理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー) 作:壁首領大公(元・わからないマン)
楽しい楽しい夏休みが終わり、再び学園が再開された。
まあその間俺はずっと暇だったわけだがな。
あった事といえばルティン王国から感謝状やらお礼の金銀宝石やら、それだけに留まらず王族ご家族揃ってお礼参りに来たりとかしたせいで、俺があの日に黙って外に出て魔物狩りでヒャッハーしてた事がレイラにバレたくらいか。
やっぱ悪い事ってのは必ずバレるもんなんやね。
仕方ないのでとりあえず反省しておいた。
1、2、3……はい、反省した。反省終わり。そのうちまたやるわ。
俺は自分に都合の悪い事は忘れる生き物なのさ。
魔物苛めはこの世界での数少ない娯楽だし、取り上げられたら退屈で死んでしまう。
夏季休暇が終わったので、この後のイベントは前も話したように学年別闘技大会が行われる。
闘技大会は一年に二回。前期に学年別、後期には全学年でやる事になるので学園生活中合計六回開催されるわけだ。
とはいえ、このゲームは一年間の出来事のみで構成されるので二学年に進級した後の事は考えなくていい。
よって、ゲーム中にプレイヤーが実際に参加する闘技大会はたったの二回である。
この闘技大会はイベントではなく普通に戦闘に入り、これまでプレイヤーがどれだけベルネルを鍛えて来たかが試される。
決勝ではマリーというめっちゃ強い娘と戦闘になるが、大半のプレイヤーはここで負けて準優勝になる。
一周目でマリーに勝つのは全ヒロインを放置して自由時間の九割以上を自主練に使う必要があるとまで言われる、とても強いキャラクターなのだ。
(しかし味方になるとベルネルより弱くなる。お約束だ)
言うまでもなくこのマリーも攻略可能ヒロインの一人だ。
青髪セミロングのクーデレで、ファンからの人気が高い。
クーデレはいつの時代も強いのだ。
闘技大会が終われば、戦績に関係なく聖女を始末しようとした魔女の部下が襲撃してきて中ボス戦に入る。
この時出て来る奴は大魔のなり損ないの雑魚なので知能は低いし実力も、この時点のベルネル達で十分倒せる。
しかもこの戦闘ではマリーも味方に加わるので余程ベルネルが弱くない限りは余裕で勝てるだろう。
で、この中ボスなんだが……知能が低いので、本物の聖女のエテルナを無視してエルリーゼ(真)を狙う。
この大会では来賓としてエルリーゼ(真)が招かれており、特等席にいるのだ。
この時点ではエルリーゼ(真)は偽聖女と発覚していないのでベルネル達は騎士の義務で中ボスの前に立ちふさがり、エルリーゼ(真)を守る。
『ここで守らずに死なせておけば……』とファンは声を揃えて言う。俺もそう思ったがこれは強制イベントだ。
わざと負ける事でエルリーゼ(真)を何とか殺そうとしたプレイヤーも多い。俺もそうだ。
しかしこの戦闘で負けても、結局中ボスはレイラが倒してしまうし、しかも負けるとマリー関連のフラグが根本からへし折れて以後登場しなくなってしまうのでデメリットしかなかった。
つまり、この襲撃イベントはゲーム本編と変わらずに俺を狙ってくるのは間違いないだろう。
だが所詮は大魔にもなれない、なり損ないの雑魚助だ。俺の敵じゃあない。
ま、出てきたらソッコーでパパッと始末してそれで終わりよ。
朝のラジオ体操の代わりくらいにゃなるかな? ってレベルだ。
いや、代わりにもならないか。ラジオ体操は健康にいいからな。
問題は……そうだな。一応、中ボスが初登場した時に演出でモブ騎士が何人か挑んで吹っ飛ばされて死ぬくらいか。
本当、モブに優しくねーなこの世界。
「エルリーゼ様、そろそろ始まります」
レイラに言われて俺は一時思考を中断した。
あ、もうそろそろ行く時間?
そんならまあ、さっさと行こうか。
俺にとっちゃあドングリの背比べみたいな戦いだが、見て楽しめない事はない。
それに男の頃はこれでも格闘技の試合とか見るのは嫌いではなかった。
今回やるのは格闘のみならず剣も魔法も何でもありの試合だが、台本ありのドラマとは違うガチのチャンバラを見れるので結構楽しめる。
余談だが俺はこの闘技大会には十歳くらいの時から来賓としてお呼ばれしており、もう何度も見ている。
レイラに案内されて着いた場所は、学園の運動場横に造られた特設闘技場だ。
正方形に切り出した石を並べて造り上げた四角いリングの広さは、端から端までで大体30mくらいだろう。
やや高めに作られており、客席からは見上げる構図になる。
その周囲には塀が建てられ、塀の向こう側には椅子がズラーッと並べられていた。
イメージ的にはプロレスのリングとかに近いかもしれない。
で、一番後ろにはブロックを高く積み上げる事で作られた高所に、他の席よりも豪華な椅子が設置されていた。
あれが俺の座る特等席だが……ちょっと遠いんだよなあ。特等席って言ったら普通最前列だろ。
何で最後尾にしてんの? 馬鹿なの? 嫌がらせなの?
どうせなら前行こうぜ前。
「申し訳ありません。これは安全上の問題でありまして。
何かの間違いで魔法や、生徒の手を離れた剣が飛んでこないとも限りませんから、エルリーゼ様には安全な位置での観戦をしていただきます」
ブーたれてみたものの、あえなく学園長に諭されて撃沈。
ちなみに学園長は四十歳後半のおっさん。
先代の聖女の筆頭騎士だった男で、それだけに周囲からの信頼は厚い。
実は裏で魔女と繋がっていて、後で戦う事になるボスキャラの一人だ。
要注意人物の一人だな。
名前はディアス・ディアス。ファーストネームがディアスで家名もディアスだ。
日本人で言えば山田山田みたいな名前である。
しかし変態クソ眼鏡といい、この学園にまともな教師はおらんのか?
かくして始まった闘技大会は、まあそこそこ楽しめた。
前世基準で言えば『人間の動きじゃねえ』ってくらいに全員が出鱈目な動きをしてビュンビュン動き回ってバンバン魔法撃って、かなり見応えのある試合だと言える。
しかし今の俺基準で言うと……どうにも、レベルが低く見えてしまうな。
俺が普段見る騎士って基本的にレイラとかの近衛騎士ばっかだから仕方ないんだけど、こういうの見るとレイラって普通にめっちゃ強いんだなと思うわ。
というかレイラは学生の時から結構凄かった。在学中は全部レイラが優勝してたからな。半端ねえわ。
おい誰だよ、この有能をスットコとか呼んでるの。
おうスットコ、お前はこれ見てどう思うよ。
「私ですか? そうですね……今年はなかなかレベルが高い生徒が揃っていると思います。
私もうかうかしていられませんね」
ええ? ホントにぃ?
そりゃまあ、この前見たルティン王国の兵士とかに比べりゃ全員強いけどさ。
「特にあの四人……ベルネル、アイナ・フォックス、ジョン、そしてマリー・ジェットには光るものがあります。
ベルネルは技術は粗削りですが基礎能力で優れており、アイナ・フォックスは突出したものはありませんがよく研磨されています。流石は騎士フォックスの娘といったところでしょうか。
ジョンは確か元兵士でしたね。他の生徒よりも戦いというものを心得ているように見えます。
最後にマリー・ジェットは剣と魔法のバランスがよく、パワーはありませんが技術ならば既に騎士レベルでしょう。
私が思うに、今年は彼女が優勝候補ですよ」
レイラが名前をあげたのは主人公のベルネルと、強キャラであるマリーの他に、最近すっかり忘れていたアイナ・フォックス(本来は俺を暗殺しようとする子だ)と……後はモブAだな。
あのモブ、強かったんだ……。
それにしてもここに、本物の聖女であるエテルナが入っていないのが何とも悲しい。
まあ聖女の力に目覚めるまではエテルナってダメージ受けないだけで大して強くないから仕方ないけど。
決勝に進出したのはやはり、ベルネルとマリーだ。
まあ一周目でもここまでは来れる。
そして多くのプレイヤーがここで涙を呑む事になるだろう。
一周目のマリーを倒すのは本当に難しく、俺も初見プレイ時は負けたものだ。
TASプレイだと大根とかいうネタ武器で戦っても勝てるけど、あれは普通は無理。
まあこの世界でもベルネルは負けるだろうと思っている。
二周目以降のベルネルは前の周のレベルや技を全部引き継げるんだが、この世界のベルネルにそんなものを引き継いでいる気配はなかった。
この条件下でマリーに勝とうと思ったら、自由時間の大半を自主練につぎ込まなければならないが、そんな事をしていたらヒロインの好感度が全然上がらないし、イベントもスルーしてしまう。
…………。
あ。
そういやこの世界のベルネルって、そのネタプレイやってたわ……。
「決まったァー! 優勝者はベルネルだ!」
実況の大声が響き、俺も流石にこれには驚いた。
ああ……勝っちゃうんだ、そこで。
マジであいつ、自主練ばっかしてたのな……。
そりゃそうだよな。普通にやってればこの時点で、五人か六人くらいのヒロインとフラグ立てて仲良くなってるはずなのに、未だにエテルナ以外の女が近くにいねえもんな。
フィオラ? いや、あれはゲームに登場しないからノーカンだろ。
それにどう見てもベルネルに気があるようには見えない。むしろ何故かモブAと仲がいい。
ベルネル……お前ほんとに、どこに向かってるんだ。
お前このままじゃ『ボディビル♂エンド』だぞマジで。
ちゃんとヒロイン攻略しろよなーお前。
二股とか三股とかかけて、もっと色々な女の子にいい顔して八方美人やって惚れられろよ。
かァーッ、情けない。それでもギャルゲ主人公か。
まあいいや。
これで闘技大会も終わったし、後はそろそろアイツが出て来るかな。
5、4、3、2、1……。
はい来たぁー! ジャンピングして空から巨人が登場し、リングを踏み砕いて登場する。
「フゥー……聖女ハ何処ダ……聖女、殺ス……殺ス……。
オデ……魔女サマニ、褒メテモラウ……」
第一声からして明らかに脳味噌足りてなさそうなこいつが、今回の中ボスだ。名前はポチ。
見た目は身長4mほどの狼男。ワーウルフってやつだな。
全身は黒毛皮に覆われ、首から上が狼でその下は毛むくじゃらの人間体だ。
これだけならば強そうなのだが、言動が何もかもを台無しにしている。
こいつは以前に俺が苛めた鬼みたいな猿と同じく、多くの魔物を蟲毒のように殺し合わせる事で作られた大魔だ。
……なのだが、こいつはちっとばかり頭が足りなかった。
犬の忠誠心で魔女には絶対服従だが、逆に言えば魔女に褒めてもらう事しか考えていない。
その場限りの事しか思考出来ないから、後先なんて一切分からないし『自分がそうした結果後で魔女がどういう不利益を被るか』も一切考えない。
子犬の頃に甘噛みをしていたら飼い主が喜んでいたから、成犬になっても子犬の頃の感覚で人の手を噛んで怪我させる犬っているだろ。こいつはそんな感じだ。
要するに魔女は犬を躾けるのが下手くそで、その躾けられていない駄犬を魔物にした挙句に大魔の材料にしたら何かの間違いで生き残ってしまい、大魔のなり損ないが出来上がったわけだ。
しかも実力も明らかにあの鬼猿に及んでおらず、ちょっと強い魔物レベルでしかない。
身体中にはよく見ると傷痕があり、これは魔女からお仕置きされたり、他の大魔のサンドバッグにされたりしたせいである。
まあ要するにそれくらいしか使い道のない役立たずだって事だ。
それでもこいつは魔女に褒めて貰いたい一心で今回の独断専行に及んだ。
だが結果的にはゲームではこいつの登場が、『魔女は学園内にいる』疑惑を深めるんだよなあ。
魔女さんも大変やね。無駄にやる気だけはあって無能な部下なんか持って。
そんな雑魚助が俺を見付け、そして大股で歩いてきた。
「聖女……殺ス……オデ、褒メテモラウ。
オデ……ゴミ、ジャナイ……」
はっ。
バァーカが。お前如き雑魚助が俺に勝てるかよ。
身の程ってやつを知れや。
既に魔力強化は済んでいる。お前如きがいくら攻撃しても俺にゃ効かんよ。
というかバリアも既に張ったから、攻撃したら死ぬのはお前だ。
俺は余裕を見せ付けるように椅子に座ったまま、負け犬を見るような目で雑魚助を見てやる。
ふん……哀れな奴め。
「ヤメロ……ソンナ、哀レムヨウナ目デ……オデヲ見ルナアアア!」
雑魚助が騒ぎ、拳を振り上げる。
レイラが剣に手をかけるが、その必要はない。
バリアに触れた瞬間カウンター発動でジエンドよ。
「エルリーゼ様!」
しかし拳が届く寸前……ベルネルが飛び出し、雑魚助の顔面を剣でぶっ叩いた。
雑魚助は怯んだものの、顔は斬れていない。
ちょ……ベルネルお前それ、試合用の刃先を潰した剣じゃねーか。
そりゃいくら相手が雑魚助でも切れないって。
「邪魔ヲ……スルナアアア!」
雑魚助が叫んでベルネルに拳を振り下ろそうとするが、その腕をマリーの発射した氷魔法が氷漬けにした。
さらにベルネルを援護するようにエテルナとフィオラとモブAと変態クソ眼鏡が駆け付け、六人で雑魚助と向き合った。
何か『皆……!』とか『お前一人にいい恰好はさせないぜ』とか『私達でエルリーゼ様を守ろう』、『私を忘れていないかね?』とか盛り上がってるけど……あの、俺、別に守られなくても自分で自分の身くらい守れるからね?
てゆーか君らが邪魔しなきゃ、もうそいつ死んでるはずだったからね?
何か俺が守られなきゃいけない雑魚みたいな扱いされてるようで、腹が立ってきた。
もう空気読まずにあいつぶっ倒したろかな。
あ、それいいな。そうしよう。
というわけではい光魔法ドー……。
「お待ちくださいエルリーゼ様。ここは彼等にやらせてやっては頂けませんか?」
えー……。
スットコちゃん何言ってんの? 正気?
「彼等は今、騎士としての役目を果たそうとしています。
ここでエルリーゼ様が終わらせるのは容易いでしょうが……ここは、どうか彼等の心意気を汲んでやっては貰えないでしょうか。
彼等は今、騎士として大きく成長しようとしている……そんな気がするのです」
それ気のせいだよきっと。
実際このイベントが終わっても、特にパワーアップとかなかったしさ。
むしろプレイヤー的には『いいからそんなクソ見殺しにしろ』と思っていた。
でもまあ他ならぬスットコちゃんのお願いだし、一応待ってやるか。
といっても、このままじゃどう考えてもベルネルがやばいな。だって武器、試合用だし。
ゲームだと設定上だけ試合用の武器を使ってる扱いでデータ的には普段使っている武器をそのまま使えるから全く問題なかったんだが、その辺はゲームと現実の差ってやつかね。
つーわけで、武器くらいはプレゼントしてやるか。
はい土魔法ドーン! 地面の中の成分やら何やらをチョイチョイと弄って、硬くて軽い金属にして、それを剣の形に変えた。
ほれ使えベルネル! 十秒で適当に作った玩具だから返さなくてもいいぞ!
「ありがとうございます、エルリーゼ様!
これなら……いける!」
剣を手にしたベルネルは凄い勢いで雑魚助を追いつめていく。おおすげえ。
感心しながら見ていると、何故かこちらを見ているレイラの視線に気が付いた。
ん、何? どしたん?
「あ、いえ……何でもありません」
何だ、変なスットコだな。
それはそうと、戦いはどうやら終わったようだ。
ベルネルと愉快な仲間達は見事に雑魚助を倒したようで、雑魚助が倒れている。
もうこいつの呼び名は負け犬でいいかな。
「魔女様……オデ……魔女様ノ為ニ、ガンバル……頑張ルカラ……。
マタ……オデヲ、抱キシメテ、クダ……サ……」
いや無理だろ。
だってお前モフるにはでかすぎるもん。
悪いな。俺、小型犬は好きだけど大型犬は怖いから嫌いなんだ。
ギリギリで柴犬が限界かな。それより大きいのはもう無理。
それにこの毛もどうせゴワゴワしてんだろ?
……お? おお? 何だ、意外にフワフワしてんなおい。
これなら案外モフれそうだな。むしろこんだけでかいんだし、絨毯代わりに使えそうじゃね?
案外大型犬も悪くないかもしれん。モフモフモフ。
「エルリーゼ様……この怪物は……」
レイラが不思議そうにしているが、恐らく『大魔にしてはこいつ弱過ぎね?』と思ったのだろう。
なので俺は皆に、こいつは大魔のなり損ないのようなものだと教えてやった。
ついでにこいつが元々はただのワンコロで、ただ褒められる事しか考えてないアホって事もバラしてやった。
勿論俺が元々知っているとおかしいので、推測という形で話したけど。
「魔女……サマ……」
あ、お前まだ起きてたの。
もう寝てていーよ。お前なんかが寝たって、どうせ誰も怒らんから。
はいおやすみ、おやすみ。
そう言うと、負け犬は静かになった。
さて、周囲の目もあるしそろそろモフるのは止めておくかな。