理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー)   作:壁首領大公(元・わからないマン)

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第八十二話 再臨

 気付けば俺は、アパートの一室で浮遊していた。

 どうやらまた、こっちに来てしまったらしい。

 だがこれが最後だろう。

 俺は向こうでやるべき事は全部やって、そして死んだ。

 後は、向こうの世界にあるはずのあの世に行って、ダラダラするだけだ。

 

「よう」

 

 椅子に腰かけた姿勢で、不動新人(おれ)が声をかけてきた。

 前に見た時よりも大分調子が悪そうで、かなり不機嫌に見える。

 多分こっちももう長くないだろう。

 しかしおかしなものだ。前世の俺がかろうじて生きてるのに、その来世のはずの俺が先に死ぬとはな。

 

『おう、久しぶり』

 

 俺は軽く手を挙げて、新人(おれ)に挨拶をした。

 すると新人(おれ)は顔を険しくする。

 

「おい、口調……」

『別にいいだろ。もう何も演じる必要なんかないんだからさ』

 

 俺はもう、死んだ。

 やる事は全部やって、全員生存のハッピーエンドにしたんだ。

 だったら、もう無理に聖女を演じる必要などない。

 そんな事は言わずとも分かるだろうに、何故そこで更に顔をしかめるのか。

 

「まるでやり遂げたって感じだな。何も知らずにいい気なもんだ……。

自分を客観的に見るとこうまでアホだったとは泣けてくる」

『何だよ。今日はやけに突っかかって来るじゃねーか』

 

 何か知らんが、やけに新人(おれ)の態度が刺々しい。俺のくせに。

 新人(おれ)は無言でパソコンを開き、『永遠の散花』を起動した。

 

「俺達は間違えていた」

『は?』

「説明するよりも見た方が早い」

 

 そう言って新人(おれ)は、指で画面を示す。

 そこにあったのは――俺の予想とは全然違うものだった。

 

 俺の抜け殻を抱いて、子供のように泣きじゃくるレイラがいた。

 普段の凛々しさがまるでなくて、涙と鼻水でグシャグシャになった顔は……控えめに言って、衝撃以外の何物でもなかった。

 レイラは優しいから少しくらいは泣いてくれるだろうと思っていたが、そんなレベルではない。

 きっとすぐに立ち直るなんて考えは、完全に吹き飛ばされてしまった。

 この悲痛な顔と泣き声の先に、彼女が立ち直る未来というものを思い描く事が出来ない。

 

 他の皆も同じで、特にベルネルは完全に絶望し切っている。

 ゲームが進行してもベルネルは自室から出ずに、食事すら取らない。

 それどころか何度も自殺しようとして、エテルナに止められている。

 

 民衆は――俺が偽物だという事はもう分かっているはずなのに、国中がずっと葬式ムードで、画面に映る中に笑顔の人間など一人もいない。

 誰もが今にも死にそうな顔ばかりで、まるで常に夜に包まれているかのようだ。

 そうして嘆き悲しむ人々ばかりが映され、そしてスタッフロールの後に画面がブラックアウト――エンディングを迎えた。

 ……何だこれは?

 

「これが、お前の作り出した『ハッピーエンド』だ」

 

 新人(おれ)の責めるような声が俺に突き刺さる。

 こんなものが俺の望んだ結末……?

 違う、そんなはずはない。

 こんなはずじゃなかった。

 こんなものは、俺の考えていたものと違う。

 俺はこんな光景を望んだわけじゃない。

 

「結局俺達は、どこまでも自分の事しか考えてなかったって事だ。

周りの感情を全く理解出来ていなかった。理解する努力もしなかった。

昔から何をしても現実味がなくて、どこかゲームでもやっているような気分で……そんで、実際にゲームみてえな世界に行ってもそのままだった。

そんで最後はこれだ。

馬鹿は死ななきゃ治らないとは言うけど、どうやら俺は死んでも治らないらしいな」

 

 新人(おれ)が自虐するように言う。

 それは俺への非難であり、自分への非難でもある。

 黒い画面が空しく続くのを見ながら、俺は耐え切れなくなって叫んだ。

 

『そんな事言われたって……もうどうしようもねえだろ!

終わっちまったんだ!

もう全部終わりなんだよ!』

 

 ああ、くそ! 何でこうなった!?

 こんなバッドエンドを見たかったわけじゃないんだよ。

 あいつ等が笑って終わるハッピーエンドにしたかったんだ。

 何が駄目だった? 俺はどこで間違えた?

 完璧だったはずだろ。

 魔物を狩り尽くして、食糧問題やら何やらも可能な限りどうにかして。

 誰も死なせなかったし、魔女だって倒した。そんで最後にクソみてえな偽聖女……つまりは俺も退場した。

 ハッピーエンドになる要素しかないはずだろ。

 そりゃ、多少悲しまれるかなくらいには思っていたさ。

 けど所詮俺は偽物で、腐ったクソ野郎だ。そんなのが死んで、どうして皆がこんなに泣かなきゃいけない。

 聖女を騙った偽物が死んだ、万歳嬉しいな、でいいじゃないか。

 何が駄目なんだよ? 何が不満なんだ?

 

「俺達は昔から、イマイチ他人の心ってやつが分からなかった。

理解は出来ても共感ってやつができなくて、だから孤立して、こんな人間になっちまった」

 

 新人(おれ)がしみじみと、呆れるように言う。

 だったら何だ? 所詮他人の心なんか分からない俺達にハッピーエンドなんてものは作れないとでも言いたいのか。

 

「けどよ……不思議なもんで、死を前にした今になって俺はようやく、現実感ってやつを少しだけ感じてるんだ。

今まで生きてきた人生の全てが嘘偽りだとかゲームとかじゃなくて、紛れもない現実だったんだって……そう思えるようになってきた。

お前はどうなんだ?」

『俺は……』

 

 俺は……どうなんだろうか。

 少なくとも俺のどうしようもないゲーム脳は、今この時になってもどこか他人事のように物事を捉えてしまっていると思う。

 だが……変なものだ。今、胸の中にあるこのざわめくような感覚は、ただゲームの気に入らないバッドエンドを見た時とは少し違う気がする。

 どうしようもなく締め付けられるような……焦燥するような。

 あのレイラの泣き顔を思い出すと、どうしようもなく暴れたくなるような、何かに当たり散らしたくなるような……この感情は、少し覚えがない。

 

「少なくともあいつ等の事は、ただのゲームのキャラクターとは思っていないんじゃないか?」

『……だが、俺はもう……』

 

 初めて自覚したこの感情はきっと、あいつ等を大事に思う気持ち的な何かなのだろう。

 しかし、もう手遅れだ。

 もう俺に出来る事なんて何もない。俺はもう向こうでは死人なのだから。

 だがバッドエンドはどうやらまだ続くらしく、暗転したまま放置していたゲーム画面が突然明かりを取り戻した。

 そして画面に映ったのは、見た事もない化け物だった。

 ……は? なんだこいつ?

 複数の女が混ざり合って、一つの巨人を作り出している。

 そしてそいつが、街を破壊し始め……ベルネル達が迎え打つもまるで相手にならずに追い詰められている。

 

「……どうやら、行き場をなくした魔女の力……らしいな。

エンディングを迎えてからしばらく放置するとこのイベントが始まるらしい」

 

 ゲームのメッセージを読みながら新人(おれ)が、この化け物が何なのかを語った。

 メッセージを見るに、この巨人は歴代魔女の怨念の集合体らしい。

 そういえば、ベルネルが魔女を倒したエンディングでは最後に謎の笑い声が響いていたが、それもこいつの笑い声だったのだろう。

 つまり……全然終わってなどいなかったのだ。

 俺は聖女以外が魔女を倒せばその力は行き場を失って連鎖が止まると思っていたが、そうではなかった。

 行き場を失ったが最後、その力は実体化して暴走する。それが真実だった。

 画面の中ではアルフレアとエテルナを中心に戦っているも、相手は歴代の魔女全員のようなものだ。

 たった二人の聖女でどうにかなる相手ではない。

 

『エルリーゼ様! 助けて、エルリーゼ様!』

『エルリーゼ様!』

『エルリーゼ様!』

 

 画面の向こうの民衆が俺に助けを求めている。

 やめろよ……無理なんだって。

 俺はもう終わっているんだから、どうしようもないんだよ。

 どうしようも…………。

 

 ――なくても、むかつくな、これは。

 何だこの気持ち悪い化け物。

 お前何、レイラやエテルナ苛めてくれちゃってんの?

 俺がいないのをいい事にやりたい放題か? お?

 

「ほら……呼ばれてんぞ、エルリーゼ様?」

『……そのようですね』

 

 脱ぎ捨てていた猫を今一度被り、口調を元に戻す。

 どうやら、演技を捨てるのはまだ早いようだ。

 あの巨人が何者かなんて知った事か。

 俺が向こうで死んでいるというのも、もうどうでもいい。

 ただ許せないし、認めない。

 お前、俺がその世界をそこまで立て直すのにどんだけ手ェ焼いたと思ってんだ。

 ゲラゲラゲラゲラ笑いやがって。今すぐそっち行ってぶっ飛ばすぞこの野郎。

 

「おいエルリーゼ……俺の命を持っていけ」

『え?』

「残り僅かな俺の命でも、あの化け物をブチのめすだけの時間はあるだろ、多分。

どのみち俺は明日にでも死んでもおかしくねえ身だ。構う事はない」

 

 新人(おれ)が不敵に笑い、自分の胸に手を当てた。

 俺もそれに合わせて笑う。

 悪いが遠慮などしてやらない。何せ自分だ。

 それに残りの命が僅かというのもマジっぽいし、俺が何もしなくてもどのみち死んですぐに俺と統合されるだろう。

 ならばそれがほんの数時間早いか遅いかの差しかない。

 

『遠慮なんかしませんよ?』

「当たり前だ。実はな……もう、ここに人を呼んでるんだ。

俺が死んでも死体がすぐに発見されるようにな。

流石に異臭で近所に迷惑かけるわけにもいかねえしよ」

 

 どうやら新人(おれ)は、今日が自分の命日だと最初から分かっていたらしい。

 多分第六感的な何かが働いたのだろう。

 準備は万端ってわけだ。

 そういうわけならますます遠慮はいらない。

 新人(おれ)の差し出してきた手を掴み、そして光が溢れた。

 すると新人(おれ)は糸が切れたように崩れ、同時に新人(おれ)の記憶が流れ込んでくる。

 今まで欠けていた何かが満たされるような感覚があって、もう死んでいるというのに絶好調という言葉が相応しいほどに気分が高まる。

 

『エルリーゼ様!』

『エルリーゼ様!』

『エルリーゼ様!』

『エルリーゼ様!』

 

 画面の向こうでは鬱陶しいほどのエルリーゼコールが響いている。

 分かった分かった、今からそっちに行くって。

 不動新人の残りの寿命はほんの数時間くらいだろうが、そんだけあれば十分だ。

 あんな化け物を始末するのにそんなにいらん。多分。

 

 意識を集中すると景色が切り替わり、そして俺は何か結晶のような物に閉じ込められていた。

 これは……ああ、アルフレアの封印魔法か。

 腐敗防止だろうか。どうやら俺の死体は焼却も土葬もされずに保存されていたらしい。

 有難い。もし死体が残っていなかったら流石にアウトだった。

 外を見ると、水晶に殺到するように人々が押しかけて祈りを捧げている。

 そして俺に背を向けて剣を構えているのは……ベルネルか。

 その先には巨人がいて、腕を振り上げているので多分結晶ごと俺を叩き割ろうとしていたのだろう。

 何が脅威かくらいは分かっているって事か。

 だが残念、もう遅い。

 

 俺は一気に魔力を解放して内側から強引に封印を破壊し、ベルネルに振り下ろされた腕の前に出て吹き飛ばしてやった。

 

 

『キャハハハハハハ! アハハハハハハハ!』

 

 ベルネルと『魔女』の戦いは続いていた。

 『魔女』が高笑いをあげながら、複数の首がベルネルを四方八方から攻める。

 それをベルネルが必死に大剣で弾き続けるも、どうしても防ぎきれない攻撃が腕や足、腹や胸に傷を刻んでいく。

 この戦いは結果の見えた消化試合だ。防ぐ事は出来ても、ダメージを通す手段がないのだからベルネルに勝ち目はない。万に一つもない。

 ただ、早く死ぬか遅く死ぬかの違いしかないのだ。

 そんな絶望的な戦いが始まってどれだけの時間が経過しただろうか。

 ベルネル自身にとっては何時間にも感じられる戦いだが、実際は恐らく一分程度しか経っていないのだろう。

 既にベルネルは自らの血で真紅に染まっていて、剣を握る手にも力が入らなくなってきている。

 

『調子に……乗るなよ! 知性もない残留思念風情が!』

 

 アレクシアが怒りの叫び声をあげ、この短時間で少しだけ回復したベルネルの魔力を使い、決死の反撃を試みる。

 だが僅か一分程度の魔力循環で回復した魔力などたかが知れたもので、『魔女』の動きをほんの数秒止める事すら出来ない。

 『魔女』の腹部にあるイヴの顔が口を開き、魔力の奔流を解き放った。

 

「ぐっ……うう……ぐあああああああっ!」

 

 咄嗟に大剣を盾にして防ぐも、ほんの数秒耐えただけで呆気なく吹き飛ばされてしまう。

 背後にあったエルリーゼを閉じ込めた水晶に背中から衝突し、力なくベルネルが膝を突いた。

 それでも倒れる事をよしとせずに剣を地面に突き立て、震えながらも必死に立ち上がる。

 

「ま、だだ……まだ……」

 

 何とか立ち上がったものの、誰がどう見てもベルネルは限界だ。

 既に立っているだけで奇跡と言っていい。

 そんな無力な青年の前に、足音を響かせて『魔女』が近付いた。

 

『ウフフフフ……』

『無駄……全部無駄……』

『どんなに頑張っても』

『報われない』

 

 ベルネルの無駄な抵抗を嘲笑うように歴代魔女の顔が一斉に笑う。

 これは、歴代で魔女になってしまった全員の絶望が具現化したものだ。

 希望の為に戦い、その果てに真実を知って絶望して魔女になり死んでいった全員の残留思念だ。

 故に『魔女』は希望を信じない。

 全てを諦めている。

 そしてその諦めが、ベルネルの命を潰さんと迫り――。

 

 ベルネルの背後から何かが砕ける音が響くと同時に白い輝きが迸り、『魔女』の腕を吹き飛ばした。

 

「……え?」

 

 何が起こったのか理解が追いつかずに、ベルネルが目を見開く。

 その前にあるのは、光を纏った誰かの背中だ。

 風になびく黄金の髪に、白いドレス。

 まるで時間が止まったかのように人々が無言になり、静寂が場を支配した。

 何が起こったのかを理解するのに数秒を要し、理解しても尚現実を上手く認識出来ない。

 これは夢か?

 都合のいい幻でも見ているのか?

 今すぐにでも声をかけたい。確かめたい。

 だが、それを躊躇ってしまうのはこの光景があまりに現実離れしすぎていて、都合がよすぎるからだ。

 だから疑ってしまう……これが夢幻の類である事を。

 声をかけた瞬間にふっと消えてしまうのではないか。そう思うと怖くて声が出ない。

 だって、彼女は確かに死んだはずだ。

 自分の目の前で。自分のせいで。

 息が止まっている事を確認した。脈も止まっていた。

 確かに彼女の命は間違いなく尽きていた。

 それが、死んだ状態から自力で蘇生したなどというならばまさにあり得ない奇跡だ。

 奇跡を前に何も言えないベルネルに彼女は背を向けたまま言う。

 

「聞こえましたよ、皆の祈る声が……そしてベルネル君、貴方の声も」

 

 彼女――エルリーゼが振り向き、そして微笑を浮かべる。

 それは間違いなく、あの日に失われてしまったはずのこの世界の光の象徴であった。

 

「皆……よく頑張ってくれました。

後は全部、私に任せて下さい」

 

 エルリーゼがそう言うと同時に、歓声が上がった。

 人々の声が天をつんざき、『魔女』を怯ませる。

 彼女は負の感情の集合体だ。それ故に強い希望の感情を最も嫌う。

 その『魔女』の目の前でエルリーゼが天に腕を向けると一瞬で暗雲が吹き飛び、太陽の光が差し込んだ。

 雲の切れ目から差し込む光のカーテンが地上を照らし、傷付き倒れた戦士達を癒していく。

 

「あ……あああ……っ」

 

 レイラが滂沱の涙を流しながら、主の姿を見る。

 間違いない、生きている。

 あの日からずっと、眠り続けていた彼女が動いて話している。

 エルリーゼはレイラの前に行き、しゃがみ込んでレイラの涙をドレスの袖で拭う。

 

「本当に……本当に貴女なのですか……エルリーゼ様」

「ええ。どうやらまだ、こっちでやるべき事が残っていたようですので……もうひと頑張りする為に帰ってきました」

 

 エルリーゼはレイラに微笑み、そして人々を見る。

 兵士達の身体のあちこちに血が付着している。騎士達の鎧や剣が砕けている。

 先程の魔法で傷は癒したが、それでも皆がどれだけ傷付きながら戦っていたのかはハッキリと分かった。

 全く誰もかれも、馬鹿だと思うしかない。

 こんな偽物などの為にそこまで頑張らなくていいのに。

 そんな価値など、自分にはないというのに。

 自分は皆が思うような聖女ではなく、この世界を……いや、前世の頃からずっと何もかもを非現実のゲームのように考えて、全部他人事で……この世界でやっていた事だって、ただの聖女ごっこでしかなかった。

 自分の考える理想を演じて、それで自分だけが気持ちよくなっていた自慰行為に過ぎない。

 ハッキリ言って、ただのクソ野郎だ。

 

 だがそれでも、皆は『聖女エルリーゼ』を信じてしまっているらしい。

 もう聖女ではなかった事など周知されているだろうに。

 それでも人々は間抜けにも信じている。

 だったら……だったらいいだろう。

 この演技を最後までやり通して見せようではないか。

 ベルネルは、演技でも最後までやれば本物だと言った。

 ならばよし。なってやろうではないか……嘘と虚構とハリボテの本物とやらに。

 もう偽聖女である事はバレて、ハリボテは穴だらけだが……それでも、皆が信じる『エルリーゼ』をやり通そう。

 

『エルリーゼ……』

『偽物め……』

『何故私達が苦しんでいるのに、紛い物が崇められる……』

『許せない』

 

 歴代魔女の顔が口々にエルリーゼへの怒りと嫉妬を口にする。

 だがそれを聞くエルリーゼの顔は涼しいものだ。

 

「確かに私は偽物です。聖女を騙っていただけの紛い物と言われれば否定する要素は一切ない。

しかし、そんな事はもう関係ないのです」

 

 エルリーゼの全身から黄金の魔力が溢れた。

 その勢いは今までのエルリーゼのものではない。

 転生し損なっていた自身の魂を完全に取り戻して一体化した今、彼女はようやく完全な一人の人間となったのだ。

 つまり今までエルリーゼはずっと、不完全な状態のまま生きていたのである。

 それが完全となった今、その魔力も昨日までの彼女の比ではない。

 そして……魂が一つになったからだろうか。

 少しではあるが、今までよりもこの世界の事が身近に思えた。

 不動新人に言われた……いや、不動新人だった頃にエルリーゼに言った?

 ……融合して間もないせいで少し混乱しそうになるが、ともかく死の間際でようやく気付けた事がある。

 それは、今まで生きてきた世界が紛れもない現実であったという当たり前すぎる事だ。

 ずっとゲームのように……まるで画面を挟んだ向こう側を見るようにしていた世界が確かな現実で、自分が今ここにいるという誰もが当たり前に認識している事を、エルリーゼは一度死んでようやく僅かながら理解し実感していた。

 

 同時に感じるのは怒りだった。

 それは今までのような『お気に入りのキャラクターを苛められてムカつく』というフィルター越しのものではない。

 『自分の身近な人間が傷つけられた怒り』で、種類の違う怒りの感情には正直エルリーゼ自身が戸惑いを感じている。

 だがどうやら自分は怒っているらしい……とエルリーゼは前世を含めて初めて認識した。

 

「許せないと言いましたね。

ええ、その気持ちも今の私ならば少しだけ理解出来ます。

きっとこれが、今までの私にはなかった本当の怒りという感情なのでしょう」

 

 エルリーゼから感じられる気迫に、『魔女』が怯んだようにたじろぐ。

 だが『魔女』以上に驚いているのはレイラであった。

 思えば仕えてからずっと、エルリーゼの色々な表情を見ていた。

 真剣な顔、哀しむ顔、微笑む顔……だが、思い返してみれば彼女が怒った姿というのは一度も見た事がない。

 エルリーゼは近衛騎士すら初めて見る、怒りの表情で、生まれて初めて殺意を言葉に乗せた。

 

「――“許さない”は(こっちの台詞だ)私の台詞です(この馬鹿野郎)

 

 空から巨大な光の剣が落下し、『魔女』の胸を深々と抉った。

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