理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー)   作:壁首領大公(元・わからないマン)

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偽聖女、日本へ行く ⑦

 夜元玉亀にメールを出してから一時間が経過したが、返事はまだ戻ってこない。

 メールボックスなんてものは一日に一回くらいしか開かないっていうのも珍しい話じゃないし、それが朝って事も普通にあり得る。

 ましてやこんな怪しいメールだ。詐欺メールの類と警戒されても不思議はない。

 そんなわけで気長に待つつもりではあるが、数日様子を見て返信がなければ……その時は、すっぱり諦めてしまおうと考えている。

 元々、何がなんでも夜元玉亀と会うべき理由があるわけじゃない。

 ただ俺が、せめてもう一度プロフェータと会って、ちゃんと礼を言いたいというだけの我儘……ただの自己満足だ。

 プロフェータと再会して得をするのは俺だけだ。俺だけが、心残りを解消してスッキリ出来る。そこにプロフェータの得は何もない。

 だから彼女にとって迷惑になるならば無理に会おうとは思わないし、迷惑メールと判断されたならばその時はその時だ。

 未練をサッパリ捨てて向こうに帰り、空間の亀裂を塞いでしまおう。それで全部終わりだ。

 

 それから更に一時間……折角だし、俺はここで『永遠の散花』のグランドルートプレイ動画を見ていた。

 自分で通しプレイするのはゲーム機が売り切れていた事もあって諦めたが、これなら通しで見る事が出来る。

 が……恥ずい……っ! 予想以上に恥ずい!

 ゲームの中の俺は完全に正統派の聖女系ヒロインとして扱われているわけだが、それを自分で見るのは普通に羞恥プレイだ。

 しかもゲーム中で好感度を上げたりすると画面の中の『エルリーゼ』は赤面したりする。

 亀さん!? 俺、そんな反応しましたっけ!? いや、絶対してねえ! 何捏造してんだ!

 不動新人だった頃はプレイしていても羞恥心などはなかった。むしろ笑いながらプレイ出来ていた。

 それはやはり、同一人物であるという自覚はあっても、不動新人側にはエルリーゼとして生きた記憶などなくて、あの時はあくまで『もう一人の俺が何かヒロインしてて草』くらいの気持ちでプレイ出来たからだ。

 しかし今の俺は魂の融合によって両方の記憶が備わっている。

 なので俺にとって最早これは、ただ自分の恥を見るだけの拷問にしかならなかった。

 やべえ、顔から火が出そう……。

 もう駄目だ、俺はつらい、耐えられない! そう思って気晴らしにメールボックスを見ると返信が返って来ていた。

 よし、もうゲームの方は見なくていいな! やめ! やめ!

 メールの内容は明日、前に話した喫茶店で落ち合って話さないかという内容だ。

 集合時間も前と同じらしいが、喫茶店の名前と場所、時間も書いていない。

 なるほど、本当に不動新人ならば書かなくても『前と同じ』で分かるはず、という事か。

 やはり少し、警戒されているようだな。

 とはいえ、しっかり覚えているのでここは問題ない。

 簡潔に返信を行い、そしてネットカフェを後にした。

 本棚を眺めていた他の客や店員からの視線がやけに集中しているのを感じるが、今更気にするような事ではない。

 

 結局その日は家庭菜園用の種を始め、色々購入してから一度フィオーリに帰還し、ログハウスまでの距離もあったので聖女の城に泊まる事となった。

 アルフレアに夕飯を作るように強請られたが、まあこれは宿泊料代わりと思えばいいか。

 俺自身は何もせずに他人の作った飯をタダで食いたいんだけどね。

 中々難しいもんだ。

 

 

 突然だがホットケーキミックスを考えた人は神だと思う。

 これを使えば俺みたいな素人でも自分好みの厚さのホットケーキを作れるっていうのがいい。

 最初にこれの神さに気付いたのは確か、テレビでグルメ系のドラマを見た時だったか。

 分厚いホットケーキを主人公が食っていたので自分も食べたくなって早速コンビニに出向いたが、コンビニで売ってるパンケーキって薄いのよな。

 で、仕方ないのでホットケーキミックスを買って自分で作ったのが最初だったか。

 ちなみにホットケーキとパンケーキの呼び方が落ち着かないのは気にしないでくれ。正直俺も明確に呼び分けているわけではない。

 何となく、ホットケーキミックスで作ったのはホットケーキで、それ以外はパンケーキと勝手に分けている。

 

 そんな神なホットケーキミックスに豆乳と卵を入れて混ぜ、油を塗った型に流し込む。

 後はフライパンで焼いて、途中でひっくり返して両面しっかり焼いて完成だ。

 そうして出来上がった厚焼きホットケーキを二段重ねにして、上にバターを載せてメープルシロップをこれでもかとかけてやる。

 二段重ねる事に深い意味はない。ただの見栄え優先だ。

 ちなみに個人的に一番楽なのは炊飯器に入れて焼くやり方だが……流石にフィオーリに炊飯器を持ち込むのは抵抗があったので止めておいた。明らかにこっちの世界じゃオーパーツだしな。

 そうして出来上がったホットケーキをアルフレアの前に置くと、待ちきれないようにソワソワしながらチラチラとこちらを見て来る。

 何と言うか……やっぱイッヌに餌付けしている気分になってくるな……。

 

「どうぞ」

 

 食べてもいいと許可を出すと、アルフレアは周囲の目も気にせずにガツガツと食べ始めた。

 食べ方はお世辞にも上品ではないが、それでも可愛く見えるのは元がいいからだろう。

 でもあんまり甘やかすと太りそうだし、程々にしないとな。

 それから、普段アルフレアの側近として頑張ってくれている近衛騎士の連中にも希望者には同じ物を振舞ってやる。

 その数が思いの外多い……というか全員だったので、日本から持ってきたホットケーキミックスが朝食の一回で全部なくなった。

 というかアルフレア、自分の分を食べ切ったからって騎士の分を羨ましそうに見るな。

 ……あっ、隙を見せた隣の騎士の分を横取りしようとして回避された。何て奴だ……。

 

「ねえエルリーゼ、やっぱりこのお城に一緒に住んでよ! そんで私のお嫁さんになってよ!」

 

 魅力的な誘いだが、俺が嫁の方なのか……。

 というかアルフレアと同棲なんてした暁にはニート生活どころじゃなくなりそうだな。

 それにこいつ、多分嫁とかそういうのよく分からずに言ってるだろ。

 こいつ、封印される前、本当に結婚間近だったのか……?

 

 

 それから再び日本へ赴き、前に夜元と会った時と同じ時間に例の喫茶店へと入店した。

 俺が入ると同時にあちこちがざわめき、全員がこっちを見て来る。

 その中の一人……見覚えのある黒髪の女性が座る席に向かうと、彼女はぼけっとした顔で俺をまじまじと凝視する。

 

「エ……エルリーゼ……?」

「お久しぶりです、プロフェータ。こちらでは確か夜元玉亀でしたよね?」

 

 驚く彼女――夜元玉亀に、笑みを向けてやる。

 向こうにしてみたら驚くのも無理はない。

 今日ここに来るのは不動新人だと思っていたら、まさかのエルリーゼ()との再会だ。

 夜元はキョロキョロと周囲を見ると急いで席を立ち、「ついてきな。ここじゃ目立ちすぎる」と俺に小声で告げた。

 というか俺の手を引っ張っての強制連行だ。ついていくも何もない。

 それから会計を済ませて喫茶店を出ると、近くの駐車場に停めてあった車に乗り込んだ。

 お洒落なデザインの赤い車だ。いい物に乗ってるな。

 

「助手席……ええと、私の隣に座りな。そのシートベルト……ええと、そう、その紐みたいな奴を……ちょっと待て、私がやってやる」

 

 俺は何も返事していないのだが、何とか説明しようとして最後には説明を放棄してシートベルトをしめてくれた。

 まあ向こうにしてみれば俺は地球の外から来た異世界人だからな。

 多分シートベルトも車も知らないと思われているんだろう。

 夜元は人々の視線を振り切るように車を発進させ、それから改めて声を発した。

 

「エルリーゼ……で間違いないね?」

「はい、間違いありませんよ」

「驚いたよ。実は最近ネットでニュースになってたからこっちにお前さんがいる事は知っていたんだが、どうやってこっちに……いや、それより私が分かっているのか? 何故分かった?」

「不動さんから聞いた話と照らし合わせてそうではないかと思っていて、そして今の反応で確信しました」

 

 夜元は車を道路脇に停め、それから眉間を揉み解した。

 ちなみに、ここまでの解答で分かるだろうが俺はエルリーゼ=不動新人であると明かす気はない。

 何故って……そりゃあな。

 俺、学園にいた時に堂々と女風呂入ってたんだぜ?

 自分も女なのをいい事に、女生徒の裸を鑑賞してたんだぜ?

 当然俺が女風呂に入ってた事は夜元も知っているわけで……そんな相手に『実は中身男です』なんて言うのはヤバイだろ。

 変態認定待ったなしやぞ。

 ま、それがなくてもどのみち明かす気はなかったけどな。

 嘘と虚構とハリボテだろうが、最後まで『エルリーゼ』をやり通すっていうのは『魔女』との戦いの時に決めた事だ。

 それを今更曲げる気はない。

 もう意地よ意地。嘘吐きなりのプライドってのが俺にもあるのよ。

 俺が騙した皆の中にある『エルリーゼ』の虚像を壊さず守る義務が俺には……まあ、無いんだけど……ぶっちゃけ今更引っ込みが付かないだけってのが本音だけど……。

 ともかく、墓の下に行くその時まで、この嘘は突き通すつもりだ。

 

「確かに不動さんは、エルリーゼがこっちに来ていたと語っていたし、伊集院さんも肯定してた……が、実体ではなく幽霊みたいな状態だったって話じゃないか……。

けどこのエルリーゼは明らかに実体だ……どうなってるんだい……?」

 

 夜元はブツブツと一人で呟き、必死に状況を把握しようとしているようだ。

 おーおー、混乱してる。

 しかし彼女も元々、フィオーリの出身だ。

 不思議な出来事への耐性はそこらの連中より遥かに高い。

 前世で伊達に千年も生きていない。

 やがて彼女は顔をあげると、俺を見て頬を緩めた。

 

「色々疑問はあるが……久しぶりだね、エルリーゼ。また会えて嬉しいよ」

「プロフェータも。元気そうで何よりです」

 

 死んだ相手に元気そう、という言葉はどうかと思うが実際元気そうなのでまあいいだろう。

 それから俺は、空間の亀裂の事と、その亀裂を通ってフィオーリと地球を行き来している事を夜元へ説明した。

 すると夜元は腕を組み、ふーむと声をあげる。

 

「そんな場所があったとはねえ……アルフレアめ、そんなの私だって聞いてなかったよ」

「プロフェータも知らなかったのですか?」

「ああ。イヴは娘だけに教えたんだろうね」

 

 預言者は動かずして世界のあらゆる場所を視る事が出来る。

 だがそれは世界のあらゆる場所を同時に知覚出来るわけではなく、あくまで視る場所は預言者が選ぶというものだ。

 プロフェータもそういう場所があると知っていればそこを視ただろう。

 だが知らないのではそもそも視ないのだから、どうしようもない。

 

「だが合点がいったよ。その亀裂こそがフィオーリとこの世界を繋いでいたものだ。

恐らく私の魂も、その繋がりを通ってこっちに転生してしまったんだろうね。

前世の記憶を持ち越しているのも、多分世界を超えた転生という本来あり得ない出来事のせいだろう」

 

 確かに、夜元の言う通りに世界を超えて転生した者は前世の記憶を残してしまっている。

 現状では俺と夜元の二人しかいないので必ずしもそうとは言えないが、あの亀裂がある限り、この先記憶持ち転生者が増える可能性が残されている。

 やっぱあの穴、さっさと塞いだ方がいいな。

 次向こうに戻ったら、塞ぐようにアルフレアに言っておくか。

 

「それにしても……」

 

 夜元はチラリと俺の方を向き、感心したように目を細めた。

 

「前世では理解はしていても実感はしていなかったが、同じ人間になってみるとよく分かる。

誰もがお前さんを本物の聖女と信じて疑わないわけだ」

 

 疑われない為に外見は特に気を使ったからな!

 中身が真っ赤な偽物なんだから、せめて見た目や言動くらいは本物以上に本物をしなきゃならん。

 人狼ゲームで、時に人狼が村人よりも白く見えるのと同じだ。

 村人は本当に村人なのだから、無理に村人らしく振舞わない。

 だが人狼は偽物だから、本当の村人以上に村人らしく振舞う。

 正直いつバレるかなと冷や冷やしてたよ。

 今更ながらよくバレなかったものだ。

 

「というか、どうなってるんだい?

向こうには美容器具もエステサロンもないだろうに。化粧だってフィオーリのはこっちに比べりゃお粗末なもんだ。

正直不可解なレベルなんだが……」

 

 夜元の疑問に、俺は曖昧に笑って誤魔化した。

 そりゃお前、あれよ。魔法万歳ってやつだ。

 詳しくは言わんけど、水魔法を応用して保湿とか、回復魔法の応用で組織の修復とか色々やって常に髪質肌質その他諸々を考え得る限りの最善最高の状態でキープし続けているのが俺だ。

 以前城仕えのメイドの女の子に『エルリーゼ様は何の手入れをせずともお美しくて羨ましい』と言われた事があるが、実際は全くの逆だ。

 手入れしていないのではない。魔法をオート化して常に手入れし続けているのだ!

 まあ極めれば回復魔法で失った腕とかも再生出来るのがフィオーリだし、そこまで出来るようになれば割と何でも出来るってわけだ。

 多分細胞分裂の回数とかも無視してるし、意図的にそれを増やす事も可能だろう。

 前まで俺の中にあった闇パワーは既になくなったが、それとは無関係に今後も不老を維持していく事は出来るはずだ。

 

 ちなみに一応言っておくが、魔法を解除してもすぐに化けの皮が剥がれたりとかはしない。

 別に魔法で立体映像を作って誤魔化しているとかではないからな。(光魔法の応用で光沢とかは少しインチキしてるけど……)

 あくまで常にメンテナンスし続ける事で素の状態を最善に保ち続けているだけだ。

 なのでオート魔法を全解除してもすぐに外見が劣化したりとか、そんな事は全然ない。

 ……まあ人間として至極当たり前の話として、魔法を解除したまま何日も手入れせずに過ごせば肌荒れとか何とかで劣化していくだろうが。

 実際エルリーゼ(真)は本人の暴飲暴食が原因で元々の優れた容姿を全て台無しにしてしまっていた。

 体臭も酷いらしく、作中でベルネルからは『いくつもの甘ったるい香水を無駄に多く使っているせいでそれらが混ざって耐えがたい激臭と化している』と評されている。

 つまりは、元がどれだけチート染みた美少女ボディであっても維持する努力をしなければどんどん駄目になっていくというわけだ。

 

「とりあえず、あんまり外をウロウロと歩かない方がいいよ。

この国はフィオーリと比べれば抜群に治安がいいが、それでも馬鹿がいないわけじゃないんだ。

いや、むしろ悪人の数は確実に向こうより多い。

ましてやお前さんのその容姿は……普段真面目な奴でも理性が飛んで血迷いかねない」

「ご忠告感謝します。気を付けますね」

「そうしてくれると助かる」

 

 夜元はそう言い、胸元のポケットからスマートフォンを取り出した。

 それからカレンダーを映し、何かを確認する。

 

「なあ……もしよかったら、どこか落ち着ける場所でゆっくり話さないかい? 出来れば一日くらいさ。

私がいなくなった後のそっちの話とか色々聞きたいんだ。

多分これが最初で最後の…………いや、何でもない。今は辛気臭い話はよそう」

 

 夜元が確認していたのは、恐らく明日の予定とかそんなのだろう。

 どちらにせよ彼女のその提案は、渡りに船だ。

 元々俺は彼女と再会する事を目的としてここまで来たのだから、断る理由は何もない。

 だから俺は、黙って頷く事で返事とした。




・前世
プロフェータ(へえ……まあ、人間にとってはかなり整った容姿なんだろうね。私、亀だからよく分からんけど)

・今
夜元(エルリーゼ、美少女すぎないか……?)

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