理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー)   作:壁首領大公(元・わからないマン)

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第九話 誤解

 それは例えるならば肉の双山。いや、マシュマロ。

 肌色の柔らかなそれは聳え立つ山でありながら、触れれば揺れてそして形を崩す柔らかさを備えている。

 肌の張り……しっとりと手に吸い付く感触。そして手を飲み込むこのボリューム。

 俺は今、ファラさんの立派なおっぱいを鷲掴みにしていた。

 いやー役得役得。

 

 ファラさんによる誘拐事件は、まさかのベルネルの筋肉パワーによって終わってしまった。

 何この展開? 俺こんなん知らんよ?

 本来のファラさんとの戦闘はエテルナ抜きならベルネルの闇のフォース(笑)で倒し、エテルナがいれば聖女パワーで撃破する流れだ。

 どちらにせよ、主人公とヒロインが自分の持つ力を自覚するイベントになるはずであった。

 しかし意外ッ! それは『筋肉』ッ!

 マッスルパワーで強引に縄を引き千切って魔物を投げて粉砕! 玉砕! 大喝采! とか誰が予測すんだよ。

 永遠の散花はこういうネタみたいなイベントがたまにあるから困る。

 代表的なのはヒロインの一人である貴族のお嬢様のルートで筋力を上げ過ぎた時に発生するイベントで、何度かそのお嬢様のお屋敷に招かれるのだが、この時に容姿のステータスが低いと門前払いをされてしまう。

 自分で誘っておいて門前払いってどういうこっちゃ。

 しかしこの時、筋力値が高いとその見事な肉体に惚れ惚れとした門番のおっさんが特別に通してくれるのだ。

 そして三回以上お屋敷に招かれ、三回とも筋力で門を突破してしまうと……何と、この門番から告白されるという誰も幸せにならないイベントが発生してしまう。

 ちなみにこの告白を受けてしまうと、ムキムキになったベルネルがおっさんと肩を組んで笑い合っている酷い一枚絵が表示されてゲームオーバーになる。

 ゲームクリアじゃなくてゲームオーバー扱いっていうのが酷い。

 ベルネル君って普通にそっちの素質あるよねこれ……。

 それはともかく……まあ、おかげで楽におっぱいを揉めたんだから結果オーライって事にしておこう。

 

 さて、話を戻そう。

 このままおっぱいを堪能したいが、一応それ以外にも揉んでいる理由がある。

 勿論おっぱいを揉む方がメインの目的で、こっちはオマケみたいなもんなんだけど一応やっておかないとな。

 ファラさんの中には魔女から植え付けられた、何かよく分からない闇のモヤモヤのようなものがあって、それに彼女は操られている。

 それがあるからこそ、俺はそのモヤを取り出すという大義名分でこの立派なバストを揉めるのだ。

 黒いモヤぐう有能。

 でもどうせなら分散して股間の方にも取りついておけよお前。このゲームがギャルゲーじゃなくてエロゲだったら絶対そうなってたぞ。

 で、ベルネルのビッグマグナムをファイア! する事でしか治療出来ないとかいう美味しい流れになっていたに違いない。

 くっそ、この黒モヤがもっと頑張ってればそんなシーンも見れただろうに。

 この無能め。

 

 とりあえず「ここですね(キリッ)」とでも言っておいてから、俺の中にあるダークエナジー(笑)を使い、ファラさんの中にあったモヤを無理矢理掴む。

 魔女の力には聖女の力しか通じない。よってこのモヤを取り払うにもエテルナが必須で、だからこそエテルナ不参戦の一周目だとファラさんは絶対に死んでしまうわけだ。

 けど違うんだなあ、これが。聖女の力以外でも実は救えるんだな。

 それこそが同じ魔女の力だ。魔女には聖女の力以外に魔女の力も通用する。

 ちなみにこの二つ以外に対してはマジで無敵。町一つ消す威力の一斉魔法掃射とか受けても傷一つ負わない。

 まあ実はもしかしたら限界はあるかもしれないし、それこそ核ミサイルでもぶち込めば流石に死ぬと思うがこの世界にそんなやべえモノはない。

 なのでこの世界で使える力の中では『聖女パワー』と『魔女パワー』しか効かないという事だ。

 何でこの二つだけが有効なのかっていうと、魔女パワーと聖女パワーは本質的には同じ……おっと、これはネタバレだ。この事実はこんな序盤で出るもんじゃなかった。いっけね。

 まあとにかく魔女パワーを使えばファラさんは救えるってわけだ。

 

 はい、よいしょおー! 一本釣り!

 俺が腕を引き抜くと、ファラさんの中に寄生していたモヤが俺の手の中に握られていた。

 それをそのまま握り潰し、光の粒子へ分解した。

 

「あの……聖女様。今のは?」

 

 おずおずと、捕まっていたうちの一人が俺に話しかけてきた。

 ん? 誰君? ゲームでは見た事ないけど可愛いね。

 とか思ったけど、よく見たら三年くらい前に傷を治してあげた娘だ。

 そうだそうだ、思い出した。あの時の可愛い子だ。

 どうやら無事に美少女として成長しているようで、実に嬉しい。

 綺麗になったねーとか言ったら何か感動してた。

 

「い、一度会っただけの私の事を……覚えていて、下さったのですね」

 

 まあ君みたいな可愛い子の事は忘れんよ。

 で、そうそう。このモヤね。

 これがファラさんを操ってたものの正体なんだよ。ファラさんはただの被害者だからあんま責めないでやってくれ。

 彼女は確かに罪を犯したかもしれない。だが彼女のおっぱいに免じて許して欲しい。

 

「聖女様……お久しぶりです。僕は以前貴方に救われた兵士で、ジョンといいます。

その……ファラ先生は、自分の意思ではなかったという事ですか?」

 

 あん? 誰やお前。

 野郎の事なんぞ一々記憶してるかいボケェ。

 ……と、言ってもいいんだが、ここは人目もあるし何も言わずに頷いて誤魔化しておく。

 うーん俺ってチキン。

 そんなやり取りをしていると、ドカドカと誰かが階段を駆け下りてきた。

 そして地下室の扉を蹴り開けて突入してきたのは、スットコちゃんと愉快な近衛騎士の皆様だ。

 

「聖女様、ご無事ですか!」

 

 おう、無事無事。もう全部終わったよ。

 そう言うとスットコちゃんは俺に駆け寄り、そして涙を浮かべた。

 

「よかった……本当に……ご無事で。

聖女様、どうか……どうか今後はこのような事はなさらないで下さい」

 

 あー、心配してくれたのか。何だ可愛いところあんじゃん。

 でもそれだけに後の事を考えると辛いのう。

 裏切り自体は別にいい。むしろそうするべきだと俺は思っている。

 彼女は幼い頃から聖女に仕えるべく育てられてきたスーパーエリートだ。いわば聖女に仕える為に今まで生きてきたと言っていい。

 ならば彼女が仕えるべきは真の聖女であるエテルナなわけで、現在は全くの偽物に仕えている事になる。

 俺もゲームをやってた頃は『もういい、我慢するな! さっさと見限れ、そんなクソ女!』と声を張り上げていたものである。

 だから最終的には俺なんかの側を離れてエテルナに仕えて欲しいが、その時にボロカス言われるかもしれないと思うと割とメンタルにくる。

 まあ真聖女が発覚するまでは仲良くしましょうか。

 うん、スットコちゃん呼びは可哀そうだしこれからはちゃんと心の中でもレイラと呼ぼう。

 そう考えていると、レイラは床に倒れているファラを発見して憎悪に顔を歪め、剣を抜いた。

 

「おのれ! よくも聖女様を……この学園の面汚しめ! 裁判など待つ必要はない!

今ここで我が剣の錆にしてくれる!」

 

 おいスットコォ!?

 俺は慌てて魔力を腕に纏わせて、ファラさんに振り下ろされた剣を防いだ。

 あっぶね。俺じゃなかったら腕切断コースだぞ。

 

「せ、聖女様何を!? いや、う、腕は! 腕はご無事ですか!?」

 

 問題なし。余裕。

 というかここで傷でも負おうものなら、偽聖女が発覚する。

 魔女が聖女と魔女パワー以外じゃダメージにならないのと同じように、実は聖女もその二つのパワーでしかダメージを受けないのだ。

 ファラさんの場合は魔女パワーが乗っていたので聖女に傷を負わせても何の違和感もないのだが、ただの剣で俺にダメージが入ったら流石にやばい。

 余談だが、ゲームでのエルリーゼ偽聖女発覚イベントも、エルリーゼが傷を負う事が決定打となっている。

 動揺するスットコに、「私は魔女と、聖女の力以外で傷を負う事はありません」と言って安心させておいた。

 嘘だけどな!

 んで、「その人操られてただけの被害者だから許してやって」と言うと、流石に鶴の一声で皆は疑いつつもファラさんを拘束するだけで済ませていた。

 

 後はスットコに引きずられるも同然で強制的に連れ出され、ベルネル達と会話も出来ず城に帰還となった。

 

 

 エテルナには、誰にも言えない秘密がある。

 幼い頃から……何故か彼女は、傷を負わなかった。

 いや、正確に言えば自傷以外の方法では一切傷を負わないのだ。

 最初は気のせいだと思っていた。深く考えなかった。

 だが明らかに異常だと気付いたのは、森の中で野生の熊に襲われた時だ。

 確かに熊の鋭い爪で裂かれた。尖った牙と強靭な顎で噛み付かれた。

 なのに……痛くなかったのだ。服は多少破れたが、身体そのものは全く無傷だった。

 

 ベルネルに付き添う形で学園に入学したのは、何も彼を心配しての事ばかりではない。

 何よりも、自分が一体何なのか知りたかった。

 学園ならばその知識がきっとあると信じた。

 そして彼女は授業の中で知る事になる……『魔女と聖女は、互いの力以外で一切の傷を負わない』。

 これは、自傷以外で傷を負う事のない自分と症状が似ていると感じた。

 では自分は聖女なのだろうか?

 だが聖女は既にいる(・・・・)。それも歴代最高とまで呼ばれる聖女、エルリーゼが。

 授業で聞いた彼女の活躍はどれも信じられないものばかりで、一人で千の魔物を薙ぎ払っただの、村を通過しただけでその村の怪我人と病人が全員完治しただの、歩いただけで荒野が花畑になっただの……とにかく逸話に事欠かなかった。

 聖女は同じ時代に二人現れる事はない。ならばどちらかが聖女ではないという事になる。

 だが歴代最高とまで称されるエルリーゼが偽物などという事が有り得るのか? 否、それはあり得ない。

 更にエテルナを不安にさせたのは、今代の魔女はどこにいるかも分かっていなくて、名前も顔も知られていない事であった。

 世間ではエルリーゼを恐れて逃げ回っているというが……本当にそうなのだろうか?

 もしも……もしもだ。魔女が、自分が魔女であると自覚していなかったら?

 

 魔女と聖女の特性を備えた人間が二人いるならば、どちらかが聖女でどちらかが魔女という事になる。

 エルリーゼが魔女はない。絶対にない。

 魔女が魔物の軍勢を毎日薙ぎ払うか? 人々を毎日救うか? そこに何のメリットがある?

 ……ない。何もない。ただ自分を不利にするだけだ。

 

 エテルナは不安で押し潰されそうだった。

 まさかと思う。そんなはずはないと信じたい。

 だがどうしても思う……私が魔女なのではないか(・・・・・・・・・・・)……と。

 

 その不安は、エルリーゼ本人を見る事でますます強まった。

 巨大な魔物の群れを一瞬で消し去る力。誰もが見惚れる美貌。

 まさに『聖女』という文字をそのまま人の形にしたような存在だった。

 自分との違いをまざまざと見せつけられた。

 それでもほんの僅かだが……彼女が偽物である可能性もあった。

 ただ魔力が凄まじいだけの、ただの人間である可能性はあった。

 そんな事はあり得ないと思いながらも、エテルナは自分が魔女だと思いたくない一心で、その可能性を心のどこかで願っていた。

 

 だがやはりそれも違った。

 エルリーゼはエテルナには気付けなかった、ファラの中に巣食う魔女の力を感知し、それを抜き出していた。

 それどころか、アレに操られていたという事すら見抜いていた。

 最初に彼女がファラの胸に触れ、愛撫するように胸に手を這わせた時はそういう趣味があるのかと思ったが、全くの的外れだった。

 エルリーゼはそんな事など微塵も考えていない。

 ただ、ファラを救う方法を全力で探していただけで、愚かさを露呈させたのはエテルナの方であった。

 

「貴女は……以前にも、フォール村でお会いしましたね。

あの時とは見違えるように綺麗になっていたから、一瞬分かりませんでした」

「い、一度会っただけの私の事を……覚えていて、下さったのですね」

「忘れるはずがありません」

「な、何と光栄な……」

「それでこのモヤは何なのかという話でしたね。

これがファラさんを操っていたもの……魔女の力です。

彼女は、ただ利用されただけの被害者に過ぎません」

「ひ、被害者……しかし先生のやった事は……この国、いえ、世界全てに対する反逆も同然です。

聖女様を殺そうとするなど、許される事ではない」

「確かに彼女は罪を犯しました。しかしどうか許してあげて下さい。

許す心が大切なのだと、私は思います」

 

 話しながらエルリーゼは無造作に黒いモヤを握り潰し、聖女の力をまざまざと見せ付ける。

 魔女の力をどうにか出来るのは聖女か、魔女本人のみ。

 一般人には決して出来ない。

 この時点で、エルリーゼが一般人である可能性はエテルナの中で限りなく低くなっていた。

 そこに追い打ちをかけたのは、駆け付けた近衛騎士がファラに剣を振り下ろした時だ。

 エルリーゼはこれに臆する事なく、あろう事か素手で防ぎ……そして、傷一つ負わなかった。

 

「せ、聖女様何を!? いや、う、腕は! 腕はご無事ですか!?」

「心配不要です。私は魔女と、聖女の力以外で傷を負う事はありませんから……ご存知でしょう?」

 

 エテルナは、自分に落胆した。

 エルリーゼが偽物ではなかった事に落胆する自分に落胆した。

 ああ……彼女は本物だ。エルリーゼは一切疑う余地なく、本物の聖女だ。

 魔女の力を見抜き、消し去り、操られていた者を救い……そして、剣で掠り傷の一つも負わない。

 強く、美しく……優しく。

 自分が下らない事を考え、浅ましい願望を抱いている間に彼女は自然体で、当たり前のように人を救った。

 たったの七人を救う為に己の命すら躊躇なく差し出した。

 

 これが……本物(・・)。自分とは全てが違う。

 見た目も、力も……中身さえも。

 

 その後エルリーゼは近衛騎士に連れられて半ば引きずられるように帰還したが、もうエテルナにはそれを見る余裕もなかった。

 分かってしまったのだ。自分が何者なのかが。どういう存在なのかが。

 聖女と魔女しか持たない特性を持つ女が二人いるならば、片方が聖女で片方は魔女だ。

 エルリーゼが偽物である可能性はゼロで、そして彼女が魔女である可能性はゼロを通り越してマイナスだ。

 本物の聖女は既にいた。では同じ特性を持つ自分は? ここにいるエテルナという女は何なのだ?

 

 今代の魔女は誰も見た事がない。顔も名前も知られていない。

 そしてここに、魔女と同じ特性を持つ自分がいる。

 

(……ああ…………そっかあ……)

 

 エテルナは、フラフラと自室へ向かう。

 世界の何もかもが暗く見えて、自分がどうしようもなく惨めな何かに思えた。

 いや、実際にそうなのだろう。

 だって、自分は…………。

 

 

(私…………魔女……だったんだ…………)




エルリーゼのせいでエテルナちゃん、盛大に勘違い。
勿論エテルナは魔女ではありません(断言)

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