理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー) 作:壁首領大公(元・わからないマン)
ファラさんの生徒誘拐イベントから一夜が明けた。
あれからファラさんは何か仰々しい裁判所みたいな場所に連れて行かれたが、俺が『この人無罪です』と言っておいたので多分死罪になる事はない。
俺が何も言わなかったら、操られてようが何だろうが無関係に問答無用で死罪だったと思う。
法律どうなってるのと思わないでもないけど、この世界で聖女を殺そうとするっていうのはそれくらいにやばい事らしい。まあ俺偽物だけど。
これ、偽物ってバレたら俺死刑台に送られそうだな。
それと、城に戻ってからは近衛騎士の皆さんや教師の方々に盛大にお説教をくらった。
まあ気持ちは分かる。この人等の立場からすれば護衛対象が俺みたいにあっちこっちフラフラして死なれでもしたら責任問題になるだろうし、職も失って無能の誹りも受けるだろう。
そりゃふざけんなって話になるのも仕方ない。
でもまあ、一応そうなった時の為に俺の私室のテーブルの鍵付きの引き出しには俺が実は偽物でしたっていう盛大なカミングアウトと、後に残された人達には一切落ち度はないよっていう遺書を残してある。
備えあれば憂いなしってな。
海外の似たようなことわざだと、『Hope for the best,but prepare for the worst .(最善を願いながら、最悪に備えよ)』という。
あ、これ格好いいな。次技名にしよう。
とりあえず何とか序盤の山場は超える事が出来た。
ここからはしばらくは平和なもので、ヒロインごとに個別イベントがあったり、痴話喧嘩があったり、すれ違いイベントがあったりするけど、この辺は別にスルーしてもいい。
ベルネルが何を血迷ったのか『ボディビル♂エンド』に向かおうとしてた時は流石に本気で慌てたが、今になってみれば案外これも悪くない。
全サブヒロインを無視しているという事は、逆に言えばヒロイン候補がエテルナしかいないという事だ。
で、『ボディビル♂エンド』に行かないように釘は刺したので、つまり必然的に消去法でエテルナルートが決まったも同然という事になる。
勿論俺はあり得ない。俺はホモじゃない、いいね?
だから万一……億が一、向こうがアプローチしてきても普通に振って終わりだ。
一緒に歩こうとか言われても必殺の『友達(イマジナリーフレンド)に噂とかされると恥ずかしいし』で断る、
いやー、当初はどうなるか思ったけど俺の神調整で気付けば万事オールオッケー。やっぱ俺って天才じゃね?
……ただまあ、うん。何せ一回は『ボディビル♂エンド』に行こうとしたような奴だからな。
何の間違いでルートを外れるか分かったもんじゃない。
それに前も言ったが、ヒロインに選ばれないと死んでしまうサブヒロインもいるので、やはり俺がすぐ側でフラグ管理をしてハッピーエンドに導いてやる事こそが最善だと思う。
つまりは俺自身が入学する事。これが一番楽な方法だ。
というわけで早速手続きをするようにレイラちゃんにお願いしてみた。
それ近衛騎士の仕事なの? とか思われるかもしれないが、ああ見えて彼女は文武両道で何でもこなせるスーパーウーマンだ。
手続きなんて彼女にかかればちょちょいのちょいで終わる。
そんなぐう有能なレイラをスットコと呼ぶのは可愛そうなのでやめてさしあげろ。
「駄目です」
おいスットコォ!
何故、と問う事すらなく問答無用の切り捨てとは恐れ入った。
しかしこの展開を俺も予想しなかったわけじゃない。
先述の通り、彼女にとっては護衛対象がウロウロして何かの間違いで死んだら非常に困るわけだ。
たとえその護衛対象の事が大嫌いで内心で『死ねばいいのに』とか思っていても、死なれてしまっては彼女のエリートな経歴に傷が付いてしまう。
ちなみに心の声はレイラルートに入る事で聞く事が出来る。
他のルートだと裏切りイベントが起こる寸前まではエルリーゼの忠実な部下の顔を崩さないのだが、レイラルートだと彼女視点での日々の苦労を見る事が出来る。
その際にレイラは表向きはエルリーゼに忠実に従いつつ内心では愉快な罵倒三昧を繰り返しているのだ。
つまり彼女は他のルートだと堅物女騎士キャラで、レイラルートで面白い素顔を見せてくれると言う一粒で二度おいしいヒロインだ。
そんな彼女だからこそプレイヤー人気も高く、ファンからはスットコの愛称で愛されているのだ。
そんな実は愉快なポンコツであるスットコを丸め込む為に俺は得意の舌先三寸を発動した。
いいかいスットコちゃん。俺も別に何の意味もなく学園に潜入しようとしているわけじゃあない。
これには深ぁ~い理由があるんだよ。
君はおかしいと思わなかったのかな? 候補とは言え騎士が集うあの学園で、優秀な教師であるファラさんは一体どこで魔女に操られてしまったのか? 少しも不思議とは思わなかったかな?
そもそも俺が調べた所によるとだよ、君ぃ。ファラさんは教師寮で寝泊まりしていてほとんど帰宅すらしないワーカーホリックだというじゃないか。
そんな彼女がだ。一体ぜんたい、
「ま……まさか……」
お、『ゾッ』としたね?
『ゾッ』としたという事は『恐怖』しているという事だ。
そう、君は今ある可能性に行きつき、こう思っている。『いやまさかな』、『そんな』。
そんな賢い君に答えを教えてあげよう。
君の考え通りだ……魔女はあの学園にいる可能性が極めて高い。
他にもおかしい点はある。
俺にとっちゃただの雑魚だったが、あれだけの魔物を一体どこから学園の中に連れ込んだのかな?
確かにあの学園は大型モンスターと戦う設備はある。その為に何体か大型の魔物も捕まっている。
だがあの数はおかしい。あんな数の魔物が運び込まれて誰も気付かない程、あの学園は無能揃いなのかなぁ?
だが魔女が最初から学園内にいるとすれば、それはおかしくない事だ。
魔物とは魔女によって急成長させられ、自然のあるべき形から捻じ曲げられてしまった野生動物だ。
つまり魔女が学園内にいたならば、小さなトカゲや犬やネズミや鳥をコッソリ運び込み、それを学園内で魔物にするだけであっという間に、あの魔物の群れが用意出来てしまう。
だからこそ、俺があそこに行く必要があるのだよ。
――的な事を言ってあげたら、スットコちゃんは顔面を蒼白にした。
ま、ネタバレしちゃうとだ。魔女は実際あの学園の地下にいる。
ファラさんが俺を誘い出した場所よりも更に下だ。そこに教師もほとんど知らない地下ダンジョンのようなものが隠れている。
まあ学園を舞台にしたゲームのお約束だわな。
何故そんな場所にいるかをメタ的に身も蓋もなく語ってしまえば、そもそもこのゲームは学園以外のマップなどほとんど用意していないからである。
勿論デートなどで外出イベントもあるし、学園外に出る事もある。だがそういう時は大抵背景で町やら夜空が映し出されるだけで、プレイヤーが移動可能な範囲は学園内に絞られている。
更にこのゲームは魔女を討伐する為に情報や伏線を拾っていき、魔女に辿り着くわけだが……必然、プレイヤーが手に入れる事が出来る情報は学園内のものに限られる。
仮に魔女が学園と関係のない隣の国の小さな村の小屋の地下なんかにいたら、絶対プレイヤーはそこに辿り着けないだろう。
そういう事情もあり、魔女は絶対に学園内に配置しなくてはならないわけだ。
さて、スットコちゃん。
これでもまだ俺が学園に行くのを拒否するかな?
◇
レイラ・スコットは名門貴族スコット侯爵家の長女である。
女であるが故に家を継ぐ事は出来なかったが、代わりに彼女には使命が与えられた。
スコット家は代々、聖女を守護してきた誉れ高き騎士の一族である。
レイラもそれを何より誇りにしていたし、いつの日か自分も偉大なる先人達と同じように聖女に仕えるのだと思っていた。
その為に剣の腕を磨き続けた。
ずっと、出会う日を夢想し続けていた。
聖女とはどのような方なのだろう。やはりお美しいのだろうか。それとも可憐なのだろうか。
きっと物語のお姫様のように美しいに違いあるまい。
そう思った。
……余談だが、彼女は実際に自分の国のお姫様と顔を合わせた事もあるが、そちらは可愛くなかったので記憶から消えている。
おいスットコォ!
そしてレイラが十九歳の時。
彼女はアルフレア魔法騎士育成機関を親兄弟の期待通りに首席で卒業し、見事聖女の近衛騎士の座を勝ち取ってみせた。
今代の聖女エルリーゼの評判は何度も耳にしている。
民衆の為に自ら魔物の軍勢と戦い、小さな村にも足を運び、全てを愛しているように手を差し伸べる。
曰く、『聖女そのもの』。
その評判は……全く正しいものだった。いや、実物を前にして、評判すら霞んだ。
「貴方が新しく近衛騎士になった方ですね?」
父に案内されて通された聖女の部屋にいたのは……確かに、聖女だった。
それ以外に表現する言葉が見付からなかった。
純粋さ……透明さ……神聖さ……そうしたものが同居し、人の形を作っている。
どんな物語よりも確かに伝わる現実として、聖女がそこにいた。
一目で見惚れた。
この方に仕えるのだと思うと、興奮と感動で胸が高鳴った。
彼女に仕えるようになってからは、ただ奇跡を見続ける毎日だった。
どんな魔物の軍勢も物ともせずに蹴散らし、どんな怪我人も病人も癒してみせる。
彼女がそこにいるだけで、まるで世界の明度が上がったように皆が明るくなり、笑顔で溢れた。
太陽はそこにあるだけで世界を照らす。
それと同じように、彼女こそが光だった。エルリーゼがいるだけで世界は光に溢れていた。
そんな彼女だからこそ……そう。この展開も薄々予想出来ていたのだ。
「レイラ。私はあの学園に生徒として潜入しようと思います」
「駄目です」
分かっていた。そう言い出すだろう事は分かり切っていた。
学園内に魔女の手が伸び、生徒に危険が迫った。
その事実を知った彼女が動かないわけがない。
昨日だって罠と知っていただろうに、誘拐犯――ファラの要求通りにたった一人で赴いてしまったような、そんな少女なのだから。
「レイラ。私とて何も理由なく潜入しようと思ったわけではありません。
ファラさんは魔女に操られてしまいました。しかし考えてください……
貴女も卒業生ならば知っているでしょうが、ファラさんはほとんど教師寮で寝泊まりし、家にも帰らないほどに仕事熱心な方です」
「ま……まさか……」
まさか――もう気付いているのか?
そう思い、レイラは顔を青褪めさせた。
ああ、止めてください。どうかその先を言わないで。
それを言われてしまえば、止める事が出来なくなるから。
危険だと分かっている学園に貴女が向かう事を了承する以外になくなるから。
「レイラ、貴女は賢い。もう答えにとうに行き着いているでしょう。
魔女は、あの学園のどこかに潜んでいる可能性が極めて高いのです」
……やはりその答えに行き着いてしまうか。
レイラはそう思い、苦悶が顔に出ないように努めた。
分かっていた。学園からほとんど出ないファラが魔女に接触して操られてしまったというならば、魔女がいる場所は必然、学園の何処かという事になってしまう。
そして……この聡明な聖女がそれに気付くだろう事も、分かっていた。
「あの数の魔物……あれも、外から運び込んだと考えるのは不自然です。
学園の方々はそれに気付かぬほど愚かではないでしょう。
かといって、授業や訓練で使うには多すぎるし、危険すぎる。
しかし魔女が学園内にいるならば……何ら難しい事ではありません。
小さなトカゲやネズミや鳥……そうしたものを運び込んでも誰にも気付かれませんし、気付かれても違和感を抱く者はいません。
そして、それらの小動物を魔女の力で魔物にしてしまえば、容易く学園内にあの魔物の群れを作り出せる」
そう、その通りだ。
これらの事実がある以上、魔女は学園内に潜んでいる可能性が高いと考えるしかなくなる。
この可能性が提示された以上、もうレイラはエルリーゼが学園に行く事を『否』と言えない。
聖女が聖女の使命を果たそうとしているだけだ。それを止める事は誰にも出来ないし、やってはいけない。
「だからこそ、私が行かねばならないのです。
分かってください……レイラ」
「……貴女が、そう言うならば」
だがレイラは怖かった。
心底怖くて仕方がなかった。
この愛おしい主を失う事を心から恐怖した。
何故なら歴代の聖女は……。
誰一人例外なく、魔女を倒した後に……その命を散らしているのだから。
「ならばせめて……私も共に連れて行ってください」
今は、絞り出すようにそう言う事しか出来なかった。
そして翌日、アルフレア魔法騎士育成機関――通称魔法学園は震撼する。
誰もが予測しなかった、まさかの聖女入学……これを機に、学園を中心として世界を左右する物語が始まろうとしていた。