理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー) 作:壁首領大公(元・わからないマン)
初代聖女アルフレアは今を遡る事、千年前にこの世に生を受けた。
正確には千年と二十年くらい前だが、正確な年数は本人も覚えていないし、誤差のようなものなので大体千年だ。
アルフレアの生まれた時、既に父はいなかったが、母であるイヴは他の人には出来ない不思議な事が沢山出来る自慢の母親だったし、寂しくはなかった。
何故か母は世界中から追われる身で、幼い頃から逃亡生活を余儀なくされてきたが、それを辛いと思った事は一度もない。
母はいつだって無敵で誰にも負けなかったし、何より大好きな母と一緒にいられるというだけでアルフレアには幸せだった。
そんな生活が崩壊したのは、アルフレアが八歳の時だ。
母が力を与えて作り出す母に忠実なペット……魔物と遊んでいる時に、突然手が光って魔物を火傷させてしまった。
この時のアルフレアには何が起こったのか分からなかったが、母はその力を見て酷く狼狽えていた事を覚えている。
『おのれ世界め』だとか『私へのカウンターか』とか『よりにもよって私の娘に』だとか、色々叫んでいた。
それから、アルフレアは何が何だかも分からないうちに母に捨てられ、孤児院に放り込まれてしまった。
それから成長して十四歳になったアルフレアは、母が世界で『魔女』と呼ばれて恐れられている存在である事を知った。
多くの国を襲い、自然を壊し、人々を殺し……悪い事を数えきれないほど行っていると知り、母を止めなければと思うようになった。
何故自分が捨てられたのかを知りたかったし、母がこれ以上悪い事をして皆から嫌われるのも嫌だったからだ。
だが今にして思えば、あの時の自分は世界の意思のような何かに突き動かされていただけなのかもしれない、とアルフレアは思う。
どちらにせよ結果だけを言えばアルフレアは母を止めるだけの力を有していたし、志を同じくする仲間にも恵まれて二年の歳月をかけて見事に母を止める事に成功した。
その後彼女は英雄となり、聖女アルフレアとして人々に称えられた。
それから四年。
平和になった世界でアルフレアはかつての仲間の一人と婚約し、結婚を間近に控えて幸せな日々を送っていた。
他の仲間達も呼んで式の前のお祝いとして酒を飲んだり飲まされたり、ノリでペットの亀をドブに投げ捨てたり……ともかく、かなり浮かれていた事は間違いない。
だがその気の緩みがいけなかった。
突如アルフレアが住む村に魔物が押し寄せ、その中には死んだはずの母がいた。
酔いと四年のブランクと酔いと、予期せぬ母との再会と、後、酔いでロクに戦えずに足元がフラフラしていたアルフレアは呆気なく敗れ、母に連れ去られてしまった。
そして訳も分からぬままに水晶に封じ込められ、そこでアルフレアの意識は一度途絶えた。
次にアルフレアが目を覚ました時、母は既に自分以外の聖女に倒され、その聖女が魔女になって更に次代の聖女が誕生していた。
アルフレアは元々、魔女を止める為に世界が用意したカウンターだ。
だがそのアルフレアが生命活動を止めた事で世界はアルフレアを見限り、別の聖女を用意したのだ。
また、アルフレアが眠る洞窟には、かつての仲間がいてアルフレアを守り続けていた。
……ちなみに、婚約していた男ではなかった。
アルフレアに片想いしていた別の仲間だ。
彼に話をきいたところ、婚約していた男はアルフレアの死に大層悲しみはしたものの、いつまでも過去に囚われる性格でもなかったようで吹っ切れて別の女と結婚して子供も出来たらしい。
余談だがこの片想い男、文字通り死ぬまで番人をやり通した後に何と魂だけで現世にしがみついて、鎧を動かして番人を続行している。
流石に一途すぎてアルフレアは引いた。
それと、アルフレアにはもう一人騎士がいたのだが、そいつは五股をかけていた事が妻にバレて捨てられたショックで海に身投げしたらしい。今では海の名前にもなっているんだとか。
アルフレアはここから動けなかったが、力の共鳴のようなものである程度なら他の聖女に干渉する事が出来た。
その代の聖女を通して外の世界を時々見る事が出来たし、本当に時々だが声を送る事も出来た。
だがそれで何かが変わる事もなく、聖女が魔女を倒しては次の魔女になる連鎖を延々見せられただけだ。
聖女の末路は志半ばで死ぬか、魔女になるかの二択で根本的な解決が何一つされない。
世界は闇に染まり、魔物は増え続け、そして自然は破壊されて人は殺され続ける。
聖女が魔女を倒せるようになるまでの期間は長く、聖女が魔女を倒して次の魔女になるまでの期間は短い。
何かを壊すのは簡単で、それを治すのは壊す事の何倍もの時間と労力を要する。
これでは何をどうしようと事態が改善するわけがない。
繰り返される魔女と聖女の連鎖はゴールの見えた出来レースでしかなく、世界は真綿で首を締めるようにじわじわと殺されていく。
その末路を知りながら、アルフレアは世界の終わりまでこの連鎖を見続けるという地獄に立たされていた。
だから、願わずにはいられなかった。
誰かが世界を変えてくれる事を。
このどうしようもない連鎖を壊してくれるような、奇跡が訪れる事を。
そんな事は決してあり得ないと分かっていたが、それでも願う事しか彼女には出来なかった。
――正直、本当に何とかなるとは思っていなかった。
今代の聖女エルリーゼは、アルフレアから見ても明らかに異常だった。
歴代と比較して明らかに強すぎる。
言うならばそれは進化し続ける才能の怪物。
生まれ持った才能だけで過去の聖女とも渡り合えそうな少女が、今まで誰もやった事がないような方法で修練を積んで自己進化と自己改良を繰り返し、その果てに歴代聖女と魔女全員を纏めて単騎で相手取れそうな史上最強の聖女が完成した。
腕の一振りで大地を揺らし、息を吐くように海を操る。
天候すら自在に操り、雷を落として嵐を呼び、竜巻で住処ごと魔物を殲滅してみせる。
火山を噴火させ、光であらゆる敵を抹消する。
それでいて本人は無敵。あらゆる攻撃を跳ね返し、傷一つ付ける事すら許さない。
死んでさえいなければどんな怪我人も重病人も治癒魔法で癒し、自然を蘇らせ、痩せた大地を緑で覆った。
何だこれは、と思った。
今まで世界が闇に包まれすぎていた反動で、世界がとうとうトチ狂ってわけのわからない存在を生み出してしまったというのか。
その無双ぶりはまさに正義と光の化身だ。
歴代の魔女が千年かけて染め上げた世界が、たったの数年で光に侵略され尽くしている。
彼女ならば終わらせる事が出来るかもしれない、とアルフレアは希望を抱いた。
……いや、というよりこの代で終わらせないと次代で世界が滅亡してしまう。
このエルリーゼという少女が魔女になっては、誰も手に負えない。
だから何とかコンタクトを取りたかったのだが、エルリーゼはその圧倒的な力に反して聖女としての才能自体はむしろ歴代でも最弱だった。
一応聖女の力はあるのだが、他の聖女を10とするならば彼女は1にも満たない。
もっとも、魔力が強すぎるので結局はゴリ押しで歴代全員に勝ててしまうだろう。
何とバランスの悪い聖女なのだろうか。
アルフレアは何度も彼女に念話を送ったのだがまるで届かず、干渉しようにも全く届かない。
それどころか何故か、聖女ではないはずのエテルナという少女にばかり干渉が届く始末。
だが幸運はアルフレアの味方をした。
エルリーゼが、アルフレアの眠るフグテンまで来てくれたのだ。
これだけ近付けば流石にコンタクトも不可能ではない。
アルフレアは早速エルリーゼに声を飛ばして、とうとう自分のいる洞窟まで連れ出す事に成功した。
そうして精神世界でエルリーゼと対面し、アルフレアは少しばかり自信喪失した。
直接対面して分かったが、見た目からしてもう既にレベルが違う。
肌も髪も、彼女を構成する全てが完璧なバランスを保つ芸術品のようで、同性ではあるが実の所少し欲情した。
何故か変な光のせいで肝心な部分が見えないのがもどかしい。
だがそんな色ボケした思考は、彼女が話した衝撃的すぎる事実によって吹き飛ぶ事となった。
「私は聖女ではありません。偶然聖女と同じ村で生まれて取り違えられた、魔力が強いだけの別人です」
何と言う事だろうか。
歴代の誰も成し得なかった偉業を連発してきた最高の聖女は、事もあろうに聖女ですらなかった。
つまり偽聖女である。
しかし彼女が偽物だとすると、むしろ自分達本物の立場がない。
雁首揃えて、偽物が成し遂げた偉業のうちのどれか一つにも並べないとか、これもう本物の存在価値あるのだろうか?
そんなアイデンティティの崩壊から目を逸らす為に彼女を聖女認定して無理矢理誤魔化したが、呆れたような視線を向けられて精神的に大打撃を受けてしまった。
それにしても……とアルフレアは改めて目の前の少女をまじまじと見る。
普通ならば聖女と一般人を間違えるような事はないはずなのだが、それでも間違えてしまったのは、やはりエルリーゼがそれだけ『聖女』という存在を体現しているからだ。
人々の考える聖女というイメージをそのまま人の姿にしたような……むしろイメージに合わせてコーディネイトしたような、完璧な美がそこにある。
それは実際間違いではない。
エルリーゼは自分をそう見せる為に、この世界で自意識に目覚めてから今日まで十二年の歳月をかけて、魔法まで使って自らを
偽物は偽物故に、時に本物よりも本物らしくなる。
エルリーゼが全力を注いで作り上げた『聖女エルリーゼ』というハリボテは、初代聖女であるアルフレアの目すら欺くまでに至っていた……ただそれだけの話だ。
そんな裏事情などアルフレアは知らないが、彼女は思った。
私が間違えたのはエルリーゼの外見が全く一般人に見えないからだ。
仮に聖女を騙っていなくても、その辺ですれ違うだけで彼女を聖女であると確信してしまう。それほどに歴代の誰も並び立てないレベルで聖女として完成されている。これでは間違えるのも仕方ない。
だから私は悪くない。
そう考え、アルフレアは自らを正当化した。
その後、アルフレアと初代魔女の関係を話し……というよりは勝手に推察されたのだが、ともかくエルリーゼに理解させる事が出来た。
彼女は聖女ではなかったが、ある意味ではこの展開はアルフレアにとっても望ましいものであった。
何故ならアルフレアがここにエルリーゼを呼んだ理由の一つが、彼女を魔女にしない事だったのだが、そもそも聖女でないならば魔女になる事はない。
故にこの心配は杞憂に終わった。
そしてもう一つ……この連鎖を断ち切るという希望をエルリーゼに託したかった。
その為の方法をアルフレアは知っていたのだ。
「アルフレア様。私をここに呼んだ理由を聞かせていただけませんか?」
『ん? んふー、知りたい? 知りたい? どうしても?』
話そうと思ってた事を先にほとんど言われてしまったので、少し意地悪をしてみる。
するとエルリーゼは精神世界からスッと消えた。
水晶から手を放したのだろう。
そのまま現実の方のエルリーゼはトコトコと帰ろうとし始めたので、これにはアルフレアも慌てた。
『待って待ってー! 話すから待ってえー!』
すると再び精神世界にエルリーゼが戻り、アルフレアはほっとした。