サラリーマンの狂騒曲   作:裏船長

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大企業の前奏曲(プレリュード)

 

 とある高級住宅街での昼下がり。

 

明治初期に海外から資材を搬入して建築された、古めかしくもモダンな造りの大きな屋敷がこの高級住宅街にあった。

しかし古めかしい外見とは裏腹に、屋敷と敷地内は蟻一匹見逃さない最新のセキュリティシステムが張り巡らされているのは知られていない。

近隣の住人とは少なからず、ご近所付き合いもある筈だが不思議な事にこの屋敷の住人達は人の記憶に残らないのであった。

表札には『篠宮』と刻まれてある。

 

「……という訳で、今月は各企業の社長などが集まっての恒例の昼食会がございます。因みに今回はウチのホテルを使いますから、そのおつもりで」

 

その篠宮家の執務室でこの家の当主がサイドに積まれた書類と格闘しており、側に立つ当家執事が淡々と今月のスケジュールの確認を行っていた。

腰まで伸ばした長い黒髪、英国製スーツに包まれた細身の長身、咥え煙草で忙しなくパソコンのキーボードを叩く人物の名は篠宮 翼という。

傍らに立つ執事は辻井といい、彼もまた193センチという長身、肩程まで伸ばしたダークブラウンの髪を後ろで綺麗に纏めタブレットを操作している。

 

遥か太古より血を繋げて来た古い古い一族の出である2人に共通するのは、かなりの美形である事。

執事に至ってはどこぞの美術館に飾られる彫像のようでもある。

この2人に限らず一族の者は皆、こういった美形に生まれついてくるので、それが特別でも何でもない。

初っぱなからネタバラシすれば、彼らは人間ではなくチート能力を持った人外の生き物であった。

当主は昔、安倍晴明に会ったとか言ってるし、執事も卑弥呼を見た事あるとか言っていて、まぁつまり非常に長生きしている。

 

そんなチートな御当家様が運営しているのは【篠宮財団】という巨大企業だ。

昨今はネットワークがほぼ全世界普及している為、昔ほど書類の山という物は無くなったが、それでも最重要機密などはハッキングやウィルス感染による情報流出の警戒から未だに書面で片付ける事も多い。

以前に比べて量が多少は減っただけに過ぎないというだけだ。

 

世界大戦後から僅か100年足らずで大企業に成長させた篠宮財団は医療福祉・外食産業・貿易・製鉄・航空・船舶・軍事産業・芸能などのあらゆる分野に進出している複合型で、関連会社の社長職や会長職を30以上兼任している翼は毎日毎日、多忙な日々を送っている。

 

遊んでいるように見えて実はハードなスケジュールをこなせるのは人外であるから出来る事で、普通の人間なら軽く3回は過労死しているだろう。

そして都心に本社を置く多くの大手企業などの社長らと月イチ昼食会を開くのも、重要な仕事の1つであった。

勿論、ただ仲良くご飯食べる訳でもなく情報交換などが主な目的になる。

 

「先月はナニ食べたっけ」

「中華ですね」

「ああ、思い出した。エビチリ美味かった」

「今月は和食が宜しいかと存じます。先々月はフレンチでしたし、他の方々は割とお年でいらっしゃいますしね」

 

せっせと書類にサインし顔も上げない翼に執事の辻井が提案する。

 

「いんじゃね?あんまりコッテリしたもん続いても年寄りにゃあ血圧とか慢性疾患に悪そうだし、美味い店の手配は任せるわ。メシ会のメンバーもそんなに変わらんしな」

「それなんですが、新しく来られる方が居ります」

「は?今さら?」

 

意外な言葉に翼は手を止めて顔を上げた。

 

「大概の大手のオッサン達は知ってる筈だけど。何処のシャチョさんよ?」 

「轟商事って御存知ですか?」

 

タブレットをスイスイ操作して辻井は検索画面を翼に見せた。

 

「会社形態は篠宮財団と違い総合商社です。社長は一代で会社を押し上げた轟 剛天という傑物ですね」

「……すんげー濃いオッサンだな」

 

タブレットの轟社長の画像を見て翼は呟いた。

厳つい顔に長い髪、ガタイも良い。

結構、年いってんのかと思いきや46歳と意外に若い。

何つーか、一度見たらゼッタイ忘れられない。

 

「で、何でメシ会に来るの?」

「鏡重工は御存知でしょう?あそこの社長と懇意になさっているそうで、何度か昼食会にお誘いは掛けたらしいですが、アラブの油田開発交渉だとか色々とタイミングが重ならずで、漸くお時間が取れたとの事です」

「ふーん……轟商事ねえ……」

 

会社のHPをザッと見た所、貿易に力を入れているらしくここ数年は不景気にも関わらず黒字売り上げだ。

 

「まあ、鏡重工とも仲良しさんならコネは作っておきたいよな。鏡さんトコは防衛省がお得意様だし」

「そうですね、ウチはそちら方面は少し弱いですから、食い込みたいところです」

 

因みに追加情報ですがと辻井は付け加えた。

 

「この轟社長、特技はミサイル投げだそうです」

「ナニソレ」

「嘘か真か、飛んで来たミサイルを素手で受け止めて投げ返したとか」

「…………それ人類のハナシ?そもそも、総合商社にミサイル関係あんの?」

「あるんじゃないですか」

「私ら人間じゃないけどさー、流石にミサイル受け止めて無傷じゃないよ?え、轟商事ってアベンジャーズか何かなの?」

「今度の昼食会で顔を合わせれば分かりますよ」

 

最後は辻井も些か投げ遣りに返したのだった。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで月イチ昼食会の当日。

 

結論から言えば件の社長は色んな意味で凄かった、とは翼の談。

 

「いや、あのオッサンも凄ェんだけどもよ」

 

虚ろな視線を宙にさ迷わせながら翼は言った。

 

「他のオッサン達の動じなさ加減がよっぽど凄ェわ。流石は社蓄の国ニッポン。サラリーマン根性マジぱねえ」

 

戦後の高度経済成長期ニッポンを支えて来た、団塊の世代の魂の底から染み着いた『サラリーマン魂』のスキルは半端なかった。

あらゆる事態、想定内外に瞬時に対応出来る反射神経、相手の機嫌を読み取りそつなく熟す会話術。

 

しかし初めて顔を合わせた瞬間、

 

「先手必勝じゃああッ!」

 

という叫び声と共に轟社長が名刺を某レオタード美人怪盗並みにブン投げて来たのはビビった。

翼は思わず「お、おう……」って言っちゃったが、他の社長連中は「これはこれは、ワタクシ○○工業の……」とか「私は○○ハウスの……」とか、鮮やかに名刺返しをやってた。

オッサンすげえぇ!って地味に感動した。

 

取り敢えず初見同士の一通りの挨拶が済み、そこからは和やかに食事が始まった訳だが……。

 

見た目だけで言えば昼食会のメンバーでは翼が一番若い(しかし実際の年齢は翼が一番上だ)上に性別も女という事もあり、どうも他の社長連中は腹の中では小馬鹿にしているらしく、ちょいちょいイラッとする言動が見え隠れするのをテキトーに聞き流していたが、この日は業種上のライバル社の社長の虫の居所が悪かったようで、露骨に翼にチクチク絡み始めて来た。

見た目だけ若いっつったって、翼はあの篠宮財団のトップである。

単に長生きしてるからというのもあるが、基本的に翼の一族はチート集団。

一族で若く優秀な者は系列企業などにブッ込み、裏では政界とちょっとブラックな話し合いとかやって着々と力を付けて来たのだ。

今ではテレビをつけたら篠宮関連会社のCMはほぼ一日中流れてるし、メジャー所の業種も殆ど売り上げの上位に食い込んでいる。

ライバル社としては篠宮財団は脅威でしかなかろう。

 

特に今年に入ってからは自動車産業の数社で不正の発覚があり、海外輸出分も含め数百万台のリコール騒動などで軒並み売り上げが落ちてしまったのは痛恨の極みである。

まあ、元を正せば不正したんだから自業自得でもあるが。

そんな事もあって、上半期の決算報告で大手3社は赤字を出してしまっていた。

そんで翼に絡んで来たのがその自動車生産メーカーの最大手の社長だったのだ。

 

篠宮も自動車部門はあるが、大手に比べて然程の規模ではなく、フェラーリのようにオーダーメイドの高級スポーツカー生産を手掛けている為、どちらかと言えば国内より海外からの受注が多い。

篠宮は巨大な規模の財団であるが、他を完膚なきまでに叩き潰してまで利益を勝ち取ろうとまではしない。

翼にとって財団運営は一族の安全な未来を約束する為だけの手段に過ぎないのである。

 

……という事情は勿論、人間には明かせないので致し方あるまい。

 

そのオッサンの言う事はまぁ、この年代にありがちな女というものは……的な、とにかく女は男の一歩後ろで慎ましやかに男を立てろみたいなテンプレ男尊女卑な発言をかましてくる。

他の社長ズがまぁまぁと宥めてくれるも効果は然程なく、あー面倒くせーなー、と遠い目でハイハイ聞き流していた所へ例の轟社長がニヤリと笑みを浮かべて口を開いた。

 

「ふん、それくらいの事で屋台骨が揺らぐような会社なら、いっそ潰してしまえば良い」

 

暴言とも取れる言葉に一瞬で場が静まり返った。

言われたオッサンは見る間に怒りで顔を赤くさせ反論しようとするが、轟社長のひと睨みでウッと気圧されてしまい金魚の如く口をパクパクさせるに留まる。

一触即発の場面を感じ取った社長ズ達がそろそろ社に戻る時間ですね、と何やかんや理由を付けて席を立ち、昼食会は気まずい雰囲気のままお開きとなった。

 

 

 

 

 確かにタダモンじゃねえなあ。

 

昼食会場だった大会議室を出て、1階に下りるエレベーターを待ちながら翼は先程の事を思い返していた。

確かに素手でミサイル投げて片手で戦車とか引っ繰り返せそう。

アイアンマンとタメ張れそう。

 

年齢ならオッサン達より轟社長のほうが10も若い。

しかし人間性を問うなら、明らかに轟社長が上回る。

格が違う、と言えばしっくり来る。

周囲を圧倒させるあのカリスマ性は天性の資質なのだろう。

他者を惹き付ける魅力、統率力、そしてそれに見合う実力。

だからこそ、一見ハチャメチャに見える経営方針でも社員がついて行き、あれだけの業績を築けるのだろう。

物思いに耽る翼の隣に影が並んだ。

 

「……あ」

 

今しがた考えていた轟社長である。

 

「随分と久しいのう」

「あ?」

 

此方を見下ろす男は何処か懐かしげに翼に話し掛けて来た。

まるで此方を知っているような口振りに翼は眉を潜める。

 

「……どっかで会いましたっけ?」

「覚えておらんか、まぁ無理もない。あの頃は俺も取るに足らん子供だったからな」

 

独り言のように呟いた轟社長の次の言葉に翼の顔が強張った。

 

「悠久の時を生きるお前から見れば、人の子の命なぞ瞬き程度でしかなかろう」

 

それは確実に此方の正体を知っていての台詞に他ならない。

 

「誰だ、お前」

「そう睨むな」

 

一瞬で警戒を顕にする翼に轟社長は豪快に笑った。

 

「見た目はあの頃とちっとも変わっておらんな。つい懐かしくて声を掛けただけじゃ」

 

到着したエレベーターに乗り込む轟社長を見送る。

 

「乗らんのか」

「遠慮しとく」

 

残念じゃのう。

その言葉を残して扉は閉まり、彼を乗せたエレベーターは下りて行った。

 

 

 

 

「轟 剛天ねえ……」

 

時刻は18時を回った田園調布の篠宮邸のサロン。

基本的に人外チートな彼らの活動時間は夕方からになるので、翼もさっき起きて来たばかりである。

 

「本当に覚えは無いのですか?」

 

先日の轟社長との事を思い出して唸る翼に、紅茶を用意しつつ辻井は問うた。

 

「あんなインパクト有りまくりなオッサン、一度会ったらこの先200年は忘れねぇよ」

 

マイセンのカップに紅茶が注がれ、ダージリンの良い香りが漂う。

執事の流れるような手付きを眺めながら翼は即答した。

 

「それに、何かしら関わり合いになる時は後から記憶も消してるじゃん。過去に私と何かあったって、向こうが覚えてるワケねえし」

 

人間の中に混じって人間と違う時間を生きる以上、限られた特定の個人と親密な関係を築かないのはセオリーである。

下手に相手の記憶に残って後々、面倒な事を引き起こし兼ねないからだ。

ただ、ほんの1~2度くらい顔を合わせた程度の相手も数限り無く居るのでいちいち、全ての人間の記憶を消す訳にもいかない。

その為、映像や写真などの記録にも残らないようにしているし、あった場合は可能な限り権力とか金とかブラックな何やらを使って消してもいる。

ソーサーを受け取り、紅茶の香りを楽しむ当主の向かいに辻井も腰を下ろした。

 

「そんなに気になるのでしたら、もう少し調べますか?」

「うーん……そこまでって程でもないんだけど」

 

昼食会に轟社長が来ると分かった時点で、ある程度の事は調べて把握している。

会社自体に特別、何か引っ掛かる事は無かった。

翼の正体を知っているのも、恐らく轟社長のみと思われる。

 

「ま、もし何かあったらそん時にどうにかすりゃいいだろ」

「お嬢様、それを世間では行き当たりばったりと言うんですよ」

 

勿論、行き当たりばったりは翼の専売特許であった。

 

 

 

 

 

 

 その日、久し振りに剛天が轟家に帰って来た。

 

「何じゃい、帰ったのか。珍しいのう」

 

私立高校の校長を努める轟 鋼鉄(御年72)が台所からヒョコリと顔を出した。

間もなく帰って来る孫の為に夕食の支度をしていたのだろう。

多忙な剛天が家に帰って来るのは年に10日も無い。

孫の金剛と彼が顔を合わせるのも滅多に無く、鋼鉄が育てたようなものである。

 

「親父、会ったぞ。奴に」

 

出迎えた鋼鉄に顔を見るなり剛天が言った。

 

「奴?とは誰じゃい」

「篠宮だ」

「……何と」

「俺の事は覚えてなかったようだがな」

 

丸い卓袱台の前にどかりと座る剛天の向かいに鋼鉄も腰を下ろした。

 

「最後に会ったのは何時だったかの」

 

懐かしそうに目を細め、鋼鉄は話を促した。

 

 

 

……親父?帰ってんのか?

 

程なくして帰宅した金剛は玄関に脱いである剛天の下駄に気付いた。

パンダ谷の奥で修行に明け暮れていた金剛の前に突然現れ、サラリーマンとして世間に放り込んだ張本人。

山奥の修行場で文明と切り離されたような生活を4年もしていた金剛にとって、現代社会は馴染むのに精一杯である。

しかもガッツリ親のコネの入社であるから、あれこれ鈍い金剛でも流石に職場の微妙な空気は読めた。

幸いにも同期入社の平という男が番長と慕って、色々と手助けしてくれるし、己の教育係になった雫と彼女と同期の双子の女子社員も何やかんやと世話を焼いてくれる。

少しでも彼らの手を煩わせまいと日々、頑張っている金剛だ。

 

居間の襖に手を掛けた時、中から祖父と父親の話し声が聞こえてきた。

 

篠宮……40年前……女、変わらない姿……そんな断片が漏れてくる。

 

「ただいま」

 

金剛が勢い良く襖を開けると、鋼鉄と剛天がピタリと話を止めて振り向いた。

 

「おお、帰ったか。風呂は沸いてるぞ」

 

孫の帰宅に鋼鉄が顔を綻ばせる。

親バカならぬ爺バカの鋼鉄はとにかく金剛が可愛い。

いそいそと立ち上がり、今日の晩メシは鯵の塩焼きじゃ!と中断した夕食の仕上げに取り掛かる。

人類最強と呼び声の高い彼も孫の前だと形無しである。

 

「剛天、貴様も食っていくじゃろ」

「ああ」

 

鋼鉄の問い掛けに答えて剛天は息子を見た。

 

「……?」

 

上着をハンガーに掛けた金剛は視線に気付き父親の斜め向かいに座る。

 

「会社はどうだ?」

「……難しいな」

 

暫し考えてから金剛は返した。

 

「覚える事が沢山ある。それに修行と違って、みんなと一緒にやらなきゃならない事もある」

「それが社会だからな。人は1人で生きてゆけん」

 

余り話をしない父親が珍しく饒舌に語るのを、金剛は不思議に思う。

 

「金剛、お前に1つ宿題をやろう」

 

ニヤリと剛天が笑った。

 

 

 

 

 

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