理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー)   作:壁首領大公(元・わからないマン)

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偽聖女、日本へ行く(終)

 一夜が明け、まずは朝食をとる。

 メニューはご飯と味噌汁、納豆と温泉卵、サラダと焼き魚。

 それから小皿の上にポツンと袋に入ったままの海苔もあった。

 変に捻りのない素直な朝食って感じだ。

 特別に「う、美味い!」とリアクションするほどではないが、落ち着いた気分で朝をスタートさせる事が出来る。

 そうそう、日本の朝食ってこういうのだよな。

 温泉卵からは微かに温泉の香りがしたような気もするが、温泉宿の卵だからそう思い込んでいるだけで、実際は市販の温泉卵かもしれない。

 その後は軽く朝風呂を浴び、身体を温めた。

 相変わらず若い子はいなかったが、それはもう諦めたのでいい。

 

「こら、翔太! 階段で走らない!」

 

 と思いながら風呂上りに廊下を歩いていたら若い子がいた。

 ただし残念ながら男のガキンチョだ。

 母親と思われる女性の声が上の階から聞こえ、続いて十歳前くらいの少年が階段から駆け下りて来た。

 おーおー元気だな。大人になったら人目を気にしたりして素直にはしゃぐ事が出来なくなるから、子供のうちにやっておくといい。

 プールとかも、子供の頃は勢いよくダイブしたりしてたのに大人になった後は周囲の目を気にして静かに入ったりとかしてたな……。

 大人になると、周りに別に見られてないのに周囲の目が気になって変な事出来なくなるとか、結構あるんだよな。

 例えば飲食店のお子様ランチ。ガキの頃は『こんなの子供の食べ物だ』とか思ってたもんだけど、大人になって見ると実は案外魅力的なメニューだったと気付く。

 量は多すぎず、色々な料理があって、デザートも付いてて、そんで安い。

 でも頼めないんだよな、これが。注文すると『こいつ大人のくせにお子様ランチ注文しててテラワロス』とか店員に思われてるんじゃないか……とか思っちまう。

 飲食店でメニューに載ったお子様ランチを見る度に、名前をお子様ランチじゃなくて小盛セットとかにして、皿とかも普通の皿にして、大人でも恥ずかしがらずに頼めるようにしてくれんかな、とかいつも思ってたわ。

 なんて考えながら見上げていると、少年は足をもつれさせて階段からダイブした。

 いや待て、誰も階段からダイブしろとは言ってない。

 放っておくと最悪死にかねないので、軽く踏み出して落ちてきた少年をキャッチしてやる。

 毎回魔法チートで敵を蹴散らしているので俺はどうも後衛型なイメージがありそうだが、普通に剣とかで戦ってもレイラに勝てるくらいの身体能力はあるからね俺。

 もう、フィジカルつよつよですよ。子供一人受け止めるくらいわけないわ。

 ……まあ、魔力強化もしてるから素の状態で腕相撲とかをすれば流石にレイラには負けるけど。

 元男として少し情けない。

 それはともかく、無事キャッチした少年を床に降ろしてやる。

 

「大丈夫ですか? 元気なのはいい事ですが、気を付けないと駄目ですよ」

「あ……は、はい……」

 

 少年は俺をぼーっと見上げてコクコクと頷く。

 耳まで真っ赤にして、風邪かな? ……いや、冗談だ。流石に元男として普通に分かる。

 見た所十歳前くらいだが、割とマセガキのようだ。

 色を知る年齢(トシ)かッッ!!

 そんなマセガキ君をその場に残して部屋への道を歩いていると、夜元が小声で憐れむような声を出した。

 

「可哀想に……よりによって浴衣姿のエルリーゼの胸にダイブ……しかも風呂上りという考え得る限り最大の破壊力……あの子、性癖壊れなきゃいいが……」

「考えすぎですよ」

 

 いや、俺のせいじゃないし。知らんし。

 というかむしろ助けたわけなので、責められる謂れはない。

 

「ほんの数秒の出会いです。すぐに忘れるでしょう」

「インパクトのありすぎる数秒なんだよなあ……」

 

 まあ大丈夫だろ……多分……。

 俺は悪くない。だから俺は悪くない。

 

 

「…………」

「…………」

 

 旅館のチェックアウトを済ませてから十数分。

 夜元が走らせる車の中は、無言という重い空気に支配されていた。

 窓の外を流れる景色を眺めながら、どう会話を切り出すか悩んでいると夜元が静かに声を発する。

 

「エルリーゼ。例の空間の亀裂だが……すぐに塞いだ方がいい」

 

 夜元の口から出たのは、予想していた言葉だ。

 あの空間の亀裂はもう塞いでしまった方がいい。その結論には俺も同じように達している。

 俺がフィオーリに転生したのも、夜元が地球に転生したのも、あの亀裂があったからだ。

 遡れば遥か昔に地球から悪意が流れ込み、それがフィオーリにバグを起こした。

 千年の悲劇の連鎖の切っ掛けとなってしまった。

 ジャッポンなどの明らかに日本の影響を受けている国を見るに、恐らく俺よりも前から地球からの転生者は現れていたのだろう。

 それが歴史に大きな影響を与えてこなかったのはただの偶然で……あるいは影響を与えていたのかもしれないが、皮肉にも魔女や魔物が荒らし続ける世界ではその影響が残らなかったんだと考えられる。

 だがようやく平和になった世界で転生者なんてものが出現すれば、今後どうなるか分からない。

 それを防ぐ為にも、あの亀裂は塞いでしまうべきだ。

 つまり……俺はもうここに来る事は出来ないし、二度と夜元とも会えなくなる。

 二度目の、そして本当のお別れだ。俺と彼女が今後会う事は生涯……いや、死んでからもないだろう。

 亀裂を塞ぐとはそういう事だ。夜元は死んでも、その魂はもうフィオーリには帰って来られない。

 

「分かっています。しかしそれは……」

「いいんだ」

 

 夜元は車を道路脇に停め、俺の方を見る。

 その表情は穏やかで、同時に決意を固めたものだ。

 やはり彼女は決めている。

 こっちの世界に残る事を。プロフェータとしてフィオーリに帰るのではなく、夜元玉亀として地球で生きていく事を既に決意しているのだ。

 昨日彼女が言いかけた言葉……『多分これが最初で最後の』……。

 その後に続く言葉は言われなくても分かっていた。

 そう、これが最初で最後の一緒にいられる時間だ。

 だからせめて、最後に一日だけでも互いの現状や世界の事を話し合う時間を彼女も俺も望んだのだ。

 

「私のそっちでの役目はもう終わっている。

それに私は満足しているんだ。悲劇が終わる瞬間を見て、次の生を得て……お前さんと再会まで出来た。

もう十分だ。この先そっちに帰れなくても、私はこの上ない幸せ者だよ」

「プロフェータ……」

「プロフェータは死んだ。今ここにいるのはただの人間、夜元玉亀だよ」

 

 そう言い切る彼女の笑みは、本当に迷いのないもので、俺はそれ以上何も言えなかった。

 更に夜元はスマホで何かを検索し、俺に見せる。

 画面の中では、ここ数日の俺の目撃情報が上げられていて、明らかに俺を探そうとしているのが分かる。

 

「それに見な。お前さんはやっぱり目立ちすぎる。

人命救助に火災からの子供の救出……『人の口に戸は立てられぬ』って言葉がこっちにはある。

今はまだそこまででもないが、お前さんを探そうとする馬鹿共の動きも活発化してきた。

あのアパートの中に誰かが入るのも時間の問題だし、そうなりゃ空間の亀裂も発見されて大騒ぎだ。

だから、そうなる前に塞いじまった方がいい」

 

 夜元はそう話しながら車のドアを開けた。

 そこはもう、俺が以前住んでいたアパートの目の前だ。

 空間の亀裂の場所を彼女にも教えたところ、ここまで運んでくれたのだ。

 それから俺達はもう誰も住んでいない部屋に入り、亀裂の前に立った。

 

「プロフェータ……いえ、夜元さん。これでお別れですね」

「そうだね……」

 

 ここを潜れば終わりだ。

 俺はフィオーリに帰り、そして今後二度と転生者が出ないようにアルフレアに亀裂を塞がせる。

 もう二度と行き来出来なくなり、夜元と会う事もなくなる。

 移動する時だけ封印を解除するという事が出来ないわけではない。

 だがそんな事をすればきっと、こっちで生きていくと決めた夜元の決意を鈍らせて苦しめる事になる。

 ……彼女は一度も、フィオーリに戻って最後にアルフレアと会いたいとは言わなかった。

 最後に会いたい気持ちがないわけではないだろう。

 俺がいればそれは可能な事で、デメリットもないときっと分かっているはずだ。

 それでも言い出さないのはアルフレアに会いたくないからではない。

 会えば、決心が鈍る。今の家族や友人を捨ててフィオーリに戻りたくなるかもしれない。

 だから夜元はそれを口に出さないのだ。

 そこに俺が何度も訪れてせっかくの決心に罅を入れるのは余りに酷だ。

 だから、俺はもうこっちには来ない。

 これで終わりだ。

 

「心配はいらないよ、エルリーゼ。私はこっちの世界で前よりもずっと生きている。

死んでないだけで千年間、何も出来ずに傍観していた時とは違う。私は今、生きているんだ。

だからお前さん達も、私の事は気にするな。

そっちで精一杯生きろ」

 

 夜元は明るく笑い、手を差し出して来た。

 俺はそれを掴み、頷く。

 

「もう物語はない。ここから先はお前さん達が紡いでいくんだ。

終わらない悲劇(永遠の散花)は終わった。

ハッピーエンドの先がどうなるかは私も分からない。

だが……お前さん達の幸せを祈っている」

「ええ。貴方もどうか、そっちで幸せになって下さい」

 

 最後に軽く抱擁を交わし、そして俺は振り返らずに空間の亀裂へ向かった。

 バリアを張り、光の中へ飛び込む。

 それと同時に心の中で別れを告げる。

 夜元玉亀に。日本に。地球に。

 そしてこの世界への未練に。

 ――さようなら、ありがとう……と。

 

 …………。

 あんま俺のキャラじゃないな、これ。

 やめやめ、もっと軽く行こう。

 

 ――終わったな! 風呂入って来る!

 

 

 エルリーゼが消えた亀裂をしばらく見守っていた夜元は、やがて未練を振り切るように背を向けてアパートを出て行った。

 あっちの世界はきっと大丈夫だ。

 この先何があっても、エルリーゼがいるならばきっと乗り越えていける。

 そう信じる事が出来る。

 だから、考えるのはこれで終わりだ。自分は自分でこっちの世界で幸せを手にしようと夜元は強く思う。

 その為にもまずはポケットからスマートフォンを取り出し、この世界で出来た大切な人へ通話を繋げた。

 

「もしもし……ああ、母さん? 昨日のメールは見た?

……ああ、そうそう。友達との宿泊ね。

うん、それが終わったから今から帰るけど、ついでに何か買っておくべきものあるかい?

……ああ、分かった。それじゃ、すぐに帰るよ」

 

 通話を切り、自然と微笑む。

 千年も生きてきた自分が、ほんの数十年しか生きていない相手を母と呼ぶのもおかしな話だ。

 だがここにいるのはプロフェータではなく夜元玉亀なのだから、今は家族がいるという幸せを噛み締めてもいいだろう。

 そうだ、折角だし今度旅行にでも連れて行ってみようか。

 幸いにして貯金ならば腐る程ある。

 

 不安も未練もないわけではない。

 だがそれでも、未来に向かって歩いていく事が出来る。

 歩くその先に希望を抱く事が出来る。

 千年間も先の見えない道を亀の歩みで進んでいた時とは違う。

 今、自分は確かにこの世界で生きている。

 

「……しかし、あの子……やっぱ転生者だったのかねえ。まあ、本人も語る気がないなら、無理に聞く事でもないか」

 

 優しく髪を撫でる風の感触を楽しみながら夜元は歩み、やがてその姿は人の波に飲まれて見えなくなった。




【その後】
・エルリーゼ
アルフレアに魔力を分けて二度と解除出来ないくらいに亀裂をガッチガチに塞がせ、地球から持ち込んだ植物や果物、サツマイモの栽培を開始。その後普及にも成功。
フィオーリの食卓事情を少しだけ改善した。
相変わらずログハウスでダラダラ暮らしているらしい。

・レイラ
相変わらずエルリーゼと一緒に暮らしている。
そろそろ誰かと結婚しろと実家から文句を言われているが聞く耳持たず。
大丈夫かこのスットコ……。

・アルフレア
聖女として日々適当に暮らしている。
歴代で最も聖女らしくない聖女の名を欲しいままにしている。
エルリーゼに甘やかされ過ぎて少し太り、その後騎士達に走り込みをやらされて無事に痩せた。

・近衛騎士達
聖女らしくないアルフレアに毎日頭を抱えているが、不思議とエルリーゼの時よりもやり甲斐を感じているようだ。

・アイズ国王
過去の罪滅ぼしも兼ねて、今は民の事を第一に考える名君となっている。
そろそろ王の座から降りたいが、息子がボンクラしかいないのでそれも出来ず、養子を取る事を本気で考え始めた。
そのうち過労死しそう。

・夜元玉亀
この後家族と一緒に旅行に行って親孝行をした。
アルフレアの物語をモデルにした新作を書く事を考えている。

・人工呼吸してたガチムチニキ
ボディビルの大会で上位に入賞した。

・無断撮影ニキ
懲りずにどこかで無断撮影をしていたらうっかり反射で自分の顔が映ってしまい特定された。

・旅館のマセガキ。
無事性癖が壊れた。

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