理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー) 作:壁首領大公(元・わからないマン)
アイズ・アンド・アイ・ビルベリ13世は常々思っていた。
この世界は光と闇のバランスが悪すぎる。
例えばそれは魔女と聖女の作る暗黒期と平和な期間の差。
前の聖女が完全に魔女になったのと同時に次の聖女が生まれる。
その聖女が魔女を倒せるようになるまで成長を待たねばならず、その間は魔女がやりたい放題だ。
その期間はどれだけだ? ……どれだけ早くても、どれだけ聖女を急いで育成しても十五年から二十年はかかるだろう。
聖女は生まれた時から聖女だが、その力を十全に振るえるようになるのは個人差にもよるが十五歳以降とされる。
誰かがそう決めたわけではなく、これまでの統計で大体そのくらいという事が分かっているのだ。
子供の肉体では聖女の力に器が耐え切れないのかもしれないし、特に理由もなくそう出来ているのかもしれない。
年を経れば少年は男らしくなり、少女は女らしくなる。それと同じで聖女もある程度の年齢に達する事で初めて聖女らしくなるのだろう。
それを国王達は『覚醒』と呼んでいるが、つまり聖女といえど覚醒するまでは闇の力以外では傷を負わないという
聖女の誰もがエルリーゼのように、すぐに聖女の力に覚醒するわけではない。
聖女が魔女と戦えるようになるまで、十五年から二十年は待たねばならないのだ。
魔女の作る暗黒は
対し、聖女が作る平和な期間は魔女を倒してから、その聖女が次の魔女になるまでの僅かな期間のみ。
歴史上、五年を超えた事はないとされる。つまり
何だこれは。差がありすぎる。
ただでさえ、壊れた物を戻すのや作るのは破壊よりも遥かに大きな手間と時間を要するのに、その時間すら破壊する側が多く持っている。
一本の木を燃やして得られる恩恵と、その一本の木を成木まで育てるのに要する時間と労力は全く釣り合わない。
だというのに、魔女には多くの木を燃やす時間が与えられ、人類には僅かな木を育てる時間も与えられない。
これでは世界が衰退して当たり前だ。文明が育たないに決まっている。
例えばそれは魔物と大魔。
魔女が野生動物に力を与えて作り出されるこの怪物達は、魔女に忠実に従う性質を持っている。
魔女が代替わりすれば次の魔女に従い、力を貸す。
かつてはそれが原因でアレクシアに逃げられた事もあった。
何という理不尽だろう。魔女側には聖女を殺してくれる味方がいるのに、聖女側は聖女しか魔女を倒せないのだ。
つまり、聖女が使命を果たせずに途中で死ぬ可能性は大いにあるが、魔女は聖女が倒さない限りずっと生き続ける事になる。
そして何よりの問題は数だ。
魔物は魔女が死ねば一時的に大人しくなり、人を襲わなくなる。姿を晦ます。
だが次の魔女が活動を開始すれば再び動き出し、人々を襲うのだ。
しかも闇の力を与えられた魔物達は通常の生物よりも遥かにタフで死ににくく、何より老いない。
寿命は多少縮まるが、それでも減る速度より魔女が魔物を増やす速度の方が早い。
つまり増え続ける。三代前の時代より二代前の方が魔物が多く、二代前の時代よりも先代の方が魔物は更に多く、そして先代よりも今代では更に魔物が多い。
魔物が増えれば当然、魔物の活動する危険な領域が増え、人類の生存圏は縮小せざるを得なくなる。
アイズには現在三人の
それは……かつては、この三人よりも年上の跡継ぎと目した王子が数人いたものの、全員が魔物に襲われて帰らぬ人となってしまったからだ。
魔物に殺される危険は年々増え続けている。
だがエルリーゼがそのバランスを反転させた。
魔物を駆逐し、魔物に奪われていた生活圏を取り戻した。
そればかりか彼女は積極的に魔物を倒し、この七年間で魔物の領域を以前の一割以下にまで削っている。
更にエルリーゼは、歴代の魔女によって破壊された自然を蘇らせた。
割れた大地を、木々が失われ砂漠と化した土地を、枯れた河を……。
彼女が歩けば罅割れた大地から花が芽吹き、不毛の荒野が小動物たちの戯れる草原へ変わった。
歴代最高の名に一切の偽りなし。
何より都合がいいのは、彼女には一切の支配欲らしきものがなく、統治は全て人々の自主性に委ねている部分があった。
『君臨すれども統治せず』……彼女は表向きは頂点に立ちながらも、権力を行使して上から押さえつける行動を一切取らない。君臨しているだけで、後は何もしない。
ただ魔物を倒し、自然と人々を癒して回るだけ。故に各国の王や貴族の反発を買いにくい。
何故なら彼女は上にいるだけの正義の象徴で、実質的に支配をしているのはあくまで王族や貴族のままだ。
だが問題が一つだけあった。
歴代最高であるが故に、エルリーゼは聖女の使命を果たす事にも意欲的だ。
つまり……本人は魔女と戦い、これを倒すつもりでいる。
冗談ではなかった。
これだけの事が出来る理想の聖女なのに、僅か数年の治世で散らせるなどあまりに馬鹿げている。
これだけの黄金期など二度と訪れないという確信がある。
どんな形であれエルリーゼが去れば、再び闇と光のバランスは元に戻ってしまうだろう。
ならばこの聖女は一年でも多く生かさなければ駄目だ。
彼女がいれば、人類の領土は更に増える。魔物は減らせる。自然も蘇る。
そうして彼女が生きている限り闇の勢力を削いでもらい、そして次代へ繋げるべきだ。
魔女の打倒など次の聖女にでも投げればいい。どうせ次の聖女は歴代の聖女とそう変わりはないだろうから。
だから閉じ込めた。
どこを救いに行くか、どこの魔物を倒すかは今後全てこちらで管理する。
自由に出歩かせて、それで何かの間違いで魔女と出会ってしまえば最悪だ。
そうならない為にも、魔女のいない場所を調査した上で聖女をそちらに赴かせる。
無論この計画が根本の部分で破綻している事などアイズは承知の上だ。
エルリーゼを君臨させ、世界の頂点にしたまま幽閉する……それはどう足掻いても大罪人になる行為だ。
権力を奪い取って幽閉するのではない。権力を持たせたまま、正義の象徴の座に据えたまま、それを閉じ込めるのだ。
どう考えても民衆の怒りを買う行為で、後の世には罪人として名が残るだろう。
処刑台に立たされても已む無しと言える。
だがそれでもよかった。
どうせ老い先短い命なのだ。今更死など恐れるものではない。
それよりも、少しでも多くの希望を後世の為に残す事こそが彼にとっては重要な事だった。
魔女のいる時代はいつだって地獄だった。
魔物が我が物顔で大地を跳梁跋扈し、人々は殺され、そして明日を恐れて隠れるように生きる。
破壊された自然からは恵みが得られず、枯れた大地は作物を育てない。
どれだけ手を尽くしても毎日のように民が飢えて、そして死んでいった。
先祖代々受け継いできた土地を取り戻す為に何人もの兵士が死に、それでも取り戻せなかった事もあった。
救える限りの命を救う為に、冷血と罵られながらどうしても救えない民を切り捨てて見殺しにするしかなかった時もあった。
民はいつも痩せていて、その目には生気がなかった。
明日への希望を持てず、誰もが諦めに支配されていた。
聖女が魔女を倒しても、それはほんの一時の気休めでしかない。
“どうせまた魔女に荒らされる”。
たったの五年では失われたものを取り戻すにはあまりに足りない。あまりに短すぎる。
訪れた平和の中で祭りのように喜びながらも、それでも人々の心には何処か諦めがあった。
そして人々は……僅かしかない平和の中で、自ら争った。
次の暗黒の時代が訪れる前に少しでも他人より多く備蓄したい。少しでも次に備えたい。
そんな思いから隣人の作物を盗み、奪い合い、殴り合い……その浅ましい争いは時に国家規模となって人同士の戦争にまで発展した。
全ては根底に『次』への恐怖があるからだ。
アイズ自身が争いに加担したのも一度や二度ではない。
食料が足りていない。森も畑も焼かれ、家畜も殺され、どうしても食えずに死ぬ者が出てしまう。
全員で仲良く分け合いましょう……などと言っていられない。そんな事をすれば一人一人に配分される食糧が僅かな量になり、全員仲良く飢え死にするだけだ。
こんな状況では食料を独占しようとする者も当然のように現れ、馬鹿な一部の貴族は権力と金に物を言わせて食料を必要以上に備蓄して元々少ない食料を更に減らした。
悪循環だ。数が少ないから自分だけは大丈夫なように沢山溜めておこうと誰かが考え、実行する。
すると、元々は独占などする気がなかった者も『皆が買い溜めしようとどんどん買う。大変だ、無くなる前に自分も沢山買おう』となる。
そして、市場から必要なものが消え……手に入れることが出来なかった者が死んでいく。
だから切り捨てるしかなかった。アイズに出来たのは、切り捨てる少数を選ぶ事だけだった。
罪をでっちあげて、食糧を無駄に多く備蓄していた貴族を家ごと潰した。
そうして得た食料を一人でも多くの民に届くよう手配した。
多すぎる民はどうしても救えないから、いくつかの村には食料を配給せずに見捨てた。
盗賊に襲われるという情報を持っていながら、あえて盗賊に襲われて村が潰れるのを待ってから兵士を出して盗賊を処理し、残った食料を丸々押収した事もあった。
自分のみならず、我が子や今は亡き妻にも我慢を強いた。
息子のウコンは今でこそ肥えているが……幼い頃は、やせ細った哀れな少年だった。
まさしく外道の行いである事は自分でよく分かっている。
怨嗟の声は何度も聞いたし、地獄に落ちろと叫ばれた回数も両手の指では数え切れない。
それでも……それでも足りない。
外道畜生に堕ち、手段を選ばずに出来る限りの事をしても毎日のように民が死んでいく。
人々は争う事を止めず、『次』の魔女の時代を恐れて殴り合っていた。
優しさや思いやり、他者を労わる心……そうしたものは、まず自分に余裕があって初めて生まれるものなのだとアイズは知った。
豊かな生活の中では、他者を労わる余裕が出来る。
だが自分の事で手一杯ならば、人はまず自分を何とかしようとする。
それは決して悪ではない。当たり前の事だ。
そう、当たり前……だから人は当たり前に争う。
余裕のない生活の中では、心にも余裕など生まれない。
しかしエルリーゼが活動を始めてからのこの七年間は違った。
作物が豊富に取れるようになり、自然の恵みも与えられる。
人々の心には余裕が生まれ、そして隣人を労わる優しさが心に育まれた。
かつては我慢を強いていた息子も、今では毎日腹一杯に食わせてやれる。
だから何が何でも残したかったのだ……。
この素晴らしい世界を次へ。
魔女に恐れる必要のない『次』を……後の世代に、残してやりたかった。
◇
何か俺の事を放置してシリアスな戦いが始まってる件。
俺はベッドに寝転がりながら、この部屋の外で行われている戦闘や会話を聞いていた。
うん、全部ね、聞こえてるのよ。
風魔法でちょいちょいと、声によって発生する空気の振動とかそういうのを拾って俺の耳に届けさせている。
もうちょっと改良すれば電気魔法との複合で音や声を電気に変換して更に速く、更に遠くまで声を届ける事が出来るようになりそうなんだが、まだこっちは試作中だ。
『たとえ大罪人になろうとも、この平和を長く維持する!
それが我等がすべき事だ!』
『そんなの! 貴方はエルリーゼ様を身勝手に閉じ込めているだけだ!』
この会話は俺を幽閉したアイズ国王と、俺を助けに来たらしいベルネルの会話だ。
時折金属音が聞こえるが、ベルネルと戦っているのは王様ではなくスットコである。
まさかここで裏切りイベントを回収するとは、この海のエルリーゼの節穴をもっても見抜けなかった。
他にも別の場所ではベルネル達の戦い方の特徴とかを騎士にチクっている変態クソ眼鏡の声が聞こえる。
ああなるほど……ここで誘拐&監禁イベント回収か。
何というか、運命ってやつを少し感じるな。
嫌な運命だこと。
で、まあ……助けに来てくれるってんなら気分を切り替えて素直に助けられておこうかなとも思う事にした。
正直、もうちょっとこのダラダラニートタイムを続けたかったんだが、まあ俺がいつまでも何もしないと魔女も『これもしかしてチャンスじゃね?』とか思って学園から徒歩で逃げちまうかもしれないし。
魔女がテレポートでさっさと逃げてしまわないのは、テレポートは魔女にとってもリスクが高いからだ。
ゲームでも魔女がテレポートをした後は明らかに弱い。
これはルート次第では早い段階で魔女と戦う事になるので、その際にレベルの低いプレイヤーでも勝てるようにした言い訳設定に等しいのだが、とにかくテレポートをすると何故か弱体化する。
多分分子を再構成する際に色々抜け落ちているんだろう。
とにかく魔女はテレポートを出来ればしたくない。
しかし俺がいる学園を徒歩で抜け出すのはリスキーすぎるので、地下に籠るしかないわけだ。
だが俺が行動不能と分かれば、逃げてしまう可能性は十分ある。
一応そうならないように誤情報を送っているが……何せそれをやっているのは変態クソ眼鏡だ。
今や俺を監禁する側にいるし、ぶっちゃけ全然信用出来ない。
という事もあって、助けに来るっていうならそろそろ助けられておこうかなーなんて思ってたわけだが……。
『さあ、レイラ。この者達を捕えて牢に放り込め』
『……はい』
一時は戦わずに終わりそうな空気だったのだが、結局スットコはアイズ国王の口車に乗せられる形でベルネルと戦い、ベルネルも大した抵抗を出来ずにひっ捕らえられた。
まあスットコは強いから仕方ないか。
他にもベルネルと一緒に突入してきた愉快な仲間達もあちこちで兵士や騎士に捕まっている。
最後にエテルナもスットコに捕まり、これにて救出メンバーは全員お縄のゲームオーバーとなった。
負けイベントかな?
うん……。
君等何しに来たの?
そう言ってやりたいところだが、放置するわけにもいくまい。
このままだと国家反逆罪でよくて島流し、最悪死刑もあり得る。
しゃーない。
レイラも人質どころか向こう側だった事も分かったし、もう大人しくしなくていいかな。
つーわけで、ドアを魔法でふっ飛ばしてはい脱出!
さーて、ベルネル君達救出タイムアタックはーじまーるよー。