理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー)   作:壁首領大公(元・わからないマン)

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サプリ・メントは探求する①

 かつて人類の生存圏は、世界の一割もなかった。

 大聖女エルリーゼの登場以降、人類は領土を急速に拡大していったが、その中にはかつて魔物に滅ぼされてしまった国や奪われた土地も含まれている。

 一度は歴史の中に消えた曰く付きの建物――例えばかつての魔女の拠点等、が時を越えて白日の下に晒される事もあり、そうした建物は騎士団による入念な調査が行われる。

 その一つに、森の中にひっそりと佇む『奇跡の聖女の館』というものがある。

 奇跡の聖女――その名をトルッファ。エルリーゼが登場するまで『史上最高の聖女』と呼ばれていた聖女であり、彼女が最期を過ごしたとされる場所こそが『奇跡の聖女の館』だ。

 

 エルリーゼを除き、魔女と魔物の脅威のない平和な期間を五年より長く続けた聖女は存在しない。

 しかし、『魔女が一切表に出て来ない』期間ならば、六年以上持続させた聖女がいる。それこそがトルッファであった。

 トルッファの持つ奇跡の力を恐れた魔女は決して表舞台に姿を見せず、侵攻は全て魔物に任せて自らは逃げ隠れしていたという。

 流石にエルリーゼのように魔物まで駆逐してしまうほどの力はなかったが、それでもトルッファが聖女を務めていた時代は他の時代に比べてずっと平和であったらしい。

 そんな彼女が聖女として最後に目撃されたのがこの館なのだ……と、伝えられている。

 エルリーゼとアレクシアの関係にも似たこのエピソードに興味を抱いたサプリは、学園を離れて騎士団の調査に(無理矢理)同行を申し出ていた。

 

「ここが『奇跡の聖女の館』か……大分経年劣化しているが、こうして残っているとは何とも僥倖。真実へ繋がる何かが残されているかもしれない、と思うとつい興奮しそうになる」

 

 サプリは眼鏡を指先で持ち上げ、好奇心で口元に弧を描いた。

 聖女という存在にかける並々ならぬ情熱の炎は、その大半がエルリーゼへと対象を移し替え、今や残されたのは僅かな火のみだ。

 しかしそれでも、彼は教師であり研究者。残された僅かな熱は知的探求心となって、聖女の足跡を追うように彼の心を炙っている。

 

「物好きですね、貴方も」

 

 呆れたように言うのは、今回の調査団のリーダーを務める騎士のフィンレー・ブルーアイだ。

 金髪の勇者という意味の名前だが金髪ではなく茶髪だし、ブルーアイという家名に反して目の色は灰色である。

 かつてエルリーゼの近衛騎士の一人だった彼は、今はアルフレアの近衛騎士を務めている。

 アルフレアの側には筆頭騎士のレックスが常にいるので、こうした遠出する任務は大体彼の役目であった。

 

「これでも教師なのでね。歴史の真実を知る機会があるならば追うのは当然の事だろう? それに教え子達に嘘の歴史を教えたくはないのでね」

「トルッファ様の伝説に、嘘があると?」

「分からんよ。しかし世代を越えて伝わる記録というのは、人から人へ続く伝言のようなものだ。聞く側の主観、好み、聞き間違い……そしてこうであって欲しいという望み。そうしたもので捻じ曲がり、真実から遠ざかっているかもしれない。ならば私達の知っている歴史にも過ちがあるかもしれないだろう?」

 

 現在伝えられている伝説だけで判断するならばトルッファは確かに素晴らしい聖女だ。

 ましてや魔女が恐れて逃げ隠れしていたというエピソードなど、エルリーゼを恐れてアレクシアが隠れ続けていたのと同じではないか。

 そこまで魔女を恐れさせるなど、どれだけの存在だったのか。

 しかし、それだけの偉業をなした聖女の割に、肝心の『奇跡』の力がどういうものだったのかは、一切残されていない。

 何とも、興味深い存在だ。

 

「はあ……とりあえず、中に入りますよ。一応気を付けて下さい……魔物がいる可能性はゼロではありませんから」

「ああ、心得ておこう」

 

 エルリーゼの活躍もあって、ここ最近は魔物を見る事はなくなり、目撃情報すら聞かなくなった。

 だから魔物は絶滅したのだろう、と楽観視する人々が増えているが、その判断はまだ早すぎるというのが騎士団やサプリの考えだ。

 いくらエルリーゼでも世界の隅々まで確認したわけではないし、そのエルリーゼ自身が言うには、まだ海や地下で魔物が生息している可能性は高いという。

 また、アレクシアがエルリーゼを恐れて隠れていたように魔物も隠れているかもしれない。

 そしてこういう過去の建物や遺跡を、一つ一つ出入りして確認する暇などエルリーゼにはなかったはずだ。

 だから、こういう場所に魔物がいる可能性は低くないのだ。

 

 ドアを開ける。

 中は暗く、そして嫌な臭いがした。

 フィンレーは松明に火を点けて中を見る。

 すると、あちこちがボロボロになった館が照らし出された。

 床を破って植物が生え、壁や天井を突き破っている。

 壁もボロボロで、蟻か何かに食い荒らされたのだろうと推測出来た。

 魔物は……見える範囲にはいない。

 騎士団が続々と館に入り、早速手分けして調査を開始する。

 

「ところで……トルッファ様はここで最期を過ごしたとされていますが、先生はどう思いますか?」

「疑わしい、というのが本音だ。君も知っての通り、魔女を倒した聖女は次の魔女になる。聖女としてのトルッファ様が最後にここで目撃されたという事はつまり、ここで魔女を倒したという事。ならばこの館の本当の主はむしろ……」

「トルッファ様から隠れていた魔女の方……?」

「うむ。実際のトルッファ様はここで魔女を倒した後に他の場所で過ごしたのではないか……と私は思っている」

 

 トルッファがここで最期を過ごしたと言われているのは、聖女としての彼女が最後に目撃されたのがここだからだ。

 『その後魔女になってどこかに去った』ではなく、『ここで人知れず最期の時を過ごした』。聖女が魔女になるという真実を隠す為には、そういう事にするのが一番いい。

 つまり、トルッファの最期については、当時の王家によって意図的に歴史の闇に葬られていると考えるのが自然なのだ。

 本来ならば真実は、闇のままにしておくのが一番いい。

 『魔女を倒した聖女は次の魔女になります』なんて真実は誰にとっても毒にしかならないし、聖女だってやる気を失ってしまう。リリアのように絶望する聖女も出るだろう。

 民衆だって怒りが聖女に向く事が考えられる。

 しかし今は違う。エルリーゼによって千年の悲劇を終えた今ならば、闇に葬られた真実を白日の下に引っ張り出す事が出来る。

 勿論すぐに真実を公開するのではなく、年月を経て徐々に伝えていくべきだとは思うが……いつまでも歴史を偽りで塗り固めておくべき時代は、もう終わっているのだ。

 

「しかしそれでは、ここにはトルッファ様の情報は何もないのでは……?」

「それはどうかな。私は少なくとも、ここには『奇跡』の正体に繋がるものがあると睨んでいる」

「『奇跡』の正体……ですか?」

「魔女がトルッファ様を恐れて隠れていた。なるほど、ありえない話ではない。実際私達はエルリーゼ様とアレクシア様という、まさにその実例を見ているわけだからね。しかしどうも引っかかるものがある」

「それは一体……」

「さて、な。それを知る為に私はここにいる」

 

 そう言い、サプリは数体のゴーレムを魔法で生み出すとフィンレーから離れて近くのドアへと向かった。

 雑談タイムはここまでだ。それより、ここに来た目的は調査なのだから、サプリはこの館を見て回りたかった。

 ドアをゴーレムに開けさせ、まずは中を室内を確認。

 長い間人の入っていないこんな館に、まさか罠があるとは思っていないが、警戒しておいて損はない。毒を持っている虫や植物にうっかり触ってしまう事だってあり得るのだ。

 

「ここは書斎か……しかし」

 

 部屋の中にはいくつもの本が置かれていた。

 貴重な昔の資料だ。しかし、適切な保管が行われずにこうも野ざらしでは、無事に読めるものはそう多くないだろう。

 一番近くにあった本に手袋越しに、慎重に触れるとページの端がボロボロと崩れてしまった。

 これはいけない。このままでは読もうとした側から本が崩れてしまう。

 まずは本が崩れないように魔法で補強し、それから人手を集めて内容を書き移さなければ。

 しかし本そのものに補強の魔法をかけても、全てのページが守られるわけではない。

 例えば頑丈になる魔法を人間にかけても、あくまで身体の外側全体が魔力で覆われて保護されるだけで、内臓や骨が頑丈になっているわけではない。

 それと同じで本に補強の魔法をかけても、それは本の外側が魔力で覆われるだけだ。

 ページの一つ一つまで保護されるわけではないので、本を開けば中のページはボロボロ崩れてしまうだろう。

 全てのページを満遍なく補強、保護するとなると複数の術者で一つ一つに入念に魔法をかけていく地道な作業となる。一人ではとても出来ない。

 エルリーゼならば一瞬で、この場にある本全てにそのレベルの保護をかけられるだろうが、流石にそれは例外中の例外だ。

 とにかく、ここにある本は後で保護するとして、今は調査を続けるべきだろう。

 

「それにしても……」

 

 サプリは部屋の外に出て、館の中を見回す。

 ここに入ってから、何か違和感を覚える。

 この館に、何か不自然な印象を抱いてならない。

 『何かがおかしい』……サプリの感覚はそう訴えているが、その理由が分からない。

 あるべき何かがないような、あるいは欠けているべき何かが残っているような……これは本来あるべき姿ではないかのような、妙な不自然さをこの館全体から感じる。

 

「――!」

 

 思考の海からサプリを引き上げたのは、遠くから聞こえた悲鳴であった。

 魔物でも出たか!? あるいは野生動物に襲われたか!?

 どちらにせよ、訓練された騎士が悲鳴を上げる事そのものが既に異常事態だ。

 何かあったと考えて間違いない。

 サプリはすぐに悲鳴の聞こえた方へ走り、途中でフィンレーを始めとした数人の騎士と合流した。

 そして辿り着いた先……そこでは、騎士の一人が植物の蔓に絡み付かれ、今まさに奥へ引きずり込まれようとしている場面であった。

 

「に、逃げっ……」

 

 逃げろ、と言おうとしたのだろう。

 しかし次の瞬間、騎士は蔓によって屋敷の奥へ引き込まれてしまった。

 すぐに追おうとする騎士達だったが、フィンレーの声が彼等を止める。

 

「総員、警戒態勢! 円陣を組め!」

 

 浮足立っていた騎士達はすぐに冷静さを取り戻し、フィンレーの指示に従って円を組む事で互いの背を守りつつ全方位を警戒した。

 エルリーゼという規格外の登場によって忘れられつつあったが、魔物との戦いとは常に命掛けで予想外の連続だ。僅かな動揺と、動揺から生まれるほんの一秒の隙や硬直ですら死に繋がる。

 故に彼等は冷静でなければならない。たとえ目の前で仲間を連れ去られたとしても、ここが危険であると分かったならば今出来る最善の動きをする必要がある。

 それこそが長年、聖女を守り続け、道を切り拓いてきた聖女の盾……騎士というものなのだ。

 サプリも彼等に倣ってゴーレムを警戒態勢に移行させるが、こちらはあえて背中を守っていない。

 言い方は悪いが所詮は替えの利くゴーレム……襲うならば襲ってくれていい。それだけで囮として十分に役立ってくれる。その為にあえて隙を見せているのだ。

 

「……魔物でしょうか? 先生はどう見ます?」

「植物の魔物か。考えにくいな」

「と、いうと?」

「君は、戦場で植物の魔物を見た事はあるかね?」

「いえ、ありません。ただ、そういう魔物もいると聞いた事はあります」

 

 植物の魔物というのは、現役の騎士であるフィンレーも見た事がない。

 あの王都防衛戦の時も、獣や虫、鳥の魔物ならばいたが植物の魔物はいなかった。

 しかし、いないわけではない。

 そういう魔物も過去にはいたと確かに伝えられている。

 

「植物の魔物というのは、効率が悪いのだ。役に立たないと言ってもいい」

「役に立たない、ですか?」

「魔物とは既存の生物を変化させるものだ。そして魔物の知性は元々の動物の知性に比例する。元が賢ければ水に毒を混ぜる等の人間が困る事を自ら考えて積極的にやるが、元々がそれほど賢くなければ、ただ手強さが増しただけの獣だ」

「なるほど……そして、植物に知性はない」

「植物に知性がないかどうかは学者によって見解が分かれる所だがね……少なくとも動物的な自我や思考能力は無いに等しいと考えていいだろう。当然、魔物化してもただ巨大化しただけの植物のままだ。地面から根が抜けて走り出し、町を襲ったりはしない」

 

 話しながらも、油断なく周囲を見る。

 今の所、何かが襲ってくる気配はない。

 

「しかし、植物の魔物は過去に目撃情報があります。私は見た事はありませんが、存在するのは確かです……何故、そんな魔物が?」

「考えられるのは二つ。とりあえず試しに作ってみたか、拠点防衛用か」

「試しですか……なるほど。とりあえず本当に役に立たないか確認の為に作ってみて、そして本当に役に立たないと」

「うむ。アレクシア様も昔作った事があると言っていた」

「では、拠点防衛用とは?」

「食虫植物というものがあるだろう。あれを魔物化すれば食う対象は人間になる。自ら動いて人間を襲うわけではないが、拠点周辺に置いておけば近付いてきた人間に対する防御になるだろう……と、言っても結局それなら普通の魔物を置いた方が早いし、それどころか人間が近付いて来なければそのまま枯れてしまうらしいが。つまりどちらにせよ、効率が悪いしわざわざ作るほどの魔物ではない」

 

 結局の所、植物の魔物化はあまりやる意味がないという結論に落ち着いてしまう。

 拠点防衛? 動かず獲物を待つだけの魔物を配置するくらいなら、普通に動き回る魔物を配置した方が断然拠点を守れるだろう。

 罠に使える? だったら普通に罠を配置するか、蜘蛛でも魔物化して巣を張らせればいい。魔物化した植物なんて目立つものは罠にもならない。

 

「しかし先生、今の蔓は明らかに……」

「うむ。自ら動いて敵を捕らえていたな。だから私はこう考える……あれは魔物ではないと」

「魔物ではない?」

「植物を動かすなら、魔物化などよりもっと簡単で、私でも出来る方法がある」

 

 話しながらサプリは土属性の魔法で、館中に生えている植物を動かした。

 

「魔法……!」

「そういう事だ」

 

 納得したような顔のフィンレーに、サプリは得意気に話す。

 そう、魔法でも植物は操作出来る。

 荒地を一気に森に変えてしまうエルリーゼは流石に規格外すぎて参考にならないが、サプリだって地中の根を操作して敵の足に絡み付かせる程度の事は出来るのだ。

 そしてこの方法ならば、まるで意思を持っているように動き、敵を襲う植物が完成する。

 フィンレーはハッ、としてサプリへ視線を向ける。

 植物は魔法で操る事が出来る。そして魔法で操ったと思われる植物が騎士を襲った。

 ならば、そこから出る結論は一つしかない。

 

「という事は……つまり!」

「そうだ。警戒したまえよ、フィンレー君」

 

 サプリは興味深そうに、邪な笑いを浮かべながら断言する。

 

「この館、我々以外の誰かがいるぞ」

 

 ――その言葉を皮切りに、館に生えている植物が一斉に襲い掛かって来た。




皆様こんばんは。壁首領大公です。
遂にコミック版1巻の発売日が近付いてまいりました。
コミック版1巻は3月29日(水)に発売となります。
よろしくお願いします!

今回は以前カクヨムメールで配布したSSを三本、更新していきます。
見られなかった方も是非、この機会にどうぞ。
手抜き……? 違う、有効活用だ!
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