理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー) 作:壁首領大公(元・わからないマン)
現実は理想を超えた。
サプリ・メントは聖女という偶像に熱狂的な愛を捧げる聖女崇拝者である。
彼がまだ物心ついたばかりの幼かった頃、世界は地獄だった。
至る所に魔物が溢れ、人が死に、良心を失った人間は暴徒と化した。
彼は魔物を恐れるよりも先に、暴徒の醜さを恐れた。
理性を失った人間は獣ですらなかった。獣未満の悪魔だった。
獣が人を襲っても、そこに悪意はない。
食べる為。我が子を守る為。縄張りに入られたから。怯えたから。敵だと思ったから。
そうした理由がある。
だが理性を失った人間は違う。理由もなく他者を傷つけて、そして愉しむ。
理性のない人間は悪意を持った獣で、悪意を持った獣は悪魔だ。
その悪魔達がサプリの家を襲った。
貧しい男爵家だったメント家は辺り一帯を治める領主だったが、暴徒と化した大勢の民に抗える力はなかった。
家は壊され、使用人は逃げ出し、そして幼いサプリの目の前で父と兄は殺され、母と姉は暴行を受けた。
獣……そう、獣だ。そこにいたのは人ではなかった。
人の姿をした獣しかそこにはいなかった。
かろうじて一人だけ難を逃れたサプリだったが、彼の心は捻じれた。
貧しいとはいえ貴族の家で、外の汚いモノに触れる事なく育った少年の心を壊すにはこの一件は十分すぎた。
正義、愛、慈悲、節度、優しさ、情、責任感、勇気……そうした美徳とされるものの全てが薄っぺらい嘘にしか思えなくなった。
人は容易く獣になる。獣未満の悪魔になる。
美徳なんて簡単に捨てて、本性を剥き出しにする。
今は笑顔でも、その裏には醜い本性が隠れているのだ。
そんな世界を正常に戻したのが、当時の聖女であった。
聖女が魔女を倒し、世界には光が戻った。
すると驚いた事に、今まで悪魔になっていた連中が慌てたように理性の仮面を張り直して人間へと戻っていた。
その光景を見てサプリは思った。会った事もない聖女という存在に感動した。
ああ、そうか! 聖女がいれば世界は光で満ちるんだ!
聖女こそが光で、愛で、正義で、慈悲で情で節度で優しさで責任感で勇気なんだ!
聖女こそが人の美徳そのものなのだ!
幼くして心が歪んだ少年は、歪んだ自分だけの結論を構築した。
会った事も見た事もないのに聖女の姿を想像し、理想を投影した。
きっと何よりも美しいのだろう。いや絶対に、誰よりも尊いはずだ。
見た目も中身も、この世のどんな存在より穢れなく、素晴らしいに違いない。
何と勝手な思考だろう。何と自分本位な押し付けだろう。
しかし彼のその過ちを正せる者はいなかった。
いや、気付ける者すらいなかった。
何故なら彼は、仮面の付け方をよく知っていたから。
サプリが悪魔達から一つだけ学んだのが、仮面の付け方であった。
自分をより良く見せる。平和的な人間に思わせる。そうした仮面を彼は付けていた。
そして数年が経ち……これまでの歴史と同じく、魔女が再び現れた。
過去、ずっとそうだった。
理屈は誰にも分からないが、魔女と聖女は必ず一つの時代に一人現れる。
そして魔女を倒した聖女は死体すら残さずに死に、数年経てば新たな魔女が出現するのだ。
魔女と聖女の出現タイミングは同じではない。いつの時代も絶対に魔女が先で、その後に遅れて聖女が出現する。
魔女が倒されてから次の魔女が現れるまでの周期は大体、五年ほど。
たったの五年で平和は崩壊する。
そしてそれから短くても十五年以上は魔女の時代が続き、そうしてようやく遅れてやって来た聖女が魔女を倒して束の間の平和が世界に齎される。
何故なら聖女が誕生するのが、魔女の出現と同時期だからだ。
魔女は何故か最初から大人であるのに対し、聖女は赤子である。
その聖女が成長するまでは魔女を止められる者は誰もいないので、聖女が成長するまでに要する十五年以上は魔女の天下が続くわけだ。
魔女のいない平和な期間は僅か五年で、そこから十五年以上も魔女の時代が続き、そしてまた五年ほどの短い平和が訪れる。この世界はずっとそれの繰り返しだ。
しかし例外はある。それは聖女が魔女討伐の使命を果たせずに死んでしまう場合だ。
聖女は自傷か魔女の力以外で傷を受けないが、逆に言えばその力があれば殺せてしまう。
自殺した聖女が過去にいなかったわけではないし、魔女の力を与えられたしもべである魔物に殺されてしまった聖女もいた。魔女との戦いに敗れた聖女もいた。
その場合は当たり前のように魔女が支配する暗黒の時代が長引き、人は堕落していく。
一つ前……エルリーゼから見て二つ前の聖女がまさにそのパターンで、彼女は魔女討伐の使命を果たす事も出来ずに魔物によって呆気なく命を散らしてしまった。
そういう事情があるからこそ人々は聖女を大切にするし、何よりも大事に扱う。
しかし次代では逆の方向に例外が起こった。
新たな聖女……エルリーゼは歴代最高の聖女であった。
僅か五歳にして聖女としての自覚に目覚め、そして十歳の頃には活動を開始していた。
魔物を駆逐し、人々を救い、過去例を見ない勢いで世界から闇を払った。
魔女はどこかに姿を消し、目に見えて勢力が衰えた。
聞けば、恐怖の象徴であるはずの魔女が逆にエルリーゼを恐れて逃げ回っているというではないか。
今代では魔女の時代はたったの十年しか続かず、そしてエルリーゼが動き始めてからの七年間は驚くほど平和が続いている。
サプリは、聖女の勇姿を見たいが為に魔物が集まる場所に自ら赴き、そしてエルリーゼの戦いを見続けていた。
――完璧だった。
彼の乏しい想像力など遥かに超えた
サプリの中の勝手な『理想』は砕け散り、そして彼は初めて現実を認識した。
醜いと思っていた世界はこんなにも美しく、光で溢れている。
人が悪魔に見えていた。だがそうではない。悪魔にしか見えていなかった自分の『心』こそが闇だった。
暗い情念を宿し、現実逃避していた瞳には力強い輝きが宿り、心の中に爽やかな風が吹き込む。
もう、理想しか見えない男はそこにいなかった。
光で照らされた道の上に、正しく世界を認識した男が一人立っていた。
「とある事情により、この学園で皆様と共に学ぶ事になりました、エルリーゼと申します。
短い間ですが、皆様よろしくお願いします」
青天の霹靂。
日常という雲を裂いて予想外という名の
まさかの聖女転入……この嬉しすぎるサプライズにサプリは興奮し、歓喜した。
この自分が、自分が! 彼女と同じ空間にいる事が出来る!
そして間近で見る現実は、やはり彼の理想を容易く踏み越えた。
「そこの方……少し体調が優れないようですが……。
……はい、これで大丈夫です。
……え? お礼ですか? そのお言葉だけで十分です。私がやりたくてやった事ですから」
廊下ですれ違っただけの、緑髪の少女の病を事も無げに完治させた。
サプリもその生徒は知っている。
リナ・トーマス……座学はともかく、実技の成績が致命的に悪い生徒だ。
どうも心臓に病を抱えているようで、少し激しく動くだけで動けなくなってしまうらしい。
そんなハンデを抱えて尚、この学園にいる時点で彼女の優秀さは疑う余地もないが……だからこそ惜しい。
並みの回復魔法では心臓の病を治す事は出来ない。
それを完治させるには貴重な薬が必要だ。
マンドラゴラ、ドラゴンの羽の皮、グリフォンの毛。
そうした貴重な素材を集めなけば作れない薬は、代金の高さよりもまず、そもそも作る事自体の難しさから入手出来ない。
素材がまず手に入らない薬など、そうそう作れるはずがない。
サプリが思うに、彼女は自らが強くなることでそれらを集めようとしていたのだろう。
生き延びる為に一縷の望みをかけて、強くなろうとしたが……残念ながら間に合うはずがない。
いや、仮に一人前の騎士になっても素材を集めるのは難しい。
それが……どうでもいい小さな病と同じように、呆気なく完治させられた。
感動に打ち震えて泣き崩れる少女を、聖女が優しく抱きとめる。
身長は緑髪の少女の方が上だったが、それはまるで幼子を優しくあやすような光景だ。
尊い――そう言い残し、男の精神は塵となった。
…………。
彼が放心から立ち直った時、既にそこに聖女はいなかった。
それをサプリは心底惜しんだが、しかしそれ以上の感動が彼の心を支配していた。
ああ……嗚呼! 世界は自分が思うよりもずっと美しく、光に溢れていた。
現実は理想を凌駕した!
彼女が何故この学園に来たのかは分からない。
だがきっと、何か深い理由があるはずだ。
ならば全霊でそれを支えよう。全力で手伝おう。
サプリ・メントは人知れずそう誓い、そして恍惚とした表情で天を拝む。
その姿は有体に言ってとても気持ち悪く、廊下を歩く生徒達に避けられていた。
◇
リナちゃんって意外と着痩せするタイプなのな。役得役得。
今もまだ残っている温もりと胸の感触に浸りながら、俺は廊下を歩いていた。
とりあえず、まず一つ目の問題は解決した。
その辺フラフラしてたら病弱少女のリナさんを発見したんで、サクッと辻ヒールして治しておいた。
この世界の医者ってあの程度の病気治すのに貴重な材料無駄使いするんかい。
まあお陰で俺はいい思い出来たけどな。
俺のイケメンヒールで病気を治されたリナちゃんが泣き崩れた時、俺はチャンスと思ったね。んで、これ幸いとばかりに抱きしめた。
後は頭を撫でてやったりして、あやすフリをしながら堪能するだけってわけだ。イヒヒヒ。
「あ、エルリーゼ様」
お。これはこれは、主人公のベルネル君とメインヒロインのエテルナさんじゃありませんか。
今日も仲良く一緒に歩いていて微笑ましいですなあ。
安心しろ、俺は爆発しろなんて思ったりしない。
何故ならベルネルはプレイヤーの分身。つまりは俺の分身。
なのでベルネルがエテルナとイチャコラするというのは、俺がエテルナとイチャコラするって事だ。
暴論だって? でもギャルゲーってそういうモノだろ?
主人公に感情移入して、主人公を通して疑似恋愛を楽しむ為のものじゃないか。
だから俺はベルネルに嫉妬しないし、むしろ全力で手伝う。
ハッピーエンドを迎えて末永く幸せになれやコラ。そんで俺を尊死させろ。
ところでエテルナちゃん、何か元気ない? どうした、何か心配事か?
何かあるならいつでも相談に乗るぞ。
「……っ、だ、大丈夫……です」
ん~? 何か元気ないけど本当に大丈夫か?
ベルネル君、もしかしてまた放ったらかしにしたんちゃう? これ。
筋トレばっかしてないで、ちゃんと好きな女の子のケアくらいしないといかんよ君。
「自主トレは……続けてますけど、今はそればかりやってるわけじゃないですよ。
それに俺が好きなのは…………あ、いえ。
それより気になっていたんですけど、どうしてエルリーゼ様はこの学園に来たんですか?」
お。やっぱそこ気になる? 気になっちゃう?
んー、どうしよっかなあ。教えてあげようかなあ。
まあええわ。教えてあげるけど、これ他言無用だぞ。
そう前置きして、俺はこの学園に魔女がいるかもしれないと教えてやった。
まあ魔女に関してはこの二人も無関係じゃないどころか、バリバリ当事者だからね。
早い段階で知っておいて、警戒出来るようにした方がいいだろう。
「魔女が……! この学園に!?」
まあ驚くわな。
とはいえ、下手に場所を教えると何するか分からないので場所はまだ分からないという事にしておいた。
本当はとっくに分かってるんだけどな。
魔女にはじわじわと追いつめられる恐怖を教えてくれる。ぐへへ。
さあ、怯えた顔をこの俺に見せるのだ。
普段強気で高慢なラスボス系悪女の怯えた泣き顔とか、それだけでご飯三倍はイケる。
「……魔女」
しかし何故か、エテルナが怯えた顔をして後ずさった。
おん? 何でそこで君が怯えるの?
ああ、いや、そっか。そりゃ学園に魔女がいるなんて聞いたら怖いわな。
でも安心してくれ。君達の平和は俺が守る。
そう、俺は魔女を倒して君達を守る為にここに来たのだから(キリッ)
大丈夫大丈夫、魔女なんて俺にかかれば多分ちょちょいのちょいだから。
「…………っ!」
そう言うと、何故かエテルナは顔色を青くして逃げてしまった。
あ、あれ? 俺何かやっちゃいました?
助けを求めるようにベルネルとレイラを見るも、二人共わけがわからないという顔で首をかしげている。
……?
……わけがわからないよ。