サラリーマンの狂騒曲   作:裏船長

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轟 金剛の夢想曲(トロイメライ)

 

 春眠、暁を覚えずとはよく言ったものだ。

 

GWも過ぎた、ポカポカと陽気の良い5月のある日。

轟商事の営業部ではミーティングが行われていた。

新入社員もそろそろ仕事に慣れて来た頃だし、ここらで改めて今年度の目標や営業先の新規開拓についてなど、具体的な方針を打ち出そうと鏡係長の号令で開かれた次第である。

営業部はそこそこ人数が多いのでタスク毎に班分けをして、各人が班のノルマだとか個人ノルマを達成すべく仕事に励んでいる。

轟ビルの23階は会議室が並ぶフロアで、一番陽当たりの良い第一会議室を借りて営業部部長と鏡班の面々が資料を参考にあれやこれやと今後について話し合っていた。

 

メンバーは鏡係長、双子の美佑と美佐、雫、轟、平である。

(班分けにあたり、クセの強い連中を同じく個性的過ぎる鏡係長に上手いこと丸投げした部長の作戦勝ち故のメンバー編成)

 

普段は仕事は単なる暇潰しとか言っている慶志郎だが無論、本当に暇潰し程度で業務に携わっている訳ではない。

こう見えても彼はかなり有能なので卒なく仕事がこなせるし、本人曰くスタイリッシュにエレガントにキメたいから、仕事する姿を人に見せたくないという独自の謎持論を展開しているだけである。

 

「さて、では次のページを見たまえ。先月、社長自らアラブの油田採掘権利の獲得に行かれた訳だが……」

 

資料片手に慶志郎がホワイトボードに要点を書き出していくのを、金剛は腕組みをして横目で見ていた。

 

〈……眠ぃ……〉

 

元々、厳つい顔付きの金剛は普通に黙っているだけでも仏頂面で不機嫌そうに見えるのだが、この日は眠気と必死に戦っていた事で余計に悪人面になっていた。

眠気の原因は連休中、パンダ谷でずっと修行に明け暮れていた成為である。

サラリーマンとして就職してから忙しく過ごしていた金剛は高校生の頃から日課にしていた修行に暫く行く事が出来ず、すっかり鈍ってしまった身体の勘を取り戻そうと漸く纏まって取れた休みを全て修行に専念させた。

結果、身体の疲れが十分に抜け切れなかったのだ。

 

ポカポカと暖かな窓際の席は眠気を誘うのに最適な場所で、デスクでじっとしているのが苦手な事も相まり、金剛はとうとう夢の中へ旅立ってしまった。

何とか意識の半分は現実に置いてきたが、会議と夢とを行ったり来たりしている状態である。

隣に座る雫が金剛の居眠りに気付き、コッソリと起こそうと彼の太股をツンツンする。

 

「……轟くん、轟くん。起きて、轟くん」

 

その呼び掛けは金剛に懐かしい夢を見せた。

 

『轟くん』

 

河原で寝ている自分をいつも探しに来るのは幼馴染みだった。

 

『轟くん、風邪ひいちゃうよ?』

 

ああ……これくらいで風邪なんざ引きやしねぇよ。

 

『もう日が暮れちゃうよ。一緒に帰ろ?』

 

そうだな、女1人で帰るのは危ねえ。俺が守らなきゃな。

 

小さな頃は金剛くん、と呼んでいたのに気付けばいつの間にか轟くん、と呼び方を変えられていた。

何だかそれが他人行儀で少し寂しかったとも思う。

 

「……清澄くん、隣のソレは寝ているのかい?」

 

ふと慶志郎は舟を漕ぐ金剛に気付き雫に問い掛けた。

心なしか額に青筋が浮かんでいる。

 

バレたーっ!どっと冷や汗を掻いて雫はアワアワとした。

 

「あ、あの、えぇと」

「庇わなくて良い。このワタシの説明を子守唄代わりにするとはいい度胸だ」

 

手にしていた資料をくるくる丸め、慶志郎は金剛の側に立った。

 

番長、ヤベえッス!

血の雨が降るかもっ!

 

平と双子もハラハラしながら、この場をどう収めようかと慌てる。

 

「かか、鏡係長、穏便に」

 

部長はハナからアテにならない。

 

「轟くん、起きたまえ」

 

丸めた資料で肩をつつき、慶志郎が金剛を呼ぶ。

 

轟くん、起きて。

 

「轟 金剛、いい加減にしないと流石のワタシも怒るぞ」

 

金剛……金剛くん、起きて。

 

不意に金剛が資料を持つ慶志郎の手を掴んだ。

余りの速さに反応出来ずギョッとする慶志郎を、半覚醒のまま意識は夢の中にある金剛がうっすらと目を開けて見上げてきた。

寝惚けていた事、ちょうど逆光で慶志郎を認識出来なかった事で彼女の姿がダブって見えた。

 

金剛くん、帰ろ。

そうだな、帰ろうか。

 

「……みさお」

 

ふわり、と優しい笑みを浮かべて金剛が言った。

初めて見る彼の表情にその場の全員がフリーズする。

しかし ロングフリーズ(超番長)にはならなかった。

 

すっぱあぁぁぁん!

 

「ってええぇっ!」

 

脳天に衝撃を喰らい完全に金剛は目を覚ました。

慶志郎が丸めた資料で彼の頭を渾身の力で引っぱたいたのだ。

 

「寝惚けてるんじゃないっ、轟 金剛ッッ!」

 

ぶちぶちぶちぃっ、と慶志郎の額の血管やら堪忍袋の尾やら諸々が一気にブチ切れる。

 

頭を冷やして来たまえーッッ!

 

暖かな会議室に慶志郎の怒号が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……」

 

ガコン、と音を立てて落ちてきた缶コーヒーを取り出して金剛は溜息を吐いた。

会議室フロアの隅にある喫煙スペース。

紙コップ式の自販機と煙草の自販機、普通の自販機が並んでいて簡易ソファも置いてある。

 

「お疲れッスね、番長」

「あー……」

 

平の言葉にバツの悪そうな顔をして金剛はプルタブを引いた。

あれから激昂する鏡をみんなで宥めつつ、ちょっと休もうかと部長が提案して20分の小休憩となり、平と2人で此処に居る。

しくじった……缶コーヒーの苦味で眠気を飛ばそうと口をつけて、金剛は先程の事を思い出していた。

 

あれくれぇで居眠りしちまうなんざ、まだまだ漢気が足んねえ……週末も修行だ。

その修行に充てる時間を睡眠に回せば良いだけだが、本人にその考えがない。

 

〈そういや、高校を出てからアイツらと連絡も取ってなかったな……〉

 

轟高校を卒業して修行の為にすぐパンダ谷に入ってしまった金剛は4年もの間、殆ど外部の人間と接触していなかった。

月に2~3度、祖父の鋼鉄が生存確認に来るだけであったのだ。

自分を番長と慕ってくれていた舎弟達、幼馴染み、よく対決を挑んで来た他校の生徒、薫先生……みんな、今はどうしているのだろう。

サラリーマンとして社会人になり、再び他人に囲まれる生活を始めてから無意識にあの頃の日々と重ねていたのが、あの夢となって現れたのかも知れない。

 

それにしても、と金剛は引っぱたかれた頭を擦った。

あの野郎、あんな力一杯に叩くこたぁねえだろうよ。

端正な顔を怒りに染めて怒鳴る鏡係長のお陰で、一瞬にして覚醒出来たのは確かだが。

 

「少しは目が覚めたかい、サムライボーイ」

「あ、か、係長ぉ」

 

そこへ件の上司がやって来て、平はそわそわする。

今度こそ血の雨が降るとでも思っているらしいが、それは杞憂に終わった。

 

「あー、その、さっきは済まなかった」

 

気まずそうにガシガシと頭を掻いて金剛が謝る。

普段はきちんと敬語を使うよう心掛けているが、時折こうして素が出てしまう。

紙コップ式の自販機からホットココアを購入した慶志郎はチラリと金剛を見た。

武骨で愚直、猪突猛進、自分とは真逆を行くこの手の男はハッキリ言って嫌いな部類だ。

だがこうやって素直に己の非を認め、下げる頭を持ち、慣れないなりに四苦八苦しながら仕事を覚えようとする姿勢は褒めてやってもいい。

 

「……まあ、ワタシもさっきは思いっきり叩いたからネ。お合いこにしておこうか、サムライボーイ」

 

何事もスマートにキメたい慶志郎は、終わった事を何時までもグズグズと引きずるのを良しとしない。

この件はここまで、と暗に締めた。あからさまに平がホッとする。

それにしても、と慶志郎は改めて金剛を見る。

あの社長の息子というから、どんな切れ者かと思いきやパソコンすら碌に扱えない、大企業の御曹司としての教育などまるで受けていない、慶志郎に言わせれば轟 金剛は凡人以外の何者でもなかった。

 

ただ何故だか、この男は男女区別なく他人に好かれる素質を持っていた。

女性にしか興味ない慶志郎であったが、部下として入って来たこの男を少しだけ知ってみたいと好奇心が沸いてきた。

 

「平くん、そう言えばまだ営業部だけでの新人歓迎会は開いてなかったな」

「えっ?あ、そうッス」

 

4月に会社全体での大きな新人歓迎会は行われていたが、部署ごとの歓迎会はそれぞれでやるも良し、やらぬも良しと部署の責任者に任されている。

忙しい営業部では時間が取れない社員もいるので、更に班ごとに飲み会の開催は自由となっていた。

 

「では今夜、キミ達の歓迎会を開こう。ただワタシはドレスコードが必要な店やクラブしか知らないから、キミ達の好む場所には詳しくない。清澄くんや双子の彼女達にも予定を訊いて、オーケーなら手配を頼むよ」

「はいッス、係長」

 

新人歓迎会の手配を新人にやらせるのか、慶志郎よ。

そして平も少しは疑問に思え。

 

そんな突っ込みが出来る者はこの場に居る男達以外に誰も居なかった。

 

「轟くんも予定は無いのだろう?」

「押忍」

「オーケー」

 

空になった紙コップをゴミ箱に捨て慶志郎は去って行った。

休憩が終わった後、ミーティングは打ち出した方針を煮詰めていくという事で締め、その日は特に何もなく終業時刻となった。

 

 

 

 

 

 

 

 慶志郎発案の歓迎会は繁華街にある双子や平の行き付けの居酒屋で行う事になった。

部長は今日は娘さんのお誕生日とかで欠席、参加者は慶志郎を始めいつものメンバーに、話を聞き付けた別のタスク班の主任が一緒に混ぜて貰えないかと頼んで来たのでこれを了承し、結構な人数での開催となった。

2階建ての居酒屋は1階は普通の客席、2階は宴会に使える座敷になっているのでこういった集まりなどに丁度良く料理も美味いとの事で慶志郎の御眼鏡にも叶い、お決まりの乾杯の挨拶の後は酒と料理を楽しみつつ各自がめいめいに騒ぐ。

新人歓迎会の名目は何処へやら、中盤ともなるとあちこちで男達の仕事の愚痴や女子の恋バナが聞かれ始め、単に彼らは何かしらの理由を付けて飲みたいだけだったと知れる。

 

適当に混ざりつつ慶志郎が件の男を探すと金剛はテーブルの隅で1人、手酌酒を嗜んでいた。

それが妙にサマになっていて、23歳という年齢にそぐわない何処ぞの渋いオヤジのようだ。

慶志郎はコップを手に金剛の隣に腰を下ろした。

 

「キミは結構イケる口なんだね」

「は?ああ、酒……」

「余りこういう飲み会には出ないと平くんから聞いていたが」

「家でじいちゃんの晩酌に付き合ってるんで」

「お祖父さん?」

「そーいや番長って、お祖父さんと2人暮らしって言ってたッスよね。社長とは一緒に住んでないんスか?」

 

平が割り込んで来た。

そう、それはみんなが気になっていた事だ。

 

「いや……親父とは殆ど一緒に過ごした記憶はないな。ずっと、じいちゃんと2人だった。高校に入った時と卒業の時に会ったくらいか、あと先月フラッと帰って来た」

 

親父が何をしているかも知らなかった、と語る金剛に慶志郎も平も驚く。

男3人で話している其処へ、何にでも首を突っ込みたがる双子が雫を引っ張って加わって来た。

 

「番長の高校って?」

「轟高校、じいちゃんが理事長と校長やってんだ」

「轟高校って私立のあの轟高校?」

「あー、轟だもんねえ。名前で気付くべきだったわ」

「オレ、落ちたんスよ……」

 

平と双子が凄い凄いと騒ぐが慶志郎にはいまいちピンと来ない。

雫も首を傾げている。彼女も轟高校はよく知らないらしい。

 

「轟くんの出身校って、そんなに凄いのかい?」

「知らないの、係長?私立轟高校って言ったら、全国から入学希望者が殺到する超人気高校ですよー」

「轟くん、そんなに凄い学校に居たんだ」

「それに轟高校には伝説の総番長が居たりし、て……番長?」

 

うんうんと頷いていた平が何かに気付いたように、質問に素直に答える金剛を見た。

 

「もしかして番長って、高校でも番長だったんスか?」

「おう、舎弟からはそう呼ばれてたな」

「……もしかして、伝説の総番長……?」

「伝説とか知らねぇが、3年の時に総番長って言われてた」

「ええぇぇぇ!!」

「総番長って言ったら、漢気と強さだけじゃなくて人望も無いとなれないって言うじゃないッスか!」

 

叫ぶ平達をポカンと見詰める慶志郎と金剛と雫。

 

「轟くん、キミはそんなに凄い人物だったの?」

「知らねぇよ、俺だって」

 

困ったようにガシガシと頭を掻いて金剛はコップの日本酒を飲み干した。

 

「じゃあ、轟くんは他所の学校の人と喧嘩とかしていたの?番長って学校をシメているんでしょう?」

 

空になったコップに雫がお代わりの酒を注いで尋ねる。

昔読んだマンガで、番長と呼ばれる不良が他校の生徒と凄まじい喧嘩をするシーンがあったのを思い出したからだ。

 

「俺は人を殴るのも喧嘩も嫌いだ。毎日勝負は挑まれてたけどな」

 

どうも、と注がれた酒を一口飲んで金剛は答えた。

 

「え、そんならどんな勝負してたんスか?」

「そうだな、疾風のサキとはよく紙相撲とめんこでカタ付けてた。あの女、紙相撲を作るの上手ぇんだよ」

 

紙相撲?めんこ?

 

「あと狂犬のノリオはバドミントンだっけ。奴のスマッシュ半端ねぇ」

 

バドミントン?

 

「粛清のマダラとは調理実習だったかな、玉ねぎの微塵切りが凄かったぜ」

 

調理実習??

 

「煉獄のチャッピーとはよく、ドッジボールとかラグビーで勝負したっけな」

 

ドッジボール!?

 

他にも卓球とかバレーボールとか水泳にかるたとか、金剛の口から出る謎の回答に狂犬だとか疾風だとか色々ツッコミ処が満載過ぎてどうすりゃいいか分からない。

 

「オーケーオーケー、つまりキミは健全な勝負しかしないって事?」

「おう、殴り合いが強さを決めるワケじゃねぇからよ。漢を磨くってのはそんなんじゃねえ」

 

深く訊くのを諦めた慶志郎の質問に金剛は大きく頷いた。

酒が入っている成為で口調はかなり碎けている。

これが彼の本来の姿なのだろう。

 

「ねえ番長、高校の頃の写真とかないの?」

 

双子の美佑が乗り出して訊いてくる。

 

「そういや、卒業する時に何かしゃめとか何とか言われて舎弟達に写真撮られたな」

「わあ、見たーい!」

 

ちょっと考えて金剛が懐から携帯を取り出したのに、全員がざわめく。

 

えっ、番長って携帯が使えたの!?

パソコンも入社して初めて触ったって言ってなかった?

しかもガラケーなのかい!?

お年寄り向けのらくらくホンっスよ!

轟くん、可愛い……トゥンク。

 

そんな彼らを余所に金剛はポチポチと携帯を操作して、アルバムのフォルダを見せた。

 

「俺は使い方がよく分かんなかったから、舎弟が色々してくれたんだ」

 

その言葉にあぁーとみんな納得した。それはそれで失礼な気もする。

 

「へーえ、これが高校の時の番長ッスかあ」

「轟高校はコート着用なの?」

 

覗き込んだ携帯には学帽を目深に被り斜に構えて写っている轟が居た。

が、着ている学生服が常識的に知っている物と違う。

 

「いや、コートじゃねえよ。それは長ラン。舎弟達は短ランにツータックとかボンタン履いてたな。俺はドカンだったがチャッピーは洋ランとか着てた」

 

俺は写真とか苦手なんだけどよと言う金剛だが、それ以前に全く理解出来ない単語がポンポン出て来る。

取り敢えず平がスマホで高速検索して漸くそれが所謂、変形学生服だと分かる。

しかも昭和のバンカラスタイルというから、彼らが知らないのも無理はない。

 

「轟くん、キミの隣でいつも一緒に写ってるキュートな女の子は誰だい?」

 

女好きの慶志郎が金剛の隣で笑っている少女にいち早く反応して指す。

 

「ああ、ソイツは幼馴染みの青山」

「女の子をソイツ呼ばわりとは紳士じゃないね」

「別に、青山とはガキの頃からずっと一緒だったし……」

 

その割には名字で呼ぶのか、と慶志郎は違和感を覚えた。

 

 

 

 

 

 

〈流石に飲み過ぎたか……〉

 

ネクタイを外してポケットに突っ込み、金剛はアルコール混じりの息を吐いた。

あれから程なくして飲み会は解散となり、勢いのまま金剛は双子と平によって二次会まで引っ張られ、とっくに終電が無くなった時間に漸くお開きとなったのである。

飲み過ぎてフラフラの雫を抱え近くの公園までみんなで来ていたが、ベンチに座らせた途端に彼女は寝息を立ててしまった。

 

「あらら、雫が寝ちゃったよ」

「心配ない、ワタシが送って行くから」

「えっ……雫、妊娠しちゃうんじゃ」

「失敬な!ワタシを何だと思ってるんだキミ達は!」

「新宿の種馬」(それは某スイーパー)

「歩く子ども製造機じゃないんですかぁ?」

「係長、アンタ……そんなに子ども作ってんのか」

 

双子と慶志郎のやり取りに金剛が本気で心配そうに訊いて来る。

 

「部下にまで手を出す程、女性には困っていないよっ!ちゃんとタクシーを呼ぶに決まってるだろう!轟くんも彼女達の言葉を真に受けない、ワタシはまだ独身で子持ちでもないッ」

 

キミ達はサッサと帰りたまえっ!

 

これ以上イジると慶志郎がヒスを起こすと察した平がお疲れッしたー!と双子達を引っ張って帰って行った。

 

「……ったく、あの連中は」

 

そんな騒ぎを知らず眠る雫に自身のハーフコートを掛けてやりながらブツクサ言う慶志郎を金剛は見下ろして、ふと訊いてみた。

 

「アンタ、俺が嫌いなんじゃないのか」

「嫌いだよ」

 

間髪入れずに返って来た答え。

 

「ワタシはね、」

 

振り返って慶志郎は金剛の前に立つ。

 

「キミのように品性の無い粗野でムサい男は嫌いなんだ」

「お、おう……」

 

いっそ清々しい程にキッパリ言われて金剛は頷くしかない。

しかし容赦無い言われようだ。

 

「あの社長の息子というから、どんな傑物かと思えば色んな意味で驚きだったよ、キミは」

「いや、何かスマン」

「別に謝る事でもない、ワタシが勝手に想像(イメージ)していただけだからネ」

 

ただ、と腕組みして慶志郎はフイと顔を背けた。

 

「今日、キミの話を聞いて少し見方が変わったのは事実だ」

 

大企業の跡取りとして育てられて来た慶志郎には金剛の立場がよく分かる。

人類最強とまで呼ばれた祖父、世界有数の会社を作り上げた父親を持つ事で人の妬みや僻み、悪意を向けられた事もあるだろう。

金剛が何も望まないにしても。人は生まれてくる家を選べない。

ただ幸いにもこの男は周囲の人間に恵まれた。

違った角度から見たら、轟 金剛はちょっとシャイで真っ直ぐで誠実な男なのだ。

誰に対しても正直に平等に優しく接するから、困っていると助けてやりたくなるのだろう。

彼が人に好かれる由縁だ。そして慶志郎には出来ない芸当とも言える。

 

「アンタ、実はいい人だな」

「は?」

 

思いがけない言葉に慶志郎は背けていた顔を戻した。

 

「上手く言えねぇが人ってのはよ、本当に嫌いな奴には口なんぞ利かねえんだ。ソイツが居ないモンとして振る舞う。アンタ、何で俺の事を知ろうと思ったんだ?」

「……それは、」

 

問われて慶志郎は返答に詰まった。

 

「俺の事が本気で嫌いなら、どうだっていいだろ。俺が昔、何してようが」

「確かにそうだね、ワタシは嫌いな人間には興味を持たない」

 

金剛と違い、慶志郎は幼い頃から人の悪意を嫌という程に見せられてきた。

金と権力が絡むと人間はここまで汚くなるのかと実感すればする程、他人を信用出来なくなっていった。

学生の頃も慶志郎が大企業の御曹司だから、と持て囃して媚びてくる人間の方が多かった。

反対に金剛は望めばおよその物は手に入れられる立場にあるのに、何も望まなかった。

身体を鍛えるのも己をもっと高みに上げる為、人は殴らないと言うが多分、必要になれば誰かを守る為ならその拳は躊躇わずに使えるだろう。

彼の優しさは見返りを求めない、無償の愛にも似ている。

慶志郎がやりたくても出来ない生き方だ。

何て、羨ましい。

 

「……ああ、そうか」

 

もやもやしていたものがストン、と符に落ちて慶志郎は自嘲気味に笑った。

自分は羨ましかったのだ、誰からも好かれる才能を持ったこの男が。

 

「やっぱりワタシはキミが嫌いだよ」

 

キミが嫌いだよと言った目の前の男が、金剛には道に迷って今にも泣き出しそうな小さな子供が虚勢を張っているように見えた。

会社では隠しているみたいだから敢えて聞かないし言わなかったが、彼が鏡重工の御曹司である事は実は知っている。

金剛とて、何の予備知識も持たずに会社に入ったワケではない。

最低限必要な事は剛天から教えられているのだ。

キザったらしくて皮肉屋のこの男にも色々あったのだろうと思うと嫌いにはなれない。

 

「なっ、何のつもりだ!」

 

慶志郎の声に金剛はハッとした。

いつの間にか無意識に彼の頭を撫でていたのだ。

目を吊り上げて慶志郎が金剛の手を払う。

 

「ワタシを子ども扱いするのは止めてくれないか!」

「あ、悪ィ。つい何となく」

「仮にもワタシは上司でキミより年上だよっ!少しは敬意を払いたまえッ」

「あー、ほらタクシー呼ぶんだろ、係長」

「轟くん、キミねえ!」

 

言い掛けて慶志郎は肝心の訊きたい事を思い出した。

危うく誤魔化されて忘れるトコだった。

 

「轟くん、今日キミが寝惚けて呼んだ『みさお』というのは、写真の彼女の事かい?」

「ぶっ!え、み、みさお??」

「ふーん?」

 

あからさまに金剛が狼狽え、慶志郎は確信した。

 

「変だと思ったんだよネ。幼馴染みのクセに名字で呼ぶなんて」

「そっ、そりゃあ、アイツの方が先に呼ぶからっ」

「先に?」

「それまで普通に名前で呼んでたのに高校ン上がったらよ、操のヤツが急に轟くんとか呼び始めたから……」

 

だから俺も合わせただけだ、と金剛はブスくれて言い放つ。

 

「轟くん、キミ気付いてないの?」

「は?何が?」

「やれやれ、これだから朴念仁は……」

 

わざとらしく慶志郎は溜息を吐いた。

幾つか見せて貰った写真の中に、遠くから金剛を見詰める彼女が写っている1枚があったのに慶志郎は気付いていた。

その彼女の眼差しを見れば一目で分かる。

青山 操という女性は金剛が好きだったのだ。

しかし悲しいかな、この武骨な男は鈍過ぎて彼女の想いに全く気付いていなかった。

恐らく幼馴染みという余りに近しい間柄の成為もあるのだろう。

 

「轟くん、今後の為にもアドバイスするけどキミはもう少し、他人の気持ちを読んだ方がいい」

「はぁ?んだよ、そりゃ」

「ワタシは操さんに同情するよ」

「ちょ、何でアンタが操に同情するんだよ!」

「それだけの理由があるからさ」

 

今度は自分の方が優位に立てて慶志郎はフフンと笑う。

ただ今日、金剛が見せたあの笑顔。

 

「轟くん、参考までに訊くけれど」

「まだ何かあるのか」

「操さんに名前で呼ばれなくなった時、キミはどう思ったの?」

「っ、……あぁ……」

 

一瞬、金剛は黙り込んで困ったように眉を下げた。

 

「何っつったらいいのか分かんねぇけどよ……何か操が、」

 

『遠くなったような気がした』

 

口をへの字に曲げて答える金剛は叱られて拗ねた子どものようだ。

 

何て言うか、本当に不器用なんだね。

 

金剛の心にも青山 操に対する想いはあったのだ、恋という名の種が。

本来ならその種に水を撒いて肥料を与えてやれば、いずれ芽吹いて彼女への愛情に育った筈だ。

だが金剛自身がそれに気付かなかった為に、種は芽吹く前に枯れて彼女への恋も死んでしまった。

青山 操が今も金剛を好きなのか分からないが、金剛の中では既にそれは過去の事となっており彼女は永遠に幼馴染みに位置付けられてしまった。

もうこの先も種が育つ事はない。

 

もし、金剛が己の気持ちに気付いていたらと慶志郎は思う。

不器用で真っ直ぐにしか進めないこの男は、その生き方のままにたった1人だけを一途に深く愛するのだろう。

数多の女性と行きずりの恋を楽しむ自分とは真逆に。

どれもこれも正反対だ、何て忌々しい。

 

敢えて言い切る、ワタシはコイツが大っ嫌いだ。

 

「清澄くん、ほら起きて。タクシーを呼んだから」

「んん、かかりちょお……すみませんん……」

 

もぞもぞと雫が目を覚まし、公園の入り口にタクシーが横付けされた。

 

「1人で帰れる?」

「大丈夫ですー……お休みなさい、係長。轟くんもお休みー」

 

雫を乗せたタクシーを見送って慶志郎は振り返る。

 

「キミはどうするんだい」

「酒を抜くのに丁度いいし、歩いて帰る」

「そう、ワタシも迎えを呼んだし此処で別れよう」

 

明日は遅刻しないように、と言い置いて立ち去る慶志郎に金剛も背を向けて歩き出した。

5月の夜はまだ肌寒かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……のマンションまでお願いします」

 

運転手に行き先を告げて雫は平静を装いながら脳内で大会議の真っ最中だった。

 

実は雫は結構前から目を覚ましていた。

 

歩く子作り製造機の辺りで女性としての危機を感じて目覚めたのだ。

慶志郎への認識の程が知れよう。

そこからずっと寝たフリをして、慶志郎と金剛の会話を全部聞いていた。

 

きゃあぁぁ、どうしようどうしようどうしよう!

リアル轟×鏡なんて!

危うく鼻血出そうだった!!

 

しかも慶志郎のツンデレが判明。

いやあぁあ、係長クッソ可愛いッッ!

ご馳走さまでした、係長!!

 

 

これより先は清澄 雫の妄(想)研修でお楽しみ下さい。

 

『ワタシはキミが嫌いだよ』

 

そう言いながら慶志郎は向かい合って金剛の肩に腕を回した。

 

「けれど、キミという男を知りたいとも思う」

 

耳元で甘く囁くと男が動揺するのが分かり、慶志郎はクッと笑った。

 

「キミはワタシをどう思っているんだい?」

「お、れは……」

「嫌い?」

 

それとも……。

 

はた、と雫は思考を停止させた。

 

あれ?これじゃまるで係長が……。

 

ピッシャアアン!と紫の稲妻が雫の脳内を走る。

 

係長はずっと受け属性だと信じていた。

だがしかし。

 

『し、信じられないかも知れないが、今思い付いた事を、あ、ありのままに話すぜ……!』(某ポルナレフ)

 

この2人に限ってなら、リバでもイケるんじゃない?

 

デデデーンという格好いいエレキギターのイントロと共にサラ番の神曲プレジデントが流れ始める。

 

超番長ボーナス確定の瞬間。

 

そして清澄 雫が新しい萌えの極致(ステージ)に辿り着いた瞬間でもあった。

 

その後、自宅に帰り着いた雫がソッコー師匠に今日の出来事と新たな妄想メールを大量に送り付け、翌日は寝坊して遅刻寸前になったのは言う間でもない。

 

 

 

 

 

 

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