理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー)   作:壁首領大公(元・わからないマン)

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第八十五話 悲劇が終わる時

 光が溢れた。

 これまでどんな攻撃を当てても、どれだけの力をぶつけても笑っていた『魔女』が明らかに苦しみ、叫び声をあげている。

 攻撃する瞬間以外は実体化しないはずなのに、それすら無視して人の心の光は『魔女』に命中し、そして弱らせていた。

 その理由をエルリーゼは、一度は『魔女』を受け入れる器となった事で何となく分かっていた。

 聖女ではないエルリーゼは『魔女』を受け入れる器ではなかったのですぐに死んでしまったが、それでもあの時に魔女の心や記憶が限定的に流れ込んできていたのだ。

 『魔女』の正体は歴代魔女の蓄積してきた負の感情の集合体だ。

 初代魔女イヴから始まり、魔女の特性として魔力を多く取り込んでしまう体質のせいで処理しきれない量の、空気中の魔力に溶け込んだ世界中の人々の心の闇を取り込んで、そしてイヴ自身も歪んでしまった。

 やがてイヴが死んでもその歪んだ心だけが魔力と融合した状態で残り、次の器を求めて聖女へと乗り移った。

 それを千年も繰り返してあそこまで肥大化してしまったものこそが『魔女』だ。

 いわば負の感情そのもの。故にどんな力をもってしても相殺出来ない。

 誰かを憎む気持ちを持つ者がいて、その者を殴った所で肉体は殺せても憎む心はそのまま残るだろう。

 誰かを妬んでいる者がいて、その者をより優れた力で捻じ伏せても妬みは増す一方だ。

 そして『魔女』の根源にあるのは人類への幻滅、そして失望だ。

 こんな奴等を守る価値などあるのかという心こそが『魔女』の核を成している。

 それをいくら力で捻じ伏せても失望は増す一方で、人々が『魔女』を恐れて嫌い、憎めばその感情は魔力に溶け込み、『魔女』の力となって益々手が付けられなくなる。

 

 ならば何が魔女に効くのか。

 それは至極単純な話で、プラスの感情こそが『魔女』の天敵である。

 例えば誰かのせいで痛い目を見たならば、痛い目を見た者は当然相手を嫌うだろうし憎むだろう。

 しかしその誰かに命を救われれば、都合よく掌を回転させて憎しみや嫌悪感は薄れる。

 子供の頃は大嫌いだったワサビや辛子が大人になれば大好物になる事もあるだろう。

 誰かへの嫌悪が好意に変わる事もあれば、好意を抱いていたはずの相手への感情が嫌悪に変わる事もある。

 一つの感情というのは相反する感情によって薄れるものだ。

 そして『魔女』が人の心の醜さに失望したというならば、見せ付けてやればいい。

 人はそう捨てたものではないという事を。

 目を向けていなかっただけで、確かに光はあるのだという事を。

 ……というか、エルリーゼにとって人の心の光は眩しすぎて落ち着かないのでさっさと押し付けてしまっただけというのが真相なのだが。

 

「苦しんでいる……あれだけ何をしても平気だった『魔女』が……」

 

 『魔女』の苦しむ姿に、ベルネルが理解出来ないといった表情を浮かべた。

 あれだけ無敵だった『魔女』に何故今の攻撃だけが通ったのかがベルネルには分からないのだろう。

 そもそも、人々の正の感情だけを捨てて投げつけるなどという離れ業など想像すらしないに違いあるまい。

 

「魔女を魔女たらしめてきたものは、他でもない人の心です。

誰かの悪い心が魔女に蓄積され、そして彼女達は歪んでしまった。

そして彼女達によって世界は壊され、闇に染まり……人々の心はますます暗く染まり、それがまた魔女を染め上げる。

その負のサイクルこそが千年間続いてきた魔女の脅威の真実です」

 

 素直に『魔力を循環させたら正の感情が強すぎて浄化されそうだったので捨てたら効きました』では恰好が付かないので、エルリーゼはわざと勿体ぶって遠回しな言い方をした。

 やっている事は何も変わらないのだが、言い方を変えれば印象も変わるだろう。

 

「人の心が闇に染まるほど世界も闇に染まる……そういう仕組みだったのです。

しかし人の心で世界を闇に染める事が出来るならば、光で満たす事も不可能ではないはず。

一人一人の……今を生きる人々の希望の光こそが明日を照らすのです。

私はただ、その光を『魔女』にぶつけたに過ぎません」

 

 適当にそれっぽい事を言い、自分のやった事がマシに見えるように誘導した。

 どんな言い方をしようと結局は自分に向けられた人々の正の感情を投げ捨てた事は変わらないのだが、こう言えば何だかマトモに見える。

 更にエルリーゼは、宙に浮いて人々の視線を集める。

 ついでに軽く光って注目を集めるのも忘れない。

 

「聖女という名の生贄に全てを押し付けていては何も変わらない。

真に世界を変えようとするならば、今を生きる一人一人……全員が戦う必要がある。

だから――人々よ、今こそ立ち上がる時です!」

 

 要約すると『俺だけに戦わせないでお前等も戦えや』である。

 正の感情を集めて叩き付ければ通じる事が分かったので、後はそれを繰り返すだけだ。

 ならば出力を上げる為に、少しだけ人々に前向きになってもらった方が都合がいい。

 すると民衆はエルリーゼの適当な言葉を真に受けたようで、何か希望でキラキラした目をして立ち上がった。

 

「そうだ! 誰か一人に守ってもらうんじゃない。

俺達自身の手で、大切なものを守るんだ!」

 

 誰かがそう言い、そしてその胸から光が溢れてエルリーゼへと飛んだ。

 

「俺達皆の力で、明日にいくんだ!」

 

 誰かがそう叫び、心の光が溢れる。

 一人や二人ではない。

 誰もが立ち上がり、そして一斉に光が溢れてエルリーゼへと向かった。

 勇気、友情、正義感、優しさ、思いやり……そして愛。

 正しき心が次々と魔力に乗って運ばれ、エルリーゼの力を急激に高めていく。

 

(ぎゃあああああ! 多すぎィ!?)

 

 先程の比ではない心の光の奔流に、心がアンデッドなエルリーゼは一瞬で瀕死になった。

 高度が下がって倒れかけるが、その身体を咄嗟にベルネルが支える。

 有難く思う反面、やはりベルネルの中の愛の感情が流れ込んでくるので割と洒落にならない追い打ちになっていた。

 それでもエルリーゼはやせ我慢して笑みを浮かべ、ベルネルと頷き合う。

 

「これで……」

「終わりだああああああ!」

 

 エルリーゼとベルネルが叫び、光を発射した。

 それは上空で苦しんでいる『魔女』に炸裂し、絶叫が木霊する。

 雲が完全に吹き飛び、人々は空から差し込める光に歓声をあげた。

 その中から何かが墜落し、エルリーゼの前に落ちる。

 

「嘘……お母様……?」

 

 落ちてきたそれを見てアルフレアが声を震わせた。

 地面に這いつくばるそれは、まるで墨で全身を濡らしたかのような一人の女だった。

 今の一撃で溜め込んだ負の感情が相殺されて消えてしまったのだろう。

 見るからに弱弱しいそれは這いずるようにしてエルリーゼに近付き、泣き声のような音を出す。

 そんな哀れな初代魔女の残骸の頭を、そっとエルリーゼが撫でた。

 まだ身体の中に残っていた正の感情を直接流し込んでのオーバーキルである。

 

「いいんです……もう、貴女は苦しまなくてもいい。

だから……もう、お休み」

「……オ、オオ……」

 

 エルリーゼに止めを刺され、『魔女』は完全に消滅した。

 その光景を見届けて人々が沸き、エルリーゼを称える声が響く。

 遂に……遂に今度こそ終わったのだ。

 千年間続いてきた連鎖が本当の意味で終わりを告げた。

 もう魔女が生まれる事はない。

 聖女という生贄も必要ない。

 明日からは人々が自分自身で切り開く未来が待っているのだ。

 完全にこの世界の災厄を断ったエルリーゼは立ち上がり、頬を撫でる風の感触を感じながらレイラを見た。

 さて……自分が後数時間ほどで死ぬという事をどうやってレイラに伝えたものだろうか。

 以前までならば『どうせ立ち直るだろう』としか考えていなかったが、流石にそう思う事はもう出来ない。

 何より、今の戦いでレイラから痛い程の愛情が伝わって来た。

 だからこそ不味いと思う。

 ここで自分が死んだら世界が平和でも、レイラの心が壊れてしまいかねない。

 

 だが言葉を選ぶ余裕すら今のエルリーゼにはなかった。

 気を抜いた瞬間に、反動のように心臓が苦しくなって地面に膝をつく。

 エルリーゼに残された寿命は、まだ数時間は残っている。

 だがそれは、この戦いで無理をしたせいで急激に縮まってしまっていた。

 彼女に残された時間はもう、後十分もない。

 地面に倒れ込んだエルリーゼをレイラが抱き抱えるが、その顔は恐怖と悲しみに満ちている。

 

「誰か……誰かエルリーゼ様を助けてくれ! 早く、回復魔法を!」

 

 レイラの叫びに、慌てて数人の騎士が駆け寄って来て回復魔法をかける。

 だが意味はない。エルリーゼは別に怪我をしているわけではないのだ。

 第一回復魔法でどうにかなるならば、自力で治している。

 エルリーゼは薄れそうになる意識を必死に維持し、目を閉じないようにする。

 二回もレイラの腕の中で死ぬような事をしてしまえば、今度こそレイラは自殺しかねない。

 ずっと、自分の死ですら無頓着だった。

 死んだならば、それはまあ別にそれでいいかとしか思っていなかった。

 だが今、初めて死にたくないと思う。

 自分の為ではなく、自分の死で悲しむ者を出さないように……その為だけにまだ生きていたい。

 だが心臓は馬鹿のような速度で鼓動を刻み、もうじき自分が死ぬのだと嫌でも分かってしまう。

 

(……まずい。声が……出ない)

 

 せめてレイラに何か言おうと思うが、今回は声すら出せない。

 今のままでは自分が死んだ直後にでもレイラが後追い自殺であの世まで付いてきかねない。

 だというのに言葉を話そうとしても咳き込むばかりで、レイラを元気付けてやる事すら出来そうになかった。

 やがてレイラは今までの表情から一変して諦めたような微笑になり、エルリーゼを抱きしめる。

 

「エルリーゼ様……貴女だけを逝かせはしません。

私も、すぐにお供します……ですから、どうかご安心を……」

(おいスットコォ!? 待ってくださいレイラ! ステイステイ! それは全然安心出来ませんって!

というか何で私は心の中でまで敬語で話してるんですかねェ!?)

 

 レイラが全然安心出来ない後追い自殺宣言をし、エルリーゼは慌てた。

 しかも先程の猛毒(心の光)はやはりエルリーゼの心に後遺症を残していたようで、微妙に内面が変化している自分に気が付いた。

 完全な光堕ちはしていないが、プチ光堕ちしてしまっている。

 意地でも死ぬわけにはいかないが、現実問題としてもうすぐ死んでしまう。

 どうすればいいのかも分からずに必死に眠気と戦っていると、視界の端にプロフェータの姿が見えた。

 

「エルリーゼ。お前さんは大したもんだよ。

この世界の運命を変えちまいそうな予感と期待はあったが、本当に何とかしちまうとはねえ」

 

 それはどうも。

 心の中で雑に返事をしながらエルリーゼはどうすればレイラの後追い自殺を阻止出来るかを必死に考えていた。

 そんなエルリーゼの内心を知ってか知らずか、プロフェータは言葉を続ける。

 

「もう魔女は生まれない……聖女も必要ない。

ならば聖女の誕生を預言する者も、もう必要ないだろう」

 

 そうですね。

 そう思いながらも、エルリーゼはだんだんと強くなっていく眠気に抗えずにゆっくりと瞼を落としていく。

 もう目を開けている事すら出来ない。

 レイラの涙が頬に当たっている事に気付いているが、その涙を拭いてやる力もない。

 

「おっと、長々話している暇はないようだ。

そんじゃ先にやる事だけやっておこうか。

預言者プロフェータの名において……汝、エルリーゼを次の預言者として指名する!」

 

 プロフェータがそう宣言すると、エルリーゼの中に何かが流れ込んできた。

 それと同時に眠気が晴れ、何事もなかったかのように起き上がる。

 一体何事かとエルリーゼ自身も目を丸くして自らの両手を見詰め、握っては開いてを繰り返す。

 だが次の瞬間、感極まって抱き着いてきたレイラに押し倒されるように地面に倒れ込んでしまった。




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かざい様より頂いた支援絵です。
アニメ風!

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