「エミルー・アパッチ」
「フランチェスカ・ミラ・ローズだよ」
「シィアン・スンスンですの」
「……ルピ・アンテノール……って! なんでボクだけ縛られてるのさっ?!」
抗議の声を上げるルピ。
というのも、円を描くように座る面々の中、彼だけが木の幹に鎖で縛りつけられているのだから当然だとも言える。
「だってルピさん、逃げ出そうとするし……」
「逃げ出して然るべきだろ! いきなり襲われたんだからっ!」
「物騒なご時世だね……」
「お前だよっ!」
野山に木霊する小気味いいツッコミはさておき、ニマニマと嬉しそうな顔を浮かべている虚白はクールホーンに確認を取る。
「ねえねえ! この人たちも破面だった人たち?」
「そうね。そっちの女三匹は、あたしにはちょ~~~っと劣るけども見目麗しかったティア・ハリベルっていう十刃の部下共。で、そっちの女男が元十刃」
「へぇ~、なるほどぉ~」
たちまち女性三人から大ブーイングが飛んでくるが、クールホーンは歯牙にもかけない様子で鼻を鳴らす。
具体的には「ンだと、この釜野郎!!」や「ハリベル様とてめえが同じ土俵な訳ねえだろ!!」や「寝言なら死んでから言って下さる?」等々。しかし、クールホーンの美しきダイヤモンドメンタルには一切の傷をつけることは叶わない。
「ルピさんは男なんだ……」
「は? 何に見えんだよ」
「ふーん……」
思うところがあるのか顎を抱えて思案する虚白。
不機嫌なルピを横目に、彼女が死線を映した先は、
「シィアン・スンスンさん……だっけ?」
「はい? 私に何か?」
「スンスンさんって男の人? 女の人? どっち?」
「 」
「「ブフッ!」」
絶句。
普段はハリベルの従属官の中でも平静を崩さぬ佇まいを徹しているスンスンであるが、予想だにしない問いかけに動揺を隠せなかった。
あからさまに狼狽えるスンスン。そして彼女の横で吹き出すアパッチとミラ・ローズ。
「キッ!」
すぐさま同僚二人は視線で黙らせたものの、問題は一つも解決していない。
「ど、どうしてそう思うんです……?」
「え? だって最近破面の人たちって、男か女か分からない人たちばっかりだからさ」
ボーイッシュな見た目のリリネット。
長髪で一人称が「あたし」のクールホーン。
そこへ中性的な外見のルピときたのだ。彼の一人称の“ボク”が自身と一致していたこともあり、虚白は混乱する事態になっていたのである。
だが、スンスンは一向に腑に落ちていない。
「そ……それでも普通は分かるものではなくて?」
「そりゃあボクだっておっぱいがあれば女の人だって分かるんだけど……」
「 」
「「ブフッ!! ぎゃーっはっはっはっは!!」」
白目を向いたスンスンの一方で、笑いをこらえていた二人は堪らず爆笑する。
おっぱいがあれば分かる=分からなかった自分は
そう言われていると同義の言葉を向けられたスンスンは、しばし屈辱の余り失神した後、湧き上がる怒りのままに長い袖に隠れた拳を振り上げた。
「許しませんっ!! 許しませんわ、このおチビィィィィィイイイイ!!!」
「ふぉおおおっ!?」
「やめてやれ、スンスン!! ブフッ!! ガ、ガキの言うことなんだからな、ックク!!」
「そうだぞ、スンスン!! ブッフ!! む、胸がないって言われてもさッハァ!!」
「笑いながら止めるんじゃありません!! 今すぐ放しなさい!! さもないと、この子供諸共絞め殺してやるゥー!!」
ヒステリックに喚き散らすスンスンの怒りは三日三晩続いた―――はずもなく、大体十分程度で静まった。
その間、全力で振りほどこうとしていたスンスンも、途中から本気になって止めていたアパッチとミラ・ローズも肩で息をしながらその場に蹲る。
「醜いわね……どんな罵詈雑言を投げかけられようと、自分に自信を持っていれば心を穏やかに保っていられるものなのよ」
「今回ばかりはホント賛成だよ」
一部始終を目の当たりにしていたクールホーンの呟きに、怯える虚白に縋りつかれているリリネットは呆れたかのようなため息を吐いた。
「……こわっ」
そして縛り付けられていたルピは、逃げ出せない状況も相まってか、女という性の恐ろしい一面を垣間見て震えあがっていた。
と、意図せずしてスンスンに敵対視されるはめになった虚白であったが、こうして彼女が場を収めた理由は別にある。
「それでさ! スタークさんって人捜してるんだけど知らない?」
「スターク? それって
「生憎見かけてないね。こっちもこっちでハリベル様を捜してるんだけど、元破面に会ったのはあんたらが最初さ」
「会っていたとしても教えませんがねっ」
フンッ! とスンスンがそっぽを向く。
しかし、手掛かりは得られていない互いに同じ。
東西南北にそれぞれ80地区存在する流魂街。単純計算で320の地区から一人を探し出すなど気が遠くなるような話だ。加えて、相手方が動いていないとも限らないのだから、行き違うことも十分にあり得る。
「そっかぁ。じゃあ一緒に探そ!」
『は?』
「ボクもハリベルさんって人に会ってみたいし! ね? いいでしょ」
許可を求める相手はリリネットとクールホーンの二人。
共に「別にいいけど」や「あたしは構わないわよ」と了承したため、許諾を得られた虚白は満面の笑みで三人を捜索隊に迎え入れようとする。
対してアパッチとミラ・ローズは特段拒絶の態度はとらないが、依然スンスンだけは難色を示すように顔を顰めた。だが、認めたくはないものの一蓮托生な仲である三人の内、自分以外が付いて行くならば行かざるを得まい。
「くっ。……言葉にはお気をつけなさい」
「う、うん」
烈火のごとく怒り狂ったスンスンを見たからこそ、柄にもなく怯えて頷く虚白。
何にせよ、晴れて破面捜索隊が三人から倍の六人へと増えたのだ。これをめでたいと言わず何と言う。
「ふっふっふー! じゃあ、もちろんルピさんも……」
「ボク? 行く訳ないじゃん」
「えぇーッ!?」
「
「……あ、道理」
「納得するなら外せよっ! 今すぐだ!」
暴れて鎖を鳴らすルピが叫ぶが、見るからに同行する意向は見て取れない。
だからと言って言葉通り鎖を外せば、すぐにでも遥か彼方へ逃げ出しそうな雰囲気を感じる。
「どうすんの、虚白? 本人が嫌って言ってんなら無理に連れてく必要もないと思うんだけどさ……」
「ヤダヤダヤダヤダ! 連~れ~て~い~き~た~い~!」
「駄々っ子か」
「ボクの意見はガン無視かよ」
ケッ! と吐き捨てるルピには同情の視線が集められる。
そもそも多くの破面の意識として近いのがルピだ。破面に至る前―――虚として過ごしてきた間に根付いた弱肉強食の感覚は、整の魂魄となった今でも拭い去れるものではない。
生前大罪を犯した魂は地獄へと堕とされるが、虚圏こそ地獄に等しい世界であった。
満たされぬ乾きと空腹に呻きながら、餓鬼や畜生とも取れる修羅が跋扈する世界こそが虚圏。
例え人らしい姿を取り、圧倒的強者の暈の下、一つの社会集団を築き上げるに至っても、その本質に変わりはない。
いつ強者の気まぐれで殺されるかも分からない。
いつ弱者が牙を剥いて下克上を働くかも分からない。
非日常を日常として平然と受け止めるには、それだけ狂わなければ―――
彼もまた、そんな非日常を生きた当事者でもあり、犠牲者の一人。
だからこそ、目の前の少女が馬鹿馬鹿しく見えていた。
「君も破面? 見たことないけど」
「ん? ん~、多分そう」
「はんっ! 常識もない上に記憶もないなんてホントかわいそうな奴。だったら教えてやるよ。
彼の言葉に虚白が眉を顰める。
他の面々も思うところがあったのだろうが、彼女ほど表情に出ていない。虚圏時代を覚えているからこそ、ルピの言葉には共感さえ覚えていたのだ。
「それが今更仲良しこよしなんかして何になるってんだよ。ボクらが藍染様に付いてったのはあの人が強かったからさ」
「アイ……ゼン……?」
刹那、頭痛を覚える。
しかし、ルピの言葉が続くことから頭を押さえるようにし、痛みを我慢した。
「そう、あの人の庇護の暈に入られれば安寧の日々を得られる……なーんて思ってさ、最初の頃は。でも、虚夜宮もコロニーと大差なんてないよ。結局は外からの敵にやられないよーにっていう利害関係。とどのつまり、損得云々で繋がってた連中さ。だから、虚じゃなくなって死神に狙われないし、虚圏みたいにアブないトコに居る訳でもないし、集まる理由なんてない訳。わかる?」
「うーん……長くてわからない」
「はぁ……体が小さい分、頭も可哀そうな出来みたいだね」
長々と講釈を垂れた結果、まったく理解していない顔を見せつけられれば悪態を吐きたくもなる。
そこで「つまりさ」と前置きを置いた彼は、険しい眼差しを全員へと向けた。
「今更集まって仲良くやろうなんて、疵物同士の惨めな馴れ合いにしか見えないんだよ。ボクはそんなの御免だね」
「!」
はっきりとした物言いに、流石の虚白も瞠目した。
微動だにせず直立する彼女は、横から声をかけるリリネットにも反応せず、しばしの間石造の如き佇まいを変えなかったが、
「……ッ」
突如プルプルと震えだすや、黄金色の瞳を潤ませ始めたではないか。
決壊する寸前で何とか持ちこたえる彼女であるが、このまま泣き出すには、そう時間もかからないだろう。
彼女が泣きそうになるとはよっぽどの事態だ。と、途端に慌てふためくリリネットは「真に受けんなよ!」と背中を摩る。片や、クールホーンもクールホーンで「言い方ってあるわよねぇ……」と非難する眼差しを向け、残る三人もヒソヒソと話し始めた。
「……なんだよ、これじゃボクが悪者みたいじゃん」
「たとえ正論でもね、思いやりのない言葉は人を傷つけるものなのよ。言葉のチョイスもエレガントさを求めなくちゃ」
「そのチビが我儘なのがイケないんだろ! ボクをこんな目に遭わせてさ!」
「まあ、一理あるけ・ど・も……女の子は花のように手厚く扱ってあげなくちゃネ♪ オホホホホホ!」
「クソッ、この女グループめ……って、一人オカマ混じってるじゃないか!!」
「誰がオカマよ!!」
ルピのノリツッコミを経て、歯をむき出しにする二名。
並みの女性よりも美意識の高いクールホーンと女顔のルピが並ぶ絵面は中々に面白い。ある意味、非情な現実を見せつけられているような気分に浸れる。
そうこうしているうちに涙を引っ込めた虚白は、シュンと肩を落としながらも口を開く。
「うん、わかったよ……嫌な人を無理やり引き込むのは駄目だよね」
「やっとわかったのか。じゃあ早いところコレ解いてよ」
「ううん! これから親睦会開くから、それでも嫌ならっていう方針にしてくれると嬉しいな!」
「お前。おい、お前。また泣かされたいのかお前」
なんと、ルピを勧誘するべく親睦会が提案された。
だが、リリネットは疑問を顔に浮かべている。
「でもよ、親睦会って具体的に何やんのさ」
「ご飯を作って食べる!」
「あら、シンプルでいいんじゃないかしら」
破面時代はスカウトされて虚夜宮に来ても、現世で想像するようなレクリエーションの類は一切行われなかった。
当然と言われれば当然でもあるが、いざやるとなれば人並みに好奇心が湧いてくるものだ。
「メシか。まあ、ちょうどいいな。適当に見繕うぜ」
「なにいっちょ前にやる気だしてんだい、アパッチ。あんた、料理なんか作れないだろ」
「はぁ!? 作れるに決まってんだろ、舐めんじゃねえぞメスゴリラ!」
「あんたの場合いいとこ丸焼きだろうが、この山猿!」
「貴方たちの食事は心底どうでもよろしいけれど、食べられない物を拾ってくるのだけはやめてくださらない?」
「「んだと、スンスンてめえ!」」
料理の心得がなさそうな二人にスンスンが毒を吐くが、真相は実際に見てみなければ分からないところだ。
と、意外と三人も乗り気になっている中、やはり乗り気でないのは―――そもそも乗れる状況ではないルピが眉を顰めた。
「あのさ、まさかボクも巻き込む気……?」
「ううん! ルピさんにはボクたちが真心こめて作った手料理をごちそうするよ!」
「それを“巻き込む”って言うんだ! あー、ヤダヤダ! 今日一の罰ゲーム! 帰りたい! 今すぐに帰りたいッ!」
ともすれば今日出会ってからルピは一番の抵抗を見せる。
「え、そんなに嫌……? だって女の子の手料理だよ?」
「TPO! 言っておくけど女の手料理なんて味の評価になんの付加価値もないからな!? そもそもキッチンと道具は!?」
「現地調達」
「現地調達するもんじゃないだろ! うわッ、今から気持ち悪くなってきた! 絶対変なの出てくる! 食い物と呼べない代物が!」
訪れるであろう惨状を想像し喚き散らすルピであったが、それが女たち(?)の反骨心に火をつけた。
「おい……さっきから好き勝手言いやがって」
「随分低く見られたもんだね」
「こちらのお二人はいいとして、私まで料理の才がないと見られるのは心外ですわ」
「こちとら伊達に野宿やってないんだぞ!」
「そうよ……あたしたちの創意工夫にあれた美食の数々を食べられるなんて、寧ろ貴方は幸せものよ。どうせこれからあんたに女の手料理を食べる機会なんてないんだからごちそうになっていきなさい」
「一人オカマが混じってるだろうが!!!」
絶叫が山に木霊する。
が、前へ躍り出る虚白があっけらかんと告げる。
「でも、少なくともボクとリリネット含めた三人の中じゃクールホーンさんが一番料理上手いと思うよ?」
「ちくしょー!!!」
無駄に溢れる女子力が張りぼてであることを願いたかったが、現実とはどうも思い通りにならぬものだ。
全てを悟り、ここまでの暴れようが嘘のように静まり返るルピ。
ぐったりと項垂れる彼は、気合いを入れる面々に死にそうな声音で紡ぐ。
「せめて……せめて真面な食い物を使うんだろ……?」
「ルピさんの態度次第なトコもあるよね」
「親睦会の意味! 明らかにイジメだろ! ふざけッ……いや、分かった! 美味しい料理を期待するからホント頼むよ! 一生のお願い! 命だけは勘弁!」
命に頓着というよりは、死因が女の手料理になるのが嫌なだけだった。
そんな訳で、平静を取り繕う余裕がなくなってきた男が懇願するが、その姿は余りにも情けない。だがしかし、世の男性陣は想像みてほしい。彼と同じ状況になれば、こうならざるを得ないはずだ。料理の経験があるかどうかも疑わしい者が、一切の調理器具や環境がない場所で手料理を作ろうとしているのだから。
「さぁーて、そうと決まったら皆で料理を作ろう! それじゃあまずは食材探しから!」
「……ホントに大丈夫かよ」
疲れた顔を浮かべるルピは、心底不安な面持ちを浮かべるのだった。
***
何故人は食事をするのか?
第一には生命維持に必要なエネルギーや栄養を摂取するため。第二には味を楽しむ―――つまり、娯楽としての一面も兼ね備えているからだろう。
しかし、尸魂界に生きる魂魄の大部分は食事を必要としない。水さえあれば事足りる。
ルピは今日ほど霊力がなければ良かったと願った日はなかった。
その理由は、今まさに目の前に鎮座している。
「……んぐふっ!?」
頬を引きつらせ、立ち昇る臭いに呻くルピ。
鼻を摘まもうにも、今尚鎖で雁字搦めにされている今は摘まめない。残る嗅覚を止める手段と言えば、鼻での呼吸を止めるぐらいしかなかった。
何故それが必要なのか問われれば、それはとても素晴らしい薫香が嗅ぐに堪えなかったからに他ならない。
「帰ってもいい?」
「ルピさんにはこれから実食してもらいますッ!」
「ぃ
半ば錯乱して鎖を振りほどかんとするルピであるが、それで抜け出せれば今の今まで捕まってはいない。最早彼が女性陣の手料理を食べる運命は避けられないだろう。
と、取り乱すルピに呆れた眼差しを向けるクールホーンが前へ出た。
「無様ね……そもそも破面の頃は食用霊蟲も食べたんだし、味がどうのこうのなんて気にしてないでしょ。でも貴方はラッキーねっ。あたしお手製の美食を味わえるんだものッ♪」
ドンッ! と目の前に置かれる大皿。
そこに盛り付けられていたのは、色とりどりな……、
「……なんだコレ?」
「『マウンテンサラダ☆ ~山椒の風を添えて~』……どう? やっぱり料理は見た目も鮮やかでなくっちゃ! そう、本物の美食っていうのは目と鼻と舌で味わうものなのよ……」
「お前の美食観の方は聞いてないんだよ」
あくまで知りたいのは使った食材だ。
少なくとも山椒が入っていることは分かるが、後はさっぱりである。
ここで料理をじろじろと眺めていた虚白が声を上げた。
「あー、山菜だ。お、湯通ししてある」
火を通さぬ食べ物で痛い目を見たのは一度や二度の経験ではない。
それを踏まえ、サラダと言えどしっかり火を通してある山菜の数々は、シャキシャキとした食感を残している。
塩気がなく味にインパクトがない部分が残念ではあるものの、限られた状況の中で作ったにしてはそれなりの出来である。
「はい、ア~ン♡」
「なんでボクがアーンされなきゃブッ!?」
クールホーンに手づかみでサラダを口に運ばれるルピ。
そのまま咀嚼して数秒。何とも言われぬ微妙な顔を浮かべる彼は、何とか口の中のものを嚥下した。
「うん……素材の味。以上」
「なによ! あんた、食レポやる気あるの!? もっと美味しいとかなんとか言ってみなさいよ! その味蕾は飾り!?」
「知るか!! さっきのお前の言葉をそっくりそのまま返してやるよ!! 破面に食レポなんて期待するな!!」
良くも悪くも素材の味しかしない
だが、問題はここからだ。
虚白曰く、それでも料理の腕がある方のクールホーンがあの様だ。
では、他の面々が作る料理はどのようにえげつない代物に仕上がっているのか? 想像するだけで背筋が凍るような思いだ。
「それじゃあ次は
したり顔を浮かべるアパッチ。
口にした通り、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの三人は共同で一つの料理を作り上げた。
それが吉と出るか凶と出るか―――結果は一目瞭然。
「……で、このドブは何?」
「ドブとはなんだ、てめェ! 手塩にかけた料理を!」
ルピが指さすのはどこからか拾ってきた鍋でグツグツと煮えたぎっている謎の汁。
泥に似た色合いであり、鍋底から沸き上がる
「なんか骨も見えるんだけど」
「出汁が出ると思って肉と一緒に骨も入れましたの」
「そっか、要らない英断だったね」
あっけらかんと言い放つスンスンにルピの瞳が濁る。さながら、灰汁すらも取り除かれていない目の前の鍋のようだった。
そして、バツが悪そうにしているミラ・ローズの方へ視線が向けられた。
「……いつもなら当番一人が作るから、大それた失敗なんかしなかったさ。でも、いざ三人一緒に作るとなったら色々と……な」
「ふざけんな! 絶対にこれが“大それた失敗”ってやつだろ! おい、目を逸らすな! お前たちが作り出したものからな! 端的に言って
もしくは地獄だ。
息巻いていたアパッチも、悪びれる振りもなかったスンスンでさえも、今は頬に一筋の汗を流している。作った当人でさえも失敗は自覚しているようだった。
しかし、構わず竹を半分に割った容器に汲み取った虚白が、ルピの口元へ運ぼうとする。
「はい、ルピさん。ア~ン」
「いや、これは食べたら死―――ヌグブッ!?」
「どんな味?」
「汚泥」
「わぁ~お」
だからと言って彼自身汚泥の実食経験がある訳ではないが、例えに出した以上酷い有様であるには違いない。
ルピも咀嚼はしてみたものの、取り除かれぬ灰汁やらなんやらのえぐみで飲み込める気がしないと言わんばかりの面持ちだ。
「ヴッ!?」
―――少々お待ちください。
ルピのコンディションが整った(?)ところで、続いてはこの少女。
「それじゃあボクが行ってみよっか!」
「ぶっちゃけ君が一番嫌なんだよ……」
「だーいじょぶだーって! 結局ボクらも食べるものだしさ!」
「……で、なにコレ?」
「焼肉!」
そう言って虚白が差し出したのは、熾された焚き火に置かれた石の上に黒い物体が何枚も並べられている料理と呼ぶのも疑わしい代物であった。
「知ってる? 炭は肉って呼ばないんだよ」
「いやー、ここまで持ってくる間にこんがり焼けちゃって……」
「こんがりってレベルじゃねーぞッ!」
「ほら、使ったお肉は猪だから炭の消臭効果で獣臭さを抜くって意味でさ」
「聞いたことねーよ! 臭いの処理に食材そのものを炭にするって!」
「まあまあ、ほら」
「んぐゥっ!?」
手づかみの肉であった物体が、ルピの口腔へ突っ込まれる。
大分焦げているためか、食感もへったくれもないじゃりじゃりとした歯触りだ。
「……これでもさっきのよりマシだってのが腑に落ちないんだよなァ」
「いぇーい☆」
「ア・ごめーん、知ってる? 0点も29点も赤点には変わりないんだよ」
「そんなッ!!」
ただ、味の感想としては先ほどの汚泥よりマシという程度。
とてもではないが食べられたものではない。
「そっかァ……じゃあ、折角手に入れた猪肉はどうすれば……」
「それを改めて焼けばいいだろうが!! この惨状になった原因はあからさまに焼き過ぎが問題だろ!! お前さてはバカだな!!?」
そう、おバカである。
だからこそ普段はリリネットとクールホーンがサポートに入る訳なのだが、今回は一人で作った場合にはこのようになるという一例を示す結果となった。
だが、幸いにも余った猪肉があったようだ。
今の焦げ肉が待ち時間の問題だとすれば、新たに生肉から焼けば十分に食べられるはずである。
しかし、何故そちらを先に寄越さない―――ルピは腹の底から声を絞り出し、血反吐を吐かん勢いで叫び倒した。
と、ここまでいろいろありはしたが、ついにトリであるリリネットまで順番が回って来た。
「もういい……早く楽にしてくれ」
「つっても、あたしそもそも料理作ってないんだけど……」
「は……?」
何を言っているんだお前、という視線がリリネットを射抜く。
すると大慌てで彼女は訂正を入れた。
「いやいや! 奇ィてらってないって意味に決まってんじゃん! ほら!」
「こ、これは……!」
ルピの前で風呂敷代わりの巨大な葉っぱが広げられれば、中に納まっていたいくつもの柿やアケビといった食べ物が転がり出てくる。
「なんかさ、皆随分と気合い入れてるからあたしはデザートでも用意しようかなって……」
「本当に良かった……! また変なのが出てこようものなら、自分で舌を噛み切ってやろうかと……!」
「味覚を捨てる程かよ」
実際、料理と呼ぶのも烏滸がましい代物を立て続けに食べさせられて、精神に異常を来し始めていた感は拭えない。
だからこそルピの目には、最後の最後で出てきた普通の食べ物が、眩い程に光り輝いて見えていた。
早速ルピは、口直しと言わんばかりに頬張る。
するとみるみるうちに彼の瞳から澱みが消えていく。まさしく失っていた生気を取り戻す瞬間だった。
思わず「お~」と感心した声を漏らす虚白であったが、他人の目など気にしないルピは一心不乱に柿を貪る。
「あぁ、普通の味!」
「ねえねえ、ルピさん。“普通”って味の感想としてどうなの?」
「それは普通以上のクオリティを作った人間にだけ許される言葉なんだよ。分かる?」
ルピは半ギレだった。
しかしながら、真面な食い物にありつけたからか、比較的気分は落ち着いてきたようだ。
深々とため息を吐く様子から並々ならぬ疲労が読み取れるが、そのようなルピの気分を盛り上げんと溌剌とした声音を虚白が発する。
「どうだった!? 一緒に来る気になってくれた?」
「絶対行かない」
「えー、そんなー!」
「逆にどうして
「頑張ったのに……」
「知ってるぅ? 無能な働き者が一番性質悪いって」
結局、ルピの心を射止めることは叶わなかった。
料理と呼べない廃棄物同然の代物を食べさせた以上、当然と言われれば当然と言えるかもしれないが、それでも仲間に引き入れたい一心であくせく働いた虚白としてはショックが大きかったらしい。
シュンと肩を落とす彼女は、寂しそうな顔を浮かべながらリリネットの服の裾を掴む。
そうした様子を前に見るに堪えなくなったリリネットはと言えば、虚白の肩に手を置き、優しい声音で諭し始めた。
「仕方ないって。誰もかれも一緒に居るのが好きな輩な訳じゃないんだからさ」
「そうなの……?」
「そういうもんだって」
捨てられた子猫に似た上目遣いで訪ねる虚白に、リリネットはキュウと胸が締め付けられる感覚を覚えた。
(やっぱ、記憶がないなりの悩みとかあんのかねぇ……)
普段ならば生前の記憶を失っている事実を忘れさせる姿を見せる少女だが、彼女なりに抱えている悩みがあるのではなかろうか? リリネットはそう勘繰った。
見知らぬ土地に放り出され、孤独に苛まれていたのは自分と同じだろう。
しかしながら、自分と虚白では孤独の種類が違う。
本来の自分を忘れ、寄る辺とする思い出すら一つ残らず喪失した。
それは彼女の胸―――否、心に虚の孔とも違う孔をぽっかりと穿っている。
彼女が欲するのは存在証明だ。虚白という存在を他人に認めてほしい。その一心がこうして仲間を求める思考回路に繋がっていた。
「うぅ……」
寂しさを拭えない面持ちを湛える虚白は、やおらルピを縛っていた鎖を解く。
「やっとか……」と腰を上げるルピ。グゥーッと伸びをすれば、凝り固まった間接からバキバキと音が鳴る。
「それじゃあボクはお暇させてもらうよ」
「待って!」
「なんだよ。まだ何かあるの?」
立ち去ろうとするや呼び止める少女にいら立ちを隠さないルピであったが、律儀に足を止めて振り返る。
「そろそろ寝たいんだけど」
「寝床探してるのはボクらも一緒だよ! じゃあ、ここから一番近い地区まで行こうよ!」
「なんでわざわざ……」
「ホントのホントに一緒に居たいから!」
乾いた野山の空気に、声が澄み渡った。
素で他人を虚仮にする言動が見られる虚白であるが、この時ばかりは一点の曇りのない本心を吐き出した。
確かに自分が仲間を求めるのは、失った記憶の穴埋めをしたいが為かもしれない。それでも今感じる想いは嘘ではない―――虚白はそのような確信があった。
ルピは、黄金色の瞳が真っすぐ自分を射抜いてくる感覚を受け、辟易するようなため息を一つ零す。
「……はぁ。付いてくるのは勝手だけどさ、君ら相手にするの疲れるから、絶対話しかけてこないでよね」
「ルピさん……フリ?」
「皆まで言わなきゃダメか、お前。ボクの鉄拳が飛ぶぞ」
袖越しに指の関節を鳴らすルピ。
一方で、ねめつけるような視線が突き刺さる虚白はさほど威圧された様子も見せず、からりと笑うのみ。
「そっか! それじゃあ道中よろしくね!」
「よろしくしたくないんだよ! それに」
「喋りかけなきゃいいんでしょ? ……ッ」
「隣でうずうずするなァ!!」
とても友好的になれそうな雰囲気ではないが、それでも次なる地区へと向かう足並みは揃えられている。
こうして、強引に付いていく形で7人の集団となった元破面たちは、当初の目標に加え、ティア・ハリベルとの合流も当面の目標とし、新天地を目指すのだった。
「ねえ、ルピさん。話しかけていい?」
「それがもう話しかけてるだろ!!」
「うぅ……分かったよ。話しかけない話しかけない話しかけない……」
「自分で言うのもなんだけどさ、キミってボク以上に人を苛立たせる才能あるよね」
「え? 普通に接してるつもりなんだけどなァ……」
「天然なら尚更悪質だろうが」
……まだまだ先は長い。
***
肌身を焦がさんばかりの熱気が火釜から立ち昇る。
気を紛らわそうと辺りを見渡したところで目に映るのは幾千にも連なって並ぶ墓、墓、墓―――このままでは、いつか自分もあの墓のいずれかに入るのではないかと男は考えた。
が、弱気になった自分を振り払うかの如く頭を振るう。
これこそ何度目か分からぬ所作であるが、ただただジッとしているだけでは孤独で気が狂いそうになっていた。
囚われの身になってから幾星霜。実際にどれだけの期間が流れたか知らないものの、果てしなく長い時の流れを体感するほどの場に彼は居た。
気が狂いそうになったのは一度や二度の話ではない。
しかし、彼が必死に生に縋りついている理由は唯一つ。
「リリ……ネット……」
自身の片割れ。
一度自分が尸魂界に送られた以上、彼女もまた尸魂界に居る可能性は極めて高い。
だが、自分は囚われてしまった。“咎人”と名乗る得体の知れない者共に。
迂闊だった己を呪おうにも今更だ。
助けを求めようとも絶望的。一体どうすればいいものか―――そう考えていた男の前に、一人の咎人が降り立った。
「中々持ちこたえているな」
「……アンタは……」
「いいぜ、そうこなくっちゃ面白くない……だがよ、地獄の瘴気は本能を呼び起こす」
「ぐっ……!?」
途端に男は苦しみ出す。
息も荒々しくなったかと思えば、血反吐のように白い粘性の液体が口から溢れ出たではないか。
だがしかし、なんとか堪える。己を飲み込まんとする暴虐の本能を抑え込んだ男は、柄にもなく明確な敵意を孕んだ眼差しを、目の前の人間に向けた。
「アンタの狙いは……一体なんだい……?」
「クククッ……いいだろう、教えといてやるよ。ただし……」
「―――うぐっ!?」
いったんは抑え込んだ本能が暴れ出し、男は苦悶の声を上げる。
その様子を悦しそうに眺める咎人は、クツクツとした笑い声を上げながら、必死に堪えている男を見下ろした。
「てめえのツレを地獄に引きずり込んでからだ」
「どういう……意味だ……!? アンタはリリネットをどうするつもりだ……!?」
「さぁな? でも感動の再会といきたいなら、精々本能に飲まれないよう気をつけとけよ? さもないと……出会った途端にツレを殺しかねねえからな!!! ハーッハッハッハッハッハ!!!」
「ッ……!!」
狂ったように嗤う、嗤う、嗤う。
そのような咎人の言葉を受け、怒りに身を任せ立ち上がろうとする男であったが、頭の天辺から爪先までをも支配せんと浸食する本能の勢いが増し、瞬く間に崩れ落ちてしまった。
一部始終を眺めていた咎人は満足そうな面持ちを浮かべ、踵を返す。
「それじゃあまたな」
苦しむ男を前にしているとは思えない剽軽な物言いをする咎人は、一瞬のうちに姿を消した。
彼が居なくなっても尚、男の内で暴れる本能は収まることを知らない。
「リリ……ネット……!」
しかし、今はまだ呑まれる訳にはいかない。
―――すべては
歯を食いしばるスタークは、たった一人、終わりの見えない孤独な戦いに臨んでいるのだった。
作中に登場する独自の用語や設定画を閲覧するなら?
-
後書き
-
活動報告