理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー)   作:壁首領大公(元・わからないマン)

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第七十一話 変質

 日本の街中にあるアパートの不歳アパートは家賃五万円の二階建てのアパートである。

 部屋の広さは1LDKで、風呂とトイレ、キッチンも付いている。

 立地条件は駅から遠い以外に問題点はなく、値段の割にはそこそこいいアパートだ。

 そのアパートの一室で、不動新人は今日もパソコン越しに『あちら側』に行ってしまった自らの分身……というよりは魂の量を考えればこちらが分身なのだが……ともかく、エルリーゼの物語を追いかけていた。

 以前よりも見る事の出来る情報量が増え、ゲームを通して見る事の出来る物語はいよいよ決戦間近という所まで進行している。

 預言者(プロフェータ)初代聖女(アルフレア)、クランチバイト・ドッグマンという他のルートでは登場しないキャラクターも加わり、他のルートとは明らかに違う空気が流れていた。

 エルリーゼルートが発見されてから日数が経ったことでネット上の書き込みも増え、内容も変化している。

 

 

【エルリーゼ】

 『永遠の散花』の登場人物。非攻略キャラクター。

 ……と発売から四年もの間思われていたが、とあるRTA実況動画によって攻略可能キャラである事が明らかになった。

 

 聖女と呼ばれる、魔女と対を成す存在。

 幼い頃は我儘だったが、ある日を境に聖女の自覚に目覚めて人が変わったように『誰かの為』に活動するようになる。

 聖女の名に恥じぬ圧倒的な魔力と剣術の腕を持ち、その戦闘力は作中最強。

 闇の象徴である魔女と対を成す光の象徴として、時にプレイヤーの前に現れて手助けをしてくれる。

 物語開始時に十四歳の主人公の前に現れて彼の闇の力を制御出来るように助力し、ペンダントを預けて彼の人生に大きな転機を与えた。

 その後、主人公が十七歳になった時に再会を果たすが、その姿は主人公の記憶の中の十四歳の姿のままであった。

 聖女は魔女と同様に殺傷されるまで死ぬ事はなく、若い姿のまま老化を止めてしまう。

 彼女の場合は他の聖女よりもその時期が早かったのだろうと言われている。

 

 聖女である彼女は魔女と聖女の力以外で傷を負う事はなく、素手で剣を受け止めても掠り傷一つ負う事はない。

 また、魔女の力に働きかけて浄化する事も出来る。

 魔物に襲われている場所があればどんな小さな村でも見捨てず自ら出撃し、傷付いた者がいれば分け隔てなく癒す。

 彼女の登場以前は城壁から数歩歩くだけで魔物と遭遇するような魔境だったという話だが、本編の時点で既に物語の舞台である『ジャルディーノ大陸』からは魔物がほぼ駆逐され、安全に行き来出来るようになっている。

 これによって商人が移動しやすくなり、物流の流れもスムーズになった事で生活環境も全体的に大きく向上した。

 歴代の魔女や魔物によって破壊された大地や自然を復活させる事にも精力的で、万年不作だった彼女の登場以前と比べると常に豊作になっている。

 また、じゃがいもや大豆などの痩せた土地でも育つ作物を広めたのも彼女であり、餓死者の数が劇的に減っている。

 その為、魔物や魔女を倒す聖女という顔以外に、歴代の聖女にはなかった豊穣の聖女という面も持ち、人々に敬われているようだ。

 それは、他の聖女と異なり彼女の誕生日だけが誕生祭として祝い事になっている事からも見て取れる。

 何故か料理スキルも高いようで、時折国王達に振舞うケーキの『クラウド』は絶品らしい。

 まさに聖女を絵に書いたような非の打ちどころのない少女だが、実は…………。

 

 

 

 ……やはり大分前に比べて文章量が増えている。

 新人はその文を読みながら、褒めちぎり過ぎな内容に背中が痒くなるような感覚を味わっていた。

 どうも、あっちの自分は随分好き放題やっているようだ。

 料理は、一応現代人の知識があるし一人暮らしで一応それなりのスキルはあるが絶品というほどではない事は新人自身が一番知っている。

 ハッキリ言ってコンビニで買うスイーツの方が遥かに美味い。

 だがそれでも、料理という概念自体が希薄……というより料理などしている余裕もなかった向こうの世界の人々にとっては至福の味に感じられるのだろう。

 この後は『エルリーゼの正体』の項目に進むのだが、そこは以前見た時と何も変わっていないのでスルーしてスクロールしていく。

 『本編での活躍』も既に読んだ所は飛ばし、新しく増えた文章へと視線を走らせた。

 

 

【本編での活躍】

 エテルナの自殺未遂イベントを除き、途中までは共通ルートと同じ流れで進行するが、エルリーゼルート限定で闘技大会終了時に武器を貰う事が出来る。

 この時の武器は主人公が装備している武器と同じ種類のものをくれるが、素手だと何もくれないので注意。

 検証の結果、この時に貰える武器で最も強いのは『長ネギ』を装備している時に貰える『スーパー長ネギブレード』である事が判明した。

 ただし『長ネギ』は攻撃力1のネタ武器である為、マリーどころか準決勝のジョンにすら勝てず、闘技大会での順位を犠牲にしなければならないので割に合わない。

 

 ディアスの反逆イベント以降は本格的にこのルート独自の展開に入る。

 戦闘終了後にディアスに何かを伝えて彼の抵抗を止めたが、恐らく自身の正体を教えたのだろうと思われる。

 冬期休み近くに差し掛かると、諸国の王との会食の為に聖女の城に一時帰還するが、エルリーゼの時代を長引かせようと考えた王達や、魔女との戦いで彼女が死ぬ事を恐れた騎士達によって城に幽閉されてしまう。

 レイラを人質に取られて脱出せずにいたが、主人公達の突入に合わせて自力で脱出してその後はビルベリ王都の危機に駆け付けて魔物を蹴散らす。

 また、この際に死亡してしまった主人公を蘇生するという離れ業をやってのけている。

 さらっと本物の聖女でも絶対出来ないような事をやってるぞ……この偽聖女様。

 この時エルリーゼの好感度が50未満だとCG回収が出来ないので注意。

 

 冬季休みになると他のルートでは存在が語られるのみで登場しなかった預言者『プロフェータ』と邂逅し、学園横に池を作ってプロフェータを住ませた。

 エテルナの覚醒後は主人公達の特訓の為にフグテンに連れ出し、そこで初代聖女アルフレアの声を聞いてアルフレアの墓に赴く。

 そこで彼女と邂逅した後に初代魔女の封印を破壊してアルフレアを解放した。

 この時、他のルートでは一切語られる事のない初代魔女イヴとアルフレアの関係と過去が語られる。

 

 そして物語終盤で、遂に主人公に対し自らが偽りの聖女である事を明かした。

 それでも構わないと主人公に告白されるものの、自らの寿命が残り僅かである事を理由に主人公の想いは受けられないと拒絶する。

 このイベントはエルリーゼの好感度が高くても変化せずに絶対に振られてしまう。

 そして…………。

 

 

 ……新人が見る事が出来るのはここまでだった。

 この先も何か書かれているのだろうが、スクロールしようにも読み込みが終わらずに見る事が出来ない。

 最近かなり動作の軽いパソコンに買い替えたのだが、それでも結果は同じだった。

 やはり、向こうでまだ起こっていない事はこちらで見る事が出来ないようだ。

 これ以外には『アルフレア』や『プロフェータ』、『クランチバイト・ドッグマン』、『エリザベト・イブリス』などの他ルートには登場しないキャラクターの項目も増えている。

 一応確認してみたが、女性キャラであっても全てが攻略対象ではないらしくアルフレアとエリザベトは非攻略キャラクターとハッキリ明記されていた。

 

 続けて動画を見る。

 画面の中ではベルネルが一世一代の告白をするも、エルリーゼが真実を告げる事で振られてしまった。

 それを見て新人はあちゃー、と顔を手で覆った。

 確かにこれならば相手に異性としての好意がないという事を伝える事なく断る事が出来るが……これは悪手だろう。

 下手をするとベルネルの戦意を根本からへし折りかねない。

 言葉を選んでなるべく直接的に振るのを避けようとしたのだろうが、これならばまだストレートに『恋愛に興味がありません』とでも言ってやった方がマシだった。

 あるいは『今は返事が出来ません』と、まだ芽があるかのように言っておけばベルネルのやる気を萎えさせることはなかっただろうし、むしろ返事が聞きたい一心でやる気が上がっただろう。

 なのにこの返答はどうした事だ。一番やってはいけない返事だろう。

 さてはあいつ、相当テンパりやがったな? と分析する。

 不動新人は自らの異常性を認識してからずっと……子供の頃から今日まで、誰かに好意を向けられた事がない。

 当然だ。こんな不気味で、何かが外れている人間が好かれる方がおかしいし、新人自身も別に好かれたいとは思わなかった。

 故に慣れていないのだ。純粋な好意をぶつけられるという事に。

 実際に自分が異性から好意をぶつけられた事などないが……なるほど。俺はああいう風にテンパるのかと新人は複雑な思いを抱いた。

 …………いや。()()()()()()()()()()か。

 

 現実感の欠如。

 主観性の欠落。

 客観的に自分を見れると言えば聞こえはいいが、客観的にしか見る事が出来ない。

 そんな自分が誰かに好意をぶつけられた所で心から動じるものか。

 自分の操作するキャラクターが、NPCに告白されたようなもの……フィルターのかかった不動新人の目にはそうとしか認識出来ない。

 無論自分がいるのが紛れもない現実である事など頭では理解している。だが感覚が理解してくれないのだ。

 何をどうしても地に足がついてくれない。不動新人の魂はいつもフワフワと、現実と夢の境目を漂っていて降りてこない。

 

(あいつやっぱり……)

 

 思い出すのは以前にエルリーゼがここに来た時に言った言葉だ。

 

『なんだかんだで、アイツらの事やあの世界の事も結構気に入ってるんだよ、俺は。

だからまあ……その為なら、どうせ近いうちに尽きる俺の命くらい捨てても惜しくはねえな』

 

 エルリーゼはあの時、気付いていただろうか? 自分が今までした事もないような自然な笑顔を浮かべていた事を。

 出した結論は同じで、命が惜しくないという答えも共通している。

 だがそこに至る感情が違う。

 少なくとも不動新人は誰かの為に心から笑った事など一度もない。これからもない。

 誰かを思いやって、あんなに柔らかい笑顔を浮かべる事など絶対出来ない。

 

 ――変わりつつある。

 エルリーゼ本人が自覚しないままに、地に足が近付いている。

 まだゲーム感覚が抜けていなくて、現実ですら子供の頃からずっと付き合ってきたこの感覚が抜けるなんて本人も考えていなくて……。

 だがあいつは確かに、自分とは違う何かになろうとしている。そう新人は考えた。

 

『ああああああああああああああああ』

『振られたあああああああああああ!』

『他のルートでも早死にするもんねL様……』

『知ってた(白目)』

『自分のルートでも運命からは逃れられないのか……』

『L様なんですぐ死んでしまうん?』

『あ、ここ強制なんだ。好感度足りないかと思って最初からやり直したわ』

『あれ、俺書き込んだっけ?』

『好 感 度 M A X で も 絶 対 振 る 女』

『少 年 よ 、 こ れ が 絶 望 だ』

『愛 な ど い ら ぬ !』

『とりあえず何か書いとけ』

『お前等の赤字で画面が見えない』

 

 画面の中ではコメントが荒ぶっていて阿鼻叫喚だ。

 ともかく、向こうはそろそろ決戦間近らしい。

 本来のゲームと比べて戦力もかなり充実しており、魔女が哀れになるくらいの差だ。

 そもそも新人の知る本来のゲームでは魔女よりも圧倒的に強い『聖女エルリーゼ』など控えていない。

 エルリーゼはただの目障りで薄汚い敵で、物語にとってマイナスになる事はあっても決してプラスには働かない存在だった。

 その中身が変わっただけでも既にベルネル達にとっては有利なのに、そのエルリーゼが物語開始前から張り切り過ぎたせいで魔女の勢力圏は失われ、外の魔物もほぼ全滅状態。

 国や人々が富む事で兵士も健康的になって質も上がった。

 流通が盛んになる事で装備の質も向上した。

 常に腹を空かせている痩せた兵士と、しっかり栄養をとって筋肉を纏った兵士のどちらが強いかなど考えるまでもないだろう。

 しかもゲームの兵士や騎士はエルリーゼへの忠誠心など無いどころかマイナスであり、その後に聖女になったエテルナに対しても前の偽聖女の所業が酷すぎたせいで聖女そのものに反感を持ってしまっていた。

 ほぼ義務感のみで戦っていたようなものだ。

 対し、変化した後の世界では兵士や騎士のエルリーゼへの忠誠心は最大まで高まっており、彼女の為ならば笑って死ぬような男達で溢れている。

 あまりに士気に差がありすぎる。

 人類はエルリーゼを旗頭に、この上なく団結している。

 仮に魔女が外に出ても、何処に行こうとエルリーゼの味方しかいない。

 完全な孤立状態だ。

 

 これだけでも酷いのに、更に主人公チームに初代聖女まで加わってしまっている。

 ハッキリ言って、アルフレア一人でも魔女は倒せるのだ。

 魔女はこれから、大して強い取り巻きもいない状態で初代と現在の聖女二人を同時に相手にしなくてはならない。

 動画などを見ても『アレクシアが哀れになってきたwww』、『オーバーキルすぎる』、『アレクシア不幸すぎて草生える』、『聖女時代は歴代トップクラスの魔女と戦って、魔女になったら聖女×2と無敵の偽聖女が相手とか不憫にも程があるだろw』など、敵であるはずの魔女を哀れむようなコメントで溢れていた。

 

 最早勝負は見えた。

 こう言うと負けフラグのようだが、どれだけ負けフラグを積み重ねてもここからアレクシアが逆転する手段など思い浮かばない。

 向こうはじきに終わる……ならば、こちらもやるべき事をやらなくてはならない、と新人は思った。

 だからパソコンの電源を落とし、痛む身体を引きずってコートを羽織る。

 すると丁度いいタイミングでインターホンが鳴り、新人は外へと出た。

 

「やあ、伊集院さん」

 

 外に居たのは、少し前にこのアパートに引っ越してきた伊集院悠人だ。

 彼は新人の顔色を見て心配そうに声をかける。

 

「大丈夫か? 前よりも具合が悪そうだが……無理をせず休んでいてもいいんだぞ。

フィオーリの亀の話は私が聞いて君に話す事も出来る」

「休んだところで悪化すれど、よくなる事はない。

俺に残された時間は僅かだ……せめて自分で動けるうちに、真実を自分で聞きたいんだ」

 

 新人の顔は、伊集院の言うように前よりも酷くなっていた。

 目の周りが窪み、頬は削げ、まるで肉のなくなった皮だけの骸骨だ。

 頭髪も抜け落ち、帽子で隠している。

 腕も、成人男性のものとは思えないほど細く頼りない。

 それでも新人は不敵に笑う。

 本心からの笑い方など知らない。それでも表情筋を動かして無理矢理笑う。

 今までずっと、『生』というものを実感した事がなかった。

 いつだってどこか他人事で、空の上から自分という『キャラクター』を見て操作しているような感覚があった。

 だというのに何故か今……死を前にして、かつてないほどに『生』を実感していた。

 

「さあ行こうか……あの世界の真の創造者……シナリオ制作をしたという『フィオーリの亀』の所へ」

 

 そう言う新人の手には、この数日で突き止めた『永遠の散花』のシナリオ製作者の住所が記されていた。


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