理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー)   作:壁首領大公(元・わからないマン)

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偽聖女、日本へ行く ②

 懐かしい都会の喧騒をBGMに、俺は街中を散策していた。

 探しているのは、俺のレーダーにビビッと来るような店だ。

 日本の食べ物を久しぶりに食べたいとは言ったが、具体的に何を食べたいのかは自分でも実はよく分かっていない。

 というより、候補が多すぎて頭で考えるとアレもいいコレもいいで思考の迷宮に突入してしまうのだ。

 なのでここは実際に自分の足で歩き、ここだと思った場所に直感で入る事に決めた。

 おいそこ、孤独のグルメごっことか言うな。

 少し上向きの顔で「腹が……減った……!」とかやったりしないから。

 しかしこうして改めて見ると、前世は幸せな世界で生きてたんだなと思う。

 整備された道に、豊かな物資。少し歩けば食事を提供する店があちこちに見える。

 フィオーリは最近は少しマシになってきたが、数年前までの世紀末感は異常だったからなホントに。

 それにしても……周りの連中、ちょっと俺の事ジロジロ見過ぎじゃね? むしろジロジロってかガン見じゃねこれ?

 一応服装は現代日本の服をモデルにしたワンピースだから、そこまで『ザ・異世界人!』て感じの異物感はないと思うが……まあ、やっぱ金髪ロングの明らかに日本人じゃないのが日本にいたら目立つか。

 それに自分で言うのもあれだが、俺の容姿ってかなり現実離れしてるしな。

 まあ周囲の目なんぞどうでもいい。俺は今は飯を食いたいんだ。

 まず真っ先に目に付いたのはかつ丼の店だ。店の前のポスターには卵とじの「これぞかつ丼!」って感じの写真がドドンと展示されている。

 うーん……違う。一発目からかつ丼は少し重い。

 それに前世ならともかく、今の俺はそんなにガッツリした物は完食出来ないかもしれないという不安がある。

 まだ健康だった頃の不動新人ならコロッケをおかずに大盛のカツ丼を食って、締めにラーメンとかもいけたんだが今の俺だとその半分もいけるかどうか……。

 次にコンビニ。とにかく色々あるし、コンビニスイーツは日々進化して今では専門店を脅かす勢いだ。

 とりあえず保留。一通り回って答えが出なければここに来よう。

 その少し先には焼肉店! 一人焼肉は庶民にとっての最高の贅沢だ。ソフトクリームバーがあるのも嬉しい……が、今はいい。

 次に角を曲がり……フレンチトーストの専門店を発見した。

 

 フレンチトースト……いいじゃないか!

 思えば向こうではフレンチトーストなんて一度も作っていない。

 フレンチトーストってのは簡単に言えば卵と牛乳と砂糖を混ぜた液に切った食パンを浸して、フライパンとかで焼くお手軽デザートだが、本格的にやろうと思うと案外奥が深いし、何より向こうでやるには難易度が高い。

 何せ向こうにはそもそも食パンなんてないし、作ろうと思うとかなり面倒くさいからだ。

 フレンチトーストが手軽に作れるのは、そのベースとなる食パンがあちこちで売られている贅沢な環境があればこそだ。

 フレンチトーストを手軽なデザートと言った舌の根も乾かぬうちに意見を翻すが、フレンチトーストはぶっちゃけ全然手軽じゃない。というか現代レベルのフワフワの食パンが手軽じゃない。

 これをお手軽と言うのは、市販のカレールーでしかカレーを作った事がない奴が「カレーは誰でも出来る初心者向けの料理ヨガ」と言いながら腕を伸ばしてロシアのプロレスラーをハメ殺しているに等しいだろう。

 あれ、イチから作ろうと思ったらガチで面倒だからな!? ちなみに俺は向こうでカレー再現しようと考えて結局挫折した! 必要になる香辛料が多すぎる上に向こうだとクッソ高いんだよ!

 そもそも俺自身が必要な香辛料を全部把握してねえ。

 と、カレーの話は今はいい。今はフレンチトーストだ。

 よし決めた。今回はフレンチトーストを食べよう。

 というわけでいざ入店。

 

「…………い、いらっしゃいませ! 空いているお席へどうぞ!」

 

 俺を見て店員の人が数秒固まり、それから慌てて接客をした。

 おう、異世界人の客は初めてか? 力抜けよ。

 空いている席ならどこでもいいらしいので、窓際の隅っこの席に座ってメニューを見る。

 ほーん、一口にフレンチトーストと言っても色々あるんやねえ。

 最高級の発酵バターと生クリームを使って蜂蜜も使ったフワフワのハニーホイップ?

 三種のチーズを贅沢に使用したブリュレタイプのフレンチトースト?

 上にタワーのような生クリームを乗せ、横にアイスクリームもある、とにかく全乗せしたようなのもある。

 スキレットに載せたまま提供されるカリふわトロのベーグルフレンチトースト? え、これフレンチトーストなん? パンケーキとかじゃないの?

 すごいな……写真と文字を目で追っているだけで腹が減って来る。

 さてどうするかな。前世の俺ならギリ全部食べる事も出来たんだが、今の俺には無理だ。

 多分このメニューのうちのどれか一つ完食しただけで腹一杯になるだろう。

 ……よし! ここはやはりこれぞフレンチトーストというシンプルなやつを選ぼう。

 テーブル横のボタンを押すと、僅か十秒足らずで店員さんがやってきた。

 

「×××××××……」

「……え?」

「あ、失礼しました。ええと……このハニーフレンチトーストと、それからコーヒーを一つずつ」

 

 やっべ、間違えてフィオーリ語が出た。

 ここは日本なんだから、ちゃんと日本語を使わんとな。

 厨房の方からは「びっくりした」とか「英語分かんないよ」とか「ここではリントの言葉で話せ」とか聞こえて来る。

 すまんな店員さん。今の、英語ですらないんや。

 それから待つ事数分。甘い香りを漂わせてフレンチトーストがテーブルに運ばれてきた。

 卵液をしっかり染み込ませた黄色い生地に、その上についた茶色の焦げ目。

 その上から白い粉砂糖が降りかけられ、蜂蜜が贅沢に彩っている。サイズはそれほど大きくないが、三枚あるので全部合わせればボリューミーだ。

 横にはトッピングのホイップクリームとバニラアイス。好みに応じてそのまま食べるも、付けて食べるもご自由にってわけだ。

 ではまず一枚目は何もつけずに頂くとしよう。

 焼きたてのフレンチトーストは表面はサクサクしているが、中はパン本来のフワフワした感触と、半熟の卵をそのまま入れたのかと錯覚するほどに甘味が溶け出してくる。

 そこに蜂蜜の香りと味が混ざり、甘味×甘味という組み合わせながら互いを殺す事なく引き立て合っている。

 ハニーフレンチトースト……名前から感じられる期待そのままの美味しさだ。

 とろけるような中身が美味いのは勿論の事、外の焦げ目がまたいいんだ。

 そして強い甘味のはずなのに、舌の上でスッと消えるので全然くどく感じない。むしろ物足りなくなってもっと食べたくなる。

 俺、このフレンチトーストなら無限に食えるかもしれない。

 

 次は生クリームをトッピングして……と。

 こういう上にホイップクリームを載せる系って何か高級感増すなあ。

 プリンとかパンケーキも上にホイップクリームが載っていたりすると妙に嬉しくなる。

 肝心の味は……ほう、なるほどなるほど。思ったよりもクリームが自己主張してない。

 フレンチトーストの味を優しく包んでいるような感じだ。

 しかし優しく感じても、甘味×甘味×甘味の暴力だ。口の中が甘さで満たされる。

 この甘さの右ストレートがたまらない。ヘヴィ級のパンチって感じだ。

 そこで苦いコーヒーを飲み、口の中をリセットする。

 コーヒー単品ならばミルクと砂糖を入れる派の俺だが、甘い物とセットにするならばブラックがいい。

 少し強すぎるくらいの苦みのおかげでより甘い物が欲しくなるし、甘い物を食べ続けて疲れればコーヒーに癒して貰える。

 

 最後はバニラアイス。

 このまま載せるとアイスが邪魔になって普通に食べにくいので、まずはスプーンで掬って削り、削った分はそのまま食べる。

 味はまあ、普通のバニラアイスだ。しかしエルリーゼに転生してより十七年食べていなかった味なのでこれだけで感動ものである。

 次は小さく削ったアイスをトーストに載せ、トーストをナイフで一口サイズに切って、一緒に食う。

 まだ温かさを残すトーストと、冷たいアイスが口の中で喧嘩しているような不思議な食べ応えが素晴らしい。

 溶けたアイスがフレンチトーストに混ざり、先程のホイップクリームのように包むのでなく、喧嘩しながらも気付けば一体化してしまっている。

 そしてこいつもまたコーヒーとよく合う。

 コーヒーゼリーとバニラアイスのセットが合うのと同じようにバニラアイスとコーヒーが合わないはずがない。

 気付けばフレンチトーストは全て俺の腹の中に入ってしまい、残ったのはトッピングのクリームだけとなってしまった。

 流石にクリームだけを食べるなんて真似はしないが……しかし少し勿体ないな。

 ……よし、だったら。

 

「すみません、コーヒーのおかわりを下さい」

 

 コーヒーをもう一杯追加で注文した。

 そして届いたコーヒーにやはりミルクも砂糖も入れずに、代わりに残ったクリームを投入してやる。

 少し行儀が悪いが、まあ大目に見てくれ。

 行儀の悪い食べ方っていうのは不思議な事に美味いもんなんだ。

 生クリームは完全にコーヒーには溶かさずに軽くニ、三回スプーンで混ぜるに留め、コーヒーとクリームの良さが残ったまま頂く。

 ……うん、悪くない。

 やっぱコーヒーとクリームって相性いいよなあ。

 

 あー、食った食った。いやあ、いい店だった。

 あ、そういやここってテイクアウト出来るかな。レイラとアルフレアにも土産として持って帰って、反応を見てみたい。

 ……え? 無理? テイクアウトはない?

 ……しゃーない。材料だけ買って、向こうで作るかあ……。

 とりあえずまずは食パンだが、多分コンビニで売ってるような安いのじゃないよなあ。

 どっか本格的なパン屋とか近くにないかな。なければコンビニの厚切り食パンでも買うしかないけど。

 後は卵と(多分この卵もいいやつなんだろうなあ)、牛乳……いや、あのフワフワ感からすると生クリームかな。まあいいや、両方買おう。

 蜂蜜は国産のを買うとして、バニラアイス……は魔法で冷凍すれば持ち運べそうだな。

 とりあえずコンビニに行こう。コンビニに行きゃ大体揃う。

 

「あ、すみません。ちょっとよろしいでしょうか? 只今、『逆転クイズランナー』という番組に出す問題の一般成功率を調査中でして、もしよろしければご協力を…………」

 

 歩いていると何やら声を掛けられたので立ち止まり、振り返る。

 そこにいたのはマイクを持ったおっさんと、カメラマンだ。

 『逆転クイズランナー』というのは、芸能人やアイドルが挑戦するクイズ番組で、障害物競争の障害物として様々なクイズが配置され、正解しないと先に進めない形式となっている。

 しかも簡単な誰でも分かるような問題をミスると一発アウトで落とし穴に落とされたりして、絵的に結構面白くなるやつだ。

 ただ、何だかんだで毎回一人は簡単な問題をミスる美味しい馬鹿がいるので、実はわざと間違えている疑惑もあったりする。

 一般正解率も調べているようで、主に正解率95%以上が『正解出来て当たり前』ラインだ。

 なるほど、その正解率調査をここでやってるってわけね。町を歩いててこういうインタビュー受けたの初めてだわ。

 

「…………」

 

 そして声をかけてきた当人が、ポカンとした顔で硬直している。

 ついでにカメラマンも止まり、後周囲の人々もこっちを見ていた。

 何やねん。声かけておいて止まるとか失礼なやっちゃな。

 

「あの……?」

「……し、失礼しまみ……失礼しました」

 

 おい、噛んでるぞ。大丈夫か。

 こいつプロっぽくねえな。多分入社したての新人ADか何かだろこれ。雑用ご苦労さま。

 

「ええと、番組に出すクイズの正解率調査にご協力をお願いしたくてですね……」

「ええ、構いませんよ」

「ありがとうございます。では……この二種類の犬で、遺伝子的に狼に近いのはどちらでしょうか?」

 

 そう言い、新人AD(仮)が提示してきたのは、柴犬とシベリアンハスキーの写真であった。

 あ、これ知ってるわ。

 外見だけだと完全にシベリアンハスキーの方が狼してるけど、実際は柴犬が世界で一番狼に近い遺伝子を持つ犬のはずだ。

 飼い主に頬をムニムニ引っ張られている姿には狼感の欠片もないが、それでもシバイーヌは遺伝子的にはかなり狼なのだ。

 というかこれ、写真の時点で引っ掛ける気満々だわ。

 シベリアンハスキーはキリッとした格好いい写真なのに、柴犬は頬を引っ張られてる写真なんだもんよ。

 

「柴犬だと思います」

 

 なので正解を答え、そしてインタビュー終了後によく分らん出演同意書みたいなのに署名してからコンビニへと向かった。

 そしてフレンチトーストの材料を買っている最中にふと、気付いた。

 

 あ、やべ……顔と声を隠すようにって言い忘れてた……。

 まあいっか。別に日本に住んでるわけじゃねーし。




外食の時は心の中で孤独のグルメごっこしたい……したくない……?

ちなみに私自身は街頭インタビューとか受けたこともなければやってる所に居合わせた事もないのでほぼ想像で書いてます。
なので街頭インタビュー受けた経験あるニキいたら、「リアルではもうちょい、こんな感じで聞かれる」とかアドバイスあると参考にするかも。

日本ニキ達の反応は次回。

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