理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー) 作:壁首領大公(元・わからないマン)
アルフレアは迷子になっていた。
馬車で移動中に見えた酒場に吸い寄せられるようにフラフラと出歩いたはよかったが、酒場に辿り着く事すら出来ず道に迷ってしまったのだ。
しかも道を確認していなかったので自分がどこから来たのかも分からず、帰れない。
ビルベリ王国の王都はそれなりに広い。
それは、小さな村や町に兵力を分散させずに一点に集中する為に王都に人口を集中させていたからだ。
その広い都でアルフレアはお上りさんのようにあちこちを見回していた。
「おぉー……」
感心したような声をあげ、建物一つ一つを見る。
アルフレアの時代に比べ、今の時代は前進よりはむしろ後退している。
千年に渡り魔女や魔物の脅威に晒され続けたせいで人類の数は減り、生存圏も縮小し、千年かけて人類は衰退し続けてきたのだ。
エルリーゼによって千年の悲劇が終わり、魔物を見る事はなくなり、土地は戻り自然も蘇った……だが、いかにエルリーゼでも人類の傷を完全に癒す事は出来ない。
長い戦いで減ってしまった人類の数までは戻せず、この傷を癒すには長い年月をかけて人々が子を産み、育て、そしてまた次代を育んでいくしかない。
しかしそんな時代でも、建物の頑丈さという点においてはアルフレアの時代を遥かに上回っていた。
いつ魔物に襲われるか分からない世界では、建物や城壁の頑丈さは何よりも求められる。
その為、アルフレアにとって王都の建物はどれも、とても立派なものに見えたのだ。
「あれ? 何だか甘い匂い……なんだろ?」
遠くから食欲を誘う甘い香りが漂い、アルフレアは迷うことなく匂いに誘われて走っていく。
その僅か二十秒後にアルフレアを探しに騎士が通りがかったが、残念ながらもうアルフレアはいなかった。
後ほんの二十秒我慢すれば保護してもらえたのに、堪え性のない聖女である。
アルフレアが向かった先では、数人の男女が何か見たことのない食べ物を食べていた。
それは楕円形をしており、紫色の皮の内側には黄色の中身が詰まっている。
近くには魔法で熱したらしい石が敷き詰められた箱があり、箱の上にはまだいくつか同じ物が転がっていた。
彼等はしばらく美味そうにそれを食べていたが、やがてアルフレアの熱い視線に気づいて食べるのを止めた。
「…………」
「…………」
彼らのうちの一人が手に持ったそれを動かすと、アルフレアの視線も釣られて動く。
何故かこの時、彼はアルフレアにありもしない犬の尻尾を幻視した。
「……あー……食うか?」
「食べる!」
幻影の尻尾がブンブンとはち切れんばかりに揺れた……気がした。
勿論幻覚である。アルフレアに尻尾などない。
人懐こく駆け寄ってきたアルフレアに、丁度いい具合に焼けたものを一つ渡すと、アルフレアは勢いよく食らい付いた。
「あっつぅ!」
「馬鹿! 一気にかぶり付く奴があるか!」
「……でも甘い! 美味しい! これ何?」
焼きたてを一気に頬張った事で最初こそ熱さに驚いたアルフレアだが、熱さに慣れた後はこの食べ物の甘さに驚いた。
果物の甘さとも違う、少しだけエルリーゼが作ってくれるお菓子を思い出す甘味だ。
アルフレアの質問に、男は何故か誇らしげに答える。
「こいつはサツマイモっていうんだぜ、嬢ちゃん。エルリーゼ様が最近栽培して、広めた新しい芋なんだ。これまで俺達庶民にとって甘い食べ物ってのはあんまり縁がなかったが、こいつを増やせば俺達でも甘味にありつける。ありがたい話だ」
「縁がないって……果物とかは?」
「……着てる服の上質さからもしかして、とは思ったが……嬢ちゃん、もしかしていい所のお嬢様だろ? 果物なんて高級品、俺等みたいな庶民はそうそう手に入らねーよ」
「そうなの?」
「ああ。ていうか今でこそただの高級品で、頑張れば手に入らない事はないが、ほんの少し前までは一部のお偉いさんしか食べられない物だったんだぜ」
アルフレアの物知らずさに呆れながらも、勝手に世間知らずのお嬢様だと解釈したらしい。
ちなみにアルフレアの現在の服装は聖女用の白いドレスなのだが、それを見ても聖女と繋げて考えない辺り、引退した今でも彼らの中では聖女=エルリーゼの印象が強いのだろう。
……あるいはアルフレアに威厳がなさすぎるだけか。
「育ててもすぐ魔物に荒らされるし、魔物のせいで食料不足になった普通の動物も食い荒らしていく。土地も痩せてるからそもそも育てる事自体が難しい。そんな中、王都の城壁の中で育てられた僅かな量だけがお偉いさんに届けられてたんだ。
今では魔物も見なくなったし、土地もエルリーゼ様が改善して下さったから、果物もどんどん増えて、貴重じゃなくなるだろう……といっても、今すぐじゃなく、十年や二十年くらい先の話だがな」
「へえー」
アルフレアの時代はまだ、魔女が現れたばかりだったので人類の生存圏も広く、魔物の数もそれほどではなかった。
なので果物はそれほど貴重ではなかったのだ。
千年かけてどんどん状況が悪化し続けた結果、最悪の一歩手前まで追いつめられてしまったのがこの時代である。
もしエルリーゼが現れなければアレクシアの次か、その次の代の魔女辺りに人類は滅ぼされていただろう。
ここから人類が真に立ち直るには、まだまだ時間が必要だ。
「おーい、待たせたな。さつまいもを揚げてみたぞ。感想を聞かせてくれ」
「おっ、出来たか!」
話していると、鍋を手にした男が近付いてきた。
鍋の中には適当なサイズに切られ、揚げられたさつまいもが沢山入っている。
「こっちは三日ほど干してみた奴だ。先に少し食ったが、干してもいけるぞ」
「そりゃいい。大量に作っておけば冬の頼もしい備蓄になりそうだ。
味は……ほう、いけるな。ガキ共も喜びそうだ」
男達は色々な形に加工したさつまいもを並べ、口々に感想を述べる。
それを見てアルフレアは、そういえばこれは何の集まりなのだろう、と今更な疑問を抱いた。
「そういえば貴方達、ここで何してるの?」
「サツマイモの色々な食べ方を試してるんだよ。何せこれはまだ未知の部分が多い新しい食べ物だからな。だから焼いてみたり茹でてみたり、揚げてみたり、干してみたり……どれだけ応用出来るか調べてるのさ。エルリーゼ様はこのサツマイモを俺達に与えて下さったが、それをこっからどう応用していくかは俺達次第だろ? きっとこいつは、工夫すればもっと美味くなると思うんだ」
この世界で食べ物とは、とにかく食べられる事と長期保存出来る事が何より重要だった。
味など二の次だ。そんなものを追求している余裕があるなら、不味くてもいいから一日でも長く保存する方を選ぶ。そうしなければ生きられなかった。
しかし今は余裕も出来て、こうして保存以外にも純粋に味を追求する試みが増え始めていた。
ここにいる男達もそんな、どうすればもっと美味くなるか、を追求する一団であった。
「いいじゃん、いいじゃん。貴方達が頑張れば美味しいものが食卓に増えるって事でしょ?
頑張ってね、おじさん達。私も豊作祈願とか祝福とか気合いを入れてやるから!」
「はっはっは、嬢ちゃん。そりゃ聖女様の仕事だよ。けどまあ、ありがとよ。美味いサツマイモが沢山採れたら、きっと嬢ちゃんの家の食卓にも並ぶさ。期待して待っててくれ」
「おう、そうだ。よければいくつか持って帰ってくれよ。そんで、家の人に感想を聞いてみてくれ」
彼等は結局、アルフレアの事を最後まで聖女ではなくただの人懐こい貴族令嬢か何かと思ったままであった。
アルフレアに干し芋や揚げた芋をお土産に持たせ、アルフレアもそれを大喜びで受け取る。
それから教会を目指して出発し、その僅か十五秒後に近衛騎士の一人であるフィンレーがその場に現れた。
「そ、そこのお前達! ここらで聖女様を見かけなかったか!?」
「聖女様? いや、見かけませんでしたぜ?」
彼等は決して意図して嘘を吐いているわけではない。
単純にアルフレアが聖女だと気付いていないだけだ。
エルリーゼが聖女の座を退いた事、今はアルフレアという初代聖女が聖女を務めている事は情報として知っている。
だが、引退した今でもエルリーゼの影響力は絶大で、聖女といえばどうしてもエルリーゼのようないかにもな聖女を連想してしまうのだ。
そしてアルフレアは名乗らなかったので、彼等には今ここを離れて行った女性を聖女だと認識する事が出来なかった。
少しアルフレアが歩くと、今度は広場で革製のボールをぶつけ合って遊んでいる人々を発見した。
どうやらこの広場は市民が娯楽を楽しむ為の場所らしい。
しばらくアルフレアは彼らを眺めていたが、どうもボールをぶつけ合っているだけで特に何かルールがあるわけではないらしい。
ほんの数年前までは誰もが生きるのに必死で娯楽などに現を抜かしている余裕はなかった。
そのせいでこの世界は娯楽というものがまるで発展しておらず、彼等も遊び方というものをよく分かっていない……つまり、洗練されていなかったのだ。
するとアルフレアはズカズカと前に踏み出し、横から口出しをした。
「ねえ貴方達、ルールくらい決めないの?」
「ルール? そう言われてもなあ……例えばどんなのがいいんだい?」
「例えばチームを分けて、ボールにぶつかった人は退場とかさ。で、人数がゼロになった方が負けね」
「ほう、そいつは面白そうだ。やってみるか」
彼等の遊びは、いわば子供が雪玉をぶつけ合って遊んでいるのと同じで、意味などなかった。
あまりに娯楽が遠のいていたせいで、遊べるという事実そのものが楽しかったのだ。
そこにアルフレアが意味を持たせた事で、一気に場は盛り上がった。
何の景品などなくても、勝ち負けがあるなら勝ちたいのが人間というものだ。
程よく闘争心を刺激され、勝利の快感と周囲からの称賛はまたやりたいという気持ちを呼び起こす。
負けた側は悔しさから、今度こそはと奮起する。
彼等はあっという間にこの新しい遊びに夢中になり、アルフレアも交えて夢中でボールを投げ合った。
「よーし、行くわよ! それー!」
ドレスが汚れるのも何のその。
何度も勝ち負けを繰り返し、転んだりして砂まみれになったドレス姿でアルフレアは元気にボールを投げ、相手にぶつける。
お返しとばかりに相手チームから投げられたボールをキャッチ……しようとしたが、ボールの勢いが怖いので咄嗟に避け、後ろにいた味方に命中してしまった。
「おい姉ちゃん、そりゃないぜ!」
「あちゃー、ごめん!」
アルフレアのせいでアウトになってしまった男がスゴスゴと退場し、その間抜けなやられ姿に周囲から笑い声が起こった。
といっても、アウトになった男も本気で怒っているわけではなく、どこか楽しそうだ。
するとそこに、盛り上がりを聞きつけて騎士達と教会の司教が駆け付け、市民と一緒になって遊んでいるアルフレアを発見した。
「ア、アルフレア様ー!?」
「やっと見付けたと思ったら何やってんだあの方ァ!?」
「お、おお……神聖な聖女のドレスが……あ、あんなに汚れて……」
アルフレアのあんまりと言えばあんまりな姿に司教が頭を押さえてふらつき、慌てて騎士の一人が受け止めた。
彼の反応も無理はない。何せアルフレアの姿は今までイメージされてきた聖女像とは明らかに異なっている。
聖女とはこれまでは俗世とは一線を画した存在で、神聖さの象徴であった。
それはエルリーゼの時代で最高潮に達し、彼女は生きながらにして信仰対象にまでなっている。
そう、エルリーゼは人でありながら高次の存在のように見られている。
しかしアルフレアはどうだ。
むしろその逆……全力で俗世側にダッシュして、人々と同じレベルにまで落ちてそこで笑っている。
その姿には神聖さなど、全くない。
「お、おい、どうする? 止めるか? これじゃ聖女の威厳が……」
「…………」
騎士フィンレーに問われ、筆頭騎士のレックスは腕を組んで考える。
だが、困ったように溜息を吐くと首を横に振った。
「いや、もう少し待とう」
「しかし……あれでは人々の聖女への印象が……」
「いや、きっとそれでいいんだと思う。きっとエルリーゼ様もそう見越して、アルフレア様に後を任せたのかもしれない」
レックスの言葉にフィンレーは怪訝な顔をした。
従来の聖女の印象をぶち壊してしまいそうな、あのアルフレアの姿がエルリーゼの予想通りとはどういう事か。
不思議そうにする彼に、レックスは自分なりの推測を話す。
「もう魔女はいない。魔物も……もしかしたらまだどこかに残っているかもしれないが、やがて完全に姿を消すだろう。ならば聖女に求められる役割も変わる」
「……それは……そうだな」
「エルリーゼ様のような奇跡を望まれても、それはきっと、これからの聖女にとっては重荷にしかならない。
聖女だって俺達と同じ人なんだ……決して神様じゃない。
なら……変わるべきだ。
奇跡を望むのではなく、自分達で歩いて行けるように。聖女に何もかもを押し付けるんじゃなくて、これからは聖女と共に皆で歩いて行けるように……。
聖女に何もかもを求めて、高望みしてはいけないんだ。
つまりは……その……言い方は悪いがここで聖女へのイメージと期待値を一気に落としておけば次の聖女がいても楽になるんじゃないかなって……」
「途中までいい話になりそうな空気だったのに、いきなり台無しになったな」
レックスの言葉は要約すると、「エルリーゼ様と同じレベルを求めたら可哀そうだから、ここで一気に評価を落としておけば誰もその次の聖女に重荷を背負わせないだろ」というものであった。
何とも酷いものだが、事実ではある。
実際、今代の真の聖女であるはずのエテルナは、まさにエルリーゼとの比較を恐れて聖女の座を辞退したのだ。
レックスは前を向き、市民に交ざって服のあちこちを汚しながら遊んでいるアルフレアを見て、眩しそうに目を細めた。
「……いいじゃないか。これからの時代の聖女は、ああいうのでさ」
「……そうかもな」
ボールをぶつけられ、今のは無しとゴネるアルフレアを見ながらレックスは思う。
(エルリーゼ様……貴女がアルフレア様に後を任せたのは、次代を見越していたからなのですね。
いつまでも奇跡に頼っていては人は駄目になる。自分で歩く力を失ってしまう。
だから聖女は奇跡の担い手ではなく、地に降り、同じ歩幅で歩いて行く存在になるべきだと。
このレックス、エルリーゼ様の慧眼に感服致しました……!)
――尚、言うまでもなくレックスの勝手な誤解である。
エルリーゼはそんなに深く考えてアルフレアに後任を任せたわけではない。
かくして本人のいない所で勝手に評価は上がり、今日もフィオーリの日々は過ぎていく。
本日、偽聖女二巻が発売されました!
もし本屋で見かけたら是非手に取って見て下さい。
【フィオーリでは果物は高級品】
育てたそばから魔物が荒らすので城壁の内側でしか育てられない。
当然数は減るし、しかもその果物は貴族などか独占するので庶民は手が届かない。
ちなみに中世で干した果物は冬に食べられる貴重な保存食だったというので、その辺りも餓死者が出まくった原因かもしれない。
また、穀物や野菜も当然魔物が荒らすので城壁の内側で頑張って育てるしかない。
Q、それ、小さな村とかどうするの……?
A、柵作って見張り立てて頑張って守ってた。まあ8割くらいは守り切れなかったり腹を空かせて我慢出来なくなった奴が食ったりで散々だけど。
後、収穫出来ても麦は領主とかに税として取られてた。
Q、小さな村は果物育てないの?
A、そんな暇あるならとにかく穀物育てる。
Q、小さな村の人、何食って生きてたん?
A、雑穀のおかゆとか、野菜の塩漬けとか、冬をどうせ越せないので先に〇しておいた家畜の豚肉を干し肉とか塩漬けにしたものとか、食用と分かってるキノコとか。それすら食えん奴は死んでた。
今はここにジャガイモ、サツマイモ、魔物の肉などが追加されている。