理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー)   作:壁首領大公(元・わからないマン)

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第四十七話 製作者との対話

「カプチーノ一つ、それとパンケーキを。

不動さんは何か頼まれますか?」

「いえ、食欲がないものでして」

 

 件のゲーム会社を訪ねた新人は、あれから場所を変えて近くの喫茶店へと入店していた。

 対面に座ってカプチーノとパンケーキを注文しているのは、今回の面会に応じてくれた伊集院(いじゅういん)悠人(はると)だ。

 彼こそ『永遠の散花』のプロジェクトリーダーであり、あのゲームの神と呼べる存在である。

 外見は若々しいが、三十代くらいだろうか。

 短く纏めた黒髪と黒目。鋭角的な眼鏡をかけており、理知的な印象を抱かせる。

 もっとも眼鏡をかけていれば賢そう、などというのは一昔前のイメージなので実際はどうか分からない。

 スマホやパソコンが普及した現代では、眼鏡やコンタクトレンズが必須なほどに視力が下がっている者など別に珍しくも何ともないのだ。

 

「さて……早速で悪いのですが、聞かせてもらえませんか?

……『エルリーゼ、102』とは、どういう意味の言葉なのかを」

「エルリーゼというキャラクターの、本来の体重の数値です」

 

 伊集院の質問に、新人は隠す事なく答えた。

 すると伊集院は鼻で笑う。

 

「それはおかしな話だ。エルリーゼの体重は公式で44kgと設定されております。

もしかして、プレイした事もないのですか?」

「そう思っていたならば、貴方は面会を受けなかった。

……心当たりがあるから、こんなフリーのWebライターとの面会を、わざわざ貴重な時間を割いてまで受けたのだ。違いますか?」

 

 すっとぼける伊集院に、新人は確信を含んだ声色で尋ねた。

 もしも伊集院が言葉通りに考えているならば、この面会自体が成立していない。

 『忙しいので面会はお受けできません』とあしらわれて、それで終わりだ。

 何せ新人は有名な雑誌の記者でも何でもない。

 ただのフリーのWebライター……時間を割いてまでこうして話し合う旨味が向こうにはない。時間の無駄だ。

 それでも彼はこの面会を受けた。

 その時点で既に、心当りがあると言っているも同然なのだ。

 黙り込む伊集院へ、更に新人は語りかける。

 

「本来のエルリーゼというキャラクターは……あんなキャラではなく、もっと嫌な奴を露骨に全面に押し出した、エテルナの引き立て役で憎まれ役で、そして嫌われ役だった。

どのルートでも第二期……夏季休暇明けから冬季休暇までの間に悪役として好き勝手に暴れ回り、そして退場する……そんな役割だったはずです」

「…………なるほど。確かに、貴方は知っているようだ」

 

 新人の話を聞き、伊集院は小さく頷いた。

 それと同時にコーヒーとパンケーキが運ばれ、彼はコーヒーにミルクを二つ入れてスプーンでかき混ぜた。

 

「不動さん……貴方の言う通りだ。

エルリーゼというキャラクターは本来、魔女が本格的に登場する前の物語のトラブルメーカー……引っ掻き回す為の悪役のはずだった。

しかしどういうわけか、今のエルリーゼは本来の聖女以上に聖女らしいという、元々のエルリーゼとは180度方向性の異なるキャラクターになってしまっている。

そして……世界の誰もが元々そうだったと認識している……ゲームを作った当の開発チームや、会社の皆ですら。

正直、私は自分の頭がおかしくなったのかと疑っていましたよ」

「この変化に、貴方達は関わっていないのですか?」

「関わるなどと……出来るはずがないでしょう?

確かに私達ならば、エルリーゼの性格を変えてリメイク作を出す事くらいは出来ます。

だが、既に出したゲームを『元々そうだった』なんて、事実と過去を捻じ曲げるような事など出来るはずがない」

 

 伊集院はパンケーキにシロップをかけ、ナイフで切り分ける。

 そうしてからフォークで一口頬張り、コーヒーを僅かに口に含んだ。

 

「私はむしろ貴方が何か知っているのではないかと期待して今回の面会を受けたのですが」

「知っている……と言えば知っています。しかし荒唐無稽すぎて信じては頂けないとは思いますが」

「信じるか否かは聞いてから判断します」

 

 これは何ともおかしなことになってきた、と新人は考える。

 情報を求めてきたはずなのに、逆に情報を渡す事になってしまったようだ。

 だが話す事で何か道が拓けるかもしれない。

 流石に『俺がエルリーゼだ!』なんて言っても絶対信用されないので、ある程度の事実は伏せて話すべきだろうと新人は判断した。

 

「当のエルリーゼ本人が、幽霊のような状態になって時々こちらに渡って来ているのです。

ゲームの変化は彼女が向こうで行動した事によるもので、それに合わせて世界の認識も書き換えられています。

まだ見る事の出来ない部分は、彼女のいる世界がまだそこまで物語を進めていないから……不確定の未来だから、何をしても見られないのだと私は考えています」

「…………確かに荒唐無稽だ。何か証拠はありますか?」

「実際に姿を見せる事が出来れば一番なのですが……いつ現れるかは分かりません。

ただ、現れる場所は主に私のいる場所です。その繋がりがあるから私も、前のゲームの内容を覚えていられる」

 

 伊集院は考え込むように目と目の間を揉み解した。

 それから、脳を回転させる為かパンケーキを口に運んで糖分を補給し、咀嚼する。

 

「不動さんは今、どちらにお住まいで?」

「巣根齧利町にある不歳アパートの一室に」

「ふむ。部屋はまだ空いていますか?」

「ええ。確か隣が空き部屋だったはずですが」

「それは好都合だ」

 

 新人の返答に、伊集院は何かの手応えを感じたように頷く。

 そしてコーヒーを飲み、決定事項であるかのように言った。

 

「私もしばらく、そのアパートで暮らそう。

もしもエルリーゼが来たら、時間など気にせずにすぐに呼んで欲しい」

「え? しかしそれは……いいのですか? そんなに暇とは思えませんが」

「確かに暇ではない。だがそれ以上に、この謎を解明しない事には落ち着かないのだ。

自分が作ったものが私の手を離れてどんどん変わっているんだ。

放っておくにはあまりに不気味すぎる」

 

 なるほど、と新人は思った。

 確かに伊集院からすればこの件は不気味で仕方のないものだろう。

 例えるならば自分が描いた絵が勝手に動いているようなものだ。

 原因を突き止めたい気持ちは新人よりも遥かに強いかもしれない。

 

 そして、伊集院に『証拠』を見せる事が出来る日は、思ったよりも早く訪れる事となった。

 

 

 ベルネルと無事に和解(?)をしてしばらく経った日の事。

 冬季休暇を目前に控えた夜に、俺は気付いたら前の世界のアパートに戻ってきていた。

 俺の存在に気付いたのか、不動新人(あっちの俺)が布団からのそりと起き上がる。

 

「おう、来たか」

『ええ。また来ました』

 

 しかし我ながら酷い面をしている。

 何と言うか、もうゾンビだなこれは。

 肌は何か土みたいな色になっているし、頬も削げ落ちて目元も窪んでいる。

 目の下にはクマも出来ていて、おまけにガリガリで骸骨のようだ。

 これもう長くなさそうだな。

 新人(おれ)はおもむろにスマホを手にすると、何かを打ち込み始めた。

 

「エルリーゼ、これからここに一人来る。

俺とお前の関係は話すと面倒だし、オカマキモイとか思われるの嫌だから隠しておくぞ。

つーわけで、余計な事は口走るなよ」

『ええ……部外者入れていいんですか?』

「部外者じゃない。『永遠の散花』の開発リーダーだ」

 

 どうやら新人(おれ)の奴はいつの間にか、ゲーム開発者と接触していたらしい。

 俺の癖に随分アグレッシブに動くな。

 ゲーム開発者っていうと……やっぱ、こっちと向こうの繋がりを探る為だろうか。

 実際普通に考えりゃゲームの世界に転生なんておかしな話だ。

 『永遠の散花』は所詮、豊富なパターンの立ち絵と一枚絵、背景イラスト。それとサウンドとプログラムで組まれただけのデータに過ぎない。後は戦闘シーンのエフェクトやら何やら色々だな。

 ともかく、それで世界なんて出来るわけがないんだ。

 ならば俺が生きているあの世界は何なのか?

 ゲームに似た世界なのか。

 それとも、あっちが先でゲームがあの世界を真似ているのか。

 ……俺の行動でゲーム内容まで変わってるのを見ると、どうも後者のような気がするんだよな。

 

「お、来たようだ」

 

 ドアの向こうから、誰かが走るような足音が響いてきた。

 新人(おれ)はそれを聞いてドアの方に近付き、ドアスコープで外を一度見てからドアを開ける。

 すると、黒髪眼鏡の三十代……いや四十代? くらいの男が入ってきた。

 ほーほー、あれがゲームの開発者か。

 彼は俺の方を見ると、硬直して目を丸くする。

 

「……信じられない。本当にいた……」

『えーと……どうも、エルリーゼです』

 

 とりあえず軽く挨拶をしておく。

 ゲームの開発者っていうと、つまり今の俺から見れば神様みたいなものだ。

 もしかしたら彼の気分一つで世界ごと消せるかもしれないので、あまり不興を買うべきではないだろう。

 なのでまずは、友好的に接しておくとしよう。

 

「あ、ああ……よろしく。伊集院悠人だ。

一応、『永遠の散花』の開発リーダーをやっている」

 

 ふむふむ、伊集院さんね。

 OK、覚えた。

 

『それで、今回は何を話すんですか?』

「決まってるだろう。そっちの世界と、こっちにあるゲームの繋がりだ。

そっちでお前が行動すると、こっちでは最初からそうだった事になる……この謎をどうにかしたい」

 

 俺の問いに新人(おれ)は当たり前の事を聞くなとでも言わんばかりの顔で答えた。

 

『その謎を、そちらの伊集院さんが知っているという事ですか?』

「い、いや……私にも分からないんだ。

私以外の開発チームは、内容が変化している事にすら気付いていない。

皆、最初からそうだったと認識している」

 

 俺は、伊集院さんが何か知っているのではないかと期待したが、その返答は何とも頼りないものだった。

 どうやら彼も、この奇妙な変化については何も分かっていないらしい。

 あの世界の神とも言える人が何も分からないんじゃ、正直お手上げなのではないだろうか。

 

「ああ。だがやはりこの謎を解く鍵は『永遠の散花』にあると思う。

だから今更かもしれないが、『永遠の散花』というゲームは何なのか、一から洗い直してみたい。

そこにきっと、何かしらの手がかりがあるはずだ」

 

 新人(おれ)の言葉に伊集院さんが頷き、俺も流れで頷いておく。

 伊集院さんがいれば制作の裏話的なものも聞けるかもしれないし、何かの手がかりが隠れている可能性はゼロではないだろう。

 伊集院さんは新人(おれ)に促され、説明を開始した。

 

「『永遠の散花』……正式名称『永遠の散花~Fiore caduto eterna~』。

発売されたのは今から四年前で、売り上げは現時点で42万本。

制作会社はアッティモゲーム制作プロジェクト。

六人からなる開発チームによって開発された、我が社のナンバーワンヒット商品だ。

続編や人気キャラクターのマリーを主役にしたスピンオフも開発中だが、こちらは現在行き詰っている」

『何故行き詰っているんですか?』

「シナリオ担当の筆が遅いからだ。全く……いつまで経ってもシナリオを送って来ない。

これだからプロ意識の低いネット作家は……」

 

 『永遠の散花』はいつか続編が出ると言われ続けながら数年経ち、未だに何も出ていない。

 その理由はどうもシナリオを担当している人物にあったらしい。

 まあシナリオがなきゃどうしようもないわな。

 しかし……ネット作家?

 

「シナリオ担当はどういう人物なんですか?」

「実は私もよく知らないんだ。直接会った事はないからな……覆面作家というやつだ。

一応ネット上で会話しているが、顔は知らない」

『直接会わないんですか? 製作者同士なのに』

「元々『永遠の散花』というゲームの元は、大手小説サイトとのタイアップで開いたコンテストに応募された小説だったんだ。

そのコンテストは書籍化が保証される大賞や金賞の他にゲーム化確定のゲーム部門賞もあってな……そのゲーム部門賞を取ったのが『永遠の散花』だった。

その作家……ハンドルネーム『フィオーリの亀』は直接顔を合わせる事は一切なしのネット上のみでのやりとりを条件にしていてな……まあ、今の世の中ではそう珍しい事でもない。

何度か食事会にも誘ったのだが、答えはいつもNOだ。

だからシナリオ担当だけは我が社の社員ではない」

 

 伊集院さんの話を聞き、俺はなるほどと思った。

 つまりはネット上でチャンスを手にして成り上がった素人作家なわけか。

 

「ある意味では、彼……あるいは彼女こそ真の創造主と言える。

私達は所詮、彼の送ってくる文章に絵と音楽を付けているに過ぎない。

キャラクターの外見などを描いているのは別のイラストレーターだが、外見の特徴を細かく決めているのは奴の方だ」

「なら、そいつに話を聞こう。何処に住んでいて、何という名前なんだ?

流石に本名くらいは知っているだろう?」

「ああ。完成したゲームのサンプルを送る時などに住所と本名は知らなければいけないからな。

そこは問題ない。ちゃんと知っているよ。

彼の本名は……本名は…………」

 

 伊集院さんはそこまで言い、そして額を押さえた。

 しばらくうんうんと唸っていたが、やがて顔をあげると困ったように言った。

 

「……すまん、忘れた」

 

 ……おいおい。大丈夫かこの人。

 まあ社員でもない相手の本名など一々覚える必要もないのだろうが(ネット上でやり取りする際も恐らくハンドルネームの方を呼んでいるのだろう)、そこはしっかりしてほしい。

 早くも不安になってきたぞこれ。

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