理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー) 作:壁首領大公(元・わからないマン)
学園は冬季休暇に入り、普段の喧騒が嘘のように静まり返っている。
運動場ではせっせと自主練や模擬戦に励む生徒もいるが、それでも普段に比べれば何とも静かだ。
そんな学園で、俺は現在一人の来客を迎えていた。
いや……一人というには語弊があるだろうか。
その人物は大勢の護衛を引き連れているので正確には数十人だ。
普段は俺の私室になっている学園五階の来賓用エリアで、俺とその人物はテーブルを挟んで対面していた。
「ご足労感謝します、アイズ国王。しかしわざわざ来られなくても、私がそちらに向かいましたのに」
「いえ。貴女が私を必要とするならば、どこにでも駆け付けましょう。
もっともその程度で私の罪は消えないでしょうが……」
俺と対面しているのは、前回の誘拐事件の主犯であるビルベリ国王、アイズだ。
以前とはうってかわって、このおっさんは今では妙に俺に友好的になっている。
……いやまあ以前も表面上は友好的だったけど。
ともかく、あの誘拐事件の後に俺はこのおっさんのやった事を一切咎めずに無罪放免とした。
まあこのおっさんもベルネル達を無罪にしてくれたので、ここで俺が喚いて
後、アイズのおっさんが一番心配している魔女討伐後の俺の魔女化については、それはあり得ないとだけ話しておいた。
流石にこのおっさんに全容を明かすとエテルナに危害が及びそうなので言わなかったが、何故か信用してくれた。
いいのか? こんな不確かな話を信じるキャラじゃなかっただろう、お前さんは。
一体何があった。
今回も、俺がおっさんに直接会って話したい事があると手紙を送ったら、何と返事どころか本人が直接やって来てしまった。
王様なのにフットワーク軽すぎん?
「それで……貴女がこの老害の知識を必要としていると聞きました。
何が知りたいのですか?」
「私が知りたいのは、『予言者』と呼ばれる者についてです」
俺が預言者の事を話題にあげると、アイズの眉が上がった。
この反応は、やはり何か知っていそうだ。
「代々、聖女の誕生を予言しては時の権力者に聖女が生まれる場所を伝えるという予言者ですが……私は不思議な事に、それがどういう人物なのか、何処にいるのか……全く知りません。
そもそも予言というのがよく分からないのです。
私も魔法にはある程度精通していると自認しておりますが、未来を見通すなどと……そんな事が可能な魔法はありません。
だから分からないのです。予言者とは一体何者ですか?」
「ふ……貴女で
俺の言葉にアイズのおっさんが冗談めかして笑う。
あ、やっぱり? いやー、俺って天才すぎるからさ。正確には俺っていうかこの身体が、なんだけど。
でもまあ謙虚って日本人の美徳じゃん?
本当は俺がこの世界でトップクラスに魔法に精通している事くらい分かってるけど、そこはリップサービスみたいなもんだよ。
「
神の意思を聞き、それを代弁する者を預言者と呼んでいます。
聖女が神の代行者ならば、いわば預言者は神の代弁者。
その存在は代々、王を継いだ者のみに伝えられ、住処も極秘中の極秘とされてきました」
おっさんの説明に俺はふむふむと頷く。
なるほど、ニュアンスが違ったのね。
未来を予知してたわけじゃなく、神……多分これは聖女を生み出しているのと同じく世界だろう。
その意思を聞いて、聖女の誕生を予知出来ていたと。
これならば『未来を読んでいた』よりは余程納得出来る。
何せ聖女と出所が同じだ。そりゃ分かるよなって話になる。
問題はそんな重要な奴が何で隠されてるのかって話だ。
「何故隠されているのですか?
それほど重要な方ならば、王家で抱えて厳重に保護すべきだと思いますが」
「その理由は、実際にお会いすれば分かります。私も最初は度肝を抜かれました」
会えば分かる、ねえ。
まあそう言うんだったら、実際に会ってみようじゃないか。
勿論許可が降りればの話ではあるが。
「教えて頂けるのですね?」
「はい。ただし、連れて行けるのは貴女だけです。
他の者は同行させる事が出来ません。
……正直、貴女を連れて行くだけでも、契約違反スレスレですからね」
俺だけか。まあ問題はない。
そもそも俺に護衛とかいらないからな。
しかし国王を相手に契約を結び、それを守らせているとは……もしかして預言者って聖女よりも実質的な立場は上なのかな。
聖女って表向きは世界最高の権力者だけどその実態は生贄だからな。
「お、お待ちください。お二人だけで向かうのはあまりにも……せめて私を護衛として……」
俺の側に控えていたレイラが何か言い出した。
おいスットコ。君、話聞いてた?
アイズのおっさんもレイラを冷たく見上げ、厳しい口調で言う。
「駄目だ。預言者の場所を知る事が出来るのは王を継ぐ者のみ。
本当ならばエルリーゼ様すら連れていけない場所なのだ。
これ以上の例外は出せん」
「しかし……」
「レイラ」
おっさんに諭されても、尚も反論しようとするレイラの言葉を遮る。
ここであれこれ騒いでも仕方がないし、あんまりレイラに駄々をこねられておっさんに「もういいや」なんて言われて預言者の所に連れて行ってもらえなくなるのは困る。
なのでここは、レイラに黙っていてもらおう。
「私なら大丈夫です。信じて、待っていて下さい」
「う……」
必殺、『信じろ』攻撃。
これをやるとレイラは黙るしかなくなる。
何故なら主である俺にそう言われて尚も何か言うのであれば、それは『信じていない』と言っているに等しい。
だが筆頭騎士として俺に仕える立場にあるレイラは、そんな不信を表に出す事は立場上出来ないのだ。
「……分かりました。エルリーゼ様がそう仰るならば……」
レイラはまだ何か言いたそうな顔をしているが、とりあえず静かになってくれた。
これでよし。
そんじゃあ早速、預言者の所に案内してもらおうか。
幸い今は冬季休暇だ。目立つようなイベントは何もない。
ベルネルにはヒロインごとの個別イベントがあると思うが、まあこっちは殺伐としたものは何もないのでノータッチでいいだろう。
◇
預言者が住むという場所へ向かう足……意外ッ! それは『汽車』ッ!
この世界にも汽車がある事は知っていたが、実は乗るのはこれが初めてだ。
大体いつもは自分で飛ぶか、馬車なので何だか新鮮である。
俺はアイズのおっさんと向き合う形で椅子に座っており、やる事もないので窓の外を眺めていた。
しかしそれも暇なので、とりあえず話を振ってみる。
「極秘にされている住処に、線路が引かれているんですね……」
「ええ。もっとも、そこに向かう汽車は王族専用車のみです。一般人は絶対に向かう事が出来ません」
そっかあ……汽車かあ……。
まあよく考えれば当然かもしれない。
預言者の所には王を継ぐ者だけが行かなければいけない。
という事は当然御者が必要な馬車なども利用出来ないってわけで……しかしまさか王様一人で徒歩で向かうわけにもいかないだろう。
今は大分世界は平和になっているし、道を歩いていても魔物と出くわす可能性は千分の一以下にまで落ちたと聞かされているが、逆に言えば一昔前は今の千倍以上の確率で魔物とエンカウントしていたという事だ。
そんな危険地帯を王様一人で歩いて行くわけがない。
だが汽車があっても危険っちゃ危険だ。
魔物が汽車に乗り込んでくる可能性だってゼロではないだろう。
そもそも線路を魔物が破壊してしまう事だって十分あり得る。
「しかし汽車があっても王の一人旅とはまた、随分と危険な事をしますね」
「一人旅の一つも出来ぬ者に王になれる器はない……代々そう伝えられ、一人で預言者に会い、預言を受ける事が王になる為の試練であり、儀式になっているのです。
私もかつて……王となってリリアを救う事を夢見て、この試練を受けたのです。
そして我が息子もかつて、この汽車に乗りました」
寂しそうに話すおっさんに、俺は何も言えなかった。
重い……何故ここで、こんな重い話をするんだ、おっさん。
それあれだろ。頑張って王様になったのにリリアとかいうアレクシアの前の聖女を救えなかったって話じゃん。
確かその人、真実を教えたばっかりに魔物に特攻して惨たらしく喰い殺された人だろ。
で、息子も乗りましたって……でも、今もあんたが王様じゃん。
王様になる為の試練に息子が挑んだのにあんたが王様続行してるって事はつまり……その息子さん、死んでるって事だよね?
試練に失敗したのか、それとも成功した後に死んだのかは分からないけど。
空気重くなるから、そういう話はやめて欲しいんだよなあ……。
「……ところで、王以外は預言者の住処を知ってはいけないという話でしたが、この汽車を動かしている人達は大丈夫なのですか?」
「問題ありません。この汽車の乗組員は全て、預言者に仕える一族から選ばれた者達です。
我々は『守人』と呼んでいます」
おっさんが言うには、この汽車を動かしているのはそもそも王国側の人間ではないらしい。
守人ねえ……勝手なイメージかもしれないけど、何か腰蓑だけ付けて上半身裸で槍持ってて、顔に変な模様が付いててこっちの言葉が通じないイメージがあるわ。
まあ汽車を動かせるんだから、そんな事もないか。
「守人……ですか。
どのような人達なのか、会うのが楽しみです」
まあ俺が想像するような未開の部族の人達って事はあるまい。
きっともっと、賢そうで意表を突いた姿をしているんだろう。
もしかしたら案外、こっちより文明が進んでいるような先進的な恰好だったりしてな。
そう考えていると突然ドアが開き、何かが出て来た。
「ダノモマー! ゾタキテッソオラカラソガノモマ!」
!?
「マサジョイセマサウオ! スマシリモマオガチタレオ!」
!?
ドアを開けて出て来たのは……何あの……何?
動物の毛皮のようなものを着た毛深い猿のような何かであった。
いや、猿じゃないな。猿よりは人に近いが……いや、でもやっぱ猿だろあれ。
しかも何言ってるか全然分からねえ……。
俺は確認するようにおっさんを見ると、おっさんは静かに頷いた。
「守人です」
ふざけんな! アレ、どう見ても原人じゃねえか!
確かに俺の意表は突かれたけど、逆方面で突かれたよ!
何で俺の想像より遥かに知能低そうなんだよ! 未開の部族通り越して原始人じゃねえか!
何だよあの手に持ってる武器。木の棒に石をくっつけてるだけだぞ!?
「あの……何て言ってるんですか、あれ」
「分かりません。ただ、酷く慌てているようですね」
どうやらおっさんも言葉は分からないらしい。
しかし守人達は俺とおっさんを取り囲むように立ち、武器を構えて円陣を組んだ。
これは……一応、守ろうとしてくれてるのか?
「イナブアハクカチノドマ! テレナハ!」
何かを俺達に訴えかけているが、やはり何を言いたいのか分からない。
すると俺とおっさんの手を引いて窓から離そうとし始めた。
何? 何なの?
そう思っていたが、次の瞬間に俺とおっさんを窓から離そうとしていた奴が、窓に近付いてきた巨大な鳥の足に掴まれて連れ去られてしまった。
あー……なるほど。窓の近くは危ないって伝えたかったのね。
「どうやら魔物の襲撃のようですね」
窓の外を飛ぶのは、全長3mくらいの巨大な鳥だ。
翼の部分は黒く、他は白い。
顔立ちは可愛らしく、愛嬌がある。
鳥はこちらを見ると、一声鳴いた。
「バーカ!」
何かむかつく鳴き声だった。
ああ思い出したわ。こいつバーカドリだ。
ゲームにも登場する雑魚モンスターだ。
「ケイズワマカニレオ! ダンルスリモマオヲリタフオ!」
捕まった守人は何か喚いているが、相変わらず何を言っているのか分からない。
まあ、多分『早く助けろよ! お前等のせいで俺は捕まったんだぞ!』とか、そんな所だろう。
猿なんか助ける趣味はないんだが……まあこのままだと寝覚めも悪い。
ちょっくら行って来るか。
俺は窓枠に足をかけて飛翔し、一瞬でバーカドリの頭上に移動した。
そして光の剣で叩き斬り、落ちていく守人を抱えて汽車に戻った。
「イゴス! イヨツ!」
「マサジョイセ! タレクテケスタヲマカナ!」
汽車に戻ると他の守人が騒ぐ。
多分喜んでるんだろう。
それから俺が助けてやった守人が俺の手を握り、泣きながら何かを言い始めた。
「ウトガリア! ウトガリア! ダンジンオノチノイ!」
何言ってるか全然分からんが、多分お礼を言ってる……んだと思う。
猿に感謝されてもなあ……。