理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー) 作:壁首領大公(元・わからないマン)
落ち着ける場所でゆっくり話したい。
そう言って夜元が俺を連れて行った場所は、駅近くにあった古びた温泉旅館であった。
近くには立派なビジネスホテルなんかもあったが、多分こういう古っぽい方が好みなのだろう。
チェックインを済ませて部屋に入り、夜元は俺の方を見て頬を緩める。
「驚いたかい? こっちの世界じゃこういう宿泊施設があるんだよ。
私の家で話す事も考えたんだが、お前さんみたいな浮世離れした奴を連れて行ったら家族がひっくり返っちまう。
説明するのも面倒だし、こっちの方が楽ってもんだ」
夜元は、前世では千歳超えの亀だったが今は二十歳前後の人間の女性だ。
発言から察するに恐らく実家暮らしなのだろう。
確かに、そんな所に何の説明もなく俺みたいな明らかに日本人じゃない奴を連れて行ったら説明するのも面倒臭そうだ。
それにしても、夜元に家族か……いや、人間に転生したんだからいるのが当然なんだが、少し安心した。
どうやら今の家族とは上手くやれているようだ。
家族の事を語る彼女の顔は、優しくて穏やかだ。
「この旅館は少し古臭いが安いし、オマケにいい温泉があるんだ。
後で入ってみるといいよ」
ほう……温泉か……!
という事は当然女湯があるわけだ。
こりゃ久しぶりの覗きタイムと洒落こめそうじゃないか。
TSはしたが心のネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲は今も健在だ。
ちなみに鏡で自分の裸を見ても残念ながら興奮は出来ない。当たり前だな。
それから俺達は、あの『魔女』との戦いが終わってからの互いの世界の事を話した。
俺があの後すぐに聖女の座から降りてアルフレアが次の聖女となった事。
ベルネルやエテルナのその後……サイトナルタ帝王とかいう変なのと遭遇した事と、それをあっさり倒してしまった事……。
夜元の方もこっちの世界に転生してから最初は色々戸惑っていた事を話し、ケラケラと笑う。
「そりゃ最初の頃は何の冗談かと思ったさ。千年も生きてきた私が今更人間の子供達に囲まれて学校通いだよ。
しかもこっちの世界の学力基準はフィオーリの比じゃないから、私ともあろう者が私の前世の十分の一も生きてないような若造を先生と呼んで教わって……まあ、いい経験だったよ。
しかしそうか……やっぱサイトナルタの亡霊はお前さんに始末されたか。
まあ、そうなるんじゃないかとは思ってたよ」
「という事はやはり、プロフェータは彼の事を知っていたのですか」
「ああ。だがわざわざ教える程の存在じゃないと思っていた。少なくとも、海の中に放置している限りはアレは無害だったからね。
教えるにしても全てが終わってからと思っていたが、残念ながらその暇はなかった」
俺の予想通り、やはり夜元はサイトナルタ帝王の存在を掴んでいたようだ。
そしてそれを話さなかった理由も大方予想通りだ。
かつての元凶だろうが何だろうが現在進行形で世界に何もしていないならば、その討伐優先度は低くなるし、皆がアレクシアとの戦いに向けて集中している時にわざわざサイトナルタ帝王の事を教える必要もない。
そしてアレクシアとの戦いが終わった後は俺が死に、俺が復活して『魔女』を倒した後にはプロフェータが死んだ。
だから話すタイミングがなかった、というわけだ。
しかし思えばおかしなものだ。
俺は日本で死んでフィオーリに転生し、プロフェータはフィオーリで死んで日本に転生した。
つまり今ここにいる俺達は、どちらも死人なわけだ。
それがこうして生きて話しているというのは、何だか不思議なものを感じる。
というか……そういや、今更ながら俺達のどっちも結局『あの世』なんてものは見てないんだな。
「プロフェータ……一つ聞きたいのですが、この世界がフィオーリから見た死後の世界なのでしょうか?」
俺はかつて、フィオーリにはあの世があると信じていた。
それは『ゲームで実際にあの世が描写されていたから』という神の視点……メタ知識があったからだ。
だがそのゲームのシナリオは夜元が前世で見聞きしたものを元に作ったもので、更にいくつかは事実ではなくただの夜元の想像だった事が判明してしまった。
という事は、かつて俺が絶対と思っていたあの世の実在も危ぶまれるわけだ。
下手をすれば俺は、ありもしないあの世に期待して死への道を突き進んでいた事になる。
「いや、私がこっちに転生したのはあくまで偶然だ。
フィオーリにはちゃんと、死者の魂が辿り着く場所が存在している。
私は預言者になった時に、その事を強く実感した。
私だけじゃなく歴代の聖女もその事を感じているはずだ。
世界の意思……って言えばいいのかな。それが教えてくれるのさ。
お前さんもいつか、感覚として分かるようになるよ」
預言者とは世界の意思の代弁者だ。
そんな存在がいる事からして、フィオーリという世界に意思が存在しているのは間違いない。
そしてその意思がプロフェータや聖女に、『あの世あるよ!』と教えていたようだ。
ならばやはり、フィオーリにあの世は存在している……とは言い切れないな……。
あの世界の意思って割とポンコツだし。
あったとしても、そこが俺の考えるような悠々自適に暮らせる理想郷とは限らない。
だって繰り返すがフィオーリの世界意思ってかなりポンコツというか、ガバガバというか……アレだもんな。
元々こいつがしっかりしてれば千年の悲劇の連鎖なんてものはなかったわけで、歴代聖女の悲劇は世界意思がいつまでも欠陥システムを直さなかったのが原因だ。
最初にイヴが創り出され、おかしくなったのはまあ、サイトナルタ帝王のせいでいいとしよう。
で、そのイヴがおかしくなったから、対抗手段として聖女を生み出した。これもよしとしよう。
だが『負の感情に弱い』という欠点を何一つ克服していないせいでその聖女が闇落ちし(正確にはイヴの次の聖女であるアルフレアは封印されたので次の次だ)、また飽きずに同じような聖女を生み出し……そりゃいつまでも終わらんわ! 失敗を何一つ次に活かしてねえもん!
それを繰り返したせいで誰も倒せない『魔女』という特大のバグが発生してしまい、挙句最後には同じく別の世界から紛れ込んで来た俺という別のバグが倒してようやく終わりを迎えた。
改めて考えるとひっでえなこれ。
俺の知るゲームだと、あの世は誰もが悩みなく暮らせる花畑みたいな場所だった。
だがそれはプロフェータの想像だ。
しかも俺の知るゲームを作ったのは、本来の歴史――つまりバッドエンド世界の方で生きていたプロフェータだ。
ならば、ゲームで描写されていたあの世は、プロフェータの願望が多分に含まれたものだった可能性が高い。
せめてあの世では幸せであってくれという、そんな願いが含まれていなかったとは言い切れないだろう。
というか今更ながら、よく俺は何の根拠もなく『あの世あるからそこでのんびり暮らそう』とか思ってたな。我ながらアホすぎんか……?
やっぱ魂が二つに分かれてたせいで思考力が落ちてたのかね。
不動新人とエルリーゼの両方の記憶が統合された今なら分かる事だが……
『そこは気付けよ!』て事にも気付いてなかったからな……。
多分賢さの七割くらいが不動新人の方に置き去りになってたぞ、アレ……。
まあ、だからといって今の俺が賢いかというと微妙なラインだが。
「どうした? 考え事かい?」
「いえ、あの世とはどんな場所なのかと想像していただけです」
「どんな場所、か……そればかりは実際いってみないと分からないね。
それより、夕食まで時間もあるし先に温泉でも入るかい?」
結局のところ、その時になってみないと分からないって事だ。
それに今となっては俺自身、死に逃げして楽になろうという考えもない。
あんな泣きじゃくるレイラの姿とか慟哭とかを見せ付けられちゃ流石にな……。
つーわけで、考察は終わり! それより温泉だ温泉。
別に死ななくても天国を拝む事は出来るのさ。うへへへ。
◇
お婆さんしかいませんでした、はい。
若い子は皆、近くのお洒落なホテルとかに持ってかれてるんやな。天国なんてなかった。
一緒に入った夜元は一応若いっちゃ若いんだが、中身が千歳超えの亀って知ってるからなあ……。
どうしても前世の姿が脳裏にチラ付くから見ても全く興奮出来ん。
結局普通に温泉に入って普通に出て終わった。
ちなみに温泉は普通に……というかかなり気持ちよかった。
今度フィオーリでも温泉探して掘ってみようかな。
で、アルフレアやエテルナでも誘って入ってみよう。
「思った通り浴衣も似合うね。というより何を着ても似合うんだろうね」
「プロフェータも似合っていますよ」
「お世辞をありがとう。さて、そろそろ夕飯の時間だし部屋に戻ろうか」
風呂から上がった俺は夜元と一緒に浴衣に着替えていた。
和風の旅館でワンピースは流石に目立つので、ここにいる間はこの恰好でいこうと思う。
部屋に戻るまでの道で何人かとすれ違い、やはりここでも視線の集中砲火を浴びた。うん、慣れた。
その後は夕食だ。
並べられているのは刺身に天ぷら、豚肉の陶板焼き、茶碗蒸し。
何と言うか、旅館の定番って感じのメニューだ。
「どうだい、驚いたろ? こっちじゃ生の魚が出るんだよ。とりあえず食べてみなよ、安全は保証するからさ。そっちのワサビは好みで載せるといいよ」
夜元が得意気に言い、俺の出方を窺うように視線を投げて来る。
これは、異世界人的なリアクションでも求められているのだろうか?
こう、飯テロ系の小説とかで異世界人が日本の飯を食べて「生の魚がこんなに美味いなんて!」みたいなの。
気持ちは分かる。俺もそういうの好きだし、そういうリアクションを求めて向こうでケーキとか作ってレイラやアルフレアに食わせてた節はあるからな。
ましてや夜元はライトノベル作家兼シナリオライターだ。
リアルな異世界人の反応は貴重なのだろう。
夜元自身は……何せ前世が亀だからな。生魚とかむしろ当たり前だっただろう。
しかしやっぱ、人間に転生した後でも前世の好みが残ってたりするのかね。
ま、いいか。とにかく久しぶりの日本の刺身だ。
まずは定番のマグロの赤身だ。ワサビを少し載せて醤油に付けて食う。
……ちょっとワサビが多すぎかな。いや、前世より子供舌になってるのかもしれん。
だが美味い。ちょっとした感動すら覚える。
ところで、実は俺はワサビは醤油に溶かす派だったりする。
醤油にワサビを溶かすのはマナー違反と聞いたので人前ではやらないが、それでも俺個人の好みとしては溶かす方が好きだ。
ワサビはそのまま食うと辛さがダイレクトにきすぎて、どうも刺身の味に集中出来ない。
淡白な味の魚なんて、そのままワサビに負けてワサビと醤油の味しかしませんでしたとか普通にあるし。
逆に溶かしてしまえば辛さも抑えられて、その分刺身の味とワサビの味が分かる気がするんだよな。
ま、個人の意見だがね。邪道である事も承知している。
ちなみに好きな刺身はサーモンだ。脂の乗ったあの甘味が癖になる。
そこに醤油の酸味をプラスし、少しくどい後味をワサビが締めるのが最高なんだよなあ。
「ん……美味しいですね」
「何か普通というか……リアクション薄いね……」
「お刺身はジャッポンで御馳走になった事もありますので」
「ああ、そっか。そういやあの国があったね。なら驚かないわけだ」
フィオーリには日本モドキの国が存在している。
食文化なんかも割と日本に似ていて、前に魔物狩りに出向いた時には天ぷらや刺身も御馳走になったもんだ。
そんなわけで、実は向こうでも刺身を食べる事の出来る場所がないわけではない。
というか……やっぱあの国、過去に転生者いたよな、絶対……。
それも醤油とか味噌とかを開発するタイプの有能な奴。
「ところで気になったんだが、お前さん普通に日本語で話してるね。こっちで覚えたのかい?」
「そんな所です。不動さんとも結構話しましたからね」
嘘は……言ってない。うん、嘘ではない。
(前世に)日本語をこっちの世界で覚えたのは事実だし、不動新人と色々話したのも事実だ。
この事はあまり話すとボロが出そうなので、さっさと打ち切って食事に戻る事にしよう。
次に箸をつけるのは天ぷら。
天ぷらはつゆ派と塩派がいるが、俺は普通につゆ派だ。
理由は食べやすさかな。塩も美味いんだが、水分がないので口の中でもっさりしてしまう。
ただ、それはスーパーとかで買った天ぷらの場合だ。
仕方のない事なのだが、スーパーなどで買う天ぷらは作ってから時間が経っているので衣もしなしなになっている事がほとんどだ。
それを誤魔化すという点でも天つゆとの相性はいい。
逆に揚げたてのサクサクの天ぷらは天つゆにつけてしまうと、せっかくの衣がしなびてしまうので、塩で頂くのが美味い。
好みは王道のエビ……ではなく、どっちかというとカボチャとかサツマイモとかナスとかの野菜系の天ぷらだ。
全体的に俺は甘いのが好きなのかもしれん。
そしてこの旅館の天ぷらは衣がサクサクなのが嬉しい。味は同じでも衣がしなしなかサクサクかで全然美味さが変わる。
次は豚肉の陶板焼き。
シンプルながら、肉がいい。
フィオーリの豚肉とは雲泥の差だ。
向こうの豚も食用ではあるんだが、味を向上させる為に餌を厳選したりとかそんなのは全然ないからな。
とにかく食える物を食わせて太らせて、そんで冬が来たら食べる。それだけだ。
食べられる為に育てられてきた豚達の命に感謝しつつ肉を噛み締める。
残酷ではあるが、それでも美味い。ありがとう、豚。
合間合間にご飯も食べつつ、改めてその味に軽く感動する。
フィオーリにも米はあるが、やはりその差は歴然としている。
農家の皆さんが血の滲むような努力で何世代にも渡って改良と競争を重ねてきた米は別格だ。
前世では米は無心で食ってたような気がするが、転生した今ならそれがどれだけ贅沢だったかが分かる。
米、超うめえ。
最後に茶碗蒸しの優しい味わいで締めとし、箸を置いた。
昔は洋食派だったんだが、改めて食べると和食めっちゃうめえ。
前世の俺は刺身よりステーキ、海老天よりもエビフライ、茶碗蒸しよりもプリンという感じだったのだが今なら間違いがよく分かる。
優劣なんてなかったんやなって。
ちなみに私はワサビ付けるのとサビ抜きを交互に食う派。
ワサビ邪魔や。これ付けると味よく分からん→何か物足りないなあ。ワサビ付けよ→ワサビ邪魔や。これ付けると味よく分からん→ループ