理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー) 作:壁首領大公(元・わからないマン)
――魔女の正体は先代の聖女。
ディアスから告げられた信じがたい事実に全員が、疑うよりも先に心の中で否定した。
いや、否定したかったのだ。
そんな事はあり得ないと思いたかった。嘘であって欲しかった。
聖女とは人類の希望だ。光の象徴そのものだ。
それがもし本当ならば……最悪の未来が想像出来てしまう。
「……で、出鱈目を言うな! アレクシア様が……先代の聖女様がそんな……そんな事……」
「だが
「……ッ」
レイラはディアスの言葉を否定するように叫ぶが、声に力がない。
ディアスの言う通りだ。
ずっと前から、本当は違和感を抱いていた。
魔女と戦った聖女は必ず死ぬ。何故だ?
魔女は倒されても、しばらくすると別の魔女が現れる。何故だ?
聖女が誕生する瞬間を目撃した者は何人もいる。引き離されて育てられるが両親だっている。
だが魔女が誕生する瞬間を目撃した者は一人もいない……何故だ?
その答えが、今のディアスの言葉で説明出来てしまう。
「そ、それは……アレクシア様だけの例外……なのか?」
「言われずとも分からぬほど、君は馬鹿ではあるまい?
だがあえて教えてやる……全員がそうだ。
かつて私とアレクシア様が倒した魔女も先代の……いや、正確には私達の前の聖女は魔物に殺されてしまっていたから、更に一つ前の……とにかく、聖女の成れの果てだった」
レイラは無意識のうちに一歩後ずさっていた。
考えないようにしても最悪の想像がどうしても脳裏を過ぎってしまう。
あの心優しいエルリーゼが魔女と化して世界を恐怖に陥れる……そんなあってはならない未来が、どうしても脳裏を過ぎる。
そしてその時、自分はどうするのだろうと考えた。
ディアスのように主が魔女になっても守るのか? それとも……エルリーゼに剣を向けるのか?
「ショックか。無理もない……私もこの事実を知ったのは前の魔女を倒した後の事だった。
魔女が死ぬと同時に魔女の蓄えていた闇の力がアレクシア様に流れ込んだ。
それでも最初はまだ、アレクシア様はアレクシア様のままだった。
私には何が起こったかも分からず、ただ慌てた。
それでも私はすぐに治療するべきだと考え、大急ぎで聖女の城へ帰った。
アレクシア様を医師団に預けた私は国の王に魔女を倒した報告をして……どうなったと思う?」
「……それは……勿論、全力でアレクシア様の治療を……」
レイラが希望的観測を、祈るように口にした。
そうであってほしい、いやそうであってくれ。
そんな願いを込めた予想は……当然ながら、大外れであった。
「私はその場で、何が何だかも分からぬままに拘束された」
「な……」
「その数日後、私は国の大臣に真実を教えられた。
魔女の正体や聖女の末路……そして、アレクシア様を殺そうとして逃げられたという事……。
奴等は言ったよ。『君は優れた騎士だ。前の聖女の事は忘れて次の聖女を守る為に力を貸して欲しい』とな……。
私は……あえてその提案に乗り、この学園の教師となった……」
そこまで語り、ディアスは八つ当たりをするように壁を殴った。
語っているうちに、怒りが込み上がってきたのだろう。
生まれた瞬間に聖女としての使命から両親と引き離されて、魔女を倒す為だけに育てられ……そして使命を果たしてやっと普通に暮らせると思った矢先に、守ったはずの人間達に裏切られる。
ディアスは、己の愛した聖女に向けられた仕打ちが許せなくて仕方がなかった。
「私はアレクシア様を守る。たとえ何を敵に回そうともだ」
強い決意を言葉に乗せ、ディアスが剣を構える。
だがレイラには構える事が出来なかった。
ディアスから告げられた事実に、自分が何をすればいいのか分からない。
魔女を倒して、エルリーゼがエルリーゼでなくなってしまうなら……このまま、魔女を倒さない方がいいのではないかと……そう思ってしまう。
そうだ。今だって魔女はいるがエルリーゼがいる事で魔女のいない時と大差ないほどに平和が続いているのだ。
だったらこのまま魔女を残して、エルリーゼにも聖女を続けて貰った方がいいのではないだろうか……そう、浅ましく思ってしまう。
「戦意を失ったか……無理もない」
ディアスが感情を感じさせない声で言い、そしてレイラを仕留めるべく剣を薙いだ。
だが直後に剣閃が奔り、ディアスの剣が根本から切断されて宙を舞う。
やったのはエルリーゼだ。
魔法で創った光の剣で、ディアスの剣を受けるどころか切って落とした。
「エルリーゼ……!」
◇
あっぶね~。
危うくレイラがやられそうになったので、慌てて割って入って何とか学園長の剣をぶった切る事に成功した。
おいおい何ボサッとしてんのスットコ。
ちゃんとしゃっきりしてくれよ。
「エルリーゼ……様……彼の言った事は……」
「……事実です。魔女の正体は、前の魔女を倒した聖女……それが、繰り返される魔女と聖女の戦いの正体。聖女が魔女を倒す限り、決して終わらない循環です」
スットコの質問に答え、キリッと顔を引き締めた。
終わらない循環って言葉格好よくね?
まあ俺、そもそも偽物だから循環しないんだけどね。
俺が魔女倒すと循環せず終わるんだけどね。
「聖女エルリーゼ……歴代最高の聖女か……。
なるほど……私の剣をこうも容易く切ってのけるとは。
その前評判に偽りはないらしい」
どーも。達人に褒められると嬉しいね。
まあお前はボコるけどな。
てめえよくもうちのスットコちゃん殺そうとしやがったな? あ゙!?
生意気にヒゲなんか生やしやがって。このナイスシルバーが。
「どうやらお前は真実を知っていたらしいな。
では、何故戦う? 戦いの先の末路を知っているだろうに何故」
お? 何? 今度は俺に精神攻撃?
ほーん、へー。なるほどねえ。そっちがやる気なら、そんじゃ受けてやりましょうか。
うちのスットコをレスバで追いつめて戦闘不能にしてくれたみたいだし、じゃあ今度は俺がレスバでお前追いつめたるわ。
「それは、貴方が止めて欲しいと願っているからです」
「……何?」
必殺、論点すり替え&なすり付け!
全部お前のせいだYO! と暴論をブチかましてみる事にした。
ついでにこの際だからゲームの時気になってた事聞いたろ。
「貴方は何故、この学園で騎士を育てたのですか?
魔女を守ると言いながら、その一方で魔女にとって不利となる優秀な騎士を貴方は育て上げている。
授業の内容に手を加えて生徒の質を落とすわけでもなく……レイラのような優れた騎士を輩出している」
これね。ゲームやってた時から突っ込み所満載だったのよ。
ゲームでもこいつ、魔女を守るとか言って敵になるんだけど、それなら騎士を育てるなよって話じゃね?
授業のカリキュラムに手を加えて、わざと生徒の質を落としまくるとかさ、いくらでもやりようはあったわけじゃん。
なのにそれをせず強い騎士が沢山学園から出てんの。こいつ馬鹿じゃね?
もうね。やられたいとしか思えませんわ、こんなの。
「貴方は魔女を守りたかった。
しかし一方で、愛していたからこそ……アレクシア様がこれ以上魔女として自分を見失うのを見るのが辛かった。
アレクシア様を誰かに止めて欲しいと願っていた。
……違いますか? ディアス学園長」
「…………」
あれ? 黙っちゃった?
なになに、図星? 図星?
ほれ何か言い返してみろよおっさん。
「その通りかもしれん……確かに私は、アレクシア様がアレクシア様でなくなるくらいならば……誰かに、止めて欲しいと願っていた」
やったね、大当たり。
俺ってもしかして探偵の才能あるんじゃね?
身体は聖女、頭脳はクソ! その名は……いや、頭脳クソじゃ駄目だろ。
無理じゃん、探偵。
「魔女として悪事を積み重ねるくらいならば……聖女に討たれる方がまだ幸せなのではないかと……確かに、心のどこかで思っていた。
ああ、認めよう。きっと私は、アレクシア様を次の聖女に止めて欲しかったんだ」
お、素直になったな。
そんじゃ、俺等の邪魔はもうするなよな。
俺等は魔女を倒したい、お前は魔女を倒して救って欲しい。
利害は一致しているわけだし、もう戦う意味はないな。
「ならば……」
「だが!」
うお、いきなり大声出すな。びっくりするだろ。
「だが、駄目だ。お前だけは駄目だ!
確かに聖女に討たれる方がアレクシア様は救われるかもしれない。
だが! お前だけにはアレクシア様を討たせるわけにはいかない!」
えー、何よそれ……。
他の奴はいいけどお前だけ駄目って、普通に傷付くんだけど。
何? 差別? 俺だけハブ?
そういうの、よくないと俺は思うなー。
「裏切られはしたが……それでも、俺とてかつては世界を守る事を誇りにしていた騎士だ。
だから……必ず世界が滅びると分かっている道に進ませる事は出来ない。
聖女エルリーゼ……お前は確かに史上最高の聖女なのだろう。俺にとっての最高の聖女はアレクシア様以外にありえないが……客観的に見て、お前がそう評価されるだけの存在である事は十分分かっている」
言いながら、折れた剣を構えた。
そして雷の魔法が折れた部分を補い、雷の剣となる。
なにそれカッケェ。
それで切れるのかとか無粋な突っ込みは思い浮かぶけど、とりあえずカッケェ。
「だからこそ、お前だけはアレクシア様を倒してはならない!
お前がアレクシア様を倒して次の魔女になってしまえば……もう誰にも止められない!
誰も勝てない! 倒せない! 次の聖女も……その次も!
絶対に勝てない無敵の魔女が生まれ、そして人類は滅ぼされる……。
今のお前にその気がなくとも、必ずそうなる! 魔女になるとは、そういう事だ!
お前だけは、絶対に魔女になってはいけない存在なんだ!」
なるほどねえ、と俺は納得した。
まあこいつ視点だとそうなるか。
こいつ、俺が偽物って事知らないもんな。
斬りかかってきた学園長の剣を素手で掴んで止め、そして胸に手を当てた。
はい魔法ドーン。
学園長は派手に吹っ飛び、壁に叩き付けられた。
「が……は……ッ。
強……すぎる……! だ、駄目だ……これでは本当に……世界が滅ぶぞ……」
壁にもたれて座り込んだ学園長だが、彼はこの後きっと捕まって牢屋行きだろう。
そう思うと、少しばかり哀れに思えてきた。
どうせ捕まって退場する奴だし、少しくらいなら救いをやってもいいかな?
まあおっさんに抱き着く趣味はないのでアイナとかみたいな救い方はしないけど。
「滅びませんよ。私は魔女になりませんから」
「愚か者め……そういう問題ではないのだ……。
お前がどれだけ、そう思っても……平和を望む心の持ち主でも……。
聖女である以上、魔女を倒せば魔女になる……そして、魔女になればどれだけ耐えても、最後には…………。
アレクシア様も、そうだった……」
息も絶え絶えに言いながら、それでも気絶しない。
何だかんだでこのおっさんも騎士だったって事だろう。
これだけの差を見せ付けられても、世界の滅びだけは必死で避けようとしているのだ。
俺はそんなおっさんに近付き、そして耳元でカミングアウトをぶちかましてやった。
「本物の聖女は、あそこにいるエテルナさんです。
私は取り違えられてしまっただけの、偽聖女なんですよ。これ、皆には秘密にして下さいね」
「なっ!?」
これには流石に仰天したようで、ディアスは俺をまじまじと見た。
「ま、まさか……そんな事が……。
信じられん……! 歴代最高の聖女とまで言われたお前がそんな……まさか……!」
どうやらまだ疑っているようなので、俺は先程雷ソードを受け止めた掌をコッソリ見せてやった。
魔力ガードはしていたが、あれはなかなかの威力だった。
俺があえて加減してたってのもあるが、少しばかり掌に火傷を負っちまった。
聖女が自傷か、魔女以外の力で傷を負う……この意味を、こいつなら分かるだろう。
「聖女の力抜きでも魔女を倒す方法も既に見付けています。
勿論私がアレクシア様を倒しても、私が魔女になる事はありません。だって私、偽物ですから」
そう言って渾身の聖女スマイルで笑ってやった。
するとディアスは放心したように俺を見詰め、やがて大声で笑い始めた。
「ふ、ふははは……ふはははははははッ!!
これは驚いた……驚いたぞエルリーゼ!
まさか、こんな事があろうとは!
お前はとんでもない奴だ! 本当に大した奴だ!
確かにこれならば変わるかもしれん……続いてきた魔女と聖女の循環が!」
心底嬉しそうにディアスは笑い、そして完全に力を抜いたように崩れ落ちた。
おい、今倒れるな。
お前の耳元で話す為に俺は今お前の前に座ってるんだから、お前が倒れたら俺の膝の上に頭が落ちるだろ。
おいやめろ、おっさんに膝枕する趣味とかねーぞ。どけ、おっさん。
「……一つ、頼んでいいか?」
「何ですか?」
分かった、頼みを俺が聞ける範囲でなら聞いてやる。だからどけ。
「…………もし可能ならば、アレクシア様の事を、救ってやってくれないか。
そんな事は不可能だと分かっているが……お前なら、何となく出来そうな気がしてしまうんだ……」
そう言い、おっさんは気絶した……俺の膝に頭を乗せたまま……。
おいどけって。重いだろう。
しかも最後に何か買い被り&余計な頼みまで残しやがった。
魔女を助けてくれって、何で俺がそんな事せにゃならんのや。
第一、そんな都合のいい方法なんて……。
……まあ、あるんだけどさ……。