手加減しろっての。こちとら寝起きなのによォ……」

『あんたが泣きごと言ってんじゃないの!! ほら、立つ!!』

「久々だからって急かすなよ……」

 

 黒刀と激しい剣戟を演じていた彼であったが、どうにも黒刀の方が一歩先を行くようだ。

 虚白との苛烈な死闘の直後ということもあってか、残された霊力も心許ない域に達している。

 

(早く活路を拓かなければ……!)

 

「―――逃げられると思うなよ?」

「!」

 

 頬に汗が伝うハリベルに向け、黒刀が言い放つ。

 悪辣な、それでいて醜悪な笑みを湛えて、

 

「てめえらは何もかも手遅れなんだよ。俺に目をつけられた……それが運の尽きさ」

 

 やおら、名の通りに漆黒の刀身を逆手に握る黒刀は、投擲するかのような体勢を構えた。

 

「利用すると決めたからにゃ骨の髄までしゃぶり尽くしてやる。覚悟しろよ、俺はしつこいぜ? 咎人だからな」

 

 鋒を向ける先は―――未だ動かぬ白亜の像。

 

「いい加減なんとか言ったらどうだ? お仲間が殺されかけてるぜ。元々イレギュラーな餌だが、俺の鎖を絶ち斬ってくれるんなら見逃してやってもいいんだが……まあ、答える気はねえか」

 

 最大の譲歩の言葉を送る。

 本来は、芥火焰真をおびき寄せる為の餌でしかなかった元破面だ。

 救った筈の魂が地獄に囚われていると知ったなら、彼も動かずにはいられまい。そこから騙して協力を乞うなり脅迫するなりで浄化してもらうというのが当初の計画であり、計画外の事象である彼らが死のうとも問題にはならない。

 

 思い通りにならないのならば、それはそれで構わないと。

 

「―――じゃあ、死ね」

「ッ!!」

 

 狙いに気がついたハリベルが駆け出す。

 距離と速度から考えるに、ギリギリ間に合う筈だ―――と思った直後だった。地面を砕いて生える腕が、ハリベルの行く手を阻むではないか。

 クシャナーダだ。完全に油断していた。彼らが地表に現れている分が全てであり、地面から湧き出てくるなど夢にも思ってもいなかったが故の事態に、ハリベルの表情に焦燥が浮かぶ。

 

(しまった!! これでは……!!)

 

 投擲された刀は、一直線に虚白の首へ。

 

『虚白!!! 避け―――』

 

 リリネットが叫ぶ。

 が、間が悪かった。ちょうど全員の瞳が、動かぬ像と化した虚白の首へ刀が突き刺さる瞬間を、その眼で確りと捉えたのだ。

 瞬刻、虚白が立ち尽くす場を中心に爆発が起こった。投擲の勢いと込められていた霊圧による現象は、紅蓮に空に巨大なきのこ雲を形成してみせる。

 

『あっ……ああ……』

 

 認めたくない。

 しかし、見てしまったからには認めざるを得ない。

 

 次第に爆炎と砂煙が晴れていけば、クレーターの中心に崩れ落ちる虚白の姿が目に入った。膝から折り畳み、背中を地に預け、天を仰ぐような体勢。首を貫いて地面に突き立てられる刀もあってか、地面に磔にされたかのような光景は、この場に居る全員の視線を集めるには十分過ぎた。

 

 震えた声を発するリリネット。人の姿であれば、絶望した顔を浮かべていたことは想像に難くない。

 他の面々もショッキングな有様に歪んだ面持ちを浮かべており、それを望む黒刀はケタケタと心底愉しそうに笑っていた。

 

「ははははははははッ!!! こいつは傑作だな!!!」

「あんた……」

「おいおい、責任転嫁するなよな。そいつを守れなかったのはてめえの責任だ」

「言葉の意味をはき違えなさんな……よっと!!」

 

 ルピでさえ目にも止まらぬ、ハリベルですら辛うじて反応できる速度の響転で肉迫するスタークが、黒刀に二振りの光剣を振り下ろす。

 しかし、武器を手放した筈の黒刀は己が身を地獄に縛りつける鎖を防御に転用することで、スタークの攻撃を防いで見せた。

 ヂリヂリと接触面から火花を散らすが、それでも地獄の鎖が千切れる様子はない。短く舌打ちした黒刀は、そのまま桁外れの膂力を以てスタークを蹴り飛ばす。

 

「ぐッ……!!」

『スターク!!』

「あ~~~駄目だ、てめえら!! 屑! 屑!! 屑!!! 揃いも揃って屑しか居ねえ!!!」

 

 屑呼ばわりに怒り心頭のスタークたちであるが、それ以上に黒刀は憤っている様子を隠さない。それが逆恨みからくるものであることは言うまでもないが、憤る当人はさも当然と言わんばかりの言い草なのだから性質が悪い。

 

「やっぱてめえらに期待した俺が馬鹿だったぜ!! こうなるんだったら最初から殺しといた方が無駄な時間かけずに済んだな……」

 

 はぁ、と深々とため息を吐く黒刀は虚白を貫いた刀を見遣る。

 確かに首を貫く刀身。歪に湾曲した形状もあってか、貫かれた傷口は普通の刀傷よりも幅が広い。

 

「……?」

 

 が、ここで違和感。

 

(餓鬼はどこだ?)

 

 虚白を貫く直前まで傍に居たワンダーワイスの気配が微塵も感じられない。

 爆発の衝撃で死んだとも考えたが、それでも死体なりなんなりが残る筈だ。

 しかし、肉や服の一片―――死の形成が見当たらないのである。

 

 不思議に思いつつも刀に柄に繋がる鎖を引っ張る。

 刹那、首を貫かれた白亜の異形が()()()。最初から()()だけだったように。石膏像の型のように、余りにも呆気なく、軽い音が空に木霊する。

 

 中身は―――無い。

 

 まさか。

 まさか、まさか。

 まさか、まさか、まさか。

 まさかまさかまさかまさかまさかまさか―――。

 

「そんなことがある訳……はっ!!?」

 

 バラバラに崩れ落ちた破片の中、唯一蠢いていた()が動き出す。

 地獄に差し込む光によって浮かび上がっていた輪郭は、主従関係にある筈の光を浴びる物体とは関係なく自我を持ったかのように動き出す。

 速い。と思った時には、影は黒刀の目の前にまで迫って来たではないか。

 

「ッ!!! ―――……なっ!?」

 

 影から飛び出す()目掛け、手元に戻ってきた刀を振るう。

 だが、顔の横を金色の瞳孔が睥睨してきたと気づいた瞬間には、肩から血飛沫が噴き上がっていた。

 斬られたのだ。遅れて自覚した鮮烈な痛みが、愉悦に蕩けていた黒刀の頭を急速に冷ましていく。

 

「馬鹿な!! この俺が……はっ!!?」

 

 背後で轟く音に振り返れば、砂煙を巻き上げて倒れ伏すクシャナーダの頭蓋に、白い人影が腰を下ろしていた。

 左腕には見失っていた小さな少年―――ワンダーワイスが抱えられている。

 

―――それはいい。が、奴の恰好は何だ?

 

 黒刀が目にしたもの。それは“白い死覇装”と呼んで差支えのない衣装を纏う少女だった。長物の黒と襦袢の白が反転したような色合い。

 そして何より右手に携えられている物体が目を引く。それは紛れもない刀。

 

刀―――否、斬魄刀に死覇装。この二つが意味することは、つまり、

 

 

 

―――聞こえる?

 

 

 

『うん、聞こえる』

 

 

 

―――キミの覚悟は聞き届けた。だから、()()()()をキミに託す。

 

 

 

『任せてよ』

 

 

 

―――……それがキミの“救い”の形なんだね。

 

 

 

『そうだね。()()が一番しっくりくるから』

 

 

 

―――……解った。それならボクたちを呼んでほしい。

 

 

 

『言われなくても』

 

 

 

「……一緒に、行こう」

「!!」

 

 瞼を開ける虚白。

 金色の輝きを放つ虹彩には、最早濁りの一片も映ってはいなかった。

 視界に収めるは、救うべき仲間と倒すべく敵。

 

 

 

―――ボクたちを呪縛から解き放って。

 

 

 

 そう、魂の声が呼び掛ける。

 だからこそ紡ぐ。

 

 

 

「絶ち斬れ」

 

 

 

 

怨嗟の連鎖を、絶ち斬る力を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎖斬(さぎり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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