「……おはようございます、マキ先輩」
「! ……あかりさんか、おはよう」
昨日の勝負から一夜明け、場所は繁華街の一画にあるゲーセンの前。丁度同じタイミングでそこに現れた二人は互いの姿を認めると、いつものように競争心を燃やしてぶっきらぼうに挨拶を交わす。
二人の間に流れるピリピリとした空気に、ナンパだろうか何も知らず二人に声をかけようと緩んだ笑顔を浮かべていた男たちが、ギクシャクしながら慌てて去っていく。
だが一昨昨日、一連のゆかり争奪戦が始まる前に比べると、二人とも敵愾心を剥き出しにするでもなければ、互いに煽るようなことも無い。
そんな変化は二人自身も感じているようだった。
「ゆかりんがいない割に今日は大人しいじゃん」
「それはこっちのセリフですよマキ先輩」
互いにそこで押し黙って剣呑な視線を交わすが、以前のように睨みつけるようなことはしない。
と、ややも経たない内にあかりがはぁ、とマキから視線を逸らせてため息をついた。
「な?! 何さ! 人の顔見てため息つくなんて流石に失礼じゃない?!」
「あぁいえ、すいません。そういう事ではなくて」
「あ、あぁうん。まぁ、それならいいんだけど……」
意外にも素直に謝るあかりに気勢をそがれたマキも、多少どもりながら気まずげにあかりから視線を逸らす。
二人してゲーセン前にあるファストフード店の白いタキシードのおじさんをぼんやり眺めながら、どちらとなく会話を続ける。
「一つ確認したいんですけど、マキ先輩は昨日料理教えてくれるって言ったじゃないですか? あれって勝負の結果に依らず、ですよね」
「まぁ約束しちゃったからね。それに、ゆかりんも来るのにやめるって選択肢はないでしょ」
「ですよね、ゆかりお姉ちゃんが来ますし。ということは同じく勉強会も、どっちが勝ってもやる訳じゃないですか」
「うっ、勉強会かぁ……」
勉強と聞いて露骨にいやそうな顔をするマキに、あかりは呆れたように
「何ですか、来ないなら来ないで私とゆかり先輩の二人で勝手にやりますよ」
「いや、そりゃゆかりんがいるならいかないって選択肢はないけどさぁ……」
ですよね、とあかりはマキがそう答えることが分かっていたというように天を仰ぐ。
「そうなると、勝負が終わった後もこうやって顔を合わせることが増えて……なんかその時までピリピリしてるのもちょっと馬鹿らしいというか、そんな状態で教えたり教えられたりするのもなぁ、と思ったんですよ」
「あー、なるほどねー……」
言われてマキも納得する。確かに今まで互いに対抗意識を燃やしていたのは、どっちがゆかりと一緒に昼ご飯を食べるかとか、どっちがゆかりと休日でかけるかとか――二人のうちどちらかだけがゆかりのそばにいる想定で、その一枠をかけて争っている感じだった。
それが今やいつの間にか三人で定期的に集まる機会が出来ていて、気づかぬうちに二人が思っていた形とは違えど、目的を達成してるような状態になっている。
マキはそう少し考えて、そっけないふりをしながらもあかりに手を差し出して――
「ま、まぁそういう事なら少しくらいあかりさんと仲良くしてあげても――」
「だからと言ってゆかりお姉ちゃんの一番が私だってことに変わりはないんですけどね」
「は? ははは、冗談きついよあかりちゃん。ゆかりんの一番は僕に決まってるじゃん」
ものすごい勢いで手を引っ込める。
例えゆかりと一緒に過ごせる時間ができたといってもやはり、共にゆかりの一番を自称する以上、相手が不倶戴天の敵なのに変わりはない。
互いに龍と虎の闘志を背負うようにして再び二人が向き合い、まさに戦いがはじまろうとした丁度その時。
「遅くなってすいません! マキさん、あかりちゃん!」
ゲーセンの中からという思わぬ方向から聞こえたゆかりの声に、二人は慌てて仲たがいを止めて振り返る。
「「大丈夫、全然待ってない(です)から!」」
喧嘩しているところをゆかりに見せまいと焦っていたせいで息ピッタリになってしまいながら、慌てて笑顔を浮かべる二人に、ゆかりは不審なものを感じて眉根を寄せる。
「……二人とも、私がいないところで喧嘩とかしてませんよね? もしそんなことしてたら前も言いましたけど、今回の話はなかったということで、私も帰りますからね」
二人はぶんぶんと首を振る。
「大丈夫だよゆかりん! 全然そんなことないって!」
「そうですそうです! あ! それより、お姉ちゃんはゲーセンで何してたんですか?」
「え? 私ですか?」
誤魔化すためにあかりの口をついた質問に、狙い通りゆかりが気を取られたようで二人は安堵する。そんな二人の内心など知らずに、ゆかりは少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「その……ちょっと子供みたいで恥ずかしいですけれど、マキさんと一緒にゲーセンに来るのは久しぶりで、あかりちゃんとは初めてじゃないですか。それで朝起きてからじっとしてられなくて……先に来てちょっとウォーミングアップをですね」
「あー、なるほど。それでそんなことなってる訳ね」
何かを得心したマキの視線の先をあかりが追うと、ゲーセンの中から幾人かがこちらを見ながら囁きあっていた。
「あの紫髪の何者なんだよ……五戦連続ノーダメ完全試合でKOって……」
「貴公『紫髪の悪魔』を知らないとは余所者か? ここらで紫髪と言えば名の知られたバケモノよ……」
「待つのです。『紫の天使』たるゆかり様に悪魔などと何たる暴言、即座に悔い改めなさい」
「ふ……。貴公かの御仁と硬貨を交えたこともない軟弱者か。我ら上を目指す者にとって、強さとはそれだけで尊敬の対象であり、誰も勝てぬ事を表した悪魔とは敬称なるぞ」
「それはいいけどよ、紫髪と知り合いっぽいけどもしかしてあの金髪と銀髪の子もヤベー奴らなのかよ……!」
「ヒェッ……これはますますここの魔境化が進みますねぇ……(絶望)」
聞こえてきた不穏な会話に、初めてゆかりとゲーセンに来たあかりはそっとマキに尋ねる。
「ゆかりお姉ちゃんって、もしかして有名人だったりします?」
「……まぁ、有名といえば有名かな。この店のハイスコアを一人で独占したり、クレーンゲームをしないでくれって店員さんに泣きつかれたり、対戦ゲーで無双したり……悪名って言った方がいいかも」
「えぇ……外で何やってるんですかお姉ちゃんは……」
確かにあかりの幼いころの記憶でも、ゲームに関しては一切容赦がなく何度も泣かされた記憶はあるが、周囲の反応とマキの諦めたような表情を見るに、そのころから変わっていない……いやむしろ悪化しているようだった。
二人の会話が聞こえず、いきなり二人から「うわぁ……」と言わんばかりのドン引いた眼を向けられたゆかりは「な、なんなんですか!?」とショックを受けていたが、自業自得である。
と、そんなやり取りをしている三人に向かってパシャッという音とともにフラッシュが炊かれた。
「みんなおはよーさん。ちゃんと時間通りに集まっとって偉いでー」
驚いて振り向くとペンを挟んだメモ帳をひらひらと振る茜が立っていて、そのあとには相変わらず無表情な葵がカメラを構えていた。
「あ、茜さん。昨日は大丈夫だったんですか?」
「ん? 昨日? 何のことや?」
昨日の勝負の後「バカ姉は頑丈さだけは折り紙付きですから」と、気絶させられた後で葵にズルズル引きずられていったのを見ていたゆかりが尋ねるが、当の茜は首をひねる。
まるで昨日のことなど覚えていないかのような茜の後ろから、葵がシー、と唇に人差し指を当てていた。
「いえ、覚えてなくて体に不調が無いなら別にいいんですが……」
「おお、そら元気よ! ウチは元気なのが取り柄やからな!」
からからと笑い飛ばす茜、確かに頑丈さは相当なもののようだ。
「んじゃそろそろ始めよかー。昨日は何か知らんけどルールを言い忘れとったからな、改めて今日のゲーム勝負はずばり! よりゲームのうまい方が勝ちや! 単純明快明朗会計ありがとさんってやつやな!」
あっはっはと一人だけ笑う茜の後ろで葵がそっと手刀を構えたのを見て、慌ててゆかりが尋ねる。
「待ってください、ゲームって一口に言っても色々種類があるじゃないですか。人によって得意不得意もありますし、そこら辺はどうするつもりなんですか?」
「ああ、それはウチも考えとってな。で、公平を期すために三本勝負ってことでどうやろか? 二人がそれぞれ自分の得意なゲームを一つずつ、それからゆかりさんが最後の一つをチョイスで三本勝負。どやろか?」
「それだと私の選択で勝負結果が決まっちゃいません? 二人ともそんなのでいいんですか?」
「僕はそれでいいよ、ゆかりんはそういうところフェアだしね」
「私も異議なしです! 同じくゆかりお姉ちゃんの選択なら文句はありません」
心配そうなゆかりに対し、二人は即答で了承する。
先ほどはゆかりにドンびいた目を向けた二人であったが、やはりゲームの事に関しては間違いないという信頼はあるのだ。
「おっしゃ、二人がオーケーなら問題ないな! んじゃ先にゲームを選んで流れに乗るのはどっちやー?!」
「私は後でいいですよ、マキさんお先にどうぞ」
「そう? じゃあ遠慮なく」
煽るような茜の声に過剰反応することなく二人は互いに目配せし、あっさりとマキが先手を取るということで話がまとまる。茜はそれが予想外だったのか、ちょっとつまらなそうに
「なんやひと悶着あるかと思ったけどあっさり決まりよったな。んで、マキやんは何のゲームできずっちに挑むんや?」
「そうだね、ここはゆかりん仕込みのクレーンゲームで……っていきたいところだけど、それだと単純なスコアとかで競えないしなー……」
「せやなー、ほなら決まった額を使って何個商品取れたかで勝負……ってなところやろか?」
「それなら、二千円でとれた商品の重さで競うというのはどうでしょうか?」
マキと茜が考え込んでいるところにゆかりが案を出す。
「ほぉ、何で分かりやすい数じゃなくてあえて重さなんや?」
「単純な商品個数だと、小さなプライズを如何に取れるかというその一点だけを競うことになってしまうと思うんです。ですが取れた重さを競うなら、大物を狙って一発逆転、みたいに戦略が広がるんじゃないかな、と」
それを聞いた茜とマキの口からおおー、と感嘆の声が漏れる。
「さすがゆかりん、伊達に『ゲーセン潰し』と呼ばれてた訳じゃないね」
「うっ! その呼び方はやめてくださいよ……本当にあの時はやりすぎたと反省してるんですから……」
「まま、過去の話は今は置いといてや。それよりきずっちはどうや? 今のルールで問題ないか?」
自身の黒歴史に悶絶するゆかりを見て、往時はどんな感じだったんだろうと想像していたあかりは、茜の声で現実に引き戻される。
「えぇ、それで大丈夫です」
「オーケー、それなら勝負開始や!」
茜の掛け声でマキとあかりは整然と並ぶクレーンゲームの森に飛び込んでいく。
「そろそろいいかな……さて、どれを狙いますか」
あかりはマキに自分が何を狙うか見られないよう、逆方向にしばらく進んでから改めてあたりを見渡す。
いくつものガラスケースの中には、ぬいぐるみやフィギュア、スピーカーみたいなちょっとした電気製品から巨大なお菓子まで様々な商品が並んでいた。
「へぇ、結構いろんな商品が置いてるんだ……」
あかりは感心したように辺りを見渡す。実のところ、そんなにゲームセンターなんて来ることが無かったし、その中でもクレーンゲームなど興味が無かったのでこうやってきちんと見るのは初めてなのだ。
多様な景品を興味のひかれるままにぐるりと一通り眺め終え、改めてあかりは戦略を考える。
「今回はとった景品の重さで勝負だから、ちまちま小さいのを取っていくより、やっぱり大きいのを狙った方が良さそうかな――っ!」
と、大きそうな商品に目星をつけて歩いていたあかりの目が、一つのケースに釘付けになる。
「か、可愛い……」
あかりが走り寄って、両手と額を押し付けたケースの中に鎮座していたのは、やる気のなさそうな寝ぼけ眼の大きなサメのだきぐるみ。
「……うん。これ大きいしいいんじゃないかな」
一応作戦通りの獲物ではあるが、それ以上にぜひとも家にお持ち帰りしたい衝動に駆られるがまま、あかりは勝負用の予算が入ったジッパー付きの袋から百円玉を二枚取り出し硬貨投入口へ滑らせる。
それを合図にシャリシャリした電子音が鳴り響き、ゲームが始まった。あかりは点灯したボタンをタイミングを見計らって押し、慎重にサメの上へとクレーンを移動させる。
「なんだ、思ってたよりも簡単じゃん」
ミュイミュイとUFOチックな音を出しながら下りていくクレーンを見ながらあかりは独り言ちる。
そしてクレーンはしっかりととサメの胴体をホールドし、ゆっくりと上へ上り――
「あー!?」
ちょっとサメの胴体が浮き上がったところでクレーンが重さに耐えきれず、べちゃっとサメは再びやる気なくアクリルの床へ寝ころんだ。
「ぐぬぬ……」
ここでいつもの冷静なあかりであればアームが思っていたほど強くはないことを察し、別のもっと小さなもの狙いに切り替えたのかもしれない。だが、サメ君に魅了されたあかりはムキになって五百円玉を投入した。
「絶対持ち帰ってやりますからね!」
――五分後――
「サメ……」
そこには失意のどん底に沈んだあかりがふらふらと歩いていた。
手には何も持っておらず、勝負資金の入ったジッパー付き袋はすでに百円玉すら入っていない。
結局あの後何度もサメにチャレンジしたのだが、最初の一回できれいにつかめたのはどうやらビギナーズラックみたいなものだったみたいだ。
クレーンの位置がズレていたせいで、サメのお腹を爪が押しただけで終了というのが何回も続き、偶然にもしっかりサメを挟めても、やっぱりクレーンが弱いせいで滑り落ちる。そんなのを繰り返すうちにいつの間にか資金は底をついていた。
そんなわけで手持ちぶさたになりフラフラと勝負相手のマキはどんな様子かと探している訳なのだが。
「あ、いた」
ようやく見つけたマキは、真剣な表情で一つの台の前や横を行ったり来たりしているところだった。
「何してるんですかマキ先輩」
もしかしてマキももう予算がないのに何もとれていないのだろうか? そう思って声をかけると、マキもあかりに気付いたようだった。
「あれ、どうしたのさあかりさん。……もしかして敵情視察?」
ちょっと怪訝そうな目を向けるマキに向かって空の資金入れを見せる。
「違いますよ、こっちはもう終わったので様子を見に来たんです。別にやり方をマネして――なんてせこいマネはしませんから安心してください」
「ああ、成程ね。僕は後これだけなんだ」
マキは指でつまんだ百円玉二枚をこすり合わせる。台に書かれた一プレイの値段も二百円、つまりこれが最後のチャンスという事だろう。
「よし!」
マキが提案してきた勝負内容にもかかわらず残り一回で景品を持っておらず、予想外にもイーブンで終わりそうなのにあかりがしめしめと思っていると、マキが気合の入った掛け声と共に二百円玉を投入した。
マキの邪魔にならないように後ろに回り、何を狙っているのかと台の中をあかりは覗く。置いてあったのは箱モノの景品で、『わぁ? 癒される!? ゆれてしゃべる人面草』という商品名の下のプラ窓から、可愛いとキモいのラインをぎりぎり超えたような顔が覗いていた。
そして何より箱の上に引っ掛けやすそうなフックがついている上、アクリル板からちょっとだけはみ出すようにして置かれている。
(しまった、こんな取りやすそうなのもあったんだ)と一瞬後悔したあかりだったが、よく見ればアクリル板の上には滑り止めの透明なゴムシートが敷いてあった。これならばさっきのアームの強さを考えると、単純に押した所で落ちないだろう。
一体どうやって取るつもりなんだろうかと考えている内に、マキ先輩はボタンに手を乗せたままひょい、と台の横から台を覗き込み、クレーンが奥へ下がっていく。
(ああ! そうやって奥行き調整すれば良かったんだ!)
こうして見せられれば単純な話だが、全然さっきは思いつかなかった。これを先に知っていれば、何度か惜しいときがあったのに……! 悔しがるあかりの前でクレーンが下りていく。
しかしそれはフックにはかかりもしないどころかそれよりさらに手前、かろうじてクレーンの片爪が箱の角に引っかかるだけの位置だ。
マキ先輩が自分から提案してきたのに案外下手じゃないか、とあかりが引き分けを予感して安堵したその時だった。
「えっ!?」
「よしっ!」
角をぎりぎり掠るか掠らないかといった所に下ろされたクレーンが閉じられる時の動きで、箱の角の隙間に爪がねじ込まれてそのまま箱が押され、くるんと回転する。景品箱はもうクレーンとアクリル板の角だけで支えられている状態だ。
そしてそのままクレーンが上がると当然その支えの一つがなくなるわけで――
ゴトン!
重そうな音と共に景品が取り出し口へと落ちていく。
「多分前の人が途中であきらめてくれたのかな? いい感じに回ってくれて良かった良かった」
「な、なんですか今の取り方?!」
しゃがんで満足そうに商品を取り出したマキに、あかりは食って掛かる。
「あれってフックを引っ掛けて取るんじゃないんですか?!」
「いやいや、あれは下に滑り止めついてたし、フックも倒れてて引っ掛けずらいようにされてたし、こうやって取るもんだって」
そういいながらマキがあかりの後ろへ向かって手を振る。誰かいるのかとあかりがちょっと横に避けつつ振り返ると、まったく気配がなかったがゲームセンターのロゴが入ったビニール袋を持った葵が立っていた。袋を受け取ったマキはそのままそれをあかりに手渡す。
「じゃ、僕が取れたのはこんなもんだけど、あかりさんはどんな感じ?」
「え……? これ全部二千円でとったんですか?」
袋の中の巨大なお菓子や小さめのぬいぐるみなど、四種類ほどの商品が入っていた。
「欲しいものじゃなくて取れそうなものを狙ったし、こんなものじゃないかな? ま、最後の最後でカワイイのが取れたけど」
そういってマキは先の人面草をじゃーん、と見せつける。
「かわ……いい……?」
可愛いって何だろうとちょっと哲学しそうになってしまったあかりだったが、それよりも一つ確かなことは
「……今回私は一個も取れなかったので、マキ先輩の勝ちですね」
「え? 一個も取れなかったの?」
「……マキさんみたいな技術もないのに取れそうなものじゃなくて取りたいものを、しかも大物一点狙いでやってしまいましたからね」
それを聞いたマキはしみじみと頷いた。
「ああ……それは仕方ないよ。僕だって大きいぬいぐるみとかをベースポジションから取ろうと思ったらやっぱり千円、二千円はかかることもざらだし」
「え、今の見てるとマキさんも結構上手そうですけど、それでもそんなものですか?」
「そりゃそうだよ。だってゲームセンターもそんなポンポン取られたら大赤字じゃん、取れそうで取れないように工夫して置かれてるんだよ、こういうのは」
確かにそう言われれば尤もだ。
ということは取れそうなものではなくて取りたいものを二千円という予算内で狙ったのは、作戦の時点で失敗だったという事だったらしい。
「でも、勝負とか抜きにしてあのサメ君は欲しかったなぁ……」
「サメ? あかりちゃんが狙ってたのってどんなのなのさ?」
「結構大きな可愛いサメのぬいぐるみだったんですよ……あ! そう、アレですアレ!」
サメ君との儚い出会いと別れを思い出していると、向こうの台の向こうを袋に詰められて、顔だけぐてんと覗かせているサメ君が通っていく。
「どれどれ……ってデカっ! 置き方にもよるけどここの店の設定だとあれはちょっと私でも無理そうだなぁ……」
「そんなに難しそうですか?」
「だねぇ……あれ、ビーズクッションでしょ? あれだと片方だけツメをかけて押そうにも変形するだけで動かないだろうし……タグを狙うしかないんじゃないかなぁ……いや、それでも重そうだし動くかなぁ……」
手を顎に当ててマキは難しい顔をする。
最悪プライドを捨ててマキに取ってもらおうと思っていたのだが、それも難しそうだ。あかりはふらふらとさまようサメの袋詰めを名残惜しそうに眺めた。
「でも、袋に入ってるってことは誰か取ったってことですよね、いったい誰が……」
と、ちょうどサメはあかりとマキがいる列のところにやって来て、その後ろからひょこりと見知った顔が現れる。
「あ! やっと見つけました! 勝負はマキさんの勝ちですかね?」
茜に追行されて、両手でサメ入り袋を体の前に抱きかかえたゆかりはこちらに歩いてくると、その袋をあかりに渡す。
「え? お姉ちゃんこれって……」
「はい、あかりちゃんどうぞ。それ欲しかったんですよね?」
いまいち状況が呑み込めないながらも、あかりはゆかりの体温がほんのり残るサメを受け取る。
「あかりちゃん、一目散にそれに向かって行って、お金が無くなった後も何度も名残惜しそうに見てましたから」
どうやらマキに葵がついていたように自分には茜とお姉ちゃんがついていたらしい。あかりはギュっとサメを抱きしめてゆかりに微笑みかえす。
「ありがとうお姉ちゃん! これ、ずっと大事にするから……!」
もしここにあかりとゆかりだけだったなら、従姉妹水入らずのほほえましい空気が流れたことだろう。だが、ゆかりからのプレゼントなんてイベントをマキが看過出来るはずもない。
「ちょ、ちょっと待った! なにそれズルい! なんだか僕勝ったはずなのに負けた気しかしないんだけど!?」
「あかりちゃんは一つも取れなかったし、金魚すくいで取れなかった時のおまけみたいなものですよ。マキさんにも昔色々取ってあげたじゃないですか」
「うぅ、そりゃそうなんだけどさ……」
「それにマキさんはもう自分で欲しいの取れるようになりましたしね」
「そうだけどそういう問題じゃないんだってー!」
結局その後、マキもゆかりに欲しい景品を手に入れてもらってから、ようやく次の勝負に移ることが出来たのだった。
―――――――――――――
「あ、あのさぁ……ほんっとーーにこれやらなきゃダメ?」
「何言ってるんですか、このままだとマキ先輩不戦勝になりますよ?」
「いやー、もうこの際一勝してるんだし不戦敗でもいいかなーって……」
「ダメに決まってるじゃないですか! そんな勝ち方じゃ私が納得できないです!」
二戦目に選んだゲームの前で、及び腰なマキをあかりが筐体の方に引っ張る。
「僕こういうのほんとにだめで――ひゃぅっ!?」
マキが抗議しようとあかりの方に向いたタイミングで、ゲームのデモ画面にゾンビが突然バァン! と張り付き、マキは普段のかっこいい感じからは想像もつかないような可愛らしい悲鳴を上げる。
そう、あかりが選んだのは出てくるゾンビを次々打ち倒すガンシューティングゲームだった。
「なんちゅうか意外やなぁ……マキさんの弱点がホラーやったなんて、まったくのノーマークやったわー」
そんな様子を見守っていた茜はからからと笑いながらペンを走らせ、その隣で葵がシャッターを切る。マキの味方は実質心配そうに様子をうかがうゆかりだけだった。
「あかりちゃん、あんまり無理強いはしちゃだめですよ? マキさんは負けでもいいって言ってるんですし……」
「むぅ……」
「ゆ、ゆかり~ん!!」
お姉ちゃんの言葉を無視するわけにもいかずあかりの力が緩み、マキは拘束を振りほどいて、流される川の中で浮き輪を見つけたような表情でゆかりに抱き着く。
「あ! 何お姉ちゃんにくっついてるんですかマキ先輩!」
そんなあかりの激昂も、ゆかりの胸に顔を埋めて頭を撫でられるマキには届かない。
「よしよし、マキさん怖いのダメですもんね……あかりちゃんも納得はできないかもしれませんが、マキさんの不戦敗を認めてあげてくれませんか?」
「うぅ……まぁ、お姉ちゃんがそういうな――むぐぅ?!」
ゆかりに言われてはと不承不承ながら提案を認めようとした所で、あかりの口を背後を取った葵が塞ぎ、その前に茜が立ちはだかる。
「ちょい待ち! 残念やけどそういうわけにはいかんのやな―、一度始まった以上勝負はきっちりつけて貰うで」
新たな敵にぷるぷる小動物ちっくに震えるマキを一際強く抱きしめながら、ゆかりは凛とした表情で告げる。
「……茜さん? 二人が傷つくようなら今回の話協力しないって言ったはずですけど?」
「ゆかりん……」
そんなゆかりの腕の中にいるマキの瞳は、王子様に抱かれるお姫様のように潤んでいた。
「むぐーっ!」
嫉妬心を爆発させたあかりが、茜に口をふさがれて声にならない怒号を上げながら目くじらを立てる。
が、茜はそんな三者三様の反応などどこ吹く風でゆかりに近づくと、一番近くにいるマキにも聞こえないような極めて小さな声で、その耳元に何かを吹き込む。
「…………」
それを聞いたゆかりの表情が少し曇り、その後しばらく目を閉じ眉根を寄せて考え込んでから、仕方ないという風にマキの方へ視線を向けた。
「ゆ、ゆかりん……?」
何があったのだろうと恐々と見つめるマキに対してゆかりは慈母のように笑み掛けながら言う。
「マキさん、マキさんはホラーがっていうより、お化けとか霊とかが怖い、そうですよね?」
「え? う、うん。だって一度出会ったら最後、理由が無くても襲ってくるじゃんか……」
「そうですよね、理不尽に悪意を向けられるのは怖いですよね。でも、ゾンビが襲ってくるのはウィルスに脳が侵されているから……ほら、ちゃんと理由がありますよ」
「うん……うん?」
一瞬疑問符を浮かべたマキだったが、ゆかりの優し気な笑顔に再び気を緩める。
「それに、お化けとかってすごくしつこいじゃん……。封印とかされてもまだ恨んでるぞーとか、次はお前の番だみたいな終わり方ばっかりで……」
「ああ、日本ホラーだとよくあるやつですね。確かにあれは私も背筋が凍える時があります」
「ゆかりんもそうなの?」
「ええ」
お母さんを見上げる幼児のようなマキの頭をなでながらゆかりは続ける。
「だけどゾンビは銃で撃てば倒せます、ヘッドショットなら一撃ですよ? ほら、そう考えるとゾンビは怖くないですよね?」
「う、うん? あれ……?」
「こっちを襲ってくるのは菌にやられて狂暴化しているというただの症状、元が生物だからちゃんと物理で倒せる……大丈夫、ゾンビは怖くないですよ」
「そ、そうなのかな?」
「ほら、マキさんも言うんです。ゾンビは怖くない、ゾンビは怖くない」
「ゾ、ゾンビは怖くないゾンビは怖くない……」
何度かマキがそう繰り返したところで、ゆかりは手をパン! と打ち鳴らす。
「はい! これで大丈夫! さぁ、マキさん頑張ってくださいね!」
「うん! 任せてゆかりちゃん! さぁ、あかりさん始めよっか!」
さっきとは一転、いつもの凛々しい表情になったマキは躊躇なく銃を握る。
「うんうん、まさに愛の力って感じやなぁ……」
「姉さん、あれは愛の力というより洗脳ですよね?」
何だかマキの目はぐるぐる回っている気がするが、気持ちよく勝負ができるならいいかと、あんまりあかりは考えないようにして自分も銃を握った。
「よし、それじゃあ改めて第二戦スタートや! シンプルにスコア勝負でええよな?」
「おっけー!」
「異議なし!」
掛け声と同時にチャリン! と硬貨が子気味良い音を立てて投入された。
「ゾンビは銃で撃てば倒せるゾンビは銃で撃てば倒せる……」
短いオープニングの後路地の角から次々と現れるゾンビの全身に、ちょっと目のハイライトが消えながらもマキは立て続けにトリガーを引き絞って銃弾を乱射する。
「やるじゃないですかマキさん!」
多少無理やり引っ張り込んだ引け目を感じていたあかりもその様子を見て、視線をマキから画面に向けて、ゾンビの群れに銃口を突き付けた。
「さぁ! 行きますよっ!!」
…………ゲームが始まってから十分ほどたったころだろうか、マキはステージがひと段落ついたところで構えを解いて、あかりに視線を向ける。
「あかりさん、なんていうかさ……さっきはありがと」
今はローディングを兼ねたエレベーターでの移動シーン中であり、隙だらけでも問題ないはずだが、あかりは画面から視線を外さずぶっきらぼうに答える。
「さぁ……? お礼を言われるようなことはないと思いますが」
「ほら、さっきいきなり目の前の段ボールからゾンビが出てきて、僕が驚いて固まった時だよ。その時、あかりちゃん自分の方のゾンビよりも先にこっちを排除してくれたじゃんか、そのせいでダメージも受けてたし」
マキの指摘するように先ほどまで二だったあかりのライフは一になっている。だがマキのライフはそのだいぶ前から一になっていて、さっきあかりの支援が無ければゲームオーバーになっていただろう。
あかりは別に……と小声でもにょもにょ口ごもってから一つ咳払いして
「……今回のはスコア勝負だからマキ先輩からポイントを奪っただけです。文句を言われたとしてもお礼を言われることじゃないと思いますけどね」
そう頬をわずかに赤くしてつぶやいた。
「何、あかりちゃん照れてるの?」
そんな普段見ないあかりの様子に年下らしさを感じて、無理やりホラーをさせた意趣返しだと少しからかうようにマキが笑みを浮かべた瞬間。
ガラスの割れるような音がスピーカーから鳴り響き、マキが画面に振り返った時にはすでに、ゾンビの腕がこちらへ伸びてきていた。
慌てて銃を構えなおそうとするがそれよりもゾンビの方が早い、今度こそゲームオーバーかと思った刹那、パン、パン、と短い破裂音が続いてそのままゾンビがスコアへと変わる。
「油断しないでくださいよ、マキ先輩! そろそろボスなんですから、ここまで来たら最後までいかないと!」
「あー、ごめんごめん」
確かにあかりに助けられて、ここまで来てからの油断してゲームオーバーは気まずすぎる。マキは意識と表情を引き締めて、意識を画面に再度向けた。
「……それから今のは貸し一ですからね」
「了解っ!」
エレベーターの扉が開くとあかりの言うように最後のボス、ゾンビ物では割と定番な巨大化した不気味な肉塊が現れた。そして某冒涜的神話にでも出てきそうな肉塊が口? らしき部分をパカリと開けると、そこから蜂のようなものが飛び出してくる。どうやら口が弱点であり攻撃手段らしい。
「あかりちゃん! あれやっぱ撃ち落さないとダメージ食らうよね?」
「ですねっ! にしても軌道が面倒くさいなぁもう! ……マキ先輩ここは役割分担で行きましょう、マキ先輩はあの化け物が口を開いたらひたすら撃ってください。私はあの羽虫を迎撃します!」
「おっけー!」
そして二人で撃ちまくること約一分、肉塊がやたら深い研究所の奥底へと落ちていき、爆発が起こってエンディングが始まる。
「あー、終わったー。もう指が痛いよ」
マキは銃を台に戻すし額の汗をぬぐうと、手をプルプルと振る。最初から乱射気味で疲れてはいたが、最後のボスはそれに輪をかけて連射したのでもう力が入らない。
あかりも狙って撃っていたのでマキより負担は少ない筈だが、それでも汗ばんだ手を握ったり閉じたりしていた。
「やりましたねマキ先輩」
エンディングを感慨深げに眺めながらあかりが呟き、スッと手のひらをこちらに向ける。
「? あぁ、成程ね」
少し戸惑うが、それがハイタッチを求めてるものだと察したマキは自分も手を上げて――
パン!
小気味良い音が周囲に響く。
「こういうゲームはホラー苦手だから今までしたことなかったけど結構楽しかったよ。ま、勝負は僕の負けみたいだけど」
「そりゃあ私が選んだゲームで私が負けたらどうしようもないじゃないですか。 あ、それより見てください! 二人プレイでのスコア、この店で一位みたいですよ?」
エンディングが終わった所でスコアが表示される。
「おお! 僕たち結構上手かったん……」
と、そこでマキはスコアボードの順位がおかしな動きをしていることに気づいた。
具体的に言うならば十位にあったスコアが九位に上昇したかと思えば、すぐさま八位、七位……とその順位をグングン上げていく。最近増えてきたプレイ中のスコアがリアルタイムで反映されるランキングシステムなら、順位がこうゆう風に上がっていくこと自体はおかしくないのだが、問題はそのスピードだ。
「ねぇあかりちゃん、これって多分あれだよね……?」
「えぇ、ですよね……」
あっという間に二位へ食いついた『___(アンダーバー三つ)』の正体を二人が察した所で、隣の筐体の周囲をいつの間にか取り囲んでいた群衆からおぉ! とざわめきが起こる。
二人がちょっと離れた階段からその中心を確認すると、やっぱりというかだろうなというか、その中心にいたのはゆかりだった。
彼女は二丁拳銃スタイルで銃を構え、次々と迫りくるゾンビの波をヘッドショットだけで殲滅していく。その動きはハリウッド俳優すらかくやと言わんばかりで、流麗さと合理性を伴った舞いのような動きに、長いもみあげが体操競技のリボンのように宙を走った。
二人はその動きと、いつもの優し気な瞳と違うゾクリとするようなゆかりの冷たい瞳に、言葉を失ってただ彼女を見守る。
そしていよいよ最後のエレベーターを抜けてボスが現れた――と同時。
ガガガガガガ!
あまりにトリガーを引く速度が速すぎるせいで、ガトリング砲みたいな音が鳴る。
そして恐らく本来ならボスの攻撃を全部迎撃するのがこちらの攻撃チャンスが生まれる条件なのだろうが、ゆかりの殲滅速度が上回ってしまってボスが常時弱点をさらけ出していた。そしてそんな状態でガトリング砲と化したハンドガンの乱打を受けきれるはずもなく。
おぉーーー!!
ものの十秒足らずでボスを撃破したゆかりに群衆がざわめいた。
そしてリザルトにノーダメージボーナスと残タイムスコアがガリガリと加算されていき――あっという間に二人の記録が抜かれて二倍差近い差が生まれた。一対二で二倍差スコアなので実質四倍差である。
「あ。マキさんとあかりちゃん、二位になってるじゃないですか! 流石ですね!」
銃を戻したゆかりは、沸き立つ群衆の向こうから飛び跳ねなてこちらを視認し、涼しい顔でこちらへと手を振る。
二人は手を振ってこたえながらも小声でささやきあう。
「なんかもう、ここまで差があると悔しくすらないんだね……」
「えぇ、というか薄々思ってましたけどゆかりお姉ちゃんって本当にゲームが関わると頭おかしいですよね……」
それぞれ一勝したはずなのに、全く勝った気のしない二人であった。