あかりとマキの正妻戦争   作:真喜屋五木路

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二戦目_あかりの弁当は肉飯増し

 

「はぁー…何でお姉ちゃんと二人になれる時間を作れそうだったのに、自分からそのチャンスを潰しちゃったかなぁ……」

 

勉強会の帰り、近所のスーパーでカートを押しながらあかりはため息をつく。

考えているのは先ほどのマキとのやり取りで、わざわざ向こうのほうから今後の勉強会の参加を断って来たというのに、それを挑発するような形で参加させるようにしてしまったことだ。

 

「でもマキ先輩はそこそこ理解力があるっぽいし、それなのに一夜漬けしかしないで赤点ギリギリなのはもったいない気がするんですよねぇ……。一先ず今回の小テスト範囲はそこそこ理解してるはずなので、それで少しでも見方が変わってくれれば……って! あくまでマキ先輩はおねえちゃんのついでだから! そう、ついで!!」

 

自分の悪い癖ではあるが、ついついゆかりより教える余地の多いマキの事を考えてしまっていることに気づいて自分に言い聞かせる。

 

「っていうか、何だったらマキ先輩は別で教えればよかったんじゃ……」

 

いつまでもぐちぐち考えていたせいか、今更そんなことまで思いつく始末。

だが、教えた相手の成長度合いに育成ゲーじみた楽しみを覚えるあかりにとって、マキは現在値が低いが伸びが大きそうな非常に期待の持てる存在であることに違いはなく、ついあんな風に言ってしまったのだ。

 

……いや、それだけでなく自分だけ勉強で先行していることに引け目を感じていたというのも、あんなことを言ってしまった原因の一つかもしれない。

 

あかりだって勝負が決まった時には「よし、一戦目は貰った」と心の中でガッツポーズをとったし、ゆかりお姉ちゃんの為ならば手段は選ばないと確かに思ってはいた。

思ってはいたのだが、実際にマキとケンカではなくああやって話してみて……ワンサイドゲームを決めるにはあまりにもマキは素直すぎたのだ。

まるで普段の確執など無かったかのように純粋な興味で質問してくるその姿に、ついつい自分も相手がマキ先輩であると、お姉ちゃんを巡った宿敵であるという事を忘れてしまうほどに。

 

「あー! もう!! もう少しマキ先輩が嫌な奴だったらこんなもやもやした気分にならずにすんだのに!」

 

またそんな八つ当たりじみた愚痴をついてしまってから、ハッとこれではいけないと考え直す。何せもう次の勝負は始まっているのだ。

パンパンと両頬を叩いて気合を入れる。

 

「よし! 次の勝負こそ気持ちよくバシッと勝つ! そして私の方がゆかりお姉ちゃんにふさわしいことをマキ先輩に見せつけてやるんだから」

 

……なんて勢いよくこぶしを天に掲げたはいいものの、冷静になってみればここはスーパーの中。周囲を往く主婦の何事かという目に気づいて、あかりはさっき力をいれすぎたせいでヒリヒリする頬をさらに赤くしながら、そそくさと野菜売り場から精肉売り場へと逃げていった。

 

「……ふぅ、それじゃあ改めて明日のお弁当だけど、どうしようかな……」

 

周りを見渡し、自分に注意を払う人間が居なくなったことを確認して、あかりは葵に伝えられた勝負内容を思い出す。

 

 

 

 

――――「明日の勝負はお弁当勝負となります。ルールは簡単、両者これだと思う弁当を作ってきてゆかりさんに食べて貰い、よりゆかりさんが美味しいと思った弁当を作った方の勝者です」

 

葵がしゃべっている途中、腰のベルトにつけられたトランシーバーから「葵ー! 勝負名を忘れとるでー、ほら一緒に決めたやんか『ハートを掴むのは胃袋から!~嬉し恥ずかし愛妻弁当バ――」と胡散臭い関西弁が聞こえた気がしたが、彼女の表情は微動だにしていなかったしきっと混線か何かなんだろう。

現に隣で聞いていたマキもそのことには一切触れずに

 

「お弁当って見た目も大事だと思うけど、今回は味一本で勝負ってこと?」

 

などと質問しているし。

 

「そうです。確かに昨今弁当も美しさが求められる風潮があることは事実ですが、ゆかりさんの好みはこのようですので」

 

そう言うが早いか、葵はポシェットから昨日のICレコーダーを取り出して再生ボタンを押す。流れ始めたのはゆかりの声だ。

 

「……どちらかといえば、料理は見た目より味だと思いますよ。見た目はあくまでおいしさを盛り上げるためのフレーバーですし、それに見た目だけよくて味がいまいちだったらちょっとガッカリじゃないですか」

 

「……ちょっと。この間録音した音声は消してくださいって言ったじゃないですか」

 

「ええ、ちゃんと消去しましたよ。この間のものは」

 

何だかゆかりと葵が口喧嘩を始めていたが、そんなものは(なるほどゆかりお姉ちゃんも私と同じで見た目より味派なんだな)と共通点を見つけて喜んでいるあかりの耳には入っていなかった。

 

 

 

 

 

――――「うん。やっぱりお姉ちゃんも味が大事って言ってたし……」

 

一通り先ほどのやり取りを思い出して、少し安心したようにあかりは頷く。

というのも勝負が決まった昨日、一戦目には自信があった彼女はあらかじめ第二の勝負に備えて色々情報収集をしていたのだ。

しかし「お弁当」で画像検索をかけると出てくるのは色とりどりで見た目も美しい弁当ばかり、弁当の作り方を書いたホームページにも「食欲を掻き立てる色合いが~」と書かれているではないか。

 

これにあかりは大いに頭を悩ませた。何せ向こうで弁当といえばピーナツバターとジャムのサンドイッチと洗っただけのレタスにサイコロチーズを入れたお手軽サラダ、あとは食後のフルーツが入っているだけというのが普通だったのだ。

そりゃあ確かに凝った弁当を持ってきている人がいなかったわけではなかったが、そんなのは絶滅危惧種並みの超少数派であり、日本の弁当も同じような感じだろうと思っていたあかりにとってそれは大きな衝撃だった。

 

一応色合い入れる方法を調べなかったわけではないが、お手軽な方法はミニトマトやらブロッコリーやらのあかりが嫌いな野菜を入れるというもので、あまり気乗りしなかったのだ。

だが愛しのゆかりお姉ちゃんは味が大事だと、つまりそんなものは入れなくてもいいと言っていた。

 

「……つまり、美味しいおかずを中心にガツンといけばいいんだよね!」

 

確かに弁当に関しての自信は無いあかりだったが、それは料理が出来ないということではない。日本に来て以来一人暮らしだった彼女はお弁当こそ学食で済ましているものの、家でのご飯は完全自炊派である。むしろ料理に関しては自信があるといってもいい。

 

「所詮弁当なんて、家でのご飯を外でも食べれるようにただ弁当箱に詰めただけだし、大丈夫大丈夫」

 

勝負の前に緊張しないようそう自分に言い聞かせるあかりだったが、だからと言ってマキの事を侮っているわけではない。確かにマキがどれだけ料理が出来るのかなんて知らないが、知らないからこそ軽く見積もってはいけないとあかりは思っていた。

それは油断をしないためという理由もあったが、それ以上に「人間は均等ではないが平等だ」と彼女が考えているからというのが大きく影響している。簡単に言えば何かが苦手ということはその分他の何かが得意であるという考え方であり、それをマキに当てはめるなら勉強と運動がダメな代わりに音楽が得意……苦手が二に対して得意が一。ならば他の何かが、それこそ料理が得意な可能性もある訳だ。

 

「だからマキ先輩が料理は得意で私より上手だと仮定するなら、何か差をつけるための手を考えないと……」

 

そう頭をひねるあかりの目にふと止まったのは、加工肉コーナーのハムに書かれた宣伝文句。『朝食をしっかり食べて、朝から元気』

別にとりわけ目立つわけでもないポップだったが、そのワードにあかりは対戦相手の弱点を思い出す。

 

「そうだよ! マキ先輩は朝がすっごい苦手じゃんか!」

 

それはつまり朝起きて作らなければいけない弁当に対して多くの時間が割けないということで――

 

「――いろんなものを作る時間的余裕は無い筈。だったらこっちは種類を増やして美味しいものを盛りだくさんで差をつければ……」

 

例えばメインのおかずを一品ではなく二品にして。

そう思いついた瞬間、あかりの唇がニヤリと持ち上げられる。

 

「むふっ……ふへっ、へへへへへ……」

 

「ママー、あのお姉ちゃん何か変な笑い方してる……」

 

「しッ! 聞こえたらどうするの!? ほら、行きますよ」

 

隣を通り過ぎた親子からの痛々しい目など、勝利を妄想し自分の世界に入り込んでしまったあかりは気づかず、陳列棚に並んだお肉のパックに手を伸ばす。

 

「メインディッシュはハンバーグにしようか唐揚げにしようか迷ってたけど、どっちも作るんならそんなことで悩む必要もなくなるし一石二鳥だよね!」

 

あかりは上機嫌で一キロ超えの鶏肉のパックに続いて一番大きいミンチのパックをかごに入れた。だが、流石にこれだけではいろどりを気にしないとは言えあまりに茶色過ぎる気がする。

 

「うーん、何か野菜以外でいい感じの色したおかずは……」

 

少し考えて、さっき調べた弁当の画像には大抵黄色い卵焼きが入っていたことを思い出す。

 

「卵焼き……作ったことはないけど、スクランブルエッグを崩さずに丸めるだけだよね? それなら簡単に作れるんじゃないかな」

 

一応さっとスマホのレシピ動画を調べてみるが、これなら自分でもできそうだ。

 

「これなら黄色が入るし……そうだ! ハンバーグにケチャップをつければ赤色も入るしケチャップは野菜。よし、これなら完璧じゃないかな」

 

弁当の内容は決まった。ハンバーグも唐揚げもよく作っているから大丈夫、後は明日の朝しっかり起きてちょっと卵焼きを練習すれば――そう考えてあかりはグッとこぶしを胸の前で握りこむ。

 

「明日は絶対勝つ! そしてマキ先輩に私がゆかりお姉ちゃんの一番だって教えてやるぞ! おー!」

 

――と、気合を入れすぎたせいで再び衆目を集めてしまい、あかりはそそくさとカートを早足で、レジに向かって押していくのだった。

 

 

――――――――――――

 

 

「本当に、あの双子姉妹は何でこんなものまで持ってるんですか……?」

 

翌日の昼休み、今までは珍しかった、だが最近はよく見せるようになったげんなりとした表情をしたゆかりは「づぼらや」のフグ看板を模したキーホルダーのついたカギを目の前でプラプラと揺らしていた。

それは高等部の屋上ドアの――昔は精華学園の屋上も生徒の出入りが自由だったらしいのだが、ゆかりやマキが中等部に入学した時点で既に、貯水塔の陰で喫煙していた生徒がいたせいで立ち入り禁止となってしまっていた場所の――カギである。

 

当然鍵も他の教室の鍵とは違うキーロッカーで厳重に保管され、点検の時を除いて開けられることが無いという噂がある程だったのだが……。

屋上のドアはあっさりと鍵を飲み込み、ゆかりが手をひねると同時にカチリと軽快な音を立てて開いてしまった。

 

「あぁ……そうですよね、やっぱり本物ですよね……。はは……」

 

「ゆかりおねえちゃんは生徒会役員だし、校則違反なのを気にするのも分からなくはないけど、あの双子先輩方の言う通り今回は仕方ないんじゃないかな?」

 

鍵が本物だったことに乾ききった笑い声を上げながら肩を落とすゆかりを、あかりも苦笑しながら励ます。

今回の勝負にあたり茜から「マキやんときずっち、二人とも学内では有名人やからな、そんな二人の手作り弁当なんてそこら辺で開いたら学内の男どもがわらわら群がって来て味わうどころやなくなるでー」と渡されたのがこの鍵だったのだ。

 

「ああいえ、それもあるんですけどそれ以上にあの姉妹を止める方法がまるで思いつかなくて……」

 

「確かにそういわれると……」

 

ゆかりもあかりもどこか遠くを見るような目で押し黙る。どうやっても二人にはあの自由人姉妹を止める方法が想像できなかった。

いや正確に言うなら一時的には止められるだろう、例えば今ならこの鍵を押収すればそれでいい。だがそうしたら今度はまた思いもよらないような方法で再び鍵を手に入れそう……むしろ悪化してマスターキーみたいなものを作ってしまうような気すらする。

 

そんな風に二人してしばし黄昏ていると、パタパタと駆けてくる足音が近づいて来る。意識を屋上へ続いてる階段に向けたところで、息を切らせた弦巻マキが踊り場へと現れた。

 

「ごめん! ……遅れてっ! はぁ、はぁ……まだ、勝負始まってないよね?」

 

「私たちもさっき来たばかりですし大丈夫ですよ。それより、そんなに息を切らせて大丈夫ですか?」

 

「良かった……息は、ちょっとしんどい、かな……」

 

息も切れ切れなマキの顔色は少し酸欠気味な蒼さが見える。運動が苦手な彼女なりに精一杯急いでやってきたのだろう。

 

「でも、寝過ごして……不戦敗とか……ハァ、それはちょっと……」

 

「あー、もう。しゃべらなくていいですから、しばらく静かにして落ち着いたらお茶飲みましょう?」

 

溶けかけのアイスみたく、べったり壁に張り付くマキの背中をゆかりが摩る。苦しそうながらもちょっと嬉しそうな彼女に、あかりはお姉ちゃんに背中をさすってもらえるなんてとうらやましげな視線を向けながらも、ちらりとマキの手元に目をやった。

持っていたのは小さめの四角い蓋つきバスケット。予想していた通りの展開に、紲星あかりは内心にやりとほくそ笑んだ。

 

(眠そうだしお弁当入れも小さいし、やっぱり思った通り朝しっかり作る時間はなかったっぽいかな)

 

対する自分の弁当箱は風呂敷に包まれたお重のような見た目通りのずっしり感。重くて持ってくるのは少々手間だったが、今はその重さが自信になっているような気さえする。

 

その後マキが落ち着いたところで屋上の扉を開け、これもあの姉妹が用意したのだろう海の家とかにありそうな白いプラスチックのテーブルとイス(おしゃれなパラソル付き)に再度ゆかりが頭を抱えたところで、改めて昼ご飯が、そして二人にとっての勝負が始まった。

 

「……まぁまぁゆかりん、あの二人がこれを用意してくれたおかげでコンクリートの上に座らなくていいんだから、今はありがたく使わせてもらおうよ」

 

「……納得しかねるところもありますけど、確かにそうですね。それじゃあおなかも減っていることですし、どっちのお弁当から頂きましょうか?」

 

ようやく気持ちを切り替えたゆかりの言葉を皮切りに、あかりはマキへと鋭い視線を飛ばす。何せ空腹は一番の調味料だと普段から身をもって理解している彼女は、マキも同じように考えるだろうと予想し、どちらが先行を取るかという試合前の勝負が起こるものだと思っていたからだ。

しかしそんなあかりの視線に気づいたマキは、たははと笑ってそっと自分の包みを端に押しやる。

 

「僕のは小さいし、軽食みたいなものだから後でいいよ」

 

予想に反してあっさり先行を譲ってきたマキにたたらを踏んだあかりだったが、折角チャンスをつかんだ以上昨日の二の舞でそれを逃すつもりはない。

 

「じゃあ私の弁当からですね」

 

立ち上がってあかりがお重の入ってそうな包みを解くと、現れたのはドン!ドン!と積まれた二段の大きなタッパー。そのインパクト満点な見た目にゆかりもマキも苦笑気味だ。

 

「なんというか……包みの時点で分かってはいましたけど改めて見ると大きいですね」

 

「? 三人分なんだしこんなものじゃないですか?」

 

「いやいや、三人分にしてもこれは多くない……?」

 

二人の言葉に疑問符を浮かべながらもあかりが上の段の蓋を開けると、そこに入っていたのはぎゅうぎゅう詰めに押し込まれた唐揚げと、それに圧迫されるようにして端に押し込められた少し茶色い卵焼きが姿を現す。

 

「……これはすごいですね」

 

「……うん、すごい」

 

控えめに言って運動部……いや、力士の弁当かと言わんばかりの威容に、二人の苦笑が若干ひきつる。発する言葉もどことなくぎこちない。

だが二人の変化にきづかないあかりは軽々と唐揚げまみれな一段目を横にずらして、徐に二段目の蓋に手をかける。

果たして二段目にはどんな光景が待ち構えているのかと緊張した面持ちで彼女の手を見つめる二人だったが、半分ほど蓋をはがしたところで真っ先に声を発したのは、他ならぬあかり自身であった。

 

「あっ!」

 

慌てたようにパタンと蓋を閉めてしまったあかりに二人は疑問符を浮かべる。

 

「どうしたんですか、あかりちゃん?」

 

「その、ちょっと見た目が……朝は大丈夫だったんですけど……」

 

「あー……持ってくるときに寄ってしまったんですね」

 

「うぅ……これは家に持って帰って一人で食べますよ……」

 

「ちょっと待った」

 

見た目より味の勝負とはいえこのタッパー内の惨状では……と二段目をあかりがしまおうとしたところでその手を止めたのはマキだった。

 

「折角作って来たのにそれでいいの?」

 

思わぬ勝負相手からの言葉にびっくりして一瞬言葉に詰まったあかりだったが、眉をハの字にへたらせながらも何とか笑みを浮かべる。

 

「仕方ないですよ。それに今日の夕食を作る手間が減ったと思えば、悪いことでもないですし」

 

「でも、ゆかりんの為につくってきたんでしょ?」

 

それはそうなのだが。

あかりが葛藤していると、マキは今度はゆかりに話しかける。

 

「ゆかりん、もともと味で勝負って話だったけど、改めて見た目は気にせず味だけで評価するって約束してくれる?」

 

「! ええ、勿論です」

 

マキの意図を理解したゆかりはにっこりとあかりにほほ笑みかけた。

 

「うー、でも……」

 

それでも尚割り切れないでいるあかりに、マキがこっそりと耳打ちしてくる。

 

「あかりちゃんは『ゆかりお姉ちゃん』の言葉が信じられないの?」

 

さすがにあかりもそこまで言われては大人しく引き下がれない。それに味に関しては朝試食して間違いないと確かめている。

 

「わかりました。 じゃあちょっと見た目が悪いですけど……」

 

遠慮がちに開かれた二段目には丸々太ったハンバーグとおにぎりが入っていた。そしてあかりが気にしていた見た目だが、なるほどハンバーグが大きすぎたために潰されて割れていたり、上につけられていたケチャップソースと肉汁が流れ出してしまい、それをおにぎりが吸って変色していた。

 

「なんだ、これくらいなら全然気にならないし大丈夫ですよ」

 

唇を横に張り詰めて戦々恐々とゆかりの反応を待っていたあかりは、その言葉にほぅと息を吐いた。

 

「ほ、本当ですか?」

 

「本当ですって、それじゃあ頂きますね」

 

「あ、さっき三人分って言ってたし僕ももらっていいよね?」

 

「はい、どうぞどうぞ」

 

持ってきた割り箸を手渡したあかりは緊張した面持ちで、手を合わせてハンバーグを切り分ける二人の様子をまじまじと見つめる。

 

「……うん! 美味しいですよあかりちゃん」

 

「本当ですか!? よかったー……」

 

味見していたとはいえ、それがゆかりお姉ちゃんの口に合うかは分からない。一先ず審判であるゆかりの反応が悪いものではなかったことに安堵しながら、ちらりとマキの様子を伺う。

 

「繋ぎが少なめからガツンとお肉の味を感じるね。ふわっとしたハンバーグが好きって人もいるけど僕もこういうタイプのほうが好きかな」

 

マキもうんうんと口角を上げて頷いているし反応は悪くなさそうだが、それよりも一口で自分のハンバーグがレシピより繋ぎを少なくしていることにあかりは警戒度を上げる。

 

(マキ先輩は料理上手いと想定していて正解だったかな。でも、唐揚げもしっかりカラッと揚がってたし大丈夫なはず……)

 

それに今更できることはもうないのだ。半ば開き直るようにしてあかりは唐揚げの入った一段目を手に取りゆかりのほうへ押しだす。

 

「ささ、唐揚げもどうぞ」

 

ゆかりとマキは頷いて唐揚げに箸を伸ばし、一口かじった。だが、あかりの自信に反して二人の表情は微妙な感じだ。

 

「うーん……味は悪くないと思うんですけど、ちょっとべちゃっとしてるのが気になりますかね」

 

「え、嘘!?」

 

朝試食したときはカリッとジュワッといい感じに揚がっていた筈だ。ゆかりの思わぬ言葉にあかりは慌てて箸すら使わず唐揚げを一つつまんで口に放り込んだ。

 

「……ホントだ」

 

ゆかりお姉ちゃんが嘘をついているとは思っていなかったが、自分で口にするとなるほど確かにべちゃっとしている。

食べれないという程ではないのだが、自慢のご飯が進む筈のニンニク醤油のパンチがある味がベタっとした衣のせいで嫌なしつこさに感じてしまって、自分でも美味しいと評する気にはならなかった。

 

何がいけなかったんだろうか、という疑問と後悔の混じった感情に足元から飲み込まれていくようにあかりの表情が暗いものになる。

 

「じゃあ最後、卵焼き貰いますね」

 

そんなあかりの分かりやすい表情変化に気づいたのか、ゆかりはいそいそと卵焼きに箸を伸ばして口に運ぶ。

 

「あ! 卵焼きは甘いやつなんですね。やっぱり弁当のは甘いのに限ります」

 

ぱぁ、と好物に嬉しそうな表情を浮かべるゆかりに引っ張られて、あかりも少し気を持ち直す。

 

「そ、そうですか? どっちにしようか迷ったけど他のおかずが塩っ気のあるやつだから甘いのにしてみたんです。でも、何回か作ったんだけどすぐ焦げて写真みたいなきれいな黄色にならなくて……」

 

「わかります、甘い卵焼きって難しいですよね。私も自分の好きなものだからきれいに作りたいと思うんですけど、いっつもうまくいかないんですよ」

 

「そうだよね! やっぱり焦がさずに作るのって難しいんだ……」

 

どうしてもきれいな色にならなくてずっと気がかりだった卵焼きだったが、ゆかりお姉ちゃんも気にしてないどころか難しいと認めているし、そこまで気にしなくても良かったのかもしれない。

まぁ実のところ、焦がす焦がさない以前に卵焼きを卵焼きの形にすること自体が難しく、卵一パック分ほど失敗して近所のコンビニに卵を買いに走ったのだが、それは言わなくてもいいだろう。

あかりが少しだけ安堵しているうちにゆかりは卵焼きを食べ終わり、あかりの弁当にもう他の種類のおかずが無いことを確認してから口を開いた。

 

「これであかりちゃんのお弁当のおかずは一通り食べましたし、おにぎりまで食べちゃったらおなか一杯になっちゃいそうなので、先にマキさんのお弁当に移っていいですか、あかりちゃん?」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

その提案は、見た目を気にしないと言ってくれたとはいえ、ケチャップや肉汁を吸ってしまったおにぎりは流石にマイナス評価だろうと思っていたあかりにとっても渡りに船で、二つ返事に同意する。

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