虚白の太陽   作:柴猫侍

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*6 浄罪の辿った先

 流魂街での暮らしは穏やかなものだ、と言われれば聞こえはいい。

 しかし、その実生活水準が江戸時代の農村地帯と同じがざらだというのだから、現代人にとっては如何せんつまらないものだ。

 

 一方で、現代の目まぐるしい発展に心を躍らせている者も居り、現世から死んで来た魂魄から見聞きして現代の技術を再現しようとする職人も居る訳だが、それはまた別の話である。

 

 霊力を持たない魂魄にとって、尸魂界では水さえあれば生きていけるのは知っての通り。

 故に大概の魂魄は水を求める訳だが、地区の数字が1に近いほど治安が良いため、さほど苦労せずとも水が手に入る。

 そうすると、生活に困窮せず暇を持て余した魂魄は、瀞霊廷から流れてくる金銭を用いて商いをするようになった。

 八百屋もあれば鮮魚店や呉服屋もある。飲食店も存在しており、瀞霊廷内に存在する店舗よりも流石に格が落ちてしまうものの、尸魂界では数少ないごちそうにありつける場所だ。

 

 偶には贅沢なひと時を過ごしたい……そう考える者は、自由に使える金を求めて働き始める。

 特に娯楽が乏しいと感じたり死ぬ前まで働き詰めていたりした現代人ほど、その傾向が多い。

 

「井上くーん!」

「はい!」

「こっちの棚の品出ししておいてー!」

 

 朝の閑散とした時間帯。

 涼やかな風が吹き渡る空の下、快活な声に応じて一人の男性がてきぱきと品物を並べていた。

 ここは八百屋だ。瀞霊廷に近いこともあってか、瀞霊廷の中や近所にある飲食店が主な客層である。無論、野菜を食べたくなった主婦なども主な客だ。物々交換にも応じているため、それなりに客層は広かった。

 

 その甲斐もあってか開店すれば客足が絶えず、店員も応対に追われることになる。

 今までは店主であった初老一歩手前の中年男性と、彼の娘兼従業員の若い女性一人で切り盛りしていた店であったが、ここ最近新たな店員が増えた。

 

「こんな感じでどうでしょう?」

「おーう! ありがとうな! いやぁー、最近の若いモンはって思ってたが、まだまだ捨てたもんじゃあないな!」

「ははっ、ありがとうございます」

 

 豪快に笑う店主に対し、爽やかな笑みを湛える青年。

 彼こそが最近従業員として働くことになった井上昊である。尸魂界に来る前は妹と二人暮らし。両親がろくでなしであったがための生活ではあったが、豊かでこそないが兄妹二人で仲睦まじく暮らしていた。

 ある時、不慮の事故で亡くなってしまい、心残りであった妹を思うが故に地縛霊に―――果てには虚にもなったが、一人の死神の手によって救われ今に至る。

 

 妹は今、何をして暮らしているだろうか。

 別れる直前に妹の本当の想いを知ってから振り返る言葉の数々。それは主に学校の友人たちとの話であるが、きっと楽しく暮らしてくれている。

 まったく心配していないという訳ではないが、妹と自分を救ってくれた死神が―――高校の同級生の()が傍に居ると思えば、不思議と心配も薄れていく。

 

 そして今は、こうして労働に精を出す日々だ。

 それも全ては近所に住む子供たちに菓子を買ってあげるため。自分よりも年下に見える子供は全員弟や妹のようなものだ。

 彼らの笑顔のためならば、いくらでも頑張れる―――そんな想いを胸に抱いていた。

 

「これで井上くんがうちの娘を貰ってくれたらいいんだがなっ!」

「ちょ、お父さん!」

「は、はははっ……」

 

 ……まさか、死んでから結婚が視野に入るなどは予想外であったが。

どうにも現世に居た頃の死生観とは違う尸魂界の暮らし。

しかし、そうした暮らしに慣れてきた彼にも未だ慣れないものは存在する。

 

『きゃあああ!!』

 

 突如として朝の静寂を突き破る悲鳴。

 ただならぬ気配に物々しい雰囲気が漂う住宅街に、今度は轟音が響き渡った。

 重厚な振動を轟かせながら森から現れる影。仮面で顔を隠した巨躯を目にすれば、あちこちから「逃げろ!」と大声が上がる。

 

「虚……!?」

 

 見間違うはずもない。

 かつては自分も成り果てた異形の姿を前に、昊は体の内から呼び起こされるような恐怖に震え上がった。

 魂を喰らう怪物、虚。

 基本的に何かしらの未練があり現世に留まった魂魄が、因果の鎖に繋がれた孔が開ききることによって成り果てる存在であるが、しばしば現世や虚圏から出現することがある。

 こうして見境なく町を襲撃する虚は、大抵本能(しょくよく)のままに動く知能が低い個体だ。

 だがしかし、それでもただの魂魄にはどうしようもない怪物である。

 

「逃げろ逃げろ! ここに居たら喰われちまうぞっ!」

「は、はいっ!」

 

 流魂街に来てから長い店主が颯爽と避難を指示する。

 それに応じて昊も逃げ出す準備を整えるが、その瞬間、朝焼けの空が焦がされたように血に染まった。

 驚く間もなく、閃いた一条の閃光は家屋を次々に薙ぎ倒していく。

 余りの威力と余波の風圧に立っていられなくなった昊は、その場に尻もちをつくように倒れた。

 

「っつ……はっ!?」

 

 巻き起こる砂煙の中、彼が垣間見たのは倒壊した家屋に挟まれる店主と彼の娘の姿だ。辛うじて意識があるものの、頭から血を流しているところを見ると無事とは言い難い。

 

「店長!」

「は、早く逃げろ……俺のことはいい……せめて、娘だけでも……」

「そんなっ……!」

「ありゃ虚ン中でもとびきりヤバいやつだ……早く……!」

 

 自分は放っておけと告げる店主は、同様に瓦礫に挟まれている娘に視線を遣る。

 一分一秒を争う状況の中、どちらも助けて逃げおおせることは不可能に近い。

 巡回する死神が居てさえくれれば話は別であっただろうが、今のところやってくる気配は見受けられない。

 

「うっ……!」

 

 決断を迫られている。

 娘だけでも助けて逃げるか、二人とも助けるか。

 次第に動悸が激しくなってくる。他人の命の手綱を握っている感覚に眩暈さえ覚える昊であったが、グッと歯を食いしばった彼は、おもむろに空を仰いだ。

 

「誰かっ!! 誰か手を貸してください!! ここに動けない人が居ます!!」

 

 自分一人の力で駄目ならば他人の力を借りる。

 至極単純ではあるが、今打てる最良の手はそれだけだ。

 

 住民に応援を要請する昊は何度も何度も叫ぶ。

 しかし、逃げる住民の足音と悲鳴に掻き消されてしまい、彼の訴えは虚しく宙に消えていくばかりであった。

 それでも諦めず助けを求めながら、なんとか瓦礫を退かそうと奮闘する。

 

「馬鹿野郎! 早く逃げろって……!」

「……一度死んだから」

「っ……?!」

「一度死んだからか、どうも命懸けに躊躇いがなくなったもので……!! 俺は絶対に諦めません!!」

「っ……お前ってやつは……!」

 

 魂の叫びを口にする昊に目頭が熱くなる店主。

 だが、無情にも虚―――否、大虚は真っ黒な巨躯を揺らしながら悠々と住宅街を闊歩する。巨大な脚を踏み出す一歩が家屋を踏み潰し、口腔から解き放つ紅い閃光が町を蹂躙しようとする。

 

「え……?」

 

 状況を確認しようと顔を上げた昊。

 彼が目にしたのは、大虚が放とうとする虚閃がこちらへと向かってくる光景だった。

 死神であっても平隊士ならば容易く消し炭になる破壊の光。仮に自分に当たれば、塵も残るまい。

 

「っ、くぅぅぅうううう!!!」

「もういい!! お前だけでも―――」

 

 絶体絶命の状況を前に、歯を食いしばって瓦礫を押しのける昊。

 店主は間に合わないと断じ、彼だけでも逃がそうと叫びかけるが、それを軋むような重低音が掻き消す。

 赤黒い光が迫りくる。

 ―――死。

 二度目の死を予感しながら、それでも昊は現実から逃げまいと最後の瞬間まで全身全霊を尽くさんとした。

 

「―――っどらぁ!!!」

 

 刹那、彼と虚閃の間に割って入った()が、あろうことか虚閃を上空へと蹴り上げた。

 信じられぬ光景を目の当たりにした昊は、一瞬状況を飲み込めずに茫然とするものの、「イデデっ!!」と虚閃を弾き飛ばした足の甲を押さえる少女の姿を前に我へ返った。

 

「き、君は……」

「ちゃお♪ 怪我ない?」

「っ!!?」

 

 少女が振り返った瞬間、息を飲んだ。

 彼女が被っていたのは仮面―――虚のものだ。

 自分も身勝手な怨念と憎悪から被ったことがある。だからこそ疑った。彼女もまた、正気を失って本能のままに暴れ狂う悪しき化け物ではないかと。

 嫌な汗が頬を伝い、凍るような悪寒が背筋を襲う。

 

 だが、一向に少女が自分たちを襲う気配はなかった。

 寧ろ「おにーさん、大丈夫?」と安否を確認されるだけで、自分が妹にしたような狂気に染まった様子は見られない。

 

「あ……ど、どういう」

「どういうって……っと、ごめんね! まずはあれをぶっ倒してから!」

『オオオオオオッ!!!』

 

 少しの間微動だにしていなかった大虚が、突如としてうめき声に似た咆哮を上げた。

 腹の底に響くような低く重い声。大虚を幾百の虚が混ざり合った混沌たる存在を知っていれば、救いを求めてひしめき合う悪霊の懇請にも聞こえる。

 

 だが、無辜の民を殺戮されるのを看過する訳にはいかない。

 もっとも彼女―――虚白は、そこまで高尚な動機があって動いている訳ではなく、感じる心のままに人助けに入っただけだが、

 

「一気に決めちゃうよ。贖え―――『咎女』」

 

 山の如き巨体を滅し飛ばす力を見せつけた彼女には、目撃していた者全員に畏怖を覚えさせるには十分な力を持っていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「(……何したんだよ、虚白)」

「(何って……人助け?)」

「(人助けしてこんな腫物見るような目は向けられないだろ)」

 

 大虚の流魂街襲撃という事件を経て、ある程度収拾がついた頃、当の大虚を撃退した虚白と連れであるリリネットとクールホーンは町に繰り出していた。

 が、向けられるのは奇異の目ばかり。

 情報収集として聞き込みをしようとするも、住民は虚白を見るや否や逃げるように立ち去ってしまう。

 

「ンフフ、きっとあたしたちから溢れ出るオーラが恐れ多くて近づけないのよ……♪」

「呑気でいいなー、お前」

「どういたしましてッ」

 

 人目を憚る必要を感じていないクールホーンは兎も角、リリネットとしては早々にスタークの所在の有無を確認し、居ないと分かれば立ち去りたいところであった。

 だが前述の通りだ。とても聞き込みどころではない。

 

「はぁ……きっと虚白にビビってんじゃねーの?」

「そうかなぁ?」

「そりゃあ……死神ならともかく、虚の仮面被ってた奴に助けてもらっても怖いだろ」

「『悪の組織に改造されたけれど正義の心に目覚めたヒーローだ! 祭りだワッショイ!』ってならない?」

「どこの民族だッ!」

「探せばどこかに……」

「そんな都合のいい解釈するのが居たらいいんだけどな……!」

 

 元破面にしては至極まっとうな感性を持っているリリネットが、若干ずれた虚白の疑問に答えながら辺りを見渡す。

 自分たちが虚白の連れだと分かるや、住民たちはひそひそと何かをしゃべり始める。

 確かに異形の力を見て恐れるのはわかるが、それでも助けた奴に向かってその態度はなんだ―――そう怒鳴りたかったリリネットだが、グッと言葉を飲み込んだ。

 

「それにしても避けすぎだろ。死神だって強いやつはほとんど化け物みたいなもんじゃんか」

「えッ!? ……人の形を保ってないの?」

「何を想像したんだ、お前」

 

 リリネットの言葉を変に解釈した虚白であるが、強い死神だろうがなんだろうが―――一部並外れた巨体を持っていたり人狼であったりするが―――基本的に人の形を保っている。

 特に虚夜宮(ラス・ノーチェス)と呼ばれる藍染惣右介が城主を務めていた宮殿では、死神の強さを身に染みて覚える破面がほとんどだろう。リリネットやクールホーンのみならず、破面の中でも秀でた実力を持っていた“十刃”も例外ではない。

 

 と、それはさておき、ある程度死神に対して忌避感を抱いているリリネットとクールホーンは、先ほどの騒ぎの際も大虚を討伐した虚白を即座に回収し、その場から離れた。

 それもこれも自分たちが死神と戦争した自覚があるからこそ。

 戦争の結末こそ目の当たりにすることはできなかったが、特に瀞霊廷が混乱に陥ったという伝聞を耳にしない以上、藍染陣営が敗北した可能性は濃厚である。

 

 元破面の自分にとって良いことか悪いことか……強いて言えば後者だろう。

 前者であれば藍染の駒扱いにせよ手元に置いておかれたままで、命の保証はあったかもしれない。

 しかし後者ともなれば、自分たちは敗戦した側という身分になる。勝った死神に煮るなり焼くなりされてもおかしくはない。

 

 指名手配されており、見つかった瞬間に殺されるかもしれない。

 もしくはザエルアポロのような科学者が死神にも居り、残虐な手段で実験されるか解剖されるかもしれない。

 

 そう思えば、虚白ほど大胆に表立って歩けないのが実情であった。

 わざわざ助けたにも拘わらず、事後処理にやって来た死神に見つからぬようこそこそ隠密行動をとっていたのは、それが理由である。

 

 クールホーンは女性に勝るとも劣らない長いまつ毛を揺らしながら、悩まし気にため息を吐く。

 

「ふぅ。聞き込みも出来ないんなら、ここに留まる理由もないわ。早いとこオサラバしちゃいましょ」

「それもそうだな……」

「ぶーぶー! まったく、最近の世の中は薄情だなぁ……お茶菓子の一つや二つ出してくれもいいのに!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

「ん?」

 

 突然呼び止める声に、三人は足を止める。

 そこには息を切らしながら走って来た、これまた気の良さそうな男性が立っていた。

 

「あら、どちら様?」

「君たちはさっき町を救ってくれた人ですよね? 特にそこの……白い女の子」

 

 これまで通りを歩んでいて見かけた住民と違い、良い印象を抱いてくれているらしい男性は、きょとんと丸く目を見開く虚白に視線を移した。

 

 彼女は「自分のことか」と気づくや、元気そうに手を上げて主張を始める。

 

「はいはいはーい! 見てみて、この美白のたまご肌を!」

「若さにかまけた美しさを主張するんじゃないわよッ!!」

「急にヒステリー起こすんじゃねえ、このオカマ!」

 

「……は、ははっ、愉快な人たちと一緒なんだね」

 

 口を開けば漫才が始まってしまう。

 そんな三人を目の当たりにし苦笑を浮かべるしかない男性は、気を取り直すように深呼吸した後、爽やかな笑みを浮かべながらこう告げる。

 

「良かったらお礼がしたいんだ。大したものは出せないけれど、ぜひうちに来てくれないかい?」

「お礼? ほほう、一体何を出してくれるの?」

「う~ん、お茶菓子とかになってしまうけれど……」

「むっふっふ、行こう! リリネット! クールホーンさん!」

 

 お茶菓子と聞くや、目を輝かせて男性の家へ向かう気満々となる虚白。

 その現金な態度にやれやれと首を振る二人であるが、ろくな収入源がない身の上では茶菓子も十分なごちそうだ。

 内心はウキウキしつつ、浮足立つ虚白の後に続く二人。

 そんな虚白を先導する男性は、こう名乗った。

 

「俺は井上昊。さっきは本当にありがとう」

「それほどでもぉー!」

 

「……井上?」

 

 男性の名字に首を傾げたのはクールホーンだった。

 

「どうかしたのかよ?」

「……いえ、気のせいよねぇ。井上なんて名字、たいして珍しくもないし」

「なんだよ、要領ねぇ言い回ししやがって!」

「うるさいわね、このおチビ! あたしの独白に入ってこないで!」

「なんだと、このナルシストオカマ!」

 

「二人とも、漫才なんかしてないで早くおいでよぉー!」

 

「「お前(あんた)にだけは言われたくないんだよ(わよ)っ!!」」

 

 虚白に催促された瞬間、息ピッタリにツッコミ返すリリネットとクールホーン。

 

 そうしたやり取りもあり、湧き上がった疑問についても忘れてしまったクールホーンは、無駄にモデルぶったモデルウォーキングを披露しながら町を練り歩いていくのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「さっ、遠慮なく食べてくれ!」

「わぁーい♪ メシ! メシ!! メシィ!!!」

 

「急に餓死一歩手前か」

 

 満面の笑みを浮かべるも束の間、必死の形相で茶菓子として出された大福に喰らいつく虚白の様相を口述した通りに例えるリリネット。

 

 彼女が座っていたのは何の変哲もない流魂街の一角に建つ平屋。クールホーンの邸宅(故)のように奇をてらった外観でもない家に招かれた三人は、当初に告げられたように茶菓子をごちそうになっていた。

 

 一口齧れば、薄皮の生地に包まれた餡子は優しい甘みを口いっぱいに広がっていく。

 程よく形を残した小豆は、柔らかさの中に噛み応えという良いアクセントを残し、噛んでいて飽きない食感を生み出している。

 

 気が付けば人のことを言えないくらい、リリネットも一心不乱に大福にかぶりついていた。

 虚夜宮で食べていた洋菓子とは違った味わいであるが、大層気に入った事には違いない。

 

「まったく……意地汚い食べっぷりねぇ」

「……」

「ほら、見なさい。あんたらの食いっぷりにドン引きしてるわよ」

「えっ!? いや、そういうつもりじゃあ……」

 

 どこか俯くように大福を食べる二人を眺めていた昊。

 その時の表情をクールホーンに悪い方向で捉えられてしまったが、弁明するように手を振って答える。

 

「君たちの食べっぷりが妹と重なって……ね。よく食べる子だったから」

「……お兄さん、妹さん居るの?」

「ああ。現世において来ちゃったけれど」

 

 懐かしむような、それでいて寂しそうな昊の笑顔に、虚白たちの伸ばす手も止まる。

 

「ああっ、すまない! そんな暗い話をするつもりじゃあなかったんだ!」

「ううん。今は大福より、お兄さんのお話が聞きたいな」

「え……?」

「もちろん話したいなら……だけど! ボクは現世でのお話、たくさん聞いてみたいんだ」

「……そうかい。それじゃあ聞いてくれるかい」

 

 空から漂う郷愁を感じ取った虚白は、彼の話に耳を傾けることにした。

 尸魂界に住まう若い魂魄は、言い換えれば現世で若くしながら逝去したものだ。病気なり事故なり、そのほとんどが望まぬ形での死であったことには違いない。

 だからこそ、余り他人に語れずに、吐き出したい感情を己が内に秘めたままであることも多いだろう。

 

 昊もまた、他人に吐き出したい想いを抱いていた。

 

 娘同然に育てた妹。

 裕福ではないが、それでも仲睦まじく暮らしていた日々の思い出。

 ある日、仲違いしてしまい、そのまま自分が帰らぬ人間になってしまった後悔。

 妹を苦しめた挙句、虚となって新たにできた大切な友人を殺しかけた事実。

 そして化け物になり果てた自分を救ってくれた死神。

 

「……そうして今の俺が居る。きっとあの子は、俺なんか居なくても幸せに暮らしてくれているはずさ」

 

 紆余曲折こそあったが、仲直りできた。

 それだけでも救いだが、妹―――織姫の周りに素敵な友人が居てくれることを本人の口から聞け、憂いなく未来の幸せを願える。

 死神には世話になったと締めくくった昊は、一服するように湯呑に注がれていた茶を啜った。

 

「……ふぅ。長々とすまないね」

「ううん。よかったね、お兄さん。妹さんと仲直りができて」

「ああ、死んでから仲直りできるなんて思いもしなかったから余計にね」

 

 一変して清々しそうな面持ちになった昊。

 つられて笑う虚白であったが、隣から聞こえる鼻を啜る音にパッと顔を向ける。

 

「リリネット、泣いてる?」

「っるせぇ! 泣いでねえ゛っ!」

 

 顔を伏せるリリネット。

 陰になって見えないが、目尻からは仄かに雫が零れている。

 リリネット自身、自分がありふれた悲劇と、それが報われた話にここまで感情的になるとは考えていなかった。

 それも破面の頃、失っていた中心(ココロ)が晴れて塞がった故か。

 人間らしい感傷に浸れるようになった事実に、若干ながら()()()()に感謝の念を覚える―――すると、

 

「オ゛ォーン、オ゛ン、オ゛ンオ゛ンオ゛ンッ!! あだし、好きよ゛ッ!! そーいう話ッ!!」

「おいコラ、オカマ。折角の涙引っ込んだわ」

 

 オットセイを彷彿とさせる泣き声を迸らせるクールホーン。その余りにもあんまりな泣き顔を至近距離で目の当たりにした所為で、感動の余韻が急速に引っ込む。

 リリネットは「どう落とし前つけてくれんだ、この野郎」と腹いせに脇腹へ肘を入れるが、生憎、無駄に仕上がった外腹斜筋にダメージを与えることは叶わない。

 それでもせめてもの仕返しにと肘は入れ続ける。感動の余韻を奪った罪は、何時の時代も重いという訳だ。

 

「まあ、アレは流しといて……っと」

「流すんだね」

「お兄さんがボクたちにお礼してくれたのって、やっぱり虚になったことがあるから?」

 

 軽く隣で行われる喧騒を流す虚白は、疑問に思っていたことを口にする。

 それは昊が自分たちを家に招き入れてくれた理由。大虚討伐直後、すぐさまトンズラしたとはいえ、虚の仮面を被っていた姿を多数の住民に見られてしまった。

 虚は流魂街の―――いや、あまねく魂の天敵と言っても過言ではない存在。

 そのような虚の仮面を被る者を家に招き入れるなど、並大抵の胆力でないことは確かだ。

 

 しかし、それを昊が語ってくれた過去に理由があるとみた虚白。

 彼女の澄んだ真っすぐな瞳は昊を捉える。有耶無耶にすることを許さない、魂を射止めるような眼差しだ。

 それに対し昊は、しばし神妙な面持ちを浮かべた挙句、耐え切れなくなったように頬を綻ばせた。

 

「……あぁ、それもだね」

()()()ってことは、他にも理由があったり?」

「聞きたいことがあってね。その……君は虚の仮面を被っていた。なのに、どうして人を助けたのか……()()()()()()()、って。君は虚とは違うのかい?」

 

 それこそが昊が三人を招き入れた理由。

 

―――中々の肝の据わりようだ。

 

 話を聞いていた三人は、目の前の優男に感心した。

 虚かもしれないと分かっていながら招く。あまつさえどういった存在か詮索する。一歩間違えれば殺されかねないかもしれないだろう。

 もっとも虚白たちに正体がばれたからと言って彼を殺すつもりは毛頭ないが、それでも容易く己の首を刎ね飛ばせる力を持った正体不明の存在を間近に置くことなど、並大抵の神経ではない。

 

「……虚だったらどうする?」

「君が虚みたいに魂を喰い殺すような怪物なら、家に呼ぶより前に死神を呼んでいたさ。でも、俺にはどうも君がそんな子だとは思えない。ただ、知りたいんだ」

「……そっか」

 

 虚だった―――その所為で大切な肉親を、愛する妹を殺しかけた。

 そんな経験をしたからこそ、白皙の少女がどのような存在かはっきりさせたかった昊は、臆することなく虚白を招き入れたのだ。

 

「……まあ、ボクも自分が何者かなんてわからないんだけどね。死ぬ前の記憶ぶっ飛んじゃってるし」

「え……?」

「でも、虚か虚じゃないかで言ったら……普段は孔が開いてないから虚じゃないと思うよ! たぶん!」

「……そういう人も居るのかい?」

「ね、リリネット! クールホーンさん!」

 

「正直怪しいよな」

「そうよねぇ」

 

「あれれれれ? ここに来てボクだけ仲間外れ?」

 

 二人に話を投げかけるも、期待していた答えは返ってこなかった。

 まさかの裏切り。現実は非情である。

 

「そんな! ボクら、みんな孔が開いてた仲でしょ!?」

「孔が開いてた仲ってなんだよ。聞いたことねえよ」

「恥ずかしがらなくてもいいのに……孔、開いてたこと♪」

「卑猥な過去みたいに言うんじゃねえよ!」

 

 が、虚白に掛かればあっという間にふざけた空気に変わってしまう。

 

「うーん……とりあえず、君たちも虚だった経験があるってことで捉えていいのかな?」

「うん! ボクはともかく!」

「……そっか」

 

 聞いた話から、ある程度三人の事情を把握する昊は、最後の確認を取るや満足そうに頷いた。

 

「うん、やっぱり君たちは俺が心配するような人たちじゃない。何より虚白ちゃんは俺たちを守ってくれた……それはこの目ではっきり見た」

 

 あの時、虚閃から自分を庇ってくれた―――それだけは確かな事実だ。

 

 綺麗事と蔑まれてもいい。

 楽観的と貶されてもいい。

 それでも昊が、己が目にした事実を信じ、三人を信じることにしたのだった。

 

「俺はこれ以上君たちを詮索しない。でも、一つだけ……気休めかもしれないけれど、伝えたいことがある」

「?」

「君たちが虚だった過去があったのは確かかもしれない。その間に数えきれない罪を犯したかもしれない。それでも君たちは尸魂界(ここ)に居る。死神に罪を洗い流してもらってやって来た。だから、どんなに過去に負い目を持っていても胸を張って生きていい……それだけは忘れないでくれ」

 

―――かつて虚だった人間として。

 

 死神の斬魄刀は、ただ虚を斬り捨てるだけの道具ではない。

 虚の間に犯した罪を洗い流すために在ると、あの夜、死神の()の傍に居た少女が口にしていた。

 だが、例え罪を洗い流してもらおうと罪の意識までは洗い流せない。

 昊が死んでまで働いて子供たちに菓子を配っているのは、そうした虚になって妹を殺しかけた負い目があるからこそ。

 

 故に暗に虚だった過去を告白してくれた三人に、今日まで尸魂界で暮らす間に毎晩懺悔していた過去を振り返り、伝えることにした。

 

―――自信を持って生きてもいい。ただ、それだけを。

 

 そうした昊の想いを受け取った面々は、各々神妙な面持ちを浮かべる。

 特にリリネットは堪えるものがあったかのように顔を伏せる。

 

 だが、急に彼女の首に腕を回した虚白が、にんまりと白い歯を覗かせながら応えるのだった。

 

「……うん、もちろん! 人助けしてるのに誇らしくないなんてことないもんねっ!」

「はははっ、杞憂だったかな?」

「ううん。ありがとうね、お兄さん」

「どういたしまして」

 

 笑顔を向け合う二人。

 どこか湿っていた空気が一変し、晴れやかなものへとなる。

 そうした中、少なからず破面時代の負い目を考えていたリリネットも、憑き物が落ちたような表情を浮かべながら面を上げた。

 

「……だなっ。あたし等、ちゃんと尸魂界で生きていいんだよな」

「なに言ってんのよ、当然じゃない。それよりあたしは、あの死神があたしの美貌に惹かれたから連れてこられたと思ってるわ……ホント、あたしの美しさって罪よねぇ」

「お前にゃ聞いてねえんだよ!」

「何ですって!?」

 

 すっかり喧嘩友達となった二人を横目に足を崩す虚白。

 純粋無垢な笑みを湛える彼女は、これまた微笑ましく彼らを見守る昊と視線を交わし、満点の笑顔を咲かせるのだった。

 

 こうして一人の理解者を得られた三人。

 目的の元破面の同胞の情報さえ得られなかったものの、彼らが得たものは大きかったと言えよう。

 

 彼らは昊に一際丁寧な礼を告げ、次なる地区へと向かっていった。

 

―――その道中の話。

 

「あら、そう言えば!」

「どうしたのクールホーンさん?」

「『井上』って崩姫(プリンセッサ)と同じ名字じゃない?」

「あ? ……ああ、確かに!?」

「え? なに? プリン……?」

「……でも、たまたまよね。ぜ~んぜん霊力感じないし」

「あ~、偶然かぁ?」

「ねえねえ、プリンがなに?」

 

 まさか昊が崩姫(いのうえ おりひめ)の実の兄とは思いもせず、先を急ぐのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ぐ……てめェ! よくもやってくれたな……クソがっ!」

 

 地面に倒れる人影。

 それは一つや二つではなく、かなりの人間が倒れていた。辛うじて息はあるのか、胸こそ上下しているか、散々甚振られたのか痛々しい痣が肢体に浮かび上がっている。

そのうちの一人、割れた仮面から覗く顔面に痣が残る男は、木の枝に腰かけて見下ろしている人影に罵声を投げかけた。

 

中性的な外見に白い着物。

 一見軟弱そうな見た目ではあるが、この場に居る全員が彼に返り討ちにされたのだ。たった一人に、何人もの大の大人が、だ。

 愉悦しているかのように口角を吊り上げる彼は、おもむろに飛び降りてくるや、罵声を投げかけた男の顔面をむんずと掴み上げる。その膂力は並大抵のものではない。

 

「ア・ごめーん。やり過ぎちゃったぁ? でも悪いの君らだよねぇー? 人に喧嘩吹っ掛けてきたの」

「ひっ……!?」

「呪うなら自分の頭の足りなさを呪いなよ。僕にちょっとでも勝てると思った自分のを……さッ!」

 

 そのまま突き飛ばすように乱暴に手を放す中性的な彼。

 今度は仰向けに倒れた男であったが、最早抵抗する意思はなくなったのか、ぶるぶると震えているばかりである。仮面も粉々に砕け散り、彼の素顔を隠すのは何も残ってはいない。

 そんな様子をじっくりと舐るような視線で眺めた彼は、実に愉快と高らかに笑った。

 

「アハハッ! あー、面白。なーんで弱いやつイジメるのってこんなに楽しいんだろッ♪」

 

 踵を返す。

 すると悍ましい呻き声と共に地響きが鳴り響く。

 

 倒れた者たちの結末を知る彼は、振り返ることなく耳だけを澄ませた。

 恐怖と絶望に陥れられ、救いを希う者たちの声が鼓膜を撫でる。

 

 間もなくして、短い悲鳴と共に突風が辺りを吹き抜けた。

 血生臭い風だ。決して気持ちのいい臭いではないが、自分に歯向かった存在が堕とされる先であると思えば清々しささえ覚える。

 

「あー……もっと楽しいこと起こらないかなァ?」

 

 嗜虐的な笑みを湛える彼は、ただ一人になった場の中心で呟いた。

 




*オマケ*
リリネット

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