あかりとマキの正妻戦争   作:真喜屋五木路

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勝負の裏側と小さな一歩

「ふぅ……流石にちょっと疲れましたね……」

 

ゆかりはフードコートの一画にある白いプラスチックのテーブルセットに腰掛けて、空を仰ぐ。

昼ご飯の時間帯は空いてるからとアトラクションを回るのを優先した為、時刻的にはおやつの時間といった方がいいだろうか。席に座っている人影もまばらで空きテーブルは探すまでもなく見つかった。

 

「あかりちゃんはまたご飯買いすぎたりしてないでしょうか……マキさんが止めてくれるでしょうし、大丈夫ですよね?」

 

あかりとマキは現在買い出しに向かっており、ゆかりは場所取りで先に座っている為一人である。

本当は食べ物になると見境のなくなるあかりに席取りを頼みたかったのだが「それだと、マキ先輩だけゆかりお姉ちゃんと一緒にいる時間が長くなるじゃないですか!」との抗議があり、公平を期すため二人に行ってもらうことになったのだ。

 

「……何というか、二人がいないとやっぱり静かですよね」

 

二人のうち片方と一緒にいた時も十分賑やかだったが、こうして二人ともと一緒にいるとやっぱり賑やかさというか姦しさが違った。

さして二人と別行動しはじめてから時間が経っているわけではないし、近くにいるのも分かっているのに、それでも少しだけ寂寥感がこみ上げてきてしまうほどには。

 

「なーんや結月っちゃん? もしかして寂しいんか~?」

 

「!!……もう、いきなり話しかけないでくださいよ。びっくりするじゃないですか」

 

不意に背後からかかった声にびくっとして振り返ると、ひらひらと手を振る茜が立っていた。

 

「はっはっは。悪い悪い。話しかけるつもりはなかったんやけど、結月っちゃんが随分黄昏とったからなぁ。ついつい声、かけてもうたわ」

 

「そんなに、ですか? それより茜さんは――ああ、例の校内新聞ですか」

 

的を射た指摘を受けて照れくさくなったのをごまかそうと、ゆかりは茜の方へ話を振る。

 

「せやせや。初日の勝負から今日の結果までまとめて明日発行やからな、今日が山場よ」

 

茜は片脇に挟んだノートパソコンを指でコンコンと叩くと、わざとらしいほど大きなため息をつく。

 

「ふふ、頑張ってくださいね?」

 

「お? 最初はあんなに抵抗してたのに、応援してくれるんか?」

 

「だって、あんなこと言われたら協力しないわけにはいかないでしょう? 『二人を仲良くさせたくないか?』なんて言われたら」

 

茜はふっ、と軽く笑む。

 

「うちはそこまで言ってへんで。ま『二人を仲良くさせれるかも』とは言ったけどな」

 

「そうでしたっけ? でも、結果としてこうして上手くいった訳じゃないですか」

 

そう、勝負が決まったあの日、双子に連れていたゆかりが最初に茜から言われたのがその言葉だった。

 

「とはいえ最初、茜さんからそういわれた時は何を言ってるんだって思いましたけどね」

 

「ま、あれだけ二人を煽った後でこんなこと言われても、すんなりとは信じてもらえんやろなと自分でも思うからなー。だからその分計画はしっかり説明したつもりやったけど?」

 

「ええ、だからこうして協力したんじゃないですか」

 

続いて茜が語った計画の概要はこうだ。

二人の争いがエスカレートしていっている原因には、お互いの相手に対する嫉妬も確かにある。だが、それ以上に二人で勝手にルールを作り、相手のせいでゆかりに会えないと思い込んでいるのが最大の原因なのだと。

――『ならばその思い込みを壊して、相手がいても、いやむしろ相手がいるからゆかりに会える状況を作ってしまえばええんや!』と。

 

故にゆかりが一戦目の後に三人での勉強会を提案したのも、二戦目の後にあかりに料理を教えてあげてほしいと口添えし、自身も参加するように話をまとめたのも全て計画通りだったのだ。

 

「まぁ、三戦目で結月っちゃんが暴走した時はちょっと焦ったけどな」

 

「それは……あんまり言わないでくださいよ。確かに浮かれ過ぎてしまったのは事実ですけど、結果として上手くいったわけですし」

 

「ま、確かに計画以上に上手く行ったのは事実やけどな」

 

誤魔化すように笑むゆかりにつられて、茜もニヤリと口角を引き上げる。

本来の計画ではゆかり対二人のホッケー勝負に持ち込んだ後、二人に適度に点を取らせながらも決着をつけさせず、引き分けという形での幕引きを考えていたのだが……実際どうなったかは昨日の通り、二人……否三人とも勝負の事すら忘れるという事態になった訳だ。

 

「記事にする分にも、無難に引き分けでしたーってより盛り上がるやろしな」

 

「……それに関してなんですけど、良かったんですか? こんな風に決着がつかなくて」

 

「なんや、結月っちゃんはどっちが一番、二番って順番つけたくなかったんちゃうんか?」

 

「いやそれはそうなんですけど……あんなに周りの人たちを煽っておきながら決着がつきませんでしたー…なんて、納得してもらえるんですか?」

 

「ああ、なるほどな。……巻き込まれとるのに、随分優しいんやな?」

 

「あ、いえ。ただちょっと気になったといいますか……」

 

慌ててそう付け加えるゆかりだったが、茜がからかうような笑みを浮かべているのに気づいて言葉を止める。

 

「くく、安心しいや結月っちゃん。ウチら新聞部としても決着がつかん方が助かるんやから。だって考えてもみぃな、学園のアイドルマキやんと中等部の新星きずっち、確かにどっちかが勝ったーってなった方がセンセーショナルな見出しは書けるわ。でも、盛り上がるのはその一度きりでしかないからなぁ」

 

「……なるほど」

 

「という訳でこれからもちょくちょく話題提供頼むでー、学園が誇る三美少女がいちゃいちゃしとるとか、それだけで十分記事になるし、それにウチとしても……ぐえっへっへ」

 

「うわぁ……」

 

欲望に忠実に涎を拭う茜に、流石のゆかりも露骨に引いてしまう。

 

「おっと、すまんすまん。でも、結月っちゃんもなんだかんだ言って二人の事好きやったんやろ? やからウチかて今回の作戦が成り立つかも―って思ったわけやし」

 

「どういうことですか?」

 

茜はゆかりの肩に手を回すとグイっと顔を近付けて

 

「態々言わせんでもええやん? あのボイスレコーダーでの会話で上げてた最初の二つ、あれってきずっちとマキやんを想像して言ったんやろ?」

 

「いや、あれはそういう訳ではなくて……」

 

困ったように口ごもるゆかりに対して、茜は目を輝かせる。

 

「まさかそう意識すらしとらんかったって事か! ちゅう事は、もしかして深層意識で二人の事を思い浮かべとったんやないやろか。そうやとすると……あー、うん。ええやん、めっちゃええ!!」

 

勝手にそんな結論を出して一人で興奮している茜に、ゆかりが何とも言えない苦笑で合わせていると、突然冷たい声が割り込んでくる。

 

「ねーえーさーんー?」

 

「……げ」

 

茜は一瞬にしてピキリと固まって、それからギギギと後ろを向く。

 

「あ、あー。どないしたんやー?」

 

そこには相変わらず眠たげな、だが言い知れぬ圧を纏った琴葉葵がデジカメ片手に立っていた。

 

「どないしたもこないしたもありません。記事の進捗はどうなんですか、姉さん? それとも、ゆかりさんと楽しそうに話している余裕があるって事はしっかり書き終わってると考えてもいいんですか?」

 

「う、いや……あとちょいちょいで完成って所でな……?」

 

「姉さんがちょいちょいと言う表現を使う場合、これまでの経験から半分終わっていないと認識しているのですけれど?」

 

「う……」

 

先ほどまでのつかみどころ無く飄々としていた茜はそこにはいない。そんな姉にも容赦なく、葵は淡々と続ける。

 

「まだ今日の事はおろか、昨日の事も書き終わっていませんよね? 新聞って言っても今日日メインはホームページなんですから、期限は今日の十二時までなんですよ? それにページの編集や確認も入れたらもう時間はないという自覚は無いんですか?」

 

「で、でもやな……! 人間疲れすぎるとパフォーマンスが落ちるって話もあるし、ちょーっとぐらい息抜きしたって――あ、ちょ。痛たたたた!? か、堪忍や、堪忍してや!」

 

茜の言葉の途中で静かに彼女の肩へと手をかけた葵は、むぎゅむぎゅという音が聞こえてきそうなくらいに力強く、そこを揉み始めた。

 

「何言ってるんですか茜姉? 葵は疲れてるという茜姉がすぐに作業に戻れるよう、献身的に肩をお揉みしてるだけですよ?」

 

「ま、まあまあ葵さん。茜さんも少し休んだらきっとすぐに作業へ戻ってくれると思いますよ?」

 

話を聞く限り自業自得とはいえ見かねたゆかりが仲裁に入るが、葵は手を止めたもののスンとした表情のままで

 

「この姉は目を離したらすぐ休もうとするナマケモノ姉ですので、あまり甘やかさないでください、ゆかりさん」

 

「何やその動物園にある餌をあげないでください的注意は――って! わ、分かった! 今すぐ記事書く作業に戻るから! だから許してや葵ー!!」

 

こんな状況でもしっかり突っ込みを入れる茜だったが、葵が軽く肩に乗せたままの手に力をいれた瞬間あっさりと白旗を上げる。

言質が取れたことで一先ず納得したのか、葵は手を止めふぅとため息を吐く。

 

「全く……ページ編集は私も手伝いますから、早いところ一区切りつけてくださいね、姉さん。折角遊園地に来たのに、記事書いただけで帰ったら入園料が勿体ないですから」

 

「うぅ、善処するわー」

 

茜はゆかりに「ほなまたなー」とノートパソコン片手に、肩を回しながら人気の少ない木陰のテーブルへと歩いていく。きっと集中できるところで記事の続きを書くのだろう。

しばらく茜の後姿を見送っていた葵とゆかりだったが、茜が席について再びパソコンを開いたのを確認したところで、葵はゆかりの向かい側へと腰を下ろして口を開いた。

 

「……さて。ゆかりさんの事ですので大丈夫だとは思いますけれど、姉に約束の事を漏らしてはいませんよね?」

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

ゆかりが頷くと、葵は再度ふぅとため息を吐く。

 

「それなら良かったです。再度の事になりますが、くれぐれもあの約束の事について、姉には内密にお願いします」

 

「あかりちゃんとマキさんが仲良くなれるような機会を作るから、新聞部の公認に賛成して欲しいって約束ですよね? 分かってますよ」

 

茜が勝負を宣言した日に提案した計画そっくりの、だが、新聞部の公認という条件付きの約束。

それは茜の計画より二日前に葵がゆかりに提案してきた取引だった。

葵は茜が移動してないことを確認してから頷く。

 

「それなら結構です。 ……それで、私としては十分約束を果たしたと思うのですが……ゆかりさんから見てどうでしょうか?」 

 

「そんな回りくどい聞き方をしなくても、ちゃんと賛成はしますよ。ただ他の方の説得とかはできないと思うので、私一人の意見だけで部活に昇格できるかは……」

 

「それについては心配に及びません。必要な票数の確保は出来ていますから」

 

「……恐ろしいほどの手回しの良さですね」

 

平然と表情を変えずにそんなことを言う葵に対して、ゆかりは咎めるように目を細める。だが葵はそんなゆかりの視線を涼し気に受け流して、逆に尋ねる。

 

「必要だったから行ったまでです。それより私としては、ゆかりさんがこうもあっさり契約に賛同してくれた事の方が、今でも意外ですけれど?」

 

「……確かに、葵さんから提案された時はとても驚きましたし、最初は裏工作みたいで気が進まなかったですけどね」

 

「……それでも、あの二人に仲良くしてほしかった、ですか?」

 

「――二人とも影響力というか、人を引き付ける力がありますからね。あのまま二人がエスカレートしていってたら、二人だけの争いでは済まなかったでしょう。そんな状況、生徒会の一員として放置するわけにはいきませんでしたから」

 

「……それは、一番の理由ではないのでしょう?」

 

ゆかりは口元をわずかに弛緩させ、静かに頷く。

あかりが学校に転入してくると聞いて誰よりも喜んだのはゆかりだった。ああ、これで長らく夢見ていた大切な二人と学園生活が送れるのか、と。

 

だが実際あかりが転入してきてみると、二人はゆかりをめぐって衝突してばかり。そうすると生徒会の一員であるゆかりとしても二人に注意せざるを得ず、思い描いていたのとは逆にマキとの時間まで減ってしまっていた。

その一方で、生徒会役員としての義務感が『この状況を何とかしなければ、二人が争わないようにしなければ』とひたすらゆかりを駆り立て続ける。

 

……最悪、自分が原因なのだから二人と距離を置くことも考えなければならないだろうかと考えたこともある。

だけど――

ゆかりは指を絡ませた両手にギュッと力を籠める。

 

「――やっぱり私自身が、どうしても二人にはそばにいて欲しかったですから」

 

そう、琴葉葵が今回の約束を持ち込んできたのはそんな時だった。

『弦巻マキと紲星あかり、二人の仲違いを解く方法があるとすればどうしますか?』と。

 

「……それにしても、ですよ? やっぱり最初に概要ぐらいは教えてくれたって良かったんじゃないですか? そのせいで、茜さんが突然勝負を始めようとした時は本当にどうしようかと思ったんですから」

 

当然ゆかりだっていきなりそんなことを言われて安易に信じた訳ではなかった。しかもどんなに聞いても、葵は頑なに詳細は明かせないとの一点張りで、どうするつもりかも全くわからない。……改めて今考えてみると、なんと怪しい口約束だろうか。

 

「それに関しては申し訳ありません。ただ計画上どうしても、あの妙なところで鋭いところのある姉を巻き込む必要があったので、万全を期したかったのです」

 

葵はいつもと変わらない口調で、だが本当に申し訳ないとは思っていたのか頭を下げる。

 

「いえ、結果としてこうして上手くいったので別に謝る必要はありませんよ」

 

ゆかりはいえいえと横に手を振る。

結局のところ、最終的にゆかりが怪しいと思いながらも葵の提案に乗ったのは、彼女は出来ないことを出来るというようなそんな不誠実な人間ではないと、こういった風に言動の端々から感じ取った為だった。

 

「ですけど、承諾するなりいきなり演技をしてほしいと言われた時はびっくりしましたけどね。後、葵さんの変わりようにも」

 

そう、あのボイスレコーダーでの会話は、ゆかりが話しているのをこっそり録音ていた訳ではなく、最初から葵が用意したプロット通りにゆかりと葵で読み合わせたものを録ったものだった。

その時の葵の様子、本当に友達とガールズトークを繰り広げているような姿――尤もあくまで演技であるのだが――を思い出して、懐かしむようにふふっと笑う。

それに対して葵はよほど嫌だったのだろう、珍しく僅かではあったが眉を八の字に曲げて抗議する。

 

「……それはあまり思い出さないでいただけると嬉しいのですが。……それが無理ならせめて、他言だけはしないで頂きたいです」

 

「わかりました、葵さんの頼みですから絶対他の人には言いませんよ。……といっても、茜さんすらあの声が葵さんの物だと分かっていなかったですし、私がそうだと言っても信じてはもらえないと思いますけどね」

 

「だといいんですが。先ほども言ったように変なところであのバカ姉は鋭いですから、念には念を入れて、です」

 

そうは言ったものの、葵もゆかりが秘密を誰かに漏らすような性格ではないと分かっているのだろう、テーブルに手を掛けてゆったりと立ち上がる。

 

「それでは、私はこれで――」

 

「あ。 葵さん」

 

葵が茜の方へと一歩踏み出したところで、ゆかりが立ち上がって彼女を呼び止める。

 

「はい、何でしょうか?」

 

彼女が足を止めて振り返ると、居住まいをただしたゆかりが丁寧な仕草で深く頭を下げる。

 

「今回は、本当にありがとうございます」

 

「……別に、お礼を言われる必要はありませんよ。あくまでこれはギブアンドテイクな契約なんですから」

 

そっけなく返す葵に、ゆかりはですけど、と続ける。

 

「葵さんが居なければ、こんな風に二人を仲良くさせることはできなかったでしょうから。……もしそうなっていたら、私は二人から距離を取るという選択を取っていたかもしれません」

 

「私はただ、きっかけを提供しただけです。それに私の計画は姉さんが言った通り、二人にそれぞれ自分の優位な点を相手に示しながら、ゆかりさんに会う機会を提供してフラストレーションを発散させる、そこまでしか考えていませんでしたので。正直言ってあの二人がここまで仲良くなったのは完全に計画外ですし、何より二人の性格によるものでしょう」

 

それを聞いたゆかりは少し嬉しそうに、そしてそれ以上に自慢げに胸を張った。

 

「それは勿論、私の親友と従妹ですからね!」

 

「……成程」

 

それは何の理由にもなってはいなかったが、葵にはそれでゆかりの言いたいことが伝わったらしい。表情は変わらなかったが、いつもよりその一言は優し気な響き含んでいるように聞こえた。

しかしそれも一瞬の事で、葵はコホンと一つ喉を整えきっぱりと言う。

 

「何にせよ、私としては約束さえ守っていただければ礼は不要ですので」

 

「そうですか……。なら! せめて茜さんにはありがとうと伝えてくれませんか? 先ほど伝えそこなってしまいましたし、茜さんはこの約束を知らないんですよね?」

 

少し寂しそうにしたものの、すぐに気持ちを切り替えて続けられたゆかりの言葉に、葵は思い出したように頷いた。

 

「おっと。確かにそうでしたね。分かりました、姉さんには伝えておきます」

 

そんな姉に対する相変わらずのそっけない様子に、ゆかりはここ最近思っていたことを口にすることにした。

 

「それと――もう少し、茜さんに優しくしてあげてもいいんじゃないですか?」

 

「それは出来かねます。言ったでしょう、姉さんは甘やかすとナマケモノになる、と」

 

「――でも、もう少し素直にならないと茜さんに、嫌われてるって誤解されてしまいませんか?」

 

ゆかりがそういった瞬間、葵は振り返った状態からはっきりとゆかりの方へ向き直る。その目には猛禽類を思わせるような鋭い光が帯びていた。

 

「何ですかその言い方は? まるでそれだと私が姉さんの事を――」

 

「好きなんですよね、お姉さんの事」

 

だが、そんな葵の全力の威圧を受けながらも、ゆかりは柔和な笑みを浮かべて断言した。まるで葵の態度が照れ隠しなんでしょうといわんばかりに。

 

「…………因みに、何を根拠にそんな冗談みたいなことを?」

 

無言にも一切揺るがないゆかりに対して、葵はようやく口を開く。

 

「そうですね、見てて何となくそうかなっていうのが主な理由ですけど……。強いて理由を上げるなら、さっき葵さんの言った『折角遊園地に来たのに、記事書いただけで帰ったら入園料がもったいないですから』ってところでしょうか? ああ、お姉さんと色々回りたいんだなって。 あ、今思えば新聞部の公認ももしかして茜さんの為に?」

 

ゆかりの言葉を聞き終わったところで、葵はとうとう観念したという風にため息をつく。

 

「何となくって、これだから妙に鋭い人間っていうのは……。それで? 私はゆかりさんにそれを秘密にしていただく代わりに何を要求されるんでしょうかね?」

 

葵は普段の無表情で抑揚のない声からは信じられないほど、身振り付きのおどけたような大仰さで、だがどこか諦めたようにそう言った。バレてしまっては仕方がない、煮るなり焼くなり好きにしろとでも言うように。

そんな葵の変わりように少し驚いたようなゆかりだったが、すぐにその意図するところを理解して、慌てたようにわたわたと手を振った。

 

「違いますから! そんな葵さんを脅そうなんて考えてませんから! そうじゃなくて今回やっぱり葵さんの手伝いがあってのこそだと思うので、私も何か葵さんにお返しできればな、と。それでお節介かなとは思ったんですけど、つい――」

 

「――――ふふっ」

 

そんな風に早口で弁明を述べるゆかりに葵はしばし固まって、それから可笑しそうに笑った。

 

「え、えっと……?」

 

「すいません。ちょっとした冗談だったのですが、ゆかりさんが思ったよりいい反応を返してくれるもので、つい。ですがその気持ちは有難く受け取らせて頂きます。もし手伝いが必要な時が来たら、その時はお願いします」

 

葵のころころと変わる反応に少し戸惑っていたゆかりだったが、それを聞いて安心したように頷いた。

 

「わかりました、いつでもお手伝いしますから! ……でも、葵さんの場合そもそも茜さんにもう少し優しく、というか素直にしてあげてもいいんじゃないかな、とは思いますけど」

 

「……そうですね、少し考えてみましょう」

 

葵は最後にそうふっとほほ笑んで、それから瞬きをした後にはいつものように眠たげな無表情へと戻っていた。

 

「では、また学校で」

 

「はい、葵さん」

 

茜の方へと歩いていく葵の背中を見送りながら、ゆかりは自分が先ほど言った言葉を反芻した。

 

「素直に、か……」

 

それは特に深く考えず口から出た言葉だったが、果たして私は自分で言っておきながらそうあれたんだろうか。

否、そうではなかったからこそこんなことを考えてしまうのだろう。

 

今思い返してみると、二人が争っていたあの時の自分は、生徒会の一員として何とかしようという気持ちばかりが強かったのではないか。

学内の風紀が――とか、二人のケンカが周りに影響を及ぼしたら――とかそんな事ばかりで、だから二人と会ってもいつも注意しかせず、そればかりか形だけでも仲良くなってくれたらなんて名前で呼び合うことを提案したりして。

 

本当はそんなかしこまった建前などいらなくて、ただ二人と一緒にいたい、二人が仲良くしてくれると嬉しい、そんな単純な思いだったというのに。

もしも最初からそんな気持ちを素直に伝えていたら――生徒会役員としてではなく、マキの一友人として、あかりの従姉としてそう伝えていたら、もっと早く解決してこんな風に三人で遊びに行けるようになっていたりしたのだろうか。

 

……いや、あとから「もしも」を考えるのは簡単だ、なぜなら結果を知っているのだから。

結果が分かっているから安心してこうすればよかった、ああしておけば良かったと自分の事でもどこかシナリオでも読むかのように他人事で悔やむのだ。

今回で言うなら、私の二人と一緒にいたい、二人のどちらも選ばないという選択を二人が受け入れてくれたからこそ、そんなことを考えられる。

 

だけど、もしそうじゃなかったら。

二人のどちらかに、或いは両方にその選択が受け入れられなかったとしたら。

今朝二人に伝える前心配していたようにそんな中途半端な選択をするならと、嫌われてしまっていたら。

きっと真っすぐに伝えた分、言い訳のしようもなく傷ついて……そして、変わらないと思っていた関係も変わってしまうんだろう。

 

……いや、変わらない関係なんてないことはとっくの昔に、あかりが突然引っ越すことになった時に分かっていた筈じゃないか。

一緒にいるのが当たり前だと思っていたのが、ある日突然離れ離れにならなければならなくなったあの日、世界は容赦のない変化を強要してくるものだと思い知った。

砂浜に時間をかけて作り上げた砂の城が、寄せ返す波になんの感慨もなくただ溶かされて行ってしまうような、絶対的で抗いようのない淡々とした変化を。

 

……私はずっと変化を恐れていたのかもしれない。

抗いようのない変化をどこかで諦観しながら、それでもやっぱり変わっていくのを恐れて。

だから自分の選択で変わってしまうのを恐れて、素直にこうしたいと伝えられなかったのだろう。

 

そうして生徒会の一員としての立場を守り、二人に関わるけど踏み込みはせず、あわよくば二人が何かのきっかけで仲良くなってもらえればと思っているだけだった。

そしてもしダメだった場合は、二人から距離をとるという逃げの選択肢まで用意して。

 

自分のあまりの卑怯さに、自嘲気味に空を仰ぐ。

よくこんな自分に二人とも好意を寄せてくれるものだ、と。

 

……それでも結果として、二人は私の我儘なお願いを受け入れてくれた

だったらそれに対して私が出来るのはこの今を大切にすることだ。

あの姉妹の助力があったからとはいえ、自分の選択で少しだけいい方向へと変わったこの三人での時間を。

確かにいつか、あの日のように今は重なっている三人の軌跡が分岐を迎え、散り散りになってしまう時が来てしまうのかもしれない。

 

だけども……いや、だからこそ。

その時に後悔しないようにするために、もう少し素直に――

 

「どうしたのゆかりん? そんな難しい顔してさ」

 

「もしかして、どこか体調悪いんですか?」

 

そこまで考えたところで、トレーを持ったあかりちゃんとマキさんが心配そうに自分の顔を覗き込んでいるのに気がついた。

 

「ああいえ別に――」

 

何でもありませんよと答えようとして考え直す。

こういう小さなところから素直になってみようかと。

 

「もしかしてお姉ちゃん、私達が居なくて寂しかったんですか?」

 

「まさか、こんな短い時間でさすがにそんな訳ないじゃん」

 

冗談めかしたあかりの言葉に笑みを浮かべる二人に、私は真っすぐな視線を向ける。

 

「――そうですね、最近ずっと二人と一緒でしたし、今日は朝から一緒でしたからね。こんな短い時間でもちょっと寂しかったです」

 

「はは、ですよね――っ?!」

 

あかりは食べようと手にしていたハンバーガーの包みを取り落とし、ついでに顎も落ちた。

 

「ちょ! ゆかりんどうしたのさ?!」

 

マキさんはまるで熱を測るみたいに私の額に手を当ててきた。

 

「……二人ともなんですかもう」

 

折角素直に伝えていこうと決意したばかりなのに。

 

 

 

でもまあ――

わたわたと慌てる二人を見てくすりと笑う。

 

「こうやって三人でいられる時点で一歩前進、ですかね?」




これにて終幕。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
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