理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー)   作:壁首領大公(元・わからないマン)

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第十六話 アイキャンフライ

 理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能!

 

 さて、意味の分からない展開になって参りました。

 エテルナのまさかの『私は魔女』発言に、流石の俺もただポカンとするしかない。

 何がどうしてそんな、加速トンネルを抜けた直後に後続の車にスピンアタックされてコース外に吹っ飛ばされたようなアクロバット結論コースアウトを決めたのか分からない。

 まず大前提として聖女と魔女が同年代は絶対にあり得ない。

 聖女の誕生は『先代聖女の死』か『先代聖女の魔女化』を世界が感知してから発生するものだから、それこそ先代聖女が0歳のベイビーの時に前の魔女を倒して、そのまま即闇落ちとかしていない限りは同年代にはならないのだ。

 そんな裏事情は流石に知らなくても、『聖女の誕生は魔女の出現後』という事くらいは学園で配られる教科書に書かれているのでちょっと読めば分かるはず。

 (ちなみに教科書は生徒全員分あるものの、現代のように一人一人新しく配られるのではなく貸出という形で、学年が上がれば次の入学生に渡される使い回し形式だ。なので結構汚い)

 加えて当代の魔女は俺がこの世界で自意識を持ったばかりの子供の頃……つまりはエテルナが子供の頃からあちこちで魔物を生産していたし、悪事も働いていた。

 いかにエテルナの育った村が小さな村とはいえ、魔女の恐ろしさくらいは人伝に伝わっていたはずだろう。

 自分が子供の頃から恐怖を振りまいていた魔女が別にいるという大前提があるはずなのだから、この勘違いはあり得ない。

 しかしたとえ勘違いでもその発言はやばい。

 嘘とか本当とか関係なしに、魔女が世界共通の敵であるこの世界での魔女自白は、その場で斬り殺されても文句を言えない大失言だ。

 

「魔女だと……!? エルリーゼ様、お下がりを」

「エテルナ君。その発言は……まずあり得ない事だが、冗談じゃ済まないよ」

 

 ほらあ! レイラと変態クソ眼鏡が戦闘モード入っちゃったじゃん!

 俺は咄嗟に二人の前に出て手で制し、エテルナを見る。

 こちらに向けられる彼女の目には恐怖しかない。

 全く何でこうなるかね……。

 

「待ってエテルナさん! 貴女が魔女なんて……そんなわけないでしょう!?」

「そうだ! 第一君も僕等と一緒にファラ先生に捕まったじゃないか! それどころか殺される寸前だった!」

 

 フィオラとモブAが必死にエテルナを説得しようとしている。

 彼等の言葉はもっともだ。

 冷静に考えればエテルナが魔女など絶対にないと誰でも分かる。

 だがそんな二人の前でエテルナはナイフを取り出し、強く握りしめた。

 血は……出ない。

 その光景を見て全員が固まった。

 

「私は、昔から怪我をした事がない」

 

 そう淡々とエテルナが語る。

 あー、こりゃマジでやばいな。

 エテルナの『私は魔女』発言の信憑性が増してしまった。

 実際は逆なのだが、少なくともここにいる皆の中では『まさか』という疑惑が芽生えたのは間違いないだろう。

 以前に俺は、聖女は自傷ならダメージを負うと言ったが……自傷にもダメージを負うやり方と、負わないやり方がある。

 聖女が自分で自分を傷付ける事が出来るのは、聖女の力が聖女自身に効くからだ。

 逆に言えば聖女の力が乗らないやり方ならば傷は受けない。

 例えば今のナイフの場合、右手で持ったナイフで左手を切り付けるならばそれは傷になる。

 握った手を通して僅かなりとも聖女の力が刃に伝達するからだ。

 だが今のように手でナイフの刃をそのまま握れば……傷は絶対に付かない。

 他にも崖から飛び降りるだとか、首を吊るだとかも無効化される。

 

「先生……これって、魔女か聖女にしかあり得ない事なんですよね」

「……ああ。間違いない」

「そして聖女は既にいる。エルリーゼ様が魔女じゃないって事くらいは誰だって分かる。

だったら……私が魔女という答えしか残らない……」

 

 あっ、理解『可』能。

 なーるほど、そういう思考なわけね。

 エテルナは要するに『私が聖女の力を持ってるんだからエルリーゼ偽物じゃん!』と考えずに、『聖女がもういるんだから私が魔女かもしれない』と思ってしまったわけだ。

 分かってみれば簡単だったが、やはりこの子は俺みたいな自己中心思考とは完全に違うんだなと改めて思う。

 俺が彼女だったら、真っ先に『エルリーゼ』を疑った。それは俺という人間の根幹が初対面の相手をまず信じるより先に疑う事から始まるタイプだからだ。

 だが彼女は俺と違う人種で、疑うより信じる方が先にきた。だからあんな結論になってしまったのだ。

 根本が俺と違っていい子すぎたから、こんな勘違いしたのね。

 しかし感心してばかりはいられない。このままではエテルナが魔女で確定してしまう。

 飛び降りたところで死ぬ事はありえないが、この誤解を解かなければ『魔女エテルナを討つべし』と瞬く間に世界中に号令がかかってしまうだろう。

 

 それを止めるのは簡単だ。

 俺がカミングアウトしてしまえばそれで済む。

 しかしこれをやってしまうと俺が聖女を騙った罪で死刑台直行だし、何より俺というフェイクがいなくなる事で本物の魔女は大喜びでエテルナを殺しに来るだろう。

 つまり今、俺が偽物だと悟られるのは不味い。

 だがこのままではエテルナが魔女扱いされてしまう……本物の聖女がだ。

 

 ……言うか?

 クソッ、もう言っちまうか?

 カミングアウトをしてしまえば、予定は全変更を余儀なくされる。

 今死刑台に送られるのは嫌だから逃亡生活待ったなしだろうし、難易度は一気にベリーハードだ。

 だがこのままエテルナが魔女認定されるよりは……。

 しゃーない……自白(ゲロ)するか。

 

「エテルナ。貴女は勘違いをしています。貴女は――」

「来ないでってば!」

 

 俺が偽物カミングアウトをしようとした瞬間の事だった。

 興奮したエテルナが叫び、そして後ずさった事で彼女は宙に放り出されてしまった。

 おいいぃぃぃ!?

 

「あ」

 

 エテルナが茫然と、間の抜けた声をあげる。

 やばい! 唐突すぎて反応が遅れた!

 俺は咄嗟に飛行魔法で飛び出し、落ちていくエテルナへ向かう。

 だが予想外は重なる。

 何と、俺のすぐ後ろからは何故かベルネルまで飛び降りていた。

 おいこらああああ!

 

 ヒロインを救う為に咄嗟に動いてしまったのだろう。

 それは分かる。よーく分かる!

 だがお前、空も飛べないお前が落ちて来ても何も出来ないだろ!

 俺は、俺を通り過ぎて落ちていくベルネルの腕を慌てて掴む。

 しかし流石に急すぎたので姿勢制御が上手く行かず、強化魔法も不十分だった事もあって引っ張られるように落ちていく。

 ていうか重いわボケ! お前体重どんだけ増えてるんだよ!?

 筋トレばっかしてるからこんな重くなるんだよ!

 その先にあるのは突き出した岩。このままぶつかれば流石に闇パワーで守られたベルネルといえど大怪我をするかもしれない。

 ベルネルは魔女ではなくて、あくまで魔女の力を持っているだけなので普通に怪我をする時はする。

 くお〜! ぶつかる〜! ここでアクセル全開、インド人を右に! ヨガー!

 そうして何とか岩を回避したものの、急なカーブによってバランスを崩し、俺達は海にダイブしてしまった。

 うえっ、しょっぱ。

 

 

 咄嗟に、身体が動いてしまった。

 

 エテルナが自分は魔女だと宣言して以降の展開は、ベルネルにとっては正直なところいまいちついていけないものだった。

 いくら何でも考えが飛躍し過ぎのように思えたし、これまでの事を振り返ってもやはりそれはあり得ないという答えにしか行き着かない。

 だからベルネルにとっての今回の一件は、エテルナがおかしな迷走をしておかしな答えを出してしまった、という程度のものだった。

 ただ、彼女がとてつもなく危険な発言をしている事は間違いなかったし、まずは落ち着かせて話し合うべきだと思った。

 だが事態はそんなゆっくりとした展開を待たずにエテルナが崖から落下し……それを追ってエルリーゼも崖から飛び降りた。

 その後は……あまり覚えていない。

 ただ、気付いたら自分も崖から落ちていた。

 きっと、考えるより先に身体が動いてしまったのだろう。

 

 冷静に考えればこんな行動には何の意味もない事くらい分かる。

 何せエルリーゼは飛べるのだ。

 加えて聖女である彼女ならば崖から落ちた所で掠り傷一つ負う事はない。

 ならばこの行動はただの投身自殺に他ならず、エルリーゼの邪魔をするだけだ。

 ああ……俺、馬鹿だなあ……。

 そう思いながらベルネルは海に沈み、そして意識が暗転した。

 

 

 

 次に目が覚めた時、彼はどこかの洞窟の中で眠っていた。

 視界を横に向けると気絶したエテルナの寝顔が見える。

 それから次に洞窟を照らす灯りに気付いた。

 灯りは適度な温かさを保ちながら浮遊しており、焚火の代わりも務めている。

 

「あ、起きましたか?」

 

 そして灯りに照らされるエルリーゼの笑みが、一瞬でベルネルを覚醒させた。

 自分でも驚くほどの速さで起き上がった彼は、ようやく自分がエルリーゼの邪魔をした挙句に救われたのだと理解した。

 何と情けない……守りたいと思った相手を守るどころか守られるとは。しかもこれで三回目だ。

 彼女に対しては恩ばかりが増え続けていく。

 

「驚きましたよ。いきなり貴方が降って来るんですから」

「す、すいません……つい、気付いたら身体が勝手に……」

「大切な友人の為に思わず飛び出してしまうその気概は買いましょう。

しかしそれは勇気ではなく無謀です」

「……はい」

「……しかし、友の為に咄嗟に飛び出せるその心は尊いものです。

これからもその心を忘れず、しかし自分の事も大切にして下さい」

 

 エルリーゼの言葉に、最初に思い浮かんだのはあろう事か『違う』という否定の言葉であった。

 ベルネルは、友の為に……エテルナの為に飛び出したわけではなかった。

 確かにエテルナは掛け替えのない大事な友人で、同じ村で育った家族のようなものだ。

 この身に宿る力の為に一度は孤独になった自分を温かく迎え入れてくれた村で、その中でも一番自分の近くにいてくれた。

 愛おしく思うし、守りたいと思う。その気持ちに嘘はない。

 だがエテルナが飛び降りた時……ベルネルは咄嗟に動けなかった(・・・・・・・・・)

 勿論それは薄情さから見捨てたのではなく、『傷を負わないならば大丈夫だ』という冷静な判断があってのものであった。

 自分が飛び出してもそれは落下する人間が一人無意味に増えるだけで、それよりは皆で下まで降りてエテルナを探すべきだという正しい状況判断によるものだった。

 だがエルリーゼが飛び出した時は、そんな事を考えもしなかった。

 気付けば動いていて、気付けば飛び降りていた。

 エテルナ以上に、そんな必要はないだろうに。

 

(ああ……そうか。俺は本当に、この人の事が……)

 

 言葉を飲み込み、握った拳で胸を軽く叩いた。

 今吐くべき言葉はそれではない。

 こんな未熟者の恋慕の言葉など、ただ困惑させるだけだ。

 だから気持ちを押し殺し、そして別に言うべき言葉を口にした。

 

「エルリーゼ様。思ったんですけど……エテルナは、俺と同じなんじゃないでしょうか?」

「貴方と同じ…………そうか! それがありましたか!」

「はい。俺も……傷を負わないとまでは言いませんが、昔から傷を負いにくかった。

家族から捨てられ、村から追放された時も、普通の人間ならとっくに死んでいるはずの状況で生き続けた……いや、この力に生かされた(・・・・・)

飢えても乾いても、俺が死ぬ事はなかった」

 

 魔女と聖女の力でなければ傷を負わない。それは魔女と聖女しかあり得ないと思われている。

 だが例外はここにあった。

 他でもないベルネルこそが、その例外だ。

 ベルネルは聖女でもなければ魔女でもない。当たり前だ、そもそも彼は男である。

 だが魔女に近い力を持ち、魔女に近い特性を備えている。

 エテルナはこれと同じなのではないかと、そうベルネルは読んだのだ。

 そしてその言葉にエルリーゼも、答えを得たかのように感心する。

 

「確かに……それならば説明が出来ます。

エテルナさんが魔女ではなくて、魔女に近い力を持っている理由にもなる」

「エルリーゼ様……やはりエテルナは力を制御出来ていないのでしょうか? かつての俺のように……」

 

 ベルネルは不安から、エルリーゼに尋ねた。

 かつて彼には、エルリーゼに出会う前にこの力を暴走させてしまい、制御する事も出来ずに彷徨った過去がある。

 だからエテルナも同じなのではないかと心配したのだ。

 しかしエルリーゼはエテルナを一瞥すると、静かに首を横に振る。

 

「いえ、暴走の兆しは見えません。

彼女は正真正銘、誰も傷付けてなどいない……ただ、悪い偶然が重なって、自分のせいだと思い込んでしまっただけだと思います」

「そ、そうか……よかった」

 

 ベルネルはほっとし、そしてエルリーゼも微笑んだ。

 その笑みに、咄嗟にベルネルは目を逸らす。

 顔が熱くなっているのが分かる。きっと今は真っ赤だ。

 灯りのせいという事で誤魔化せているだろうか。

 

「さて……そろそろ戻りましょう。皆も心配しているはずですから。

エテルナさんにも、起きたら今の事を教えてあげましょう」

「はい」

 

 エルリーゼが上に戻る事を提案し、ベルネルもそれに同意する。

 だがその時彼は、おかしなものを見た。

 エルリーゼの制服の腕の部分が少し破れ……そして、そこに一筋の傷があった。

 

「エルリーゼ様? その腕……」

「腕? 腕がどうかしましたか」

「あの……傷が……」

 

 エルリーゼは不思議そうに自分の腕に触れる。

 そして手を退けた時、そこには普段通りの傷一つない白い肌があった。

 代わりに、エルリーゼの手には一本の赤い糸が摘ままれている。

 

「ああ。糸がくっついてましたね。多分落ちた時にほつれたのでしょう」

「い……糸……」

 

 何と、赤い糸がエルリーゼの腕にくっついていただけらしい。

 これは恥ずかしい見間違いだ。

 そもそもエルリーゼが傷など負うはずがない(・・・・・・・・・・)のだから冷静に考えればすぐに分かる事であった。

 

 だがこの時、彼が真に冷静だったならば気付けたはずの事がある。

 ベルネルの制服は学園指定の制服で黒と紺。

 エテルナの制服も同じく学園指定の制服でこちらは白と緑。

 エルリーゼも同じ物だ。

 

 この場の誰も赤い布など使っていない。

 では一体、誰の服がほつれて腕についたというのか。

 ベルネルはまだ、この違和感に気付けずにいた。

 

 ……そう。今はまだ……。

 


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