サラリーマンの狂騒曲   作:裏船長

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雫の妄想狂想曲(ラプソディ)

 

 深夜のオフィス。

 

「鏡」

 

名を呼ばれた慶志郎が振り向くのと、勢い良くデスクに叩きつけられるのは同時だった。

 

「がっ……!」

 

背中をぶつけた衝撃と痛みに呻く慶志郎の両手を片手で易々と頭上で一纏めにし、一回り体格の良い男が屈んでぬっと顔を近付ける。

 

「……何のつもりだね、轟くん」

 

端正な顔を歪め睨み上げて来る慶志郎を、金剛は口元に薄い笑みを浮かべて冷たく見下ろした。

値踏みするようなその眼にゾッとする。

 

報告書の提出が遅れている金剛の残業に気紛れを起こして付き合ったのが間違いだったと、今更ながらに後悔した。

すい、と空いた手で金剛が慶志郎の金色の髪を一房掬い取ると、普段から丁寧にケアされているストレートの長い髪は武骨な指の間をサラリと擦り抜けていく。

綺麗だな、と低い声で金剛が呟いた。

 

「キミは……ふざけているのか?いい加減に離したまえ」

 

男の下から抜け出そうと身を捩るも、戒められた腕は万力で締め上げられたようにビクともしない上に段々と痺れてくる。

 

「この状況でふざけていると思ってるのか、随分とめでたい頭してるんだな。係長」

 

髪を弄る手が頬に触れ、そのまま優しいタッチで首筋をなぞり下りていく。

 

「っ、止めろ、ワタシにそんな趣味はない!」

 

カッとなって自由な足で思いっきり金剛の横腹を蹴ると流石に効いたのか一瞬、男は顔をしかめた。

だがすぐに首を掴まれ、強引に慶志郎の両足を割って身体を捩じ込んでくる。

 

「堪んねぇな、アンタのそういうところ」

「ぁ、が…っ」

 

息が出来ず苦しむ慶志郎を眺めてから、金剛は首に掛けていた手を離す。

不意に解放されて咳き込む慶志郎のスーツに手を掛け、金剛はゆっくりとボタンを外していった。

 

ひとつ、ふたつ。

上着のボタンを外すと次はベスト。

ひとつ、ふたつ、みっつ。

 

「と、どろき、何故……」

 

慶志郎の掠れた声に金剛はネクタイに掛けた手を止めた。

 

「何故?さあ、俺も分かんねぇよ」

 

シュル、とシルクのネクタイが解けて抜き取られる。

 

「ただ、初めて見た時からアンタにこうしたいって思っただけだ」

 

白いシャツが引っ張られ、ぶちぶちと一気に弾け飛んだボタンがオフィスの硬い床に幾つもの乾いた音を立てて落ちた。

 

「……慶志郎」

 

下の名前を呼ばれ、無意識に身体を強張らせる慶志郎を見詰める金剛の目はまるで猛獣のようだ。

熱を帯びた手が露わになった腹に触れて撫で回す。

 

「い、やだ、轟っ!離せっ、ワタシに触るなぁっ!」

「金剛だ」

 

力の限り暴れる慶志郎の耳許に唇を寄せて金剛が囁いた。

 

「金剛って呼べよ、慶志郎」

 

やっぱり轟×鏡サイコウ。

 

 

 

 

 

 

 轟商事・営業部。

 

今年度、営業部に配属されて来た後輩の教育係に任命された清澄 雫はパソコンと格闘する1人の後輩に熱っぽい視線を送りつつ、上記のような妄想を膨らませていた。

 

轟くん……今日も相変わらず凄く、大きいです……。

鏡係長の腰が大丈夫だといいけど。

(そもそも2人はそんな関係ではない)

 

大きな体躯を縮こませるようにして、太い指でポツポツとキーボードを打つ姿にこっそりウットリ溜息を吐く。

その不器用な手が鏡係長の身体をムリヤリ暴いていくんですね、分かります。

既に鏡係長は雫の脳内で轟に30回くらい犯されている(ヒドス)

 

鍛え上げられた190センチの体格、無造作に尻まで伸ばした黒髪、精悍な顔立ち。

新入社員ながら『番長』という、謎の役職に就いている彼の名は轟 金剛。

言わずと知れた轟社長の息子である。

 

見た目が厳つい上に表情も乏しく、しかも社長の息子という全く有り難くないプレミアな人材の配属先が営業部と分かり、誰を彼の教育担当にするか随分と営業部部長の頭を悩ませたらしい。

何しろ『あの』社長の息子なのだ。

部長は悩んで齢50過ぎにして知恵熱を出すくらい悩み、大分ハゲ散らかった頭から更に毛が50本くらい抜けたとか抜けなかったとか。

配属前日ギリギリまで悩み、部長が抜擢したのは入社2年目を迎えた女子社員、清澄 雫であった。

 

「清澄くん……君、彼を引き受けてくれるかね?いや、勿論サポートはするよ。鏡係長にも全面的にバックアップを頼むしね!」

 

呼び出した雫に部長は矢継ぎ早に捲し立てた。

何しろ件の彼が来るのは明日である。

もし社長の息子に何かあったらクビが飛ぶ恐れもあるのだ。

とにかく、引き受けて貰いたい!

そんな部長の必死の形相とは真逆に、彼女は実に晴れ晴れとした笑顔で頷いた。

 

「喜んで!」

 

実際にやって来た轟 金剛は見た目とは裏腹に他人に優しく礼儀正しい、口調はやや乱暴だが(格好もアレだが)普通に真面目な青年だった。

口には出さないものの自分が社長の息子が故に特別視されている事、営業部の他の社員から腫れ物を触るように扱われている事なども理解していた。

 

「初めまして、私は清澄 雫。今日から私が貴方の教育係なの。宜しくね、轟くん」

 

初対面の雫の挨拶に安堵したのか、ほんの少し口元に笑みを浮かべて「押忍」と答えた金剛に雫の胸はキュンとときめいた。

 

くっそ、可愛いなコイツ!堪らん萌える!

 

キュートな笑顔の下で黒い笑みを浮かべ、教育係に任命してくれた部長に心より感謝している彼女がそこにいた。

 

轟商事の営業部所属、清澄 雫(24)。

 

ごく普通に高校を卒業し、ごく普通に大学を卒業した後、この会社に就職したごく普通のOL。

明るい性格で『仕事は愛と情熱』をモットーに何事も懸命に取り組み、食べる事が大好きで可愛らしい、如何にも女の子な職場のムードメーカー的存在。

 

しかし可愛い顔の下には裏の顔があった。

清澄 雫は筋金入りの【腐女子】だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 清澄 雫が腐女子になった経緯は、高校生の頃まで遡らなくてはならない。

 

高校1年の終わりまで、雫も男女の恋愛にちょっぴり興味を持っている、ごくごく普通の女子高生だった。

雫の通った高校は一学年の人数が多く10クラスもあり、校舎も一学年に一つという所謂マンモス校というヤツで、同学年でも一度も同じクラスにならず、顔も知らない同級生が居るまま卒業するのも当たり前という環境にあった。

そんな学校で2年に進級した年、初めて同じクラスになった1人の女子と雫は【運命的な出会い】を果たし、それがきっかけで腐女子の道を進む事になる。

新学期から約ひと月経った頃。

雫も周囲に馴染んでそこそこに楽しい学校生活を送っていたが、1人だけ微妙にクラスで浮いている少女が居た。

 

長いストレートの髪を後ろで纏め、いつも1人で休み時間に本を読んだりスケッチブックに絵を描いていて、他の子と一緒に居るのを見た事がない。

とは言え、クラスの行事や係の仕事はキチンとしているし、話し掛ければ気さくに答えてくれるので誰かに虐められる訳でもない。

ただ、物静かに読書やスケッチをしているだけであったが、雫は妙にその子が気になっていた。

 

活発な性格の雫は夏休みに家族でマリンスポーツに出掛けたり、他にも山登りやキャンプなどアウトドアな活動が多い。

だからこそ、自分と正反対の位置に居るインドアな彼女が気になったのかも知れない。

物静かな彼女は絵を描いている事もあってか、美術の授業で描くデッサンの腕は素晴らしく、美術顧問の教師が熱心に美術部に誘ったそうだが家庭の事情とやらで部には属さず放課後はサッサと帰宅していた。

 

そんな彼女と雫が接点を持ったのは偶々、彼女が落としたスケッチブックを拾った事によるものだった。

拾った時に偶然ページが開いてしまい、意図する事なく雫の目に描かれた中身が入って来た。

が、その内容が衝撃過ぎて雫の常識を遥かに越えた代物だった。

 

〈え、男の人同士でキキ、キスしてるー!?〉

 

どう考えても男同士のラブシーンにしか見えない。

(しかも筋肉ムキムキのガチホモだった)

そして落とした本人が物凄く慌ててスケッチブックを奪い、雫の手を掴んで校舎裏へと引っ張って走った。

 

「清澄さんっ!!」

 

泣きそうな顔で迫る彼女に、雫はどうしよう!とパニくった。

 

私きっと見ちゃいけないモノを見ちゃったんだ!

 

「お願いっ、今の事は誰にも言わないでっっ」

「う、うん……言わないよ」

 

余りの剣幕に圧されて雫はぶんぶんと頷いた。

みんなに知られたら、もう学校に来れない!と半ベソかく彼女が可哀想で、偶然とは言え勝手に見てしまった罪悪感もあり、誰だって人に知られたくない事の1つや2つはあるんだし……と、心底申し訳なくなってゼッタイ言わないよ!と約束した。

 

でもさっき目にした絵の事も気になっているのは事実。

あのね、と雫は話を聞かせて欲しいと頼んだ。

 

「気持ち悪くないの?」

「え?うーん、って言うか、凄く上手に描けてたよね」

 

彼女の問い掛けに雫は素直に答えた。

チラ見ではあったが、素人目にも凄く上手な絵であった。

 

「いつも1人で描いているよね。美術の授業でも先生が誉めてるもんね」

 

何時から描いているの?という雫のごく普通の質問に彼女はポツポツと自分の環境を話し始めた。

彼女の家は所謂オタク一家というもので、妹や母親、父親も何らかのマニアな趣味の持ち主らしい。

毎年2回ある夏の陣と冬の陣にも家族総出で参加している事など。

(これは後に夏コミ、冬コミの事と分かる)

 

ここまで来れば予想もつくが彼女の両親の出会いはコミケ、結婚の切っ掛けも互いの趣味嗜好の完全理解であった。

要は彼女、オタクのサラブレッドなのだ。

周りにそういう趣味の人間が居なかった雫にとって、このクラスメイトは非常に興味深い人物となった。

後はまあ、ご想像の通り。

元々、根が素直な性格の雫は男と男の熱い友情を越えた愛が如何に素晴らしいか、力説する彼女によって見事に洗脳されてしまい、坂道を転げ落ちるように腐女子に染まったのである。

そして彼女を『師匠』と呼び、乾いたスポンジが水を吸うが如くホモエロの知識を吸収していった。

それまで普通に出掛けていたアウトドアなスポーツもホモフィルターを通すと萌えの宝庫と化した。

特に夏の海なんか海パン男がうじゃうじゃと居る。

 

よもや可愛い女子高生が小麦色に焼けたサーファーとか鍛えた身体を持つライフセーバーのお兄さんとか、何処ぞの大学サークルのお兄ちゃん達が男にヤられたりヤったり汁まみれで真夏の大乱交を妄想しまくってるとは思うまい。

 

ただこの師匠、流行りの少女マンガに出るような綺麗系の男子のBLが好きではなく、ガチムキマッスルな男が汗だく汁だくで絡み合う、どっちかっつったらリアルホモ受けなジャンルが得意だった。

(彼女の父親がミリタリーオタク、母親が筋肉フェチのプロレスマニアなホモオタクだった影響もある)

全くオタクに縁の無かった初心者の雫はソフトを通り越して、コアなマニア受けするようなハード過ぎる内容を刷り込まれて以来、雫もまたガチムキな男にしか興味が持てなくなり、大学も彼氏の1人も作るワケでなく現在に至る。

そして雫がこの轟商事に就職を決めた理由もオタク思考によるものだったのも、致し方ない事だった。

 

 

 

 

 

 

 雫が大学4年になって就職ガイダンスやセミナー、面接の申し込みや各企業の説明会と就活で忙しく走り回っていた時、幾つかの会社の中に轟商事の公式ホームページを見つけて覗いてみた。

そして、そこに運命の出会い(笑)が待っていた。

 

溢れんばかりの漢気と中高年らしからぬ見事な肉体、未来(さき)を見据える鋭い眼差し、ワイルドなミドルダンディ・轟 剛天社長の姿が堂々と。

 

雫の脳内で何故か仁王像が6つくらい一気に燃えた(確定)

 

神・降・臨

 

正に雫が理想とする総攻めキャラクターがそこに!!

 

この会社に入れば毎日はムリだろうけど、社長の姿を見る機会はあるかも知れない。

轟社長に憧れて入社を希望する男も多いと聞く。

 

もしかしたら入社試験は社長自ら希望者の身体を吟味して、社内視察を名目に好みの男性社員を摘まみ食いしてるかも!

(酷い濡れ衣。当然、社長はノーマルです)

むしろ社員が進んで『抱いて下さい』って身体を差し出したり、社内研修は建前で実は社長のハーレムパーリィとか!

 

あらゆる想像を掻き立てられ、腐女子スイッチが全開になった雫にはもう、何が何でも轟商事に入社するしかなくなった。

あろう事か、それまで予定していた他の会社の就活を一切取り止め、轟商事のみに絞ったのである。

無論、周囲から滑り止めに他も受けた方が良いと随分と諭されたのだが雫の決意はダイヤモンドより固く、結果的にかなりの倍率を潜り抜けて採用枠を勝ち取る事が出来た。

因みに雫を腐女子の道に引っ張り込んだ例の師匠は、大学在学中にホモマンガで商業誌デビューを果たして無事にプロの漫画家として活躍している。

 

恐るべきは腐女子パワー。

萌えさえあれば何でも出来る。

 

こうして雫の青7確定した社会人生活は順調にスタートしたのである。

更に約半年の新人研修を受けて配属された営業部には、これまた雫の妄想を掻き立てる素晴らしい逸材が居た。

 

「ワタシの名は鏡 慶志郎。分からない事は何でも訊いてくれたまえ」

 

赤いスーツにストレートの長い金髪のイケメン上司。

しかも20代の若さで係長という役職者。

 

青RUSHキタ━(゚∀゚)━!

 

轟商事、何て素晴らしい職場なの。

大都技研(かみさま)ありがとう、生きてて良かった!!

 

しかも、営業部と言えばエロ展開にとって欠かせない【枕営業ネタ】の宝庫である。

 

部下の失敗の責任を取らされ、身体で償う上司。

取引の為に身体を要求される上司。

ゲスいおっさん達に接待と称して嬲られ輪姦される上司。

 

勿論、犯される上司は受けの王道的な容姿を持つ鏡係長に他ならない。

 

無限に広がるホモワールドに感激の余り目を潤ませる雫を見て、慶志郎は自分に好意を寄せる女性を増やしてしまったとかナルシーちっくに思っていたが、よもや雫の脳内で裸にひん剥かれて男に犯され放題になっているとは知る由もない。

世の中には知らない方が幸せな事もある。

 

もう私、この会社に骨を埋めようっ!

負けても全ツッパする!

 

「鏡係長(青頂を)有難うございます!私(絶頂まで)ガンバります!」

「ふ、元気なレディだ」

 

端から見れば新社会人として張り切る部下とそれを見守る上司の微笑ましい光景だが、実際は筋金入りの腐女子によってホモエロのネタにされる哀れな男が1人生まれただけに過ぎない。

 

鏡係長はやっぱり総受けよね。

 

綺麗な金髪の上司が男の色んな汁に塗れてアンアン啼かされる図だけで丼メシ三杯イケる。

毎日昼休みにトイレに押し込まれ、入れ替わり立ち替わり上にも下にも突っ込まれる肉便器扱いも捨て難い。

夜のオフィスで残業中に後ろから襲われるのもいい。

雫の脳内で慶志郎は既に尿道バイブ拡張や雌堕ち、SMプレイまで体験済みになっていた。

本人が知ったら血反吐を吐いて軽く3回死ねる。

 

見た目は可愛らしくにっこり笑い、腐女子である事をひた隠しにしている雫は鏡係長を見る度に脳内で激しい妄想を繰り広げ、後に同期で入社した双子のOL・美佑と美佐にバレる事となるのはまた別の話。

 

鏡係長を見て切なげに溜息を吐く雫をイケメン上司に片想いしている可愛い女子社員と見るのは雫の正体を知らない他社員で、ホモエロ想像して萌えているだけと見抜いているのは事情を知っている双子のみ。

 

「ねえ……今年さ、社長の息子が入社して来るって聞いたんだけど」

 

美佑がこっそり美佐に囁いた。 

 

「うん、知ってる。社長にそっくりらしいよ」

「ああ、じゃあ……」

 

雫がまた張り切っちゃうね。

ホモ的な意味で。

 

そして轟 金剛を見た雫が

「天国ループ確定」

と呟いたのを双子は聞き逃さなかった。

 

 

 

 

 

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