理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー) 作:壁首領大公(元・わからないマン)
視界がボヤけて霞がかっている。
現実感がなく、まるで雲の中にでもいるようだ。
ああ……こりゃいつもの夢だな。
そう思っていると、俺がまだ起きようともしていないのに夢の中の
あれ? 今回は俺の意識と無関係に
まあ所詮夢だからな。いつも同じってわけでもないか。
そう思いながら俺はいつも通りにパソコンを立ち上げようとするが、触れない。手がすり抜ける。
くそ、何だこの夢。今回はやけに不便だぞ。
そうしていると、台所から戻ってきた
おお、丁度いいところに来た、俺。パソコン見せろ。ほれ、早く。
バンバンとパソコンを叩いてジェスチャーで指示を飛ばすと、
よしよし、とりあえず言う事は聞くな。
まずはとりあえず動画サイト見よう。動画サイト。コメ付きのやつ。
ああいうの第三者目線のコメントっていうのは意外と参考になる部分も多い。
少なくともゲームの中の俺が外にどう思われてるのかが分かる。
動画一覧にあるのはエルリーゼルートにレイラルートと色々あるが、今回見たいのはエテルナルートだ。
何故なら最近かなりコースアウトしている気がしないでもないが、俺が目指すものがそれだからである。
俺は最終的にベルネルとエテルナがくっつく、そのハッピーエンドが見たい。
なので『俺がエルリーゼになっている世界のエテルナルート』こそが俺の目指すべき世界であり、それを見る事が今後のヒントになるだろう。
そしていざ再生してみたエテルナルートは……何と言うか、俺の知る展開と全然違った。
まずエルリーゼが本来のヘイトピザじゃなくて、外面だけは一応聖女として名声を高めている俺にちゃんと変わっている。
だが俺のいる世界ともかなり展開が違う。
例えばファラさんによる誘拐イベントは起こらず、ファラさんが『エルリーゼ』を暗殺しようとしていることを突き止めたベルネル達がファラさんに戦闘を仕掛けて撃破し、エテルナが聖女の力で切り抜けてファラさんを正気に戻した。
これは暗殺対象が変わっているものの、俺が知る本来のエテルナルートに近い流れだ。
誘拐イベントが起きなかった理由は多分、こっちの世界の俺は学園を訪問とかしなかったからだろう。
あるいは訪問しても、ベルネルがちゃんとヒロインの好感度を上げているので安心してそのまま帰ってしまったのかもしれない。
ファラさんがベルネルを誘拐した理由がそもそも、俺がベルネルに会いに行ったせいだからな……それがなければ、誘拐もしないわけか。
その後『エルリーゼ』は学園に転入して来ないし、魔物の暴走イベントも本来の流れ通りにモブが何人か死んでベルネルとエテルナ、その他好感度を上げて仲間にしたヒロイン達で協力して解決していた。
エテルナの自殺未遂イベントも起こらず、本来のゲーム通りの流れにかなり近い感じだ。
ただ、違いはある。
まず、エテルナ達が『エルリーゼ』を偽物として告発しようとしていない。
というかずっと、『エルリーゼ』が本物の聖女と思ったまま物語が進んでしまっている。
よって
そのままパートが進んで魔女戦まで至っても、まだ『エルリーゼ』を偽聖女として告発していない。
変態クソ眼鏡によるストーキング&誘拐イベントもなしだ。
俺が加わった事で変化した物語の中では変態クソ眼鏡は『見るからに裏切りそうで怪しいけど何もしない変な先生』という感じに落ち着いていた。
物語は更に進み、どうやらこの世界線の『エルリーゼ』が痺れを切らしたのか、魔女戦前夜で限られたメンバー(ベルネル、エテルナ、レイラ)のみに真実が告げられた。
その後、ベルネルとエテルナ二人だけで会話するシーンに入るが、会話内容も完全に俺の知るゲームから逸脱している。
『私が本物の聖女なんて急に言われても……無理だよ! 怖いよ、ベル……。
私、エルリーゼ様みたいに立派じゃない……聖女なんて私には出来ない……』
ここの会話は俺の知る流れでは違った。
本当はここは、『私がやるしかないんだよね……だって私が聖女なんだから』という、聖女の自覚と決意を固める会話のはずだった。
その後の決戦シーンでは『エルリーゼ』が魔女と戦う作戦だったが、『エルリーゼ』が地下に入った時点で何と魔女がビビッて逃げ出してしまい、戦闘終了。
その後、魔女を見付けられぬままに学園入学365日目を迎えて、強制的に最終決戦イベントに突入した。
このゲームでは魔女を倒さないまま入学してから365日目を迎えると、タイムオーバーで後は最終決戦からエンディングまで一直線となる。
また、この時点で『エルリーゼ』の寿命が限界に近付いていたらしくほとんど動けなくなっていた。
……マジか。後数年くらいは持つと思ってたんだが俺の想定以上に寿命縮まってたのな。
更に『エルリーゼ』の死による世間の混乱を恐れた国王が『エルリーゼ』を幽閉してしまって、戦線から完全に離脱。
これによって『エルリーゼ』は最後の力を振り絞って魔女を道連れにするという選択肢すら取れなくなった。
画面には『幽閉なんてしなければ……』とか『国王マジ無能』とか、そういったコメントで溢れている。
その後、『エルリーゼ』を欠いた状態で魔女戦になり…………魔女を倒して、エテルナも相打ちになって、ベルネルの腕の中で看取られながら死亡した。
おい俺ええええ!? ベッドで寝てないでそこは止めろよおいいい! この無能うううう!?
それ一番やらせちゃ駄目な展開だろうがああああ!
コメントでは『せめてエルリーゼが幽閉なんてされなければ……』、『どのみち無理。エルリーゼが近付いた時点でこいつはテレポートする』、『どのルートでもこいつ、エル様から逃げ回るからな』、『エルリーゼが戦って倒していれば違ったんだろうな……』とコメント欄が沸いている。
とりあえず……うん。俺が突入すると魔女は逃げる。これはしっかり覚えておこうか。
後、俺の寿命も俺が思っているほど長く残っていないようだ。こりゃあ365日目が過ぎたらアウトと思っておいた方がいいな。
しかもテレポートって……お前それ、使うとめっちゃ弱体化する最後の手段だろ……。
この世界のテレポートは一度身体をバラバラの分子にして移動して再結合する荒業だから、使うと魔女だろうが死にかけるという危険すぎる技だ。
メタ的に言うとルートや周回数で魔女の強さが変化する理由がこれなわけだが、戦いもせずに逃げる為にそれ使うってあんた……。
そこまでして俺との戦いを避けるのか魔女よ……。
あー、とりあえずエテルナルートはもういい。もう分かった。
俺がエルリーゼになった状態でそのままエテルナルートに入っても大局は変わらない。そういう事だな。
となると……やばいな。目指しちゃ駄目じゃん、エテルナルート。本末転倒じゃん。
だがまだ望みはある。俺のいる世界は今見た動画とは随分と違う。
まず、俺が学園にいるし何より今、俺は未来の知識を得た。
ならばそれを活かせるはずだ。
よし、
ああ、そうそう。『エルリーゼ』が転入してきた辺りからな。
こちらは俺の知る、俺の世界と同じ流れだった。
レギュラーメンバーが大分変って、他のルートでは登場しないモブAやフィオラ、変態クソ眼鏡といったキャラクターがベルネルの友人や仲間として戦闘メンバーに加わっている。
学園での魔物暴走イベントはエテルナルートと違って『エルリーゼ』がいるので一瞬で鎮圧され、その後はエテルナの自殺未遂イベントに入って、『エルリーゼ』とベルネルが海に落下した。
そして……そうそう、この時怪我してたのをベルネルに見られたんだよな。
動画の中の俺は腕の傷を糸と誤魔化しているが……俺はコメントを見て自分のミスを今更になってようやく悟った。
『布がほつれた……?』
『エルリーゼ様、この場に赤い布使ってる人いません』
『パンツの色かもしれん』
『ベルネル君のフンドシの色に一票』
『俺との赤い糸だよ』
『俺とも繋がっている』
『よかったな。お前等同士で繋がってるぞ』
『想像したら地獄絵図で草』
『やらないか』
……やっべ。
そういやそうだ。俺は咄嗟に布がほつれて出た赤い糸が腕にくっついたと言ったが……ねえじゃん、あの場に。赤い布。
ベルネルは学園制服の黒と青。エテルナは白と緑で俺も同じ。どこにも赤がねえ。
あちゃー、やっちまった。
ただ、動画を見る限りではベルネルは騙されてくれているので、よしとしよう。
その後は夏季休暇に入り、個別イベントだ。
動画を見ていると、夕方の時間で学園内に『エルリーゼ』の顔アイコンが表示され、プレイしているUP主が操作する矢印が学園へ向かって行き、タッチした。
するとイベントが始まって、学園でコソコソしている『エルリーゼ』をベルネルが発見する。
ああ……あの時の……。
…………あれ、個別イベントだったのか。
展開は俺の時と全く同じだ。二人してレイラに見付かってお説教を受けて、そんで最後に『エルリーゼ』のベルネルへの呼び方が変わる。
『それじゃあ、また明日……ベルネル君っ♪』
…………。
…………。
あっるええええええ!? 俺こんな言い方してたっけえ!?
いやしてねーよ。誰だよこいつ!?
もっとこう、違うニュアンスで言ったダルルォ!?
俺の中では会社の同僚が呼ぶような感じで、イメージ的には「やあ、ノリ〇ケ君」みたいな男同士の気さくな呼び方のつもりだったんだよ。
『ここ何度もリピートして聞いてるわ』
『もう20回繰り返し聞いてるけど全然中毒じゃない』
『ここ最高にお茶目で可愛い』
『初めての友達にウッキウキのエルリーゼ様可愛い』
『かわいい』
『尊い……』
『エル様すごい嬉しそう』
『ここデフォルトネーム以外だとどうなるの?』
『例の動画では“ほも君”って言われてたぞ』
『ただデフォルトネーム以外だとボイスが付かない』
おおう……コメ欄を見て俺は思わず手で顔を覆った。
そういうこと……俺の外見と声でやると、そうなっちゃうのね。
……うわあ、大惨事。
穴があったら入りたい。いや、ブチ込みたい。
でも今の俺にはモノはないんだよなあ……。
その次のイベントは闘技大会だ。
マリー戦も苦戦しつつ何とか優勝し、雑魚助が乱入してきた。
それと戦闘に入る直後に『エルリーゼ』がベルネルに剣を造って寄越すので、メニュー画面で装備する。
その性能は……あれ? 適当に造った玩具だったんだけど、こんなに強かったんだ。
画面に表示されている武器名は『聖女の大剣』となっており、装備した際の攻撃力上昇値が終盤の最強武器レベルだ。加えて大剣だと本来はダウンする命中値とスピードがほとんど下がっていない。
『TUEEEEEE!』
『この時点で入手していい武器の性能じゃない……』
『これバランス大丈夫か?』
『エル様ルートは一周目限定だから、その分の救済措置だと思われる』
『これ、主人公の武器が大剣以外だとどうなるの?』
『ちゃんとその時装備してる武器と同じ種類のものをくれる。俺の時はめっちゃ強い双剣だった』
『俺はロングソードをもらった』
『俺はトンファーもらった』
『何ももらえなかったんだけど……』
『お前さては素手でプレイしてたろwww素手だと何も貰えないぞw』
『マジか……』
『ネタで大根装備してたら、大根ソードとかいう変な武器くれた。超強かった』
『サンマ装備してたらサンマ貰ったわ』
『エル様造れる武器の幅広すぎだろw』
ベルネルの武器が大剣以外でも『エルリーゼ』はちゃんと対応した武器をくれるらしい。
まあそりゃ、試合用の武器で戦わせるわけにはいかんからな。
造るのもそんな手間じゃないし、余程変なものじゃなきゃ、造るさ。
素手は……まあ、ベルネルの戦闘スタイルが素手だったら、確かに俺も何も造らなかったかも……。
戦闘後は負け犬が死ぬのだが、何か悲し気なBGMが流れて、『エルリーゼ』が負け犬の顔を抱きしめてやっている一枚絵が表示された。
ほうほう綺麗なもんやなー。
……あれ、端から見るとこう見えてたのか。
そんな事を思っていると、思わぬところから感想が出て来た。
「どうせこん時、本当は『まだ起きてたのかこいつ。はいはいおやすみ』とか、そんな感じの事思ってたんだろ?
表面だけ見ると変にヒロインっぽいから笑いが止まらんわ」
そう言ったのは……
いやしかし、これはどういう事だ? 何で
まあ、所詮夢なんてこんなもんなのか?
「あー……その口調なんだが、普段やってるみてえに敬語口調に出来ねえ?
正直その外見で俺みたいな話し方してんの、めっちゃ違和感あるわ」
は? 何言ってんだこいつ。
向こうにいる時なら聖女ロールもするが、今は必要ないだろ。
だって今の俺はエルリーゼじゃないんだから。
「ああなるほど。気付いてないのか。
ちょっと待ってろ……っと、鏡どこだったっけな」
そう言い、
馬鹿め、鏡は机の引き出しの中だ。
「お、そうだったそうだった。ほれ、これが今のお前だ」
そう言って
果たしてそこに映っていたのは――半透明の、幽霊みたいになっている
なん……だと……。
『なっ、何ィィーーーー!?
お、俺は! 夢の中で元に戻っていると思っていたら!
エルリーゼのままだったァー!?』
驚きの余り叫んだ。
そして気付く。自分の口から出ている声が、普段と全く同じ女の声である事に。
驚く俺に、
「マジで気付いてなかったんだなお前。超ウケる。
ちなみに前回と前々回と、その前もお前は俺に戻っていたわけじゃなくて、俺に取り憑いて動かしていただけで、ずっとその外見だったぞ」
『ま、マジで……?』
「マジマジ。一体いつから――自分が不動新人だと錯覚していた……?」
『うるせえ。お前がその台詞言っても全然恰好よくねえんだよ』
何か今回の夢は随分おかしいな。まさか
『だが待て……そうなるとだ。じゃあ俺は何なんだ?
もしかして、お前の記憶を持ってるだけのエルリーゼ本人ってパターンかこれ?』
「いや、それだとこうしてこっちの世界と繋がって、意識のみ……だと思うんだが、行き来している理由が分からない。
俺とお前の間には確かな繋がりがある。記憶だけじゃない。
俺が思うに…………」
そこまで
あ、やべ。これ夢から覚めて起きる前兆だ。
「いいか、聞け! お前はこれを夢だと思っているかもしれないが、これは
こちらの記憶を持ち帰れるのがお前の強みだ! 夢だなどと思わず、ちゃんと覚えておけ!
いいな? 魔女はお前が近付けば逃げる! そんでお前が死ぬまで隠れる! だからまだ地下には向かうな!
奴はまだ半信半疑……自分の居場所が正確には割れていないと思っているから学園に残っている!
だがお前が一歩でも踏み込めば、その瞬間に奴は迷わず逃げるぞ!
そしてどこにいるか分からなくなる! そうなった
だからまずは――――」
くそ、何だよ。気になるじゃないか!
しかし無情にも夢は醒め、そしていつもの豪華なベッドの上で目を覚ましてしまった。