虚白の太陽   作:柴猫侍

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*7 死神と葦嬢と三人娘と

「―――以上が報告となります」

「ああ、ご苦労様。下がってくれ」

「は!」

 

 一人の平隊士が部屋から去っていく。

 ここは十三番隊の一角に佇む隊首室。隊の中核を担う隊長、そして副隊長といった面々の執務室でもある。

 

 左腕に副官章が輝く青年は、両隣に佇む死神を横目に被害報告書と睨み合う。

 すると、切ったばかりの髪の毛を指で弄っていた少女然とした死神が、背伸びをして青年が手にする報告書を覗き込んできた。

 

「ふむ。死者が出なかったのが幸いといったところだな」

「まあな。怪我人についちゃ四番隊が出張ってくれてるから心配いらないとして……だ」

「問題は誰が大虚を倒したか……そうだな? 焰真」

「そうだな、ルキア」

 

 共に名を呼ぶ二人。

 彼らは護廷十三隊の中でも上位の席次を授かる者だ。

 青年の名を芥火焰真。十三番隊副隊長である。

 そして少女の方は副隊長に次ぐ第三席―――いわゆる副官補佐と呼ばれる立ち位置を務める女傑、朽木ルキア。

 共に先の藍染惣右介が仕掛けた戦争における功労者であり、尸魂界の歴史に名を刻む偉業たる“卍解”を会得した傑物である。

 

 そんな彼らが頭を悩ます問題に口を出すのは、十三番隊を率いる長たる男。

 

「大虚なんて上位席官……それこそ隊長格が出張ってもおかしくない相手だ。それが死神の手以外で倒されたとありゃ色々邪推しちまうのも無理はねえ」

「海燕殿は此度の事態をどう見ます?」

 

 元五大貴族が一角、志波家の長男である志波海燕。

 彼の推察を拝聴すべく、二人は耳を傾ける。

 

「う~ん、そうだなぁ……分からん!」

 

 ガクッ。

 二人がこけたのはほぼ同時のタイミングであった。

 

「……期待した俺が馬鹿だった」

「ああ、同感だ」

「おうおう、隊長に向かって生意気な口利きやがって! そりゃあ推測であれこれ言うのは簡単だがよ、俺は隊長として、もっと確実性のあることをだな……!」

 

 緊迫した空気を霧散させた海燕であったが、気を取り直すように咳払いをし、二人を見やった。

 

「……ま、お前らの心配も分かるぜ。藍染がやられたとは言え、虚圏(ウェコムンド)破面(アランカル)はそのまんまだ。もしかしたら奴らが流魂街に……ってこともなくはねえ話だ」

「それならば、改めて虚夜宮(ラス・ノーチェス)に乗り込み……ッ!」

 

 海燕の言葉に身を乗り出して提言するルキア。

 かつて仲間を救うべく虚夜宮に乗り込んだ身として、死闘を演じた破面の強さは身をもって体感している。

 本能で魂魄を襲う虚と違い、破面は更なる知性と理性を得た、まさしく虚とは一線を画す次元に位置する存在。

 

 現場に残った霊圧を解析した十二番隊の話によれば、大虚を屠ったのは破面に近い霊圧と言うではないか。

 藍染が生み出した破面が何体居るかは分からない。

 だが、一体だけでも流魂街に放ってみろ。

 数千の魂魄が犠牲になることは想像に難くない。

 

 それだけの力を持つ破面が流魂街に居るとして、目的は一体?

 

 今回、わざわざ破面が大虚を討伐した理由が分からない―――それがルキアの焦燥する訳であった。

 

「いーや、駄目だ」

「何故……!?」

()からのお達しでな」

「上とは……総隊長が?」

「いや―――零番隊だ」

 

 海燕の口から出た言葉に、ルキアと焰真の目が見開かれる。

 零番隊とは、護廷十三隊とは別に霊王宮―――延いては霊王を守護する特務部隊だ。

中央四十六室が瀞霊廷と尸魂界の権限を握っている一方で、零番隊の権力をその上を行く。

 彼らの指示となれば、如何に護廷十三隊と言え逆らえるはずもない。

 

「一体どうして……!」

「三界の均衡ですか?」

「おう、鋭いな」

 

 納得のいかないルキアに代わって答えたのは焰真だ。

 

 三界とは現世、尸魂界、虚圏の三つを指す総称。

 今ある世界は、この三つ全てが均衡していることにより成り立っている。一つでも欠ければ世界は崩壊の一途を辿る。

 だからこそ、調整者(バランサー)として死神が日夜奮闘しているのだ。

 

「なんでも破面を倒し過ぎたらバランス崩れるだとよ。それが手ぇ出さない理由だ。分かったかー?」

「ううむ……しかし」

「心配すんな。総隊長も黙ってる訳じゃねえ。巡回する死神の数増やしたり、十二番隊に色々手ェ打ってもらうようしてるとこだ」

「まあ、それならば……」

 

 変人の集まりともいえる十二番隊、もとい技術開発局であるが、優秀な面々が数多く揃っていることは周知の事実。

 本当に実働部隊が必要になるまでは、彼らに対処を任せた方が無難だろう。それはルキアも理解しているのか、半ば不承不承ながら納得することにした。

 

 すると焰真がフッと口角を上げる。

 

「ルキアも叔母ちゃんになって心配事が増えたもんな。気持ちは分かるぜ」

「焰真、貴様! 叔母ちゃんと呼ぶなとあれだけ言っただろう!」

「叔母は事実だろ」

「事実ですが……癪に障るのです! 海燕殿!」

 

 キーキーと黄色い声を上げ、叔母ちゃん呼ぶを頑なに認めないルキア。

 と言うのも、姉の緋真に娘が生まれるのを目前とし、晴れて叔母となる日が近づいたのが全ての始まり。

 自分はまだ叔母と呼ばれるような年頃ではない。いや、死神の年齢ほど当てにならぬものもないが、一応女性という身の上だ。老けて見られそうな呼び名は断固として認められなかった。

 

「大体! 私を叔母ちゃんと呼ぶなら、貴様も叔父ちゃんだろうが!」

「俺は別に気にしないが……」

「たわけ! 貴様には分かるまい……この乙女心が!」

「わ、分かった! 俺が悪かった! だから襟を掴み上げるなっ!」

 

 身長差故、抗議のために襟を掴み上げるにも背伸びしなければならないルキアが、鬼のような形相を浮かべる。

 その余りに必死な姿に非を認めた焰真は即座に謝るが、彼女の怒りは収まらないのか、ぷんすかと頬を膨らませたままだ。

 

「まったく! こやつには()()()()()とやらが欠けている!」

 

 ルキアは怒り心頭のまま退出した。あの様子だと、仲の良い後輩隊士辺りを連れて甘味処へ向かうだろう。

 

「……あ」

「どうかしたか?」

「あいつ、まさか昼までに出さなきゃいけない書類ほっぽって……」

「あー、腹減ったなぁ! 悪い、焰真。俺は昼飯食いに…」

「待って! あ、ちくしょう! 瞬歩で消えやがった!」

 

 自業自得なような、そうでないような。

 兎にも角にも、自由奔放な上司と部下の板挟みである中間管理職(ふくたいちょう)の焰真は、ルキアが残した書類に手をつけねばならなくなった。

 

「他人事だと思ってェー!」

 

 怒りに燃える焰真の雄たけびは十三番隊中に響きわたる。

 

 

 

 まさかこの瞬間も、かつて自分が葬った破面たちが集まっていることなど、露ほども知らず……。

 

 

 

 ***

 

 

 

「さぁ、虚白ちゃん! あたしが手取り足取り破面の戦い方をレクチャーしてあげるわ……ビシバシしごいてあげる!」

「えー……」

「頼んできたの貴方なのに何で渋ってるの?」

 

 昊と別れてから数日後。

 あれからいくつもの地区を渡り歩いてきた虚白たちだが、未だ目的の人物は見つかっていない。

 

 その途中であった。

 

『クールホーンさん、なんか知ってるようだし色々教えてよ!』

 

 気分転換に破面のいろはを教えてもらうべく、虚白がクールホーンに頼み込んだのだ。

 初っ端からコメディ調の空気で始まったものの、それはいつも通りのこと。

 クールホーンも慣れてきたのか、一度ツッコミを入れるや切り替えて話に戻る。

 

「さ! あたしの審美眼が言ってるわ……虚白ちゃんは破面として中々筋がいいってね」

「いいとどうなるの?」

「世界中から愛されるあたしが唯一忠誠と愛を捧げる主のバラガン陛下の従属官に引き抜かれたでしょうね」

「もうひと声!」

「もしかすると、破面の中でも選りすぐりの強者……十刃にもなれたかもねッ!」

「まだイケる!」

 

「何がだよ」

 

 リリネットが虚白の頭を引っぱたく小気味いい音が鳴り響く。

 

「今更従属官とか十刃とか関係ないだろ……それより本題!」

「それもそうね。それじゃああたしの必殺技、“ビューティフル・シャルロッテ・クールホーン`s・ファイナル・ホーリー……」

「長い長いッ!!」

「何それ気になるッ!?」

「お前も食いつくな!!」

「―――セクシー・セクシー・グラマラス・虚閃”を……」

「ただの虚閃じゃんか!!」

 

 今日もリリネットは絶好調である。

 

「普通の虚閃とは何が違うの?」

「ウフッ、目の付け所がいいわね。この虚閃はあたしのプリティハートを象徴しているかの如く、ハート型で発射されるわ」

「要するに手の形だろ。長ったらしい口上も死神の術みたいに意味がある訳でもないし、言うだけ無駄だろ」

「お黙り、おチビ!」

「なんだ、残念」

 

 口上に意味がないと知り肩を落とす虚白。

 死神が扱う霊術“鬼道”では詠唱を口にすることで霊力の安定化、延いては術の繊細なコントロールを行うのだ。

 しかし、霊圧を光線として放つだけの虚閃に詠唱は不要。言うだけ無駄である。

 

「それじゃあ他には何かないの?」

「それなら“ビューティフル・シャルロッテ・クールホーン`s……」

「今度は虚弾じゃないだろうな?」

「いえ、パンチよ」

「パンチに口上は要らないだろッ!」

 

 最上位のツッコミであるパンチがクールホーンの腹部に突き刺さる。

 そしてリリネットが拳を痛めた。

 

「虚弾ってなに?」

 

 クールホーンの筋骨隆々な体を前に拳を痛めたリリネットを横目に、虚白は聞き慣れない単語に首を傾げた。

 

「あら、知らなかった? じゃあちょうどよかったわ」

「どんな技?」

「霊圧を固めて弾丸みたいに撃ち出す技よ。虚閃より威力は小さいけど、連射が利くし、何より速いの。その速度……実に虚閃の20倍よ!」

「20倍!? ………………そもそも虚閃の速さってどのくらい?」

「人によるわ」

「はーい」

 

 破面にとっては虚閃、響転にならぶ技“虚弾”。

 必殺の威力こそないものの、速射性と速度から弾幕を張るなどといった牽制に使えると謳われるが、破面ほどの霊圧の持ち主であれば霊力を持たぬ魂魄ならば勿論、虚に対しても十分すぎる殺傷能力は持っている。あくまでも、死神における隊長格や鋼皮を有す破面同士には致死威力がないというだけの話だ。

 

「まあ、破面なら虚閃と響転と虚弾……あとはまあ探査回路(ペスキス)さえ鍛えておけば大丈夫って感じよ」

「ほーん……あれ? じゃあ()()は?」

「アレ? アレってなに?」

「ほら、ボクの姿が色っぽいムチムチボディになる……」

「あぁ、帰刃のことね」

 

「……」

 

 喉まで出かかったが、寸前で言葉を飲み込むリリネット。

 

 “帰刃”は破面になる際、死神の有す刀のような形に力を封印し、それを解放することによって虚本来の姿に回帰する行為だ。

 前例がない訳でないが―――正真正銘の破面ではない虚白が帰刃した姿を虚だった頃のものと見ていいものかは判断にあぐねる部分である。

 

 しかしながら、可能である以上は理解を深めて損がないことは確かだ。

 

「そう言えば虚白ちゃん、リリネットのことを拳銃にしてたわね……あれってどういう能力なのよ?」

「あー、アレな。あたし的にはなんつーかなぁ……帰刃した時と似たような感覚になったけど」

「んー……融合? みたいな」

「「融合?」」

 

 リリネットとクールホーンの声が重なる。

 

「うん。ボクとリリネットが一つになって……それでリリネットの力を借りた気がする」

「それじゃあ、それが虚白の能力ってことか?」

「ふーん。不思議な力ねぇ……」

 

 まるで他人の帰刃に催促するような能力だ。

 どれだけ群がろうが結局は孤独な虚にとって、他者が居て初めて利用できる能力は極めて特異的なものだと言える。あるいは()()()()()()の能力と言うべきだろうか。

 

「なんにせよ、この中で一番強いのは虚白ちゃんだからね。貴方が能力を使いこなしてくれるの一番ね」

「あの変な仮面をつけた奴らか……」

「なんなんだろうね? 知り合いとかに居ない?」

「いえ、心当たりがないわ」

 

 破面として期間が長いクールホーンであるが、生憎虚夜宮で似たような人相や霊圧の人物は目にしたことがなかった。

 となれば、それ以外の組織からの差し金と考えるべきだろう。

 

「死神の刺客……とかじゃないよな」

「わざわざ尸魂界に送った癖に刺客なんて送る~?」

「それもそうだよな。でも、あいつ……」

 

―――貴様らにはこれから地獄に堕ちてもらう……。

 

 襲撃者が宣った言葉だ。

 

「地獄って……地獄だよな?」

「比喩かもよ」

「それにしちゃあ……」

 

 目を伏せるリリネットは背筋に走る寒気に身を震わせた。

 あの時、襲撃者が開いた門。奥に広がっていたおどろおどろしい色の空は忘れたくとも忘れられない。もしもあのまま引きずり込まれていたらと思うと総毛立つ恐怖を覚えたほどだ。

 

「なぁ、あいつらが狙ってるの……あたしらみたいな元々破面だったら人なら」

「……」

「い、いや……やっぱいい」

 

 話を終わらせたリリネットであるが、あからさまな不安は隠しきれるものではない。

 子犬のように震える彼女は、ひどく弱弱しい姿であった。元々破面として強い訳でもなく、本来傍に居るべき片割れも居ないのだから、ことさら恐ろしいのだろう。

 しかし何よりも捜し求める()が地獄に居るのではないか―――そのような確証もない推測こそが不安の根源。

 

 二度と会えないかもしれない。虚白たちと出会ってから薄れた不安や恐怖が、今になって蘇ってくるようだった

 

 かつて虚の頃に覚えた耐え難い“孤独”が、独りだった虚を二人の破面へと別った。

 元々破面としては感情豊かであったリリネットではあるものの、途方もない時間の中、いつも死が傍ににじり寄る虚圏で過ごしていたが故、彼女も普通の感性とは言い難い。

 それが今、不本意ながら失った中心(ココロ)の全てが仮面から孔へと戻ったために、真に人間としての感性を取り戻した。

 

 得体の知れない敵に襲われるかもしれない恐怖。

 長年連れ添った相棒の行方が分からない不安。

 

 いずれも、普通の感性からすれば耐え難いものであることは想像に難くない。

 

「……」

「ねえ、リリネット」

「ん……?」

「のっぺらぼう」

「ンブフッ!」

 

 面を上げたリリネットが直視したのは、長い白髪で顔面を覆い隠す虚白の姿だ。

 確実に意表を突く形で披露された一発芸には、陰鬱な気分であったリリネットも思わず吹き出してしまった。

 

「っくっくっく……! おまっ、急に何……!」

「笑ったぁ~! じゃあケツバットね」

「は? いやいや、おい待て。何で木の枝掲げて……って構えるな! ケツバット!? 尻か! 尻に、っぎゃあああああ!! 地肌!! ほとんど地肌あああああッ!!」

 

 理不尽かつ不条理に小ぶりな尻へ木の枝がフルスイングされた。

 リリネットの絶叫は山中に木霊する。いい声だ。響きわたる楽しい悲鳴に周囲の鳥獣は瞬く間に逃げ去るほどには。

 

「お前マジで許さないからな」

 

 立てるようになった頃、すっかり彼女は元の調子に戻っていた。

 その分、虚白への敵意がマシマシである。いつ仕返ししてやろうかと策謀しているのか、右手には極太の枝が握られていた。仮に以前携えていた斬魄刀が手元にあれば、それを使っていたことだろう。

 

「さて、リリネットのまろやかなお尻も堪能したことだし……」

「お前のせいで一文字に蚯蚓(みみず)腫れしたけどな」

「だって誘った格好してるんだもん……」

「強姦魔の言い草かよ。……ん?」

 

 ほとほと呆れるリリネットであったが、突然大気が震えるような振動を感じた。

 ひりつく肌を摩りながら二人へ視線を遣る。どうやら、虚白とクールホーンも感じ取ったようであり、彼らも怪訝な眼差しを震源地らしき方角へと送った。

 そう遠くはない距離だ。走れば数分で辿り着ける遠方から、不規則かつ断続的に霊圧の衝突の余波が振動となり、この場に居る三人の骨身に響かせていた。

 

「どうする?」

 

 半ば答えは分かり切っている。

 そう言わんばかりに半笑いしているリリネットは、屈伸する虚白に問いかけた。

 

「そりゃあ……行くっきゃないっしょ!」

 

 ここまでの道中、散々彼女の行動を目の当たりにしてきた。

 死神に任せればいいものを、わざわざ自分の手で虚を屠っていく。戦闘狂と捉えられかねないが、実際は違う。

 責任感と言うべきか。虚を倒し、霊魂を救うべき―――自分が彼女に出会うよりずっと前から根付いた信念のようなものが虚白という人間を突き動かしている。

 

 喰い合うしかなかった虚時代を過ごしたリリネットには、余りにも眩い生き方だった。

 

(ううん、あたしも虚白みたいに……)

 

 しかし、これから変われるのかもしれない。

 

 彼女と共に歩むことで。

 彼女と共に戦うことで。

 

 今ならば、こうして得られた心でひしひしと感じることができるのだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 度重なる衝撃をまき散らす中心地。

 少し山肌が削れ、平地となっている場所だった。

 辺りを見渡せば、戦いの余波と思しき痛々しい傷跡が各所に刻まれている。木は倒れ、地面は抉れ……と、中々に酷い有様だ。

 

「はぁ……いい加減諦めたら~? 今なら土下座で許してあげるよ」

 

 不機嫌そうな声音で吐き捨てる少年然とした男は、口の端から滴り落ちる血を長い袖で拭う。

 視線を送る先は茂みだ。

 たった今、彼が殴り飛ばした獣がそこに居る。

 

「チッ! グリムジョーの埋め合わせでしかねえ女男(おんなおとこ)が……!」

「ハリベル様と同じ十刃名乗るのも烏滸がましいって話だよ」

「あら、珍しく意見が合いますわね。低俗な貴方たちと同じ思考をしてしまったことが本当に嘆かわしい……」

 

「「てめェ、スンスン! どっちの味方だ!」」

 

 立ち上がる三人の女。

 男勝りそうなオッドアイの女と、癖のある長髪を靡かせる褐色肌の女。その二人が、アオザイに似た装いに身を包む慎ましそうな女に対し、声を荒げたのだった。

 

 そこはかとなく漂うトリオ感。

 と言うのも、彼女たちは尸魂界に来る前から行動を共にしていたいわば腐れ縁のようなグループであった。

 

 しかし、中核を担う主と離れ離れになってしまい、不本意ながら行動を共にしている彼女たちは、

 

「チッ。はぁ~あ……女三人集まれば姦しいって言ったものだよねぇ。従属官(フラシオン)が……耳障りなんだよ」

 

 従属官。十刃の従者であった破面だ。

 彼女たち三人は、少年の言う通り従属官として、とある十刃に忠誠を誓っていた。

 

 彼女の名はティア・ハリベル。第3十刃(トレス・エスパーダ)であった十刃の紅一点であり、凛然たる佇まいと確固たる実力を有した女傑だ。

 彼女に付き従っていた三人の名は、それぞれエミルー・アパッチ、フランチェスカ・ミラ・ローズ、シィアン・スンスンと言う。

 全員、ハリベルが破面化する以前からの従者だ。故に終生その身を捧げんとする忠誠心は、破面を率いていた藍染ではなくハリベルへと向いており、こうして死神に敗北を喫して尸魂界に送られてからも何とかして彼女の下に戻ろうと流魂街を巡っていた。

 

 その最中に出会った相手が目の前の元破面。

 

 元第6十刃、ルピ・アンテノール。

 一時期十刃から降ろされたグリムジョーの代わりに十刃の座に収まった破面であるが、報告によれば任務中に死神にやられたと聞いていた。

 

 それが今、何故流血沙汰になっているかと言えば、偶然出会った矢先に主のことを侮辱されるような言葉を掛けられたからに尽きる。

 特に元々直情的なアパッチとミラ・ローズが手を出し、そのまま戦闘へと発展してしまった。

 

 仮にも十刃に抜擢された破面と従属官でしかなかった数字持ち。

 今は破面としての力を失った彼らであったが、やはり地力には差があり、今は何とか三人がかりで食い下がっている状況だった。

 

 状況は芳しくはないが、三人組も主を侮辱されて引き下がるようなタマではない。

 服の間からは痛々しい痣が覗くものの、瞳に宿る闘争心は鎮まるどころか、一層猛々しく燃え盛っている。

 

 そのような三人に辟易したようにルピが語る。

 

「あのさァーあ? 逆に聞くけど、君らが僕に勝てると思ってんの?」

「あぁ? 思ってなきゃやり合わねーよ! ハリベル様を侮辱したこと、とことん後悔させてやる!」

「癪だがその通りさね。本人が居ないからって口汚く罵るようなタマ無し男にゃ、あたしらで十分ってことさ」

「恨むなら自身の軽薄な口を恨むんですわね」

「……はんっ。いつまでその余裕が持つかなァ?」

 

 じりじりとぶつかり合う殺気。

 破面だった頃よりも霊力が減った彼らが行う戦闘方法と言えば、直接四肢で殴り合うか、虚閃や虚弾の要領で霊圧を解き放つかのいずれだ。

 幸い即死するような威力は出ないものの、それでも死神の平隊士から見れば苛烈に他ならない激闘が繰り広げられようとしている。

 

 睨み合う両者。

 

 まさに今、僅かでも衝撃を与えれば爆発する火薬のような空気が辺りを覆いつくす。

 誰のものか、ごくりと唾を飲み込む音が響き渡る。

 

 次の瞬間、ルピの姿が消えた。

 目を見張る三人。どこから来るかと拳を硬く握り、身構えた。

 そして、

 

 

 

「―――そぉおいッ!!!」

「おごっ!!?」

 

 

 

 突然、スライディングでルピの高速移動を阻む人物が現れた。

 

「だ、誰だよお前……って、イテテテテッ!!?」

「ワーン! ツー! スリー! フォー!」

「何カウントしてんだあああタタタタタッ!!?」

「ファーイブ! シックス! セブーン!」

 

「「「……」」」

 

 転んだルピに馬乗りとなり、身動きがとれぬよう間接技を極める白亜色の少女。

 突拍子もなく現れた謎の人物により、強引に場が収められてしまった。

 

 三人は茫然としつつ、難なくルピを拘束する少女―――もとい、虚白を凝視する。

 

「……なんだぁ」

「あの小娘……」

「……とりあえず今のところはわたくしたちに向かってこない以上、敵ではなさそうですわね」

 

 白ける空気に気を緩める。

 

 それから程なくしてから追いかけてきたリリネットとクールホーンが合流する訳であるが、元破面が七人も集まれば、場が混沌と化すことは想像に難くないだろう。

 

 しかしこの時はまだ否応なく()()が来るという事実を、彼らはまだ知る由もなかったのである。

 

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