理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー)   作:壁首領大公(元・わからないマン)

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第四話 演説

 『アルフレア魔法騎士育成機関』――通称魔法騎士学園。

 正式名称に学園なんて文字は入っていないのに皆は学園と呼ぶ。

 そこは、世界各地から騎士を志願する若者を集めて育成する、人類の未来の戦力を担う機関である。

 初代聖女アルフレアの名から取られたその機関では厳しい訓練を課され、それを乗り越えた者には輝かしい騎士としての道が約束される。

 更に一部の成績優秀者は人類の未来を担う聖女の近衛騎士として抜擢される事もあり、若者達にとってここはまさに夢の登竜門であった。

 教育機関といいつつ、新入生達が今集められている場所は巨大な礼拝堂のようであった。

 壁や天井は白、青、赤、黄、緑などの様々な色で彩られ、荘厳な雰囲気を生み出している。

 椅子に座る生徒達はいずれも、ここに来るまでに厳しい試験を乗り越えて狭い門を潜り抜けてきた者達だ。

 全員がやる気に満ちた顔をしており、緊張感と共存している。

 その中に、十七歳になったベルネルはいた。

 

「流石に空気が違うな……」

 

 今日は新入生達にとって晴れ舞台であると同時に、始まりでもある。

 既に狭い門を抜けてきた彼等だが、ここからは同じようにその狭い門を抜けてきた者達が学友でありライバルとなるのだ。

 この中で晴れて騎士になれるのは一割程度で、それ以外の者は騎士の下の役職に就けられる。

 魔法騎士とは聖女と共に魔女と戦う人類の矛であり盾。戦いに生きる者全てが憧れる勇者だ。

 故に誰もが簡単になれるわけではなく、現役の兵士などは三割近くが一度は騎士を目指して夢破れた者達である。

 更にその中でも限られたほんの数人だけが、聖女の側にいる事が許される近衛騎士になれるのだ。

 ベルネルが目指す頂はそこであった。

 あの日、聖女に――エルリーゼに救われて以来、いつの日か彼女と共に戦う事を夢見て生きてきた。

 再会の約束であるペンダントを離した事は一度もない。

 その夢の舞台に、今ようやく辿り着いた。

 

 かつては、全てに絶望していた。全てを呪いたいと思っていた。

 その自分を救って、抱きしめてくれたのは彼女だ。

 闇で包まれていた人生に、彼女は光をくれた。

 あの時に決めたのだ。何があろうともう闇には靡かない。

 彼女が示してくれた光の道を突き進む事を。

 そんなベルネルを見ながら、同じ村の友人である少女……エテルナは複雑そうに顔を歪めた。

 

「……嬉しそうだね、ベル」

「そう見えるか。駄目だな俺は……まだ入り口に立ったばかりだっていうのに。

ちゃんと気を引き締めないとな。

そうだ、こんなんで満足してちゃ駄目だ。あの人と同じ舞台に立つ為にも、俺はここで強くならないと」

 

 エテルナは、ベルネルが十四歳の時に辿り着いた村で暮らしていた少女である。

 美しい銀色の髪を持つ娘で、村では一番の美少女として評判であった。

 それは決して誇張表現ではない。

 貧しい村であるが故に髪や肌の手入れなど出来ず、生来の美貌が霞んでしまっているものの、素材そのものは聖女エルリーゼにだって負けていないだろう。

 そんな彼女が気になっているのは、三年間とはいえ共に過ごし成長してきたベルネルだ。

 恋愛感情……かどうかは分からない。

 だがエテルナの暮らす村では、歳が近くて仲のいい男女が自然と夫婦になる事は当たり前の事であったし、エテルナもいつかはベルネルとそうなるのだろうなと漠然と思っていた。

 そして、それは別に嫌な事ではなかった。

 だがベルネルの見るものはずっと遠くにあり、彼の視界にはずっと別の女性だけが映っていた。

 

「何か人数……多いね」

「ライバルだらけって事か」

 

 騎士を目指す者は少なくない。

 だがここ近年は、過去に比べても騎士を志願する者が増えていた。

 その理由は、歴代最高の聖女とまで謳われる聖女エルリーゼにある。

 戦場で魔物から救われた新兵が、もう一度心身ともに鍛え直してこの学園の扉を叩いた。

 顔と心に負った傷を無償で癒された少女が弓の名手となり、恩を返す為にやって来た。

 そして全てに絶望していた、闇を宿した少年が光に憧れ、青年となって入学した。

 その他多くの、直接間接問わずに聖女に救われた者達。あるいはその姿を遠くから眺めていた者達。

 そうした若者達が次々とこの学園を目指し、ここ数年は過去例を見ない大豊作の時代が訪れていた。

 

「では、聖女エルリーゼ様より新入生の皆さまへの挨拶をどうぞ」

 

 そして、その大豊作を生み出した歴代最高の聖女が壇上へ上がった。

 その姿に誰もが見惚れる。

 腰まで届く輝く金髪。きめ細かい白い肌。宝石のような瞳。

 純白のドレスは彼女の為だけに存在しているかのように似合い、頭を飾る白い花の飾りが魅力を引き立てる。

 老化という劣化を放棄した永遠の十四歳は若々しさに溢れ、ベルネルが昔に出会った時そのままの姿であった。

 奇跡の前では時間すら頭を垂れる。彼女を衰えさせる事は時の流れですら出来ない。

 そう突き付けられたようで、ただ新入生達はその姿に釘付けとなっていた。

 

「皆様、よくぞ厳しい試験を越えて狭き門を潜り、ここまで来られました。

まずはその努力に、心からの賛辞を送りたく思います」

 

 鈴が鳴るような声が響き、新入生達の鼓膜を揺らす。

 しかし続けて彼女の口から出たのは、予想しなかった言葉であった。

 

「しかし夢を壊すようですが、騎士とは皆様が思う程栄誉に溢れたものではありません。

騎士とは最前線で戦う者達の事。常に命の危険が付きまとい、ほとんどの者は一年生きる事すらなく死を迎えます。

そして残酷な事に、一人や二人が名誉の戦死を遂げても……大勢は何も変わりません。

『名誉ある死』と謡われるものの大半は、何の戦果も挙げられない……名誉だけ(・・)の死です」

 

 騎士達が守るべき聖女からの、まさかの騎士否定である。

 お前達が思う程騎士は輝かしい仕事ではない。

 辛いし、死の危険ばかりだと現実を突きつける。

 その上で、その死すら無駄死にである事を隠す事なく告げた。

 

「だからこの道を志す前にもう一度振り返って下さい。

本当にそれでいいのかと。『聖女』などという他人を守る為に命を捨てていいのかと。

私は、そんな事で命を散らすよりも家族を守って生きて欲しいと思います。

この世に一人だって、私などの為に盾になって散っていい命などありません」

 

 騎士とは聖女の盾であり矛であり、そして身代わりだ。

 聖女を生かす為に騎士はいる。

 聖女が万全の状態で魔女と戦い、これを打倒する為の捨て石こそが騎士だ。

 勇者だの戦士の誉れだの名誉の死だのと、どんな美辞麗句を並べ立てて飾ろうと、その本質は変わらない。

 騎士は生贄である。騎士とは身代わりである。

 それを他ならぬ聖女自らが断言していた。

 その姿を見てベルネルは、あの時から本当に変わらないと思い……笑った。

 分かっている、決意している。

 これでいいと思ったから、ここにいるのだ。

 聖女の立場からすれば、身代わりは多ければ多い程いいだろうに、彼女はそれを良しと思わない。

 だからこうして、騎士志願の者達を遠ざけようとするし……それで騎士が一人もいなくってもきっと、彼女は一人で魔女に挑むのだろう。

 そんな彼女だからこそ、守りたいと思ったのだ。

 それはきっと、ここにいる全員に共通する思いだ。

 

「何も魔物を倒すだけが戦いではありません。家族を守り、子を産み育てる。それもまた立派な戦いです。

それだけで貴方達の生は、私などよりも遥かに価値のあるものになる。

どうか今一度考えてください。本当にここが……貴方達の命を使うべき場所なのかを」

 

 エルリーゼの、まるで新入生を追い出すかのような異例のスピーチが終わった。

 だがそれを聞いて逡巡する者はいない。

 席を立つ者もいない。

 全員が既に覚悟を決めている。決意を固めている。

 自分一人が死んでもそれは大勢に影響を与えず、『名誉ある戦死』としてその他大勢として扱われる。

 だがそれがどうした。

 ならばその他大勢としてあの聖女と共に戦うだけだ。

 

 結果としてエルリーゼのスピーチは、エテルナを含む僅か少数の生徒を困惑させただけで……それ以外の全員の決意をより一層燃え上らせただけであった。

 

 

 はあ~~~~~~~~~。ほんま付き合いきれんわ。

 あいつ等自殺志願者か何かなんですかね?

 騎士は無駄死にするだけの捨て駒だって言っても誰も出て行かねえ。

 そもそも俺に肉盾とかいらんっての。

 俺、空飛んでるのよ? お前等どうやって俺を守る気なの? 

 飛べないお前等がいてもむしろ邪魔だっちゅーねん。

 

 あー、萎えるわー。

 俺は自分でもハッキリ分かるクソだけど、一応BB弾くらいの小ささの罪悪感とかあるわけで。

 流石に俺の為に見知らぬ他人が無駄死にしたら……まあ、うん。ちょっとくらいは後味の悪さを感じる……かもしれない。

 いやごめん、嘘。本当は多分何も感じない。

 テレビの向こうで会った事もないどこかの県に住む誰々さんが事故でお亡くなりになりましたって言われたって『ああカワイソー』とは思っても、その数秒後にはもう名前すら覚えてないだろうしそのニュースを見た事すら次の日には忘れているかもしれない。

 残念ながら俺にとっては、その他大勢の騎士だの兵士だのの死はその程度の認識にしかならないのだ。

 だからこそ、一層無駄死にである。

 こんな奴の肉盾になって死ぬとかマジで人生の無駄使いだろ。

 

 でも萎えてばかりはいられない。この先も学園であれこれイベントが目白押しだ。

 まあその大半は放置しても我らが主人公のベルネル君が自力でバンバン解決してバンバンサブヒロインの好感度をあげて、バンバン惚れられるわけだけど、いくつか放置するわけにはいかんイベントがある。

 それは選択肢によってはヒロインが死んだりモブが死んだり不幸になったりするイベントだ。

 というか正しい選択を選んでもモブは割とあっさり死ぬ。

 ベルネル君が正しい選択肢ばかり選んでくれるぐう有能ならいいんだけど、いくつかは初見殺しで『普通それ選ばねーよ』っていうのもあるし、一度クリアしての二周目じゃなきゃ選べない……ていうかそもそも表示されない選択肢とかもある。

 一周目だと絶対死ぬヒロインとかもいるからなあ、このゲーム。

 お前の事だよエテルナ。一周目だとどう頑張ってもラスボス化しやがって。

 まあエテルナは二周目でトゥルーエンドに入っても死ぬけど。この子不憫すぎん?

 他にもメインルート以外だと絶対死ぬヒロインもいる。魔女とか魔女とか魔女とか。

 それ以外だとこの学園の美人女教師でファラっていうおっぱいがいるのだが、この人も一周目だと確定で死ぬ。

 このファラさんは何故かエテルナを暗殺しようとするので、一周目ではベルネルがそれに立ち向かい、戦闘後には突然態度が豹変して謝罪しながら崖に身投げして死んでしまう。

 で、二周目だとこの戦いにエテルナを連れて行けるのだが(一周目は狙われている本人なので危ないという理由で絶対連れていけない)、エテルナの力によって実はこのファラさんは魔女に操られているだけの被害者である事が判明してエテルナの聖女パワーで洗脳から解放される。

 ついでにこのイベントによってエテルナこそが真の聖女である事が判明するのが早まり、エルリーゼざまあイベントも前倒しになってエテルナ闇落ちを回避出来るってわけだ。

 つまりこのイベントはファラさんの生存に加えてエテルナの闇落ちを避ける為の重要なイベントでもある。

 ……というか、ここでエテルナを暗殺しようとする辺り、魔女さんエルリーゼが偽物ってこの時点で気付いてるよね。

 まあ聖女と対の存在である魔女なら普通に気付くか、そりゃ。

 というか対になってなくても、気付くわあんなの。

 

 とりあえず、俺はもう偽物とバレていると考えていい。

 次にファラさんの洗脳解放からのイベント前倒しだが、こっちは別に気にしなくてもいいだろう。

 そもそもエルリーゼの中身が俺なわけで、そんなに悪事とか働いていない。

 むしろエテルナに聖女の座を返す時の為に名声を高めてるわけで、エテルナの村襲撃からの闇落ちイベントはないはずだ。

 まあ一応襲撃する馬鹿の事は今のうちから調べてるけど。

 

 とにかくファラさんがエテルナを暗殺しようとするタイミングは分かっている。

 俺はそのイベントに割り込んでファラさんが操られている事を言えばいいだけだ。

 ガハハ、勝ったな。風呂入って来る。


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