理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー) 作:壁首領大公(元・わからないマン)
タコによる誘拐から始まったエテルナの暴走も無事収まり、結果だけ見れば被害はほぼ無しで終わらせる事が出来た。
ただ、本来は一月後に退学する予定だったというモブ子が、今日緊急退学になっただけである。
退学にするほどの事かと思ったが、あの子何かキショいんで反対はしなかった。
とりあえず俺なんかに憧れて真似するより、自分のいいところをこれから探して欲しい。
後、あの戦闘は当然何人かの生徒に目撃されていたが、模擬戦という事で納得させた。
そして夜を迎え、俺は屋上へと向かっていた。
あの戦闘で色々と壊れているだろうし、後で弁償代請求されても困るので夜のうちにさっさと直して素知らぬ顔をしようというわけだ。
それに学園の屋上は、ぼっちの聖地なのだ。
俺は知っている。この学園にいる友達の極端に少ない奴や、あるいは一人もいない奴が誰に気兼ねする事もなく飯を食える唯一の場所がこの屋上である事を。
その聖地が壊れ、封鎖などされてしまえば彼等は絶望に沈む事になるだろう。
同じダメ人間として、そんな辛い思いを彼等に味わわせるわけにはいくまい。
しかし屋上に近付くと、誰かの話し声が聞こえてきた。
こんな夜遅くに先客とは……誰だろう。
夜遊びが好きなカップルが『いやんこんな場所で恥ずかしい』、『へっへっへ、あまり声を出すなよ。バレちまうぜ』とか言いながらワッフルしてるんだろうか。
もしそうなら邪魔をするわけにはいかない。
その時はただ、バレないように覗くだけだ。
「信じられない……この破壊を私がやったなんて……」
聞こえてきた声は、覚えのあるものだ。
屋上へ出るドアを少しだけ開けて、隙間から覗くとそこにいたのはエテルナとベルネルの二人であった。
なるほど、深夜に屋上まで来たイケナイカップルはこの二人だったか。
『永遠の散花』は全年齢対象のゲームなのだが、しかし全年齢ゲームでも場合によっては画面外で行為に及んだりして、その事を示唆しているケースはある。
……いいじゃないか。是非事に及んでくれたまえ。
どうぞ……存分に大人の階段を登り続けてください……!
我々は……その姿を心から……応援するものです……!
「それで、話って……何だ?」
ベルネルがエテルナに言うのを聞き、俺はピンと来た。
若い男と女が二人きりになって、話したい事なんて一つしかあるまいよ。
ワクワクした気持ちで、しかし二人の邪魔をしてしまわないように細心の注意を払ってステルスをする。
大丈夫だ、邪魔はしないしさせない。
もし誰かが近付いてきたら、俺が追い払ってやろう。
「あのね……ベルネルが誰を見ているのかは私も分かってるの。
けど、私もいい加減前に進まないといけないから……だから……これを言わないと、きっと私はいつまでも未練を引きずってしまうから……」
エテルナがベルネルと向き合い、真剣な顔をした。
頬は赤らみ、ムードはいよいよクライマックスという感じだ。
夜空も二人を祝福しているかのように星が輝き……いや、これはいつもの事か。
どうせならここで演出の一つも入れてやりたいところだが、それをやると流石に俺がいる事がバレそうなので止めておこう。
「私……あなたの事が、好きだった」
言ったァァァ!
よしきたァァァ、満塁大逆転ホームラン!
誰も幸せにならない
やはりメインヒロインは格が違った!
これは勝ったな。飯食って風呂入って来る。
『永遠の散花』において告白シーンは、好感度によって成功パターンと失敗パターンの二つがある。
勿論好感度によっては、失敗でも相手の反応もまんざらでもないものになったりするが、とにかく大別すれば二つのパターンだ。
そして失敗パターンの共通点は、『ベルネルが告白してヒロインに振られる』である。
逆に成功パターンは好感度が高ければ『ヒロインがベルネルに告白する』というケースが多い。
そしてこのイベントが発生した時点でそのヒロインのルートで固定されているようなものなので、ベルネルが断る事はない。
つまり勝ち確……勝ち確……圧倒的勝ち確……っ!
千載一遇……! 空前絶後……! 超絶奇絶……! 奇蹟っ……! 神懸かり的……勝ち確……っ!
おめでとうベルネル……おめでとう……! おめでとう……!
Congratulation! Congratulation!
ん? いやでも待て。
好き
「いや、違うかな。今でもベルネルの事は好きだよ。
でもきっと、それは家族が好きとかそういうのと同じ気持ちで、恋とかそういうのじゃないんだと思う」
あれ? あれれ?
おっかしいぞおー、この台詞聞き覚えあるなあ。
これ、エテルナの好感度不足で告白失敗した時の台詞だなあ。
……くおらベルネルゥゥゥ! やっぱ好感度足りてねーじゃねーか!
筋トレばっかしてるからだぞおいこらああ!
「私ね、ずっと怖かった。
いつもベルネルは遠くを見ていて、私を置いてどこかに走って行ってしまうんじゃないかって。
だから必死に追いかけて……背中を見ているうちに、恋と錯覚していた。でも……」
そう言い、エテルナは掌から淡い光を発した。
俺みたいな紛い物とは違う、本物の聖女の力である。
どうやら完全に使いこなせるようになったようだ。
「こんな力を突然得てしまって、今まで遠くにあったあんたの背中に近付いた時……もう置いていかれないって思った時……今まで恋だと思っていたものが、スッと無くなった事に気付いたの。
それで分かったんだ。私はただ、家族に置いていかれるのが怖かっただけなんだって」
うーん、これはいけません。
完全に好感度不足の時の台詞です。
好感度が足りていると、『追いかけているうちに本当に好きになっていた』と言うんだけど、好感度が足りていないと御覧の有様となる。
まあギャルゲーだからね。最初の時点でいきなりヒロインが主人公に惚れているなんて事があるはずもなく、恋愛感情に発展するのはあくまでゲームがスタートしてからだ。
エテルナはメインヒロインなので初期好感度が高めに設定されているが、それでも初期の時点では異性としての好意はない。
なので初期から好感度を上げていないならば、恋愛感情など芽生えているはずもなく……そう思っていたのは勘違いだったと自己完結してしまう。
そう、丁度今のように。
「ははっ、何だよそれ。まるで俺がフられてるみたいじゃないか」
「うん、そうよ。私があんたをフってるの」
ベルネルの可笑しそうな言葉に、エテルナも勝気な笑みで答えた。
その距離感は完全に異性同士ではなく家族のそれで、互いに一切の気負いがない。
ああああ……いかん、いかんぞ。
エテルナルートが音を立ててガラガラと崩壊しているのが分かる。
もうベルネルもエテルナも、互いを異性と認識していない。
「話はそれだけ。あー、すっきりした」
「酷い奴だ。振る為に俺を呼んだのかよ」
告白(?)を終えて重荷を降ろしたような顔をするエテルナに、ベルネルが何処か安堵したように笑う。
いやいや、何でそんな顔してんの? お前今ヒロインに振られたのよ? 分かってる?
「ところで一応聞いておくけど、あんたが好きなのって……」
「勿論エルリーゼ様だ」
ファッ!?
お前ホモかよォ!?
「……予想通りの即答ありがとう。
でも難しいと思うわよ? エルリーゼ様って誰にでも愛情を持つけど特定の誰かに向けるタイプじゃないっていうか……多分一番恋愛から遠い位置にいるタイプだと思うし」
「分かってる、でもいいんだ。
たとえ俺の気持ちが届かなくても、それでも誰かを想うのは自由だろう?」
よくねえよ。
今からでも遅くないからマジで別のヒロイン探せ。
もうエテルナは恋愛感情ないみたいだが、それでもまだ脈があるかもしれないだろ。
「はあ……本当、一途っていうか馬鹿っていうか……。
何で私、こんな奴に惚れてるって勘違いしてたんだろう」
「ごめん」
「いいわよ、謝らなくても。
……まあ、そういう事なら私もこれからは応援するわ。迷惑もかけちゃったし」
そう言いながら微笑み、月明りで照らされてるエテルナはまさにメインヒロインの風格に溢れていた。
エテルナちゃんマジ聖女。
尚、恋愛フラグが完全に崩壊した後の模様。
どうしてこんな事になってしまったんだ……。
誰だよ、メインヒロイン様の恋愛フラグ完全に破壊したエルリーゼとかいう馬鹿は。
……俺だよ畜生!
「それじゃ……また明日」
「ああ、また明日」
エテルナはそれだけ言い、爽やかな顔でその場から走り出した。
俺はぶつからないように慌てて壁際に退避し、その俺の前をエテルナが駆け抜けていく。
その瞬間、小声で呟いた声を俺は聞き逃さなかった。
「……さよなら、私の初恋」
ベ、ベルネル、今ならまだ間に合う! 走って追いかけて抱き着くんだ!
初恋にさよならさせちゃアカン!
それで『やっぱり僕には君しかいないぜベイベー』と告白しろ!
早くしろ! 間に合わなくなっても知らんぞー!
「…………」
しかしベルネル、動かない。
無言でその場に立ち尽くす。
この駄目男ォォォ!
そんな爽やかな笑みで見送ってる場合か!
あー……しかし、ぶっちゃけ薄々分かってたんだが、ベルネルの意中の相手はよりによって俺かぁ……。
まあ、ゲームだとこの世界は『エルリーゼルート』らしいし、いくら俺が馬鹿でも分かるんだが、マジで言われるとちょっとなあ……。
前世で女の子と付き合っても上手くいかず、DTは店で捨てたものの、その時の相手がスマホ弄りながら事に及ぶような大外れだったような俺が、男に想いを寄せられるってどんな罰ゲームだよ。
これで素直に雌落ちして『精神が身体に引っ張られました』とか『何年も女やってるんだから意識も女になるよね』とか割り切って精神的ホモを受け入れられるような奴なら話は違うんだろうが……生憎と俺の自意識は今でも普通に男のままだ。
そもそも俺という人間の人格の形成はとっくに前世で終わっているわけで、その前世の知識と人格をこっちに持ち越して転生しちまった時点で、もう変わりようがない。
もう土台が固まっちまってるんだ。
人格形成の土台は三歳までに決まり、十歳になる頃には完全に自分の人格(ライフスタイル)は確定すると言われている。
この時までに親に厳しくされすぎたり、友達に仲間外れにされたりすると大人になってもどこか卑屈で自信のない性格を引きずる。
ましてや俺は向こうで三十年くらい生きて、完全に『俺』という人格を完成させちまっているんだ。
それを身体だけ女にしたって、内面まで女になるわけがない。
だから俺の自意識はどこまでいっても『不動新人』であって『エルリーゼ』ではない。
この先十年生きようが百年生きようが……エルリーゼとして過ごした時間の方が不動新人だった頃より長くなろうが、それでも俺は不動新人のままだ。
どこまでいっても『不動新人の記憶を持ったエルリーゼ』ではなく『エルリーゼになってしまった不動新人』という意識が残る。
つまり……ベルネルには悪いが、俺に想いを寄せても絶対報われないし、誰も幸せにならない。
だって、この期に及んでも俺の中に『野郎と恋愛する』っていう思考は一㎜もないんだからな。
しかし自分で体験して分かったが、TSっていうのは当事者にとっては肉体の牢獄だな。
野郎と恋愛すれば精神的ホモォ……で女の子と恋愛すれば肉体的百合だ。
どう転んでも同性愛になる。
TSモノも少しは齧っていたが、自分がやるとこれほど罰ゲーム染みているとは……いやはや。
先に言っておくと、俺はチヤホヤされるのは好きなんだ。
野郎共から美しいだの綺麗だの言われて崇められるのも気分がいい。
俺ってやつは基本的に承認欲求の塊だからな。
だがそれはあくまで、遠くからそう思われるのが気分がいいってだけだ。
ネトゲでネカマやって、姫扱いされて喜ぶ奴いるだろ? あれと同じだよ。
要するに周囲から存在価値を認められて、優越感に浸りたいんだ。
ただ、そういう奴でも実際に画面の向こうにいる野郎とガチで恋愛したいなんて思っている奴はそうそういない…………多分な。
ともかく、チヤホヤされるだけで満足しているのとガチで野郎と恋愛するのは全然違う。
ゲーム内で女アバターを使うのはありだ。
その女アバターを使って姫プレイをして、ゲーム内結婚とかをするのも……大分特殊な楽しみ方だとは思うし、俺自身やった事はないが、まだアリだ。
自分がやってるわけじゃあないからな……所詮はゲームのキャラクターを動かしているだけだ。
だがキャラクターではなく自分の主観でそれをやるのは絶対嫌だね。
そんな俺が、好きだの惚れただの言われても応える事は出来ない。
ていうかなあ……どうすんだよこれ。どうすりゃいいんだマジで。
俺は元々、どう足掻いてもエテルナが死ぬエンディングが嫌で、それを変えたいという気持ちがあって行動していたはずだ。
その結末には確かに近付いている。
魔女をエテルナに倒させない。俺が倒す事で連鎖を止める。
そうする事がハッピーエンドへの道だと信じてきたし、そこは今も揺らいでいない。
そして生き残らせ、かつベルネルと結ばれるのが最良のハッピーエンドだと思っていたのだが……それが今、砕け散った。他ならぬ俺のせいで。
うえええ……やべえ。
エテルナは納得しているように見えたし、別にベルネルとくっ付かなければ幸せになれないわけでもないだろうからまだ完全に俺の目的が破綻したわけじゃないが……。
ていうかぶっちゃけベルネルとエテルナをくっ付けたいというのは俺の我儘であって押し付けのようなものだから、二人には別に結ばれなきゃならない義務なんかないわけだが。
故に、今俺に出来る事はたった一つ……たった一つしかない。
・最初はエテルナガチ失恋も考えてましたが、よく考えたらそんなに好感度上げてないなって思った結果こうなりました。
エテルナの不幸を回避する方法は好感度を上げる事じゃない。好感度を下げる事だったんだよ!