理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー)   作:壁首領大公(元・わからないマン)

41 / 112
第四十一話 許し

 サプリの寝返りによって状況は逆転した。

 国王とレイラは身動きを封じられ、兵士は全員気絶。

 上にはまだ他の兵士や騎士がいるが、この異常事態に気付いて降りて来るにはまだ時間を要するだろう。

 何故なら彼等の中ではもう『終わった事』で、『侵入者は全員捕まった』からだ。

 勝利の時ほど、人には隙が生まれる。勝ったと思った時ほど警戒が緩む。

 その一瞬をサプリに突かれた。

 レイラは……彼女の力量ならば自力で拘束を振りほどいて戦う事も出来るはずだが、そうしようとする気配がない。

 それどころかむしろ、行動不能になった事をどこか安心しているようにさえ見えた。

 

「さあ、降伏して下さい……国王陛下」

 

 ベルネルがそう突き付けると、アイズの顔が苦渋に歪む。

 彼にとってベルネル達はきっと、何も知らない子供にしか見えていないのだろう。

 大義と大局を理解せぬ、度し難い馬鹿共……だがその馬鹿共に抗う術がないのも事実だった。

 上にいる部下を呼ぼうと息を吸い込み、大声を出そうとする。

 しかしそれも読まれていたようで、土人形が口を塞いでしまった。

 国王の身柄を抑えてしまえば、こちらが有利だ。

 彼を人質にしてエルリーゼの解放を要求する事が出来る。

 ……その後は確実に国家反逆罪で追われる事になるだろうが、それは今考えるべきではない。

 だが事はそう上手くいかないらしく、地下に兵士の一人が大急ぎで駆け降りて来た。

 気付かれたか……? そう思い、マリーとアイラが魔法の構えを取る。

 だが降りてきた兵士は様子がおかしかった。

 明らかに焦っており、冷静ではない。この場の空気も分からないのか、階段を降りながら大声を張り上げる。

 

「陛下! お、王都より伝令!

大魔と思しき巨大な怪物が魔物を引き連れて王都に接近中!」

「何だと!?」

 

 兵士の口から出た言葉にアイズは土人形の手から顔を外して叫ぶ。

 それが出来たのも、サプリが驚きで魔法を緩めてしまったからだ。

 このタイミングでの王都への大魔襲撃……それは最悪だ。

 何せ、大魔に対抗出来る戦力である近衛騎士は全員この城に集結させてしまっているのだ。

 ……と、いうよりエルリーゼを裏切った罪悪感から近衛騎士全員が『せめて護衛だけでも』とここに残ってしまったという方が正しいだろう。

 アイズも、すぐに近衛騎士が必要になるような事態になるとは思っていなかったので彼等の気の済むようにしていたのだが、それが完全に失策だった。

 

「王都の騎士は!?」

「既に迎撃準備に入っていますが……敵の戦力は強大故、すぐに援軍来られたしとの事!」

「何故ここまで気付けなかった!」

「わ、分かりません……突然大魔が発生したとしか……」

 

 アイズの焦りは仕方のないものだ。

 何故なら彼はしっかりと、付近に強力な魔物や大魔がいない事を入念に確かめてから騎士を連れてこの聖女の城へ来た。

 エルリーゼを閉じ込めたのも、そもそも彼女が必要となるほどの敵がもういないと判断したからだ。

 突然大魔が発生する……そんな事が有り得るのか?

 大魔とは魔女が作り上げたものではなかったのか?

 その魔女は学園に潜んでいる可能性が高いとエルリーゼは言った。

 では何故学園から離れた場所で大魔が生まれるのだ。エルリーゼの見立てが間違えていたのか……それとも間違えていたのは自分達の前提なのか。

 それすら分からずにアイズは混乱した。

 

「はっ……こ、国王陛下……これは一体」

「当て身」

「あふん」

 

 多少落ち着いたのか、今になってようやくこの場の異常な光景に気付いたらしい兵士を、背後に忍び寄っていたサプリが手刀で気絶させた。

 

「どうしようベルネル……国が、滅ぶ……。

王都には……パパとママが……」

 

 今まさに国が落ちようとしている。

 その恐怖にマリーが、助けを求めるようにベルネルを見るがベルネルだって答えられるわけがない。

 

「俺のお袋もいる……」

「わ、私のお姉様も王都に住んでるわよ……どうするの、これ……」

 

 ジョンとアイナもそれぞれの大事な人が王都にいるようだ。

 突然予期せぬ所から出た王国存亡の危機に震えるが、一体彼等に何が出来るというのだろう。

 空を飛べるスティールでも片道一時間かかる距離を今から行って、どれだけかかる。

 馬車で数時間は要するだろうし、それに仮に王都について何が出来る。

 この城の騎士全員を今すぐに送り込むような事が出来るならば話は変わるが、そんな神業など誰にも出来ない。

 歴代の聖女だってそんな芸当は不可能だ。

 

「こんな所で俺達で争ってる場合じゃない!

陛下、今すぐにエルリーゼ様を解放して下さい! あの人なら、まだ……!」

 

 今からでもまだ王都を救えるとしたら、それは現在この城に幽閉されている聖女エルリーゼを置いて他にない。

 だがアイズは弱弱しく首を横に振った。

 

「解放して……それで、君等が彼女だったら私の頼みなど受けるかね……?」

 

 確かにエルリーゼならば何とか出来るかもしれない。

 それを可能とするだけの力が彼女にはある。

 だが……どの面を下げて頼むというのだ?

 裏切って幽閉しておいて、いざ自分達が都合が悪くなったからやっぱり外に出て助けに行って下さいなどと……それは虫が良すぎるだろう。

 それで首を縦に振る人間などいるのだろうか。

 頷くわけがない。承諾するはずがない。

 何故ならエルリーゼにとっては、ビルベリ王国は自分を閉じ込める『敵』で騎士達は全員『裏切り者』だ。

 何故そんなものを助けなければいけない?

 助ける義務も義理も彼女にはない。それどころかいなくなってくれた方が都合がいいくらいだろう。

 

「私ならば助けたりしないだろう……当然だ。救った後にまた掌を返して裏切られて閉じ込められるだろう、と考えるからな……。

一度掌を返した人間など信用されんよ……私はもう、掌を返して彼女を裏切ったのだ。

そんな男の頼みを誰が聞くものか」

 

 アイズは膝を折り、絶望したように話す。

 この状況を逆転出来る奇跡はある。奇跡の担い手はこの城にいる。

 だが、その聖女を裏切ったのは自分で、救い手の信を失った。

 結局のところ、今回の聖女幽閉はどれだけ大義を盾に、世界平和を免罪符に掲げてあれこれ自己正当化をしようとも、根本から破綻していたのだ。

 聖女は言った。魔女がいる限り先日のルティン王国のような事は必ず起こると。

 そしてアイズはそれに、『貴女がいれば守れる』と言った。

 おかしな話ではないか。

 それが出来る唯一の相手の信頼を失う行為をしておきながら、その相手の力に守られる事が大前提で話を進めている。

 誘拐して閉じ込めておきながら、『僕が危なくなったら僕を命がけで助けてね』と言っているようなもの。あまりに自分の都合しか見えていない。

 

 結局のところ、アイズ・アンド・アイ・ビルベリ13世は老害でしかなかったのだ。

 エルリーゼという光に目が眩み、自分が歩いている道が道として成立していない事にも気付けず前進してしまった。

 『世界を守る為』という都合のいい免罪符(武器)を手に持ち、その口は言い訳ばかりを垂れ流す。

 これが最善と理論武装した気になって壊れた鎧を身に纏い、覚悟だの何だのといった綺麗に聞こえるだけの汚物で自分を塗り固めて自分に酔った。

 ああ、悪者になってでも世界の為に行動出来る俺は何て素晴らしいのだろう――彼の根底にあったのは結局のところはそうした、救いようのない薄汚い泥のような自己満足でしかなかった。

 その事を彼は今になって、ようやく知ったのだ。

 

 先代の聖女にして今代の魔女であるアレクシアも、その騎士だったディアスもこの老害の被害者だ。

 世界の為に必死に戦った。

 命をかけて、多くの仲間を失いながら魔女を倒した。

 そこには語られぬ多くのドラマがあり、多くの悲劇があっただろう。

 それらを乗り越えて帰ってきた聖女と騎士を彼は事もあろうに裏切り、アレクシアを殺そうとまでした。

 だからアレクシアは人類に絶望した。

 だというのに、またアイズは同じ事をしている。

 何一つ学習していないし、改心もしていない。

 結局は性根が腐っているのだ。

 腐った汚物がいくら綺麗な言葉で自らを飾り立てて綺麗に見せようとしても、根本が汚物なのだからどうしようもない。

 こんな男の頼みを聞くなどあり得ない。

 エテルナ達もその事を悟り、誰も何も言えなくなった。

 

 それでも、とベルネルは思う。

 それでもきっと、彼女は――。

 

「少なくとも、私は聞きますよ……アイズ国王」

 

 失意と絶望に暮れるアイズに、優しく声がかけられた。

 全員が弾かれたように顔を上げれば、そこにいたのはいつもと何ら変わらない微笑みを浮かべたエルリーゼであった。

 

「エルリーゼ様……? 何故ここに……」

「……何故、と問われましても。

ただ、声が聞こえただけです」

 

 ベルネルの問いに、若干考えるような素振りを見せて彼女は答えた。

 エルリーゼにとってはきっと、問われるまでもない当たり前の事なのだろう。

 彼女は、膝を折るアイズに目線を合わせるようにしゃがみ込む。

 そんな事をすればドレスが汚れてしまうが、それを気にした様子は一切ない。

 エルリーゼは怯えるようなアイズと目を合わせて、安心させるように言う。

 

「聞こえましたよ……アイズ国王。

声に出せない貴方の、助けを求める心の声が。

後は……私に任せて下さい」

「あ、貴女は……私を恨んでいないのですか!?

私は貴女を裏切った! 信頼を踏みにじり、幽閉したのだ!

どうしてそれを許す事など出来る!」

 

 アイズの声には困惑があった。

 裏切ったのだ。踏みにじったのだ。

 許されない事だという事は分かっていたし、許されないつもりで今回の行動に及んだ。

 だというのにエルリーゼの目には、一欠けらの恨みも怒りもない。

 アイズにはそれが分からなかった。

 

「恨んでいません。

だから貴方も、もう自分を責めなくていいんですよ。

もしも自分で自分が許せないというのなら……私が貴方を許します」

「ま、また……裏切られるかもしれないのだぞ!?

一度裏切った者を、どうして許せる!?」

 

 裏切られても、本来彼女を守護するはずの騎士に反逆されても。

 それも彼女は変わらない。

 救いを求める声があるならば、変わらずそこにいる。

 ベルネルはその事を再認識し、眩しいものを見るように目を細めた。

 

「許しが必要ならば何度でも許しましょう。

貴方の言う裏切りがたとえ百回あろうと千回あろうと……。

それでも私は、決して貴方を見捨てたりしませんから」

 

 エルリーゼは笑顔で言い、そして手を差し出した。

 

「だから貴方も……自分を許してあげて下さい」

 

 アイズは堪え切れなくなって涙を零した。

 どんな罪を背負い、裏切り、悪党になってでも民の生活を守ると誓って歩き続けてきた。

 だがそれがただの言い訳に過ぎず、自らの罪から目を背けているだけの自己正当化に過ぎない事も分かっていた。

 姉のように慕った聖女に先立たれ、妹のように愛した聖女は死に。

 これで悲しい連鎖を最後にするつもりで、外道に落ちてでもアレクシアを裏切ったが結局は裏切っただけ(・・)に終わった。

 その上で今代の聖女であるエルリーゼまで裏切り、自らが外道畜生であるという負い目の中でずっと生きてきた。

 そんな男にとって、この一言がどれだけ救いになったのかは彼自身にしか分からない。

 アイズは涙で前が見えない中、それでも差し出された手を掴んだ。

 

 どんなに堕ちた男でも決して見捨てない。

 その温もりを握りしめ、老いた王は子供のように泣きじゃくった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。