理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー) 作:壁首領大公(元・わからないマン)
田村丸様から支援絵を頂きました!
木尾様という方に描いて頂いたそうです。
https://img.syosetu.org/img/user/381914/91149.jpg
日本編と金メッキコーティング、現実世界でギャルゲーの自分を見た時のイラストですね。
凄いクオリティだ……ずっと見ていられる……。
――聖女の城。
それは、今から数百年前に建造された聖女を育て、守るための建造物であり、そしていざという時には聖女を閉じ込める為の牢獄である。
歴史の中で何度も改築や修繕を行い、時には戦乱の中で壊れてしまって一から新しく造り直す事もあったので正確な建造時期は、預言者プロフェータ亡き今となっては誰も知らない。
ただ、魔女が出現すると同時に聖女という存在が新しく生まれると知られてから造られたもので、少なくとも初代聖女アルフレアの時代には存在しなかった建物だ。
この城にはつい最近までは史上最高の聖女の名を欲しいままにしていたエルリーゼが住んでいたのだが、彼女が自ら聖女の座から退いた事で今は別の聖女が暮らしていた。
その人物の名は初代聖女アルフレア。
始まりの聖女である彼女は本来ならば現代にいるはずがない人物なのだが、色々ないきさつがあり、現在、この世界には四人の聖女がいる。
本来、聖女は一つの時代に一人しかいないはずなのだが、この時代だけはイレギュラーが立て続けに起こり、こんな異常事態になってしまっているのだ。
まず、一人目は現代の聖女であるエルリーゼ。
史上最高の聖女と呼ばれ、いくつもの奇跡を起こし、千年に渡る魔女と聖女の悲劇の連鎖まで終わらせた聖女の中の聖女だ。
分け隔てなく民を救い、恵みをもたらし、最も人々に愛された聖女……。
だが、実は彼女は聖女ではない。ただ、偶然聖女と同じ村に生まれたが故に取り違えられてしまっただけの少女である。
この取り違えは真相を知る極一部の者達からは『歴史上最も偉大な過ち』と呼ばれているが、ここまで偉業を成し遂げた者を今更『聖女ではありませんでした』と認めるわけにはいかない。
なので彼女は聖女の上の別枠の存在として『大聖女』の称号が贈られ、実は聖女ではなかったという真実は秘匿されている。
二人目は現代の真の聖女であるエテルナ。
最近まで、ただの小さな村出身の騎士候補生と思われていた少女だ。
聖女の名に恥じぬ美貌と力を有していたが、それでも誰も彼女を真の聖女と思わなかったのは……まあ、比較対象が悪すぎたからだろう。
エテルナは決して歴代聖女と比較して劣っているわけではない。
ただ、エルリーゼと並べれば歴代聖女が纏めて霞んでしまうだけだ。
そのエルリーゼが聖女の座を退いた後の後任としてエテルナを推す声もあったが、彼女自身の強い拒否によって結局エテルナは聖女の座に就く事はなく、彼女が真の聖女である事も一部の人間しか知らない。
拒否した理由は、エルリーゼの後に真の聖女などと名乗っても滑稽なだけ、だとか。
正論である。
三人目は先代聖女にして元魔女でもあるアレクシア。
魔女を魔女たらしめていた怨念から解放された今となっては、彼女は魔女ではなく聖女である。
だが、だからといってその事を一般に広める事は出来ない。
彼女に関しては生存している事すら秘密にしなければ不味いのだ。
アレクシアはエルリーゼという特大の奇跡とぶつかってしまったせいで、歴史上最も活動出来なかった魔女である。
だがそれでも、エルリーゼが生まれてから実際に聖女としての活動を起こすまでの十年間、確かにアレクシアは魔女だった。
魔物を増やし、村や町を襲わせ、時には自ら戦場に出向き、直接、間接問わず多くの人々を殺め、傷付けてきた存在だ。
当然、彼女に恨みを持つ者は多い。生存している事が知られればすぐにでも『アレクシア処刑すべし』との声が上がるだろうし、襲撃を受けるかもしれない。
故に彼女を聖女として扱う事は出来ない。
魔女アレクシアは聖女エルリーゼに討たれて死んだ事にしなければならないのだ。
そして四人目……初代魔女イヴの実の娘にして初代聖女、アルフレア。
イヴによって一時的に仮死状態にされ、千年間封印された事で魔女になる事なく聖女のまま後世に役目を引き継いでしまった人物だ。
彼女に関しては別に秘匿する理由が何もないので大々的に初代聖女として広められているが、エルリーゼの印象が強すぎるせいであまり人々に周知されていない。
エルリーゼが退いた後の聖女の座に就いたのが、このアルフレアであった。
千年の悲劇を終わらせた聖女の後任が始まりの聖女というのもおかしな話だが、実際、彼女が一番の適任なのだ。
アレクシアは存在そのものが隠され、エテルナも今更真の聖女などと名乗り出る事は出来ない。
その点、アルフレアは千年前からやってきた聖女だ。アレクシアのように恨まれているわけではないし、エテルナのように名乗り出る事で事態がややこしくなる事もない。
また、エルリーゼほどではないが名を知られており、学園の名前にもなっている。
そうした事情もあり、今、聖女の城にはアルフレアが住んでいた。
……そして、騎士達の悩みの種となっていた。
◇
「アルフレア様。本日の予定ですが、教会で信徒達に祝福を……」
「え、やだ。面倒くさい」
ベッドでゴロゴロするアルフレアに、今の筆頭騎士が今日の予定を告げ、あっさりと拒否されてしまった。
この哀れな筆頭騎士は名をレックスといい、前任の筆頭騎士であるレイラ・スコットの後釜になる形で筆頭騎士に就任した男だ。
レイラはエルリーゼが聖女の座を退くと同時に自らも筆頭騎士の名を返上してエルリーゼについていってしまったので、繰り上がりでレックスが筆頭騎士になったのだ。
当然引き留める声はあったのだが、レイラはこの時、『私は聖女の騎士ではなく、エルリーゼ様の騎士だ』と堂々と言ってのけたらしい。
レックスはレイラがとても羨ましかったが、同じようにエルリーゼについて行く事は出来なかった。
何せ彼は、そのエルリーゼ直々に初代アルフレアの側近になるよう命じられたのだ。
ならば、それを放っていく事はエルリーゼへの不義理になってしまう。
そして、エルリーゼが退いた後の後任としてアルフレアが聖女になってしまったので、そのままレックスが筆頭騎士になってしまったわけだ。
「……め、面倒くさいとかではなくてですね……」
「嫌よ。第一祝福って何? 私そんなん出来ないんですけど? 聖女の力って基本的に魔女とか魔物をボコボコにする為のものだから、相手をやっつける事に秀でてはいても、味方を守ったりとか癒したりとかは普通の魔法使える人と大差ないわよ?
まあ、聖女は普通の人よりは遥かに魔法力があるから、普通よりは回復やサポートも出来るかもだけど……それは単純に魔力量が多いってだけで、出来る事自体は本当に貴方達と大差ないわ。
何なら千年のノウハウがある分、貴方達の方が私よりそういうの得意まであるわよ?」
「そ、それは……」
聖女は決して万能ではないし、超越者でもない。
対魔女に能力を多く割いているだけの普通の人間なのだ。
聖女が持つ力は魔女が持つ闇属性魔法を突破出来る力なのだが、実際は光すら通さない空間を作る事で無敵となる空間操作の能力こそが闇属性の正体である。
そして空間操作による防御を突破出来るのもまた、同じ空間操作の力であり……つまりは、聖女の力とは魔女と同じ闇属性魔法の事である。
違いがあるとすれば呼び方だけだ。闇属性魔法は魔女が使う物とされ、イメージが悪い。
それに同じ呼び名にしてしまっては聖女が次の魔女になるという事も知られてしまう可能性がある。
だから聖女の力に関しては『聖女の力』という曖昧な呼び方でずっと誤魔化されてきた。
つまり聖女には空間に作用する力はあっても……人々に祝福を授ける力など備わっていない。
植物を成長させて食べられる果物を皆に与える? 飲めない水を浄化して飲めるようにする? 光を振りまいて人々を健康にする?
……何それ、知らん……怖……。それがアルフレアの素直な感想であった。
「べ、別に本当に何か魔法を使う必要はないのです。ただ、信徒達の前で祝福を授けると言えば……」
「でもエルリーゼは本当に何かやってたんでしょ? それなのに私が形だけじゃ、ガッカリさせるんじゃない?」
「それは……そうかもしれませんが……」
「あ、ちなみにエルリーゼの祝福ってどんなのやってたの?」
「その時によって変わっていましたが……怪我を完治させたり病気を治したり、活力が湧いたり、衰えた身体機能が回復したり……後は肌や髪の艶が目に見えてよくなったり……」
「ごめん、正直意味わかんない」
自分で質問した事だが、返って来た答えにアルフレアは思わず真顔になってしまった。
何度聞いても常識を外れている。
聖女にそんな力などないと断言出来るくらいには出鱈目だ。
アルフレアはベッドにボサッと倒れ込み、それからだらしなく転がる。
「貴方達、大分聖女を誤解してるけどさー……聖女って要するに世界に無茶振りされて、対魔女用の武器だけ持たされた狩人みたいなものなのよ。祝福どころか、むしろ世界に呪いを押し付けられてるみたいな私達が祝福を与えるって、正直違和感しかないわ。
そういうわけでパスね。それよりお菓子持ってきてよ」
アルフレアはベッドに寝そべっただらしない姿勢のままレックスに雑用を要求する。
ゴロゴロしているものだから白い聖女のドレスは皺だらけになっており、スカートも捲れて太ももまで見えている。
レックスは視線を逸らして、わざとらしく咳払いをした。
「んんっ……! 何もエルリーゼ様と同じ事をして下さいとは言っておりません。
ただ、せめてもう少し聖女らしい振舞いをですね……」
「その聖女らしい振舞いってのも正直分かんないのよね。
私の時代は聖女なんて呼び名自体なくて、私はお母様を一度やっつけるまでずっと二人目の魔女って呼ばれてたわよ?
で、お母様を倒して……まあ、死んだフリでまんまと騙されたんだけど……世界が一時的に平和になって、そこでようやく王様が掌を返して『聖女』って称号を与えてくれたのよね」
「そ、そうだったのですか……」
「うん。つまり聖女っていうのは本を正せば私に与えられた称号なのよ。なら、つまり聖女らしいっていうのは私らしくって事じゃない?」
「う、うーむ……そ、そうなのですか……?」
アルフレアの言葉にレックスは唸り声を上げながら考え込む。
確かにある意味正論ではある。
本を正せば聖女という名前自体がアルフレアに与えられたものだ。
ならば聖女らしくとはアルフレアらしく、という事になる……のかもしれない。
とはいえ実の所、こんな事を言っているアルフレアであるが、今の時代で人々がイメージする聖女像というものが分かっていないわけではない。
実際、封印から解放された直後は体裁を取り繕おうとし、聖女らしい口調で話そうともしていたのだ。
……もっとも、性格的に全く演技が出来なかった事もあって、今は完全に諦めているようだが。
「とにかく、予定は予定ですので。外に馬車を用意してあります。さあ、早く準備をして下さい」
「仕方ないわねえ。あーあ、毎日楽して暮らせると思ってたのに、この時代の聖女って色々やる事多いのねえ」
聖女という呼び名すら無かったアルフレアの時代と違い、今の聖女は赤子の頃から高いレベルの教育を施され、役割も多い。
主な役目は大別してしまえば『魔女を倒す事』、『民衆の不安を取り除く事』、『王や貴族との会談』の三つだ。
まず一つ目は語る必要もなく、二つ目は主に人々への祝福や豊作祈願などがある。
勿論聖女にそんな力などないが、たとえ効果のないまやかしだとしても、絶望の日々の中で人々は安心を求めていて、聖女という存在が必要とされてきた。
本当に祝福に効果があったり、豊作を齎したエルリーゼは特大のイレギュラーだったと言える。
三つ目は名目上は国のこれから執るべき方針や魔物への対策などの話し合いという事になっているが、実際は各国の惨状や民の犠牲などを聖女に聞かせて『お前が魔女を倒さないと状況は改善しない』と強く教える為の刷り込みの場でしかない。
しかし一つ目の役割はエルリーゼによって完遂され、全ての元凶は消え去った。
この時点で聖女自体が必要なくなってしまったのだが、各国の王や総大司教が話し合い、ひとまず聖女という役職は残す事に決まった。
役目を果たしたからはいお終い、もう聖女はいりません……ではあまりに身勝手だし、民からの反発が予想される。
それに聖女は聖女教会の象徴なので、いなくなると教会が困る。
また、魔女がいなくなった今、次の聖女が生まれるかどうかも分からない。
今までは前の聖女が死去するか魔女になった際に新しい聖女が誕生していたが……何せ今は聖女が三人になってしまっている。
今後聖女が生まれる時も三人生まれてしまうのか。それともあくまで現代の聖女であるエテルナの死にのみ対応するのか。
……あるいはもう、聖女は必要ないとして生まれないのか。
今後聖女という役職を残すにせよ残さないにせよ、今はまだ様子見するべきだ。そう全員が判断した。
三人の聖女、エテルナ、アルフレア、アレクシアがいつの日か眠りに就く日までの、長い長い様子見だ。
そして役割を失った聖女はひとまず、今までと同じように教会での祝福や生まれてくる子供への洗礼、豊作祈願などを続ける事となった。
そして…………。
◇
「大変だ! アルフレア様がいない!」
「またか! またなのか! 少し目を離すとどっか行かれてしまう! 自由すぎるだろ! 子供か、あの方は!」
「そういえばさっき、馬車の中から酒場を指をくわえて眺めてたような……」
「そっちだ! 行くぞ!」
――城下町に到着するや、早速アルフレアは迷子になった。
※ちなみにレックス達が目を離したのはほんの数秒。これからの予定を教会の人と話し合ったり、馬車を繋ぎ場に停めに行ったりしてたら、アルフレアがいなくなった。
エルリーゼの時はそんな事はなかったので、まだアルフレアの自由さに順応出来ていない。
アルフレアは好奇心旺盛でアグレッシブなので誰かが常時見張っていないと、勝手に走り出します。
というわけで、皆様お久しぶりです。
前書きでも書いた通り、2022年2月10日に二巻発売です。
これも皆様のおかげです。ありがとうございます。
とりあえず、詳しい事はカクヨムの活動報告にちょくちょく上げていきますので、興味があったら覗いてみて下さい。
後編の更新は2月10日の発売日なので、その時にまたお会いしましょう。