理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー) 作:壁首領大公(元・わからないマン)
ベルネルが何の意味もなく俺を庇ってカラスに刺されやがりました。
お前何しとんねん……。
主人公がそんな事して死んだらどうするんだよ。お前死んだらバッドエンドだぞおい。
仕方ないので雑にカラス君にビームを撃ち込んで消し飛ばし、嘴を引っこ抜いて魔法で治療&止血をする。
そして呼吸確認。死んでさえいなきゃどんな重傷でも大体何とかなる。
ベルネルには宿主を生かそうとする闇のパゥアーがあるので、並大抵の事じゃ死なないし問題ないだろう。
ふむ……呼吸なし。脈もなし。狼狽える程の事じゃないな。
……。
………………。
いや駄目だろこれ。死んでるじゃねーか……。
え? いや、ちょ、ま、おま……。
おまっ、まっ、ま!? おままままままま!
お、落ち着け! おちけつ! おちけつ!
だだだ大丈夫、ちょっと死んでいるだけだ。死体はまだ新鮮だ、混乱するほどの事じゃななななな……。
「うそ……ベル? 嘘だよね……?」
エテルナが茫然と、涙を流しながら言っているが、俺も嘘だと思いたい。
どうやら闇パワーでもこれは駄目だったようだ。
まあ魔物なら聖女殺せる事は分かってるからね……そりゃ同じようにベルネルも殺せるよな。
傷を治したのに死んでいるのは多分、即死だったからだろう。
こう、心臓をグサーッとね。
……考えるほどやべえ。主人公死んだら物語終わるやん。
えーとえーと……えーと…………よし。
まだ間に合うはずだ。傷は塞いだし、脳は無傷のままだ。
大丈夫、致命傷だ。
じゃない、まだ死んで間もない。
人間の脳は呼吸が止まってから四分から六分で低酸素による不可逆的な状態になる。
こうなるともう助からないが、逆に言えば脳に酸素を送り込めれば助かるわけだ。
心臓の停止は完全な死亡じゃない。
本当の死は脳が死んだときだ。
なので心肺停止してもすぐに心肺蘇生法で心臓を動かせばまだ助かる。
勿論心臓一突きとかされたらどうしようもないので死ぬしかないのだが、そこはチートの俺だ。心臓の傷はもう完治させた。
よし、だったら……雷魔法で電気を出し、心臓を無理矢理動かす!
更にベルネルの口に手を当てて風魔法。空気を送り込み、吐かせ、疑似的に呼吸をさせる。
おら、戻って来いやベルネル!
「……かはっ」
よっしゃ戻ってきたああ!
ギリギリセーフ! セーフです、エルリーゼ選手!
あわや満塁逆転ホームランのピンチを何とか切り抜けました!
何とかベルネルを蘇生させる事に成功したものの、戦闘はまだ続いているしベルネルも目を覚まさない。
もうどこも何ともないはずだが、流石に一度死んだのは大きいのだろう。
俺も死者を蘇生させたのはこれが初めての事だし、この後どんな副作用があるのか分からないのでもう遊んでいる暇はない。
つーわけでビーム連射ァ! 悪いけど魔物は全員くたばっとけや。
「レイラ、すぐにベルネル君を近くの教会へ!」
「は、はい!」
魔物を蹴散らした俺は後の処理は他の騎士に任せる事にして、レイラにベルネルを運ばせた。
この世界、実は病院や診療所という施設が存在しない。
変に回復魔法なんてものがあるから、医療が全然発達していないのだ。
代わりに傷などは教会で有償で癒して貰う事が出来る。
有償かよと思うかもしれないが……まあ教会を維持するのにも金は必要だからな。
そこは何も言うまい。
で、この世界の教会は聖女信仰なので表向きのトップは俺だ。
なので施設は使い放題である。
……実際は俺はハリボテのトップで、実際は総大司教とかいう爺さんがトップなんだけどな。
理由は今更言うまでもない。聖女はいずれ魔女になるのだから、真のトップになる事などあり得ないのだ。
要するに教会にとって俺は都合のいいシンボルである偶像である。
まあ偽物だけど。
ともかく、俺なら教会を使い放題って事である。
ベルネルをベッドに運ばせ、俺は職権乱用で厨房を借りた。
理由は、ここの連中に作らせるとロクな物を出さないから。
教会の連中は両極端で、下っ端の連中は基本的に何も知らされていないし聖女が本当にトップだと信じて信仰している。
日々を慎ましく生きるのが美徳だと思っており、その為料理も質素なものしか食べない。
肉や魚も食べず、動物性の物はチーズくらいしか口にしないんじゃないだろうか。
だから下っ端連中に料理をさせると、清貧と手抜きを勘違いしたような物を出されてしまう。
俺も一応聖女やってるので何度か教会に呼ばれたり、ご馳走になったりしているが酷いもんだ。
硬いパンと少し火を通しただけの野菜。それだけの物を料理と言って出すのは如何なものか。
しかしその一方で上層部は権力の沼にズブズブ嵌っているので、一転して贅沢三昧になる。
肉も魚も喰うし、そもそも下の連中にそれを食べる事を禁じているのは単純に自分達の取り分が減るからである。
要するに自分達だけが美味しい物を独占したいから、肉を食べるのは悪い事みたいな勝手な決まりを作って下の連中に我慢を強要しているのだ。
こちらに招待された時は下っ端の節約生活は何なのかと言いたくなるくらいに贅沢な料理を出された。
まあ口には合わなかったけどな。
要するに、ここの厨房にはロクな食材がない。
野菜と品質の悪そうな米と、いくばくかの果物と、酒と水。後は保存用の固いパンとチーズ。
これを病み上がりどころか死に上がりのベルネルにそのまま喰わせるのは、流石に俺のプチトマトよりも小さな良心が痛む。
つーわけでレッツ手抜きクッキング!
まず本来捨てる予定だった野菜のくずを分けてもらいます。
下っ端の人達とレイラや他の騎士は『こいつ病人にゴミ食わせる気か?』みたいな顔をしていましたが、気にしません。
次に鍋に水を入れて、よく洗った野菜くずをゴミ箱に入れるようにシュゥゥゥ!
火を点ける前に酒をぶっ込んで、それから点火。この一手間を挟むと野菜の臭みが結構消える。
そんで後は弱火で20分ほど煮ます。アク? 取らねえよそんなん。面倒くせえ。
最後にザルで濾す。
以上、終わり! 男の一人暮らしの強い味方、ベジブロスの完成だ!
安い、お手軽、早い、そんで栄養もあるし結構美味い。
ほいレイラ、味見。
「え? しかしエルリーゼ様……これは、その、捨てる予定の野菜くずを煮込んだもので……要するに、ゴミ……ですよね?」
失敬な奴だな。
元々が貴族の生まれのレイラにはやはり抵抗があるんだろう。
しかし俺がスプーンで勧めてやったら顔を赤くして食べてくれた。
「ん……!? これは……美味い!?
野菜くずを煮ただけなのに……」
適当で悪かったな。
ちなみに野菜くずをゴミとか呼んで捨てているのは貴族とかだけで、小さな村で暮らしている農民とかは普通に野菜くずも食べている。
そもそも野菜くずをゴミ扱いする事自体が特権階級の狭い考え方だ。
その考え方はあんまりよくないし、飢えてる連中を対象にしたベジブロスの炊き出しとかしようぜと教会のお偉いさんに提案しておいた。
教会側が出すのはどうせ捨てる予定だった野菜くずなので痛くもかゆくもない。
それでいて教会の外面はよくなるし、感謝もされる。感謝されりゃ寄付も増えていい事尽くめだろ。
善意のみの善行っていうのは実はかなり難しい。
何故なら打算も何もない真の善行は、施す側が一方的に出すだけだから、いずれ手詰まりになって破産して破綻する。
世の中ギブアンドテイクよ。善行するなら、リターンが返って来る仕組みを作らないと。
打算も裏も利益もない100%の善行はそりゃ美しいもんだが、長続きするかっていうと……なあ?
だから俺は無償の善意ってやつほど信じられない物はないと思っている。
人間って奴はそんな綺麗なもんじゃあないだろ。
教会のお偉いさんもその辺の嗅覚は鋭いので、俺の提案が最終的に自分の得になると理解したようだ。
明日から早速試してみますと上機嫌で話していた。
これで彼の名声は鰻登りで、聖女教会は民衆にますます支持されるようになるだろう。
さて、これをそのままベルネルに与えてもいいんだが……もう一手間くらいかけてやるか。
まずスタミナをつける為のにんにくを魔法で摩り下ろして鍋にボッシュート。
更に先程のベジブロスもぶち込んで、火にかける。
沸騰したところでライスを投入し、水気が無くなるまで煮てやる。
後は塩で味を軽く整えて……チーズも魔法で粉状にしてふりかけて即席ベジブロスのリゾット風の何かの完成だ。
栄養もあるし、病人でも食べやすい。
野菜くずと米が余った時によく食べていた一品である。
手抜きすぎ? ……うるせえ、男の料理なんてのは、いかに手を抜くかだ。
本当はここに胡椒も欲しかったが、流石に胡椒はこの世界じゃ贅沢すぎるので、ベルネルには我慢してもらおう。
出来上がったところで丁度、ベルネルが目を覚ましたと騎士が報告してきた。
よかったよかった、このまま寝たままだったらどうしようかと思ったぞ。
とりあえずベルネルには何故あんなアホな真似をしたのかとか、もう二度と俺を庇うなんて無駄な事をするなとか、色々SEKKYOUしておいてやった。
それでもまだ「それじゃあ一人で戦う事にならね?」的な口答えしようとしたので、そもそもあんなん俺一人で全部引き受けても問題ないとハッキリ言ってやった。
何かね、こいつ等どうも俺の言葉を変に受け止めてるっていうか曲解してる節があるというか……だから、たまにはこのくらいストレートに言ってやった方がいいだろう。
俺一人で十分だ! お前は弱っちいんだから引っ込んでろ!
そんな感じの事を言うと、流石に堪えたのか、大人しくなった。
流石に好感度下がったかな? ま、いいか。 死なれるよりはマシだろ。
一応最後に自分をもっと大事にしろとフォローはしておいてやった。うーん、俺ってば痒い所にも手が届くナイスガイ。
◇
考えて行動したわけではなく、気付いたら身体が勝手に動いていた。
敵の大魔がエルリーゼを仕留めようと飛んだ時、エルリーゼは避けられるはずのそれを避けようとしなかった。
その理由は彼女の後ろで硬直してしまっていた兵士だ。
恐らくは貴族の子か何かで、義務として出兵していたのだろう。
しかし明らかに戦場慣れしていない彼は後方に下げられ、エルリーゼの後ろでその活躍を眺めているだけだった。
戦えない足手まといを後ろに下げるのは決して間違った判断ではない。
だがそれがエルリーゼの近くにいた事で、彼女の足枷になってしまった。
『自分が避ければ後ろの兵が死ぬ』……そう考えたのだろう。
だからエルリーゼは避けようとせずに、両手を広げて自らを兵士の盾とした。
ベルネルはその姿を見て思う。
ああ、まただ……またこの人は、自らの身を捨てて他を守ろうとする。
決して見捨てないし、諦めない。
いつだって自分を二の次にして、無償の善意で誰かを救い、守る。
それは本当にどこまでも透明で、綺麗で……だが、儚く見えた。
世界は善意のみで生きていけるほど優しくない。
人の心は欲で満ちていて、打算だらけで、綺麗なものではないから。
だから、心に影の無い善人は長生きせずに儚く消えてしまうだろう。
そう思った時は、もう身体が動いた後だった。
エルリーゼが強いという事は、以前に直接彼女の戦闘を見たのだから知っている。
自分など手が届かない遥か高みの存在だ。分かっている。
あの大魔の攻撃だって、もしかしたら平気だったのかもしれない。
別に誰かが庇わなくても余裕で、普段通りの涼しい顔のまま何とかしたのかもしれない。
冷静になって後から考えれば、エルリーゼを庇うなど愚行でしかなかったのだとベルネルにも理解出来ただろう。
十分に考慮するだけの時間を与えられた上で『この場面で庇うのは正解か否か』と問われたならば、『庇っても邪魔にしかならない』という正解を導き出せるだろう。
だがそんな時間などなく、判断を下すまでに与えられた時間はほんの数秒で……ベルネルは、間違えた答えを選んでしまった。
背中を貫く激痛は一瞬で、その次の瞬間にはもう視界が暗転していた。
ただ何となく……ああ、俺は死ぬんだなと、そう実感した。
「……生きている」
目を覚まし、最初に感じたのは疑問だった。
生き残った喜びはあったが、それ以上にベルネルの心を占めたのは何故自分はまだ生きているのかという単純な不思議だった。
自分で分かる。あれは即死だったはずだ。
肉を貫かれる感触、背骨を砕かれる感覚……心臓を壊される感触。
遠のく意識と、死の気配。
それを確かに感じた。
どう考えても生きて戻れるはずがなかった。
しかし、それでもこうして生に引き戻されたというならば……そんな事が出来るのは、一人しかいない。
「ああ、よかった……ベルネル君、目を覚ましたんですね」
まさに今思考にあげていた聖女が部屋に入り、ベルネルはまず、彼女が無事である事に安堵した。
次に彼女が盆を持っている事が気になり、匂いを嗅ぐと急速に胃が空腹を訴えてきた。
腹の音にエルリーゼが小さく笑い、それからベルネルの前のテーブルに盆を置く。
「簡単な物ですけど、消化にいいものを作ってきました。
今、食べる事は出来そうですか?」
「は、はい、それはもう……。
あの、これ、エルリーゼ様が作ったんですか?」
「ええ」
エルリーゼの手作り……そう聞いただけで、ベルネルは舞い上がりそうになった。
勿論食べないわけがない。
皿に盛られたそれは、野菜の甘い匂いが香り立つ、少し変わった色のライスだった。
ややオレンジに近い色だろうか。
早速皿を手に取ると、ニンニクの食欲をそそる香りが鼻を突き抜ける。
木のスプーンで掬って早速口に放り込む。すると米の甘味と混ざってぎゅっと閉じ込められた様々な野菜の旨味が口の中で溢れ出す。
少し優しすぎる味のそれをビシッと引き締めるのは適度にまぶされた塩と、鼻腔を突き抜けるニンニクの香り。
そしてそれをチーズのまろやかさが包み、引き立てている。
エルリーゼが作ってくれた、という贔屓目を抜きにしても美味だ。
「う、美味い……これ、すごい美味いですよ!」
「口に合ってよかったです」
ベルネルの喜びようにエルリーゼは嬉しそうに微笑む。
それからしばらくはベルネルが夢中で食べ続ける音だけが響いていた。
やがてベルネルが完食したところで、静かに……だが咎めるようにエルリーゼが言葉を発した。
「ベルネル君、何故あのような事をしたんですか?」
あのような事、とはやはりエルリーゼを庇った時の事だろう。
何故と言われても、実の所ベルネルにも分からない。
ただ身体が勝手に動いたからとしか言いようがないからだ。
守らなければいけない、と思った……それだけだ。
「分かりません……ただ、気付いたら身体が動いてて。
とにかく、エルリーゼ様を守らなきゃって……」
「その気持ちは嬉しく思います。しかし、あのような事はもうしないで下さい。
貴方が身を挺してまで……いえ、貴方に限らず誰であっても、私の身代わりになる必要なんてないんです」
誰かが自分の身代わりになり、傷付く事。
それはきっと、この優しすぎる少女には己の身が傷付くより遥かに辛い事であるのは間違いない。
だが、それはベルネルも同じなのだ。
自分が傷付くより、この少女に傷付いて欲しくない。
誰かを大切に思う気持ちは同じもののはずで、しかしすれ違ってしまう。
「けど、それじゃあ……エルリーゼ様一人だけが……」
「それでいいんです」
それじゃあエルリーゼ様一人だけが傷付き続ける。
そう言いかけたベルネルの言葉を遮り、エルリーゼは断固とした決意を感じさせる表情で言う。
「最初から私一人でいいんです。
私だけが全てを引き受ければ、他の誰も無駄に傷付かずに済む。
騎士達もレイラも……そして貴方も。
だから……己の身を差し出してまで私を助けようなんて、もう二度としないで下さい」
全ての痛みを自分一人で引き受ければいい。
そう迷いなく言い切る聖女の姿はどこまでも気高く、そしてどこまでも己を顧みないものだ。
そしてこの歴代最高の聖女ならば、本当にそれが出来てしまうのだろう。
誰かを庇い、守り、そして一人だけが傷付き続けながら前進する……きっと、死ぬまで。
ベルネルにはそれが悲しかった。
エルリーゼは誰よりも強く、誰よりも高みへ至っている。
それに対してベルネルはあまりにも弱く、隣に立つにはあまりに至らない。
最近はレイラやフォックス学園長が秘密特訓をつけてくれているので格段に実力は上がったが……それでも今回の戦闘を見てハッキリと思い知った。
強くはなったが、それだけだ。エルリーゼのいる高みには全く届いていない。
その差を例えるならば雲よりも高い山の頂点にいる相手に近付こうと、今まで地面を歩いていた者が家の二階に登った……その程度の変化でしかない。
「俺が弱い事は分かっています。それでも俺は……貴女を守りたくて……」
「それが出来るほど、ベルネル君は強くありません。
ハッキリと断じましょう……庇われても、私にとってはただ迷惑なだけ……足手まといです」
ピシャリと。
ベルネルの迷いを断ち切るようにエルリーゼはベルネルを弱いと断じた。
正論であった。まさしくグウの音も出ない。
エルリーゼは何も言えなくなったベルネルに背を向けて、ドアノブに手を掛ける。
だがこのまま出るのは後ろ髪を引かれるのか、いつも通りの優しい声で話す。
「……息を吹き返したとはいえ、しばらくは安静にしていて下さい。
どうか無理をしないように」
それだけを言い、エルリーゼは退室した。
悔しかった。
エルリーゼに弱いと言われた事が、ではない。
彼女にそうまで言わせてしまった自分の情けなさが悔しかった。
エルリーゼは自分が弱いから危険から遠ざけようとして、厳しい事を言ったのだ。
そう分かったから、ただ無性に悔しくて仕方がない。
エルリーゼにとって自分は頼れる男ではなく、ただの守るべき対象……男としてこんなに情けない事があるだろうか。
今よりもずっと強くなりたい……。
ベルネルはただ、それだけを強く思い続けていた。