理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー) 作:壁首領大公(元・わからないマン)
それがここ数日調べて辿り着いたシナリオ製作者『フィオーリの亀』の本名だった。
本当ならばすぐにでも分かったはずのこの名前一つ調べるのに、妙に時間をかけてしまった。
伊集院は全く名前を思い出せず、会社で資料を調べても不思議と見付からない。
まるで霧でも掴もうとしているかのようにスルスルと手から抜け落ちていく。
結局この名前が分かったのも、『向こう』のストーリーがある程度進行してからの事だった。
すると今度は不思議な事に、今まで分からなかったものが突然分かるようになってしまった。
シナリオ製作者の本名も突然、思い出した。
逆にどういうわけか、伊集院の頭の中にあった『本来の物語』……エルリーゼが我儘で自分勝手で悪役だった本来のシナリオの記憶が、まるで引き換えにするように薄れていた。
エルリーゼが本来は悪役だった事や、確かに違うシナリオだった事はかろうじて思い出せる。
しかしそれ以上に、『元々今のストーリーだった』、『エルリーゼは元々本物よりも聖女らしい偽聖女だった』という認識も強まってしまっているのだ。
そう、それはまるで二人以外の全員がそう認識しているのと同じように。
伊集院も徐々に前の世界の事を忘れ始めていた。
これが一体何を意味しているのかはさっぱり分からない。
そもそもこんなオカルトなど、どう解釈すれば正しい答えが得られるというのか。
もしかしたらいくら探しても正しい答えなど得られないかもしれないし、そもそも答えそのものがないのかもしれない。
だがそれでも探せる部分は探すべきだし、手詰まりになるまでやらなければずっとモヤモヤした気持ちが残るだろう。
早速伊集院はフィオーリの亀――夜元に連絡を取り、直接会って話す事が決まった。
その為の場所として向こうは値の張る少しお高めの喫茶店をリクエストし、そこで会って話す事になった。
……ちなみに食費は伊集院の奢りである。
何はともあれ、ようやく接触出来た相手だ。この機会を逃すわけにはいかないと伊集院は仕方なくこの会食に賛同し、今日話す事が出来るようになったのだ。
やってきた喫茶店は現代日本の中では浮いてしまいそうな煉瓦作りの建物で、中は木や椅子、床が木製で統一されている。
照明は天井から吊り下げられた、シックな趣のキャンドル型シャンデリアで店内を明るくなりすぎない程度に照らしている。
解放的なガラス張りの壁からは外の通りがよく見えた。
どこか中世チックな雰囲気を感じさせるその店内で、伊集院は店員に待ち合わせをしている相手の事を尋ねた。
すると店員は笑顔で一つの席を示す。
そこに座っていたのは……女だ。
しかも若い。二十歳を超えていないのではないだろうか。
日本人らしい黒髪を肩まで伸ばした、スーツの女性だ。
顔立ちは平均以上といったところか。目を見張る美女ではないが、そう悪い容姿でもない。
二人はその席に向かい、まずは声をかけた。
「失礼。貴女が夜元さんですか?」
「ええ、そうです。貴方は伊集院さんですね? お待ちしておりました」
どうやら本当にこの女性が目的の人物らしい。
その事を確認し、二人は対面側の椅子に腰を掛けた。
夜元の横にはいくらか皿が置かれていて、待っている間にかなり高いものばかりを頼んでいた事が分かる。
この代金は勿論伊集院持ちだ。
「ところで、そっちの人は……」
「彼は付き添いだ」
「……あの、大丈夫なんですか? 顔色凄い事になってますよ」
「気にしないでやってくれ」
夜元はまず、不動新人の顔色の悪さとやつれ具合を気にした。
店員もあえて客の素性に口出しするような事はしていないが、時折こちらを見ているのでやはり新人の見た目の不健康さは目立つようだ。
恐らくは『店の中で倒れるとか止めて欲しいな』と考えているのだろう。
まかり間違えて死なれでもしたら、たとえ店側に一切の非がなくとも悪い噂になるので迷惑になる。
なので店側としてはさっさと出て行って欲しいというのが本音のはずだ。
「それで……本日は私と話したいという事でしたが、どんな用件なのでしょう?
続編のシナリオでしたら、前から言っているようにまだ出来ていませんが。
……というより、最初に言ったように私は元々『永遠の散花』は一作で完結のつもりだったので、勝手に続編の告知をされてしまった事自体困っているんです。
元々考えていないものをどうしろと……」
「それについては申し訳なく思っている。だが人気が高かったし、我が社のゲームの中で一番売れているから続編を出さないという選択肢はないんだ。要望の声も多かったし……。
だから続編のシナリオは、また新たに別の人を立てて……」
「駄目です。どこの誰かも分からない馬の骨なんかに物語を預ける事は出来ません。
もういっそ、続編はないと告知してくれればいいのに」
夜元はやや不満そうに話しながら、伊集院を責めるように見る。
どうやら『永遠の散花』にいずれ続編が出る、というのは会社側で勝手に告知したものだったらしい。
なるほど、いつまで経っても続編が一向に出ないわけだ。
元々シナリオを書いている側が一作で終わらせるつもりだったのだから、続きなど最初から全く考えていなかったのだ。
「それは……と、今回はそんな話をしに来たわけじゃない。
実は少し、おかしな事になっているんだ。
オカルト染みていてあまり信じられないかもしれないが……まずは聞いてくれないだろうか」
「……オカルト、ですか?」
それから伊集院は、ここまでに起こっている不可思議な出来事を話し始めた。
自分と不動新人が知っている本来のゲームのシナリオ。エルリーゼというキャラクターの大きすぎる変化。
こちらに何故かエルリーゼが出現し、そして彼女の行動に合わせてゲームの内容まで変わっている事。
変わっている事を認識出来ているのは自分達二人だけで、他の皆は誰もが最初からこうだったと認識している事。
更に、先の情報……つまりはネタバレを見ようとするとどういうわけか全く見られなくなってしまう事も。
その全てを聞いた時、夜元は口元に手を当てて真剣な表情をしていた。
「興味深いねえ……私は最初から今のシナリオで書いたはずだが……しかし、今聞いた内容は確かに向こうにいる時に視たあの不可解なシナリオと一致している……。
時間軸のズレ……? 可能性の分岐?
やはり鍵はエルリーゼだったという事なのか……?」
ブツブツと夜元が何かを呟いている。
やがて彼女は顔をあげ、真っすぐに伊集院と新人を見た。
「大分素っ頓狂な話でしたが、とりあえず信じましょう」
「やけにあっさり信じるな。自分で言うのもなんだがかなりあり得ない話をしていると思うのだが」
「まあ、そうでしょうね。ただ……私も少し、あり得ない身の上ですので」
そう言い、夜元は口の端を吊り上げた。
やはり彼女は、この不可解な現象の何かを知っているという事なのだろうか。
少なくとも、何らかの下地がなければこんな話を『はいそうですか』と信じる事は出来ない。
実際二人は今日、夜元に馬鹿扱いされるのを覚悟の上でここまで赴いたのだ。
だが次の瞬間、夜元の口から更に信じがたい事が明かされた。
「実を言うとですね……『永遠の散花』って私の考えた物語じゃないんですよ。
向こうの世界……フィオーリで実際に起きた事を物語として書いただけなんです」
「お、おい……それはどういう……」
「私は向こうの世界で生きていたんです。そして死んで、こっちに生まれた。
輪廻転生っていうんでしたっけ?
何でかは知りませんが、前世の記憶まで持って来てしまって……。
だから私の知るエルリーゼは最初から今の聖女より聖女らしい偽聖女の方ですし、貴方達の語る醜悪なエルリーゼなど私は見た事がありませんし、書いた覚えもありません」
夜元の口から語られたのは、何と彼女は向こうの世界からこっちに転生してきた転生者であるという事だった。
確かに有り得ない身の上だ。
新人は自分とエルリーゼという前例がある事を知っているのでまだ受け入れられるが、その事を教えていない伊集院の困惑は大きいようだ。
「そ、そんな事が……信じられるわけないだろう?
第一、仮に生まれ変わりなどというものがあるとして、脳は!?
記憶は脳に蓄積されるものだ。仮にそんなものがあっても、記憶までは引き継げない!」
伊集院の言う事はもっともだろう。
記憶を保存しているのは脳だ。
生まれ変わりがあるという前提で話そうと、その脳まで持ち越しているわけではないのだから記憶は持っていけない。
しかしそんな常識で測れる話ではないのだろうと新人は思った。
人間の叡智では分からぬ世界がある……きっとそういう事なのだ。
「伊集院さん。俺達の話を信じて貰ったんだから、こっちも信じよう。
じゃないと話が進まない」
「ぬ、ぐ……しかしだな…………いや、分かった。そうだな、まずは話を進めないと」
伊集院はまだ受け入れられないようだが、ともかくここは仮の話でいいので信じておかないと話が進まない。
なので疑問を捨て、水を乱暴に飲んだ。
「では、君は……少なくとも君の認識では世界は何も変わっていないし、最初からゲームのシナリオも今のものだった。それをおかしいと思っているのは俺達二人だけ……そうなんだな?」
「はい。貴方達は見る事が出来る情報に制限がかかっていて、未来の事を見られないのはまだ未確定だから、と思っているようですが……私から見たらそうじゃないんです。
ゲームの結末もこの先に起こるイベントも私は全部把握しています。
向こうの世界の出来事は私から見たら既に確定した、終わった出来事なんです。
だってそれを物語として書いているわけですからね」
伊集院に代わって新人が質問をするが、それに対する返答はまたしても前提をひっくり返すものだった。
今まで新人は自分がゲームでこの先起こる出来事が分からないのは、未確定だからだと思っていた。
エルリーゼが実際にやった事だけがゲームに反映される。
だからまだ起こっていない事は分からない。そう思っていたしエルリーゼにもそう話した。
だがそうではなかった。
自分達だけが見る事が出来ないだけで、既に確定した未来を他の人々は見る事が出来る。
少なくとも、エルリーゼの行動によってリアルタイムで世界が改変されている、などという事はなかった。
「では……何故俺達は先のイベントを見る事が出来ない?
いくら調べても、今現在エルリーゼがやっている以上の事は分からない。
エルリーゼにとって未知の未来になっている事は、俺達にとっても未知のままだ」
「いくら見ようとしても、そこで読み込みが止まる……でしたっけ?
多分……推測になるんですけど、それは世界の修正力ってやつじゃないでしょうか?
貴方達には信じられないかもしれませんが、世界には意思があります。
向こうの世界では、それによって魔女や聖女が生まれました。
恐らくはそれと同様、地球の意思が矛盾を嫌って貴方達の認識にフィルターをかけてしまったのでしょう。
だってエルリーゼとコンタクトの出来る貴方達が未来の情報を知ってしまえば……それをエルリーゼに教え、そしてその情報でエルリーゼの行動が変わってタイムパラドクスになる。
そうならないように、修正する力が働いている……とは考えられませんか?」
夜元の話す推測に、新人は喉を鳴らした。
世界が現在進行形で書き換えられているわけではなく、自分達だけが既に変わったこの世界を認識出来ていないだけ。
なるほど、少なくとも世界全体が変わっているよりはよほど納得出来る。
この世界は最初からこうだったし、『永遠の散花』のシナリオも変わってなどいない。最初からああだった。
しかし自分だけが、エルリーゼとの繋がりによって違うシナリオを知っているというだけだ。
伊集院までそうなってしまったのは……恐らく、新人が接触したせいで世界のフィルターが彼にまでかかってしまったのだろう。
パソコンと同じだ。新人に未来の情報が渡らないように絶対に閲覧出来なくされた。
それと同じく、新人が接触したから伊集院の認識と記憶までがすり替えられ、新人に情報が行かなくなってしまった。
いわば伊集院はただ巻き込まれただけである。
最近になって今のゲームのシナリオに全く違和感を抱かなくなり『元々こうだったんじゃないか』と思うようになったのは……向こうの物語が終わりかけていて、フィルターの必要性が薄れたからか。
恐らく伊集院は近いうちに完全に今のシナリオの方を正しいものとして認識するようになり、前のシナリオの事は忘れ去る事だろう。
「だが、それならば君にも修正が働くぞ。俺が君から未来の事を聞いてエルリーゼに話す事も出来るはずだ」
「それは無理です。だって私は最初からネタバレなんてする気がありませんから。
逆に言えばネタバレしようと思った瞬間に私の認識も書き換わる事でしょう」
あっけらかんとそう言い、夜元はコーヒーを飲んだ。
どうやら、本当に自分とエルリーゼはゲームの結末をその時になるまで知る事は出来ないらしい。
そう思い、新人は疲れたように溜息を吐いた。
【確定情報】
・ゲームの内容はしっかりエンディングまで描かれている。
新人は『現在作られている最中だからそもそも先の情報が存在しない』と推理していたがそれは間違い。
エルリーゼがこの先取る行動や、その結末までしっかりゲームには描かれている。
だがそれはエルリーゼにとっては未来の情報なので、彼女にだけは絶対にその情報が行き渡らない。
パソコンを見ればパソコンにフィルターがかかり、人に接しても人にフィルターがかかって記憶が改変される。
世界「人類全員の記憶書き換えとかそんな面倒な事するわけないやろ。
それより二人だけ書き換えた方が早いやん」
・伊集院は巻き込まれただけ
本当に『前の世界』の記憶を持ってきているのはエルリーゼだけ。
伊集院はただ、パソコンなどと同じように『閲覧不能』にされただけである。
厳密に言えば不動新人すら、エルリーゼに未来の情報が渡らないように世界の修正を受けて認識がおかしくなっているだけである。
・夜元玉亀は転生者である
彼女は実際にフィオーリで生きていた過去があり、エルリーゼの物語の結末をその目で見届けている。
転生前の姿も既に登場済み。
なので『永遠の散花』とは彼女にとっては過ぎ去った過去の話であり、実際に見たものを物語として書き記したものに過ぎない。
ちなみに嫌いなものは「ペットの亀を大きくなったからと言って捨てる無責任な飼い主」
一体何フェータなんだ……。