理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー) 作:壁首領大公(元・わからないマン)
魔女との戦いが終わった後は、色々な事がありました。
……あ、いや、あった。
どうもいかんな。まだ気を抜くと心の中でまで何故か敬語口調になってしまう。
あの時に取り込んだ人々の正の感情は投げ捨てたはずなんだが、どうも少し精神汚染……いや、浄化? が進んでしまったらしい。
とはいえ、元々がクソオブザイヤーの俺だ。多少浄化されたところで聖人になるわけもなく、精々救いようのないクソが少しだけ普通に近付いたって程度の変化だろう。
あれから、国を挙げてのプロフェータの葬儀が行われた。
亀のおかげで俺はのうのうと生き残り、その身代わりとなって亀が逝ってしまったが、その死に顔は何ともまあ羨ましくなるほどに安らかで満足気なものだった。
付き合いの長いアルフレア辺りは悲しむかと思ったんだが、別にそんな事はなかった。
本人曰く、悲しさがないわけではないが十分に生きた上であんなに満足して最高の死に場所を見付ける事が出来たんだから、むしろ亀は腹が立つほどに幸せだった……らしい。
葬儀には守り人達もどこから情報を仕入れたのかは知らないが一斉に駆け付け、あわや魔物扱いで退治されそうになっていた。
……仕方ないので助けたらますます懐かれた。
猿に懐かれてもなあ……。
それと、魔女を本当の意味で倒したという事で盛大にパレードが開かれ、毎日がお祭り騒ぎとなった。
俺が聖女ではない事はとっくに周知されているはずなのだが、何故か俺は『大聖女』という事になっていた。
誰だそんな呼び名付けたの。偽物だっつってんだろ。
というか本物の聖女が二人もいるんだから、そっちに聖女の座を渡してやれ。
俺はもう要らん。
ああ、それと亀に後継者指名されたおかげで、亀の能力を得てしまった。
意識を研ぎ澄ませると、自分がそこにいなくても遥か遠くの映像や声も拾う事が出来る。
流石に全てを知覚する事は脳の処理速度の問題で不可能だが、視ようと思えばどこでも視れるし聴こうと思えば何でも聴こえる。
だから、エテルナの入浴とかも覗こうと思えば覗ける。
いや、やってないけどね。やってないよ? 俺は紳士だからな。そんな事はしない。
……ふう。
というわけで今度こそハッピーエンドだ。
亀が死んでしまったのにハッピーエンドと言っていいかは分からないが……まあ、ハッピーエンドと言ってしまおう。
これでバッドエンドなどと言っては、命をくれた亀に悪い気がする。
あいつのおかげでハッピーエンドになったのだと、そう思った方があいつの命に報いられると思うんだ。
ならば後は、聖女の座を退いて夜逃げするだけだ。
俺みたいな偽物がいつまでも上でふんぞり返ってでかい顔をしているのはよろしくない。
しかしいくらアイズのおっさんに俺は偽物なんだから、聖女の座をエテルナに返すように言っても何故か取り合ってくれない。
となればもう、後は俺が消えるしかない。
一応、レイラは置いていくとまた泣きそうなので連れて行ってやるかな。
だがその前に一つ、やっておく事がある。
……一方的に、勝手に向こうが言った事ではあるんだが、アレクシアを助けてくれって言われちまったしな。
というわけで俺は今、皆と一緒に教会地下のアレクシアを封印した結晶の前に立っていた。
「エルリーゼ様……本当にやるのですか?」
レイラが不満を隠さずに言うが、心情的には分からんでもない。
魔女がただの被害者だった事はもう誰もが知っている。
だが理解と納得は別で、理性と感情も別だ。
今の世代にとってアレクシアは忌み嫌う魔女であり、そのイメージはそうそう消えない。
実際俺もアレクシアはそんなに好きじゃないし、一度はこのまま放置する事を決めていた。
だが全てが終わった今、もうアレクシアを封印し続ける意味はない。
しかもアレクシアは表情がね……封印される寸前の恐怖に引き攣った顔のままだから、このまま放置は何か少しいたたまれない。
このまま俺が何もしないで放置すると、後世までこの情けない表情で固定されたまま晒し者にされてしまうだろう。
嫌いな奴だが、それは流石に哀れすぎる。
「アレクシアの中の闇は完全に出て行きました。
したがって、ここにいるのはもう魔女ではありません」
レイラに説明しつつアルフレアに目配せをする。
以前は力業で強引に封印を破壊したが、今回は術者のアルフレアがいるので彼女に解除してもらうだけでいい。
アルフレアは特にアレクシアと何の因縁もないので、ベルネル達のような嫌悪感は顔に出ていなかった。
これがベルネルだったら封印を解除してくれなかったかもしれない。
「了解。私も閉じ込められる辛さは知っているからね。
この封印魔法ってさ、死んでも解除されるまでは魂があの世に行く事すら出来ないし……せめて解放してやりたいって気持ちは私にも分かるわ」
アレクシアの魂はまだ閉じ込められたままだ。
そもそもこの封印魔法はアルフレアを一時的に仮死状態にして次の聖女の発生を促し、尚且つアルフレアを死なせない為のものだった。
なので空間ごと凍結させられるこの魔法に一度閉じ込められてしまえば、魂すら脱出出来ない。
でなければアルフレアの魂は千年もの間、肉体に留まりはしなかっただろう。
実際不動新人は少しの間死んでいただけで、魂の大半がエルリーゼとして転生してしまったわけだしな。
つまりアレクシアの魂はまだここにいるっていう事だ。
ベルネルの力の暴発によって死亡したが、まだ死亡直後の状態なので脳は壊死していない。
つまり……まだ蘇生が間に合う。
「いくわよ。封印解除!」
アルフレアが手を翳し、アレクシアを閉じ込めていた結晶が消滅した。
倒れるアレクシアの身体を風魔法で浮かしてゆっくりと地面に横たえ、俺はその前に座って掌を彼女の心臓に当てた。
まずは治療魔法。これで傷を完全に癒し、次に雷魔法で心臓に電気ショックを与える。
更にアレクシアの口元に手を当てて風魔法で空気を送り込み、呼吸をさせた。
「エルリーゼ様……何を!?」
レイラに今説明すると、問答無用でアレクシアを斬ってしまいそうなので無言で魔法を続ける。
するとアレクシアが咳き込み、胸が上下し始めた。
よし、蘇生成功。思った通りまだ間に合う状態だったな。
「エルリーゼ様、どうして……?」
「先程も言ったように、もう彼女は魔女ではありません。
したがって、もう無理に敵視する必要もない……それだけです」
悪名が知れ渡っている今、もう聖女としての再起は不可能だろう。
だが人里離れたどこかで静かに余命を過ごすくらいの平穏はアレクシアにも訪れていいはずだ。
前までは別にそんな事は思わなかったのだが、俺も少し甘くなっただろうか。
後は……確かベルネルの中にアレクシアの魂の欠片があったな。
それももう、返してやっていいだろう。
「ベルネル君。今まで黙っていましたが、貴方の持つ闇の力は元々はアレクシアのものです」
「……知っています。あの戦いで、アレクシアが自分で話したので……」
「恐らくは完全に魔女になってしまう前に、自分を止めてくれる誰かに可能性を託そうとしたのでしょう。
だから貴方の中にはアレクシアの力と、切り離した魂の一部が入っています」
「それも、知っています……」
アレクシアの一部。それがあったからこそ、ベルネルは主人公的な活躍が出来た。
しかし既に知っていたのは意外だった。
そういや向こうにいる時に見たゲームでも、水晶の前で戦ってるときに何かアレクシアと和解(?)みたいなのしてた気がする。
多分ゲームを作った連中……伊集院さんとか夜元さんもベルネルが主人公的だったから、彼をゲームの主役に抜擢したのだろう。
そういや伊集院さんは、やっぱ
かなり迷惑をかけてしまったが、結局何も詫びる事が出来なかったな。
「貴方がよければですが……彼女の魂をアレクシアに返してあげてくれませんか?」
「はい、喜んで」
おお、即答。
これをやってしまうとベルネルはもう闇パワーを使えなくなるので弱体化してしまうが、迷う素振りが一切なかった。
流石。イケメンは精神もイケメンなんやなって。
多分、あのラストバトルでアレクシアと共闘した事で考えが変わったのだろう。
ベルネルの手を握り、もう片方の手をアレクシアに当てる。
そしてかつてベルネルから闇の力を借りパクした時と同じように、ベルネルの中のアレクシアソウルを力ごと受け取ってすぐに魂だけアレクシアへと押し付けた。
力は返してやらない。こんなものはもう、無い方がいいからだ。
だから俺の中にまだ残っていた闇パワーも合わせて外に出し、そして周囲の魔力から人の心の光をかき集めてぶつけて消滅させてやった。
一時的に闇の力を俺の中に入れてしまったが、今回は俺の身体をさっと通しただけなので寿命もほんの数週間縮むだけで済む。
亀から貰った命をいきなり減らしてしまったが、まあ百年もあるらしいし……数週間くらいはいいやろ。
というか百年とか長すぎるんじゃボケ。
闇の力はこれで俺からも、ベルネルからも完全に消え去った。
消したところで一度縮んだ寿命が元に戻るわけじゃないが……魔女がいなくなった今ではもうこれは要らない。
それに闇パワーなんかなくても俺には強大な魔力があるし、新必殺技の人の心の光ブン投げアタックもある。
よって、闇パワーを捨てても何か不便する事はない。
「ん……」
お、アレクシアが目を覚ました。
彼女は最初は何故自分が生きているのか理解出来ずに困惑していたようだが、俺の姿を見ると反射的に跳び退いた。
「エ、エルリーゼ……! これはどういうことだ!
何故私の封印を解いた……いや、何故私は生きている!?」
一応魔女の要素は全部抜いたはずなのだが、性格まで変わるわけではないらしい。
多分聖女だった頃からこんな人だったのだろう。
実際ゲーム中でもこんな尊大口調だったし、多分これで素なのだ。
「落ち着いて下さい。
封印を解いたのは、もう貴女が魔女ではないから。
生きているのは今、私が蘇生させたからです」
「……魔女ではない……?
確かに……言われてみれば今まで絶えず私の中にあった破壊衝動が消えている。
久しぶりに心の霧が晴れたような気分だが……解せぬ。
何故私を蘇らせた? お前に何の得がある」
聖女は初代魔女+歴代魔女の怨念によって人々の醜さを直視させられ、人に絶望して魔女となる。
その怨念が消えた今、彼女の中にはもう人に対する過剰な攻撃性はない。
しかしそれはそれとして、人類に失望した彼女もまた間違いなく彼女自身だ。
それをわざわざ救うなど、向こうにしてみれば意味が分からないだろう。
「得がなければ、誰かを助けてはいけないのですか?」
何の得があると言われも別に何の得もない。
あえて言うなら俺が後味が悪いからだ。
要するに俺はただ、いい奴であるように振舞いたいだけだ。
善行を積む自分に酔っていい気分で精神的にオナニーしたいだけである。それが全てだ。
いい事をした後は気分がいいって言うだろ。そう言う事だ。
「……ディアス元学園長に貴女を救うように頼まれたのです。
理由など、それだけで十分ですよ」
「お前は……」
アレクシアは変な物を見るような目で俺を見た。
そして呆れたように溜息を吐き、唇の端を歪める。
「……呆れた奴だ。お人好しというにも程がある。
私は……そんなふうに考えた事は一度もなかった。
聖女だった頃はずっと、聖女をやっている事に苦痛しか感じていなかったよ。
いつも、『どうして私だけが辛い思いをしながら誰かを助けなければいけない』と、不満に思っていた。
……お前ほどの気高さがあれば、私もこうはならなかったのかもな……。
今はただ、純粋にお前が羨ましいよ……お前は心まで聖女なのだな」
いいえ違います。
俺が平気だったのはそれが根本的な部分では全部自分が気持ちよくなる為の自慰行為だったからで、要するに自分が気持ちいいから長続きしただけで何の苦痛もなかっただけです。
要するに俺は元々底辺のクソ下衆だったから闇落ちなんてしようがなかっただけです。
表向きはいい人を演じて、そんな自分を客観的に見る事で『俺かっけええええ!』ってやっていただけです。
で、聖女の皆さんが闇落ちしたのは行動が基本的に他人の為で、自分が全然気持ちよくなかったからです。
そんなん長続きしませんわ。むしろよく続けたもんだと感心させられる。
要するにあんた等は全員お人好しで気高いから闇落ちしたんです。
……などと素直に話すわけにもいかないので、俺は曖昧に笑っておいた。
社会人奥義・『返事に困ったらとりあえず笑っておけ』。
ただし多用は禁物だ。
その後アレクシアはアイズ国王と兵士達に何処かへ連れられて行った。
もう魔女ではないとはいえ、それでも生涯表舞台に出て来る事はないだろう。
とはいえアイズ国王も後ろめたさはあるようで、俺が口添えをしておいたら分かっていると頷いてくれた。
何でも、外に出す事は出来ないし幽閉以外の選択肢はないが、人の目の無い場所に庭付きの小さな屋敷を建てて、そこでディアスと一緒に生活させるつもりらしい。
勿論敷地の周囲は見張りで囲むが、敷地内であれば少しくらいは屋敷の外に出る事も許すつもりで、何も悪事を働かない限りは静かに余生を過ごしてもらうつもりだと言っていた。
何その養われ生活。逆に羨ましいわ。
長く読んでいただき、ありがとうございました。
次回でこの「偽聖女クソオブザイヤー」は完結となります。
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わっさわさ様より頂いた支援絵です。
エンディングの方に張ろうかと思いましたが、レイラの服装的にその一つ手前のこっちに張りました。