理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー)   作:壁首領大公(元・わからないマン)

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第二十四話 不穏分子

 うーむ、おかしな夢だった。

 夢の中で俺が俺と会話していた。

 しかも向こうの俺は夢だけど夢じゃないとかわけのわからん事を言っていたし……

 そんなわけがあるかい。夢は夢だろ。

 ……と言いたいところだが、一応魔女の事は気にしておくか。

 あの夢が正しいならば魔女は俺が近付くと速攻で逃げる。弱体化しようが構わずテレポートまで使って逃げて行方不明になる、と。

 確かにそいつは厄介だ。

 俺が現在、魔女の位置を把握出来ているのはゲームの知識で魔女が学園地下にいる事を『知っている』からだ。

 決して、魔女の位置が分かる能力とかがあるわけじゃない。

 だから戦闘力を測る機械で『見付けたぞ! カカ〇ットはこっちだ!』とか分かるわけじゃないし、生命力を感知して『この気はクリ〇ンさんだ!』とか分かるわけでもない。

 あくまで俺が魔女の位置を知っているのは知識によるものである。

 なので移動されてしまうと、もう何処にいるかは分からない。

 海を挟んだ向こう側の大陸の森の何処かに地下室でも作ってそこに潜まれたりしたら、見付け出すのはほぼ不可能だ。

 一応魔力反応を追うとかはこの世界でも出来る。

 エテルナの自殺騒動の時には変態クソ眼鏡がそれをやっていた。

 だが俺は馬鹿魔力でのゴリ押しスタイルだからそんなスニーキング技術なんて持ってないし、変態クソ眼鏡であっても距離が開き過ぎれば追跡は出来ないだろう。

 なので移動させてはいけない、というのはもっともだ。

 逃げるが勝ちとはよく言ったものである。

 勝ち目がない相手とはそもそも戦わない。近付かない。

 チキンだが正しい戦法だろう。

 ……一応ラスボスなのにそれはどうなのよ、とか思わないでもないが。

 

 現状、奴は(多分)まだ学園地下にいる。

 それは、テレポートが危険っていうのもあるが、この学園にいる事が奴にとってのメリットだからだ。

 自分に敵対する騎士候補生達を育てている学園に潜めば、将来厄介になりそうな奴が分かるし、何より騎士側の情報がどんどん魔女に流れていく。

 スパイも学園長だけではなく、他にも教師や生徒の中に数人いると思った方がいいだろう。

 そうでなければ、俺が近付いた瞬間に逃げるっていうのが説明つかない。

 俺の動きを近くで見張り、魔女に連絡している奴がいる。

 それが可能なのは……やはり近衛騎士か?

 俺の護衛が、一番俺に近い位置にいる。

 ならばレイラか? ……いや、レイラはないな。そんなに器用じゃない。

 確かにレイラはゲームでエルリーゼ(真)を裏切ったが、それは『聖女に仕える一族』という誇りがあるからだ。

 だから正確に言えば裏切っているわけではない。今まで偽りの主に騙されていたのが、ようやく本当の主を見付けているべき場所に戻るだけだ。

 他に俺に反発を抱く可能性のある近衛騎士といえば、フォックス子爵辺りだろうか。

 こいつはアイナ・フォックスのパッパで、ゲームだと横暴の限りを尽くすエルリーゼ(真)に進言して不興を買い、一族自殺に追い込まれた可哀想なおっさんだ。

 レイラが来る前の近衛騎士筆頭でもあり、俺の世話役でもあった。

 しかしこの世界では反発される理由があんまりないし、第一、こいつは現在学園にいない。学園までついてきた近衛騎士はレイラ一人だけだ。

 だからフォックス子爵も考えにくい。

 

 となると……後は学園の教師や生徒になるが、そうだとすると分からんな。

 正直ゲームでのネームドキャラ以外なんかほとんど記憶にない。

 俺が顔も覚えていないモブとかがスパイだと、ちょっと探すのに苦労しそうだ。

 

 ……うーん、駄目だ。分からん。

 とりあえず保留にして、地下にはまだ近付かないようにしておこう。

 次にあの夢を見る事が出来れば、その時にネットで調べる事も出来るはずだ。

 物語もまだ中盤だし、無理に今急ぐ必要はないだろう。

 俺の寿命はベルネルが入学してから一年で尽きる事が判明してしまったが、逆に言えばそれまでの猶予が保証されたとも言える。

 ならばまだ焦る時間じゃない。

 

 よし、そろそろ出発の準備するか。

 鏡の前で魔法を使い、しっかりと髪や肌をケアして魅力ドーピングをする。

 中身のクソさを隠す為の金メッキコーティングは大事だ。俺の生命線である。

 まあメッキで塗り固めてもクソはクソなんだけど。

 これは食べられないオソマです。

 

 んで、授業。

 生徒に混じって授業を受けている間は、常に最もよく見える微笑みの表情をキープする。

 勿論自力でそんな事をやるのは無理なので、これも魔法でインチキをしているのは言うまでもない。

 雷魔法でちょいちょいと電気信号を弄って、いくつか用意した表情パターンに自然となるようにしているのだ。

 これをやらないと俺はあっという間に素が出て、仏頂面になってしまう。

 というわけで偽聖女スマイルは今日も絶好調。ボロを外に出さない。

 

「……というわけで、このゴメンナサイと戦う時の注意点は、相手が身を屈めた時に前に立たない事です。

一見戦意喪失しての降伏に見えるこの姿勢は擬態であり……」

 

 教師の説明を聞き流しながら、今後起こるイベントについて考えを巡らせる。

 闘技大会から次の冬期休暇までが物語中盤だが、この中盤は主にエルリーゼとのいざこざと断罪(ざまあ)に費やされる。

 つまりこの中盤での敵はエルリーゼだ。

 あの闘技大会でベルネルに守られたエルリーゼはベルネルを気に入って、学園に押しかけて来る。

 そしてベルネルに付きまとうのだが、その際にベルネルと仲のいいヒロインに嫉妬して嫌がらせを連発しまくり、部下をけしかけ、暴行指示まで出し、挙句暗殺者まで雇う。

 勿論このゲームは全年齢対象なのでそうした胸糞シーンは全部未遂で終わるのだが、とにかくエルリーゼへのヘイトが溜まり続ける。

 そしてアイナによる暗殺未遂事件でエルリーゼが怪我をした事で偽聖女疑惑が浮上し、ベルネル達が色々と情報を集めたり過去の悪行を調べたり、レイラがエルリーゼを裏切って味方サイドに来たりしてエルリーゼは断罪され、聖女から一転して聖女を騙っていたクズに成り下がる。

 エテルナルートだとファラさんとの一件でエテルナが真聖女と発覚しているので、このイベントが少し早く発生する。

 最後は主人公達との戦闘で、意外な才能を発揮して実は強かった事が判明するも才能だけでは勝てずにボコボコにされて学園から逃げ出し……最後は貧民町でゴミを漁りながら生きていたところを、彼女に恨みを持つ者達に発見されて原形を残さずブチ殺される。

 

 しかしこの世界では俺は特に悪事を働いていないので、これらのイベントは多分起こらないだろうと思われる。

 つまり中盤は平和が続くと思っていいだろう。

 あの夢で見たエテルナルートでも、俺は偽聖女バレせずに終盤まで普通に偽聖女を続行していたわけだし、余程下手踏まなきゃ大丈夫だろ多分。

 まあ一応、以前の失態(ベルネルの前で怪我)から反省して魔力強化は欠かしていないので万一ゲーム通りの暗殺イベントが来ても大丈夫だ。

 

 つまり冬季休暇までは暇が続く。

 中盤に主にトラブルを起こすのが俺なのに、その俺が何もしないんだから暇なのは当たり前だ。

 勿論ヒロインごとの個別イベントなどはあるのだが、これに関しては……この世界のベルネルがあれだからなあ……。

 一応この前の闘技大会でマリーがベルネル一行に加わったが、二人の関係は恋愛というよりは良きライバルって感じだし、多分マリーの個別イベントは起こらない。

 …………。

 うん、やる事ねーな。

 どうすっべ。いっそ暇潰しにスパイ確定の学園長でも苛めて遊ぶか?

 こいつボコボコにして情報吐かせれば他のスパイも芋づる式に引っ張り出せるだろうし。

 ただ仮にも学園長の座にある者を何の理由もなく襲撃しては俺のイメージが悪化する。

 証拠が出ればいいのだが、すぐに見つかるような場所にそんなもん残すほどアホじゃないだろう。

 ならば現場を押さえるのが一番いいが、それが簡単に出来りゃ苦労しないわけで……。

 

 駄目だ、どうすりゃいいか分からん。

 誰か都合よく俺の所に何かいい情報持って来てくれないもんかね。

 

 

 闘技大会が終わって一回り大きく成長したベルネルだったが、慢心する事なく日々己を鍛え続けていた。

 あの闘技大会で得たものは大きい。

 強力な魔物との実戦経験に、エルリーゼから授けられた剣。

 魔女を必ず倒すという決意。

 そして新たな仲間。

 あの大会で優勝を争った相手であるマリーは、今ではベルネルの友人であり、ライバルだ。

 共に切磋琢磨し、腕を磨き合っている。

 技量の近いライバルがいて、そんな相手といつでも模擬戦をする事が出来る。

 それはベルネルを今まで以上に成長させてくれた。

 以前エルリーゼに言われた言葉を思い出す……人は、一人の力では限界がある。

 その意味がようやく、分かってきた気がした。

 他にもエテルナがいて、ジョンがいて、フィオラがいて……生徒ではないがサプリ先生も頼もしい仲間だ。

 それぞれが長所を持ち、短所を持っている。そしてそれぞれが補い合える。

 一人一人の力は聖女には遠く及ばない。だがこの六人で力を合わせれば、誰にも負けはしないとすら思えた。

 

 そんな充実した日々を過ごしていたある日。

 その日も授業が終わった後に、校舎の外の運動場でジョンやマリーと模擬戦をしていたベルネルだったが、マリーが何やら遠くの生徒を眺めている事に気が付いた。

 マリーは表情があまり変わらないので感情が読めないが、基本的には優しい子だ。

 その彼女がどこか、寂しそうな顔をしていたのが気になってしまった。

 

「どうしたマリー。何か気になるものでもあるのか?」

「……ん。あの子の事……少し」

 

 そう言ってマリーが視線で示したのは、離れた場所で剣の素振りを繰り返していた赤毛の少女であった。

 あの子は確か、準決勝でマリーと戦って敗れた子だったはずだ、とベルネルは思い出す。

 

「アイナ、だったっけ? あの子がどうかしたのか?」

「……私、嫌われてる。会うといつも、睨まれる」

 

 話を聞き、なるほどと思う。

 そういえば試合の時もマリーの差し出した手を払い除けていた。

 正直なところ、あまりいい態度ではない。

 あまりアイナの事は知らないが、プライドが高そうだという事だけは何となく分かる。

 きっとあれからずっと、マリーに敵愾心を燃やしているのだろう。

 

「そりゃマリーのせいじゃねえよ。

負けて悔しい気持ちは分かるけど、マリーを恨むのは筋違いってもんだ」

「そうね。あまり気にしない方がいいわよ」

 

 ジョンとフィオラがマリーを慰めるように言う。

 マリーは別にあの試合で何か卑怯な事をしたわけではない。

 正々堂々戦い、そして実力で勝利した。

 アイナが負けたのは単純にマリーよりも彼女が弱かったからだ。

 

「でも気にしないって言っても、会う度に敵意いっぱいに睨まれたらあまりいい気分じゃないわよね」

「確かにそうだな」

 

 エテルナの言葉にベルネルも同意した。

 いくらマリーに落ち度がなくて気にしないようにしても、一方的にそんな態度を取られ続けていい気分のする人間はそういないだろう。

 しかしだからといって、注意しても恐らく逆効果だ。

 あの手のプライドの高い人種は正論を言えばいいというわけではない。

 むしろ変に正論で言い負かすと、余計に腹を立てるかもしれない。

 

「あれ? ねえ、あれって学園長先生よね?」

 

 フィオラが何かに気付いたように声を出す。

 その視線の先では、アイナの前に何故かこの学園の学園長が現れて何かを話していた。

 やがて二人は連れ立ってその場を去ってしまい、ベルネル達は首をかしげる。

 

「何だろう? 成績に関する事かな」

「でも、学園長自身が声をかける事か?」

 

 エテルナが不思議そうに言い、ジョンも疑問を口にする。

 とはいえ、いちいち詮索するような事ではない。

 教師が生徒に声をかける……それは学園内ならば当たり前の事だ。

 そうして疑問を捨てようとしていた彼等の耳に、別の人物の声が聞こえた。

 

「妙だな。わざわざ学園長が一人の生徒に自分から会いに来るなど」

 

 全員が振り返ると、そこにいたのは何故か地面をスコップで掘っているサプリであった。

 妙だなと言いつつ、更に妙な事をしている教師に全員が疑問を顔に浮かべずにはいられなかった。

 だがそんな視線を気にせずにサプリは掘り出した……というよりは崩さぬように切り出した地面を魔法で固定化させて持参した袋に投入している。

 

「それも、闘技大会の優勝者であるベルネルや準優勝者であるマリーではなく、何故アイナ・フォックスなのだ……?

確かに見込みがないわけではないが順番がおかしいだろう。

直接的な知り合いでもなければ親族でもない。意味が分からん」

「あの……先生はそこで何を?」

「私か? ああ、ここに我が聖女が通った足跡があったのでね。

他の無粋な者がその価値も解さずに踏み荒らす前に保護・回収しに来たのだよ」

「…………」

 

 ――変態だ。全員が一瞬でそう確信した。

 もしかしてこの教師は聖女にとって最も危険な男なのではないだろうか。

 騎士を志すならば、魔女よりも先にまずこいつを今ここで斬ってしまうべきなのではないだろうか?

 そんな思いを全員が共有するが、サプリは自分の行動に何の疑問も抱いてないように話す。

 

「どうにも最近の学園長はおかしい。違和感のある行動を繰り返している」

 

 お前が言うな。

 全員がそう思った。

 

「例えば夜間の警備を何故か外し、自分でやり始めた。

学園長室の掃除を断り、これまでは一つしかなかった鍵を突然五つに増やした。

窓も頑丈なものに替え、格子を付け、誰にも中を見せん。

まるで見られては困るものを所持しているようではないか」

 

 お前が言うな。

 全員がそう思った。

 たった今回収しているそれは見られて困るものではないのだろうか……。

 

「そんなにおかしな行動とは思えませんが……。

俺だって、自分の部屋はあまり他人に見られたくないですし……」

「確かにそうかもしれん。一つ一つの行動は違和感を感じるなれど、気に掛けるほどのものではない。

『まあそういう事をする時もあるだろう』と納得してしまえるような些細なものだ。

普段は石など蹴らぬ者が唐突に石を蹴っていても、『そういう気分の時もある』と言われてしまえば言い返す事は出来ん。

だが毎日石を蹴り続ければそれは確かな変化であり、変化する何かがあったという事だ。

私はどうにも、ここ最近の学園長にそうした変化を感じずにはいられんのだ。

上手く説明は出来んし、今説明したように『そういう事もある』と言われればそれまでだ。

しかし私には、学園長に何か変化があったように思えてならん」

 

 言いながらサプリは袋を固く結び、大切そうに懐へ入れた。

 少なくともこの男の行動は『そういう気分の時もある』では済まされない。

 

「どれ……折角だし、少し尾行してみようか。

学園長の面白い姿が見られるかもしれん」

 

 サプリはそれだけ言うと、まるで迷いなく動き始めた。

 どうやら本当に尾行をする気のようだ。

 学園長より先にこいつをどうにかしたほうがいいのではないだろうか……そう全員が思ったのも無理のない事だろう。


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