理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー) 作:壁首領大公(元・わからないマン)
あ、これ夢だな。
最初に目を開いて、そう思った。
俺は気付けば、寝転がる前世(と言っていいんだろうか?)の俺を見下ろすようにして浮遊していた。
視界は霞がかっていて、水の中にいるように動きにくい。
俺がクソ偽聖女になってしまって気付けば十二年。そろそろどっちが本当の俺か分からなくなってきた。
もしかしたら最初からこっちが夢で、俺は最初からエルリーゼだったんじゃないかとすら思えてしまう。
ともかく、あの夢の続きが見られるならば俺が見るのは一つだ。
ネット上で『エルリーゼ』の評価がどうなっているのかを知りたい。前回は途中までしか見る事が出来なかったからな。
つーわけでまた前世の俺を動かす事にしようか。
まずはパソコンを開き、『永遠の散花』と入力。
しかし何故か薄い本を載せているサイトがいくつも表示された。
あ、やっべ。変換候補で『永遠の散花 同人誌 触手』で検索してたわ。
こんな変換候補が出る時点で俺が普段から何を見ているのかバレバレだな。性的嗜好バレるゥ!
ちなみに一押しはエテルナの触手責め系だ。
何て言うか……実は……清楚な女の子のさ……。
『触手フェチ』って……分かる?
穢しちゃいけない神聖な感じの子を触手がグッチョングッチョンと人間では絶対出来ない責め方をするだろ?
あれに興奮する!
つーわけで早速検索。向こうの俺にはないが、夢の中の俺ならばマイ・サンが存在するので久しぶりに男の儀式をするのもいいかなって。
で、お気に入りのサイトを早速開いたんだが……。
『エルリーゼ様VS触手』
!?
『エルリーゼ触手で危機一髪』
!?
『触手に転生した俺がエルリーゼ様に奉仕される本』
!?
サイトを開いて目に入ったのは、何か触手に囲まれてあられもない姿になっている金髪の美少女が描かれた表紙だった。
……。
………………。
……………………………。
――よし、俺は何も見なかった。
見てはならないものを見てしまった俺の性欲は一瞬で萎え、ページをそっ閉じした。
俺は何も見ていないし何も知らない。いいね?
少し寄り道があったが、今度こそ『エルリーゼ』の評判を調べるべく検索をしようとする。
だがふと、トップページに飾られた一つのニュースが目に留まった。
そこには『発売から四年越しの隠しルート発見!』と出ており、サムネイルに出ているのはどう見てもエルリーゼであった。
ただし、俺が知る本編の方ではなく、十四歳で成長を止めてしまった俺INの方のエルリーゼだ。
なんぞこれ、と思ってクリックする。
すると表示されたのは『永遠の散花』のRTA実況プレイ動画であった。
【生放送】永遠の散花RTA実況プレイその2【コメントあり】というタイトルで投稿されているそれは、物凄い再生数を誇っている。
生放送と書かれているが、この動画は十時間前に投稿されたものらしいので実際には生放送を録画してた誰かが再度UPしたものだろう。
いるんだよな。こういう無断で再うpするアホ。
ま、とりあえず見てみようか。
動画の内容はよくあるRTAだ。
このゲームを最速クリアする方法はとにかく誰とも会話せずにひたすら自主練をして時間を無駄に潰し続ける事である。
こうする事で強制イベントと強制戦闘シーン以外の全てを訓練で潰す事が出来るのだ。
ベルネルも可哀想にデフォルトネームからわざわざ『ほも』と名前を変えられ、ずっと筋トレを続けていた。
動画を流れるコメントは『筋肉モリモリマッチョマンの変態だ』とか『ヒロインの好感度下がりすぎwww』とか『草』とか、そんなのが大半だ。
だがゲーム内時間で17日の夜を迎えた時に、流れがとんでもない方向に変わった。
ドアが何者かに叩かれ、ベルネル……じゃなくてほも君がそれを出迎えるというイベントが発生したのだ。
『は? 何これ……ガバ? え? どこで? 何かミスった?
おかしいですねえー。ヒロインの好感度を上げてないから誰も来ないはずなんですけど。
うーん、これは再走ですねえ』
動画主の困惑したような声が流れ、コメントでは『ガバ?』、『何これ』、『知らないイベントだ』と同じく困惑したようなコメントが流れていた。
そして、ドアを開け――その先に非攻略ヒロインであるエルリーゼが立っていたことで、全員が驚きを見せた。
コメントは一斉に『!?』というものが流れ、動画主の叫び声が響く。
『アイエエエエエエエエエ!?
は? え? ちょ、おま、え? マジ? エルリーゼ? 何で!?』
混乱する視聴者と動画主の前でエルリーゼとほも君の会話は進み、会話内容からエルリーゼは自主練ばかりで友達を作らないほも君を心配してきたのだという事が分かった。
そして最後にほも君の持つペンダントの話になり、台詞に選択肢が表示されてほも君は『約束の証ですから』と答えた。
すると鈴が鳴るような音と共に画面右下にデフォルメされたエルリーゼの顔が表示され、そこに『+1』と出た。
これは好感度が上昇した事を記すサインで、好感度が設定されているのは……攻略可能キャラのみだ。
『ウェエエエエエエエエイ!?
エルリーゼ様の好感度上がったァァァ!? え? これ上がるの!?
エルリーゼルートとかあんのこのゲーム! 俺初めて見たんだけどォ!?』
実況主はこれがRTA動画である事も忘れたように狂乱しているが、それはコメント欄も同じであった。
動画内を凄まじい量のコメントが流れていき、『ウッソだろお前www』、『これ改造じゃね?』、『え? これマ?』、『L様の好感度上がるの初めて見たぞオイ』、『好感度設定されてたんだ……』、『わかるかこんな条件wwww』とコメント弾幕が飛び交っている。
俺は動画を停止させ、エルリーゼについて紹介されているページへ飛んだ。
すると、その内容は以前と少し異なったものとなっている。
【エルリーゼ】
『永遠の散花』の登場人物。非攻略キャラクター。
……と発売から四年もの間思われていたが、とあるRTA実況動画によって攻略可能キャラである事が明らかになった。
聖女と呼ばれる、魔女と対を為す存在。
幼い頃は我儘だったが、ある日を境に聖女の自覚に目覚めて人が変わったように『誰かの為』に活動するようになる。
聖女の名に恥じぬ圧倒的な魔力と剣術の腕を持ち、その戦闘力は作中最強。
闇の象徴である魔女と対を為す光の象徴として、時にプレイヤーの前に現れて手助けをしてくれる。
物語開始時に十四歳のベルネルの前に現れて彼の闇の力を制御出来るように助力し、ペンダントを預けて彼の人生に大きな転機を与えた。
しかし、この時にベルネルの力を吸い取った事で寿命を縮めてしまっている。
また、この時の出来事が原因で年を取れなくなり、外見年齢は本編時点でも十四歳のまま。
魔物に襲われている場所があればどんな小さな村でも見捨てず自ら出撃し、傷付いた者がいれば分け隔てなく癒す。
まさに聖女を絵に描いたような非の打ちどころのない少女だが、実は本物の聖女ではない。
赤子の頃に手違いでエテルナと取り違えられてしまっただけの一般人であり、当然彼女に魔女を倒す力など備わっていなかった。
しかし彼女のあまりにも完成された聖女としての振舞いから、彼女を偽物と思う者は魔女を含めて誰もいなかった。
だがエルリーゼ本人はその事を知っていたらしく、いつの日か本物の聖女であるエテルナに聖女の座を返す日の為に邁進していた事を明かしている。
【本編での活躍】
・エルリーゼルート
四年越しのまさかの発見。
彼女のルートに入る方法は、『CG回収を100%にした状態で』、『周回プレイをせずに一周目をプレイして』ゲーム開始時に自動で入手出来るアクセサリの『思い出のペンダント』をゲーム開始からここまで一度も外す事なく、学園に入ってから十七日目の夜まで全ての自由行動を自主練で消費する事である。
(正確には全ヒロインの好感度を上げない事)
そうすると十七日目の夜に低確率で、友達を作らない主人公の事を心配したエルリーゼが主人公の部屋を訪れ、彼女の好感度を上げる事が可能になる。
(このイベントを踏まないと何をしても攻略可能キャラにならず、好感度そのものが一切表示されない)
有志の検証の結果、エルリーゼが部屋を訪れる確率は0.3%前後というデータが出ている。
筋トレばかりしていると心なしか確率が上がるという情報もあるが、こちらは未検証。
なので十七日目の夜まで自主トレをして過ごし、夜の自主トレをする前にデータをセーブして、後はロードを繰り返そう。
エルリーゼルートにおける彼女の活躍は、このルートが発見されてまだ時間が経っていない為不明。
追記・修正求む。
……どういうこっちゃ。
ベルネル(動画ではほもだったけど)の部屋を訪れるっていうのは、確かに俺がやった事だ。
好感度……まあ、俺がやったペンダントをまだ持ってたんかコイツ、いいとこあるじゃないか、といい気分になったのは確かだが……俺が攻略キャラ? ははっ、ねえわ。
そもそもだ。何故か皆忘れているようにしか見えないがエルリーゼは本来このゲームにおけるヘイトキャラで、更にこのエルリーゼは中身が俺のガワだけ聖女なんだよ。
というかガワも偽物だから本物要素皆無だよ。
そんなの攻略して嬉しいかお前等? あ? お前等ホモなのか?
あ、そういや動画のベルネルは名前が『ほも』だったな……。
お前ホモかよォ!?
しかし中身が俺な以上、ベルネルとアッー! な事になる可能性はゼロだ。間違いない。
それだとゲームとしてどうなんだと思うが……まあ諦めてくれ。
ていうか俺が嫌だよ、野郎とラブ♂ラブ♂なんて。誰得だよその地獄絵図。
TSモノとか好きだけどさ、ただどうしても違和感を抱くものがある。
それは、TSしての内面ホモォ……だ。
TSしてようが何だろうが、野郎とラブ♂ラブ♂になったら、そいつはもう元々そういう素質があったって事だろ。
だってそいつの視点を想像してみろ。主観だと自分の姿なんて見えないし、つまるところ見えている光景は変わらないんだ。
男に聞くがお前等、今自分の身体が女になったとして……野郎と接吻したいと思うか?
男の顔がドアップで迫ってきて、唇を突き出して来るのを想像してみろ。吐きそうになるだろう? ヴォエッ!
そんなわけだから、この俺が精神的動揺によるアッー! は決してないッ! と思っていただこうッ!
◇
…………。
めっちゃ嫌な夢を見た。
ベッドから起き上がり、軽く伸びをする。
何と言うか……やっぱこっちが現実なんだなと実感してしまう。
向こうよりもこちらの方が圧倒的に現実感が上だ。
向こうは何かフワフワしてて現実感がいまいちない。
しかし俺が攻略可能キャラとか笑わせよるわ。
ねーよ、そんなの。あるわけない。
チェリーが好物な人の魂を賭けてもいい。
さて、気を取り直して昨日の事を振り返ろうか。
とりあえず、ぼっちルートに入りかけていたベルネルはあれで軌道修正出来たと思っていいだろう。
命と心を一番大事なものの為に使うとかクッサイ台詞吐いてたし、あれはエテルナの事と思って間違いない。
というかエテルナ以外のヒロインと接してないんだから、それ以外に選択肢が存在しない。
俺の聖女を守ってみせるとか言ってたし、一応エテルナの事はちゃんと意識してたってわけだ。
いやームッツリだねえ。青春だねえ。
俺って事は……ないはずだ……ない。うん、ないだろう。
俺だったら、あんな言い回ししないもんな。
『俺の聖女を守る』じゃなくて、普通に『お前守ったるわ』になるはずだ。
ただ問題としては、結局当初の目的を何一つ果たせてないって事だ。
ファラさんがいつ行動するか全然分からないままだし、イベントの進行具合もほぼ初期段階そのまま。これじゃどのイベントがいつ起きるかがまるで予測出来ない。
いや、あんなん予想してるわけないって。ぼっちルートなんて中身がRTA走者でもない限り基本やらないネタプレイよ?
あーもうめちゃくちゃだよ。
やっぱりネックは俺が学園にいない事なんだよな。
主な舞台が学園なのに、俺は学園にいない。だからイベント発生のタイミングも分からない。
しかし俺の望むエテルナルートの誰も見ぬハッピーエンドに向かわせるには、イベントの発生タイミングを掴み、こちらで誘導してやる必要がある。
他にもファラさんを始め、死なせるには惜しい美人美少女があの学園には沢山いるが、何人かは放置すると死ぬしなあ……このゲーム。
ちょっとこのギャルゲー殺伐としすぎだろ。
どーすっかねえ……。
…………。
あ、いや、そうか。何も難しく考えるこたあねえわ。
生徒じゃなきゃ近くでイベントの発生タイミングを見極める事が出来ないってんなら、なっちゃえばいいじゃん。俺が生徒に。
以前言ったように、『聖女を守る騎士を育成する学園』に聖女(偽)本人が入るなんて本末転倒だが、それを言ったら既に現時点でも
そうなったらもう、本末転倒がもう一つ増えたって問題あるめえ。
それに今の俺は権力者だ。反対意見なんぞ強権と舌先三寸で丸め込めばいい。
本編だってそうじゃないか。
エルリーゼ(真)は聖女の肩書をいい事に学園に我が物顔で介入してきて、様々な問題を起こすのだ。
学園で起こる事件の半分以上はエルリーゼ(真)が原因みたいなものだ。
入学の理由はどうするかな。
まあ年齢的にも学校生活に憧れたとか、魔法騎士学園ならば生徒全員が護衛のようなものだから一番安全な学園だとか、適当言っときゃいいだろ。
よし、そうと決まれば早速……。
あ? 誰かドアをノックしてるな。誰だよ、折角盛り上がってるのに。
「どうぞ」
「失礼します。エルリーゼ様、お時間よろしいでしょうか」
入ってきたのは、俺の護衛を務める美人さんであった。
黒髪をポニーテールにした長身の女性で、年齢は二十歳。
去年に魔法学園を主席で卒業し、俺の近衛騎士になったエリートだ。
ビシッと着こなした階級章付きの軍服が決まっている。
名前をレイラ・スコットといい、実は彼女も本編では攻略可能ヒロインの一人だ。
ちなみに貴族の出身で、俺やベルネルと違って家名持ちである。
ベルネル、エテルナ、そして俺は生まれが貴族ではないので家名はないのだが、彼女のように家名を持つキャラクターもこのゲームには何人かいるのだ。
立場的には本編でもエルリーゼ(真)の護衛なのだが、あまりに傍若無人で横暴なエルリーゼに以前から反感を抱き続けていて、自分の魔法と剣はこんな事の為に磨いたのではないと不満を抱えていた。
そしてあるイベントを切っ掛けに近衛騎士を辞職してベルネル側に寝返り、ついでにエルリーゼの表に出ていない悪事の証拠を数多く持って来て、エルリーゼ(真)ざまあイベントの功労者となる。
つまりはいずれ俺を裏切り、偽聖女として追放する役目を持つ娘なわけだ。
俺はエルリーゼ(真)とやっている事は大分違うしそこまでヘイトは稼いでないが、それでも聖女でもない奴が聖女を騙ってるって点においちゃどのみちギルティだ。
積み上げた功績どうこうじゃなくて、偽物って事が判明した時点でその場で斬り殺されても文句は言えないのだ。
この世界での聖女の名前はそれほどまでに重い。
とはいえ、いずれエテルナに聖女の座を返すのは俺の目的と一致する。
裏切られても何の問題もない。
構わん……やれ。
でも今はまだやらないでね。
「お耳に入れるような事ではないと思いますが……学園教師の一人であるファラ・ドレミーが生徒数人を人質に取り、現在学園地下に籠城しております」
ん? そんなイベントあったっけ?
おかしいな……一応全ルート網羅したはずなんだが、そんなイベント知らないぞ。
ファラさん何血迷ってるの。
あんたが起こすのは暗殺未遂事件であって誘拐事件じゃないでしょ。
「人質にされている生徒は?」
「一学年のベルネル、エテルナ。それから同じく一学年のフィオラ、ジョン。
二学年のタダーノとカズアー、ワーセの合計七名が人質にされています」
ふむ。ベルネルとエテルナ以外は知らん名前だな。どうでもええわ。
聞いた事もないし攻略キャラでも何でもないな。
しかしベルネルとエテルナはやばいな。聖女暗殺に王手かかってるじゃねえか。
むしろ何でまだ生かしてるのかが不思議だ。
「しかしすぐに鎮圧される事でしょう。ご安心を」
「要求は何ですか」
いやいや、レイラさん。ご安心を、じゃなくてまず相手の要求。
人質なんて取ってるって事は何か要求あるって事でしょ? それ一番大事な所なんだから省くなよ。
そんなんだからアンタ、ファンからの愛称がスットコなんだぞ。
このポンコツエリートさんめ。
「いえ……それは、お耳に入れる程の事では」
いいからはよ。
そういう判断は聞いてからこっちでするから。現場で勝手に判断して情報捨てんな。
「…………。
ファラ・ドレミーの要求は……護衛をつけずに、エルリーゼ様一人で……地下まで来る事……です」
あ、なーる。そう言う事。
こりゃあラッキィーじゃねえの。イベントが向こうから来てくれたわ。ヒャッハー!
よっしゃ、んじゃ早速イクゾー!
え? いや、止めんなって。何で止めんのよアンタ。
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ろぼと様より頂いた支援絵です。
すげえ……すげえ……。
・周回プレイ
クリア時に選択する事でクリア時点での全キャラのレベル、ステータス、アイテムなどを引き継いだ状態で最初からゲームが始まる。
ただしこれを選ぶとエルリーゼルートには入らないらしい。
ひでえゲームだ。