理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー) 作:壁首領大公(元・わからないマン)
学園長一派は全員取り押さえられ、駆け付けてきた兵士達によって連行された。
アイナを始めとする利用されていただけの者達も一緒に連れていかれてしまったが、こちらは簡単な事情聴取の後に釈放されるらしい。
これで事件は解決したが、学生寮へ帰るベルネル達の足取りは軽いものではなかった。
それは、今回の一件で知る事となった事実がどうしても頭を過ぎるからだ。
魔女の正体は聖女……魔女を倒した聖女が次の魔女になる。
これはベルネル達にとっても十分ショックだったが、特に衝撃が大きいのはレイラやサプリといった大人の方だ。
レイラが生まれた二十年前は、丁度アレクシアが作り上げた束の間の平和の中にあった。
そのたった三年後……今から十七年前に魔女が誕生し……いや、アレクシアが魔女になって平和は儚く崩壊してしまうのだが、それでもレイラは生まれてから三年間は平和な世界で生き、豊かな心を育む事が出来た。
サプリが生まれた25年前はアレクシアよりも前の魔女が暴れていた時期で、この時期は本来魔女を倒すはずのアレクシアの前の聖女が魔物に殺されてしまった事もあって、暗黒期が四十年以上に渡って続いた地獄であった。
その地獄の最中に生まれたサプリだからこそ、たった五年とはいえ平和な世界を取り戻してくれた聖女に憧れ、心酔したのだ。
彼が現在心を捧げているのはエルリーゼだが、彼の聖女信仰の始まりとなったのはアレクシアである。
その聖女が魔女になったという事実は……軽くない。
そしてエルリーゼは、僅か十歳の時に聖女としての活動を開始し、疑似的にではあるが魔女がいない世界に近い平和を築き上げた。それが七年前の事だ。
過去、どんな聖女でも平和な時は五年程度しか作る事が出来なかった。
今にして思えば、魔女にならずに耐えていられる年月が五年ほどだったのだろう。
しかしエルリーゼは既に、その並外れた力で平和を七年間も維持している。しかも他の聖女と違って本人が存命したままでだ。
これだけでも、なぜ彼女が歴代最高と呼ばれているかが分かるというものだろう。
だが歴代最高は歴代最悪になり得る。
これだけの力を持つエルリーゼがもしも魔女になってしまえば……ディアスの言った通りに、もう誰も勝てない。
次の聖女が生まれようが関係なく暗黒期が続き、そして終わらない。
人類が滅びるまで続く闇の時代の幕開けだ。
だからこそベルネルには不思議だった。
あれだけ頑なにエルリーゼにだけはアレクシアを倒させまいとしていたディアスが何故、最後の最後で態度を急変させたのだろう。
変わったのは、エルリーゼが彼に何かを耳打ちして掌を見せた時だ。
その瞬間、彼は笑い出して、魔女と聖女の循環が終わるかのような事を言いながらエルリーゼの膝の上で意識を手放した。
サプリはそれを酷く羨んでいて、ベルネルも羨ましいと……いや、違う。今考えるべきはそれじゃない。
何だ? 一体ディアスは何を見た? 何を聞かされた?
聖女は魔女になる。エルリーゼが魔女になれば誰にも止められない無敵の魔女になってしまう。
だから止めようとしていたのに、何故突然考えを変えた?
……分からない。
エルリーゼに直接聞いても『秘密です』とはぐらかされてしまう。
だが少なくともエルリーゼは、ディアスを納得させる『何か』を聞かせて、そして見せた。
それだけは確かだろう。
学園長一派を捕えた事で、この学園から魔女の目はなくなった。
何処かに潜んでいるかもしれないが、連絡手段に使われていたスティールはサプリが抑えたので、今後はサプリが学園長のフリをしながら魔女と連絡を取り合ってその情報をエルリーゼ達に流すだけだ。
そうなれば後は、魔女の場所を割り出して突入するだけだ。
そしてエルリーゼならばきっと、必ず勝てるだろう。
だが……エルリーゼの勝利は、後の絶望を意味している。
本当にこのままでいいのか?
エルリーゼに魔女を倒させてしまっていいのか?
倒さずに、現状を維持している方がいいんじゃないのか?
そんな、言葉に出してはいけない思いが全員の中に蔓延しつつあった。
◇
無事に学園長一派を追放し、これで魔女にこちらの情報を伝える奴はいなくなった。
勝ったな、飯入って来る。違った、飯食ってくる。
と、慢心したいところなのだが、地下への突入はまだ行わない。
あれで本当にスパイが全員とは限らないし、もう少し様子見を続ける必要がある。
それにスパイがいなくとも、俺が地下に向かって魔女の視界に入ればやはりテレポートされてしまうだろう。
結局のところ、テレポを封じないとどうにもならないのは同じだ。
というわけで、どうやってテレポを封じるか色々考えてるんだが、一向に手が浮かばない。
そもそも分子に分解して吹っ飛んでいくなんてチート技を止める方法なんてこの世界にあるのかね。
俺の知っている他のファンタジー作品とかだと探せば何かしら対策は出来そうなものなんだが、この世界は基盤がギャルゲーなせいか、その辺イマイチ便利な魔法とか技がないんだよな。
だからまあ、俺みたいなのが自分で適当に魔法作って無双とか出来るんだが。
というわけで特にやる事が思いつかないので、現在は各国の王族へ送る賄賂としてケーキやらプリンやらを自作していた。
この世界の文明レベルはテンプレオブテンプレって感じで中世ヨーロッパレベルだが、街に汚物とかは落ちていないご都合文明だ。
で、お菓子っていうのはあまり発達していない。
この世界では近年まで砂糖が一部でしか取引されておらず、大量に使われるようになったのはここ数十年の事。
オーブンは貴族や王族、聖女教会とかいう組織が独占していて、甘いお菓子を食べられるのは彼等の特権のようなものだ。
そんなんだからお菓子はあまり発展しておらず、砂糖や蜂蜜で甘くしたパンのような物がこの世界のお菓子だ。
ぶっちゃけ現代人の記憶を持つ俺には我慢出来そうにない環境だったので、シンプルな材料で出来るプリンや、生クリームを乗せたスポンジケーキとかを自作して自分で自分の欲を満たしていたのだが、近衛騎士に賄賂として配ったらこれが好評で、王族とかにも行きわたるようになった。
最初にこれを食べたどっかの王様が『フワフワしていて、まるで雲のようだ! 雲を食べたのは初めてだ!』とか言い出した時には、笑いをこらえるので必死だった。
雲って……雲ってお前。雲喰いたいなら氷でも齧ってろよ。
しかもこの王様のせいで俺が作るケーキはケーキではなく、『クラウド』とかいうふざけた名前で広まってしまった。
酷い名前である。何か巨大な剣を振り回して興味ないねとか言ってそうな名前じゃないか。
プリンの方は山のような外見から『マウント』と勝手に名付けられた。
全くアホのような名前だが、王族や貴族共は『山と雲を食せる!』とかほざいて大喜びしていた。アホなのかな?
まあ、そんな事もあって俺の作るお菓子は一部の特権階級しか口に出来ない『聖女のお菓子』として大評判である。
勿論製法は秘密。こういうのは独占してなんぼですよ旦那。
俺はよくある異世界転移系主人公のように人が出来ていないので、死ぬまで独占し続けるつもりだ。
で、だ。この賄賂にも勿論理由がある。
この世界の王族とかってぶっちゃけ聖女の末路とか知ってるんだよね。
むしろ魔女を倒して戻ってきた聖女を閉じ込めて外に出さないように聖女の城は造られた。
普段は豪華な城なんだけど、仕掛け一つであっという間に監獄に早変わりする仕組みだ。
ついでに、城の地下では魔物がこっそり飼われている。
理由? 勿論聖女を殺す為だ。
魔物ならば聖女を殺せるのは既に実証済みだからな。
つまり各国の王族は今は友好的な顔をしているが、魔女がいなくなればあっという間に敵対者に早変わりするわけだ。
俺もそれは知っているので、今の内に奴等の胃袋を賄賂で掴んでおく。
俺が魔女を倒して死亡退場するなら別にこんな事しなくてもいいんだが、一応偽聖女バレからの追放ルートに入った時の為に保険はかけておく。
こうやって聖女である事以外にも自分の付加価値を付けておけば、追放された後でもどっかのお偉いさんがお菓子目当てでこっそり保護してくれるかもしれないからな。
寿命が残り僅かとはいえ、その残る寿命を逃亡生活ばかりで終えたくはないし。
どうせなら最後までいい暮らしをしたいと思うのは人として当然やろ。
そうして賄賂を作っていると、誰かがノックをしたので「どうぞ」と言う。するとレイラが入室してきた。
無言で入って来るとは珍しい。
何だ? 匂いにでも誘われたか、このいやしんぼめ。
ちょっと待ってろよー。お前の分もちゃんとあるからさ。
あ、やべ、なかった。まあ俺の分代わりにやればいいか。
「エルリーゼ様……お聞きしたい事があります」
おう、何? 俺のスリーサイズ?
すまんな、測ってないから自分でも分からん。
え……違う?
「エルリーゼ様は、魔女を倒すつもりなのですか?」
そらそうよ。
何当たり前の事言ってるのこの子。
魔女倒さないとハッピーエンドじゃないしさ。
……いや、実はあるんだけどね。魔女死なせないでハッピーエンドにする方法もさ。
前も言ったけど、このゲームでは魔女アレクシアも攻略対象だから、アレクシアルートっていうのも存在する。
そのルートではアレクシアを魔女の宿命から救い出して幸せにする事がちゃんと出来るのだ。
勿論このルートでのラスボスはエテルナで、彼女は死ぬ。何この不憫な子。
でもそれ難易度高いから、俺のチャートに入ってないんだよね。
ディアス学園長にはアレクシアを救ってくれとか無責任に言われたけど、正直やりたくない。
「魔女を倒した聖女は、次の魔女になると学園長は言い……そしてエルリーゼ様も最初から知っていた。
けれど私には、エルリーゼ様が魔女になろうとしているようには思えない。
だから……どうかお答え下さい……!
貴女は……貴女は……魔女を、アレクシア様を倒した時に、自ら命を絶つ気なのではないですか!?」
レイラの言葉に、俺は笑みを深めた。
惜しい! かなり近いけど、ちょっと違うな。
正確には自殺じゃなくて、魔女から流れ込む闇パワーによる死亡だ。
そんで俺はあの世で、悠々自適なニートライフを満喫してやるのである。
自分の命に執着がなさすぎると思われるかもしれないし、俺の考えが少し一般からズレている事は分かっている。
でも自意識が続くなら、生きてるとか死んでるとかそんな、気にするような事じゃないんじゃないかなって俺は思うんだよな。
『自分が消える』と『死ぬ』は同じじゃないっていうか……俺が怖いのは自分が消える事であって、残るんなら別に死んでもいいかなーくらいに思ってるのよ。
元居た
俺って奴はそういう奴なんだ。多分どっかが、普通の人よりネジが緩んでるんだろうな。
「どうか教えて下さい……。
私は……いや、私達近衛騎士は……貴女達聖女を死地に導く為に仕えていたのですか……?」
とうとう涙声になってしまったレイラを見て、考える。
どこまで話したものかな。
まず、カミングアウトにはまだ早い。
こんなところで偽聖女カミングアウトして、それがどこかに漏れて『偽物やん! 追放したるわ!』なんてなったら、少々面倒だからな。
レイラは口が堅い方だとは思うんだが、人の口に戸は立てられぬとも言うし。
最終的には俺が偽物バレして、聖女の座をエテルナに返すのは全然構わない。
むしろそれが筋だと思うし、最後に俺がやるべき事なのだろう。
レイラは聖女に仕えてきた一族で、その事を誇りに思っている。
そんな彼女にとって、仕える奴を死なせる為に守っている、というのは辛い事なのだろう。
騎士というものの存在意義そのものを彼女は今、見失っている。
だから俺はレイラの涙を指で拭ってやって、安心させるように言う。
「貴女が気に病む必要はありません、レイラ。
騎士でも、この事を知っているのはごく一部の、王族の息がかかった者だけでしょう。
私も直接知らされたわけではありません。ただ、偶然知る機会があっただけです」
主にゲームの外のメタ視点でな!
しかしメタ視点ってある意味、どんなチートも霞むレベルのインチキだよな。
まあ活用するけどさ。
「聖女と魔女の運命は……変わらないのですか……?
どうあっても……聖女とは、報われないものなのですか?」
「いいえ、変える事は出来ます。私はその為にここにいる」
まあ本当の所、俺が何でここにいるとか分かるわけないんだけどね。
とはいえ、こう思っておいた方が気分的にはモチベーションが上がる。
そう、俺はこのゲームをハッピーエンドにする為に来たのだ。
「大丈夫です、レイラ。
私は必ず、この悲しい運命を、この時代で断ち切ってみせます」
「ほ、本当ですね……? 死なない方法が、魔女にならずに済む道があるのですね!?」
「はい、あります。今はまだ詳しくは語れませんが……どうか私を信じて、ついてきて下さい」
レイラの表情が目に見えて明るくなり、慌てたように涙を拭った。
まあ嘘は吐いてないよね。
聖女は確かに死なないし魔女にもならない。
まあレイラはこれでかなり甘々だから俺が死んでも泣いてくれるかもしれんが、すぐに立ち直るだろう。
何せ本物の聖女は俺みたいなガワだけ中身クソと違って、本当にいい子だからな。
ていうか正直ね、割と俺も騙してる罪悪感あるのよ。
だってレイラって本来はエテルナに仕えるはずの子で、その為に子供の頃から一生懸命頑張って来たわけだろ。
なのに実際仕えてみたらそれは偽物でしかも中身男だぞ。どんな嫌がらせだよ。
こんな優秀な子をいつまでも俺みたいな偽物の下で働かせてるのは、俺の米粒ほどの良心でも響く。
だから、ちゃんと本来の主の下に仕えさせてやりたいと思う。
「大丈夫です。最後には必ず、皆が笑って迎えられるハッピーエンドにしてみせますから」
俺の計画に見落としはない!
鬱ブレイカーエルリーゼに俺はなる。