理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー) 作:壁首領大公(元・わからないマン)
アルフレアの担当はワイバーンであった。
ワイバーンはドラゴンには一歩劣るものの鉄のように硬い鱗を持ち、空を飛び、炎を吐く恐るべき魔物だ。
しかしそんな怪物を前にしてアルフレアは余裕の笑みを浮かべていた。
確かに強い魔物である事は確かだ。それは間違いない。
だがこの程度の戦いなど、封印される前に散々経験していたのだ。
いかに普段は抜けていようと、それでも彼女は初代聖女だ。
しかも聖女がまだ保護されていなかった時代に、曲がりなりにも魔女まで辿り着いて撃退してみせた存在である。
その後に不意打ちされて封印されたという間抜けな経歴があるが、それでも実力を言えば保証されているようなものだ。
今の聖女とアルフレアとの最大の違いは、大勢の騎士に守られていないという事だ。
エルリーゼは正直騎士に守られる必要がないので除外するにしても、保護されるようになってからは基本的に聖女は前線に出る事はない。
大勢の騎士を肉盾にして後ろから魔法を撃つのが主なスタイルだ。
だがアルフレアは違った。彼女の時代では彼女自身が多くの魔物と戦って勝利する必要があった。
故に彼女の戦闘スタイルは初代聖女でありながら、聖女らしさというイメージからはかけ離れている。
「さあて、覚悟はいいわねトカゲちゃん。このアルフレア様の剣の錆にしちゃるわ。
ワイバーンの肉って美味しいのよね……持ち帰ってエルリーゼに調理してもらおっと」
まるで三下のように獲物を前に舌なめずりしながら、アルフレアは魔法を起動させた。
彼女が得意とするのは聖女と魔女のみが扱える属性――即ち『闇』であった。
闇を操るという事は即ち、光の届かぬ空間をそこに創り出して操っているという事。
故に闇属性とは、空間属性と呼んでもいい、まさに世界の代行者だからこそ許される超絶魔法だ。
その空間操作によりアルフレアは、この戦闘の為に持って来たショートソードを鞘から抜いて宙に放り投げる。
すると投げられた剣はまるで見えない手に握られているかのように滞空し、更にアルフレアは腰から二本のショートソードを投げた。
それを三度繰り返し、最後に自らは背中に背負っていた亀の甲羅のような盾を前に出した。
これらの武器と盾は全てエルリーゼに用意してもらったものだが、封印される前はこの盾の役目をしていたのはプロフェータである。
「さあ、いくわよ!」
アルフレアが宣言すると同時に宙を舞う十本のショートソードが同時にワイバーンに飛び、見えない誰かがそこにいるかのようにワイバーンを斬り付けた。
アルフレア自身は盾の裏に隠れているが、まさに十刀流とでも言うべき全方位からの同時攻撃だ。
上下左右前後に加えて斜めまでショートソードで包囲され、それらが的確に隙を突くように攻撃を仕掛ける。
これがアルフレアが、一人で多くの魔物と渡り合う為に考えたスタイルであった。
彼女は単純なので、敵が多ければこちらも多くの武器を持てばいいと考えたが、しかしどんなに武器を多く持っていても自らが敵の前に行けばどうしても生存率が下がる事に気が付いた。
ならば自分は逃げ隠れしつつ戦えばいい。そんな矛盾を実現させたのがこの戦い方だ。
アルフレアが理想とした戦法。それは自らは一切傷付かず思い通りに動かせて、尚且つ一方的に敵をボコボコに出来る……そんな戦法だ。
発想は最低だが、割とこれが強いのだ。
持ち主のいない剣は人間の関節ではどうしても出来ないような動きも可能とするし、アルフレアは盾を持って逃げる事に徹しているので倒されにくい。
今もそうだ。剣だけ出してアルフレア自身はギリギリ魔法の射程外に出ないように距離を取りつつ時折ワイバーンから飛んでくる炎を盾とバリアで防いでいる。
負ける要素というものが全くない。
彼女がワイバーンを倒すのは、時間の問題でしかなかった。
エテルナは戸惑っていた。
最初に自分が魔物を相手に一対一で戦うという作戦を聞いた時は何の冗談だと思った。
聖女であるアルフレアはいいとして、自分など何故かそれに似たような力を持っているだけの人間で、とてもそんな大役は務まらない。
この作戦はまずアルフレアとエテルナが素早く魔物を片付けて、それから残り二体の相手をしているジョン達の所に駆け付けて、まずは魔女以外の取り巻きを始末するというものである。
だがそれならば明らかに人選ミスだろうと考えた。
自分には無理だと思ったし、エルリーゼは自分を殺したいのかと疑った。
しかし実際に戦いに入ると、その考えは一変してしまった。
――負ける気がしない。
「ブモオオォォ!」
ミノタウロスが唸り、斧を振り回すがその攻撃はエテルナに届いていなかった。
先日の一件以降、不思議な力を使えるようになったエテルナは、その力を少し強く出すだけで魔物の攻撃を全て遮断してしまえる。
それが闇属性魔法による空間の断層である事はエテルナには分からないが、ミノタウロスにこれを突破する手段はなかった。
これこそ聖女と魔女の無敵の秘密だ。空間そのものがズレているのだから、どんな力でも聖女や魔女を傷付ける事は出来ない。
これを貫くには同じく空間を操る以外に術がない。
無論魔物は、僅かとはいえその力を持っている。だから聖女を害する事が出来るし並の生物に比べて頑丈だ。
だが一般人でも魔物を傷つける事が出来る事から分かるように、魔物の闇属性の力は決して強くない。
聖女が全力で防御したならば、一体の魔物の力で貫く事など出来るわけがないのだ。
(嘘……勝てる……全然余裕で勝ててしまう)
ミノタウロスの攻撃はエテルナに効かず、エテルナの攻撃は魔物にこの上なく通じる。
先程も述べたように魔物にも僅かではあるが空間操作による防御がある。
これのせいで、騎士などの攻撃は実はその力の半分以下しか魔物に通っていない。
だがこれは同じく空間を操作出来るものならば貫く事が可能で、故に聖女の攻撃は魔物に対して100%通るのだ。
そして空間の防御さえ越えてしまえば、魔物の耐久力は元になった野生動物とそう変わらない。
「ルーチェ!」
エテルナが魔法の名前を宣言し、指先から光が迸る。
その一撃は容易くミノタウロスの胸を貫き、鮮血が溢れた。
「ふはははは! そら、踊れ踊れ!」
苦しい戦いを強いられているのは、魔女の足止めを担当しているベルネル、マリー、サプリの三人であった。
魔女が杖を薙ぐと、黒い弾丸が連続して発射される。
それを散って回避するが、命中してしまった地面が捻じれて砕けるのを見て背筋が凍った。
「レストリツィオーネ!」
サプリが魔法を唱え、それと同時に地面から鎖が飛び出して魔女の全身を縛った。
土魔法で地面の中にある石を材料とし、石の鎖へ変えて魔女に向けたのだ。
魔女にはダメージを与える事が出来ない。
だが動きを短時間止める程度ならば可能だ。
「小賢しいわ!」
だが魔女が叫ぶと内側から見えない何かが膨らんでいるかのように鎖が圧迫され、ものの数秒で粉々に弾け飛んでしまった。
己の周囲に常に展開している空間の層を広げて、無理矢理破壊したのだ。
「……凍って!」
マリーが魔力を強く込めて氷の魔法を放った。
一撃で地面ごと魔女の下半身が凍結し、身動きを封じる。
ダメージが目的なのではない。とにかく動きを止めて時間を稼ぐ事が目的だ。
だからこそ、彼女の氷魔法が有効と判断されてこちらのチームに選ばれている。
「温い!」
しかしこれも魔女が魔力を解放するだけで砕かれた。
そして杖を回し、次の魔法へ移る。
「そら!」
空間が揺らめき、ベルネルの立っている場所がひしゃげた。
首から下げていた鎖が千切れ、エルリーゼに与えられたペンダントが落ちる。
しかし、幸いなのはこの攻撃がベルネル達を殺さないように加減したものであるという事だ。
魔女がベルネル達をここに誘い出したのは、エルリーゼに対する人質と言う名の盾が欲しいからである。
故に殺してしまっては本末転倒。生かして捕獲する必要がある。
己の方が強いという精神的優越感と、殺してはならないという制約。
その二つがなければ魔女は、すぐにでもベルネル達を倒せるだろう。
だがその二つがある故に、かろうじて足止めが成り立っていた。
加えて、対抗手段がないわけではない。
「はあああああ!」
ベルネルが叫び、全身から黒いオーラが溢れた。
それは魔女と同じ『闇』の力だ。
魔女の放った魔法を相殺し、ベルネルの大剣が魔女を切断せんと薙ぎ払われる。
これを胴にまともに受けて魔女が吹き飛ぶも、切断には至っていない。
同じ闇の力でも、出力が違いすぎる。
ベルネルの攻撃は一割も魔女に届いていないのだ。
だが魔女は確かな
そして己の掌を見て……そこに付着していた自らの血を見て驚愕した。
無敵のはずの自分が傷を負っているという、無視出来ない事態……その理由に、魔女はすぐに思い至った。
「貴様……そうか! 我が力の一部を持つ者……貴様がそうか!」
魔女はかつて……まだアレクシアとしての善の心が残っていた時に、自分が完全に闇に落ちる前の抵抗として己の魂と力の一部を切り離して外に逃がした過去があった。
完全に魔女となってからはその行為はただ後悔するだけしかない愚かなものとしか認識出来なくなってしまったが、この世界のどこかに自分から分かれた一部がある事は知っていた。
三年前に一度は発見した。
分かたれたとはいえ自分の力だ。故に共鳴のようなものがあり、何となくその場所を把握する事が魔女には出来た。
しかしその場所にオクトを向かわせたものの、その時はエルリーゼに阻まれてしまい……何故かその後、全く力の波動が感じられなくなって、完全に見失ってしまった。
その逃がした魚が、こんな所にいようとは!
魔女は唇を大きく弧の形に歪め、昔なくしてしまった宝物を見付けたように喜んだ。
「おお、何という幸運……誘い込んだ者が、まさか私の力を持つ者だったとは……」
「これが、お前の力だと……?」
「いかにも。それこそ私が愚かだった頃に切り離してしまった、我が力の一部。
生まれる前の命に宿ってしまった事は知っていたが、まさかそれがこんな所にいようとは」
魔女の喜びと反比例するように、ベルネルの顔には怒りが宿っていく。
そうか、こいつのせいか。
自分が家族に捨てられたのも、化け物と罵られたのも……。
……いや、そんなのはどうでもいいのだ。
だがどうしても許せない事が一つだけあった。
『私に残された寿命は、もうそれほど長くありません。
もって後半年……来年の誕生日を迎える事はないでしょう』
こんな呪われた力があったから、あの日彼女は自分なんかを助けに来てしまった。
そして己の身も顧みずにその力を引き受け、その命を縮めた。
後たったの半年で、この世界はエルリーゼを失ってしまう。
あれだけの事が出来る者など、もうこの先現れないだろうに。
彼女ほど誰かを救った者など、いなかったのに。
なのにあと半年であの人は死んでしまう。
笑わなくなる……動かなくなる。
それも全部……全部……。
「そうか……全部――お前のせいかああああああッ!!」
ベルネルが吠え、全身から黒い波動が溢れ出した。
怒りに呼応するように力が溢れ、その形相は鬼のように歪んで魔女すら怯ませた。
足止めという目的も忘れ、大剣を力任せに何度も叩き付ける。
防御されるが関係ない。
いや、怒りで視界が真っ赤に染まり、防御されている事すら認識出来ていない。
何度も何度も、防御の上から狂ったように剣を叩き付けて火花が散る。
「ぐっ……な、なんだ!? 突然……!」
あまりの気迫に魔女が怯みながらも、魔法を放った。
だがベルネルは止まらない。
魔法で脇腹を焼かれているのに、まるで痛みなど感じていないように剣を力任せに叩き付ける。
ガン、ガン、と轟音が響き、魔女は自分を庇うように手で頭を覆った。
「お前さえ! お前さえいなければあああああ!」
ベルネルは涙を零しながら、剣を捨てて魔女に馬乗りになった。
そして拳を硬く握り、魔女の顔面に力の限り叩き込んだ。
二発、三発、四発……打撃音が響くも、魔女のダメージは見た目ほど大きくない。
最初はベルネルの気迫に圧倒されていた魔女もやがて冷静さを取り戻し、魔力を解放してベルネルを吹き飛ばした。
「図に乗るな! 小僧!」
魔女が杖を薙ぎ、炎の弾丸が五発連続で発射された。
それをマリーの氷魔法が相殺し、水蒸気が互いの視界を塞ぐ。
だが見えなくても数撃てば当たる。
サプリが岩の弾丸を水蒸気の向こうへ飛ばし、マリーも同じく氷の弾丸を連射した。
そしてベルネルが煙の向こうに突進し、剣を薙ぎ払う。
「舐めるなよ小僧共……私は魔女だぞ!」
魔女が苛立ったように言い、空間が歪んだ。
今度は込められた魔力量が違う。
魔女の強みはその無敵性もあるが、常人離れした魔力許容量も脅威だ。
魔法の威力=込めた魔力の量である以上、
故に魔女が多くの魔力を込めて攻撃すれば、それを防ぐ手段はないのだ。
一撃でベルネル、マリー、サプリが吹き飛ばされ、壁に打ち付けられてしまった。
「ふん……多少はやるようだが、所詮は……」
「おっと油断してる馬鹿発見!」
余裕を見せる魔女に、横から飛んできたアルフレアの蹴りがめり込んだ。
魔女の無敵性も、初代聖女であるアルフレアにとっては無いに等しい。
アルフレアの蹴りで魔女が吹き飛び、そしてアルフレアは味方の方を向いてVサインを決めた。
「イエーイ!」
そして敵から目を離したアルフレアの側頭部に魔女の魔法が炸裂して今度はアルフレアが吹き飛んだ。
おっと油断してる馬鹿発見。
地面に痛烈に打ち付けられたアルフレアは涙目になりながら起き上がる。
「何だ貴様……何故私の防御を貫けた……?」
魔女はアルフレアを警戒したように睨み、杖を構える。
あまりにも無造作に自分の防御を抜いてきた存在に、僅かながら恐怖すら滲んでいた。
今度はそこにエテルナの放った魔法が飛来する。
これを片手で弾こうとするが、嫌な予感がして咄嗟に回避行動を取った。
直後に魔女の腕を僅かに削りながら魔法が通過し、魔女の顔が戦慄に染まる。
「ば、馬鹿な……こいつも私の防御を……!?
一体何がどうなって……」
魔女の防御を貫ける者が立て続けに現れるなど、今までになかった。
狼狽する魔女の前に、全ての魔物と石像を破壊したエテルナ達が集結し、魔女はここで自分が孤立させられた事を悟った。
だが思考の暇は与えない。
アルフレアがエルリーゼから与えられた杖を振り上げて魔力を一気に解放し、出し惜しみなしの全力で魔法を発動する。
空間が歪んで捻じれ、取り込んだ物を何もかも圧壊させる超重力空間を創造した。
「なっ……馬鹿な、それは……!
何故だ! エルリーゼはここにいない! なのに何故、聖女がいる!?」
怯えたような声を出す魔女の前で、今度はエテルナが同じように魔法を発動させた。
こちらも空間が歪み、閉じ込められた空間の中にエテルナが得意とする光の魔法が凝縮されていく。
「こ、こっちも……!?
う、嘘だ……あり得ない……。
何で……何で! 何で聖女が二人いるんだ!?」
一つの時代に聖女は一人。それが大原則のはずだ。
なのにその例外が起こっている。
しかも、エルリーゼはまだここにいないから、三人も聖女がいる事になるではないか。
「さあ行くわよエテルナちゃん! 私に合わせて!」
「はい、アルフレア様!」
アルフレアとエテルナが更に魔力を高め、そして完成した魔法を同時に魔女へと投げつけた。
「超必殺! 究極無敵最強ボール!」
「え、ええと……何か凄いボール!」
アルフレアがネーミングセンスの欠片もない技名を宣言し、それに引っ張られるようにエテルナも微妙な技名を叫んだ。
だが名前はふざけていても威力は確かだ。
一体何が起こっているのかも把握出来ない魔女はただ、咄嗟にバリアを全力で張るしかなく……。
――鼓膜を破るのではないかと思われるほどの大爆音が、地下で響き渡った。