虚白の太陽   作:柴猫侍

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*4 新たな門出

「改めて……あたしはバラガン陛下第一の従属官! シャルロッテ・クールホーンよ! 覚えておきなさい、白いおチビ」

 

 と、目の前のオカマが自己紹介した。

 

「はぁ……」

 

 崖からせっせこと登ってきたクールホーンの自己紹介に、リリネットは一日の疲れもあってか、深々としたため息を吐く。

 対して依然元気溌剌の虚白はきょとんとした顔を浮かべていた。

 

「ねえねえリリネット」

「ん?」

「あの人、男? 女?」

「正気か?」

 

 まさかまさかのクールホーンの性別に判別がついてなかった相方に戦慄するリリネット。

 ズサリ、と後退りした彼女は、神妙な面持ちで視線を地面へと落とす。

 

「ごめん……まさかお前の目がそこまで節穴だっただなんて……あたし、今までで一番これからやってけるかって不安になったよ……」

「え……ごめん。そんな、リリネットにそこまで悩ませるつもりじゃなかったんだ……」

「いや、いいんだ。あたしが勝手に思ったことだから……」

「本当にごめん……」

 

「チビ助共。さりげなくあたしのハートをズタズタに切り刻むやり取りするんじゃないわよ」

 

 あざ笑われる訳でもなく、ただただ大真面目に深刻な話の種にされた事実を不服とするクールホーンが青筋を立てる。

 しかし、それもつかの間、クールホーンはエキゾチックな紫色の髪をなびかせ、それはそれは瑞々しい唇を震わせながら言葉を紡ぐ。

 

「フッ……ま、いいわ。あたしぐらい力強さと美しさを兼ね備えた魅惑的なボディともなると、男か女か分からなくなるのも仕方ないこと。ここはあたしの顔に免じて許してア・ゲ・ル♪」

「えいっ」

「あんっふぅんぎゃああああっ!!!!!????」

「あ、タマある」

 

 前触れもなくクールホーンの股の間にぶら下がっているゴールデンボールを握る虚白。

 男女の判別をつけるにしても、あまりにもあんまりな手段だ。

 クールホーンは、美とは遥か遠くかけ離れた顔を浮かべながら悶絶して地面に倒れ伏す。不規則に痙攣する様は、さながら死にかけのカエルのようだ。

 

「お゛ぅ……お゛ぅ……!」

「……何か変な感触~」

「うわっ、バッチィ!! 近づけんなっ!!」

「こ、こんのクソチビ共……!」

 

 つくづく神経を逆撫でする二人のやり取りに、クールホーンは怒りを抑えられないと言わんばかりの形相だ。

 

 玉さえ握られていなければ、すぐにでもエキセントリックでビーティフルでワンダフルな御業の数々でお仕置きしてやるのに―――と、考えていた怒りも、腹部を中心に広がっていた鈍痛が収まる頃には大分落ち着いていた。

 やっとこさ立ち上がるクールホーンは、ギロリと金的を仕掛けた虚白をねめつける。

 

「ふぅ……ふぅ……よくもやってくれたわね、そこの白いおチビ」

「ごめんね。クールホーンさんだっけ? 髪長いし、『あたし』って言ってるから男か女か分からなくて」

「あら、貴方にも分かる? この髪の美しさが。そうよ、これだけ長く、そして艶のある仕上がりにするには毎日の手入れが欠かせないのよ。毎日十分な睡眠と良質な栄養を摂ってね。うふふ、しかもあたしの美意識はそれだけに留まらないわ。この辺鄙な土地じゃ手入れの道具が手に入らないもの。自分の手で椿油を絞って髪に塗って……」

 

「聞いてねえのに話が止まらねえな、オイ」

 

 ベラベラと自分語りが止まらないクールホーンにすかさずツッコむリリネット。

 だが、それで彼の話が止まるはずもなく、その後も延々とクールホーンの美意識が高い日常について語られる。

 

「―――そう、魅力的なプロポーションっていうのはね、まず自分自身の体に自信を持つことなのよ。貴方たちみたいに今は絶望的な体つきでも、あたしみたいに毎日ストイックでエレガントに過ごしたら将来的には仕上がるかもしれないわね。ま、あたしには遠く及ばないだろうけれど! オホホホホホッ!!」

「要するに早寝早起き朝ごはんってことだね」

「要し方」

 

 長々と講釈を垂れようと、虚白が理解できたさわりはその程度だった。

 だが、クールホーンもクールホーンで理解してもらうつもりは毛頭なく、満足ゆくまで美について語れたためか、満面の笑みを湛えて髪を掻き分ける。

 

「……で、そう言えば#1(プリメーラ)のおチビ。どうしてあんたがここに居るのよ?」

「チビ言うな! リリネットだ!」

「そうだそうだ! 胸が絶望的だって言うな!」

「言ってねえよな?」

「ごめんなさい」

 

 割って入った虚白の頬を掴んで黙らせたリリネットは、ふぅと一息吐いてから、クールホーンの問いに答える。

 

「どうもこうも……死神との戦争の時に白髪の死神にやられたからだよ。それでスタークともはぐれた」

「あーら! 第一十刃の従属官(フラシオン)ともあろう破面が情けない結末ねッ!」

「人のこと言えるか! あんたも死神に負けたからこっちに居るんだろっ! このオカマ野郎!」

「なんですって!?」

 

 ギャーギャーと騒ぎながら取っ組み合いになる二人。

 それを観戦する虚白は、「ふーん」と興味がなさそうに頭を掻く。

 

 そもそも自分には現世の記憶がないが、どうも自分とリリネットたちでは持ちあわせている知識に大きな違いがある。

 破面、空座町、死神との戦争。察するにリリネットたちは、「空座町」で「死神との戦争」に負けた「破面」になる訳だが、どうにも自分がその場に居たとは思えなかった。

 リリネット曰く、自分は“虚化”と呼ばれる力を扱えるようであるが、その力を用いる「仮面の軍勢」とやらに加わっていた記憶もない。

 虚になれる以上、少なくとも尸魂界に来る前は虚であったはずだ。

 しかし、いくら記憶を呼び起こそうとしても虚であったり破面であった過去はこれっぽっちも思い出せない。

 

(ボクって一体何者……?)

 

 特別な力が扱えるのだから、特別な過去があるはず。

 だが、尸魂界で数十年生きていても手掛かり一つ見つけられていない。

 

(なーんかナーバスな気分)

 

 自分が何者かであるか分からないとは、それなりに不安になるものだ。

 これまで他人と関わらないようにしてきた―――あるいは自然と敬遠されてきたため、深く考えようとせず、悠々自適に過ごしてきた。

 しかし、仲間ができた今、他人との違いを自然と意識せざるを得ない。

 

 ボクは虚だった?

 それとも破面だった?

 もしかしてどっちでもない?

 

 いくら問いかけようとも答えが返ってこない疑問を思い浮かべる。

 

「ま、いっか」

 

 けれども、いつまでうんうん唸っているのも柄ではない。

 思案もそこそこに、虚白は現実に意識を戻す。

 

「ねえねえ、クールホーンさんはこれからどうするの?」

「どうするってどういう意味よ」

「そのまんまだけど。ボクらに付いて来る? 的な」

 

 リリネットにロメロ・スペシャルを掛けていたクールホーンは、突拍子のない虚白の提案に、しばし考え込む。

 その間、「うががが……!」と呻くリリネット。

 実に10カウント後、考えがまとまったクールホーンが技を解きながら返答を口にする。

 

「そうねぇ……しばらく留まってれば、あたしの美貌の噂を聞きつけた誰かが来てくれるかとも考えたけれど、待つばかりが人生じゃないものね」

「なあ、虚白……本当にこいつ連れていく気なのか……?」

「でも一緒には行ってあげな~~~いっ!!! オーホッホッホッ!!!」

「よし、こいつ崖から突き落とそうぜ」

 

 散々甚振られた挙句、心底腹立たしい顔で却下するクールホーンにリリネットが過激な提案を口に出した。

 

「ダメだよ、リリネット。確かに崖から地面に叩きつけたい顔だけど」

「ちょっと。どういう意味よ」

 

 と、したり顔だったクールホーンにカウンターを喰らわせて続ける。

 

「あくまで探してるのはスタークさんなんだし。本人が行かないって言うなら連れていかないよ」

「ん……まあ、あたしもそれならそれでいいけど」

「そう言われると行きたくなっちゃうわよね~☆」

「こんの天邪鬼オカマが……!」

「あ~! あ~! あたし、ブサイクの声は聞こえないのよね~!」

 

 高笑いするクールホーンに怒りが頂点に達しそうなリリネット。

 だが、そこへ割って入る虚白が「待って」と口にする。

 

「何言ってるの、クールホーンさん。ブサイクかどうかは内面で判断すべきだよ」

「お、虚白にしては真面なこと……なのか?」

「外面なんて整形でいくらでも変えられるんだから参考にならないよ!」

「前言撤回。結論までの過程で台無しだわ!」

「ねっ、リリネット!」

「話振るタイミングが悪意に彩られてるわ! 喧嘩売ってんのか!」

 

 振り返る虚白はサムズアップをしている。

 

「大丈夫。リリネットを美人だと思う人は探せば居ると思うから……!」

「それが慰めの言葉だと思ってるなら、あたしは今からあんたを殴る。全力でだ」

「正直悪ふざけが過ぎたと思いました」

「分かってんならいいんだよっ!」

「痛ぁい! あ、ハゲたかも! 今のチョップでデコが後退したかも!」

 

 鉄拳の代わりに滑るような手刀を叩き込まれた虚白は、前頭部を押さえながら地面に蹲る。

 

「はぁ……騒がしいおチビ共だわ」

 

 お前が言うなとは誰も言わない。

 流魂街の住民としては色物であることに間違いない三人の話は終わった―――かのように思えたが、

 

「なんでアンタたちはあたしに付いてきてるのよ」

 

 同行しない旨を告げ、清々しい気分で帰路についていたクールホーンであったが、後ろに付いて来る虚白とリリネットに眉を顰めた。

 

「なんでって……このままだと野宿だからクールホーンさん家に泊まらせてもらおうかと」

「よくも無断で付いてきてくれたわねっ!?」

「ボクたちの仲じゃん」

「真面目くさった顔で罵られた記憶しかないわよ!」

 

 確かに道理だ。

 泊めてもらうに越したことがないと考えるリリネットであうが、クールホーンに一理がある―――もとい、虚白が言い放った言葉に問題があると断ずる。

 

「まあまあ! ここはクールホーンさんの美しい心に免じて……ね?」

「もぉ、しょうがないわね~……!」

 

「いいのかよ」

 

 が、杞憂だったようだ。

 薄っぺらな誉め言葉に気を良くしてくれたクールホーンが乗り気で案内し始め、ほとほと呆れたと言わんばかりに頭を抱えるリリネット。

 隣では「やった♪」と虚白が浮足立っているが、あろうことかクールホーンの家に泊めてもらう算段だったことに言及する気力は、すでにリリネットの中には残っていなかった。

 

(どうでもいいから早く休みてぇ~)

 

 足が棒になっているリリネットは、重い体を引きずりながらクールホーンの家へと向かうのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「さぁ! ここがあたしのビューティフルかつエレガント……エキセントリックでキュートフルな邸宅よ! しかと目に焼き付けなさい!」

「お~」

「お……おぉ……」

 

 感心した声を上げる虚白と、絶句するリリネット。

 

 案内されるがままたどり着いた場所は、流魂街の住宅街から少し離れた郊外に建てられた家。

 道中、「住民から煙たがられているからこんなところに家があるんじゃね?」と失礼な考えが脳裏を過りつつも目にした家は、言葉を失ってしまうような外観であったのだ。

 

 普通の平屋に、とにかく流魂街に自生している花を飾り付けられている。

 一見華々しく見えるものの、がら空きとなっている玄関から除く内装の質素さも相まって、中々の虚無感を覚えてしまう。しかも、ところどころ花が枯れている個所も見受けられるではないか。

 

「虫が寄って来そうだね」

「なんですって!!?」

 

(問題はもっと別の部分だろ)

 

 花粉を求めてやってきた虫が来そうな家と評する虚白に、心外だと怒り心頭のクールホーンが食ってかかるが、リリネットはそんな彼らを横に早々に家の中へ足を踏み入れる。

 

 なんというか、臭い。

 例えるならば芳香剤が利きすぎている部屋だろうか。飾り立てられた花から漂う香りが幾重にも重なって生まれた濃厚な臭いが充満しているのだ。思わず鼻を摘まんでしまいそうだった。

 

「ここで寝泊まりしてんのかよ……くっせー」

「フッ、お子ちゃまには分からないセレブリティーな香りでしょうね」

「中は結構普通なんだね。なんか上げてから落とされた気分」

「泊まらせてもらう分際で勝手に落胆するってどういう神経してるの?」

 

 上げてから落とされたと口にしたが、一体彼女は何を期待していたのだろうか。

 

 と、それはさておき。

 

「ふぃ~! 屋根がある! あぁ~、今日は冷たい夜風に当たらなくて済む!」

「まったくだな。それだけは感謝だ」

「寒空の下、ほのかな羞恥心を抱きつつリリネットと抱き合って暖をとったりもしたけど、ここなら―――」

「待て待て待て待て! 捏造するな! してないだろ、そんなこと!」

「アラ、アンタたちそっちの()があるの? 意外だわぁ~」

「意外も何も事実無根だ!! 真に受けんな、オカマ野郎!!」

 

 家に上がって早々騒がしいやり取りを済ませた後、「夜更かしは美容の天敵よ」と促すクールホーンに従い、三人は就寝することにした。

 だがしかし、問題発生。

 

「布団が一組しかない」

 

 部屋の中央に座する布団を囲む三人のうち、虚白が神妙な面持ちで言い放った。

 

「……いや、貸さないわよ? あんたたちは床で寝なさい」

「えっ、貸してくれないの?」

「家主を差し置いて使うつもりって面の皮厚過ぎない?」

 

 道理だ。リリネットは心の中でクールホーンに賛同した。

 

「じゃあ、ボクとリリネットが二人で使うから」

「尚も使うつもりなの? ……って、違うわよ! 二人で使うからなんだっての!? 使用する権利は明らかにあたしにあるでしょ!」

「女の子二人を雑魚寝させて心痛まない?」

「これっぽっちも痛みませ~~~ん!」

 

 おどけるクールホーン。

 

 屋根があるだけ野宿よりはいいが、流石に敷布団もないのは辛い。

 なんとか説得して敷布団か掛布団のどちらかでも貸してもらいたいところだが、我らが奇矯なエキセントリックガール・虚白は、とんでもない言葉を口走る。

 

「仕方ないっか……クールホーンさん。菊の花敷き詰めてあげるから、そこで寝てくれる?」

「あら、花のベッドなんて素敵……じゃないわよ!! ファンシーを隠れ蓑によくもとんでもない提案してくれたわね!! 一瞬騙されかけたけど、そんな代替案が通用すると思ったの!?」

 

(いや、菊の花。棺桶かよ)

 

と怒るポイントを指摘したリリネットだが、仕方ないと言わんばかりに雑魚寝を始める。

 

その後も虚白とクールホーンのやり取りは続き、とうとう折れた家主から戦利品(かけぶとん)を得た虚白により最低限の暖を得ることはできた。

奇しくも捏造されかけた経験と同じような状態をする羽目になったが、そのような細かいことを気にするよりも前に、リリネットを含め、三人は夢の世界へと誘われていく。

 

 

 

 深い、深い、闇の中へ―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 また、この夢だ。

 

 晦冥の世界。遠くを窺い知ることはできない。

 

 ただ、暗闇の中で不気味に奏でられる金属音に導かれて前へと進む。

 

 居た。白い怪物。

 

『―――』

 

 何か叫んでいる。声は聞きとれない。

 

「キミは……」

 

 歩み寄り、耳を澄ませる。

 

 酷いノイズ音しか届かない。

 

 が、少し。少しだけ。

 

『  ロ』

「え?」

 

 そう聞こえた。

 

 もう一度だけ。

 

『オ ロ』

「もっと……はっきり……」

『オ  』

 

 拘束着に似たベルトや鎖が絡まる鎧を身に纏う化け物は、確かに自分を見つめてこう言った。

 

 

 

『  オ  キ  ロ  』

 

 

 

「―――っ!?」

 

 刹那、視界が白く染まっていく。

 

 そして気づいた。

 

 不愉快な霊圧が肌を撫でる感覚を。

 

 現実の世界で敵の影が忍び寄っている事実を。

 

 ()()は警鐘を鳴らしてくれたのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 意識が覚醒する。

 と、同時に平屋の壁をなぎ倒す人影が目に入った。

 吹き荒れる暴風と襲い掛かる衝撃。眠っていたリリネットとクールホーンは反応に遅れ、そのまま吹き飛ばされかけたが、間一髪のところで虚白が虚化し、二人を回収する。

 

「ふぁ!? は!? な、なに……!?」

「ちょ、なんなのよ!?」

「襲撃だよ!!」

「はぁ!?」

 

 困惑するリリネットへ手短に答える虚白は、眼下に佇む敵影を確認する。

 薙刀のような得物を手にする人影は、全身が隠れる外套と白黒の仮面を被っているため、詳細な姿を確かめることができない。

 ただ分かることは、その異様な霊圧。

 

(虚……じゃない!?)

 

 虚とも違うおどろおどろしい霊圧の感触。背筋が凍り、全身が総毛立つような不気味な力に満ちる敵は、ゆっくりとこちらを見つめた。

 

「!」

 

 次の瞬間、敵は目の前へと現れた。

 速い。とてもではないが逃げ切れない速度であった。

 抱えていたリリネットとクールホーンを放り捨て、振り下ろされる得物を交差した腕で受け止めようとする虚白であったが、その余りの勢いと威力に、腕からは血飛沫が舞い、そのまま高所から地上へと叩きつけられた。

 

「がッ……!?」

「虚白!!」

「夜盗なんてナンセンスね!! 狙いは……あたしたちの命かしら!?」

 

 ただならぬ状況に、体勢を立て直したクールホーンが敵へと飛びかかる。

 虚としての力を失った彼であるが、鍛え上げられた肉体は見せかけではなく、機敏な身のこなしを見せながら脚をしならせる。

 

「フンッ!」

「喰らうか!」

「なんですって!?」

 

 白打としての観点であれば、十分死神に通用する蹴撃。

 しかし、それを難なく獲物の柄で受け止めた仮面の敵は、薙ぎ払うようにしてクールホーンの体を吹き飛ばす。

 

「ぐぁ!?」

「こん……のぉぉぉおおお!」

「待てよ、虚白!」

 

 吹き飛んだ先で苦悶の声を上げるクールホーンと入れ違う形で前へ出る虚白。

 それを制止するリリネットであったが、状況の深刻さに平静を失っている彼女の耳には届かない。

 

 今度こそ、と爪を振りぬく。

 が、敵の獲物は想像以上に固い。攻撃しているこちら側が負傷しそうな硬度だ。

 

「くっ……死神なのッ!?」

「ふんっ、そう見えるか!?」

「じゃあ、違うね……仮面取りなよ! ま、人に見せらんない顔だから隠してるんだろうけどッ!」

「ほざけ!」

 

 少しでも動揺を誘おうと煽るも、それだけで動きが鈍る相手ではない。

 じわじわ―――刻一刻と押されていく虚白は、仮面の奥で汗を流す。

 

(ヤバッ、勝てない……!)

 

 想像以上に敵は手練れだ。格下の虚しか相手にしてこなかった虚白にとっては手に負えない強さ。

 虚化していると言っても体は子供だ。霊圧もたかが知れている。

 

(なんとかして逃げる隙を窺わないと……!)

 

 撃退よりも撤退が得策。

 そのためにもどうにかして隙を作らなくてはならない。

 

 そう考えながら孤軍奮闘して戦う虚白であったが、不意に()()()が訪れる。

 

―――バキッ。

 

 何かが割れる音がした。

 思わず見開く虚白。やけに視界が明瞭だ。淡く輝く月の光が良く見える。

 

「時間……ッ!?」

 

 仮面が割れた。

 そう、虚化の持続時間が切れたのだ。

 今まではどのような戦闘も大抵数秒で終わらせていたからか、限度時間を知る機会がほとんどなかった。

 いや、なかったとしても体感でどこまでが限界かは分かっていたつもりだ。

 

 しかし、緊迫した状況。

 一瞬でも気を緩めれば命をとられかねない状況の中、ぼんやりとした把握していなかった虚化の限度時間に気を向ける余裕がなかったのである。

 それが今。そして致命的な瞬間。

 

「はっはぁ!!」

「うっ!?」

 

 幅の広い刀身が虚白の華奢な体に叩きつけられる。

 ミシミシと嫌な音を響かせる矮躯は、地面を数度バウンドしながら吹き飛ばされていった。

 

「がッ……はぁ……はっ……!?」

 

 痛い。堪らなく痛い。

 呼吸すらままならない激痛が全身を襲う。

 このままではいけない。そう頭では分かっているものの、立ち上がろうと地面に手を付けば、痛みで力が入らなくなってしまう。

 

「虚白ゥ!」

「おっと!」

「ッ!? なんだよ、これ!?」

 

 虚白に駆け寄ろうとするリリネットであったが、突如として体を雁字搦めに縛り付ける鎖に身動きが取れなくなった。

 それはクールホーンも同じ。吹き飛ばされた先で、やっとの思いで立ち上がった彼も、どこからともなく現れた赤黒い鎖に縛り付けられる。

 

「なんなのよ、一体!?」

「貴様らにはこれから地獄に堕ちてもらう……」

「なんですって!?」

「地獄!?」

 

 必死に抵抗する二人の声を他所に、虚白に歩み寄る敵。

 真面に立ち上がれない彼女の首を掴み上げた敵は、虚空に青い炎を迸らせる。

 グワリ、と湾曲して円を描いた蒼炎。その奥には、尸魂界とは似ても似つかない血の如く紅い空が広がっていた。

 

―――あれが地獄……!?

 

 遠くから見ていた二人は、空間の奥から流れ出てくる瘴気に思わずむせ返る。

 

「ッ……虚白を放せ! この仮面野郎!」

「フッ! 安心しろ、すぐに貴様らも地獄に歓迎してやるからな」

「ッソォ! 虚白! 虚白ゥー!」

 

 リリネットは絶叫する。

 このままでは虚白が地獄とやらに堕とされてしまう。敵の言葉の真偽こそ分からないが、目に映る空間がろくでもない場所であるのは確かだ。

 そんな場所へ、友達を連れていかれる訳にはいかない。

 

「ちくしょう!! なんなんだ、この鎖!!」

「くっ……あたしが帰刃(レス・レクシオン)さえできれば!」

「頼む、逃げてくれ!! 虚白ぅぅうう!!」

 

 苦々しく歯を食いしばるクールホーン。ないものねだりだと分かっているが、一度力を手にした身であるからこそ、現状の無力さを呪わずにはいられなかった。

 こうしている間にも、首を掴み上げられる形で吊るされる虚白は、うめき声を苦しんでいるかのようにうめき声を上げる。

 

「う……あぁ……」

「さぁ……地獄に堕ちろ!」

 

 狂喜に満ちた声を上げる敵の腕を必死に掴んで抵抗する。

 だが、虚白の耳に届いていたのは不可思議な幻聴であった。

 

『オキロ』

 

 あの声。

 

暗闇の中で呼んでいた化け物の。

 

『イツマデ 目 ヲ 逸ラシテイル』

 

 次第にはっきりと聞こえる。

 

 体がどうしようもなくうずく。

 

 焙られているように全身が熱い。

 

『受ケ止メロ 過去 ヲ』

 

 背後―――地獄からあふれ出る瘴気が体を疼かせる。

 

 呼吸さえままならず、朦朧とする視界が暗転した矢先、目の前には死屍累々の光景が広がっていた。

 

 その中央―――無骨な椅子に縛り付けられている化け物が言う。

 

 

 

『コレ ガ 罪 ダ』

 

 

 

 化け物が、鎖を一本引きちぎる。

 

 

 

『ボク ノ 罪 ダ』

 

 

 

 二本、三本と。

 

 

 

『ボク ハ キミ ダ』

 

 

 

 椅子から解き放たれた化け物は告げる。

 

 

 

『キミ ノ 罪 ダ』

 

 

 

 気が付けば、屍山血河の頂に立っていた。

 

「は……ははは……」

 

 壊れたように笑う虚白。

 

「ボクが……こんな……」

『贖罪 ノ 時 ダ』

「贖罪……?」

『ソノタメ ノ 命 ダ』

「……」

『サア 友 ヲ 護レ』

「!」

『力 ハ キミ ノ (ナカ) ニ』

「ボクの……魂―――」

 

 

 

 刹那、意識が現実へと帰る。

 

 

 

「かはっ!?」

 

 血走った眼を浮かべる虚白。

 その目が捉える景色は、体の半分がすでに地獄に入りかけているという絶体絶命的状況。

 

 このような状況に陥れた相手は、仮面越しでも分かるほど弱者を甚振る快感の余韻に浸っていた。

 

「ふ……ふふっ」

「あ? ッ、がっ!?」

 

 突如、鈍い音が虚空に響く。

 それは虚白の首を絞める仮面の敵の腕からだ。

 突然けた違いの力で腕を締め付けられた敵は、負けじと虚白の首を絞めるが、一向に力が弱まる気配は見えず、寧ろ骨肉諸とも握り潰される握力に焦りを見せ始めた。

 

「こ、この餓鬼……!!?」

「ふふふふふ、あはっ、はははっ、ははははははは、キシッ、あーはっはっはっはっはっは!!!」

 

 狂ったように嗤う、嗤う、嗤う。

 

 大きく開かれた虚白の口から、目から、あらゆる穴や傷口から白い液体が溢れ出す。

 

 同時に彼女の周囲に渦巻く黒い霊圧。

 

 それはまさしく虚のもの。

 

「こ……虚白……?」

 

 一変する状況に茫然とするリリネット。

 吹き荒れる霊圧に髪をなびかせる彼女は、次の瞬間、()()を目の当たりにした。

 

 

 

(あがな)え―――『咎女(トガメ)』ェェェエエエエエエエ!!!!!!」

 

 

 

 (ホロウ)(もど)る瞬間を。

 




*オマケ*
虚白

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