虚白の太陽   作:柴猫侍

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*3 第一(元)破面発見

「星って綺麗だよね」

「だなー」

 

 気の抜けた返事をするリリネット。

 草原に寝転び、満天の星を眺める彼女の横にも虚白が寝転んでいた。現世の都会とは違い、尸魂界は排気ガスといった類で空の景観が損なわれるといったこともない。

 

「星と言ったら星座だよね」

「なんだよ、星座なんか知ってるのか?」

「失敬だな。ボクだって星座くらい知ってるよ。まあ尸魂界(こっち)の星座なんて知らないけど」

「それもそっかー」

 

 言われてみればそうだ。

 森や川、空といった自然こそ現世に似たような景色が広がっている尸魂界であるが、空の果て―――宇宙があるか確かめた者など居ないだろう。

 今もこうして瞬いている星が、現世のものと一緒であるかさえ分からない。

 

「だからさ、ボクオリジナルの星座作ったんだ」

「へー」

 

 上に指を向ける虚白が、星空をなぞる。

 

「あそこの星から時計回りにぐるっと繋げば、ほら。りんご座」

「流石にそれは安直過ぎだろ」

「で、あそこの星から時計回りに繋ぐとあら不思議! 柿座になります」

「りんご座と大差ないじゃんか」

「そう? じゃあとっておきの星座、くわがた座を教えちゃうよ。あそこの星から左斜めに向かってある星から下にある星に繋いで、さらにそこから左寄りの星に線を結んでからの……」

「ややこしいややこしい!! 星座ってそういうのじゃねえから!! 星結んでがっつりモチーフの輪郭描くのを星座っては言わないんだぞ!!」

 

 寝転んだままくわがた座を解説しようとする虚白を制止する。

 折角自分で考えた星座を教えようとしたのに止められた虚白はブー垂れるが、すぐに切り替えたかのように重力に身を委ねる。

 

「いやぁ、それにしてもなんもない原っぱで野宿ってのも乙だねー」

「変な色の毒キノコ食べた腹壊してなけりゃあな」

 

 直後、二人の腹から雷の音が轟いた。

 あっという間に二人の顔からは血の気が引き、耐え難い痛みの爆心地となっている腹を抱え、少女らはうめき声を上げる。

 

「だから食べるのは止そうって言ったんだよ……おぐっ!」

「でもリリネット、美味しい美味しい言って食べてたじゃん……ぴぎゅ!」

「そ、それはお前が食べても大丈夫だって言うから……あがっ!?」

 

 このやり取りも何度目だ。

 腹が減り、道端のキノコに目をつけた虚白が夕食にしようと採取したキノコ。

 紫色の傘を持つおどろおどろしい見た目の物体を前に、「警戒色だからやめよう」派のリリネットと、「案外こういう色のキノコが食べられる」派の虚白が討論を繰り広げ、最終的に実食するに至った訳だが、結果は御覧の有様だ。

 

「ち、ちくしょう……アタシは今度から絶対お前の採ってきたキノコ食べないからな……!」

「そうへそ曲げないでよ~。今度はちゃんと食べられるの採ってくるからさ」

「お前が採ってくるキノコより、イノシシが掘り出したキノコの方がまだ安心できる……!」

「ボクに対する信頼、イノシシ以下?」

 

 流石にショックを受ける虚白であったが、腹の痛みでリリネットはそれどころではなかった。

 今、もし自分がフーラーだったら大虚を垂れ流しているところだ。

 いや、寧ろ垂れ流したい。この腹の中で暴れる毒素をすべて排出したい。ペスキスで腹のメノスグランデを探れば、ヴァストローデがソニードでアランカルしてグラン・レイ・セロを解き放とうとしているのだ。

 しかし、そんな願いも虚しく、痛みだけが腹の中で暴れ続ける。

 

「くそっ……もう変な色のキノコはこりごりだ……っ!!」

 

 切実な叫びが夜空に木霊した。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ほんっと、ここら辺はなんもないなー」

 

 閑散とした街並みを見渡しながらリリネットがぼやいた。

 拠点から来るまでの道中、毒キノコを食べて食あたりを起こした事件以外大した問題は起こっていなかった二人は、最寄りの流魂街にたどり着いていたのだ。

 

「流魂街ってそういうもんだしね」

「あたし、死神が居るところの近くにゃ行ったことないんだけど、あんたは行ったことあるの?」

「何度かね。こっちよりは賑やかそうだったよ」

 

 美味しそうな物が売ってるお店もあったし、と涎を垂らす虚白が告げた。

 尸魂界に送られた魂は無造作に東西南北それぞれ80地区に分かれている地区のいずれかに振り分けられるが、数字が1に近いほど治安が良く、80に近くなるにつれて治安が悪いとされている。

 現在二人が居る地区は、ほとんど80と言っても差し支えのない数字の地区だ。

 奇抜な髪をなびかす少女二人が道を歩けば、そこかしこから身震いするような視線を投げかけられる。

 

「っ……早いとこスターク探して、居なかったら他んとこ行こうぜ……」

「あいあいさー」

 

 早々に立ち去りたいリリネットの言葉に緩く答えた虚白は、おもむろに息を吸う。

 そして、

 

「スタークさぁ~~~んっ!!! 居~~~ませ~~~んかぁ~~~!!?」

 

 大声で叫ぶ。

 聞いていた者全員が耳を塞ぐ声量。襤褸小屋に等しい平屋の屋根に泊まっていた小鳥も、一斉に逃げ出すように飛び立っていく。

 

 山の方へ声が木霊すること十秒。

 耳を澄ませ、返答を待っていた虚白は「うん!」と頷く。

 

「居ないね!」

「んなもんで分かってたまるか」

「え~、でも霊圧も感じないし~」

「叫んで人が呼べるんなら電話は要らないんだよ」

「わおっ、リリネット物知り~!」

「感心してる場合か! あたしがもっと期待してたのはだな、こう、死神の術みたいに……」

 

 自分自身詳細が分からない霊術をなんとか伝えようとするリリネットだが、不穏な気配を感じて振り返った。

 そこには苛立ちを隠さない形相を浮かべた男共が、錆び付いた刀を手にしているではないか。

 

 物々しい雰囲気。

 負の感情が爆発したのは直後だった。

 

「昼間っからドデケぇ声出しやがって!! ぶっ殺してやる!!」

「ぎゃーっ!!」

 

 怒声と共に振りかぶられる刀。

 死神の斬魄刀に比べれば見るも無残な赤鰯であるが、それでも人の体に傷をつけるには十分だろう。寧ろ切れ味が悪い分、与えられる苦痛はより多いかもしれない。

 だが、そこまで細かく頭の回らないリリネットは、単純に凶器が構えられた事実に怯えて動き出した。

 

「逃げるぞ、虚白!」

「えぇ~? このカルシウムとか諸々の栄養素足りなくて頭の毛根死滅しちゃったみたいなおじさんから?」

「お前よくそんな澄ました顔でスラスラ悪口出てくるな」

 

 てんで危機感を覚えていない虚白が煽るが、当然言われた当人は怒り心頭で刀を振りかぶる。

 標的は虚白。剣術など知ったことではないと言わんばかりの荒々しい剣閃が、彼女の頭部目掛けて振り下ろされた。

 

 が、

 

「……あ゛?」

 

 甲高い音が空を駆け抜ける。

 何事かと茫然する男の真横には、錆び付いた刀身がクルクルと回って墜落してきた。

 

「んなっ……!?」

「ねえ、おじさん。コヨーテ・スタークって名前の人知らない?」

 

 根本から折れた刀身を目の前にし、平然と問いかける虚白。

 刃が当たった皮膚は掠り傷一つ付いておらず、寧ろ刀を握っていた男が、硬いものを殴ったような衝撃に手を痺れさせていた。

 

「知らない?」

「ば、バケモンがここに()居やがった! 逃げろ!」

「あ……行っちゃった」

 

 止める間もなく襲い掛かった男は泡を食って逃げてしまった。

 置いてけぼりにされた虚白は頭をボリボリと掻く。

 

「収穫無しかぁ」

「ちょ、ちょ、ちょ!」

「ん? どうしたのさ、リリネット。そんな慌てて」

「あんたさ、もうちょっと避けるなりなんなりしなって! あたしが見ててひやひやすんじゃん!」

「大丈夫だよ、これでも斬られるか斬られないかぐらいは見切れるつもりだから」

「それでも精神衛生上悪いっていうかさぁ……!」

 

 脱力して虚白に寄り添うリリネットは、疲れた顔を浮かべていた。

 鈍らとはいえ、刀で斬りかかられて無傷の少女に襲い掛かろうという馬鹿な人間は周りにいない。

 きっと死神と同じ類なのだろう―――そのような人でないものを見る目が、今度は注がれていた。

 

 それに気が付いた虚白は、途端に居心地の悪さを覚え「お邪魔しました」と去ろうとする。

 

「待ちなさい、お嬢さんたち」

 

 ところが、不意に呼び止める声が聞こえてきた。

 声の主は誰のものかと振り返れば、そこには優しそうな笑みを湛える老爺が立っていた。

 リリネットは警戒するように身構えるが、虚白に至ってはフレンドリーな雰囲気を放ち、呼び止めた老爺に応答する。

 

「どうかしたの、お爺ちゃん。お年玉なら大歓迎だよ」

「ほっほっほ。あったら渡したいところなんじゃが、あいにくこっちじゃあ現世の金は使えんからの」

「なーんだ、残念」

「それよりも人を探しているじゃなかったのかの」

 

 老爺は鼻の下にたっぷりと蓄えた髭をなぞりながら本題に触れた。

 

「そうそう! 知らない?」

「教えてやりたいのは山々なんじゃが、この辺りじゃあ近所に名乗らんのもざらじゃからのう。それっぽい人を見かけたところで名前まではな」

「でも、ボクらに声かけたんだから、心当たりはあるんでしょ?」

 

 したり顔で虚白が聞き返した。

 そのような少女に、老爺はにっこりと口角を上げる。

 

「名前は知らんが、いつ来たかぐらいは把握しているの」

「じゃ、じゃあさ! 一か月! 一か月ぐらい前に来た髪の長い男! こう……白っぽい服とか来てる奴!」

「髪が長くて白い服の男……ふむふむ。一か月ぐらい前となると、一人だけ心当たりがあるのう」

「ほんと!?」

 

 身を乗り出して特徴を口に出すリリネットに、しばし思い返していた老爺が見当をつけた人物を見かけた方角を指さす。

 

「数日前に、ここから南の地区へ向かうと言って飛び出してったぞ」

「マジか! ニアミスしてたかもんしんないぞ、虚白!」

「それって本当にスタークさんって人? 別人かもしれないよ」

「あんたさ、なんでこういう時だけ冷静なの? 頼む、あんたのふざけてる時と冷静な時の切り替えをあたしに任せてくんない? スイッチどこだ」

「生憎故障中で」

「納得する他ねえ」

「納得しちゃうんだ」

「するだろ。振り返れ、今までを。これまでの人生を」

「そこまで言っちゃう? 流石のボクでも傷つくよ」

「安心しな。あんたのメンタル形状記憶だからほっときゃ治る」

「出会って数日で断言されるボクのメンタルって」

 

 青筋を立てて胸倉をつかんでくるリリネットに対し、虚白はヘラヘラと笑う。

 すっかり慣れたやり取り。それを老爺は、孫の戯れでも眺める祖父のような眼差しを向けて眺めていた。

 殺伐としたこの近辺では見られない光景だ。子供でも生きる為に水を盗むような地区なのだから、元より微笑ましさとはかけ離れた世界とも言える。

 

「ほっほっほ。役には立てたかな?」

「うん、ひとまずね。お爺ちゃん、ありがとうねっ!」

「サンキューな、爺さん!」

「あぁ……っと、そこの白いお嬢さん」

「ん? ボク?」

 

 駆け出そうとする二人の内、虚白を呼び止めた老爺。

 眼鏡の奥の優しい眼差しが、今だけは神妙なオーラを放って虚白を見据える。

 

「……何物にでも染まる白、か」

「急にどうしたの、痴ほう症?」

「心配にしても言葉がキレキレ過ぎて刀傷沙汰だわ、馬鹿」

 

 意味深な発言を口にする老爺を痴ほう症呼ばわりする虚白に、リリネットの容赦ないツッコミが入った。パァン! と頭を叩く乾いた音と共に、空に浮かぶ雲に負けぬ白さを誇る虚白の髪が揺れる。

 先の言葉を真顔で言い放たれた老爺は、予想外だったのか呵々大笑し、目じりにたまった涙を指で拭った。

 

「そうかそうか、痴ほう症か! 確かにこの歳まで生きてたら怖いなぁ!」

「そうだよ。尸魂界での第二の人生長いんだから、できるだけ健康で居なきゃね!」

「……こっちに来てまで長生きは、ちと考えものじゃのう」

「そう? 現世に家族とか居ないの?」

「いや、居るには居るが……」

「だったら尚更じゃん!」

 

 ニッと白い歯を覗かせる虚白が言い放つ。

 

「家族が死んじゃったらさ、老けたなって笑ってあげなよ!」

「……」

「ありゃ? なんか変なこと言っちゃった?」

「……いや、それもそうじゃの。生きてる内に話せんことはごまんとある……それこそ死んだからこそ腹を割って話せることもな」

 

 おもむろに老爺が皺だらけな掌を虚白の頭に乗せた。

 そして無造作に、それでいて優しく撫でまわし始める。

 記憶の中では初めての経験だ。虚白は、胸の内からじんわりとあふれ出る温もりで身体が火照り、次第にこそばゆくなっていく感覚を覚え始めた。

 すると自然に手を伸ばした―――老爺の手へと。

 

「えへへっ、おっきい手。ゴツゴツしてるしシワシワだし、触り心地最悪~」

「嫌じゃったかの?」

「でも、たくさん頑張ってきたんだなって手」

 

 そう言って虚白は掌に出来ていた肉刺を撫でる。

 岩のように固い肉刺は、虚白でさえ長い時間の積み重ねを経て出来上がったものだと察せた。

 彼がこれほどまでの肉刺を作り成してきたものとは―――興味は尽きないが、虚白は老爺の瞳に宿る光から悟る。

 

―――護っていた手

 

 大切なものを幾度となく護ろうと武器を握った手。

 虚白は、乾ききった掌に残る熱を感じ取りながら、老爺を見つめた。

 

「ありがとね、お爺ちゃん。なんか、胸がポッってしたよ!」

「そうか……それは良かった」

「老い先短いお爺ちゃんにこれ以上付き合わせるのも申し訳ないから、そろそろ行くね!」

「ほっほっほ、そっちのお嬢さんが言うように遠慮のない物言いじゃのう……」

「気を悪くしちゃったならごめんね」

「儂は一向に構わないが、謝れるのならこの先も心配あるまい」

 

 優しい笑みを湛えたまま、今度はリリネットへと目を向ける老爺。

 

「そっちのお嬢さんやい」

「あ、あたしか?」

「そうじゃ」

「な……なんだよ」

「君のように真っすぐな子が、この子の友達でよかったと思っての」

「は、はぁ!? と、友達とかそんなんじゃないし……!」

 

 あからさまに赤面して取り乱すリリネットだが、その様相にも微笑ましさを覚える老爺は告げる。

 

「いいんじゃいいんじゃ。じゃが、己が認めずとも他人から見ればそうとしか言いようのない関係もある」

「だ、だから!」

「じゃから……これからもこの子と一緒に居てあげてくれ」

「え……?」

 

 突拍子のない頼みにリリネットは目が点となった。

 パチパチと瞬きすれば、ジーっと凝視する虚白が音もなく近寄ってくる姿が窺える。

 その様子にため息を一つ落とし、紅潮した頬を指で掻く。

 

「そりゃあまあ……こんなじゃじゃ馬、一度付き合う羽目になったからには野放しにしたら責任感じるし」

「あれれー? ボクって特定外来生物的扱い?」

 

 ある意味付かず離れずの関係になった以上、虚白と行動を共にすると決めたリリネットの決意は揺るがない。

 

「爺さんに言われなくても一緒さ」

「……そうか。いい友達を持ったの」

「まあね!」

 

 ヘヘっ! と鼻の下に指をあてる虚白。

 同時に“いい友達”を否定されなかったリリネットも、恥ずかしそうに顔を逸らす。破面時代に得た仲間とはまったく違った感触。一触即発な雰囲気を垂れ流す者とも、他者に慣れ合わないと無関心だった者とも、必要以上に踏み込んでこない仕事柄で割り切っていた者とも。

 思えば、本当の意味で“友達”と言えるのは虚白が初めてかもしれない。

 てんで振り回されてばかりだが、こうして馬鹿騒ぎできる相手は―――。

 

「ったく……ほら! さっさと爺さんが教えてくれた奴んとこ行くぞ!」

「あいよー! お爺ちゃん、じゃあねー!」

 

 彼女を友と認める気恥ずかしさを紛らわせんと走り出すリリネットに続き、虚白も老爺に別れを告げる。

 

「達者でな」

 

 あっという間に見えなくなる背中を見送り、老爺は息をつく。

 まるで嵐のような少女たちだった。死んでから一番疲れた相手と言っても過言ではない。

 しかし、それにしても楽しかった。やはり若者との会話は活力になる。それを実感する充実したひと時であったことには違いない。

 

「ふぅ……()()()()()()じゃったから声をかけたが、杞憂じゃったか」

 

 老爺は、虚白の内に秘めた力の名残を確かめるように、頭を撫でていた掌を眺める。

 

「虚のような……それでいて死神の力も混ざっとる……彼女は一体?」

 

 不思議な霊圧の感触だった。

 数多の種族の力が混ざり合ったような。

 それこそ、自分の遠い親戚だった少女―――今は立派な三児の母親だが、彼女のものに近い。

 

 だが、もう一人の少女が居るならば安心だ。

 友が居てくれるのであれば、決して道を間違えない。なぜだか、そうした確信があった。

 

 今は何色にでも染まってしまう白だが、いずれは確固たる自分を見つけるだろう。

 友と共にぜひ見つけてほしい。

 老爺は、少女の進む未来が明るい未来で彩られてほしいと願いながら歩み出した。

 

 

 

「さて、他の滅却師を尋ねに行こうかの……」

 

 

 

 ***

 

 

 

「参ります参ります、虚白宅急便が参りま~す!」

「ぎゃあああ!」

「キキーッ! 到、着!」

「うぐぷっ……!」

 

 高速の歩法を用い移動していた虚白が地面に痕を残しながら急停止する。

 一方、背負われていたリリネットは、その反動に顔を青ざめさせていた。

 

「大丈夫、リリネット? 吐きそうになってるけど」

「心配するくらいなら始めから急停止すんなよ……!」

()まってる()まってる! リリネット、それは()まってる!」

「キマってんのはあんたの頭だ!」

 

 ポジションを有効利用し、お仕置きと言わんばかりに虚白の首を絞めるリリネット。

 喰らった当人が叫ぶ通り、がっちりと極まった締め技がみるみるうちに赤く染まっていく。

 

「待って待って弁明させて! たとえボクがキマってるとしたら、それはこの前食べたキノコのせいだから!」

「食ったの誰のせい? お前のせい。はい執行猶予なぁし!」

「裁判長! 刑を執行しながら判決出すのは反則では!?」

「問答無用っつってんだよコラァ!!」

「無慈悲~!」

 

 と、微笑ましいやり取りを済ませ、老爺に教えられた地区へとやって来た二人。

 要らぬ体力を消費してしまった感が否めないが、親睦を深める為と言えば、多少は納得できる―――かもしれない。

 

「ぜぇ……ぜぇ……それで? なんか霊圧とか感じる?」

「う~ん、今のところ探査神経(ペスキス)? ってのには引っかからないなぁ~」

「そっか……別んとこに行ったのかもな」

 

 虚白が霊覚を研ぎ澄ませるが、今のところ目ぼしい霊力を持った人間は町から感じ取れない。

 当てが外れたか。ガックリと肩を落とすリリネットであったが、隈なく周囲を見渡していた虚白は、とある場所を指さした。

 

「リリネット、あそこ!」

「あそこ?」

「あそこからなら、町も見渡しやすくない?」

 

 指の先。そこに佇んでいるは切り立った断崖だ。

 確かに見晴らしはいい。しかし、それで探したい人間が見つかるかと聞かれれば、首をかしげるところだ。

 

「でもさぁ、あたしあんなとこまで登る体力、もう無いんだけど……」

「安心しなよ」

「……まさか」

 

 そのまさかである。

 

「結局こうなんのかよ~!!」

 

 リリネットは、断崖絶壁をロッククライミングの要領で登る虚白の背中にしがみついていた。命綱など無し。落ちれば即死だろう。

 普通に考えれば山道を進めば済む話なのだが、最短距離で済ます為―――あと、単純に虚白が登ってみたいと駄々をこねた為、今に至っている。

 

「ひぃぃぃいい!!」

「ひゅ~! 風が気持ちいいね! お股スースーするよ!」

「あたしは別の意味で股がスースーしてるわ!」

「タマタマないのに?」

「命の方のタマだよっ! 女でもそっちのタマ抱えて生きてんだ!」

「……なるほど」

「感心して手ぇ留める暇あるんなら登ってくれぇ~!」

 

 と、悲鳴が木霊すること数分。

 猿のように断崖絶壁を登り切った虚白に対し、リリネットは死にそうな顔を浮かべ、ようやく触れられた地面を全身で味わっていた。

 

「絶対……絶対帰りは歩いていく……!」

「え~!? 折角だしさっきのとこ下って行こうよ!」

「ごめんな虚白。あたしが頼んだのは行きの切符だけなんだ」

「サービスして帰りも無料にしたげるよ」

「金払ってでも乗らねえ」

 

 今度は別の決意を固めるリリネット。

 ノリノリの虚白をスルーし、見下ろすのは眼下に広がる街並みだ。流石に見晴らしもよく、簡素な平屋が並んでいるだけの町と言っても壮観であった。

 今までは下から見上げるだけだった景色。汚い建物に十人十色な住民。美しいとは言い難い光景ばかりだった町が、こうも見方を変えるだけで印象が変わる。

 

「……まぁ……良い景色なのかもな」

「だね~」

「でも、こっから長い髪で白い服の奴探すなんて―――」

 

 

 

「それって―――アタシのことかしらッ!!?」

 

 

 

 「とうッ!」という掛け声と共に、風を切るすさまじい音が奏でられる。

 何事かと振り返れば、目にも止まらぬ速さで大車輪を披露する巨漢が、二人の頭上を飛び越えて断崖絶壁の先端に降り立ったのだ。

 筋骨隆々な肉体は美しいと言えるまで鍛え上げられており、癖のついた長い紫髪は高所を吹き抜ける風に揺られている。

 

「あ、あんたはッ……!?」

「知ってるの?」

「知っているようね、チビ助! でも当然! アタシみたいな美しい存在、一目見たら一生忘れられないもの!」

 

 高慢な物言いで己が美しさを主張する男は、胸元が大きく開いた白装束を見せつけるように腕を広げる。

 

「アタシこそバラガン陛下第一の従属官! シャルロッテ―――」

 

 バキッ。

 

 不意に響いた音。

 誰もが目を見開く中、足元が崩れ落ちた男は、そのまま二人の少女の視界からフェードアウトするように消えていった。

 

「クゥゥゥウウウル、ホォォォオオンッ……!!!」

 

 自己紹介だけが虚しく響きわたる。

 

「……落っこちてっちゃった」

「……」

「知り合い?」

「知り合いと言えば……まあ」

 

 会いたいか会いたくないかで言えば、絶対に後者である相手。

 同じ破面であり、十刃であったバラガン・ルイゼンバーン。彼の側近たる従属官が一人こそ、あの男―――シャルロッテ・クールホーンであった。

 

―――とんでもない色物に出会ってしまった。

 

 リリネットは思わず頭を抱えてしまうのだった。

 

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