理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー)   作:壁首領大公(元・わからないマン)

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第四十二話 ゆっくり急げ

 ブッ細工な顔で泣くアイズのおっさんをその場に放置し、俺はビルベリ王国の王都へ向かうべく階段を登って一階へと向かい、そのまま外へ出た。

 どうでもいいけどスカート歩きにくい。

 一応名目上聖女って事になってるのでこんな服を仕方なく着てるが、本音を言うともっと動きやすい服着たいんだよな。ジャージとか。

 というか俺の中身は男だから、ドレスは正直今でも馴染めない。

 男の頃の俺がドレス着ている姿を想像すると吹きそうになる。

 いや、むしろ男の姿の方がまだマシだな。あっちならもう完全にネタとして割り切れる。

 笑いが取れる分、一周回って恥ずかしくねーわ。

 でもこっちは自画自賛になるが、変に似合うからネタにもならない。

 

 ま、そんなのはどうでもいいか。

 とりあえずビルベリの王都ならちょっと俺が本気で飛べば数分で着くだろう。

 距離もほんの40㎞くらいでそんな遠くないし。

 マラソンで走るよりも短い距離だ。要するにめっちゃ近所。

 身体の小さいステルスバードでも一時間あれば余裕で移動出来るし、地球の人間でもマラソン選手なら二時間で走破出来るな。

 で、俺が本気で飛べば時速300㎞は軽く出せるので、まあ八分あれば到着するだろう。

 後、当然だが飛んでるときはスカートの中は見えないように謎の光で防御している。

 別に見られて減るもんじゃねーし、恥ずかしいとも思わないんだが、それはそれとして野郎に見られて欲情とかされたら普通にキモイからな……。

 んじゃ、早速飛んでいってパパッと終わらせますかね。

 

「待ってください、エルリーゼ様! 俺も連れて行ってくれませんか?」

 

 そう言って駆け寄ってきたのは我らが主人公のベルネルだ。

 連れて行けとは言うが……いや別に君が来てもそんな変わらんし……。

 言っちゃ可哀想だけど邪魔というかお荷物というか足手まといというか……。

 でもまあ主人公だし、主人公補正的なアレで実力以上に何か活躍するのかもしれない。

 まあ、レベル上げの為に連れて行くのはありっちゃありだろうか。

 

「待てよ、一人で恰好付ける気か?」

「そうよ。私達も行くわよ」

 

 そう言ってベルネルと並んだのはモブAとエテルナだ。

 他の愉快な仲間達と変態クソ眼鏡も行く気満々のようだが……あの、何で連れて行ってもらえること前提で話してるんですかね?

 正直足手まといが増えるだけなんで、ここで大人しくしてて欲しいんだけどなー……でもそう言える空気じゃないよなー、これ。

 そして、普段なら無言で俺の後ろに控えるはずのレイラが居心地悪そうに遠くからこちらを見ている。

 付いてこられても困るけど、来ないなら来ないで何かモヤモヤするな。

 今のレイラは何か捨てられた子犬みたいだ。

 時折何か言いたそうにするが、それを言葉にする事なく黙り込んでしまう。

 何と言うか……あれだな。クラスで気付いたらぼっちになっていた子が、他の仲良しグループとかに勇気を出して声をかけようとするんだけど、結局出来ないみたいな……そんな哀愁が今のレイラには感じられる。

 このまま放置して飛んで行ったら……俺の見ていない所で自害とかしそうだな。冗談抜きで。

 

「レイラ」

 

 つーわけでさっさと来いとレイラを呼ぶ。

 ほれ、時間ないんだからはよ。そんなとこでビクビクしてないで。

 悪戯を発見されて縮こまる犬じゃないんだから。

 とりあえずここでグダグダやっている暇はないので、手っ取り早く命令してしまおう。

 

「私と共に、戦って下さい」

 

 はい強権発動。

 とりあえず命令しておけばレイラは従う以外にない。

 彼女はおずおずとこちらに近付いて来るが……おいスットコォ! だから時間ないんだって!

 もっと普段みたいにテキパキ動いて!

 

「私は……貴女と共に戦う資格など……」

 

 裏切りの事を気にしているのか、レイラの言葉には力がない。

 ぶっちゃけそんな気にするべき事でもないんだけどね。

 言っちゃ悪いけどレイラがスットコしようがしなかろうが結果は同じだったろうし。

 いくらレイラでも他の近衛騎士全員敵に回して無事に済むわけがないし、むしろ変に抵抗してたら大怪我していただろう。

 そういう点で言えばむしろ無抵抗で捕まったのはいい判断だったまである。

 レイラがあくまで俺の味方だったら、今頃死体になっていたかもしれない。

 

「レイラさん。間違いは誰にでもある。

大切なのは既にやってしまった過ちを恥じて足を止める事じゃなくて、これからどうするかなんじゃないかな」

「これから……」

「そうだ。過ちを犯したからって、そこから逃げても変わらない。

間違えて誰かを傷付けてしまったなら、その分まで貴女の剣で守り、報いればいい。

貴女にはそれが出来るはずだ」

 

 落ち込んでいるレイラに声をかけたのはベルネルだ。

 流石主人公、いい事言うね。

 何気にこの台詞、本来のゲームでレイラが味方側に寝返ってきた時の台詞なんだよな。

 本来のゲームだとレイラはエルリーゼ(真)の筆頭騎士をやっていたせいで間接的に何人も不幸にしてしまっているし、アイナの暗殺も阻止してしまうのでアイナも自分が殺したようなものだとかなり気に病んでいた。

 だからエルリーゼ(真)ざまあイベントが終わった後には落とし前として自害しようとするのだが、それを止めたのがベルネルのこの台詞だった。

 

「これから、か……」

 

 レイラは目を閉じ、それから自分の剣を見た。

 何を考えているか分からないが……多分変な方向に思考がコースアウトしてるんだろうなあ。

 それから彼女は俺の方を見る。

 

「エルリーゼ様……私は許されない過ちを犯しました。

それでも……こんな私でも、必要として下さるならば……せめて、盾として私をお使い下さい」

 

 おいスットコォ……。

 何でそういう考えになるかなあこのスットコは。

 責任感が強すぎるのも考え物というか、ぶっちゃけこいつ盾になって死ぬ気満々だろこれ。

 どうすっかなー。このまま連れて行っても絶対、俺を庇う必要のない場面で勝手に肉盾になって死ぬだろこれ。

 ほら、ベルネルも呆れてるぞ。

 何で『これからどうするかが大事だよ』って言われて死ぬ事前提で考えてるのこの子。

 ……しゃーない。釘刺しておくか。

 

「盾になるつもりならば、連れて行くわけにはいきません。

私が求めているのは、共に暗雲を切り開く剣なのですから。

だからレイラ……私の剣となり、戦って下さい。それが私が貴女に与える罰です」

「……っ! はい!」

 

 レイラは若干鼻声になりながらも、勢いよく返事をした。

 とりあえず、今はこれで大丈夫かな。

 説教は後に回すとして、今はとにかくさっさと王都に行かないと。

 今は説教してる暇がない。

 では今度こそ出発……と思ったのだが、城から出て来た裏切りナイトズが同時に俺の前で跪いた。

 今度は何? 今急いでるんだけど。

 

「エルリーゼ様……どうか我等にも、貴女と王都を守る為に戦う許しを頂きたい」

 

 どうやらこいつ等も一緒に来たいらしい。

 それはいいけどさ、それってつまり俺にこいつらを運べって言ってるわけだよな。

 というか、だから俺以外がワラワラ行ってもそんなに意味ないんだって。

 どうせ俺が広範囲攻撃連発で薙ぎ払うんだから。

 しかし、邪魔と言っても徒歩でついてきそうな怖さがある。

 

「許します。ただし貴方達が守るべきは都であり民であり、そして貴方達自身です。

私の為に己の身を粗末にしよう、などとは決して考えないで下さい」

 

 一応釘だけ刺しておく。

 じゃないとこいつ等、変な使命感を持って勝手に敵の攻撃に当たりそうだし。

 別にこいつ等が肉盾しなくても基本的に敵の攻撃は俺にはノーダメなわけだし、どうせダメージにならない攻撃から庇われて勝手に死なれても困るだけだ。

 それにこいつ等は本来は聖女……つまりエテルナに仕えるべき連中だ。

 偽の主の為なんかに減らすのはよくない。

 

「エルリーゼ様……何と慈悲深きお言葉……」

 

 騎士達が何か感動しているが、俺はそれを放置して魔力を編む作業へと入った。

 大人数を運ぶ魔法もないわけではない。

 幽閉ニート中に、暇だったので対テレポート用に魔法を一つ作っておいたのだ。

 こいつはテレポートほどではないが高速で遠くまで移動出来る魔法で、自分以外を飛ばす事も出来る。

 テレポートで魔女に逃げられても追跡出来るようにと考案したが……そもそも魔女がどこに逃げるかが分からないと意味がない事に、作ってから気が付いた。

 例えば魔女が日本からアメリカにテレポートしたとして、俺には日本からアメリカへ移動出来るジェット機があるとする。

 だが目の前で消えた魔女がアメリカに行った事を、俺には知る術がない。

 例えるならそんな所だ。

 

Festina Lente(ゆっくり急げ)

 

 相変わらず恰好いい技名が思いつかないので、適当に海外のことわざを名前にしておく。ゆっくりしていってね!

 それと同時に俺達全員を囲うように光の柱が立ち昇り、浮遊感が全身を包んだ。

 俺以外には何が起こっているか分からないだろうが、今俺達は光の柱の中で空へと浮上している。

 まあエレベーターみたいなもんだ。

 一定の高さまで行くと柱は鳥のような形状となって俺達を包むが、この光は移動の為のものではなくバリアだ。

 これからちょっとやばい速度を出すので、空気抵抗やらから身を守る為のものだな。

 翼に当たる部分では魔力訓練の応用で、周囲の魔力を圧縮して溜め込んでいる。

 圧縮して圧縮して圧縮して……それを、指向性を持たせて後ろに排出する。

 すると一気に俺達を包んだバリアが前へ飛んだ。

 要するに地球にある飛行機を魔法で再現したってところだ。

 燃料は魔力で代用したが、魔力っていうのはかなり出鱈目なエネルギーなので地球の飛行機よりもスピードが出る事も分かっている。

 本当はもっとアレコレ色々とやってるんだが、全部説明するのは面倒なので『バリアで飛行機を模して圧縮した魔力を推進剤にして飛ぶ魔法』くらいに思って欲しい。

 

「こ、これは!?」

「う、動いている、のか?」

 

 騎士達がざわめいているが、この程度で済んでいるのは光のバリアのせいで外が見えないからだ。

 もし見えていたら、上空から見渡す絶景で大騒ぎしていたかもしれない。

 そうして移動する事数分と数十秒。

 やがて目的地の上空に到着したので俺は魔法を解除して光の柱に戻し、俺を含めた全員を下へ降ろした。

 外から見れば多分、突然光の柱が戦場に突き刺さったように見えるだろう。

 ちょっとお邪魔しますよっと。

 

 

 ビルベリ王国の首都の前で、決死の戦いが繰り広げられていた。

 王都に残った騎士と兵士達が迎え撃つのは、大地を埋め尽くす魔物の軍勢だ。

 一体どこにこれだけ潜んでいたというのか……恐らくは、まだ奪還されていない大地に隠れ住んでいた魔物が一斉に集結したのだろう。

 本来魔物とは、多種多様な野生動物を魔女の力によって強化したものである。

 故に知性は本来の動物より多少マシという程度で、このように軍を築く事は基本的にない。

 当たり前だ。例えば熊を元にした魔物と虎を元にした魔物がいても、本来は別の生物同士だったそれが手を組む事などあり得ないのだ。

 それどころか魔物同士の殺し合いも普通にあり得る事で、肉食獣の魔物が草食獣の魔物を襲って喰うのも珍しくはない。

 無論、全てが群れないわけではない。

 例えば元々群れを形成する生物……犬の魔物などは同種同士で群れるだろう。

 だがそこに猫や豚の魔物が混じる事はない。

 だが、それらの魔物が一つになり、共通の目的の為に団結する例外がある。

 それは指揮官がいる時……つまりは魔女か、大魔がいる時のみに限り魔物は別種同士で群れ、団結して軍となる。

 

 今回の進撃も、大魔が指揮官となって引き起こされた事だ。

 聖女エルリーゼが登場する以前と比べると魔物の数は激減し、今となっては全盛期の一割も残っていない。

 加えて彼等に指揮を下すはずの魔女はどこかに隠れてしまい、魔物達は何をすればいいかも分からず人類に各個撃破され続けていた。

 ある時、一体の賢い魔物が考えた……このままでは魔物は滅びる、と。

 それはカラスを元にした魔物であり、それ故に知能が高かった。

 彼は聖女という強大な敵に対抗するには、残る全ての魔物が団結して一斉に挑むくらいしかないと考えた。魔女が何もしない今、自分達で何とかしなくてはならない事を理解した。

 それからまず彼は、同種のカラスの魔物達に考えを伝え――殺し合った。

 魔物がより上のステージに進む方法は、魔物同士で殺し合う事。その事を彼は本能で知っていたのだ。

 そうして同種との殺し合いを制して強くなった彼は、更に別の魔物を襲い続けた。

 殺し続けた果て……遂に大魔となった彼は、各地に隠れる魔物達に号令をかけて最後にして最大の魔物軍を築き上げる事に成功した。

 魔女が何もしない今、地上に残る戦力だけでこの窮地を乗り越えなくてはならない。

 かつては世界の七割近くを支配していた魔物の勢力圏は聖女エルリーゼの登場以降縮小を続け、今や世界の一割もないだろう。

 そしてこのまま隠れているだけではエルリーゼが何もしなくとも、各国の兵士達による魔物狩りで根絶されてしまう。

 だからこれが最後の挑戦だ。

 元々は小さなカラスだった大魔は、自分達が生きる為に人類へ最後の戦いを挑んだ。

 

「くそ! このままでは王都が……!」

「援軍はまだなのか!」

「何だってあの王様は近衛騎士を全員連れていっちまうんだよ!

これだから現場を知らない頭でっかちが余計な事をするとロクな事にならないってんだ!」

「口を慎め、不敬罪だぞ!」

「ああいいねェ、不敬罪! その前に国がなくなりそうだがなァ!」

 

 近衛騎士を欠いた騎士団と、それに率いられる兵士達が奮戦するが戦況は魔物が優勢だ。

 流石に騎士がいるだけあってルティン王国よりは遥かに善戦出来ているが、しかし魔物達も必死だった。

 もう魔物には後がない。

 ここで勝利して騎士を減らし、少しでも聖女の守りを薄くしてから残る全魔物でエルリーゼ一人に挑む。

 そうするしか勝ち目がないし、そこまでしても勝てるかどうか分からない。

 いや、これまでの戦いを見るに可能性は低いだろう。

 

「カアァーッ!」

 

 魔物達の指揮をしている大魔――騎士達からは見た目そのままに『カラス』と呼ばれているその個体は、空へ跳躍すると翼を大きく羽ばたかせた。

 それだけで風が巻き起こり、瓦礫や岩、落ちていた剣、死んだ兵士などが飛来物となってビルベリ軍に襲い掛かる。

 鎧を着た死体が生きた兵士に高速でぶつかると互いの鎧がひしゃげて鎧の中の兵士が圧死し、剣が別の兵士に突き刺さる。

 その光景を見下ろす『カラス』は全長にして8mはあろうかという巨大な鴉だ。

 騎士達が『カラス』目掛けて魔法を発射するも、少し高度を上げただけで届かなくなってしまう。

 空を飛べる相手に対し、飛べない者は圧倒的に不利だ。

 遠距離攻撃の手段はいくつかあれど、地上にいる相手と空中にいる相手では当て易さが段違いと言っていい。

 地上にいる相手ならば回避する方向は左右どちらか、あるいは後ろに限定される。

 飛来物に対して前に進めば当たるだけだし、後ろに下がっても射程次第ではやはり当たる。

 ならば実質左右二択だ。

 だが空は違う。左右のみならず上下や斜めも加わり、更に重力によって弓などは失速するので少し後ろに下がるだけで当たらない事もある。

 たとえ止まった的だろうと空の標的相手に正確に攻撃をぶつける事は難しい。

 それが動き回るならば、熟練の腕であっても困難だろう。

 しかもそれが自在に風を操るならば、弓はもう当たらないと断言していい。届く前に風に負けて弾かれる。

 ならば魔法を当てたいところだが、こちらも風に運ばれて飛び交う死体や瓦礫が邪魔で上手く当たらない。

 対する『カラス』は当て放題だ。

 風で飛来物を適当に敵陣のあちこちに飛ばしているだけで、大勢いる兵士の誰かには当たるし、そもそも風自体が人くらいは容易く吹き飛ばすだけのパワーがあるので猶更性質が悪い。

 単純な話だ。色々なものを巻き上げながら唸りを上げる台風を前に、剣と鎧で武装した人間が挑みかかる、その間抜けさを想像すればいい。

 どう考えても、『いいからさっさと逃げろ』という答えしか出ないだろう。

 だが彼等は逃げない。何故なら後ろには守るべき王都があるからだ。

 だから、台風に斬りかかるような滑稽な戦いを続けざるを得ないのだ。


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