そこに立っていたのは先ほど廊下で男子学生と話をしていた悪友であり――
「あなたは……『非公式』新聞部の琴葉茜さん?」
「だーーっ! 非公式のとこを強調せんでもええっちゅうねん!」
バシン! と、茜は相手が生徒会役員であることも気にせずゆかりに突っ込みを入れる。
「あー! 何ゆかりお姉ちゃん叩いてるんですか!」
「新聞部か何だか知らないけど、ゆかりんに手を出すなら相手するよ?」
突っ込まれた結月ゆかりよりも先に反応する二人にひらひらと手を振り、飄々とした様子で茜は続ける。
「落ち着きぃや、これくらいコミュニケーションの一部やん? そんなに怒らんでも……あーなるほど、自分ら自分が愛しのゆかりさんに触れんからウチに妬いとるんやな? こーんな風に」
「きゃ?!」
そうわざとらしく言うが早いかゆかりに後ろからじゃれて抱き着く茜に、二人の髪が怒りでザワリと揺れる。
「マキ先輩、今だけは協力しませんか? あの赤いのにちょっとわからせてあげましょう」
「そうだねあかりさん、今だけは君に同意するよ」
そう言ってシャレになってない怒りを向けられた茜はだが、やっぱりおちゃらけたように「おー怖いわー」と言いながらぱっと手を離して結月ゆかりの後ろに隠れた。
「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて」
盾にされたゆかりが彼女を突き出すわけにもいかず二人を押しとどめている間に、茜はひらりと更に後ろへ飛び下がって二人を更に煽るように、にひっと嗤う。
「まぁ、否定できずにそうやって怒るあたりで答えは聞けたようなもんやけどな」
その言葉にいよいよ怒りをあらわにする二人だったが、続く彼女の言葉はそんな怒りをも忘れさせるほど思いもよらないものだった。
「まーまー落ち着きぃな二人とも、ウチは別に煽っとる訳や無くて、以前みたいにゆかりさんと気軽に会えるよう、二人に協力したいだけやがな」
思っていもいなかった提案に二人はピタリと動きを止める。
「どういうことですか?」
興味を持った様子の二人に茜は楽しそうにうんうんと頷いてから、ゆっくりと話し始める。
「聞いてもらえるみたいで何より何より。ま、簡単に言うとやな、今お二人さんが結月っちゃんと会えない主な原因は二人の間で色々取り決めがあるからやろ? お互い出し抜かんように」
当然のように頷く二人と「え、何ですかそれ知らないんですけど?!」と今更ながら最近二人に会うことができなかった理由を知って驚きを隠せないゆかり。
「そしてその取り決めがあるんは、どっちが結月っちゃんにとっての一番か決まってないから……出し抜かれて相手が一番になって欲しう無いから。つまり、見方を変えればどっちが一番か決めてしまえば、この問題は解決するとは思わんか?」
「ちょ、ちょっと何勝手なこと言ってるんですか!? 二人とも私にとって大切な存在で、そんな優劣をつけるような真似は……!」
ゆかりが抗議するものの、二人は茜の言葉に興味を引かれているようで勝手に話を広げ始める。
「まぁ確かに、僕としてはあかりさんがちゃんと控えるべき時にはちゃんとゆかりんにくっつくのを控えてくれれば、別にゆかりんに近づくななんてことは思ってないし、あかりさんが自分の立場を認識するのにいいアイデアだと思うけれど」
「その言葉そっくりお返ししますよマキ先輩。確かに今までそこがはっきりとしていなかったから揉めていたのは事実、ちゃんとマキ先輩が従妹水入らずの時間を守ってくれれば、私だって文句がある訳じゃありませんから」
「ちょ、ちょっと二人とも――?!」
「ここに集まっとる皆も何だかんだ言って見守っとるっちゅう事は、毎日のようにこうして争っている二人、どっちが意中の相手を射止められるか興味あるんとちゃうか?」
一人止めようとするゆかりに対して、茜は周りの生徒たちすらも巻き込み始める。
「まぁ弦巻さんがあそこまで入れ込むなんて初めて見るし……」「ここまで散々学園巻き込んでるんだから確かになぁ……」
元々精華学園がそこそこの進学校ということもあり、大した問題もイベントも起こらずに来た中で、こうして学園中で交わされてきた二人の争いは一つのイベントのようになってしまっていた為だろう。
ざわざわとそんな意見が伝播していき、完全に場の空気は決まってしまった。
「せやろせやろ? ほなお二人さんは乗り気みたいやし、この勝負うちら新聞部が預からせてもらって、皆には号外発行して結果を伝えさせてもらうで! お二人さんも、皆もええよな?」
「勿論!」
「私も異議なし!」
二人の同意に続いて生徒たちの中からも「おう」や「さんせーい」という声、支持を示す拍手が聞こえてくる。
「おっしゃ! それならここに二人のうちどっちが結月ゆかり書記にふさわしいか……弦巻マキと紲星あかり両名による『正妻戦争』の開始を宣言するッ!!」
おおー!! と琴葉茜による巧みなマイクパフォーマンス(いつの間にか握っていた)で廊下のボルテージは最高潮に達する。 ……約一名を除いて。
「わ、私は認めませんからねッ! こんな形で人間関係に優劣をつけようだなんて! それに第一そのせ、正妻戦争とかいう名前は何なんですか!?」
少し涙目になりつつ講義をするゆかりに対して茜は、まるで長年の友人がするように肩へと手をかけて
「まーまー落ち着きぃな結月っちゃん。今回のイベントには自分の協力も不可欠なんやから」
「誰が結月っちゃんですか! それに私はこんな学園を乱すようなことに協力する気はありませんからね!」
「まぁまぁ、協力言うても難しい話とちゃう。今回の戦いはマキやんときずっち、どっちが結月っちゃんにふさわしいかっちゅう勝負や。そしたらその勝負内容はウチらが勝手に決めても二人とも納得できんやろ? やからせやな……結月っちゃんがどういう人に憧れるかとか、どんな風な人をカッコいいと思うかとか、一緒にいたい人の条件とか聞かせてくれるだけでいいんや」
その言葉に二人も興味津々といった感じで、ゆかりの顔を覗き込む。確かに勝負も大事であったが、彼女がどのような人を好むのかという情報は二人にとって垂涎ものだ。だが――
「今の話を聞いてそんな事教えるわけないでしょう!」
ゆかりはその要求を一蹴する。その理由の一つは、個人情報をこんな大勢が注目する前で話したくなんてないという人間として当然の感情であったが、同時にここで自分が言わなければ、二人が茜に躍らされて争うことを阻止できるのではという希望もあった。
「そうか、そらならしゃあないか……」
案の定トーンダウンした茜にゆかりが安堵しようとした時だった。彼女の顔がニヤリと歪む、それはまるでそうなることがあらかじめわかっていたかのように。
「そんなら葵―! おるかー?」
「そんな大声で呼ばなくても私ならここにいますよ、姉さん」
いつからそこにいたのだろう、結月ゆかりに肩を回す琴葉茜と逆サイドに彼女そっくりの、だが彼女の目が覚めるようなピンク色の髪とは真逆の、透き通るような青髪の女生徒がそこに立っていた。
「きゃ!?」
「おぅ、わが妹ながら相変わらずの神出鬼没っぷりやな」
突如逆耳から聞こえた声にゆかりは驚きの悲鳴を上げ、同じく彼女の顔を覗き込んでいた二人もその存在に今まで気づかなかったのか一歩引くが、茜はまるでいつものことのように平然としている。
「それで、結月ゆかりの好みについての調査はどうや?」
「勿論滞りなくここに」
現れた時から一切表情を変えずどこか眠たげな表情のまま、葵はブレザーの裏からスッとボイスレコーダーを取り出して、何の躊躇もなく再生ボタンを押す。
「――そういえばさ、ゆかりちゃんはどんな感じの人がタイプなのー?」
「えー、何ですかいきなり?」
聞こえてきたのはやたらハイテンションな女子の声と結月ゆかりの声。
その最初のやり取りでゆかりは思い当たるところがあったのか、慌てて葵からレコーダーを奪おうとするが、茜が彼女を拘束し、その間に残像が掻き消えるようにして葵は後ろへ逃れる。因みに味方の筈であるあかりとマキもこっそり彼女を止める側に回っていた。
無情にも音声レコーダーは会話を流し続ける。
「いやただのガールズトークみたいなやつ? ほら、ゆかりちゃん結構人気あるのに誰とも付き合わないなーって」
「そんな私が人気だなんて無いですよ。確かに話しかけてくる男子もいますけど、大抵はマキさん関連のお話ですし。それに、私にはまだそういうのはイメージができないですしね」
因みに本人は気づいてないが、彼女に話しかける大抵の男子は彼女目当てで話しかけている。ただ、誰よりも彼女にお熱な二人のせいでまともに情報収集することも能わず、やむを得ず共通の話題として弦巻マキの事を話に出しているだけだ。
「えー……つまんなーい」
「そんな事言われましても……」
「そうだ! じゃあさじゃあさ、どういう感じの人がカッコいいとかあるの?」
「うーん、そうですねぇ…………あ。私、数学が苦手なので数学ができる人とかカッコいいと思いますよ?」
そこで葵が一時停止をかけ、阿吽の呼吸で茜が人差し指を立てて宣言する。
「という訳で結月っちゃんの好み一つ目は、数学ができる人や」
「いや、これはそういう話じゃないですよ! これは――」
結月ゆかりは必死の抵抗を試みるがそんなこと聞こえているのかいないのか、もう既に二人は神妙な顔をして勝負について考え込んでいた。
「オッケーやな? じゃあ続きいくでー」
そして容赦なくICレコーダーの一時停止が解除される。
「いやそういう事じゃなくってさー……じゃあほら、どういう人にあこがれるーとかは?」
「そうですね、私も料理はしますけどやっぱり毎日は大変なので、弁当を毎日作ってくる人たちはすごいと思うし憧れますね」
「だからそういうのじゃなくって――」とICレコーダーはまだ再生を続けているが、今度はそのままで茜が二本目の指を立てる。
「そして二つ目は弁当を作れる人や、本来毎日ってことやけどそれやと時間がかかるし、どっちが美味しい弁当を作ってこれるかって勝負に変えさせてもらうつもりやけどな」
「まぁ普段から作ってる方が美味しいものが作れるってことでいいんじゃないかな? 僕はそれでいいよ」
「私も異存はありません」
今度もゆかりが何か反論していたがもはや二人の耳には届いておらず、それどころか勝手に勝負内容を決めている有様だ。
そしてICレコーダーの会話もいよいよ話題の核心へ踏み込んでいく。
「結局! もしも彼氏にするならどういう人がいいのかって事よ! さぁ、どうなのさ?!」
勝負の話題に盛り上がっていた二人も、今だけは呼吸すらひそめて答えを待つ。
「うぅ……。そう、ですね……やっぱり趣味が似ている人、でしょうか。私はゲームが好きなので、一緒に楽しめるような人がいいですかね」
それは一見すれば逃げる為に口をついたその場しのぎの答えであるようにも聞こえるが、実のところ彼女の本心に近い答えであることはゆかりの様子を見ていればすぐに分かった。
「……もぅ、好きにしてください…………」
なにせICから聞こえる、自分の声で語られた少し子供っぽいパートナーの理想像に、彼女は両の手で覆った顔を俯かせていたからだ。
そんなゆかりを無視して茜は三本目の指を立てる。
「三つ目はゲームがより好きな方、これも好きなら上手くなるまでやってると考えて、ゲームがうまい方っていう条件に変えるで。 ――って訳で! 正妻戦争は数学、弁当、ゲームの三本勝負で決定や!」
おおー、と再び廊下が湧く。
「勝負期間は明日木曜日から三日間! そして結果発表は日曜日、結月っちゃんに一緒にいて楽しかった、あるいはこれからも一緒にいてほしい相手に対して、このペアチケを使うて遊園地に誘って貰う!」
茜はこの学校ではデートスポットとして定番である、近場の遊園地招待券を頭上にかざして宣言する。
それを聞いたあかりとマキは互いに目配せし、溢れる闘志をぶつけ合った。何せこの勝負、目の前にいる不倶戴天の敵との決着がつくばかりか、実質愛しの結月ゆかりとのデートもついてくるのだ。やる気にならないわけがない。
そんな二人の様子に茜の口元が満足げに弧を描く。
「まぁこの勝負のスポンサーとして、後でお二人さんにはしっかり色々と話は聞かせて貰うけどな! それじゃあウチは結月っちゃんと勝負内容について詰めるから、明日の勝負について詳しくは昼休みに伝えるで」
彼女はそういうと葵と一緒に、色々暴露されてまな板の上の鯉のようになった結月ゆかりの両脇を抱え、廊下の生徒たちに呼びかける。
「それから集まって貰うとる皆! 学園のアイドルたる弦巻マキと中等部に突如現れた新星紲星あかり、二人による美人書記である結月ゆかり争奪戦の結果はウチら精華学園新聞部が徹底的に取材するんで、掲示板は要チェックやで! それから今なら電子版も絶賛公開中や、こっちは掲示板より早く月曜の零時に結果を公開するんで、是非とも『精華学園新聞部』で検索してみてやー!」
盛大に自分たちの宣伝をしながら、心ここにあらずなゆかりを引っ張って廊下の奥へと赤青の双子は消えていく。
こうして結月ゆかりを巡った弦巻マキと紲星あかり両名のバトルは、学園全体の一番の関心ごとになってしまったのだった。
残念ながら、精華学園新聞部ホームページのご用意はありません