あかりとマキの正妻戦争   作:真喜屋五木路

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ケンカするほど仲が悪い

「私はあの人が嫌いだ」

 

「僕はあの子が嫌いだ」

 

「先輩の一番は私なのに、私が離れなければならなかった間隙を縫って勝手に一番の親友だなんて自称しているあの人が嫌いだ」

 

「親戚かなんだか知らないけれど突然に表れたと思ったら、いきなり僕の親友にベタベタしようとするあの子が嫌いだ」

 

「同じ学年だからって違うクラスなのに隙あらば先輩のところに行こうとしてるのは、流石に迷惑だと思う。先輩にもクラスの中での関係がある訳で……私だって抑えてるのに」

 

「高等部と中等部で時間割は違うし、別に家が近いわけでもないのにわざわざ毎朝一緒に登校しようとするのはやりすぎじゃない? そりゃあ僕は朝あんまり得意なほうじゃないけど、親友の為なら絶対起きれる!! ……筈だ」

 

「それに、わざわざ見せつけるようにして修学旅行で一緒に買ったとかいうキーホルダーをつけてるのも気に食わない。私は年齢的にも時期的にも先輩と一緒に修学旅行に行けたはずが無くて、そんな事実を改めて突き付けられているようで」

 

「それに、お菓子や小物なんかのちょっとした好みにあの子が関わっていたりすると、どうしようもないけど妬ましい。僕が出会う以前の親友にとって、あの子がどれだけ大きな存在か思い知らされるようで」

 

「実際年齢差というのはなかなかに埋めようがない。今の家族のような関係が嫌いなわけではないけれど、あの人とのように対等な友達、という奴になるのはどうしても難しい」

 

「第一年下の親戚と何の血縁もない他人、その違いは大きいと思う。どうしても僕じゃあの子相手に見せるような遠慮のない関係にはなれないだろう」

 

「そもそもあの引越しさえなければ私も先輩と離れる必要なんてなかったわけで、そうだったらあの人が今みたいに割り込んでくるようなことも無かったはずなのに」

 

「もし仮に僕のほうがあの子より早く親友と出会ってさえいれば、あの子が付きまとってくるような事にならなかったんじゃないだろうか」

 

「そんな訳で私は――

 

「だから、僕は――

 

 

 

 

 

 

弦巻マキが嫌いだ」

 

紲星あかりが嫌いだ」

 

―――――――――――――――――――

 

「あー!! 何でマキ先輩がこんな時間から学校にいるんですか!?」

 

「……そういうあかりさんこそ、何で高等部棟にいるのさ」

 

早朝の精華学園高等部棟二階、A組教室前の廊下。まだ朝礼が始まるまでは随分と時間がある為か、生徒たちが駄弁ったりスマホでゲームに興じたりと各々の時間を過ごし、のどやかな空気が流れていたそこに突如、場違いなピリピリとした声が二つ響き渡った。

一体何事かと生徒たちのにぎやかな騒めきはぴたりと止まり、視線が声の主である二人へと集まる。

 

一人は丁度階段を登ったあたりのところで、中等部の制服であるセーラー服のスカートを翻し、幼さの残る頬を膨らませてもう一人に向かって人差し指を突きつける白い三つ編みの少女。

それに十メートルほど離れて相対するのは高等部生であろう、ブレザーの上着を腰で巻き、仁王立ちして不満そうに腕を組む、長い金髪の女子生徒。

 

共に美少女、美人と言って差し支えない二人のにらみ合いは、それこそ映画のワンカットにでもすれば映えるのかもしれないが、ここは狭い学校の廊下だ。二人によって生み出される緊張感にたちまち場は満たされ、そんな悠長なことは言っていられそうにもない。

現に二人の姿を認めた生徒たちの中には「おい、あれ弦巻さんだよな?」「え? 何、何があったの?」と不安そうにしている者もいる。

 

だが意外にもそのような生徒は一部であり、大多数は「ああ、あの二人ね……」「まーたやってんのかあの二人」と少し呆れたようにしながらも緊張の糸を僅かに緩め、二人の様子を観劇でもするかのように遠巻きに眺め始めた。

 

そしてあくびをしながら歩いていたために、周りから少し遅れて二人の睨み付けるような視線に挟まれていると気付いた男子学生が、慌てて壁際へと飛び退る。そしていよいよ二人を遮るものがなくなったところで、「あかりさん」と呼ばれた中等部生の少女が、威嚇するように二つの三つ編みを揺らして戦端を開いた。

 

「マキ先輩は知らないでしょうけど私はいつもこれ位の時間には学校へ来てますし、ここにいたっておかしくないですから。それよりも! 遅刻魔なマキ先輩がこんな朝早くから学校にいる方がおかしいじゃないですか」

 

そう言われた金髪の高等部生は思い当たる節があるのか、少しバツが悪そうに「うっ」と呻いて目をそらす。だがすぐにやられっぱなしではいられないと考え直したのか、一つ咳払いしてから再び中等部の子へ細く尖らせた視線を戻した。

 

「……別にいいじゃないか、僕だって偶には朝早く来ることがあったってさ。いつもより遅く来るよりはいいでしょ? あ、後それから僕は遅刻魔じゃないから! ギリギリなだけで一応ちゃんと間に合ってはいるから!!」

 

「……いや、あれ完全にお情けかけてもらってますからね? 昨日とか完全に生活指導の先生、校門を閉めてる途中で先輩の姿が見えたからって、手を止めてよそ見しながら口笛吹いてましたからね?」

 

「な?! 何でそれをあかりさんが知ってんのさ!?」

 

「何でも何も……中等部棟は校門の正面ですし私の席は窓際ですから、毎朝駆け込んでくるマキ先輩の姿は見たくなくても見えてしまうので。ああ、そういえば一昨日は風紀委員の方に頭を下げこんで何とか通してもらってましたねぇ……。それから一週間ほど前には――」

 

「う、うがぁああああああ」

 

自らの宿敵に毎朝自分の情けない姿を見られていたことに、マキは声にならない叫びをあげて金髪をワシャワシャと掻き毟る。

そんな彼女の背後から一人の男子生徒が「大丈夫っす、弦巻さん! 弦巻さんが朝弱いのはみんな知ってますから!!」と声をかけ、それに同調するように「そうだよ、今更そんな事気にしない気にしない!」「朝弱い弦巻さんも素敵だと思いまーす!」など、好き勝手な声援(?)が飛ぶ。

 

「う! うるさーい!!」

 

さっきまでの凛とした鋭い目つきから一転、今やちょっと涙ぐんでいるマキは後ろの生徒たちに向かって吠える。

廊下を満たしていた緊張感は完全になくなったわけではないが、先ほどまでと違って少しコミカルな雰囲気が混じっていて、先ほどまで大丈夫かと心配していた一部の生徒たちもなんとなく、目の前のこれが深刻な事態ではないと察し始めた。

 

「~~っ! あーもう、僕のことはいいんだよ! それよりもあかりさん!! 中等部生の君が高等部棟に理由もなくこうやって来ている方が問題じゃないの?!」

 

話題をそらすように勢いよく言いきって、彼女はバン! と折り目を入れておいた生徒手帳のページを開き、あかりに見せつける。

 

「校則のここにあるでしょ『中等部生は高等部棟に、あるいは高等部生は中等部棟に理由なくむやみに立ち入ってはならない』って!」

 

それを聞いて今まで主導権を握っているという余裕に満ちていたあかりの表情に、僅かながら動揺が浮かんだ。

 

「そんな事書いて…………むぅ」

 

自身の生徒手帳を開き先ほどの一文を見つけたのか、今度は明らかに曇った彼女の表情を見て、マキは先輩げもなく「ぃよしっ!」とこぶしを握った。

何せ頭の回転が違うためか、目の前の中等部生にはいつもいいように言い負かされかけているのだ。正直周囲からの助言がなければ、今まで何度言い負かされてしまっているだろうか分からない。まぁ、その対価として先ほどのように茶化される場合もあるのだが。

 

閑話休題。そんな彼女に一泡吹かせる為に今まで色々と考えを巡らせ、そしてついに昨日。何か校則で使えるものはないかという思い付きのもと、折り目のない学生手帳を開いて眠気と戦いながらこの反撃の一手を見つけたのだ。それがこうして決まったわけで、ガッツポーズも已む無しであろう。

 

だが、よしこれで今日こそこの子を出し抜いて……と勝ちを確信してしまったのがフラグになってしまったらしい。

生徒手帳に目を走らせていたあかりの目がある一点を見たところでぴたりと止まり、不敵に細められる。

 

「ふふ、マキ先輩にしてはなかなか考えたじゃないですか……ですが! その校則の四つ先にはこうもあります『中等部、高等部生の別なく親交を深め、様々な意見に触れることで価値観を広げ、人間性成長の糧とすること』と! そして私は先輩方と交流を深めるために高等部へ来ている、つまり校則にも書いてある正当な理由でもって高等部棟へ立ち入ってるのです。……さぁ、私がここにいるのに何か問題がありますか?」

 

「え!? ほんとだ……あれ、じゃあ問題ない……?」

 

それはこじつけもいいところの無茶苦茶な論法だったが、あまりにも堂々としたあかりの態度はその無茶を押し通して、それっぽさを生み出していた。

そんな詭弁についうっかり説得されかけたマキの背後から何時ものように援護が飛ぶ。

 

「あかりさんが交流を深めようとしているのは主に一人じゃない! それじゃあ価値観を広げることはできないと思いまーす!!」

 

「っ! そうそうそれ! 僕はそれが言いたかったんだよ! あかりさんも少しは一人にこだわらないで、もっと他の人とも交流を深めるべきじゃないのかな?」

 

さも自分が思いついたかのように背後の女子生徒の言葉を引き継いで、マキはうんうんと深く頷く。

 

「いやいや、私はちゃんと中等部の方に友人がいますから。むしろ、特定の一人にこだわってるのはマキ先輩の方ではないんですか? 現に、最近毎日のように先輩と一緒にお昼ご飯を食べようと食堂で待ち伏せていますよね、あれこそ協定違反では?」

 

ぎくぅっ! と一瞬固まった後、マキは露骨に視線をそらしながらぎこちなく笑う。

 

「ハハハ、イッタイナンノコトカナー」

 

「下手っ! 私が言うのも何ですけど、流石にマキ先輩ウソが下手すぎやしませんか!?」

 

先輩との仲を邪魔してくる敵だということも忘れて、あかりが突っ込んでしまうほどのすがすがしい棒読みだった。

 

「ソンナコトナイ、マキサンウソツカナイ」

 

露骨に一人称まで変わってるじゃないかとか、なんか抑揚がなさ過ぎてよく回転寿司店にいる接客ロボットの声みたいになってる、とか色々突っ込みたいところはあったが、突っ込んだら負けだとそれらを胸の奥に押し込んであかりは尋ねる。

 

「じゃあ、昨日は何で食堂の入り口で食品サンプル見るふりしながらちらちらと周りをうかがっていたんですか?」

 

「…………」

 

「昨日は食べたいメニューがあるけど、手持ちのお金がなかったから誰か知り合いにかしてもらえないかなーって探してたんだよ!」

 

「ソウイウコトダヨー」

 

答えたのはやはり弦巻ではなくその後ろにいる男子生徒の一人である。マキは棒読みで同調しただけ。

 

「……じゃあ、一昨日食堂の入り口付近のテーブルに座って素うどんに一切手をつけずにずーっと粘ってたのは?」

 

「それは、猫舌だから冷めるのを待ってたんじゃない?」

 

「ソウソウソウダヨー」

 

「いや、十分も放置してたら冷めるどころか伸びきってますよね、うどん」

 

そう冷静に突っ込んだつもりのあかりであったが、それは言い換えれば少なくとも十分はマキの姿を見ていたということに他ならず。

 

「実はあかりさん弦巻さんと仲良くしたいのに素直になれないからこうやって突っかかっ……ヒィ!?」

 

そんな風にからかおうとした男子学生にギラリと暗く輝く四つの瞳が突き刺さる。

 

「わぁ。面白い冗談ですね、そこの先輩? それはつっこみ待ちと言うことでいいんですかね?」

 

そういいながら不満顔の紲星はシャドーボクシングを始め

 

「それは流石に僕も怒るよ?」

 

弦巻は言葉とは真逆に満面のにっこりとした笑顔を浮かべる。

 

「す、すいませんでしたー!!」

 

二人とも年下どころか、片方に至っては中等部だということも忘れて、男子学生はキレイな土下座を決めた。

どうやらそれで二人の矛先は彼から目の前の相手に戻ったようで、再び互いににらみ合うと、今度は弦巻の方が追及に回る。

 

「というか! 協定違反と言えば、あかりさんだって毎日のように図書館で時間潰して高等部の授業が終わるのを待っているらしいじゃんか! そっちの方が協定違反じゃないの?」

 

「違いますよ! 自分がそうだからと言ってそれを他人にも当てはめないで下さい! 私が放課後図書館にいるのはちゃんとした理由があるからです!!」

 

「ふーん、じゃあそのちゃんとした理由って何さ?」

 

「万年赤点で勉強する気のないマキ先輩には関係ない理由ですよ」

 

「なぁ!? べ、別に勉強する気がないのは関係ないでしょ? ちょっと帰国子女だからって勉強ができると思って!!」

 

「言っておきますけど、私が勉強出来るのと帰国子女なのに因果関係はありませんからね。そうやって自分の努力不足を環境のせいにしてるからマキ先輩は赤点なんですよ」

 

「……む、むぐぐ」

 

実際に勉強していない自覚のあるマキはそれに言い返せず言葉につまる。

マキの取り巻きである生徒たちも正直彼女の成績についてはどうやっても庇えず、気まずそうにそっぽを見た。

それを見た周りの生徒たちも「ああ、今日はあかりの勝ちかと」徐々に散開しようとし始めた――だがその時。

 

「むぎぎ…………。いや、いいもん。もし今度赤点取ったら親友に教えてもらうから!」

 

「な――!」

 

半ばやけくそになってついそう口にしたマキだったが、言ってしまった後で存外悪い考えでもないかもと思い直す。

 

「……いや、そうだよ。それでいいじゃん! うん、これならもっともな理由で親友に会えるじゃん」

 

「いや、いやいやいや! それこそ協定違反でしょう?! 勉強教えてもらうなら先輩じゃなくてもいいじゃないですか!! それのどこがもっともな理由なんですか!?」

 

「いやだって『あかりさんがいない間』よく二人で勉強会とかしてたから。二人でどっちかの家に集まって、お菓子をつつきながら勉強して、偶には話し込んじゃって全然勉強できなかった日とかもあったりして、そんなときはじゃあまた明日やりましょうとか……」

 

滔々と『親友』との思い出を語り続ける弦巻マキに対して、紲星あかりはフルフルと震えながらだんだん涙目になってくる。

 

「ぐぬぬ……なんですかそれ! ずるい! ずるいですよマキ先輩! 何ですかその素敵イベント!! 私だって先輩と勉強会とかしてみたいのに、なんで勝手にやってるんですか!」

 

「そんなこと言われても、ねぇ? その時あかりさんは海外に行ってたんだから無理に決まってるじゃん。あ、そういえばいつもは教えてもらってばっかりの僕だったけど、音楽のテスト前には楽譜の読み方とか教えてあげたりして……知ってる? 親友が悩んでるのから一転、分かったって時の笑顔がすごくかわいくてさー」

 

「ぬぁー!! そんな詳細に語んないでください! とにかく勉強会なんて絶対私は認めないですからね!! そんなのどう考えたって協定違反です!」

 

あかりは地団駄を踏みながら、マキを指さす。

 

因みに二人の会話に出てくる『協定』とは、二人の言う親友にして先輩との関わり方を色々と定めたルール群……平たく言ってしまえばお互い抜け駆けしないように定められた不文律だ。お互い泥棒猫のような真似はやめて、淑女らしく堂々と争おうという所から「淑女協定」という名前がついているが、そんな長ったらしい言葉使ってられないのでいつも協定と略されてしまっている。ただそんな呼び方の雑さに反して、協定が定める内容は多い。

 

最初こそ『付きまとうような行動をやめる』という一文だけだったのが、紲星あかりがルールの裏を突くような手段で『先輩』に会おうとしたり、弦巻マキが天然交じりでルールの間隙を掻い潜ろうとしたりしているうちに、いつの間にか結構な数のルールが出来てしまっているのだった。

例えば件の相手について二人とも名前を呼ばず「先輩」、「親友」と呼んでいるのもそんなルールの一つ故であり、これの為に最近ではまともに会うことはおろか学校で名前を呼ぶことすら稀になってしまっているのだ。

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