虚白の太陽   作:柴猫侍

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*9 花火と残り火

 

 西流魂街第1地区“潤林安”。

 瀞霊廷に近いほど治安がいいとされる流魂街において、目と鼻の先に佇む潤林安はまさしく平穏であった。

 数か月前に“旅禍”が墜落してきた事件でこそあったが、明確な被害こそはついぞ受けてはいない。それもこれも、全ては西流魂街と瀞霊廷とを繋ぐ「白道門」が門番である兕丹坊(じだんぼう)が居るからと言っても過言ではないだろう。

 

「おじさんおっきいねェ~。何食べたらそんなに大きくなれるの?」

「大ぎぐなる秘訣だか? そりゃあオメエ、早寝早起き朝ごはんだ。オラは門番になる前から一度も欠かしたことはないべ」

「へぇ~! それじゃあボクも真似して大きくならなきゃ!」

「んだんだ。成長期なんだがら、しっがりメシは食わねえとな。これも何かの縁だべ。後でメシ奢ってやるど」

「ホント!? やったぁ~!」

 

 と、今まさに虚白が兕丹坊と談笑していた。

 巡り巡って瀞霊廷の目の前までやって来た一行。本来であれば、藍染一派が侵攻する対象の一つであった瀞霊廷であるが、護廷十三隊と黒崎一護の尽力によって、今日も何事もない日々が送られている。

 現在は瀞霊廷の周囲を壁が囲っているため、中を窺うことはできない。殺気石で造られる壁からは、霊子でできた物体を塵に還す波動が放たれていることから、用意に侵入することは叶わない。例え通るとするならば、門から入るか、黒腔(ガルガンダ)を通るといった手段を用いねばならないだろう。

 

 もっとも、今の虚白たちにとって瀞霊廷の中に用事はないが。

 

「それにしても、あのおじさん気前いいね! 好きなだけ食べてけってさ」

 

 そういうこともあり、兕丹坊の奢りで潤林安の食事処へと集った面々。

 基本的に狩猟や採集で得た食材を食べてきた彼らにとっては、きちんとした場所で食事を摂ること事態が久方ぶりであった。

 

「もぐもぐッ! はぐはぐ!」

「ちょっと、がっつき過ぎよ。はしたないわ~。あたしの作法を見習いなさい」

「うっさい! 別に食い方でどうもこうも……」

 

 クールホーンに指摘されて面を上げたリリネットだが、自分らに集まる視線に気が付いた。

 傍から見て色物集団である彼らは、代わり映えしない日々を送る流魂街の住人にとって興味が向く対象に他ならない。好奇心のままに集まって来た住民が窓から覗く他、元々席に着いて食事していた人が虚白たちのテーブルに視線を向けている。

 そうした視線にさらされたリリネットは、若干の居心地の悪さを覚えたかのように肩をすくめた。

 

 しかし、彼女以外は色々と肝が据わった面子だ。

 クールホーンは晒される視線に快感を覚え、ルピは一切関心を向けずに料理を口に運ぶ。

 観衆に反応していたのはアパッチとミラ・ローズだ。「見世物じゃねえぞ」と言わんばかりにガンと霊圧を飛ばす彼女に、集まっていた観衆が蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。

 

「嫌ですわぁ、これだから野蛮人は……ズズズッ」

 

 茶を啜って一服するスンスン。湯呑を仰ぐ彼女の姿は、アオザイ風の白装束と相まって絵になる。

 

「それじゃあ、成果報告!!」

 

 しばらく真面な食事に無言で全員が舌鼓を打っていたが、食べ終える頃合いを見計らって溌剌とした声が上がる。

 成果報告―――つまり、スタークとハリベルの所在について、またはそのほかの情報を得られたか否かだ。

 

「まずはボクから! ……兕丹坊さんにご飯を奢ってもらえました!」

「よーし、次ィ!」

 

 虚白、収穫ゼロ。ある意味最重要問題である食事を奢ってもらえた成果こそあるが、二人の所在に直結するものでないのは火を見るよりも明らか。

 という訳で、虚白に代わってリリネットが司会・進行を務める。

 

「とりあえず、あたしが聞いた情報じゃあ尸魂界に来た魂魄は、適当にあっちゃこっちゃの地区に振り分けられるってことかな」

「補足よ。地区はそれぞれ東西南北に80あるらしいわ。数字が大きいほど治安が悪いらしいけど……なるほどね、だからあたしが居た地区じゃあケダモノのような視線を浴びせられていた訳よ」

「ア・ごめーん。何言ってるか理解できないや」

 

 リリネットに続き、補足を入れたクールホーンであったが、ルピに呆れた視線を浴びせられることとなる。

 すると、そこで虚白が彼に問う。

 

「で、ルピさんは?」

「は? ボクはなんもないよ?」

「ッ……!!」

「愕然とした顔浮かべたところでないものはないよ。そもそも、キミらが勝手に付いてきてるだけだろ」

 

 真面目に聞き込みをしていた面々に対し、自分にはその義理がないとルピが訴える。

 がくりと肩を落とす虚白だったが、すぐさま気を取り直し、残り三人へ意識を移した。

 

「アパッチさん! なんかない?」

「ハリベル様は居ねーってよ。ったく、死神の本拠地に近けりゃ情報集まってると思ったのが大間違いだったぜ」

「あんたが言い出した案みたいに言うんじゃないよ……まったく」

「なんだと、ミラ・ローズ!? そういうてめえはなんか聞けたのかよ!」

「それとこれとは別問題だろうが、あぁ!?」

 

 ガツン! と頭突きし合った音が室内に木霊する。大分鈍い音だ。直視していた虚白は「たんこぶできちゃうよ……」と恐れおののいているが、聞き慣れたスンスンに至っては澄ました顔で平然と話し始める。

 

「私も直接的な情報を得られた訳じゃありませんが、色々とお話は聞けましたわ」

「凄い、スンスンさん!」

「私が凄いんじゃなくってよ。そっちのお猿さんたちの程度が低いだけですの」

 

 平常運転の毒舌を放つスンスンであったが、幸いにも続いていた口論に掻き消されて本人の耳には入らなかったようだ。

 幸か不幸かはさておき、スンスンは淡々と話を始める。

 

「霊力のある魂魄は飢えに苛まれる……となれば、霊力のある魂魄が向かう場所は自ずと限られます」

「確かに! それじゃあ……死神になりに瀞霊廷に?」

「私も考えましたが、どうにも死神になる試験の時期じゃないようで。まあ、ハリベル様ほどのお力があれば試験など必要がないでしょうが……ともかく、安定的に食料を得られる地区について聞き出してきましたわ」

 

 死神になるためには、養成施設である真央霊術院に入学しなければならない。

 筆記試験もあるが、基本的に霊力が物を言う試験内容だ。元十刃の霊力があれば入学は容易い。

 しかし、試験の時期でないとあれば二人が死神に―――もとい、瀞霊廷の中に居る可能性は限りなく低いだろう。

 

 となれば、流魂街内で安定的な食糧自給を見込める場所に居を構える方が、霊力を持った魂魄としては利に適っているはずだ。

 スタークもハリベルも聡明な人物である。ここに集う面々とは違い、仲間を捜索するにもしっかりとした生活基盤を整えようと考えているのかもしれない。

 

「なるほどなぁ。んで、どこか早く教えろよスンスン」

「急かさない! ざっくばらんに言えば三種類……商店街がある地区、繁華街がある地区、そして……」

 

 そこでなぜか躊躇するように目を伏せるスンスン。

 特に長年連れ添ったアパッチとミラ・ローズは彼女の異変に気が付き、不穏な気配を察する。

 

「どうしたんだい。言ってくれなきゃ何も始まんないんだよ」

「癪だが、ミラ・ローズの言う通りだ。言いにくい場所にハリベル様が居るなら、それこそ早く居場所を突き止めなきゃならねーだろっ!」

「……覚悟はおありで?」

「「当然だッ!!」」

 

 拳を握り、スンスンの方へと身を乗り出す二人。

 こうして腹を決めた彼女たちの様子にスンスンも腹を決める。茶を啜り、喉を潤した彼女は神妙な面持ちで最後の手掛かりとなる地区を告げる。

 

「花街がある地区……です」

「「……は?」」

 

 刹那、カァァア! と顔を赤らめてそっぽを向くスンスン。

 目の前で聞いた二人も思わず硬直してしまう内容であったが、二名ほど理解できていない人間が出てきた。

 

「花街って……なんだ?」

「ねえねえ、クールホーンさん。花街ってなあに?」

「お子ちゃまはまだ知らなくていいの」

「は!? 子供だと思って舐めんなよ!」

「そーだそーだ! 子供の知る権利を守れェー!」

「虚白ちゃん、それ自分がお子ちゃまって言ってるようなものよ」

 

 自分だけ教えてもらえないことを不服に思い、騒ぎ立てる。

 そうしたブーイングの嵐を受け、答えたのはクールホーンではなく―――。

 

「要するに、女と遊べる地域のことでしょ?」

「女と遊べる……って?」

「そのまんまの意味さ。芸者遊びするなり、遊女に色んなことしてもらうなり出来るの」

「???」

「分からないなら、後は自分で調べてよ」

 

 文字通り、最後はお茶を濁すように締めくくって、ルピは茶を啜る。

 その頃、ちょうど放心状態だったアパッチとミラ・ローズが我に返るや、スンスンに詰め寄っていく。

 

「ハ、ハリベル様がそんな場所で働いてる訳ねーだろうがッ!!」

「そうだよスンスン!! いくらなんでもそんな場所を候補にあげるんじゃないよっ!!」

「聞きたいと言ったのは貴方たちでしょうに!! 私だってハリベル様が下半身に脳みそがあるような雄共に媚びを売るような生業に手を染めているなんて、想像するだけで鳥肌が立ちますわ!! しかし……!!」

 

 歯噛みする三人の脳裏に過るのは主の容姿。

 

 金髪碧眼に褐色肌。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるワガママボディ。

 水も滴るイイ女と言わんばかりに端正な顔立ちは、破面時代こそ仮面の名残で隠されていたが、(プラス)となった今では怜悧な美貌を覆い隠すものが何一つない。

 

 そのような彼女が、芸者や遊女が切るような女々しい華やかな着物を纏い、絢爛な彩りを放つ番傘を携え、往来の真ん中を歩む姿を想像してみる。

 悠然たる歩みは何者にも止められず、万人の視線が彼女に奪われるのだ。

 そして、

 

 

 

『ようこそ……おいでくんなまし』

 

 

 

(((見てみたい……ッ!!!)))

 

 三人娘は(ケダモノ)だった。

 死神との戦争という大義の下、刃を振りかざしていたこれまでに対し、今は大義もへったくれもない自由の身だ。

 ならば、主君のあんな姿やこんな姿を想像してみてもいいではないか。

 中心(ココロ)が孔に戻った今、三人の胸の内で渦巻くのは、女という(さが)が生み出すお洒落心であった。

 

 きっと着物だろうが制服だろうが洋服だろうが水着だろうが何でも似合うはず―――だってハリベル様だもの。

 

 苛烈なまでの忠誠心は、打って変わって女子高生染みた憧憬へと移り変わってしまっている。

 マジ無理尊過ぎて辛い―――彼女たちの胸中を言い表すのであれば、そのほかに相応しい言葉は無かった。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

「今日の宿はどうする? 野宿?」

「どうして街中にまで来て野宿するんだよっ! はぁ……あたしが聞き込んだ時、ついでに泊めてもらえないか聞いといたから、そこに泊まろうぜ?」

 

 用意周到に宿を取っていたリリネット。

虚白は「話が早いね!」と喜色に満ちた声を上げる。

 

「……でも、この人数で泊まりに行って大丈夫? 迷惑じゃない?」

「急に常識人! お前の言うことは常識と非常識が入り乱れてるんだよ!」

「えへへっ、照れるなぁ~」

「……はいはい」

 

 一切褒めているつもりはないが、嬉しそうににやける虚白を落とすのも忍びないリリネットは、この破天荒な友人の頭をぽんぽんと叩いた。

 

「これが大人になるってことなのね……」

「何に浸ってんだよ、このオカマ」

 

 その様子に感慨深く呟いたクールホーンを、ルピの舌鋒が一刀両断する。

 今日も今日とて元破面は我が道を行くのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「そんなこんなでお邪魔しま~す!」

「うん! 僕だけのおうちじゃないけど、ゆっくりしてってね!」

 

 そう言って虚白とリリネットを歓迎したのは、今晩世話になる家の住人である少年だ。

 名をシバタ ユウイチ。ここ最近、潤林安にやって来た心根の優しい子供であり、だからこそ情報収集ついでに宿を探していたリリネットの頼みに応じ、同居人に泊まらせてもらえるよう頼んでくれたのだった。

 因みに虚白とリリネット以外の面々に至っては、他の平屋で寝泊まりすることになっている。流石に一軒へ全員が入れるスペースがないだけの問題だ。

 

 そこで、年少組は同年代の居る平屋へ―――リリネットは自身を年少組に括られることへ不満を禁じ得ないが、親切な住民の計らいである以上、無下にするつもりは毛頭ない。

 

「ふぃ~……それじゃあ、お言葉に甘えて寝るとしよっか。な? 虚は……」

「ッ……!!?」

「そこ。構えてる枕を下せ」

 

 約一名、世話になる家で枕投げ合戦をしようと考えていた人間が居た。

 そのようなお馬鹿を布団に放り投げたリリネットは、一日中動き回った疲労感のままに床につく。

 

「はぁあぁぁああぁ~……!」

「……すごく疲れてるんだね」

「ん~……まあ、そっちと違ってあたしは霊力とかほとんどないからな」

 

 横になりながらユウイチの問いに答える。

 やはり霊力に比例して体力も増えていくものだ。ほとんど霊力がない魂魄と同じのリリネットとそうでない虚白を比べれば、圧倒的に後者に軍配が上がってしまう。だからこそ、何もない日は体力を持て余し、他の面子と遊びたがっているのである。

 

「大丈夫だよ、リリネット! 夜はこれからだよっ☆」

「何が大丈夫なんだよ」

「何って……言わせるつもり?」

「いや、いい」

「夜の大運動か―――」

「はい、どーんッ!」

「おげぁッ!?」

 

―――精神的な部分も関与している点は否定できない。

 

 最近では虚白の口へ容赦なく手を突っ込んで黙らせる手法を取り始めたリリネットは、彼女がノックダウンしたのを確認し、ユウイチの方へと目を向けた。

 一般的な感性からすれば過激なスキンシップに他ならないが、これもまかり通るのも比較的頑丈であるという信頼があってこそ。無論、リリネットも誰彼選ばず口に手を突っ込みはしない。

 とは言え、目の当たりにしたユウイチは頬を引きつらせていた。

 

「な……仲がいいんだね」

「そう見えるならな」

「うん、だって仲良くないとそんなことできないし……」

 

 割とユウイチも寛容であるらしい。

 と、彼は過激なスキンシップから話を変えた。

 

「それにしても、ずぅ~っと人を探して流魂街を渡り歩いてるなんてすごいなぁ~! 僕、ここの地区から出たことがないから……」

「そういうもんなのか?」

「うん。だって危ないから……」

 

 現世のようにあちこち整備されている訳ではない流魂街には、当然野犬や熊といった凶暴な生物が現れる。そうでなくとも、それ以上に恐ろしい虚が現れることもある故に、大抵の住民は地区を渡り歩かない。自衛のためにも最初にやって来た地区で一生を過ごすケースが大半だ。

 

「そういうお前は、どっか行きたいところでもあんのか?」

「行きたいとこ……っていうのとは違うんだ。ボク、ママに会いたい」

「ママ? って……」

 

 繰り返し、ハッと気が付く。

 尸魂界に来て「会いたい」と口にする意味。それは、すでに当人も死亡している事実を表す。

 気まずそうに口を結ぶリリネットであったが、代わりに虚白が面を上げた。

 

「キミは捜さないの?」

「捜したいよ。でも、捜せないんだ……ボクはまだ小さいし弱いから、死神さんみたいにあっちこっちに動けない」

「死神さんに会ったことあるんだ」

「うん! ボク、こっちに来る前助けてもらったんだ! 死神のお兄ちゃんとお姉ちゃん……それと、死神じゃないおじちゃんに!」

「へぇ~、親切なおじちゃんが居るもんだねぇ~!」

「うん!」

 

 ―――()()()()()ではなく()()()()の歳であるのだが、それについてユウイチ以外が知る由は無かった。

 

「それじゃあ、キミもママを探すなら死神さんになんなきゃだね」

「そ……それは無理だよ。だって、ボクは死神さんみたいな力なんてないから」

「それじゃあボクらが代わりに捜す?」

「え?」

 

 唐突な申し出に、聞いていたリリネットも「おいおい」と声を漏らした。

 しかし、間をおくようにじっくりと考え込んでいたユウイチが、虚白へ向けて笑顔を咲かせる。

 

「ううん……大丈夫。ママはボクが捜すから。もっと大きくなって一人で捜せるようになってからになっちゃうけど……」

「……そっかそっか! それじゃ、仕方ないかな」

 

 本人が言うのだから、これ以上詰め寄るのは無粋というもの。

 普段の前傾姿勢が嘘のように潔く身を引いた虚白は、「応援してるよ」とだけ告げて、そのまま布団を被ってしまう。

 数秒後には寝息が聞こえてくるが、その切り替えの早さにはユウイチは元より、リリネットでさえ呆気に取られていた。

 

「……いっつもこんなんだったらなぁ」

「不思議なお姉ちゃんだね。こっちに来てから知り合ったの?」

「ん……まあ、そうなる」

「それで一緒に人捜ししてるんだ! 優しいお姉ちゃんなんだね」

「優しいっていうか、行動的過ぎるっていうか……」

 

 「でも」とリリネットは思い返す。

 

「お人よしだな、こいつは」

「? そういう人を優しいって言うんじゃないの?」

「あ? いや、それは、その……」

 

「ユウイチ。そろそろお客さんも眠いだろうから、そこまでにしてあげたらどうだい?」

 

「あ、うん! ごめんね、お姉ちゃん」

「お、おぉう」

「それじゃあおやすみなさい!」

 

 同居人である青年に促されたユウイチが、お喋りも止めて瞼を閉じた。

 続いて灯り消される。誰の顔を窺うこともできない暗闇が広がる部屋の中、いくつもの寝息に耳を傾けるリリネットは、いつも昼寝ばかりしていた片割れに思いを馳せた。

 

(スターク……あんたもあたしのこと捜してくれてるんだろ?)

 

 きっとそうだ。

 そう自分に言い聞かせながらも、彼女は得も言われぬ一抹の不安を胸に抱いていた。

 

―――彼が自分を捜していないのではなく、捜しに来られない事情があったら。

 

しかし、この時間だ。誰かに相談する訳にもいかず、拭い去れない不安を抱いたまま、リリネットは眠れぬ夜を過ごすしかなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ヤだね」

 

 朝一番。眠気が拭いきれておらず、瞼を擦るルピがあっけらかんと言い放った。

 

「行くなら勝手に行ってよ。ボクはこの地区を根城にするつもりだから」

「そ、そんな……」

「こっちの方が住みやすそうだしィ? キミらの言う空座町の模造品(レプリカ)ってとこも、壊れた建物ばっかで暮らしにくそうだし」

 

 以前から虚白たちとの同行に頷かなかったルピであるが、とうとうそれが現実になろうとしていた。

 元々彼にスタークやハリベルを捜す理由や義理もない。

 目標も目的もない彼が求めるのは、ただただ悠々自適な生活だった。

 なればこそ、流魂街の中でも治安のいい潤林安に居所を定めることは想像に難くない。虚白のホームである空座町の模造品も、結局は人の住んでいない廃屋ばかりのゴーストタウン。ろくにインフラも整備されていない以上、現在居る地区よりも住みにくいのは明白であった。

 

「……ホントに行かないの?」

「行かないってば、しつこいなァ」

「……分かったよ」

「やっと分かった? あー、清々……ア・ごめーん、聞こえちゃったァ? つい本音が出ちゃってさァ」

 

 踵を返す面々に向かい、わざとらしく聞こえるように言い放つルピ。

 それに反応したのは、他の誰でもない虚白だ。

 しかし、彼女が湛える面持ちは、ルピが想像していたものとは違っていた。嫌味に対し、怒りや嫌悪を覚えている訳ではなく、ただただ寂しそうな色を滲ませて、

 

「じゃあね、ルピさん! 短い付き合いだったけど楽しかったよ」

「はぁ?」

「また会いに来てもいい?」

「……ダメに決まってるだろ」

「そっかァ……そう言われたら会いに行きたくなっちゃうよねェー!! 絶対会いに行ってやるもん!! 草の根を分けてでも探し出す!!」

「ダメって言ってるだろッ!! って言うか、会いに来る言い草じゃないだろソレ!!」

 

 湿っぽく別れるかと思いきや、一転して普段の雰囲気へと豹変した虚白。

 こうなってしまえば人を小馬鹿にした態度のルピも身構えざるを得ない。短い間ではあったが、両者の間には明確な優劣関係が生まれたようだ。

 

「二度と来るなッ!!」

 

 そう叫んだルピは、逃げるよう逃げ去っていった。

 

「……行っちゃった」

「ま、その内会えるだろ」

「それもそうだね。あれかぁー、苺一円」

「デフレが過ぎんだろ!! 一期一会!!」

 

「あんた、割とボキャブラリーあるわよね」

 

 虚白の天然ボケに対し、柔軟に対応するリリネットの語彙は中々のものだ。

 それを喜ばしく思うか哀しく思うかは本人次第であるが、どちらにせよ虚白の手綱を握れる人材がリリネットしか居ないため、必然的に彼女が対応するしかない。

 

「……で、今どこに向かってんだ? ズンズン先行ってるみたいだけど?」

「シィアン?」

「そっちはスンスン」

 

「人の名前でボケないでくださる? 癪に障りますわ」

 

 小気味のいいやり取りはさておき、西流魂街を粗方捜しまわった面々は新たなる地区を目指していた訳であるのだが、相談した訳でないにも拘わらず虚白が突き進んでいたのだ。

 何か見当があるのだろうか? そうでないにしろ、はっきりと行く先を示してほしい。

 そのような視線が虚白に集まれば、「あれ? 言ってなかったっけ?」ととぼけた声が上がった。

 

「今から兕丹坊さんに教えてもらった家に行くんだ!」

「家? 誰のだよ」

「んー、クウカクさん? って人の家」

「クウカク……って、誰だよ?」

「花火師の人だって」

「花火師……?」

 

 怪訝そうに眉を顰めるのはリリネットだけではなかった。

 クールホーンは「アラ、花火なんて乙ね」と独り言のように呟き、三人娘は事の繋がりのなさに困惑している。

 

「なんだってまた……」

「どういう訳か、説明してもらおうかい?」

「そうですわ。私は兎も角、こちらのお二方には懇切丁寧に言葉を選んでいただかないと理解できないでしょうから」

「んー、そんな難しい話じゃないよ?」

 

 スンスンの身内への毒舌をサラリと流す虚白は、兕丹坊の訛った口調ながら丁寧に教えてもらった内容を思い出しながら紡ぐ。

 

「面倒事が大好きな人らしいから、何か力になってくれるだろって」

「……」

 

 なんとも不安だ。

 

 全員が“クウカク”という人物が力になってくれるのか半信半疑になる。

 だが、瀞霊廷の門番に知られている以上、著名な人物であることには間違いない。少なくとも尸魂界の知識という点においては、今この場に居る誰よりも詳しいはずだ。

 時には現地人に知識を仰ぐのも悪い手ではない。

 だからこそ、大した反論もなく花火師の家を目指す方針に決まった。

 

 潤林安から走れば一時間。歩けば数時間程度の距離にあるとされる家は、傍から人目で分かる珍妙な造りであると入念に教えられた。

 一体どのような建物があるか、虚白は今からワクワクを押さえられない様子だ。

 しかし、喜び勇んで突き進んでいた彼女が振り返り、話を振ってくる。

 

「そうだ! また虚圏ってとこのお話聞かせてよ!」

「またか? 飽きない奴だな……」

 

 辟易したと言わんばかりの口振りで頭を掻くアパッチであったが、隣のミラ・ローズが「まあ、暇つぶしにはちょうどいいんじゃないかい?」と応える。

 こうして虚白が虚圏について尋ねてきたのは一度や二度ではない。

 同じ元破面とは言え、彼らの口から語られる内容は三者三様。誰から聞いても新鮮な気持ちで耳を傾けられる話題に、虚白が食いつかない理由はない。そのため、時間を見つけては度々話を振ってくる訳だが、

 

「で、今度は何の話が聞きたいんだい?」

「ん~、アイゼンソウスケって死神さんについて!」

「……藍染か」

 

 難色を示すミラ・ローズ。だが、それは彼女だけの反応ではない。

 アパッチやスンスンも同様の色を示している。

 

 しかし、虚白もただ好奇心のままに尋ねているのではない。

 

 何か、頭に引っかかる。

 藍染惣右介。憶えがない名前であるが、なぜか知っているような気がした。

 それこそ、精神世界で出会った謎の怪物が居る場所よりももっともっと奥に―――所謂、魂の奥底に沈んでいるような形で。

 

「教えてくれない? アイゼンさんについて知れたら、何か思い出せるかもしれないから」

「……ふぅ。まあ、あたしの知ってる範囲なら構わないよ」

「ありがとう! ミラ・ローズさん!」

 

 真摯な想いは伝わったようだ。

 どこから話そうかと頭の中でまとめるミラ・ローズは、しばらく考え込んでから口を開いた。

 

「大前提の話だ。藍染ってのは死神を裏切った死神。空座町を“王鍵”ってのに創り変えようとして死神に挑んで……後ははっきりとは知らないさ」

「空座町って……」

「ああ、恐らくはあんたの言う壊れた現世の街並み。あれの本物の方さ」

「ふ~ん……その王鍵ってのに創り変えるとどうなるの?」

「さあね。あたしらみたいな三下にまでいろいろ語るような輩じゃなかったよ。今思えば、聞こえのいい言葉で上っ面だけ取り繕って、本心なんざ誰にも見せちゃいなかったのさ……それこそ十刃だったハリベル様にもね」

 

 藍染の下に付いていた破面が集うに至った経緯は様々だ。力に屈服させられた者、何かしらの恩義を感じている者、圧倒的な力やカリスマに妄信した者―――誰も彼も藍染という死神の背に付いて行きこそしたが、被っていた仮面の奥は望めなかった。

 

「そのアイゼンさんって死神さんが、ミラ・ローズさんたちを虚から破面にしたの?」

「まあ、そうなるね」

「それに使った道具がホウギョク?」

「そうさ、虚と死神の魂魄の境界を崩すもの……だから“崩玉”。何で創られてるかまでは知らないけどね」

 

「破面の中には、崩玉を使わないで成体になった人も居られたようですが」

 

 話に割って入るスンスン。

 彼女曰く、破面には二種類居る。

 崩玉によって仮面を割られた者と、自然に破面へと進化した者。特に最上級大虚で後者の場合は、破面の中でも破格の力を有して誕生するとされており、実際第0十刃(セロ・エスパーダ)第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)だった者たちが該当していた。

 

「そっかぁー。ねえねえ、どのくらい強かったの?」

「それはもう……貴方なんて赤子の手をひねるように殺されてよ?」

「ばぶばぶぅー!!」

 

「急に幼児退行するな」

 

 赤子にかけたリアクションを披露した瞬間、リリネットのツッコミと共に小気味いい音が空に木霊した。

 

「……あ、でもさ。そんなに強かったんなら、なんでその十刃さんたちはアイゼンさんに従ってたの?」

「強かったからに決まってんだろ」

 

 ふとした疑問に答えたのはアパッチだった。

 

「虚よりも、破面よりも、数字持ち(ヌメロス)よりも、十刃(エスパーダ)よりも……虚夜宮の全員が束になっても敵わねぇーって思い知らされるくらい、藍染の野郎が強かっただけの話だ」

 

 単純な話だ。

 藍染惣右介という死神は、虚圏の如何なる存在をも隔絶した神に等しい力を有していた。ただそれだけ。故に本来統率という概念を持ちえない虚を一つの軍勢としてまとめ上げた。

 

「……」

 

 言葉を失い、固まる虚白。

 だが、彼女がそうなっていた理由は、ただただ藍染の強さに愕然としていたからではない。疑問はもっと奥―――一体()()()()()()()()()だ。

 瀞霊廷が健在な以上、彼の侵攻が尸魂界にまで及んだとは考えられない。

 ならば、戦争を仕掛けた相手側である瀞霊廷、もとい護廷十三隊の何者かが藍染という一人の死神として超越した力を持つ男を止めたはずだ。

 

「ッ!」

 

(また……この誰かが……)

 

 頭が割れるような痛みを覚え、虚白の表情が歪む。

 間違いない、これは記憶の断片だ。

 誰かが自分を呼んでいる場面。相手こそ思い出せないが、冷徹な声音を紡ぐ者も居れば、魂が震えるような熱量で叫ぶ者も居た気がする。

 確か、

 

「ディス……ペイヤー……?」

 

 そう呼ばれていた。

 

 冥い闇の中、誰かが名前をつけた。

 深い夜の中、誰かが名前を呼んだ。

 

「―――く。おい、虚白!」

「え?」

「急に黙りこくってどうしたんだよ? どっか具合でも悪いんなら言えよ」

「あ……ううん、大丈夫! ちょっと考え事してただけだから?」

「ホントにそうか? ならいいんだけどさ……」

「平気平気! 一体いつリリネットにカンチョーしてやろうかと考えてただけだから」

「よーし、分かった! おら、尻を出せ! やられる側の痛みってやつを思い知らせてやる!」

「アーッ!!」

 

 もっと思い出そうとしている内に、リリネットの呼びかけにも気づかないほどに集中していたようだ。

 そこからは一変し、いつもの調子に戻る虚白。つられて他の面々も普段の様子に戻ったが、そうこうしている内に目的地へと近づいてきたようだ。

 

「お、アレ! でっかい煙突みたいなの!」

「あれが目印だっけか? 案外分かりやすいも―――」

 

 「分かりやすいもんだな」と紡ぎかけたリリネットだが、全貌が目に入った瞬間、心の中で訂正した。

あれは「分からざるを得ないもの」だ。

 

「あら……中々独創的な建物じゃない」

「だねぇー! クウカクさんって人は中々のセンスの持ち主だよ!」

 

 リリネットと三人娘が絶句する一方、興味津々に全貌を観察していたクールホーンと虚白が語り合う。テーマはもちろん建物の造形だ。

 いや、もう少し詳しく言うのであれば、クウカク―――“志波空鶴”と堂々と描かれた旗に支える柱である。

 

((((何故に赤ん坊……!!?))))

 

 左右でそれぞれ造形の違う赤ん坊が、そのまんまるな手で旗の紐を掴んでいるのだ。

 ここまで巨大な像を造る以上、建築技術という点で秀でていることは間違いないが、別の意味で不安になってきた。

 

―――ちなみに像のモデルは、家主の兄夫婦の間に最近生まれた双子の子供である。

 

 事情さえ知れば造形の意図を1ミリ程度理解できるだろうが、現時点では即刻踵を返して戻りたい考えに駆られる者が過半数を超えている。

 

 が、それを許さないタイミングで事件が起こった。

 

 爆音が轟く。

 ギョッと目を剥く面々。自然と集まった視線の先では、モクモクと立ち上がる黒煙の中から二つの人影が現れた。

 

「ね……姉ちゃん! いきなり鬼道ぶっ放さないでくれよォ~!」

「岩鷲……テメー、拾ってきたモンに躾けもしないで遊びに出かけるたぁいい度胸じゃねえか? 面倒看るつったのはテメーだよなァ?」

「ご、ごめんよ姉ちゃん! でもよ、俺だってちょっとくれぇ息抜きしなきゃ……」

「毎日遊び惚けてるテメーに息抜きもクソもあるかァ!! 歯ぁ食い縛れェ!!」

「ちょ、待って姉ちゃん! それは流石に死……ぎゃあああああ!!?」

 

「仲が良さそうな姉弟だね~」

 

「節穴か?」

 

 家から出てきた姉弟と思しき男女のやり取りに、微笑ましそうにうんうん頷く虚白であったが、即座にリリネットが正気を疑ってきた。

 

「ウゥ~……」

『!』

「?」

 

 と、そこへまた一つの人影が現れた。

 呻き声に似た声を漏らしながら、怒鳴り散らす女性の背後で震えている少年。

 虚白にとっては見知らぬ人間であったが、他の面々はその限りではないようであり、瞠目していた。

 

「ワンダーワイス……」

「え? なに、知ってる人?」

 

 リリネットの呟きに素っ頓狂な声音で問い返す虚白。

 だが、それに答える者はなく、ただただ固唾を飲んで物陰に潜んでいる少年に目を向けていた。

 

「?」

「ウゥ~?」

 

 何故彼らが固まっているのか。

 その理由も分からぬままワンダーワイスに目を向けた虚白は、ものの数秒で彼と目が合った。

 一見、人畜無害そうな雰囲気を感じるが、ここまで理解できる人語を一言も発さない辺り、不気味であるとは考えた。ただ、虚白にとってはそれだけだ。

 

「うぅ~?」

「ウゥ~?」

「あぅ~」

「オァ……アゥゥォォアアアア……」

「あうお~」

「オァアアァァア……」

「ごめん、ちょっと何言ってるか分からないや」

 

「急に冷静になるなっ!!」

 

 リリネットの手刀が脳天に叩き込まれた。

 

「「ん?」」

 

 そこでようやく客人の来訪に気が付く家主とその弟。

 

 

 

 彼らの下に()()()が居る理由を聞くのは、これからすぐの話……。

 

 

 

 そして、襲撃の時もまた、すぐそこまで迫っていた。

 

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