理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー)   作:壁首領大公(元・わからないマン)

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第五十六話 大魔オクト

 『影』――オクトは、魔女アレクシアに仕える大魔である。

 かつて聖女アルフレアと共に戦ったという最初の騎士ゴンザレスが身投げをした事でゴンザレス海と名付けられた海の、光も差さぬ深海で彼は生を受けた。

 彼の種族はパペットオクトパスと呼ばれ、人間の三歳児程度の知能を持っている。

 他のタコに比べて脳が大きいこのタコは頭が巨大でバランスが悪く、動きは他のタコに比べて鈍い。

 最も特筆すべきはその生存戦略で、戦闘能力に欠けるこのタコは音もなく他の生物に忍び寄って絡みつき、吸盤から分泌される毒で自我を奪ってまるで人形のように操るのだ。

 そして操った生物に獲物を捕獲してもらい、それを自らが食す事で生きながらえる。

 人形にされた他の生物は食事を与えられる事なくやがて餓死し、そうした死んだ身体をまた食べて、新たな人形を探して徘徊する。

 それがパペットオクトパスの恐るべき習性だ。

 そのパペットオクトパスが偶然波に攫われて岸辺に流れ着いたのを、当時の魔女であるグリセルダが魔物へと変えた。

 それがオクトであった。

 しかしオクトは知能こそ高かったものの、戦闘能力は大した事がなくグリセルダのお気には召さなかった。

 他の強い魔物を操ればそれと同じ強さは得られるが、だったらその魔物を普通に使えばいいだけの話だ。

 人間の要人を操れば役に立たない事はないが……当時、グリセルダの勢力はそんな事をする必要性を感じない程に圧倒的なものであった。

 というのも、本来グリセルダを倒すはずだった聖女リリアが勝手に死んでくれたからだ。

 故にグリセルダの魔女就任期間は他の魔女よりも長く、その分戦力を増して勢力図を塗り替える事が出来た。

 だからグリセルダは、自身の優位性を疑っていなかったし聖女も恐れてはいなかった。

 ……結局はこの慢心のせいでアレクシア相手にろくな対策を取らずに負けているのでどうしようもない馬鹿なのだが、ともかくグリセルダはオクトに興味を示さなかった。

 魔物に変えるだけ変えて、放流してしまったのだ。

 

 魔物化したオクトは、魔物としての本能に従って疑問も抱かずに人類への攻撃を開始した。

 しかしそこは元々弱いパペットオクトパスだ。

 当時は初見であった人間の強さも分からずに、自分より大きいから強いと勘違いして近くを通りかかった漁師を操って近くの村を襲撃し……あっという間に駆け付けた兵士に取り押さえられ、捕まってしまった。

 人間にも強弱があり、彼が乗っ取った人間は思ったよりもずっと弱かったのだ。

 せめて熊か虎でも乗っ取っていればまだ話は違っただろうが、全ては後の祭りである。

 

 そのまま国王――アイズ・アンド・アイ・ビルベリ13世の前に連れて来られた彼は、聖女の城の地下へ送り込まれた。

 いずれ魔女を倒して帰還してきたアレクシアを殺す為に、地下には多くの魔物が生息していた。

 そこでオクトは、雑に海水を入れただけの瓶の中に閉じ込められた……が、彼は見張りの人間が眠っている隙に触手を器用に使う事で中から瓶の蓋を開けて脱走し、その人間から鍵を奪い取った。

 そのまま軟体を活かして檻の中に入り込んで閉じ込められていた魔物を人形にし、檻は先程入手した鍵で開けた。

 更にもう一つ別の檻を開けて、オクトが操る魔物と別の魔物とで殺し合いをさせ……力尽きた魔物を両方ともオクトが食べた。

 彼は本能的に魔物同士が殺し合い、喰らい合う事で強くなる事を知っていた。

 

 もしもこの時、目を覚ました見張りの兵士が魔物が減っている事を上に報告していればオクトの快進撃はここで止まっていたことだろう。

 目を覚ましたら魔物が殺し合った痕跡があって、数が減っている。

 これで気付かないわけもなく、オクトはそこまで考えが及んでいなかった。

 だが見張りの兵士は、これを報告しなかった。

 自分が居眠りしている間に魔物が減ったなどと報告すれば叱咤は免れず、場合によっては文字通りに首を斬られてしまう可能性もある。

 だから彼は虚偽の報告をし、この異常は誰にも伝わる事がなかった。

 この見張りの兵士の無能さがオクトを救った。

 

 そしてオクトはある日、運命の出会いを果たした。

 魔女グリセルダを討伐したアレクシアが、新たな魔女として城の地下に投獄されたのだ。

 彼女を始末する為にオクトを始めとする魔物達が解き放たれた。

 しかしオクトはアレクシアを攻撃しなかった。

 本能的に、彼女が仕えるべき相手であると理解したからだ。

 だからオクトは逆にアレクシアの味方をし、他の魔物を扇動して脱出を試みた。

 当時、既に並の魔物を遥かに超える力を有していたオクトはその場にいた魔物達のリーダー格となっており、逆らう者はいなかった。

 

 無事にアレクシアを脱走させる事に成功したオクトはそれから、アレクシアの一番の側近として重宝されるようになった。

 大魔化の試練も見事クリアして大魔となったオクトは人間と同等の知能も手にし、習得した魔法で常に深海と同じ環境を自らの周囲に保つことで地上でも問題なく長時間活動可能となった。

 

 そして現在。

 オクトは主を守る為に、学園を静かに移動していた。

 今、主を最も恐れさせているのは今代の聖女エルリーゼだ。

 ならばこれを殺すなり、オクトが操るなりしてしまえば脅威はなくなるのだが、それは不可能だとオクトも分かっていた。

 まずそもそもからして、エルリーゼに触れる事すら出来ないだろう。

 聖女の力抜きでも、あの女は規格外の怪物だ。

 オクトが絡み付こうとしてもまず魔力で遮断されて弾かれる。

 よしんば上手く絡みついても毒が回る前に魔力で吹き飛ばされるのがオチである。

 就寝中ならばあるいは隙があるかもしれないが、五階には近衛騎士のレイラがいるし、更に彼女は就寝中は自室にバリアを張っていて誰も入れないという事がディアスからの報告で分かっている。

 なるほど、就寝中を狙った奇策や搦め手にも十分警戒しているわけだ。

 決して高い能力に慢心しているわけではない。一番やりにくい相手である。

 

 だからオクトは、エルリーゼを狙うのではなく彼女の目を学園から逸らす事を考えた。

 エルリーゼが現在学園にいるのは、この学園にアレクシアがいると目星をつけているからに他ならない。

 だからその前提を変える。

 別の場所に魔女が現れれば、エルリーゼもここを離れざるを得ないだろう。

 だからといって勿論アレクシアを別の場所に移動させるわけではない。

 正直なところ、アレクシアがテレポートでさっさと逃げて隠れるのが一番いいのだが、主はそれをやりたがらないから仕方ないだろう。

 

 オクトの目的は、アレクシア以外に別の魔女を……つまりは影武者を立てて暴れさせ、その上で外に逃げる事であった。

 その為に彼は闇に潜みながら、なるべく魔女役に仕立てても違和感のない生徒を探す。

 なるべくグリセルダのように高慢で傲慢で、周囲からも嫌われているような奴がいい。

 周囲から好かれている奴は駄目だ。

 『彼女は絶対違う!』と誰かに疑われてしまっては、この計画の綻びになる。

 誰が見ても『あいつなら魔女でもおかしくなかった』と思われるような奴を探さなくては。

 

 しばらく生徒を観察していると、オクトは一人の生徒を発見した。

 涙を流しながら走るその生徒は確か……そう、あの見事な銀髪は確かエテルナだ。

 エルリーゼとも交流がある生徒で、一度はファラが人質にもした事があるとディアスから報告を受けている。

 勿論、今回の作戦には全く適していない。

 他でもないエルリーゼに『彼女は魔女ではない』と疑われてしまうのでは本末転倒だ。

 だがエルリーゼを外に誘い出すのには役立ちそうだ。

 魔女の影武者は他に探すとして……あの娘も確保しておこうか。

 

 そう思い、オクトはゆっくりとエテルナへにじり寄って行った。

 

 

 ベルネル達に武器を与えて一日が過ぎた。

 今日、授業が終わった時に五階に来るかどうかで今後の作戦も決まる。

 もし誰も来なかったらどうしよう、なんて思ってしまうが……まあこればかりは本人の意思に委ねるしかない。

 正直、嫌々参加するような奴がいても魔女との戦いを生き残れるとは思えないし、それならいっそ来ない方がいいだろう。

 だがもし来てくれれば、あいつ等を地下に突入させる方向で作戦を組む事になる。

 全部アレクシアが悪いよアレクシアが。

 ラスボスらしくドーンと構えてくれてりゃ、俺が速攻で出向いて終わらせてやるのに、俺が近付いたら逃げるとか下手に強い敵より始末に負えん。

 

 ベルネル達がもし突入した場合……やはり苦戦は免れないだろう。

 地下には大魔クラスの取り巻きがいるし、それに前座のボスとして大魔も一匹いる。

 名前は『オクト』で魔女からは『影』と呼ばれている。

 闇の魔法で常に光を遮って、暗闇を纏っているので動く影のように見えるキショイ敵だ。

 魔女の側近で、魔女からも絶大な信頼を寄せられている。

 で、実は俺は過去にこいつと一度会っている。

 ほら、三年前にベルネルを誘拐しに来た黒い影がいただろ? それがこいつ。

 こいつは他の生物を操る能力を持っていて、ベルネルを自分の優秀な宿主にしようと目論んでいたのだ。

 その正体はタコが大魔化したものであり、闇を纏っているのも元々深海で生活する種のタコだったからだ。

 だから実は闇の中で水魔法も使っていて、常に水の球の中に入っている。

 

 タコって大魔になれるほど賢いのかと思われるかもしれないが、これで案外賢いらしい。

 瓶に閉じ込められても、蓋を回して開けるという事をしっかり学習するんだとか。

 脳は小さいが、八本の足を動かす為に何と九つの脳を有していて、心臓の数は三つ。

 腕一本につき吸盤は二百個以上で、全体で千六百個。その吸盤の一つ一つが単なる触覚器官ではなく、匂いまで感じ取るという。

 しかも腕の一つ一つが、脳からの指令がなくても独自に意思決定をするとか。

 これは眉唾だが……一部の科学者は、タコがもう少し長生きする動物だったなら、地球を支配するほどの知性になると信じているらしい。

 つまりタコとは、美味しくて器用で賢くてタフで美味しい。そんな凄い動物だという事だ。

 タコ焼き食べたい。

 

 俺ならハッキリ言って、こんな連中は雑魚だ。

 纏めて始末して、タコは焼いて食べてしまえる。

 だがベルネル達にとっては手強い相手になるだろう。

 ゲームだとタコとの戦闘が終わってから魔女戦に入るが、それは魔女が余裕ぶっこいていたからで、この世界だと最初から組んで襲って来る可能性が高い。

 そうなった時にベルネル達八人で迎え撃つのは、かなり厳しいだろう。

 一応武器は与えたが……突入前にバフもかけておいた方がよさそうだな。

 そんなこんな考えていると約束の時間が来て、ドアがノックされた。

 

「どうぞ」

 

 入室許可を出す。

 すると入って来たのはベルネル、モブA、フィオラ、マリー、アイナ、変態クソ眼鏡と……ええと、何だっけ、最後の人。

 何か噛ませ犬みたいな名前だったのは覚えてるんだが……。

 ……確かカマーセ・イッヌ……いや、クランチバイト・ドッグマンだったっけか。

 どっちだっけ?

 まあいいや。それより気になるのは、エテルナがいない事だ。

 やはり来てくれなかったか。しかしそれも当然の事で、エテルナの視点で見ればそもそも俺の頼みで命を張るような義理などない。

 彼女はベルネルを心配して学園まで付いてきただけで、そもそも騎士など目指していないのだ。

 だからこれは当然の事だ。

 むしろ七人も来てくれた事を、今は喜ぼうか。

 

「あの、エルリーゼ様……エテルナを見ませんでしたか?」

 

 まずは来てくれた事への礼でも言おうとしたところで、ベルネルが先に口を開いた。

 エテルナを見ていないかという問いだったが、少なくとも俺は見ていない。

 そういえば今日は授業にもいなかった気がする。

 あれこれ考え事をしてたから今日はちょっと周りを見ていなかったし、日課の美少女ウォッチングもしていなかった。

 が、多分会っていないはずだ。

 ……風邪かな? だったらすぐにでも部屋に赴いて治療してやるんだが。

 

「エテルナと同室の生徒にも聞いたんですが、昨日から戻ってないみたいなんです」

 

 それ、同室の子は何もおかしいと思わなかったのだろうか。

 と思うも、よく考えたら違和感を抱かなくてもそれほどおかしくはない。

 騎士学園の生徒が夜遅くまで部屋に帰らない事は別に珍しい事ではないのだ。

 図書室で遅くまで勉強しているのかもしれないし、訓練室で深夜まで訓練しているのかもしれない。

 なので同室の子からすれば何も不思議な事はなく、先に寝てしまう事もあるだろう。

 そして起きた時にいなくても、今度は早朝の訓練に出ているだろうと考える。

 その子もきっと、授業にも来ていないのを見て初めておかしいと思ったに違いない。

 

「彼女が行きそうな場所に心当たりはありますか?」

「全部探しましたが……どこにもいませんでした」

 

 俺の問いにベルネルは気落ちしたように話す。

 ベルネルにとってエテルナは家族のようなものだ。

 それが行方不明となれば、そりゃ心配だよな。

 

「今日ここに来ない事が後ろめたくて、隠れている可能性は?」

「そんな事はない……と思います」

 

 レイラが口にしたのは、考えられる可能性の一つだ。

 エテルナは昨日の時点でここに来ない事を決めていて、しかしその事に居心地の悪さを感じて隠れてしまった……というのはあり得ない話ではない。

 あるいは絶対に俺の頼みなんか引き受けないという意思表示という事もあり得る。

 『私を巻き込むな、危険な事なら勝手に一人でやってろ! 万一にも巻き込まれたらたまらんから今日は隠れる! 私のそばに近寄るなァァーーーッ!』みたいな。

 もしそうなら別に問題はない。悪いのは俺の人徳のなさだ。

 だが万一にも、何か面倒な事に巻き込まれているとすれば、少々厄介だな。

 仕方ない、予定変更だ。

 まずはエテルナの安否を確認しないと落ち着いて話す事も出来ん。

 

「探しましょう。杞憂ならばそれが一番ですが、万一の可能性も考えねばなりません」

 

 というわけでエテルナ捜索開始だ。

 何事もないとは思うんだが、一応ね。

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